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erabare_10

    

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   選ばれた者達

   No.10

   呪われた血統、ウェルディナ 1/3



「じゃあ、姉さん行って来るよ」
 妹が玄関から家の中に声をかける。黒髪をストレートに腰まで伸ばしたウェルディナは、洗濯物をたたみながら表に向かって返事をした。
「行ってらっしゃい。夕飯までには帰ってくるのよ」
 玄関の閉まる音がする。学生の妹達が出ていってしまってからは、日中はこの家にはウェルディナしかいなかった。

 両親は数年前に死んでしまい、この家では長女のウェルディナが妹と弟の親代わりになっていた。亡くなった両親の遺産はかなりのもので、ウェルディナ達はそれを管理することで暮らしていくことができた。遺産相続、税金、資産運営など、ウェルディナには覚えなくてはならないたくさんのことがあったが、なんとかそれをこなしている。家政婦を雇って家事を任すこともできたのだが、責任感の強いウェルディナはそれを全て自分で行っていた。
 ウェルディナはただの人間ではなかった。両親が早くに亡くなってしまったのは、病気のせいだと妹と弟には説明をしていたが、実際は違っていた。母は自殺をしており、父は母が自殺する前に殺されていたのだ。血の暴走……。ウェルディナの家系には呪われた血が流れていた。ある一定の年齢になるとその血は覚醒し、悪魔のような凶暴性が顔を見せるのだ。始めのうちはそれを制御できるが、次第にその悪魔に飲み込まれてしまい、最後には母のような運命をたどることになる。ウェルディナは自分達が吸血鬼、狼男といった小説や映画の中でだけの魔物と似たものだということを考えると、知らないうちにふさぎこんでしまいそうになるのだ。
 ウェルディナはその力をすでに発動させていた。今はその悪魔の血もまだ抑えることができている。しかしいつ、母のようになってしまうかは誰も分からない。だからウェルディナはいつも自分を忙しさ、厳しさの中に置き、心を鍛えていた。何かで妥協し、心を緩めてしまったら悪魔の血に立ち入る隙を与えてしまう。
 その時、耳障りな音が耳に入り込んできた。どうやら一匹の蝿が家に入り込んでしまったようだ。頭を上げると辺りを見渡す。すると部屋の隅の天井に、蝿が止まっているのが見えた。相手はこちらが手の届かない場所にいると思い込んでいるらしく、のんびりと前足をこすり合わせている。
「仕方ないわね。窓に隙間があるのかしら」
 ウェルディナは膝に乗せてある洗濯物を足元に綺麗にたたんで置くと、その場に立ち上がった。蝿は気配に気づくと、その場から耳障りな音を立てて飛び去った。しかしすぐに反対側の天井の隅にたどり着き、再び羽を休めて前足をこすり合わせている。
 ウェルディナは新聞紙を丸めて近づいたが、蝿はすぐにそこから逃げ出し、今度は台所に向かっていってしまった。
「全く。面倒ね」
 ウェルディナは新聞紙をテーブルの上に置いておくと、蝿を目で追った。そして蝿の飛ぶ速度が遅くなった時に素早く左手を薙ぎ払った。蝿との距離は三、四メートルはあったが、蝿は衝撃波のようなもので真っ二つに切り裂かれていた。ウェルディナは涼しい顔をしてティッシュを掴むと、蝿を包んでゴミ箱に投げ捨てた。

