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   エントシプレヒェンドバイン

   3話 地獄の監獄



 一ヶ月後、トランスはすっかり口数が少なくなった。いやトランスだけではない、他の仲間達も同じだった。長い間監獄にいるモーロアやダルドでさえ口を聞かなくなるほど、ここ一か月の労働は厳しくなっていた。この状態をうれしく思っているのはブラド監獄の者達だけである。
「なかなかおとなしくなったな。囚人らしくていいことだ」
 時折見張りが鉄格子越しにそう言っているが、仲間達の耳にはあまり入っていないようだった。
 しかしトランスは口を聞けないほど疲れ、体がぐったりしている時でも魔法の訓練は欠かさなかった。ウォルス親方の仇のギルディを倒す、という意思はこの一ヶ月間消えることはなかった。もっともトランスの魔法の訓練は見張りのあまり注意していない夜などに限られたが。モーロアの言葉も頭の中にあるので、仲間達にも魔法のことを話すことはなかった。
「久しぶりだなチュー兵衛」
 アミュレスはいつものようにチュー兵衛と話しをしている。毎日働いているときは、死人のように静かで、まるで空気と一体化しているかのようなアミュレスでもチュー兵衛と話しているときだけはいつもの人間の目に戻る。トランスはアミュレスだけは他のみんなと違う、と一ヶ月間思っていた。
 その頃、A棟の二階、トランスの部屋を管理している現場監督はトランス達の様子を報告しに、獄長の部屋へ足を踏みいれていた。
「獄長スクリーム様。一ヶ月前ここに連れてこられた82番の奴はなかなか囚人らしくなってきていますぜ。やっぱりあのトランスとか言う小僧には秘密なんかないんじゃないですか? それよりもう一人のビルとか言う奴の監視を強化したほうがいいんじゃないですか?」
獄長は椅子に座り、報告を聞いていたが、突然立ち上がると、
「俺の言うことがまちがっているとでも言いたいのか? あの小僧はあのウォルスがかくまっていたガキだ。ただの小僧じゃないだろう。もうしばらく様子をみていろ。わーかったかーっ!」
「へ、へい! わかりやした!」
 現場監督はあわてて立ち上がり、敬礼をすると部屋を出ていった。
「トランスか……意外としぶとい小僧だな。しかしあいつもここではかなり厳しい現場監督と言われている男だ。明日にでもさらに労働を厳しくするだろう、トランスもそろそろ尻尾を出してほしいものだ……」
 現場監督は自分の部屋へ戻るとさっそく次の日の仕事の準備にとりかかることにした。極長に逆らっていいことがあるはずもないからだ。
 ……次の日もいつものように仕事が終わり、ぐったりとしたティークに肩をかして三階まできたトランスは、いつも自由な時間の時は部屋でじっとしていたのだが、仕事中アミュレスに聞いた話では同じ時間頃にとなりの部屋の囚人も帰ってくるというので、もしかしたらビルと会えるかも知れないと思い、洗面所で待つことにした。相変わらず見張りの目は光ってはいるが……。
「トランス、ここにいるのか?」
 洗面所で顔を洗っていたトランスは声をかけられたので後ろを振り返った。そこにはアミュレスが立っていた。
「どうしたんだい、アミュレス? 休んでいなくて大丈夫なのかい?」
 アミュレスはその質問には答えず、近くまで来ると静かに話し始めた。
「なあトランス。お前もしかして……魔法を使えるんじゃないか? ここにきてからお前の様子を見ていたが、何か隠しているように見えるんだが? ……実は私も魔法を使えるんだ。奴らにはなるべく見せないようにはしているがな」
「……僕が捕まってしまったのはとなりの部屋にいるビルっていう友達が市場で魔法を使っているところを見られ、一緒にいたから捕まってしまったんだ。……実は僕にも魔法のような力があったけれど、ね。今の所は監獄の連中には気付かれてはいないと思う」
 トランスは自分の部屋の人達の中には悪い人はいないと一ヶ月間の間で確信していたので、アミュレスには自分の靴を宙に浮かせ、魔法が使えるということを伝えた。
「僕の友達のビルは手のひらから吹雪を出していたけど、僕はそういう魔法は無理みたいだ。この靴みたいに物を動かしたりすることができるだけみたいなんだ」
「そうか、魔法には色々な種類があるからな。私はそのビルとかいう奴と同じタイプだろう。炎や冷気、空気などを操ることができる。あとは師匠に動物達と話せるような技術を教わったな。それなりに素質は必要だが」
「本当? 僕も動物と話せるようになりたいな」
 トランスが頼むとアミュレスはすぐに承知してくれた。そしてしばらくアミュレスと話をしていると、再び誰かが背後に現れた。
「……! トランス? お前、トランスか?」
 懐かしい声をきき、トランスは振り返ると入り口の方に疲れた表情をしている人が立っていた。それはあの忘れもしない事件から離ればなれになっていたビルだった。
「ビル! 久しぶりだな。元気にやっていたか?」
 トランスはビルに近寄ると黒い影がトランスを包んだ。トランスは思わず頭上を見上げると大男がビルの上からこちらをのぞき込んでいた。その大男は髭もじゃで、少し(かなり)腹がでていて、見るからに極悪人というような印象を受けた。その男はトランスと目があうなり、
「こいつがトランスっていう奴か? ずいぶん貧弱そうだなビル。なあ、そう思うだろベスク?」
「そうでやんすねガラム」
 大男はそういうと、ビルの後ろからもう一人の人間が姿を現した。ベスクと呼ばれたその男はかなり小柄で、大男とは対照的だった。トランスがみると子供のような感じだった。
「二人ともひでえなあ、トランスは俺の親友なんだぜ」
 どうやらビルの後ろにいる大男と小男はビルの仲間らしい。トランスとアミュレスはほっとして五人で話を始めた。
 数分間トランス達とビル達は話をし、トランスはビルにここではなるべく魔法を見せてはいけないということをいい、見張りに気をつけて明日も再び会うということを約束した。
「じゃあ俺達部屋に戻るぜ。気をつけてな、また明日会おうトランス」
 ビル達が部屋に戻ると、一ヶ月前と同じような明るいビルを見たトランスは安心し、アミュレスと共に部屋に戻った。
 ……翌日、随分と早くトランス達の部屋に現場監督が現れると、
「今日はお前等は鉱山で働いてもらうからな。さっさと支度をしろ!」
 と叫んだ。モーロアは食事の時になるとトランスに鉱山のことを話してくれた。鉱山はこのブラド監獄の門をくぐり、外の森を少し歩いていくと着くという。そこでは特殊な銀が採れるらしい。朝食を取り終わると、現場監督に引っ張られるようにブラド監獄の門の所まできた。
「お前等、鉱山にいく途中で逃げようとしても無駄なことだからあきらめるんだな。……まあ、新入り以外は分かるだろうがな」
 ブラド監獄の門を出てから現場監督の馬の後ろについてジャングルの中を歩き続けたトランス達は、三十分程するとようやく鉱山へたどり着いた。トランス達は鉱山の横にある倉庫からスコップやマトック、木材などを取りだした。
「さあお前等、さっさと始めろ!」
 トランスは他のみんなから聞いていたのですぐにみんなと一緒に仕事を始めた。ダルドとクライムとザロックがマトックで奥へ進み、ティークとリークで土砂を外に運ぶ。残りの物は掘り進んで行くのと同時に木材で補強していく。トランスは初めのうちはなかなか思ったように仕事がはかどらなかったが、ランスは平然と仕事をしていた。ランスはこのような仕事を知っていたのだろうか?
