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ents_06

    

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   エントシプレヒェンドバイン

   6話 再び



 ブラドの森が二度のまぶしい光を放った後に元の闇に戻ったのは、トランス達やビル達だけでなく、ブラド監獄の者も不思議に思っていた。アミュレスを担いだビルと、その先を走るデュラスは、ある程度まで離れると足を止めていた。
「おいデュラス、どうなったんだ? この静けさは……」
「わからんよ。ただ言えることは、ケルスミアとあのヴァンパイアのヤロウに決着がついたかもしれないということだ」
 ビルはしばらく黙っていたが、決心したようにデュラスに話しかけた。
「……デュラス。俺、確かめにいこうと思うんだ。ケルスミアのことを。アミュレスを任せてかまわないか?」
 デュラスは驚いた顔でビルの顔を見つめた。
「おいおい、単独行動は危険だぜ。……仕方ないな、俺も行ってやるよ。確かめに行くだけならそいつを担いだままでも平気だろう。俺が担いでいってやる」
「悪いなデュラス。任せたよ」
 ビルはデュラスにアミュレスを渡すと、二人で息を殺してもと来た道へとゆっくりと戻りだした。
 不気味なほど静まり返ったブラドの森は、数十分前にあれほどの戦いをしたとはとても思えなかった。慎重に足を進める二人だったが、草の根をかき分けて進むような感じでどうしてもガサガサと音を立ててしまう。今、一番音を出しているのは自分達だと二人は思い、なるべく静かに足を運ぼうと思ってはいたが、それは無理だった。

 ケルスミアはその草の音にすぐに気がついた。ガサガサという音がこちらへ近づいてきている。その距離は五十メートルほどだろうか。もっと近くかも知れない。……早くここから逃げなければ。ケルスミアはすぐにそう思った。
「……もう戦うのはイヤ……。みんな死ぬのもイヤ……」
 ケルスミアは何も考えず、ただその音から逃げるように走り出した。月明かりもあてにせず、どの方向へ走っているのかも分からず、ただがむしゃらに走っていた。何度もつまずき、その度に土まみれになる。顔に逃げ道を邪魔するかのように広がる木々の枝は顔、腕にひっかき傷を作っていく。しかしその走っている時の草を踏む音は、ビルとデュラスには不幸にも聞こえなかった。

 トランス達はいつまでもベステトが戻ってくるのを待っていた。しかしベステトは戻ってこない。と、その時突然ベステトが向かっていった方向から眩しい光が森を貫いた。トランス達五人は皆、この光に驚いた。
「今の光は何なんだ? ベステトは魔法も使えたのか?」
 リスタはトランスに尋ねてみた。
「分からない。でも何か監獄の者とは違う者とベステトは会っているんだと思うよ。少し、調べにいってみよう」
 トランスはリスタにそう言った。リスタはすぐに頷く。そして二人がその光のあった方向へ歩き出そうとすると、後ろから声をかけられた。
「おい、お二人さん。それはさせないぜ。せっかく奴がいなくなったんだ。戻ってくる前にお前達も監獄に来てもらおうか」
 それは追手Cだった。追手A、Bもそれぞれ武器をトランス達に向けている。トランス達は抵抗できずに、背に剣を突きつけられたまま、追手達にブラド監獄のある方へ歩かされていった。リスタはトランスに何とかならないか尋ねたが、すぐに追手の剣が背中を押すので、トランスもさすがに抵抗のしようがなかった。
「あのヴァンパイアに会って生き延びた俺達は、監獄へ戻ったら英雄かもな」
「それになかなか生きのいい人間も囚人として連れて帰るんだから、スクリーム様も喜ぶだろう」
 追手達は勝手に騒いでいた。
 動き出して間もなく、広い道をさけて草の中を歩いていた五人は突然横から何かぶつかってくる物に遭遇した。それはこのブラドの森の魔物か、それともあのヴァンパイアか? 五人は冷や汗をかいたが、それは一人の人間だった。
「うおっ、なんだこいつは?」
 追手Aは地面から立ち上がると剣を向けてそれを睨んだ。体当たりしてきた相手はぶるぶると震えている。顔には覇気がなく、魔物の住むこの森で何をしていたのかは分からない。
「ああ……、もう駄目だわ」
「こいつは、……女か? 一体こんな所で何をしていたんだ?」
 追手Cは相手に尋ねたが、その女は何も答えず力無く震えていた。トランスとリスタは突然現れた相手に追手達が注意を向けてくれるかと思っていたが、全く隙を見せないので追手達から離れることはできなかった。トランスはその相手に声をかけてみた。
「君は誰なの? たった一人でこの森にいたわけじゃあないだろうし……。何か話してよ」
 しかしトランスは追手に遮られ、それ以上話はできなかった。追手達はしばらくごそごそと話をしていたが、この女もブラド監獄へ連れていくということになったようだった。
 ブラド監獄へ行く途中、トランスとリスタは自己紹介など何回かその女に声をかけたが、相手はうつむいて黙ったまま歩いていた。トランスはその表情から何かを読みとった。この人は最近、いやついさっきかも知れないが、何か悲しいことがあったのだろうと。トランスは初めてあった名も知らないその相手から、自分も不幸を感じていた。何故こんな気持ちになるんだ? ……まさかビル達に何か会ったのか、このブラドの森にいるはずのビル達に……。

 ビルとデュラスはようやく光を発していた場所へとたどり着いた。アミュレスを抱えていたので思ったより時間がかかったのだ。そこには何もなかった。ある一つの異様に大きい岩を除いては。
「なあデュラス。さっきここでヴァンパイアと戦ったんだよな。この大きな岩は一体何なんだ……あっ!」
 二人はその大きな岩をよく見ると、それは人の形をしていた。大きな岩――大きな体格の者――それはガラムだった。二人はしばらく無言のままそこに立ちすくんでいた。ようやくデュラスが口を開いた。
「……ガラムか。ヴァンパイアとの闘いでやられたのか。……ソーンとケルスミアも見あたらない。二人ともやられたのか?」
 二人は辺りを見渡した。しかし、それらしい人影は何も見えなかった。がっくりと首をたらしたビルは地面に足跡を見つけた。ヴァンパイアはまるで木の葉のような身のこなしだったので足跡はつけなかった。自分達の足跡とも違う。デュラスもそれに気づいたらしく、ビルを見た。
「ビル、どうする? これはもしかしたらソーン達の足跡かもしれないぜ。足跡を追ってみるか?」
「ああ、行ってみよう。……じゃあなガラム、お前はいい奴だったよ。またすぐに戻ってくるからな。そしたら墓でもつくってやる」
 二人はもう一度石化したガラムを見ると、足跡を追って茂みの中へ入っていった。足跡はくっきりと残っていて、確実にビル達を足跡の主へと導いていった。
 しばらく進むとその足跡は急に増えた。数えてみるとそれは六人ほどはいるようだ。ビルとデュラスは何が何だか見当がつかなかった。
「始め足跡は一つだったから、ソーンかケルスミアがどちらかを担いでいるかもしれないと思っていたが……。こいつは一体何なんだ?」
「さあな。わからんよ。しかしこの足跡の主との距離もだいぶ縮まってきていると俺は思うぜ。その正体ももうすぐ分かるだろう。一応気をつけていろよビル」

 そして二人は足跡に追いついた。まだ相手には気づかれてはいない。ビルはその姿に思わず叫びだしてしまうところだった。トランスがいたのだ。トランスの横にはケルスミアがいて、背が低いラルファによく似た者もいた。後の三人はブラド監獄の追手の格好をしていて、トランス達の後ろから剣を突きつけて歩いていた。
「ケルスミアはいるが、ソーンが見あたらないな。前の二人も見たことがない奴だ。それにあの三人はブラド監獄の人間じゃないか?」
 デュラスはビルに尋ねると、ビルは説明をした。
「あいつは俺達が探していたトランスだよ! あと背が低いのは知らないが、前に一緒にいたラルファによく似ているよ。ブラド監獄のやつらはトランスやケルスミアをブラド監獄へ連れていこうとしているのかもしれない」
「よし、助けるか。アミュレスはここに寝かせておくぜ」
 デュラスがアミュレスを地面におろすと、ビルとデュラスは相手に忍び寄った。そしてビルは三人に魔法を唱えた。
「ブリザード!」
 その魔法は追手達をひるませた。その隙にデュラスはナイフを投げつけた。追手の一人は喉に刺さって声も出せないまま地面に倒れたが、あとの二人は致命傷にはならずこちらを振り向いた。
「くそっ! 何だ今の冷気は? どこにいやがる! 出てきやがれ!」
 追手はナイフの飛んできた方向に剣を構えて歩き出した。するとデュラスは茂みから姿を現した。追手はその獣のような姿のデュラスに一瞬驚いていた。するとビルはデュラスとは反対の方にいたので難なく追手達の背後につくことができた。そして一振り、二振りと剣を振り下ろし、追手達を切り倒した。そしてビルは驚いているトランスに近寄った。
「……久しぶりだな、トランス。ようやく会えたぜ」
 トランスはビルの声を聞くとようやく緊張が解け、驚いた表情でビルに返事をした。
「ビルか! 会いたかったよ。無事に生きていたんだね。……ビル、他のみんなは? それにその毛むくじゃらの人は誰なの?」
「実は……」