 日中、庭にある植木に水をかけていると、通りに黒い背広を着てスーツケースを抱えた男がこちらを気にしているのに気がついた。目が合うと、ウェルディナは軽く頭を下げた。前に垂れた髪を軽く掻きあげる。背広の男はそれが肯定の合図だと思うと、玄関まで足を踏み入れた。
「こんにちは。今日はいい天気ですねえ。すいませんがあなたはここの家のかたですか?」
「こんにちは。ええ、そうですが。何か御用でしょうか?」
「はい。ちょっとご両親の方とお話しがしたいんですが。今、いらっしゃいますかね?」
 男は営業の人間特有の笑顔でウェルディナに視線を向けている。ウェルディナは相手の気が悪くならないように笑顔を返していた。
「両親は随分前に亡くなりました。今は私がこの家の主です」
「へえ。そうなんですか。まだ大学生くらいに見えるのに大変ですねえ」
 男は感心したようにそう答えている。そして値踏みをするかのようにウェルディナの足先から頭まで視線を這わせた。
「それで、なんの用ですか?」
 ウェルディナは男がなかなか話しを切り出さないので再び尋ねた。男ははっとすると背広のしわを伸ばし、ほこりをはたくようなしぐさを見せた。そして胸ポケットから一枚の名刺を取り出す。
「申し遅れました。わたくし、社会福祉事業〈ヘルゴト〉の案内をさせてもらっている、パトリックと申します」
 差し出された一枚の名刺、白地に筆記体で書かれたそれに目を通す。
『社会福祉事業〈ヘルゴト〉サポートアドバイザー・パトリック』
 ウェルディナはそれを見てなんとなく予想は立てられた。これはおそらく、なにか宗教のようなものの勧誘なのだろう。ウェルディナは相手にすぐに答えた。
「すいませんが、うちはもう宗教は決めてあるので」
 男は慌てたように大げさに両手を振った。
「誤解しないで下さい。これは宗教とは違うんですよ。一般の人達の善意で行われているボランティア。ユニセフ団体や、赤十字団体のことはご存知でしょう? それをもっと組織的に効率よく運営していこうと考えているのが、我々ヘルゴトなんです」
 ウェルディナは興味の無いような表情で丁重に断ろうとしたが、男はなかなか引き下がらなかった。三十分ほどは話しが続いただろうか。仕方なく紹介文のようなパンフレットを数枚もらうことにすると、ようやく男は家から去っていった。
「ではまた伺いますのでよろしくお願いします。名刺に連絡先も載せてありますので、遠慮なくお問い合わせください」
 男はそう言い残していった。ウェルディナは男が視界から消えるのを確認すると、軽くため息をついていた。
 このようなわけの分からないことは今回が初めてではない。両親がいなくなってからはまるでこの家の遺産を狙うかのように、さまざまな人の訪問があったのだ。宗教系では〈王夢真理教会〉、〈最高に生きる会〉。訪問販売では一個百ドルもする〈焦げることのない一生もののフライパン〉、三足セットで十ドルという破格の、履いているだけでダイエットできる〈プロフェッサー・ナカマツクツシタ〉など。フライパンもソックスもまるで効果が無く、ウェルディナは後になって騙されていることに気づくのだった。
 ウェルディナはさすがに宗教の話しには耳を向けなかったが、両親がいなくなった始めのうちは訪問販売は断りきれずにいくつも購入してしまっていたのだった。それは自分が欲しいからではなく、相手がどうしても買ってくれないと困る、と懇願するような態度を見せていたからだ。しかし今ではそれらに対する対処方法もある程度は身につけ、丁重に断る術は持っているつもりだった。今回の〈ヘルゴト〉の件も何事も無ければいいが。ウェルディナはそれほど悲観的にはならずにこの件について考えようと思っていた。相手の男は脅迫に出るようなタイプではないように見えていたし。そしてそれからの数日はその男も姿をあらわすことも無く、ウェルディナは次第にその出来事を忘れていったのだった。