 三時間ほど続けて掘り進んでいると、後ろから現場監督の声が聞こえた。
「よし、休憩時間だ。お前等、早く出てきて少しは休憩をしてもいいぞ」
 声をかけられるとみんなは一人、また一人と入り口へ向かっていった。鉱山の中は真っ暗で相手の顔はよく見えなかったが。トランスは作業の途中だったので、手で持っている一本の木を固定してからでていこうとしていた。すると突然鉱山全体が揺れ始め、頭上からはパラパラと土が落ちてきた。トランスは急いでここを出ようとしたが、奥にまだ誰かの気配を感じた。
「まだ誰かそこにいるの? ダルド? クライム? ザロック? 早くここを出よう!」
 そういいながら用心して奥へ向かってみるとザロックが足を押さえてうずくまっていた。その押さえているザロックの足の先は土砂が崩れ落ちていて埋まっていた。それはまるで壁とザロックが一体化しているかのようだった。
「他の奴らはもうとっくに外へ出ていったぜ。おい小僧、お前も早くここからでな。お前も潰されちまうぞ」
 ザロックはそう言っていたが、トランスはザロックの足元の土砂をどけ始めた。その土砂は思ったより多く、かなり大きな岩もあったのでトランス一人ではその土砂をどけるのはつらかった。そうこうしているうちに次第に鉱山内の揺れも大きくなり、次々と土砂が振ってきた。ふとトランスは入り口の方に誰かが立っているのが見えた。その人物を確かめようとしてトランスが振り返ろうとするとついに天井全体がトランスとザロックの頭に落ちてきた。
「危ない、トランス!」
 ザロックは叫び、とっさに目をつぶっていた。しかしいつまでたっても土砂に潰される気配がないので、土砂が目に入らないようにそっと目を開けるとトランスが両手を挙げて目の前に立っていた。その手の上には崩れた天井が浮いている。トランスはその崩れた天井を睨んでいた。ザロックはその光景を不思議そうに見つめていた。その天井とトランスの手は離れていたからだ。ザロックはしばらく呆然としていたが、ふと我に帰ると、
「ト、トランス? それはもしかして魔法なのか?」
 ザロックはようやくトランスにそう尋ねた。トランスはいいずらそうに顔をしかめていたが、
「……うん。魔法を使えることがブラド監獄の連中にばれるとまずいと言われていたから今までは黙っていたけど……。それより僕一人じゃこの天井を支えているだけで精いっぱいだよ。ザロック、なんとかならないかな?」
 トランスは頭上から視線を反らさずにすまなそうにザロックに言うと、
「そういわれてもなあ……。あっ、まだそこにだれかがいる! あいつは、ランスだ! おーいランス! 俺とトランスはここにいるんだ! 何とかしてくれ!」
 ザロックはそう叫ぶとランスは服の中から筒のような物を取りだした。するとそれをこちらに向かって投げたのだ。そのままランスは入り口へ走っていってしまった。と思った瞬間、ものすごい光と轟音に包まれた。そのままトランスとザロックは闇に包まれた。何とか爆発に巻き込まれなかった二人は闇の中しばらく口が聞けなかったが、
「ザロック、誰かそこにいたの? 間に合わなかったの?」
 ランスを見ていなかったトランスはザロックに尋ねた。が、ザロックはトランスに聞こえないような小さな声で呟いただけだった。
「……あの野郎。何を企んでいやがるんだ……」

 一方外では七人が先に外に出ていて休憩していた。しばらくすると土まみれのランスが息を切らせながらモーロア達の前に現れた。
「どうしたんじゃランス? トランスとザロックは一緒ではなかったのか?」
ランスの異常な様子にモーロアはすぐに尋ねた。
「それが……二人とも天井が崩れだしてきて鉱山の奥に埋まってしまったんです! 俺は比較的入り口の方にいたから何とか脱出できたんだけれど……」
「なんだと!」
 ダルドはばっと立ち上がると鉱山の入り口までいった。鉱山の入り口はランスの言ったようにきれいに土砂で埋まっていた。ダルドはすかさずマトックで掘り始めるがすぐに上から土砂が振りつもってしまう。
「ちくしょう! どうすりゃいいんだ! 二人とも死んじまう!」
「これじゃあ、助けようがありませんよ」
 ランスが顔を地面にむけてそういった。ダルドはかっときてランスを掴むと、
「なに言ってるんだ! お前の仲間だろうが? もうあきらめるのか?」
「やめるのじゃダルド! そんなことをしても二人は助けられんぞ!」
 モーロアが叫ぶとダルドはランスから手を放した。ランスはダルドから離れるとニヤッと笑った。その笑みを誰にもみせずに。ダルドとモーロアは鉱山の入り口でうずくまっていると、いつのまにか後ろからアミュレスが近くまで来ていた。
「……どいていろ。早くしないと二人とも助からん。私に任せろ」
 アミュレスはそういうと入り口の前に立った。
「なんだアミュレス! お前一人でどうするつもりだ?」
 アミュレスはダルドには答えずに手を土砂にかざすと精神を集中した。
「突風!」
 アミュレスが叫ぶとかざされた手から風が吹き始めた。その小さな竜巻のような風は土砂だけを吹き飛ばしていた。しばらくすると徐々に元の鉱山の道が現れ始めた。アミュレスは風を止めるとすかさず中へ入っていった。ダルドもすぐに中へ入るとアミュレスはトランス、ダルドはザロックを抱え、鉱山から抜け出した。二人を助け出すと十秒もしないうちに再び中から轟音が響きわたり鉱山は再び土砂によって埋まってしまった。
「……よくやったなトランス」
 アミュレスはトランスにそういうとトランスは安心したように首をがっくりとたらした。
「おい、死んじまったのか?」
 ダルドはつい叫ぶと、アミュレスは静かに言った。
「なあに、気絶しているだけさ」
「お前さん達、鉱山がこの様子じゃあ、これ以上掘り進むのは無理なんじゃないかのう?」
 モーロアは三人の現場監督に説明すると、
「し、しょうがない。今日はこれでおわりにしてやる。よし、その怪我人の二人を馬に乗せろ。監獄まで戻るぞ」
 こうして一行はブラド監獄まで戻ることになった。A棟までもどると、受付の者が、
「この受付の奥に救護室がある。82番と84番はそこに寝かせておけ」
受付の人間にそう言われるとモーロアとアミュレスはザロックとトランスをベットに運び、他の者には部屋に先に戻っていてくれと頼んだ。ダルドなどは俺も残るなどと言っていたが結局部屋に戻ってもらった。
 しかし救護室とは名だけで室内はとても狭く、左右にベットが一つづつあり、救急道具の入っている小さな棚が一つあるだけでお世辞にもいい救護室とはいえなかった。モーロア達はそこでしばらく待っていると医者らしい者が現れ、トランスとザロックを診療してこう言った。
「こちらの方は足が捻挫しているだけですね。あとは細かい擦り傷、切り傷だけです。もう一人の方は疲労で気を失っているだけです。じきに意識が戻るでしょう」
 と簡単な処置をしながらいい、一時間ほどしたら部屋に戻るようにと言い、部屋から出ていった。
「まったく無茶な奴だよトランスは。俺なんかをかばいやがって……。こんなことで無駄に体力を使ってもしょうがないのにな」
 ザロックは自分に関わってほしくなかったかのように言ったので、アミュレスとモーロアは意地を張っているような仲間に思わず笑ってしまった。そのあとザロックは心配そうにトランスを見ていたので、
「ザロック。トランスは大丈夫だ。体力的にはほとんど問題ないさ。精神的に疲れているだけだ……あれだけの力を使ったからな」
 アミュレスはこのような状態になってしまった以上もはや隠すことなど無いと思い、トランスの魔法のこと、自分自身の魔法のことなどをザロックとモーロアには話した。
「なるほど……安心しな、他の奴にはしゃべらないぜ。俺も魔法使いが拷問のようなものを受けているということぐらいは分かっているからな。……しかしあのランスのヤロウは……」
 ザロックは今日のランスの行動を思い出し、トランスが目を覚ますと三人に話し始めた……。
「なんじゃと、ランスがそのようなことをしていたのか? ではあれはただの事故ではないというのか?」
 モーロアは誰に言うでもなく声を出すと、トランスはこのブラド監獄に来る前のトランス、ビル、ランスの事件のことを話した……。
「本当は僕にとってビルとランスはかけがえのない親友だったんだ。ビルはまだランスのおかしな様子に気付いていないようだけど、確かにランスは別人のようになってしまった」
 トランスは悲しそうにそう言った。
「……とにかくあの落盤が事故ではなく監獄側の連中が仕組んだものじゃとしたらやっかいじゃ。アミュレスとトランスが魔法を使えるということが気付かれているかもしれん。二人とも気をつけるんじゃぞ。ザロック、おぬしもな」
 四人はこのことはとりあえず他のみんなには黙っておくことにした。下手にみんなに教えてしまい、別の誰かに被害が出てしまってはいけないからだ。ランスのことも余りふれるのはよそうということにし、四人は自分達の部屋へ戻った。
「トランス! ザロック! 無事だったか!」
 ダルドの手荒い歓迎を受けたトランスは、事故のことはうまくごまかしてみんなに話した。
「まあ、無事で何よりでござる」
「オイラ達を心配させんなよな。トランスにザロック」
 みんなが安心して冗談でも言い出したが、ランスは一人部屋の隅で寝ていた。
「ああ、ランスか。あいつは今日はかなり疲れたらしい。先に寝ていると言っていたぞ」
 ミニングに言われると四人はついランスを注意深くみてしまった。しかしランスは何をしようというわけでもなく、本当に眠っているようだった。

 ……トランス、トランス! 俺だ。ビルだよ。今日も会う約束だったろ? 早く起きてくれよ。……ん? あれは、獄長のスクリームだ! 助けてくれトランス!