 ビルはその場が落ちつくと、アミュレスの元へ行きトランス達に説明を始めた。ブラド監獄から脱走したデュラスのこと、ヴァンパイアを追っていたケルスミアのこと、洞窟へ閉じこめられているモーロア達のこと、ヴァンパイアとの戦いで血を吸われ、瀕死の状態のアミュレスのこと、そして死んでしまったガラムのことを。
 ビルは一通りの説明を終えると、ケルスミアにソーンのことを尋ねた。
「ケルスミア。あのヴァンパイアとの戦いでお前とソーンはどうしたんだ? ソーンも一緒にいたんじゃないのか?」
 ケルスミアはビルの言葉にしばらく黙っていたが、重い口を開いた。
「……死んでしまったわ。……ヴァンパイアを倒すために……」
「そうか……」
 ビルはソーンも死んだということを聞くと心が沈んだ。二人とも死んでしまうとは。トランスの方はというと、悲しみもあったが、ヴァンパイアに怒りも感じていた。
「あのヴァンパイア……。ベステトが僕達の仲間と戦ったのか……」
 トランスはやっとブラド監獄から脱走できたのに、その後にガラムとソーンが死んでしまったと聞いて心が沈んだ。すると、懐からしばらく黙っていたチュー兵衛が飛び出し、青白い顔で倒れているアミュレスの上に乗っかった。
〔おいアミュレス! しっかりしろよ! 俺だぜ、チュー兵衛だよ。久しぶりに再会したってのになんでそんな姿なんだよ!〕
 チュー兵衛はチューチューと騒ぎながらアミュレスの上を走り回った。デュラスは驚いてそのネズミを払おうとしたが、思いとどまった。ケルスミアはさっきから下を向いたまま黙っていて、ビルやトランス、リスタはその様子をまるで慣れているかのように見つめていたからだ。
「お、おいお前達、このネズミは何なんだ?」
「彼はチュー兵衛といって、僕達、アミュレスの仲間だよ」
 トランスは説明した。ビルはじっとアミュレスを見ていたが、ヴァンパイアにやられてからまだ一度も意識が戻らないアミュレスを見ると、アミュレスも死んでしまうのでは? という絶望感に襲われた。トランス達の気持ちも一緒だった。しかしチュー兵衛はまだ諦めずにアミュレスに話しかけていた。
〔チュー兵衛。駄目だよ、今はアミュレスは意識が戻らないよ。……僕達が手をうたなきゃ。何か特効薬のような物があれば……〕
〔特効薬?〕
 チュー兵衛はトランスの言葉にはっとすると、トランスに飛びかかった。
〔そうだよトランス! 特効薬だ! それを使えばアミュレスはきっと元気になる! ブラド監獄だ! ブラド監獄のC棟にはきっとアミュレスにも効く特効薬があるはずだ!〕
 チュー兵衛はもうすでにブラド監獄へ行き、アミュレスは助かるものと思って、うれしさのあまり飛び跳ねていた。しかしトランスはすぐには考えを決めかねていた。

 ――またあのブラド監獄に入らねばならないのか?

 チュー兵衛の言葉を理解できないビルは、チュー兵衛とトランスの会話が終わったのかと思うとトランスに尋ねた。
「おいトランス、チュー兵衛と何を話していたんだ? 何かチュー兵衛はうれしそうに見えるが……」
「……アミュレスを助けるためにブラド監獄に再び行こうと言うんだ。C棟にはきっと今のアミュレスを助けることができる特効薬があると思うから。でもまたすぐにブラド監獄へ行くのは正直言って怖いんだよ。地獄のようなブラド監獄。できればもう二度とかかわり合いたくなかった……」
 トランスのその姿を見て改めてビルも監獄の恐怖を思い出した。しかし横に瀕死の状態のアミュレスが見えると、心の中の恐怖と迷いは消えた。
「大丈夫さトランス。こっそり忍び込んでC棟へ行き、アミュレスに効果のありそうな薬を取ってくるだけじゃないか。俺達でアミュレスを助けようぜ! このままほっておくと三日もたてばアミュレスは死んでしまうかも知れないしな」
「……うん、分かったよ。僕もビルの言葉を聞いて迷いが消えたよ。ビルもしばらく会わないうちに何だか成長したように見えるね。頼もしいよ」
 トランスはそう返事をした。
 ビルはそのトランスの言葉に今はいないガラムを思い出した。……『頼もしい』か。そう言われても仲間を助けることはできずにガラムやソーンを死なせてしまった……。もう口先だけの言葉はいわない。絶対にアミュレスを助ける、と改めてビルは心に誓った。
「そうと決まったらすぐに行くか! 急がないとアミュレスはどんどん衰弱していくしな」
 そしてトランス達はブラド監獄へ行くことになった。もちろんアミュレスはこの森のどこかへ休ませるので誰かが森に残ることになる。他の者の様子を見ると、ケルスミアもとても戦える状態ではないように見えた。まるで心がどこかへ行ってしまったかのように、目の焦点も定まらないように見えた。
「どうするんだい? アミュレス、ケルスミアを残していくとなると誰かがここに留まっていなくてはならないよ」
 リスタは不安そうにトランス達に尋ねた。デュラスもビル、トランスの言葉を待っている。
「監獄に詳しいのは最近まで現役だった俺とトランスだ。……あとチュー兵衛もな。デュラスとリスタには、アミュレスとケルスミアの二人の面倒を見ていてもらいたいんだが、いいかな?」
 ビルはそうみんなに言った。トランスとチュー兵衛は納得していたが、デュラスはビルの言葉に少し不満があるかのような表情で質問をした。
「おい、大丈夫か? お前達二人とも、監獄のあまりのひどさに脱走したんだろ? またその恐怖に襲われやしないか? 俺が行ってもいいんだぜ」
「大丈夫だよデュラス。僕達は確かにブラド監獄に恐怖を感じているけど、ここで逃げたらいつまでたってもそれから逃げることはできない。僕達二人は恐怖を克服しなければいけないと思うんだ」
「……大した奴等だぜ。お前達がそこまで言うのならそうするといい。……アミュレスとケルスミアのことは俺とこいつに任せな」
 デュラスはそういうとビルとトランスの肩をぽんと叩いた。その後にリスタがトランスとビルに近寄ると二人の手を握った。
「十分気をつけるんだよ。アミュレスやケルスミアのことは気にしなくていいから、二人とも無事に帰って来るんだ。そうしたら君達の仲間やラルファといっしょに旅をしてみたいよ」
「うん。分かったよ。きっとみんなで旅ができるよ」
「俺達は大丈夫だぜ。ガキの頃からの付き合いだからな」
 そしてデュラス、リスタに見送られ、トランスとビルの二人はそれぞれの武器を体に身につけると、一歩一歩ブラド監獄へ近づいていった。ブラド監獄へ近付くにつれ、二人の回りの空気はだんだんと重くなっていった。いや、そう思いこんでいたのかも知れない。



 ブラド監獄。
 その夜は不気味なほどに静まり返っていた。ときどき動物達や虫の声が聞こえるだけで、まるで生きているものの気配を感じさせなかった。しかしここには大勢の囚人達がいる。彼らは厳しい監獄生活の中で生気を失っているのだ。しかし彼らは今は死人のように静かだが、何日か前にトランス達が脱走した時には、信じられないような声で叫んだ。自分達と同じ囚人が監獄の言いなりにならず、何人も脱走をしようとしていたのを目の当たりにし、精神がおかしくなったからだろう。トランス達が脱走してからは、いっそう監獄側の扱いもひどくなり、囚人達はまさに生きる屍のようになっていた。
 そのブラド監獄へトランスとビル、それにチュー兵衛は再び入り込んだ。いや、忍び込んだ。トランス達はあの以前脱出した地下の抜け道から入り込み、真っ暗な下水をチュー兵衛を頼りに進んでいった。
「ねえビル。すんなり忍び込んだのはいいけれど、こんなに静かじゃあ何だか不気味だよ。見張りの兵も目に入らないし、何かの罠があるかも……」
 トランスはあまりにまわりの様子が静かで、見張りもいないようなのでビルに注意を促した。ビルは静かに返事をした。
「ああ。トランスはあのヴァンパイアに捕まっていてあまり知らなかっただろうが、このブラドの森は俺達が脱走してから追手達が常に巡回しているんだ。おそらく追手達は今も森を巡回しているんだろう。だからまさかこのブラド監獄に戻ってくるとは思わず、見張りは少ないんだろうよ。……ほら、あそこに二人見張りがいたぜ。ずいぶんと暇そうにしているな」
 ビル達は注意しながら見張り兵をやり過ごし、先へと進んだ。そして一時間ほどたつとようやく明かりが見えてきた。そろそろC棟の地下室だ。チュー兵衛は走っていたが、突然足を止めるとトランスに話しかけた。
〔トランス、なんかいやがるぜ。そこにな。この臭いは知っている臭いだ。……あの変態のレクスだ〕
 トランスはささやき声でビルにレクスがいると伝えた。二人はそっと明かりに近付き、部屋を除いてみた。そこにはやはりレクスがいた。レクスは手に瓶を持って何かの薬を作っている。その薬の液体の色は緑色でどろっとしていた。その臭そうなにおいはこちらまで伝わってきそうだった。
「まいったなあ、かなり臭そうだぜ。……ってそれよりどうするトランス? このままじゃあレクスがいなくなるまでこの下水の所で待つか? こっちがまいっちまうぜ。レクスと戦ってもすぐには勝たしてもらえそうにないし、騒ぎになったらやっかいだ」
 ビルは鼻を曲げながらそう言った。トランスも臭さが鼻をつくのが感じられると、とてもその場でレクスがいなくなるのを待つなどできないと思った。トランスはチュー兵衛をポケットに入れると静かにビルに話しかけた。
「ビル。とりあえずここから離れよう。上からC棟に入るんだ。僕の空間移動でいったん表へ出るから捕まって」
「お、おう。分かったよトランス。大丈夫か?」
 ビルがトランスに捕まると、トランスは精神を集中した。そしてトランス達を浮遊感が包むと、すぐに地面に落ち、体を冷たい空気がなでた。
「いてっ。……お、ここは監獄の中庭か! あいかわらずお前の力には驚くよ。完璧じゃないがな」
「成功したんだから文句は言って欲しくないなあビル。早くどこかに隠れよう」
 トランスとビルはまだC棟からレクスの声が聞こえ、光が漏れているので仕方なくB棟へ隠れることにした。真夜中なので、幸いにも誰にも気づかれることもなくB棟にたどり着いた。そこで二人は適当な隠れ場所を見つけ、そこに潜り込んだ。そのあいだチュー兵衛にC棟の様子を見張ってもらい、トランスとビルは少し睡眠をとった。ほんの少し眠るつもりだったが、疲れがたまっていたのか、二人は泥のように眠り込んでいった。チュー兵衛の見張りのおかげでその夜は何事もなく過ぎていった。