 ある日、ウェルディナは町へ買い物に出かけていた。買い物袋には野菜、フルーツ、フランスパンなどが詰め込まれ、両手がふさがってしまっていた。妹達と一緒の時に買い物に出かければよかったと、少し後悔をしていた。前方がよく見えない状態でしばらく歩いていると、突然目の前に自転車が横切った。中学生くらいの数人の男子だろう。道で競争をしているようだった。ウェルディナはとっさに身をかわしたが、買い物袋からいくつかのリンゴがこぼれ落ちてしまった。両手がふさがっている為にすぐに拾うことが出来ない。袋を地面に置いて、落としてしまったリンゴを拾おうとすると、誰かがそばに現れ、リンゴを拾い集めてくれた。
「どうも、ありがとうございます」
「いえいえ。こんなことは対したことありませんよ」
 なんとなく聞き覚えのある男の声。ウェルディナは買い物袋ごしに相手の顔を見た。以前、訪問してきた宗教の男だ。
「ああ、あの宗教の方でしたっけ?」
「ヘルゴトです。ヘルゴトの案内をさせてもらっているパトリックですよ。また会えて嬉しいです」
 せっかくなので荷物を半分持たせてくれ、と頼むパトリックの好意にウェルディナは素直に答えた。案外この男は悪くない人間かもしれない。家までの道、他愛のない世間話が続く。
「わたしは今日は休日でしてねえ。ちょっと散歩をしていたところなんですよ。天気がいい日の昼の道を歩くのって気持ちがいいですよね」
「ええ。そうですね。私も、暖かい風が吹く昼の道は好きです」
 すぐに家に着いていた。ウェルディナは最後にお礼の言葉を言うと、家に入っていった。買ってきた食糧をバスケットに移し、庭に出て木々に水をかける。すると玄関にまだあの男が立っているのに気がついた。
「ええと、パトリックさん? どうしたんですか」
「ああ、すいません迷惑でしたか? 今日は特にやることもないので時間を持て余しているんですよ。あなたの家の庭が綺麗に手入れされているので見入ってしまっていたんです」
「よかったらお茶でもどうですか?」
「いいんですか? 悪いですねえ」
 ウェルディナは庭にあるテーブルにテーブルクロスを引くと、お茶菓子を用意した。パトリックは感心するように庭を見渡し、ウェルディナの姿を見ていた。
「いつも綺麗にしてますねえ。でも大変でしょう、あなた一人でこれを管理しているのは」
「確かに大変ですけど、楽しいですし、妹や弟もいますから」
 パトリックはいい色に焼けたクッキーをかじっている。紅茶で喉を潤し、そしてそのティータイムが落ち着くと話を切り出した。
「ウェルディナさん、今日は夕食をおごりますよ。こんなにおいしいクッキーとお茶をいただいたお礼です」
「そんな、困りますわ。こんな質素なお茶菓子、お礼されるほどたいそうなものではないですよ」
 ウェルディナは困ったように返答した。しかしパトリックは引き下がらない。
「いいえ、それでは私が困ります。お礼の気持ちを伝えたいんですよ。それにまだヘルゴトを見てもらってませんし。あ、大丈夫です。強制はさせません。今日は見学に行ってもらいたいだけです。本来なら昼に出かけて手続きをするんですが、夕食後にヘルゴトの支部へ行くことにすれば問題はありませんよ。夜には手続きをしてヘルゴトに入ってもらうなんてことはありません」
 ……その話しだったのね。ウェルディナはせっかくのいい時間、いい気持ちがすっかり消えてしまうのを感じていた。目の前の相手は宗教勧誘のセールスマンだったのだ。しかしパトリックのいう言葉にも一理ある。夕食に誘いたいという好意も分かるし、夕食後にヘルゴトへ行ったとしても、突然「入信しろ」と強制されることもないだろうし、見学する時間もないだろう。それこそ警察に関与してもらわなければならないことだ。しばらく考えた後、ウェルディナは誘いを受けた。
「分かりました。では夕食、ご一緒させてもらいます。家の留守番は妹、弟達に頼むので、夕方……六時過ぎでいいですか?」
「ええ。では六時半に駅で待ってます。ではご馳走様でした」
 パトリックはうれしそうな顔をするとウェルディナと握手をかわし、玄関から出ていった。ウェルディナはほっとため息をついた。そういえば以前、パトリックにもらった社会福祉事業〈ヘルゴト〉のパンフレットはまだ見ていない。夕食、見学の時に迷惑がかからないようにしないと。ウェルディナは庭から家の中へ上がるとパンフレットに目を通すことにした。社会福祉事業……。名前だけでは何をやっているかは分からないが、きっと宗教系の団体なんだろう。昼に見学に行くことにならなくてよかった。


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