 ビルはトランスの前で叫んでいたが、トランスはまるで水中を歩いているかのようになかなかビルに近づくことはできなかった。そうこうしている間にスクリームはスピアをかまえ、ビルに突進した。体を貫くいやな音がしたかと思うと、ビルは心臓を貫かれ、前のめりに倒れた。スクリームはビルの心臓からスピアを引き抜くとトランスの方へ向き直った。「次はお前だ」スクリームはそう呟くとトランスにスピアを投げつけた。スピアはトランスの腹を貫通し、壁にくぎ付けになった……。
「うわあ!」
 トランスはベットから飛び起きた。すぐに今の出来事が夢だとわかったが、しばらくは心臓が興奮していた。トランスは少し落ちつくと周りを見渡した。さいわい他のみんなはかなり疲れているらしく、眠りこんでいた(そうだ、今日もビルに会うんだった)。トランスはみんなが起きないようにそっとベットから出るとトイレへ向かった。しかし廊下に出るとトランスを静寂が包み込んだ。トランスは再び夢を思い出し、背筋がぞっとした(まだビルはいるのだろうか……)。トランスは思いながら静かに廊下を歩き、トイレへ向かった。トイレに入ると中は異常なまでに静まり返っている。もう夜なのだからと自分に言い聞かせても恐怖感は消えなかった。注意深く中へ入り、目を凝らしてみたが人影は見えない。仕方無しに部屋へ戻ろうとすると、突然背中に何かが触れた。
「うわっ!」
 びっくりして振り返るとそこには小男が立っていた。
「おそいでやんすよ。見張りの連中に見つかるとまずいからビルと交代であんたを待っていたんでやんす」
 ベスクはそういうとこっそり部屋へ戻っていった。それからしばらくするとビルがもう一人の大男、ガラムも連れ三人で現れた。
「ずいぶん遅かったじゃないかトランス? 何かあったのか?」
 トランスはうまくランスのことをごまかして今日の出来事を三人に話した。ビルはあまり口の堅い方ではないのでとても本当のことはいえなかった。
「と言うことで僕達はそれほどつらくなかったけれど、ビルの方は大丈夫かい?」
「……ああ、実は今日は仕事はなかったんだ。俺達は今朝、闘技場に連れていかれ、一人づつ怪物と戦わされたんだ。その様子を獄長スクリームの奴は笑いながら見ていやがった。その時に三人の仲間が……」
 そこまで言うとビル、ガラム、ベスクはうつむいてしまった。しばしの沈黙が流れると怒りのこもった声でガラムが話し始めた。
「あいつら俺達を調整してやがるんだ! 大怪我をした奴や歳をとった奴などの働けなくなった者が現れるとあの闘技場で殺し、また新しい囚人を集めて来るんだ! ちくしょう……」
 トランスはガラムの話を黙って聞いていた(役に立たなくなってしまったら殺してしまう? ビルの部屋では三人も? 今日僕達に起こったことも何か関係があるのだろうか?)。そう思い、トランスが何かを話そうとするとビルが、
「……トランス、お願いがあるんだ。俺達と一緒に脱走しないか? 今にお前の仲間達も殺されてしまう日がくるかもしれない。このことはすぐには決めなくてもいい。……そうだな、二日。二日まとう。その時にまたここで話そう。必ずここにきてくれよ」
「あっしは仇をとりたかったんでやんすが、こんな状態じゃスクリーム達に返り討ちにあうのがオチでやんす。みんなで脱獄をしたらそのあとにみんなで仇討ちにきやしょう」
「俺も同じ考えだ。お前さんの返事を期待しているぜ」
 ベスク、ガラムもそういうと三人は静かに部屋へ戻っていった。
 トランスはしばらくそこに残り考えをまとめていた(確かに脱走に成功すればいいだろう。しかしもし見つかってしまったら全員処刑? うまく成功したとしてもブラド監獄の先は広大な森があることぐらいしかトランスには分からなかった。そのあとにうまく生き延びることができるだろうか……)。と思っているとトランスの足に何かがぶつかった。下を向くとそこにはいつのまにかチュー兵衛がいた。
〔何か心配ごとでもあるのかトランス? もうすぐアミュレスがここに来るそうだぜ〕
 トランスが驚いて入り口の方を見るとしばらくして闇の中からアミュレスが現れた。
「休んでいなくて大丈夫なのかトランス?」
「うん。大丈夫だよアミュレス、それほど体は疲れていないから。実は……」
 トランスはいままでビル達と話していたことをアミュレスに話した。アミュレスは静かに聞いていて話が終わると、
「……そうか、隣の部屋でもそんなことがあったか……。トランス、お前達が来る三ヶ月ほど前にもそんなことがあったんだ。その時は二人の仲間が犠牲になった。だが脱獄をするというのは並大抵のことでは成功はしないぞ。確かモーロアが昔仲間とともに脱獄をしたらしいが途中で捕まってしまい、かなりの仲間が殺されたそうだ。もしこの話をみんなに言っても全員が賛成するかどうか……。トランス、お前は脱獄をすることになったら一部の者達とだけでもいくのか?」
「……説得するよ。明日みんなに話して僕達全員とビル達とでいく。できれば他の部屋にも声をかけたいけど……」
「それは無理だトランス。いくら何でも無謀だぞ。もし脱獄をするなら信頼のおける仲間数人、もしくは一人で脱獄ということが安全だからな。他の部屋の奴らに会うのだけでも大変なのにそいつらの心もとくと言ったら一年はかかってしまうぞ。ビルの言った通り、体勢を整えてから再びここに返ってきてみんなを助けるというのが妥当だ」
「分かったよアミュレス」
 トランスはそう決心するとアミュレスと部屋へ戻った。しかしその考えがまとまる前に次の日は訪れてきた。絶望の時が……。

「てめえら、早く起きろ!」
 いつもより一時間は早く怒鳴り声で起こされたトランス達は、今日の現場監督の顔をみた。目は大きく、真っ赤になっている。体は余り大きくはないが、拳を握りしめていて体中に力が入っていた。その現場監督を見るとダルドは、
「あいつは鬼の監督、グエイドじゃないか!」
 ダルドの話によるとこのグエイドという現場監督はブラド監獄一気性の激しい人物でグエイドの下で働かされた囚人達はつねに全員が大怪我、死人もかなりでるという。トランス達は素早く朝食を済ませ、グエイドに怒鳴られながら作業場へ向かった。そこにはガレキの山が高々と積もっていた。
「さあクズども、それを向こうまで持っていくんだ!」
 鬼の監督に怒鳴られるままトランス達は仕事を始めた。しかしこの岩の塊は中には百キロも越えるような物もあり、なかなか仕事は進まなかった。
「クズめ! でかい図体のくせしてそんなこともろくにできんのか!」
 鬼の監督はダルドに叫ぶと、持っていた木の棒でダルドを何度も殴り付けた。ダルドの頭からは血が流れ、額を伝って流れていく。トランス達の何人かが手を止めダルドに手を貸そうとしたがダルドはかまわなくていいというような視線をトランス達に向けた。鬼の監督はすぐさま他の九人に目を向けた。
「そこのお前、今休んでいたな。誰が休んでいいと言った!」
 鬼の監督はまさに鬼のような形相でリークを睨むとリークの足を殴り付けた。リークはその衝撃で倒れ込んでしまうと、その上からさらに殴りつけられた。リークの囚人服は破れだし、赤と紫の背中が惨たらしく現れた。
「てめえらは本当に何もできないクズだな。ええ?」
 鬼の監督はリークの背中を泥だらけの靴で踏もうと足を高くあげた。リークは避けてしまうとさらにひどい仕打ちを受けると思っているのか、鬼の監督の足を見つめたままじっとしている。トランスはもう我慢ができずリークを助けようと岩を地面に落とし走りだそうとしたが、やはりリークの視線がトランスを止めた。その時、
「もうゆるさんぞ!」
 その声の主はクライムだった。クライムは叫ぶと走りだしグエイドに体当たりを仕掛けた。足をあげていたグエイドはバランスを崩し地面に倒れた。クライムは倒れているグエイドに近寄ると木の棒を拾い、グエイドに構えた。トランスはリークに駆け寄ると背中の傷についている泥を少しずつ落としてやった。ダルドの方にはモーロアが走っていた。
「リーク、大丈夫?」
 トランスは声をかけたが返事はなかった。しかし呼吸はしているので気絶をしているだけだということが分かった。
「ダルドも頭に多少怪我をしているだけじゃ」
 モーロアの声を聞きダルドも何とか無事だということが分かると、はっとしてクライムの方を見た。