 そして朝が訪れた。
 トランスが目を覚ますと辺りはすっかり明るくなっていたのでそっと外を見てみた。チュー兵衛はまだ見張りをしてくれていた。
〔おうトランス、目が覚めたか。よほど疲れていたんだな。ぐっすりと眠っていたぜ。C棟の方はあいかわらずだ。レクスの奴は眠っていないんじゃねえのか? まだ何かやっているぜ〕
 トランスは首を伸ばしてC棟を見てみた。しかしB棟からではその様子はよく分からなかった。トランスはビルを起こすと、これからのことを相談した。
「どうするビル? レクスの奴は眠らないらしいよ。たぶん眠気をなくす薬かなんかを作ったんじゃないのかな。このまま待っていてもきりがないかも知れない」
「そうかもしれないな。……よし、仕方がないから夜にでも乗り込むか?」
 そして二人は夜にC棟へ乗り込むと決めると、腹が減ってきているのに気づいた。チュー兵衛も二人の顔を見ると何か食べたそうにしていた。
〔おい二人共。腹が減らねえか? A棟で食事を済ませようぜ。俺が案内するからよ〕
 トランスはこんな時にのんびり食事などできないと思ったが、チュー兵衛とビルはすでにA棟へいく支度をしていた。トランスは少しあきれながらも、一緒に行くことにした。

 囚人達の労働が始まると監視の目も厳しくなり、とてもA棟まではたどり着けない。
 そう思うとトランスとビルはチュー兵衛に続いて素早くA棟へ向かった。チュー兵衛の後に続きA棟の裏へ回ると、チュー兵衛はトランスにささやいた。
〔俺なら一人でいけるんだがな。お前達はでかいから俺様の抜け道は使えないだろう? タイミングを見計らって三階のトイレあたりにでも隠れよう。ここじゃすぐに見つかるぜ。頼むぜトランス、お前の空間移動でな〕
 そう言うと、チュー兵衛は回りを気にしてクンクンと鼻を動かし始めた。トランスとビルも回りの様子に神経を集中した。そして数十分が過ぎるとA棟の入り口から次々と囚人達が監獄の者によって労働場所へ連れて行かれた。しばらくするとその行列は終わり、A棟は静かになった。チュー兵衛は素早くトランスのポケットに入り込んだ。ビルもそれを見るとトランスに捕まった。
 トランスはビルとチュー兵衛を確認すると、三階のトイレに神経を集中した。ふわっとしたかと思うと足場が無くなり、トランス達は無事に三階のトイレまでたどり着いた。今度は尻餅をつかなかった。
「ふう、ここで尻餅なんかをついたんじゃ汚ねえからなトランス。着地のタイミングもなんとなく覚えてきたぜ」
 ビルはそう言うとそっとトイレの表へ出た。トランスもゆっくりと後へ続いた。その廊下に立つと、改めて二人には恐怖がよみがえってきた。ここで知り合った囚人のクライム、ザロック、ダルド、ハミッド、ベスク、一緒に連れてこられた別人のようになっていたランス。……みんなここで死んでしまった……。トランスとビルの二人はふらりと自分達のいた部屋をのぞいてみた。そこにはすでにもう他の囚人達がいるらしく、囚人服などが散らばっていた。
「……へ、も、もう俺達の替わりを連れてきているのか……ひどいぜ。俺は今までのブラド監獄への恐怖を怒りに変えるぞ。絶対スクリーム達は許せねえ!」
「……僕も同じだよ。死んでいったダルド達の仇は必ず討つ。でもそれは今じゃない。今は焦らず、アミュレスを助けることを優先に考えよう」
「そうだな」
 ビルは頷くと、トランスと一緒にゆっくり階段を下りていった。二階には監獄の連中の部屋があるので、特に神経を使った。スクリームやハッディーがこの階にいるかも知れない……。しかしさいわいにもトランス達は監獄の者に気づかれることもなく、一階までたどり着いた。一階には見張りが入り口に立っていた。チュー兵衛は気にすることなく食堂へ忍び込んでいった。しばらくするとチュー兵衛は階段の横にいるトランス達の所へ戻ってきた。口にはパンをくわえていた。
〔二人共大丈夫だぜ。食堂には誰もいねえ。入り口の見張りに注意して食堂へ行ってゆっくり朝食を取ってきな〕
 二人は食堂へ忍び込んだ。調理室をのぞくとあの臭いにおいが鼻を突いた。相変わらずぐちゃぐちゃの飯、水っぽいスープが作られている。それを無視して二人はパンにかじりついた。そして食べられそうな野菜をかじり、とりあえず二人は満足できる朝食を取ることができた。

 一息ついてビルはお腹をさすっていると、ドアの方からチュー兵衛があわてた様子で食堂へ入り込んできた。チュー兵衛は二人を見ると叫んだ。
〔おい二人共隠れるんだ! 何か大勢、監獄の奴等がきやがったぜ。たぶん、ブラドの森を巡回していた奴等だろう。そんなことを話していたぜ〕
 チュー兵衛の説明にトランスはビルと一緒にテーブルの下へ隠れた。そして耳を澄ましてみた。二人の耳には監獄の者の声が聞こえてきた。
「……おう、お前達か。どうだった? スクリーム様の言っているトランスとかいうガキ共の脱獄囚は見つかったのか?」
「この様子を見りゃわかるだろ? 全く駄目さ。ほんとにそんな何日も前の脱獄囚がまだこのブラドの森にいるのかね? とっくにニール砂漠に逃げているんじゃないか?」
「そうだぜ。それでなきゃ、あのブラドの森の魔物に殺されたろうさ」
「それにスクリーム様までもが自分の片腕まで連れて探しているんだ。俺達がそんなに力を入れなくても獄長様自身が見つけるだろう。まだ生きているならな」
「トランス達脱獄囚はスクリーム様が見つけるに違いない。俺達がわざわざスクリーム様の手柄を取るなんて、しなくてもいいのさ」
「そうか、ご苦労だったな。二階で休むといい」
 入り口の見張りがそう言うと何人かの者はずかずかと二階へ登っていった。トランス達はそのままじっとしていた。が、ようやくビルが口を開いた。
「……おい、あいつらブラドの森の中、俺達を探していたのか……しかしあいつらは〈トランス達〉といっていたな。単に脱獄囚とは言わずに……。トランス、何故お前の名前だけが……」
「……分からない。僕には何が何だか分からないよ」
〔おい二人共、深く考えるのは後でだ。早くここを離れよう。また三階にでも身を隠そうぜ〕
 トランスはしばらくして頷くと、ビルとチュー兵衛と共に三階に空間動をした。そして夕方になるまでじっとその場に身を潜めていた。
 そしてようやく日が落ち、夕方になった。