「キサマ……こんなことをしてただで済むと思っているのか? キサマはここで処刑してやる!」
 グエイドは叫ぶともう一つの棒を腰のベルトから抜き、手に持った。グエイドはその棒を鞘から武器を抜くような動作をすると、そこからは赤黒い棒が現れた。
「なんだ? あの気味の悪い棒は?」
 ティークはいやな顔をして見ていると、モーロアがふと思いだしたように顔色を変えた。
「ねえモーロア、あの棒は何なの? 何か知っているの?」
 トランスが尋ねるとモーロアはこう言った。
「……あれはミスリルでできた棒じゃ。あの棒は何人、いや、何十、何百もの命を奪っていると言われている呪われた武器じゃ。あの武器で殺された者の恨み、憎しみを力として吸い取り、より凶悪な力を持っていくのじゃ。あれは並みの剣などより桁違いに強いぞ」
 先にしかけたのはクライムだった。クライムは前方に走り、間合いを積めたと思うと、グエイドの棒を持っている手を殴りつけた。しかしグエイドは呪われた棒を落とさなかった。
「ばっ、ばかな!」
 クライムが驚いて飛び退く。グエイドは不気味な笑みを浮かべて動揺するクライムを見ている。
「この武器には何百人ものお前らのような囚人の恨みのパワーを吸い取っているのだ。お前一人の力などまるできかんわ!」
 グエイドは金属の棒を振り回しているとは思えないような素早さで、クライムに攻撃を繰り返している。始めはクライムの方が武器が軽い分、相手の攻撃を難なくかわしていたが、相手は疲れることなどなくさらに素早く武器で攻撃を仕掛けてくるのでクライムはじわじわと攻撃を受けはじめた。クライムは絶えきれず、その攻撃を木の棒で防ごうと構えるとものすごい衝撃が腕に流れた。クライムはこの衝撃はグエイドに殺された者達の恨み、憎しみの力かと思うとぞっとした。
「とどめだ! くらえ!」
 グエイドは一瞬動きが止まったクライムに呪われた棒を振りかざした。その時、
「凍結!」
 アミュレスが魔法を唱えていた。グエイドの振り上げた腕がみるみるうちに凍っていった。
「キ、キサマ魔法を……!」
 まだ傲慢な口調でしゃべる鬼の監督だったが、クライムはすかさず首元に強烈な一撃を見舞った。鬼の監督はしばらくふらふらしていたが、やがて白目になるとばったりと倒れた。
「クライム、大丈夫かい?」
 ティークが心配して声をかけると、
「ああ。拙者、これくらいどうってことないでござる」
 と言いこちらに歩いてきた。すると倒れていた鬼の監督がぶるぶると震えだした。クライムは後ろに向き直ると、
「しぶといでござるな。完全に気絶させたと思ったのに」
「クライム! 離れて! さっきの奴と何かが違う!」
 トランスは不吉な予感がするとクライムに叫んだ。クライムは目の前にいる鬼の監督が今までと違う殺気を放っていたので間合いを広げた。
「おい、怪我人を早くここから離しておくんだ」
 滅多に口を聞かないザロックがそういうとただならないことが起きそうだと思い、モーロアはティークとともにダルドとリークを運んでいった。
「……オマエタチ、コロス!」
 背筋が凍るような悪魔のような声がグエイドから聞こえ、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。目は悪魔のように赤色に染まっている。
「あれは持っている武器の怨念に縛られているな」
 ミニングはそういうと手刀を構えた。
 じわじわとよってきたグエイドだったが、突然目の前から姿を消した。トランスは背後に気配を感じ、振り向くとグエイドが呪われた棒を振り下ろそうとしていた。
「危ない!」
 すかさずクライムはグエイドに木の棒で突きをいれた。しかしグエイドは痛みの表情も見せず攻撃してきた。トランスは横に飛び退くとガレキの山にぶつかった。クライムはグエイドに攻撃を続けていた。そのおかげでグエイドはそれ以上は動かないでいる。
「アミュレス、トランス。とどめを差すのはお前達に任せるぞ。おそらく魔法でしかグエイドを止められないだろう」
 ミニングはそういうとクライムに走りよった。
「ミニング、武器がないとあいつに殺されてしまうでござるよ」
「心配ない。私にはちゃんと武器がある」
 そういい、近くの岩に手刀を振ると岩はスパッとまっぷたつに割れた。
 トランスはランスの姿が目にはいると、ザロックにささやいた。
「ザロック。ランスが何かをしないように見張っててくれないかな」
「ああ。しょうがねえなあ。武器がなけりゃあ俺は足手まといになりかねんからな。お前達にまかせるぜ」
 クライムは木の棒で何とかグエイドの攻撃をかわし、ミニングは手刀でグエイドに切りかかった。しかし手刀でできた傷もすぐにふさがってしまい、グエイドの攻撃が休まることはなかった。
「くそっ、これではきりがないな」
 ミニングがそういうとクライムはアミュレスとトランスに気付いた。
「あの二人、何かをするみたいでござる。何とか時間稼ぎを……」
 クライムとミニングはグエイドの注意をこちらに向けるように戦っていたが、グエイドはまるで体力の消耗がないのに対して、二人はすでに重労働で疲れていたので、みるみるうちに押されていった。
「トランス。あのたくさんの岩を動かせるか?」
 アミュレスは肩で息をしながらいままで動かそうとしていたガレキの山を指さした。
「うん。多分できると思うよ」
「ならば私が魔法でグエイドの動きを止めるから、その岩を奴の頭上から降らせるんだ。今の状態では強力な魔法は使えんからな」
 その時にグエイドのほうから声がした。
「ぐわっ」
 その声はクライムだった。フラフラになり、一瞬グエイドから目を離したすきに腹部に一撃を食らってしまったのだ。倒れこんだクライムをかばうようにしてミニングが立ちふさがり、手刀を振りかざした。
「くらえ、カッタータイド!」
 するとミニングの手刀から高圧の水が吹き出した。グエイドは反射的にそれをかわしたが、武器を持っていないほうの腕に当たるとその腕はバッサリと切れた。グエイドは肩から伸びているはずの腕が足元に落ちているのをしばらく呆然と見つめている。その様子を見るとアミュレスは叫んだ。
「ミニング! 離れるんだ!」
 ミニングはクライムを抱き抱えるとグエイドから飛び退いた。
「破邪雲!」
 アミュレスの手が光るとグエイドの周りにもくもくと灰色の煙が出現した。その煙に包まれるとグエイドはそこから出れないようにもがいていた。
「今だトランス!」
 トランスはアミュレスの合図でガレキの山を宙に浮かせた。自分でも驚くほどの大量の岩が宙に浮いていた。
「くらえ!」
 トランスが両手をグエイドに向けると、ガラガラと岩が落ち始め、そこには一つの三メートルくらいの高さの山ができた。
「やったー! あいつを倒したのか!」
 いつのまにかティークが走ってきていてそう叫んだ。二人の怪我人はモーロアがみているらしい。
 数分後、十人は集まったが、リークは気絶したまま、クライムも動けないようだった。
「怪我人がいるんだから早く救護室に連れていこうよ!」
 ティークが叫んだが、
「俺達は現場監督を殺しちまったんだぜ? もしそう言ってみろ、逆に俺達全員その場で処刑、なんてことになっちまうぜ」
 とザロックがぼそりといった。
「……もういいでござる。拙者はもう助からないでござる。骨が何本も折れている上に、あの武器は呪われていたんだ……」
 クライムは弱々しくそう言った。
「そんなことはない。お前はあれほどの敵を相手によく戦ったじゃないか。そんなお前がそれくらいで死ぬわけがない!」
 ミニングはクライムを励まそうとしてそう言ったが、誰の目にもクライムは助からないように見えた。
「……もういいでござる。拙者のことはかまわずにみんなでなんとかしていってほしいでござる。……トランス、もしこのブラド監獄から出れることがあったら、ヒューチル王の様子を見て欲しい。そしてまだ王が悪事を働いているならそれを止めて欲しい……」
 そこまで言うとクライムは動かなくなった。
「そっそんな? クライム!」
 トランスは静かな、しかし力強い声で叫んだ。みんなも黙っていたが体が震えていた。
「……! おい、リークが目を覚ましたぞ!」
 ダルドがそういうとリークはふらふらしながら起き上がり、倒れているクライムが目に入った。
「まさかクライムが?」
 誰も口を聞かなかった。しばらくするとミニングはダルドとリークの怪我を見て、