 トランス達は囚人が全て部屋に戻り、外に誰もいなくなるのを確認するとA棟の裏へ回った。そこから注意深くC棟まで走った。相変わらずC棟は明かりがついており、レクスが秘薬の研究を続けているようだった。しかし今度は様子が違っていた。レクスの他にも気配を感じるのだ。チュー兵衛が研究室に入り込み、トランス達に説明をした。
〔ありゃあ、囚人だな。かわいそうだが生命力を抜き取られているよ。お前達と同じ目にあっている。しかし今度のはかなりやばいぜ。干からびた囚人達が床にたくさん散らばってやがる……むごいな。レクスのヤロウは悪魔みたいだぜ〕
 トランスは背筋がぞっとした。自分自身も以前ここで生命力を抜き取られたことがあるが、死まではいたらなかった。しかし今いる囚人達は死ぬまで生命力を抜き取られている。ビルはチュー兵衛が何を言っているのか分からなかったので、トランスに何があったのか尋ねた。トランスはすぐには説明をすることができなかった。
「おい、トランス。一体何がこの中で起こっているんだよ」
「……囚人達が何人もレクスに死ぬまで生命力を抜き取られているんだ……。みんなを助けないと……」
 トランスがそういうとビルはその体を押さえた。
「おい、しっかりしろよ。レクスと戦って俺達は勝てるのか? 俺達はアミュレスを助けるためにここへ来たんだ。他にも監獄の奴がいるんじゃないのか? 今騒ぎを起こして監獄のやつらに気づかれて見ろ。あっというまに俺達は捕まっちまうぞ」
「だけど……」
ビルはトランスを押さえながらチュー兵衛の後を追ってそっとC棟の中へ入っていった。その奥の研究室にはやはりあのレクスがいた。床には囚人達の干からびた体が無造作に散らばっている。それを見ると二人は吐き気がした。こんなことをするレクスは人間ではない。人の皮をかぶった本当の悪魔だとさえ思えた。薄気味悪い笑い声で囚人達の生命力を抜き取っているレクスの姿を見ると、二人はレクスに対して怒りを覚えた。トランスがビルの顔を見ると、ビルは頷いた。
「……やるか? トランス?」
「……もちろんさ。もうレクスの奴は許せないよ!」
〔トランス? さいわいレクス以外には監獄の奴はいないようだが……〕
 チュー兵衛がそう言うとトランスは飛び込んでいった。ビルもすぐ後に続く。ビルはまずレクスに剣で攻撃をした。トランスはその間に椅子に縛られている囚人を助けてやった。
「キ、キサマらは脱獄囚ではないか! 何故ここに戻ってきたんだ?」
「てめえに言う理由なんてないぜレクス。食らえ!」
 ビルは素早く剣で切りかかった。しかしこの攻撃もレクスに傷を負わせることはできなかった。トランスは他の囚人達を自由にすると、クライムの形見の剣を握ってビルに加勢した。
「いきなりの攻撃で油断はしたが、そんな攻撃など効かぬぞ。すでに私は鋼鉄の体を手に入れているのだ。この秘薬を作るのにはかなりの囚人を材料としたが、それだけの価値はあるわい。お前らに勝ち目はないぞ」
「なるほど。確かに体は鋼鉄のようだな。全く剣が通用しないぜ」
「うん。このクライムの剣でも傷を付けることができないなんて……」
 レクスはトランス達の言葉を聞くと不気味に笑いながら飛びかかってきた。
「ちょうどいい。この〝鋼鉄の秘薬〟の威力をお前達で試させてもらおう。以前の戦いの時とは違い、これは永久的に効果があるのだ。私一人でお前らを殺してくれるわ!」
 レクスが爪で攻撃をしてくると、ビルは手に持っている剣をはじき飛ばされた。吹き飛ばされた剣は壁にぶつかり、まっぷたつに折れていた。
「げ、剣が折れちまった。なんて奴だ」
 しかし二人は落ちついていた。レクスは確かに鋼鉄の体ではあるが、そのおかげでずいぶんと動きが遅かったのだ。ビルは剣を吹き飛ばされると、呪文を唱えた。
「確かに武器は効かないようだが、これはどうかな。サンダーボール!」
 空中に電気を発している球を発生させると、ビルはレクスに向かって投げつけた。レクスに命中すると、レクスの体中に電気が走り、辺りは一瞬眩しいくらい明るくなった。チュー兵衛はその光にびっくりして、巻き添えをくわないように床をおろおろと走り回っていた。
 トランスも休む暇を与えずに手をレクスに向けた。そして衝撃波が放たれるとレクスは壁に吹き飛ばされ、叩きつけられた。
「ぐぇ、キサマらよくも!」
 レクスは悪態をついてなおも襲ってきたが、それ以上トランス達に攻撃をすることはできなかった。
「もうやめときなレクス。あんたじゃ俺達に攻撃はできないぜ。のろいんだよ、その鋼鉄の体じゃな」
「殺す、絶対殺すぞ!」
 なおも襲ってくるレクスにトランスは逆に近付いていった。驚いたのはビルとレクスだった。しかしレクスはチャンスとばかりに爪を振り上げた。
「ビル。アミュレスに効果のありそうな薬を探しておいて。いつまでもこいつと戦っていたんじゃきりがないからね。すぐ戻るよ」
 そう言うとトランスはレクスの振り下ろす爪をかわし、後ろに回り込んでレクスの体を掴んだ。そして二人はビルとチュー兵衛の前からふっと姿を消した。
〔トランス? どこへ消えたんだ?〕
「そうか、空間移動でレクスをどこかへ移動させたんだな。しかしあいつも一緒にいったのか……レクスを倒すつもりか?」
 チュー兵衛はうろうろと鼻をひくひくさせ、まわりの臭いをかいでトランスを探していた。ビルは我に返ると、薬を探しに研究室の奥へ入っていった。トランスとビルに助けられた囚人達は、ただ呆然としているだけだった。

 トランスとレクスは中庭に姿を現した。レクスは驚いて辺りを見回していたが、すぐ横にトランスがまだいるのに気がついた。
「おのれ、トランスか。この私を馬鹿にしおって!」
「悪いけどこれ以上時間をかけたくないからね。アミュレスを助けるために、B棟まできてもらうよ」
 トランスはそう言うと再びレクスを掴んだ。そして何度か空間移動を繰り返して、誰もいないB棟までたどり着いた。
「さあレクス。そろそろ決着を付けたいけど、その前に話をしてくれないか? ブラドの森にいる追手達やスクリーム、そしてこの監獄が何を企んでいるのかを」
「ふざけるなよガキめ。私がそんなことを口にすると思っているのか?」
 レクスは怒り狂うとトランスに爪を振り回した。トランスはレクスの攻撃をかわして体に触れると、今度は相手だけを空間移動させた。そこは闘技場の壁の中だった。
 レクスは首だけ外に出た状態で、体は完全に壁に埋まっていた。
「こ、このガキ。よくも!」
「さあ、話してよ。追手達はどのくらいいるんだ?」
「……話したらここから出してくれるのか?」
「話したらね」
 レクスはしばらく黙っていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……このブラド監獄からの追手は、今は五十人ほどだな。しかしジーマ港やヒューチル城にもすでにお前達脱獄囚のことは報告されている。ギルディ様の部下も会わせるとお前達に逃げ場はないと思うがの」
 トランスは静かにレクスの言葉を聞いていた。膝が震えそうになるのを必死に抑える。
「……じゃあ、スクリームは?」
「スクリーム様はお前達を探してまだ森にいるさ。片腕のマグス殿もつれてな」
「それと、ブラド監獄は何をしようとているんだ? 僕達を奴隷のように扱ったり、C棟で何人も殺したり……」
「それはな、ここはあるモノが封印されているからだ。それの封印を守るにはお前達のような何も知らない者から力を抜き取るのが必要なんだよ。これはギルディ様のお言葉でもあるのだ。……それにギルディ様の話ではお前には何か秘密があるらしいぞ、トランス。……そろそろここから出してもらおうか。少し話をしすぎたかもしれんなトランス。まわりにきづかんとは」
「……?」
 トランスはレクスの声にゆっくりと周りを見渡した。両脇の檻のような所、頭上に並んでいる見物席全てには、……何もいなかった。
「何だ? 何もいない……」
 トランスがレクスに振り返るとレクスは壁を壊して飛びかかり、トランスの首を絞めた。
「ははは、油断したな、実力はあってもまだガキというところか」
「く、くそ。ビルが待っているのに……」
 トランスはもがいたが、鋼鉄のレクスの腕は振りほどくことができなかった。精神も集中できず、空間移動もできずにいた。しかしその腕がトランスの首を絞めきることはなかった。本当に誰かがその場へ現れたからだ。
「レクス。トランスを殺してはまずいぞ。スクリーム様が戻られたらどう説明するつもりだ?」
 その見物席のあるところに立っている者はハッディーだった。ハッディーはトランスを見るとゆっくりとこちらへ近付いてきた。
「よくこのブラド監獄に戻ってきたものだ。完全に意表を突かれたよ。何をしに戻ってきた? お前の仲間も来ているんだろう? さあ話すんだ」
 ハッディーの矢継ぎ早の質問にトランスは答えなかった。しかしトランスはこの二人に恐怖は感じなかった。恐怖を感じるとすればあの獄長のスクリームや魔族ギルディだろう。トランスはハッディーの出現でレクスが力を少し緩めているのに気がつくと、素早くその腕を振りほどき、遠くへ離れた。
 驚いたのはレクスだった。絶望感を感じているのかと思いきや、あれほど冷静に素早く逃げるとは想像できなかった。
「このガキめ! このまま逃げられると思うか? それはムリだぞ。お前達は外界と完全に遮断されているのだ。逃げる場所などどこにもない」
「そんなことないよ。僕達は絶対にここから逃げてみせる。だけどただ逃げるだけじゃない。必ずお前達に復讐しに再び戻ってくるからな」
 トランスは両手からレクスとハッディーに一度強力な衝撃波を放った。相手の二人はその衝撃波によって吹き飛んだ。そして相手がこちらを見る前にトランスはその場から姿を消した。
「何……消えただと? トランスめ、高位魔法の空間移動を使えるというのか? しかし今まで何故その力を隠していたんだ?」
「さあ、私にもわからん。……それよりどうする? 追うのか? それともスクリーム様の言いつけ通りここを守るか?」
 面倒くさそうに口にするレクス。ハッディーはそれには答えずに今目にしたことについて考えを巡らしていた。
 ――空間移動は自分でもまだ使うことの出来ない高位魔法だ。それをトランスのような少年が簡単に使えるのはどう考えてもおかしい。何か、特殊な道具の力を借りているのか、それとも魔術体系の違う能力なのか……。
 ギルディから聞いている『トランスには秘密がある』と関係があることなのか……。