「……二人とも傷を見せてくれ。私は外傷なら治せる」
 と言い、ダルドの頭とリークの背中に手を当てた。するとミニングの手のひらから水があふれ出し、ダルドとリークの傷口から汚れが落ちていった。そして傷口がきれいに見えてくると、みるみるうちに傷がふさがっていった。
「骨や内臓なども治せるのならとっくにやっていたのだが……」
 ミニングは悔しそうにそう呟いた。
 それからしばらくすると別の現場監督が様子をみにやってきたが、クライムの死体を見ると、ニヤリと笑った。その笑みは誰の目にも入らなかった。
「よし。お前ら。今日はさっさと部屋へ戻るんだ」
 と言い、何人かの現場監督がクライムを連れていき、数人が残るとトランス達を部屋まで送った。部屋までつくとその現場監督は、
「お前ら、とんでもないことをやっちまったな。明日を楽しみにしていろよ」
 と言い、その男は階段へ消えていった。

 そして次の日……。トランス達の部屋にいつもの時間にはブラド監獄の人間は現れなかった。が、トランス達は昨日のことで疲れていたのでそんなことにはあまり関心がなく、部屋でじっとしていた。それから一時間ほどすると、ようやくブラド監獄の人間が現れた。その男はいつもの現場監督のような服ではなかった。その男はなぜかニヤリと笑いながら話を始めた。
「さあ、お前ら朝食の時間だ。よく食べておくんだな。そうすれば獄長スクリーム様もお喜びになるだろう」
 食堂へつくといつものような質素な食事ではなく、スープやサラダなどもあり、かなりのボリュームがあった。
「何でこんなに豪華な朝食なんだ?」
 ティークは始め驚いていたがすぐに余り気にすることなく手あたり次第に食べ始めた。
「とりあえず食べられるときは食べなきゃな、みんな」
 ダルドも口にパンを頬張りながらティークとはりあっていた。
「ダルドの言うとおりじゃ。今日は何か特別なことがあるかもしれん。みんなもしっかり朝食をとって体力を回復しておくのじゃ」
 モーロアがそういうとトランスもようやく食事を始めた。食事もおわりしばらくするとさっきの男が現れた。
「お前ら、今日は仕事は無しだ。そのかわり獄長スクリーム様の命令がかかっている。正午までにはお前達を呼びに行くからそれまで部屋で休んでいるんだな」
 トランス達は部屋へ戻るとティークやリークは気を紛らわすためにぺちゃくちゃと話を始めた。トランスはこの前にビルが話していた闘技場のことが頭に浮かび、アミュレスに尋ねてみた。
「ああ、多分私達もその闘技場に連れていかれるんだろう。……モーロア、あなたなら闘技場について何か知っているんではないですか?」
 アミュレスはこの部屋一番の物知りのモーロアに尋ねた。
「……うむ。この闘技場で儂ら囚人を戦わせることによる表向きの理由は、ブラド監獄の娯楽で勝者には仕事が軽くなったり、豪華な食事が与えられたりするのじゃが、本当の意味は労働の役に立たなくなった者の処分や反抗的な者の処刑による他の囚人への見せしめにもなっているんじゃ。だから儂はお前達に目立ったことはしてほしくなかったんじゃよ」
 モーロアはまるで今日誰かが死ぬかのようにそういうと、がっくりと首をたらした。
 そしてついに正午の三十分ほど前になった頃、ブラド監獄の人間がトランス達を呼びにやってきた。階段を下りA棟の入り口までくると、ブラド監獄の人間は振り返った。
「ではこれからB棟の闘技場へ連れていく者をいうぞ。81番、84番、85番、87番、90番の五人だ。82番、83番、86番、89番の四人はC棟へいってもらう。わかったな」
「なんだと? 俺達とモーロア達は別々の場所なのか?」
 ダルドは叫んだがモーロアがそれを押さえた。
「ダルド。こんなところで騒いでも何にもなりはせん。ここはおとなしくこいつらの言うことを聞いておこう」
 モーロアがそういうとダルドはしかたないように肩の力を抜き、ティーク、リーク、ザロック、そしてランスと一緒にブラド監獄の人間にB棟に連れていかれた。
「さあ、お前達もだ!」
 トランス達も押されるようにして歩かされ、不気味な雰囲気を出しているC棟へと近づいていった。トランスにはその道は地獄へと続く道のような気がしていた。
 C棟へつくとブラド監獄の人間は床をいじり出した。するとそこに隠し階段が現れた。その階段はほんの数歩行くだけで真っ暗になり、まるで足元が見えなくなっていた。よろめきながらも何とかトランス達は地下につくとそこにはかなりの広い部屋が広がっていた。壁には棚がかけており、赤や青、紫などの不気味な液体の入ったビンや壷が並べられている。
「まずはそこのお前からきてもらおうか」
 部屋の奥から現れた全身を黒いローブで包んだ人物はそう言って指を向けた。その指はアミュレスを指していた……。

 B棟ではダルド達がちょうど闘技場の中央に集まっていた。周りを囲むように観客席のような物があるが、今はそこの席には一人も人影がなかった。太陽の光はダルド達を痛めつけるかのようにその体に突き刺さってきている。そして正面には真っ黒な大剣を腰につけた大男が特別大きな椅子に座り、ダルド達を見つめている。その両横には数人の人も立っている。
「ようこそ諸君。私がこのブラド監獄の獄長スクリームだ。この前の囚人どもの戦いは非常につまらなかったからな。お前達はせいぜい私を楽しませてくれよ」
 獄長のスクリームがそういうと、ダルド達を連れてきた者が、
「さあ、これから一人づつ闘技場で戦ってもらうぞ。とりあえず五人ともそこの控え室まで行くんだ」
 ダルド達は言われるままに観客席の下の控え室まで行き、鉄格子の戸を開け中へ入った。その中には十個ほどの椅子と壁側にはいくつかの武器がおいてある。ブラド監獄の人間はポケットから紙を取り出すと、それを読みだした。
「では始めに戦うのは……81番だ。好きな武器を手にとって闘技場の真ん中へいきたまえ」
 その様子を見ていたティークはしばらくその男を睨んでいたが、
「ねえダルド。今五人でかかればこいつなんて倒せるんじゃない?」
 と囁いた。
「ああ、多分倒せるだろうな。しかしそんなことをすれば俺達は即処刑なんてことになっちまうぜ。獄長のスクリームとかやらがしっかり見ているからな」
 と言い、ティークをおとなしくさせた。
「では俺はこれを使わせてもらおう」
 ランスは壁から長剣を手に取り、闘技場の中央まで向かった。するとダルド達の横にいたブラド監獄の人間は鉄格子に鍵をかけた。
「この戦いは生きるか死ぬかの勝負だ。決着がつくまでは戻ることはできんからな」
「では戦いを始める。始めは81番のランスとこいつだ!」
 獄長スクリームの横に立っている進行役の者がそういうと、ダルド達のいる反対側の檻が開かれた。するとその暗がりの中からシューシューという奇妙な音がもれた。しばらくするとそこからは巨大なアリが三匹、闘技場へ入ってきた。
「あれは、ジャイアントアントか! しかしあの程度なら三匹いたとしても敵じゃないな」
 ザロックは不思議そうにそう言いながらその様子を眺めていた。
 一匹のジャイアントアントは闘技場の中央にいるランスに気がつくと、ランスに向かって走り出した。ランスは長剣を両手で構え、突進してくるジャイアントアントを待っている。ジャイアントアントがその強力なキバでランスを噛み砕こうと飛びかかったとき、ランスは長剣を突き刺した。ぷすっと音がしたかと思うとランスはそのまま長剣を横に払った。ジャイアントアントの首はポロリと落ち、痙攣を始めた。ランスはその首と胴体を邪魔そうに蹴飛ばすと、残る二匹の攻撃に備え、長剣を構えなおした。すると残りの二匹もランスに気付き、結構早く走りよってきた。その二匹はランスを囲むと口から毒を吹きかけた。その攻撃は結構遅かったのでランスは軽く身をかわすと、長剣で一匹に足払いをかけた。足払いをかけられたジャイアントアントは死にかけのゴキブリのように仰向けになってもがいている。すかさず長剣をお腹に突き刺してあげると、振り向きざまに長剣を横になぎ払った。しかしその攻撃はジャイアントアントの顎をかすめただけで致命傷にはならなかった。
 マギイイイィィィィィーーー! !
 怒りに我を失い、狂ったように暴れるジャイアントアントは、フサフサの左前足をランスの頭上に振り下ろそうとした。が、ランスはその一瞬の隙を逃がさなかった。
 マ、マギッ?