 トランスは二人の敵から逃げ切り、何度かB棟を振り返りながらビルの待っているC棟まで無事にたどり着いていた。
 ビルはすでにいくつかの薬瓶を手に持ち待っていた。トランスの姿が見えると喜んで駆け寄ってくる。
「少し遅かったんじゃないかトランス。とっくにそれらしい薬は見つけておいたぜ。……レクスはどうした? 倒したのか?」
「うーん、それが、ハッディーも現れたんで逃げてきたんだ。ぐずぐずしていられない。早く逃げよう。……ここで助けた囚人達は?」
 トランスはここに何人かいた囚人達が目に入らないのでビルに尋ねた。
「あの二人と会ってたのか。トランス、よく無事だったな……。。そう、助けた囚人達はここの秘薬研究者レクスが急にいなくなったんで驚いてA棟に走っていっちまった。絶対的な力を持った監獄の人間がいなくなるなんて思ってもみなかったんだろう。完全におかしくなってたぜ」
 ビルはトランスにそう説明をした。トランスはビルの持っている薬を一通り見ると、〝生命回復薬〟、〝復活薬〟、〝蘇生秘薬〟などとそれらしい効果のありそうな物は一通り揃っていた。チュー兵衛はその様子を見て叫んだ。
〔のんびりとしている暇はないはずだぜ。レクスとハッディーが来るんじゃねえのか?〕
 その言葉にはっとすると、トランスはビルの持っている瓶を半分持ち、一緒に地下室の奥へ走り出した。ビルは後ろを気にしながらトランスに尋ねた。
「トランス、またお前の空間移動でパパッと表に出ることはできねえのか?」
「ごめんビル。まだ空間移動の術はあまり得意じゃないんだ。まだ移動距離は十数メートル程だし、体もふらふらになるんだ……この暗闇の中で空間移動をしたりしたら、方向感覚がつかめなくなっちゃうよ。壁の中に移動する可能性もあるし……」
〔まかせとけ。暗闇を抜けるのは俺様に任せろ。二人はゆっくり俺についてきてもらえればいいからな〕
 チュー兵衛の声をビルに説明すると、トランスとビルは慎重に地下の下水を走った。途中またブロブが襲ってくるのでは、と心配もしたが、前方を進むネズミの鳴き声をひたすら追い続けていくと何とか無事にブラドの森へ出ることができた。
 森へ出ると素早く茂みに身を隠し、後ろを確かめた。しかし後ろから追ってくる気配はなかった。
〔何とか目的は達成したな、トランス!〕
 チュー兵衛は喜んでトランスのポケットへ飛び込んだ。ここまでくるとトランスはようやく改めて安心し、ブラド監獄から離れるためにゆっくりと歩き始めた。
「目的は達成したから、後はアミュレスにその薬を飲ませるだけだ。……所でリスタやデュラスはどこに隠れているの?」
 トランスの質問にビルは首を傾げた。
「うろうろしてりゃあ、そのうち見つかるさ。とりあえずここから離れて少し休みたいぜ」
 ビルは周りを見渡した。すっかり暗くなったブラドの森にはフクロウや動物達の声がいつまでも響いていた。



 トランス達がブラド監獄へ行った後、ある小さな洞穴に彼らは隠れていた。デュラス、リスタ、ケルスミア、そして重傷のアミュレス。デュラスは始めは監獄の近くで待っていようと思っていたが、ブラド監獄の追手達があまりに多くその場を巡回しているので、多少は安全だと思われる位置まで、かなり離れた茂みの中の小さな洞穴に身を潜めることをみんなに提案したのだ。
「デュラス。私はまるでそのブラド監獄のことは知らないんだけど、あの二人はどのくらいで戻って来ると思う? 毎日でもあの監獄に確かめに行った方がいいのかな?」
「俺もよくわからねえよ。俺があの中にいたのはもう何年も前の話だしな。俺が様子を見てくるから、お前さんはこの二人をよく見ていてくれよ。特にケルスミアなんかは放心状態のようだし、見張っていないとフラフラと表へ出ていっちまうんじゃねえか?」
 確かにケルスミアはヴァンパイアとの戦いからほとんど口をきかなくなっており、いつも心が沈んでいるようだった。よほどつらい戦いだったのかとデュラスは思うと、途中でケルスミアに戦いを任せて自分はビルと避難していたことを後悔した。しかしあの時に一緒に戦っていたとして、果たしてガラムとソーンは死なずにすんでいたのだろうか? さらに被害が大きくなってたのかもしれない。デュラスには分からなかった。
 デュラスはしばらく一人考え込んでから、リスタに隠れ家を任せそっとブラド監獄へ近付いていった。リスタはデュラスの姿が見えなくなるまで見送っていた。ブラド監獄の追手に見つかることのないように願いながら。
 しばらくの時間が経つとケルスミアは眠り、リスタもうとうととしてきていた。リスタはデュラスが戻ってくるまでは二人を見張っていなければ、と思い何とか起きてはいたが、眠る寸前だった。そんな時に後ろからうめき声が聞こえた。ケルスミアがうなされていた。
「や、やめて……もうこれ以上殺さないで……!」
「? ケルスミア、大丈夫か?」
 リスタは近付くとうなされているケルスミアの肩を揺すった。ケルスミアは目が覚めると全身に汗をかき、顔は青かった。リスタは心配はない、ただの夢だと安心させるように声を掛けたが、ケルスミアの表情は変わらなかった。
「……またあのヴァンパイアよ。確かに倒したはずなのにまだ悪夢を見るなんて……まさか、まだ生きているんじゃ……」
 ケルスミアはつぶやくと武器や道具を身につけ始めた。リスタは驚いてそれを止めようとした。
「ケルスミア、駄目だ。今はしばらく休んでいた方がいい。君はヴァンパイアとの戦いで疲れているんだ。それにヴァンパイアはもう倒したんだろ? 何でそんなに慌てるんだい? すぐにデュラスやトランス達も戻ってくるからそれまでは休んでいるんだ」
 しかしケルスミアはリスタの言葉を聞いていたが、支度をやめる様子はなかった。
「私が見た夢はただの夢ではないわ。いぜんある占い師に占ってもらったことがあるの。『毎晩見るヴァンパイアの悪夢はヴァンパイア自身を倒さない限り見続けるだろう』って。だから奴はまだ生きているかも知れない。もう一度あの館へ行かなくては……」
 そしてケルスミアはリスタが止めるのも振り切って森の中へ飛び出していった。リスタは考えていた。どうすればいいかを。ケルスミアを追いかけるべきか、アミュレスを見張っているべきか、それともデュラスを探して説明するべきか、と。リスタはすぐに武器を手に取った。そしてアミュレスに一声かけるとケルスミアの後を追いかけて闇の中へ走り出した。
「アミュレス。ここなら誰にも見つからないはずだ。すぐ戻ってくるから安心していてくれ。きっとまたみんな一緒になれるよ」
 リスタはしばらく走っていると、このケルスミアを探すことが困難になりそうだと感じた。隠れ場から少し離れただけでブラド監獄の人間がうろついているのが見えたからだ。デュラスは暗殺者なので気配を消して動くこともできよう。ケルスミアもモンスターと戦うプロだ。このような地形には慣れているだろう。自分だけがこのような状況には不慣れだった。ラルファと村を出てからずっと戦いなどなかったからだ。しかしそんなことは気にせずにケルスミアの進んだ方向へ走り続けていた。十分ほどもすると、前方で何かの物音が聞こえた。どうやら誰かがそこにいるらしい。リスタは茂みに身を隠しながら近付いた。そこにはやはりケルスミアがいた。だがケルスミアの前には五人の男が立っていた。ブラド監獄の人間だ。その五人はケルスミアに何かしゃべっている。
「あんたが何者かは知らないが、怪しい者は監獄へ連れてこいと言われているんだ。さあ、来てもらおうか」
「いやよ。あんた達なんかについていっても何にもならないわ。私はあの館へ行かなくてはいけないの。邪魔をするならしてみなさい」
「この女……、みんなおとなしくさせちまおうぜ!」
 リーダーのような男が叫ぶと五人は一斉にケルスミアに飛びかかった。だが剣は握っていない。油断していたのだろう。ケルスミアは一歩後ろに下がると懐からお札を抜き出して投げつけた。それは相手の中央で爆発した。その爆発で何人かは怪我を負ったが、五人とも死んではいなかった。しかし突然のことにかなりめんくらっている。
「……ふざけやがって。殺されたいらしいな!」
 五人の目は殺気を帯びるとようやく剣を手にした。ケルスミアも左手にショートソードを持ち、右手では別の札を持っている。今度は五人はケルスミアを囲んだ。そして隙をうかがってケルスミアを睨んでいる。
 リスタはその様子を見ると飛び出していった。驚いたのはケルスミアとその五人である。リスタはショートソードを突き出して突進した。ブラド監獄の人間の一人は何もできないまま絶命した。他の四人も驚いていると、ケルスミアは二枚目の札を投げつけ、目をつぶった。その札は空中で光の矢にかわると、それを見ていた二人の目を貫いた。リスタは一人目の体に剣を突き刺したまま、うずくまっていたので平気だった。残りの二人はあっと言う間に三人も仲間がやられ、呆然としていた。
「リスタ! あなた、ここまでついてきたの?」
「あ、当たり前だよ。こんな危険なところ、この先君一人で進めさせるわけがないよ。戻ろう。戻ってみんなと一緒に行くんだ」
 ケルスミアはその姿を見て驚いた。突然助っ人に来てくれたのは助かるが、リスタは相手の返り血を浴びて血塗れになっている。それにショートソードを持つ手は震えていた。おそらく実戦の経験はほとんどないのだろう。監獄の二人はケルスミア達がかかってこないのを確かめると逃げ出していった。
「……分かったわ。みんなの所へ戻ることにする。だけどみんなが集まったらもう一度あの館へ行ってくれる? 私の目的はあのヴァンパイアを倒すことだけなの。確かめなきゃ。……それが済んだら、可能な限りあなた達の力になるわ」
「ありがとうケルスミア。さあ戻ろう」
 リスタはケルスミアが戻ってくれると言ってくれてほっとした。デュラスとトランス達が戻ってくれば、後はラルファを見つけるだけだ。ラルファは無事なのだろうか? 洞窟へ閉じこめられているというラルファは?

 しばらくして無事に隠れ場へ戻るとデュラスもすでに戻ってきていて、リスタとケルスミアの顔を見ると隠れ場から飛び出した。
「どこへいっていたんだ? 戻ってきたらアミュレスだけが寝ていたんで焦ったぜ」
「ごめんなさい。私が飛び出していったらリスタが止めてくれたの。……もしかしたらヴァンパイアはまだ生きているかも知れない」
「どう言うことだ、それは?」
 隠れ場に戻ってからデュラスが尋ねると、ケルスミアは再び説明を始めた。そして今度は三人で交代で見張りをし、ようやく空に光が差すと、朝がおとずれた。三人は軽い食事をとった。アミュレスにも何か食べさせようとしたが無理だった。顔はだんだんと青く、体はどんどんと冷たくなっている。毛布を何枚か掛けてはいるが、あまり効果はないように見えた。ケルスミアはリスタにアミュレスを任せると、デュラスと共にそっと隠れ場から出てブラド監獄へ歩き出した。昨夜のリスタの様子を見たケルスミアは、今はリスタに戦いをさせてはいけないと思ったから。そのうちにみんながこの勇敢な小人に戦い方を教えてあげるだろう。

 二人は辛抱強く待っていた。ブラド監獄のトランス達が入っていった入り口の近くで。何度も人間には出会うが、全てがブラド監獄の人間だった。もう何十人と見ていた。その内の三分の一ほどは戦いになっていた。戦う度にその人間の体を茂みに隠す。その作業を延々と繰り返すが、トランス達は現れなかった。次第に空は暗くなりだした。
「ねえデュラス。本当にビル達はここにいるの?」
「間違いねえ。ブラド監獄に忍び込むにはここしかねえんだ」
「ふうん」
 さらに二時間ほど待ち、リスタも心配しているだろうと思って二人が戻ろうとすると、暗がりの中から人影が現れた。ブラド監獄の人間と違い、おどおどとしている。それは確かにトランスとビルだった。
「無事だったか! 良かった良かった」
「ずいぶん遅かったのね。心配したのよ」
 茂みの方から突然声がするのでトランスとビルは驚いていたが、すぐにそれはデュラス達だと思うとほっとした。
「デュラス達か。びっくりしたよ。……ほら、薬はばっちりだ」
「早くアミュレスを助けようぜ」
 四人は隠れ場まで向かいだした。やはり途中何度か監獄の人間にはあったが、気づかれずにやり過ごすことができた。

 そしてようやくリスタとアミュレスがまっている隠れ場までたどり着いた。空はすっかり闇に包まれていて、冷たい風が吹いていた。
「! 四人とも無事だったか。待ちくたびれたよ」
「ああ、薬はばっちり、効果のありそうなモノをいくつか持ってきたぜ。だけどどれを飲ませりゃいいんだ?」
 ビルは〝生命回復薬〟、〝復活薬〟、〝蘇生秘薬〟、〝レイポーション〟、〝リザレクション〝、〝ウジー・ウニボーン〟というラベルの貼られている六つの薬瓶をみんなの前に並べた。
 トランスやビルはそれを見るとうなっていた。適当に飲ませてしまっていいものかと。するとデュラスが口を開いた。
「多分、どれか適当に混ぜて飲ませてみればいいんじゃねえか? よくわからねえけどよ」
「……それはよくないわ。……〝生命回復薬〟と〝レイポーション〟、それに〝リザレクション〟を見せて」
 ケルスミアはその二つの瓶を手に取ると蓋を取り、手のひらに数滴たらすとそれを舐めた。
「うーん、この濃さからすると、アミュレスにちょうどいいのは六対四対一で混ぜればいいわね」
「ケルスミアは、薬の調合の知識があったのか?」
「まあね。一人で旅をして行くには戦う力だけじゃ生きていけないから。そのうちあなた達にも教えてあげるわよ」
 ビルが尋ねると、ケルスミアはそう返事をして三つの薬を調合した。その手つきは慣れていた。トランス達が見守る中、ケルスミアは調合した薬をアミュレスに飲ませた。始めは変化がなかったが、しばらくするとアミュレスはのどを動かし咳をした。
「やった! アミュレスが意識を取り戻したぞ!」
 トランスはアミュレスが目を開けると声をかけた。ビル達もみな、アミュレスが意識を取り戻したことにほっと胸をなで下ろしていた。当のアミュレス本人はまだ周りの状況がつかめていないようだった。辺りをきょろきょろと見渡している。
「どうしたんだ、みんな。ここは一体……。そうだ! 私はあのヴァンパイアにやられて……。トランス? そこにいるのはトランスか! それにチュー兵衛も無事だったか」
 アミュレスは近くにトランスがいるのに驚いた。しかしすぐにお互いの無事を喜んだ。
 そしてトランス、ビル、アミュレス、リスタ、ケルスミア、デュラスの六人はその時だけはブラド監獄の者やヴァンパイアのことは忘れ、暗くなるまで楽しく騒いでいた。今までの悲しいことを忘れるかのように。しかしいつまでも浮かれているわけにもいかなかった。翌日には再び例の洞窟へ向かうと決めると、軽く食事をとり、二人づつ見張りに立つとトランス達は早めに睡眠をとった。



 そして翌日、六人は十分な休息によって体力はほぼ回復していた。アミュレスだけは完全とはいえなかったが。空は晴れ、太陽の光が木々の隙間から差し込んでくる。
「いやあ、いい天気になったなあ。これでモーロア達にもうまく会えたら最高なんだけどな」
 ビルはそう言った。
「少し休みすぎたかも知れねえな。もう太陽が真上にきている。おいビル、行くぞ。くつろいでねえで歩きな」
 デュラスはトランス達が先に歩き出して最後にキャンプあとの点検をしてから行こうと思っていたので、ビルをせかした。ビルは慌ててトランス達の後を追った。
 今度は六人もいたので特に注意して歩くことはなかった。敵が現れれば戦えばいい、とみんな思っていた。さいわいにも昼間なのでモンスターはあまり現れなかった。しかしブラド監獄の追手はあいかわらずうろついていた。しかしそれも今のトランス達には脅威ではなかった。出会ったとしても四、五人ほどで、十分戦っても勝てる相手だったからだ。
「相変わらずしつこいやつらだな」
 デュラスはまた一人、追手を倒すと言った。