 ジャイアントアントが気付いたときには意識はぼんやりとしていき、永遠の眠りに落ちていった。
「お見事ランス君。なかなか楽しかったよ」
 スクリームは立ち上がるとランスにそう声をかけた。まるでランスには敵対心を持っていないように。
 ランスが控え室に戻ってくると、ティークはさっそく声をかけた。
「お前、すごい強いじゃん。見直したよ」
 しかしランスはティークを無視すると、長剣を元の場所へおき、黙って座り込んでしまった。
「続いての試合は、87番だ」
 リークは立ち上がると武器を選び出した。相手がどんな奴か分からないのでリーチのある武器がいいと思い、壁に立てかけてあったスピアを手にとった。
「リーク、気をつけろよ」
「大丈夫。楽勝さ!」
 リークはダルドにこう返事をしたが自信があるわけでもなく、恐怖心は消えなかった。スピアを手に持ち、闘技場の中央まで進むと、反対側の檻が開き、闇の中から何かが現れた。
「なんだ? あの犬みたいなヤツは?」
 リークは驚いて相手を見つめていると、ダルドが大声で叫んだ。
「そいつは、バンダースナッチという凶暴な奴だ! 牙や爪に注意しろ!」
 バンダースナッチはリークを見つけると突然走りだした。リークは素早く左にかわしたが、突進していったバンダースナッチはクルリと向きを返るとまたリークに襲いかかった。
「どうした? そんなんじゃ俺には攻撃できないぜ」
 リークはバンダースナッチの攻撃を難なくかわしてそういった。バンダースナッチはなおも突進を続けている。
「ねえダルド、あれならリークは勝てるよね?」
 ティークは軽く相手の攻撃をかわしているリークを見て安心し、隣のダルドに尋ねた。しかしダルドは緊張してリークの様子を見つめていた。
「いや、わからん。あのバンダースナッチは疲れを知らないバーサーカーのような奴だ。持久戦になってしまうとリークには不利になるだろう」
 リークはバンダースナッチの攻撃をかわすと、隙を突いては体の横にスピアで攻撃をしていたが、一向にバンダースナッチの攻撃の勢いは変わらなかった。その様子を見るとリークはだんだん恐怖に包まれていった。
(だめだ、避けながらの攻撃じゃ大きなダメージにはならねえ。正面から攻撃を仕掛けなきゃな……)
 リークはそう思うと次のバンダースナッチの攻撃を避けずに真正面からスピアを突いた。スピアはバンダースナッチの頭をずれ、右肩に深々と突き刺さった。しかしリークも相手の突進を体に受け、宙に吹き飛ばされていた。スピアはバンダースナッチの右肩に突き刺さったままだ。スピアでの攻撃が浅かった、とリークが思って立ち上がった時には既にその上にバンダースナッチが飛びかかろうとしていた。
「あいつは不死身なの?」
「いや、奴は目の前の獲物を殺すか、自分が完全に死ぬまでは動き続けるような奴なんだ。リークがとどめを刺さない限り攻撃は続くぞ」
 ティークはただひたすらリークがやられないように祈るだけだった。
「そらっ!」
 リークがバンダースナッチの攻撃をかわすと、横から飛びかかりスピアを引き抜こうとした。しかし思っていた以上にスピアはバンダースナッチの肩に深く突き刺さっており、すぐに抜くことはできなかった。その時にバンダースナッチは急に方向転換をした。その勢いでスピアは抜けたが、リークはそのまま吹き飛ばされた。フラフラとして立ち上がると、バンダースナッチは肩からどくどくと流れている血を気にもせずにリークに突進してきた。リークはその様子にぞっとし、スピアで相手の突進を防御しようとしたが、バンダースナッチは今度は体当たりではなく、その爪で攻撃をしてきた。リークはとっさに頭をスピアでかばうと、脚に重い衝撃が走った。囚人服が破れ、血が流れ出した。
「うっ」
 苦痛に顔を歪めるとバンダースナッチは次の攻撃をしようとよだれをたらして間合いをつめている。リークはスピアを杖にしてヨロヨロと後ずさると、バンダースナッチは一歩、また一歩と間合いをつめてくる。
「もう駄目だな。つまらん」
 スクリームがそう呟くと、バンダースナッチは再び獲物に飛びかかった。
「リーク!」
 ティークが叫ぶと、ザロックがちいっと舌打ちした。バンダースナッチはリークの頭上まで飛び上がったが、突然体を反らした。リークはその一瞬で最後の攻撃を仕掛けた。スピアをバンダースナッチの腹に突き出すと、ドスッと音がし、背中まで貫通した。バンダースナッチはそのまま地面に崩れ落ちた。リークはヨロヨロと近づきバンダースナッチを見ると、背中に三本の短剣が突き刺さっていた。バンダースナッチはしばらく痙攣をしていたが、そのうちに動かなくなった。リークは目の前の敵が動かなくなるのを確かめると急に力が抜け、その場に倒れた。
「オイラ、連れてくる!」
 そういうとティークはリークの元まで走りだした。ダルドはほっとすると横にいるザロックを振り返った。
「お前が助けてくれたのか」
「……まあな。あのままじゃあいつは殺されていただろうからな」
 ザロックは再び後ろへ行くと、短剣を三本腰に差した。
 ティークがリークを連れてくると、思っていた以上にリークの傷は深いということがダルドとザロックに分かった。ダルドはリークを横にすると、自分の服の袖を破り、リークの傷口に巻き付けた。
「ほう、あの状態で勝つとはな。なかなか楽しませてくれるわ」
 スクリームが満足そうに言うと、進行役が再び叫んだ。
「では続く次の勝負は84番の、ザロックだ」
「俺の出番か……、おいティーク、お前がもし戦うことになったらナイフを使いな。剣やスピアは重すぎるからな。……ダルド、あとはまかせたぜ……」
「えっ? なに?」
「お、おいザロック?」
 ザロックはティークとダルドの返事を聞かずに闘技場の中央まで向かった。両手にはショートソード、腰には何本かの短剣が並んでいる。反対側の檻が開くと黒い影が現れた。
「な、なんだ? あれはゾンビか?」
 始めは暗闇から一人の土色で服がぼろぼろの人が現れ、その後ろから続くように二人、三人と腐乱した人影が増えていった。中には人間の姿ではなく、牛や犬、熊などの動物も混じっていた。それらはどれも体が腐乱している。最終的には十三もの集団になった。
「さあ、かかれ!」
 スクリームが叫ぶと十三の魔物は一斉にザロックに向かって動き出した。その動きはゆっくりだがじわじわとザロックに近づいていた。
「ねえ、ザロックなら勝てるよね?」
「……わからん。あいつらゾンビは少々の傷では倒せない。バラバラにするか、魔法で攻撃するかしないとな……」
 ザロックは近づいてくるゾンビ達を睨むとショートソードを握りしめた。
「皆殺しにしてやる」
 ゾンビ達に囲まれないように素早く横に回ると、人間のゾンビが近くにきたザロックに振り返った。するとザロックの剣が空を斬り、ゾンビの首が飛んだ。しかし頭を失ったゾンビの体はまだ動きを止めずザロックにつかみかかった。ザロックはショートソードでゾンビの体をふりきると今度は相手の脚を切断した。人間のゾンビは足がなくなると地面に倒れうごめいた。ザロックはすぐに飛び退こうとすると、いつのまにか背後には熊のゾンビが立ちふさがっていた。相手はゾンビなので気配に気付きにくいのだ。
「くそっ!」
 ザロックは熊のゾンビの殴りかかる攻撃を避けると、両手のショーソードで相手に切りかかった。しかしさすがに相手は体が大きく、熊のゾンビの腕を斬ろうとしていたがすぐに斬ることはできなかった。ザロックが目の前の熊のゾンビに何度も攻撃をしていると、いつのまにかゾンビ達に周りを囲まれていた。
「しまった! 一人の相手に時間をかけすぎたか!」
 ゾンビ達はすぐには攻撃をせず、ゆっくりとザロックを包囲した。
「ザロックがゾンビ共に囲まれた!」
 意識を取り戻したリークがザロックの様子を見て叫んだが、ダルド達にはどうすることもできなかった。ランスだけがこの様子を見て笑っている。
 ザロックは素早く走ると犬のゾンビに切りかかった。比較的小さい相手を倒し、包囲網から抜けでようとしたのだ。しかし相手が多すぎた。ゾンビに左手を捕まれ、そのゾンビの手を斬り払うと、後ろから犬のゾンビに足をかみつかれる。腰に付けていた短剣でその犬を地面に串刺しにし、その場から飛び退いたが片足をやられ素早い動きはできなくなっていた。
「ザロック! そんな奴らにまけんじゃねえぞ!」