 だんだんと例の洞窟へ近づいていった。それぞれの顔に緊張が現れだした。必ずブラドの追手はいるだろう。それもスクリームのような実力のものが監視しているに違いない。
 そして木々の隙間から洞窟が見える距離までたどり着いた。嫌な予感は的中した。スクリームの部下のマグスがそこにいたのだ。
「あいつは以前にあったマグスという奴だな。あの時は私達は見逃してもらったが、今度はそうもいかないようだな。あの顔を見ると」
 アミュレスはトランスに敵のことを説明した。トランスは頷いて相手を見てみたが、悪い人には見えなかった。
「あの人、本当にブラド監獄の人なのかな? 僕には悪い人には見えないけど……」
「甘いぜトランス。確かに他の奴とは雰囲気が違うが、あの力はすごかった。俺達、歯が立たなかったからな。……どうする、みんな?」
 ビルはマグス達がじっとその場にいるのを確認すると、振り返った。
「まだ昼間だ。戦うなら夜に不意をつくのがいいと俺は思うが……」
「駄目よ。夜になると魔物も現れるわ。この森には結構ゴブリンとかもいたし、それにもしかしたらヴァンパイアも……戦うのなら今よ」
 デュラスとケルスミアは意見が分かれた。しかし他の者も行動を決めかねていた。トランスは二人の間に入って口論を止めた。
「二人とも、仲間同士で言い争わないでよ。まだあいつらには気付かれていない。そんなに焦らなくてもいいと思うよ」
 結局、相手にはまだ気付かれてはいないので、マグス達を見張りながらトランス達は休憩をすることにした。
 そして空も暗くなり、空気も少し冷えてきた頃に洞窟の方に変化が現れた。マグス達が何か動き出したのだ。
「おい、洞窟から出てきたぞ!」
「マグス隊長! おそらく脱獄者です!」
 デュラスはその様子をじっと見ていた。そして眠っているトランス達をそっと起こした。
「どうやらお前さん達の仲間が出てきたようだぜ。監獄の奴等が騒ぎだしている……」
「何だって?」
 トランス達はそっと木の茂みの影から洞窟を見た。監獄の連中が集団で洞窟を囲んでいるので、様子はよく分からなかった。
「早く行こうぜ! きっとモーロア達だ!」
 ビルは今にも飛び出しそうだった。
「相手は……十人か。私達とモーロア達なら何とかなるか?」
 アミュレスはデュラスの顔をのぞいた。デュラスは一度頷いた。
「よし、いくぜ!」
 ビルはそう言うと駆け出した。他の者も次々にそれに続いた。驚いたのはマグス達だった。いつのまにか自分達が囲まれていたのだ。
「お前達はいつの間に?」
「隊長、こいつら全員脱獄者ですぜ」
「分かっている。顔は知っているさ」
 トランスはマグス達の後ろを見た。そこにはたしかにあの仲間達がいた。ブラド監獄から脱出してすぐに離ればなれになってしまっていた、モーロア、リーク、ティーク、ミニング、ラルファ、ユールが。
「みんな! 無事だったんだね! 良かった!」
「……おお、あいつはトランスじゃな! うまくアミュレスやビル達と合流できたようじゃ」
 モーロアはトランスの姿を見ると喜んでいた。しかしお互いに近寄ろうとしても監獄の追手達がそれを阻止した。
「みんな揃って顔を出すとは。これでお前達を捕まえればこの件は一段落ということだな」
「掴まるわけにはいかんな。俺達は生きるんだ」
 デュラスはマグスを睨んだ。マグスはしばらく口を開かずに黙っていた。他の監獄の者は、どちらの脱獄者に目を向けていればいいのかとまどっている者もいた。
「みんな! 全員でかかればこいつらの数なら何とかなるぜ!」
 ビルはモーロア達に叫んだ。そして先頭を切ってマグス達に攻撃を仕掛けた。トランス達もビルが攻撃に出てしまったので続いていった。
「ビル、焦りすぎだよ!」
「大丈夫さトランス! こっちの方が人数が多いんだ。何とかなるさ!」
 マグスはビル達の攻撃に備えて部下に指示を出した。
「二人は私と一緒に応戦しろ! 残りの者は洞窟から出てきた者達を見張っていろ!」
 戦闘が始まった。ビルとデュラスは真っ直ぐにマグスにかかっていき、トランスとアミュレスは二人を相手にした。ケルスミアとリスタは戦いの様子を見ている。モーロア達は動かなかった。
「トランス、二人の相手は任せてくれ。モーロア達の所へ!」
「分かったよ」
 トランスは監獄の者の攻撃を避けると、モーロア達の方へ走り出した。すぐにモーロア達を囲んでいた追手達が襲いかかってきた。
「小僧、いい度胸だな!」
「すぐに殺してやる!」
 トランスは相手が目の前まで来ると、モーロア達の元へ空間移動をした。追手達はトランスが消えたことに驚いていた。
「トランス、久しぶりじゃな。悪いが儂らはこの洞窟で死ぬような体験をしてきたばかりなのじゃ。みな、体力が尽きかけておる。すまないが今は儂らはとても戦える状態ではないのじゃ」
 よく見るとモーロア達はみな、ぼろぼろだった。服は破れ、顔は泥や血で黒く汚れている。トランスは悩んだ。このままではどうなってしまうのか? マグス達をしりぞけるのに、モーロア達抜きでできるのだろうか? 戦況を見てみると、アミュレスは二人の相手を睡眠の魔法で無力化させていたが、マグスはビルとデュラスを相手に互角以上に戦っていた。
「すまないトランス。儂らは自分の身は何とか自分で守るから、奴等と戦ってくれ」
 トランスはモーロアに言われると、みんなの顔を見てから頷き、囲んでいる追手達をかわしてアミュレス達の方へ向かった。
「みんな、モーロア達はあの洞窟で死ぬような思いをしてきたっていうんだ。みんな体力を消耗しきっていてとても戦える状態じゃないよ」
「そうだったか。この戦い、まずいかもしれん……」
 アミュレスはトランスの言葉に答えた。
「どうやらこの前にあった時と変わっていないようだな。あのときは私にかなわなかったのに、また同じことを繰り返している」
「うるせえ! お前らがしつこいんだよ! だいたい、監獄へ戻って真実を知ろうとしていたんじゃないのか?」
 ビルは時間稼ぎをするようにマグスに言っていた。マグスはじっとビルを見かえした。
「ああ。だがスクリーム様はやはり答えてはくれなかった。お前達がどのような者かは戦いで知れ、としか言わなかったのだ」
「ちっ、結局何も変わっちゃいねえな」
 デュラスは毒づいた。しかし今度はマグスは始めから剣を抜いていた。ビル達の顔に緊張感が走る。トランスはどうしてもマグスと戦う気にはなれなかった。本当のことを知れば、マグスはきっと僕達のことを分かってくれる。そう思うと、武器を手に掛けることができなかった。
「お前はトランスという者だな。初めて合う顔だが、戦う気はないのか?」
「スクリームが僕達のことを正しく教えてくれるわけないよ。僕達は本当に罪を犯して監獄へ来たんじゃないんだ。ギルディやスクリームの陰謀だよ」
「罪人はいつも自分が助かるために嘘をつくものだ。お前の言葉をそのまま素直に聞くことはできんな」
 そしてマグスとの戦いが始まった。慎重に間合いを取り、攻撃のチャンスをうかがう。アミュレスが火球を放つと、マグスは剣で火球を跳ね返した。ビルが横から切りかかると、足払いを掛けて転倒させた。デュラスは飛び上がって頭上からナイフを向けたが、かわされてしまった。マグスは全員の動きを把握していた。
「おっと、お嬢さんに……お前の体格は、ベルファラスの小人族か。隙をうかがっているようだがよしたほうがいい。中途半端な実力では自分の命を危険にさらすだけだ」
 ケルスミアとリスタはその言葉に攻撃のチャンスを失った。モーロア達は悔しそうにその戦いをじっと見ていた。体がぼろぼろで手助けできない自分達が情けなかった。
 そして攻撃が止まった。普通に攻撃していたのではマグスには通用しない。そう思うとビルやデュラスは動けなくなった。アミュレスはトランスの顔を見た。
「トランス。マグスには普通に戦ったのでは勝てそうもない。私とお前の魔法なら勝機はあるぞ」
「でも、……この人は悪い人じゃない。本当のことを知らないだけなんだ」
 トランスはスクリーム達とは全く違う雰囲気のマグスにはどうしても戦う気にはなれなかった。にらみ合いが続き、時間はゆっくりと過ぎていく。アミュレスも、トランスが戦う気を起こさないのでじっとしていた。
「お前達、じっとしていても解決するわけではないぞ。今頃は私の部下がスクリーム様を呼んでいることだろう」
「何?」
「先ほどの戦いの中で部下を一人、報告に行かせていたのだ。そのうちにここには大勢が集まるだろう。その間、私はお前達を見ていればいいということだ」
「いつのまに……」
 ビルは震えていた。また失敗をしてしまったと。このままでは自分達だけでなく、やっと洞窟から出ることのできたモーロア達も殺されてしまうかもしれない。ビルはみんなに逃げようといったが、マグスにしっかりと見張られて身動きがとれなかった。
「無駄だ。もうあきらめろ、囚人達よ」
「僕達は囚人じゃない!」
「トランス、作戦変更だ。マグスを倒すのではなく、私達で時間稼ぎをするんだ。うまくいけばビル達はうまく逃げられるだろう」
「……うん」
 トランスは返事をすると、地面に落ちている木の枝を念力で浮かせ、マグスに放った。アミュレスも霧の呪文で、マグスの視界を遮った。
「むっ。呪文か」
「今のうちだビル。早くみんなと逃げて!」
「……すまないトランスにアミュレス。何とかみんなと逃げるぜ。お前達も早く来いよ!」
 ビルはそう言ってモーロア達と走り出した。マグスはビル達が動くと邪魔をしようとしたが、トランスとアミュレスに行く手を阻まれた。
「所詮、この森に逃げ切れる所などないぞ!」
「それはやってみなければわからんだろ?」
 アミュレスはマグスに近寄ると、相手に触れて電撃の呪文を放った。マグスの全身に電撃が走った。マグスはフラフラと相手から離れると、剣を握りしめた。霧が晴れ、視界が元に戻るとアミュレスに切りかかった。アミュレスは呪文を唱える間もなくマグスに近寄られ、相手の攻撃を受けた。傷は浅いが腕を切られ、血がにじみでた。
 トランスはすぐにマグスを吹き飛ばした。そしてアミュレスの状態を見に向かった。
「大丈夫だ。しかし新手が来たようだぞ」
「ブラド監獄の追手?」
 二人は背後を振り返ると、そこには一人の背の高い男が立っていた。金髪で目は灰色、黒い服は闇にうまく溶け込んでいる。
 ベステトだった。二人は驚いた。
「トランスか。それとお前は……たしか俺に戦いを挑んだ愚かな者達の一人だったな。まだ生きているとは、よほど運が良かったらしいな」
 ベステトは冷たい目で二人を見下した。二人はすぐにベステトから少し離れた。その間にマグスも立ち上がると、トランス達に近づいていた。
「何だ、お前は。脱獄者達の仲間か? ……まさか、ヴァンパイア?」
「そうだ。よくわかったな。俺はヴァンパイアだ」
 マグスは剣を握りしめるとじっとベステトを睨んだ。ベステトは両腕をだらりとしたままマグスを見つめている。トランスは何をすればいいのか分からなかった。
「トランス。俺から逃げようとしたな? 魔術師、お前は俺を殺そうとした。二人とも殺してやるぞ。しかしあの例の洞窟は開いている。いつのまに中へ入った者達が出てきたんだな。そいつらが宝を持って出てきたのなら、宝を奪いにいかなければな。トランス、おそらくお前はその者達を知っているはずだ」
 ベステトはマグスから視線を外すと再びトランスを見た。トランスは冷や汗をかいていた。モーロア達が宝を持っている? モーロア達は体力を消耗していてあまり早くは逃げていないだろう。監獄の者に見つかってしまうかもしれない。
「嘘はつけないようだな、トランスよ? 顔に出ているぞ。……向こうからかすかに騒ぐ声が聞こえる。……そこにいるんだな?」
「ま、待てベステト!」
 トランスは叫んだが、すでにベステトは空に飛び上がっていた。そしてビル達の逃げた方を向くと、飛び立っていった。トランスもすぐに行こうとしたが、マグスに邪魔をされた。
「今のヴァンパイア、何かお前達と関係があるらしいな。だがヴァンパイアに脱獄者を殺させるわけにはいかない。一時休戦だ、あいつらの元へ案内をしろ」
「そんなこと、できないよ!」
「ならばここでお前達は死ぬか? 仲間達は心配ではないのか?」
「……」
 トランスは黙っていた。早くビル達の元へ行かなければと思っていたが、ビル達に追いついたとしてもあの悪魔のようなヴァンパイア・ベステトがいる。マグスを連れていっては、監獄の追手達もすぐに集まってしまうだろう。ブラド監獄の追手に、ヴァンパイア・ベステト。この二つの敵がいてはとても生きて逃げることはできそうもない。
「……いいだろう、私達はビル達の所へ向かう。お前も来たかったらついてくるがいい。しかしヴァンパイアのことは知らんぞ。きっとお前達も痛手を食うはずだ」
 アミュレスはそう言って懐からチュー兵衛を出した。チュー兵衛は一度アミュレスとトランスを見上げるとすぐに走り出した。二人はチュー兵衛を追いかけていった。マグスも剣を握ったまま、慌てて後を追った。