 ダルドはゾンビに囲まれているザロックに聞こえるように大声で叫んだ。
「ちっ、この俺が一瞬でも勝負をあきらめちまうなんて……すまねえなダルド」
 ザロックは呟くと目の前のゾンビに体当たりをした。ゾンビ達の包囲網は一人一人が壁になっているので一人を倒せば抜けることができた。体当たりをされたゾンビはすぐにザロックにつかみかかったが、ザロックはそのゾンビを突き飛ばした。そしてゾンビの方に振り返ると、ものすごい勢いでショートソードを何度も振り下ろした。数人のゾンビがその攻撃でバラバラになったが、残りのゾンビ達は再びザロックを囲み始めた。ザロックは膝を地面につき、動かないでいる。ティークがその様子を見てザロックの名を叫んだとき、
「旋風剣!」
 ザロックがショートソードを構えて回転すると、接近してきたゾンビ達は地面に崩れた。相変わらず手足は動いてはいたが。ザロックは足を引きずりゾンビ達から離れた。顔を上げると目の前にはあと一人のゾンビがいた。ショートソードを握りしめると最後の相手に切りかかった。しかし相手はその攻撃をゾンビとは思えないような素早さでかわすと、爪で襲いかかってきた。
「なに! ……こいつはゾンビではなくグールか!」
 グールはゾンビより更に凶悪な魔物である。ゾンビは相手を殺そうとするのに対し、グールは人肉を食べるのである。そのせいかゾンビよりもグールの方が相手を殺そうとする意識は強い。ザロックはフラフラの体でショートソードを振り回すが、グールはショートソードをはじき飛ばすとザロックに毒の爪を食い込ませた。グールはそのまま毒の爪の刺さった両手でザロックを持ち上げた。ザロックは最後の力を振り絞り腰に手をのばすと短剣を掴み、グールの腹に突き刺すと頭まで切り上げた。グールは思いがけない反撃にそのまま倒れ込んだ。腹部から頭に駆けて斬られたので体は左右に裂けている。ザロックも地面に落ちるとショートソードを拾い、グールを地面に突き刺した。グールの動きを止めるとザロックは相手から数歩離れ倒れた。
「さすがの殺し屋ザロックも、この数には手こずったか。ハッハッハ!」
 スクリームの笑い声が闘技場に響いた。ダルドとティークは檻を開けるとザロックに走りよった。
「ザロック、こんな所で死ぬんじゃねえ!」
「死んじゃいやだよザロック!」
「……二人とももうだめだ。自分が助からないことくらい分かるさ。殺し屋をやっている以上、こうなる時がいつかは来ると覚悟はしていた。……まあ、最後にお前達のような平和な奴らに会えたのが監獄の中だとはいえうれしいよ。もう死ぬのは俺だけで十分だ。誰も俺とクライムのとこには来るんじゃねえぞ! ……」
 ザロックは息を引き取った。ダルドとティークは悲しみをこらえ、ザロックを持ち上げると控え室まで連れていった。
「おやおや、ザロックさんは死んじまったか。殺し屋だったとか大きなことを言っていた割にはあっけないな」
 ランスはぐったりしているザロックの死体を見ると笑うように言った。ティークはそれを聞くとランスに飛びかかっていった。
「よせティーク! 無駄な体力を使うな!」
 ダルドはティークを押さえるとランスを睨んだ。
「ランス……どういうつもりだ?」
 ダルド達はランスの返事を聞く間もなく、戦いの進行役の声を聞いた。
「さあ、次の者に出てもらうぞ。四試合目は90番のティークだ」
「まさか? 本当にこんな子供まで戦わせるつもりか?」
 ダルドはその声に驚いたが、
「早くしろ。これは命令だ。獄長スクリーム様に逆らうのか?」
 隣にいる監視者にそう言われるとティークは急いで準備を整えた。
「大丈夫だよ。オイラ、ザロックの分までがんばるよ」
 短剣を手に持ち、他の小さな武器を腰に着けると闘技場へと走っていった。動かなくなったゾンビ達をちらりと見るとティークは自分の相手が現れる檻を睨んだ。檻からは一回りティークよりも大きな者が現れた。短剣を油断無く構え、相手から目を反らさずにいると、ダルドが叫んだ。
「そいつはゴブリンだ!」
 スクリームは相手のレベルにあった魔物を出して苦戦するところを見るのが楽しみなのか、とダルドは思い闘技場の上にいるスクリームを睨んだ。スクリームはティークの様子を見て笑っている。
 ゴブリンはティークの姿を認めると手に持っているショートソードでティークに切りかかった。ティークはその攻撃をさっと避けると腰に付けていたボラをゴブリンの足に投げつけた。ボラはうまくゴブリンの足に絡まり地面に倒れた。
「よし! とどめだ!」
 ティークが倒れているゴブリンに短剣を突き刺そうとするとゴブリンは起き上がりショートソードを振り回した。甲高い金属音が響くとティークの短剣は遠くへはじき飛ばされた。
「くそっ、こいつはしつこいなぁ」
 ティークは素早く離れると腰に付けている小型の投げナイフを掴んだ。ゴブリンは不気味な声でうなりショートソードをティークに振り回してきた。
「今だ!」
 ゴブリンから離れたティークは狙いを定めるとナイフを投げつけた。ナイフは見事にゴブリンの額に突き刺さった。ゴブリンはしばらくボーゼンとしていたが、額から血が流れ顔からそれが滴り落ちると、信じられないといったような表情でどさりと倒れた。
「やった!」
 ティークは一瞬喜んで叫んだが、すぐにザロックのことを考えると黙ってしまいとぼとぼと控え室まで戻った。
「ティーク、よく無事だったな。心配したぞ」
 ダルドが声をかけるとティークは安心してリークの横に座った。
「さあ、残りの五試合目は85番のダルドだ」
「がんばってダルド。死なないでよ」
 ティークがそういうとダルドは安心させるようにティークに話しかけた。
「縁起でもねえな。まかせろ! 俺は戦士だぜ、並みの相手じゃ勝負にならんよ」
 ダルドはバトルアクスを手に取ると闘技場へ入っていった。そこにはジャイアントアント、バンダースナッチ、ゾンビ、ゴブリンの死体が転がり異様な雰囲気をかもし出していた。スクリームはこの様子を見て明らかに楽しんでいるようだ。
「ダルド君。君の戦いぶりを期待しとるよ。相手はサイクロプスだ」
「なに? サイクロプスだと?」
 ダルドは驚き、視線をスクリームから檻の方へ向けると一つ目の巨大なモンスターが現れた。手には大きなこん棒を持っている。
「今度の俺様の相手はこいつか? まあ、昨日の奴よりは歯ごたえがありそうだな」
 サイクロプスは目の前の小さな相手を見るとそういい、こん棒で殴りかかってきた。ダルドは左手の盾でこれを防ぐとバトルアクスを振り回した。しかしサイクロプスもその巨体に似合わず素早くそれをかわした。ダルドは攻撃が空をきり、バランスを崩すとサイクロプスに腕を捕まれた。万力のようなサイクロプスの手はダルドの力を持ってしても振りほどくことはできなかった。サイクロプスは相手がもがいているのを見ると、うれしそうな笑みを浮かべ力いっぱいに投げつけた。ダルドは地面と空の区別がつかなくなり、地面にどさりと落ちた。頭がふらふらしながらも立ち上がると、既にサイクロプスはダルドの目前にせまってきている。
「ちくしょう!」
 ダルドはバトルアクスで連続攻撃をかけるが、サイクロプスはそれを軽くこん棒で受け流していた。
「おらおらどうした? スキがあるぞ」
 サイクロプスはダルドの攻撃をはじくとこん棒をふりおろした。
「ぐわっ」
 鈍い音がダルドの体に響いた。こん棒はダルドの肩にめり込み、盾を落としてしまうと、サイクロプスはすぐに第二撃を繰り出してきた。ダルドは盾を拾うのをあきらめ、その攻撃をかわすしかなかった。
「どうした? 死ぬのが怖いのか? まるで昨日の負け犬みたいだな」
 サイクロプスはそういうと今度は逆にダルドに連続攻撃を繰り出してきた。巨大なこん棒を振り回しているとはとても思えないような身軽さで攻撃を続けている。ダルドは始めはバトルアクスでこれを受け流していたが、次第に疲れがみえはじめついにバトルアクスも落としてしまった。
「さあそろそろとどめだ」
 サイクロプスはダルドの体をこん棒で殴りまくり、動かなくなったダルドを見るとこん棒を大きく振り上げた。その時ダルドはすばやく立ち上がると腰に付けていた短剣を抜き、サイクロプスの一つ目を刺し貫いた。
「ぐわぁっ! 貴、貴様まだそんな力が残っていたのか?」
 サイクロプスは一つ目を失い両手でその傷を押さえているとそのあいだにダルドは落ちているバトルアクスを拾った。
「これは今まで殺されてきた俺達の仲間の恨みだ! 食らえ!」
 ダルドは飛び上がると頭上からバトルアクスを振り下ろした。サイクロプスは頭を割られ断末魔の叫び声を上げると、空を掴むように手を泳がせ、ダルドを掴んだ。しかしサイクロプスはその時点で既に力を失い、ずるりと地面に倒れた。
 その様子を見ていたスクリームは残念そうな顔をすると、
「ちっ、今日は死んだのは一人だけか……まあいい。おまえ達! 今度の戦いも私を楽しませてくれよ!」
 というと奥へと消えていった。
「よし、おまえらは部屋に戻るんだ!」
 監視者が怒鳴るとティークはリークに肩をかし、ランスがダルドに肩をかして部屋へ戻っていった。ダルドはランスの力などかりたくはなかったが実際に歩けるほどの力が残っていなかったのでおとなしくランスの肩をかりた。
 ダルド達は部屋へ戻るとそこには誰もいなかった。
「おい、他のみんなはどこだ?」
 ダルドはとなりにいる監視者に尋ねると、モーロア達はC棟にいると言った。
「とにかくお前達はこれから休んでおけ。明日からはまた仕事が始まるぞ」
 監視者はそう言い残すとその場から去っていった。ティークは洗面所までいき布を絞ってくると、リークとダルドの傷を拭き包帯を巻いた。傷の手当が終わるとダルド、リーク、ティークは横になった。クライム、ザロックのことを思い、モーロア達を待ちながら……。

 ……C棟の地下ではアミュレスが実験室の椅子に座らされていた。トランスとミニング、それにモーロアは少し離された所の不気味な檻に閉じこめられた。
「おとなしくしていろよトランス」
 アミュレスはトランスを落ちつかせようとそう言ったが、トランスは落ちついてなどいられなかった。モーロアの言っていたような何かが起きるような気がしてならなかった。
 男はローブの中から黒く光る紫色のクリスタルを取り出すと、アミュレスの前のテーブルに乗せ呪文を唱え出した。するとそのクリスタルは不気味に光り始めた。
「う、うううウウウッ」
 その光を見つめていたアミュレスは頭が動かなくなり、じっとクリスタルの光を見つめ始めた。瞳は赤く輝き始めている。
「アミュレス! そのクリスタルの光を見てはいかん!」
 モーロアは叫んだがアミュレスの耳には届いていないようだった。
「フッフッフ、その調子だ」
 男はニヤリと笑うとアミュレスの様子を楽しそうにみていた。
 しばらくすると男の詠唱は終わり、アミュレスはぐったりと頭をたらした。
「よし。これで一人目の洗脳は終わりだ」
「洗脳だと? 貴様!」
 ミニングは相手の言葉が聞こえるとアミュレスを助けようと檻に切りかかった。
「あわてるな! 次はお前だ!」
 男はミニングを睨みつけると何かを呟いた。
「熱っ!」
 ミニングが突然腕を押さえると、そこには小さな火傷のあとがあった。
「この空間ではお前達の力は封じられ、私の力だけがここを支配しているのだ。痛い目を見たくなければおとなしくしているんだな。89番、次はお前だ。アミュレス、お前は向こうへいっていろ」
「はい。わかりました」
 アミュレスは返事をすると椅子から立ち上がり壁によりかかった。トランスはその様子を見ると、(アミュレス、本当に洗脳されてしまったの?)と心の中で念じた。すると以外にもアミュレスはすぐに返事を返してきた(大丈夫だ、洗脳などされていないさ。テレパシーで話をすることができるのはお前だけだからな。二人には洗脳をされていると言うことにしておけ。その方が奴を騙しやすい)。トランスは男に気付かれないようにアミュレスから視線をずらすと黙っていた。
 男はミニングを檻から出すと信じられないような素早さでミニングは飛びかかっていった。しかし男に攻撃をしようとするとミニングは急に蛇に睨まれたように動けなくなってしまった。
「ここで暴れようとしても無駄なことだ。さっさとそこに座るがいい」
 その男はおとなしくなったミニングを椅子に固定すると、例の黒く光るクリスタルをかざした。しかしミニングは顔を背け、洗脳されまいとしていた。
「こいつ……逆らう気か!」
 男はかっとなりミニングを殴りつけたが、ミニングはそれでも抵抗を続けた。
「ちっ、こいつはもういらん。部下にするのは諦めるか……いいだろう、ではお前のその生命力をいただくぞ」
「なんだと?」
 ミニングは男の言葉に驚いたが、身動きはできないのでどうすることもできなかった。男は後ろへ下がると棚にからみついている不気味な茨のような物を引っ張り出してきた。その茨の奥には二つの瓶がおかれている。引っ張り出してきた茨を男はミニングの頭に巻き付け始め、再び別の呪文を唱え出した。
「ミニング!」
 トランスは叫んだが、その時にはすでにミニングは動かなくなっていた。茨がミニングの額に突き刺さり、血がにじんできている。しばらくすると奥にある棚におかれている二つの瓶に片方には青い液体、もう片方には赤い液体がポタポタと滴り落ちたまっていった。
「ほう、なかなかの力を持っているな。魔力のエキスがこれ程までにたまるとは……」
 男は青い液体のたまってきている瓶を眺めると満足そうに言った。その時男に背を向けられたアミュレスはすかさず呪文を唱えた。
「時間凍結!」
 アミュレスの呪文はすぐに効果を発したようで男はピクリとも動かなくなった。
「これでしばらくは動けないだろう。今のうちに逃げるぞトランス!」
 アミュレスはそういうとすばやく男から檻の鍵を奪い、ミニングの手錠とトランス、モーロアの檻を開けた。
「ミニング、あの液体はお前の物だ。飲んでおけ」
 アミュレスがミニングの額の茨を取り、棚に近づこうとするその時、階段のほうから声がした。
「確かにお前には洗脳を施したはずだがな。やはりレクス程度の者では力不足だったか」
「ムッ、儂らの行動はすでに他の者にも知られていたのか?」
 モーロアは檻から出ると階段を見つめ、四人でお互いを守るように隊形をくんだ。すると階段の方から誰かが下りてくる気配がした。
「まったくもったいないよアミュレス。君なら優秀な部下になれると思っていたのにな……。しかたない、お前からもその強力な生命エキスをいただくことにしよう」
 階段をおりきるとトランス達にはその者の姿をようやく見ることができた。フード付きのローブに身を包み、手には小型の杖を持っている。その姿でこの男も魔法使いなのだろうとトランスは思った。
「一年前のようにはいかんぞハッディー! 今度はお前の番だ! 火球!」
 アミュレスが呪文を唱えると、炎の玉がハッディーに襲いかかった。しかし炎の玉はハッディーの振りかざした小型の杖の前で消えてしまった。
「この部屋では私には魔法はきかんぞ。レクスの奴は魔法の抵抗力が低く、この部屋で威力を弱められたお前の魔法でも効いたというだけなのだ。おとなしくしてもらおうか。パラライズ!」
 ハッディーが叫ぶと、トランス達四人は金縛りに会ったように体が動かなくなってしまった。意識だけが残っているトランス達をハッディーは次々と例の椅子に座らせ、茨を頭に巻き付けると、生命のエキスを取り出していった。トランス達は意識が残っているだけにハッディーに悔しさを感じたが、どうしても金縛りは解けなかった。
「最後はお前だ。ジジイ、覚悟はできているな?」
 ハッディーはモーロアを最後に椅子に座らせると、茨を頭に巻き付けた。しかししばらくしても一向に青い液体はたまらず、赤い液体だけが静かにポタポタとしたたり落ちてきた。
「ちっ、やはり魔法は使えんのかこのジジイは。あのときにみせた悪あがきはやはり他の者がやったということか」
 ハッディーはモーロアを椅子から外すと邪魔そうに突き飛ばした。
「お前ら、これからはおとなしくしているんだな。そうすればまたお前達の生命のエキスがとれるというものだ。抵抗はしない方がいいぞ、あまりスクリーム様の気にさわると命がないからな」
 ハッディーの笑い声が地下室に響きわたる中、四人はいつのまにか現れた監視者に引っ張られ、外まで連れ出された。C棟を出るとようやく金縛りが解け、四人は重い足どりで自分達の部屋へ歩きだした。そこで待っている不幸な報告も知らずに……。


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