 ビルの先導で一行は闇の森の中を進んでいた。もう速度はゆっくりと歩くまでになっている。周りにはブラド監獄の追手がうろうろとしていた。慎重に茂みの中を進んでいくが、いっこうに距離は伸びなかった。
「俺は疲れたぜ。ようやくあのひでえ洞窟から出れたと思ったら、すぐにブラドの奴等とご対面だからな」
「そんなにひどかったのか?」
「うん。オイラ、何度も死ぬかと思ったよ」
 リークとティークはうんざりとした顔でビルを見た。ビルはデュラスと共に周りを気にしながら二人の声を聞いていた。ラルファとリスタは安心したような表情で後に続いていた。
「リスタの旦那。よく生きていてくれただ」
「お前もあの監獄に連れて行かれてつらかったろう、ラルファ」
「二人とも、まだ安心しないでよ。私達、あいつらに囲まれているのよ? 全くのんびりとした人達ね」
 しんがりを務めていたケルスミアは二人を前に押した。二人は慌てて仲間の後に続いた。しばらくすると、先頭を歩いていたビルとデュラスの足が止まった。茂みがなくなり、広い空間が目の前に現れたからだ。そこにはブラドの追手達が何人も武器を持って、森の中に目を配っている。
「どうする? これ以上進めそうもないぜ」
 ビルは追手達を見て言った。しかしビル達を追いかけているのはブラド監獄の人間だけではなかったということを一行はすっかり忘れていた。隠れてさえすれば平気だと思っていたが、すでに魔物には気付かれていたのだ。始めうなり声が聞こえると、ケルスミアの横には赤い目をした狼がこちらに飛びかかろうとしていた。
「魔物だわ!」
 ケルスミアはナイフを抜くと、飛びかかってくる狼に突き刺した。一撃で狼は地面に倒れたが、次々に狼達が現れた。
「! 茂みに何かいるぞ!」
 ブラドの追手達もこの騒ぎにすぐに気が付いた。デュラスはすぐに仲間達に叫んだ。
「ダメだ! 視界が悪すぎる! 仕方がない、茂みから出るんだ!」
 デュラスは先頭を切って茂みからブラドの追手達の監視している広い空間へ飛び出した。追手達は始め、魔獣が飛び出してきたのかと思った。それほどデュラスの姿は毛むくじゃらで、獣のようだったからだ。デュラスは不意をついて一気に三人の命を絶った。続いて次々にビル達が茂みから姿を現し、円形に広がった。
「相手に背中を向けるんじゃねえぞ!」
「ティークは後ろに下がっているんじゃ」
 素早く行動したおかげでとりあえずは誰も傷は受けなかった。しかしそれからが問題だった。四方をブラドの追手達、魔物に囲まれ、退路は完全にふさがれていた。
「おっと、変な気を起こすなよ。じっとしていないと、この魔物達が襲いかかるぜ」
 追手の一人はそう言ったが、すでに狼や暴れ牛達は突進していた。この魔物達はギルディくらい力のある者にしか言うことを聞かないだろう。ビルは剣で狼を切り、デュラスはナイフを握り暴れ牛の背中に飛び乗ると、背中にナイフを突き刺している。モーロア達も何とか魔物との戦いに持ちこたえていた。そのうちに追手達は次々に集まってきていた。
 そして遂にスクリームもその場に姿を現した。
「いや、全くがんばるな。相変わらずしぶといやつらだ」
「スクリーム!」
 スクリームは黒い大剣を腰につけたまま、こちらを見ている。ビル達に助かる道はないと思っているらしく、その目はビル達をあざ笑っているかのようだった。その間にも追手達は集まり、完全に逃げ道がなくなった。その中には背の高い黒い影も見えた。追手の一人は横に並んで立っている黒い男に寒気を感じた。
「お、おい。お前、俺達と同じブラドの人間だっけか?」
「違うな」
 灰色の目が光ると、その男は話しかけてきた男の首を掴んで持ち上げた。追手達の視線がその男に向けられた。男は信じられないような大きな声で笑うと、首を掴んでいた追手の一人を放り投げた。放り投げられた追手の一人はスクリームの足下へ落ちた。すでにその男は死んでいた。
「キ、キサマは、ヴァンパイア?」
「よく分かっているな、ブラドの獄長よ。そうだ、俺はお前達の恐れているヴァンパイアだ。そこにいる者達にはしばらく手を出さないでもらおうか。俺はそいつらに用があるんでな」
「……お前の言うことはきけん。お前などもう俺達は恐れていないぞ。今にギルディ様がここに来る。キサマなど完全に殺してくれるだろう」
 スクリームは額に汗をかきながらベステトに言った。灰色の瞳のベステトの表情は変わらない。
「ギルディか。あいつに会うのは久しぶりだな。俺が先にこの世界に来たが、まさか奴まで来るとは。しかし奴にあまり期待はしない方がいいぞ。俺から見れば脅威的な力があるというわけではない。最もお前達人間にとっては常識を越えた力の持ち主に見えるだろうがな」
 ベステトはそう言うと、ビル達の所へ舞い下りた。ビル達は驚いて一歩後ずさった。
「な、何をする気だ!」
「騒ぐな。俺はお前達の命など今は興味はない。ただ、あの洞窟にあった宝が欲しいだけだ。あったろう? 漆黒のローブで、身にまとう者を真の闇に包み込もうとする、魔のローブが。俺はそれを手に入れるためにこんな何もない、小さな島の森に館を建て、様子をうかがっていたのだ」
 モーロアは表情を読みとられまいと必死にベステトを睨み返していた。確かにあの洞窟で封印されていた宝を手に入れた。しかも六つも。とても並の人間には使えそうもない魔剣〈ヴィオーン公爵の剣〉。真っ赤なルビーが埋め込められている杖〈タルモニアワンド〉。不気味なガーゴイルの姿が掘られている〈ナゴルの盾〉。知能を持つ兜〈ノーリュートの兜〉。身につけている者をあらゆる攻撃から守ろうとする指輪〈パイアリング〉。そして、闇のオーラを発しているローブ〈レスターローブ〉。これらはどれもこの人間の世界で作られた物ではない。それぞれが不思議な力を持っているのが感じられた。しかしまだその力が恐ろしくて使ってはいない。ベステトはモーロアの持っている道具袋に視線を移した。
 その時にトランスとアミュレスもようやく到着した。続いてマグスも。
「ベステト! モーロア達を殺す気か!」
「おっと、トランスか。やはり来たか。お前の仲間の命など知ったこっちゃない。俺はただあの洞窟にあった宝が欲しいんだ。それをこいつらが持っているんだ。さあ、だしてもらおうかじいさん」
「儂はそんなもの知らんぞ、悪魔め!」
「……あまり俺を怒らせるな」
 ベステトはモーロアの首を掴んだ。すぐにビル達は助けようとしたが、ベステトはモーロアを掴んだままで宙に浮かび、手の届かない上空まで昇っていった。
「モーロアを離せ!」
「宝が先だ」
 トランスはみるみる顔が青ざめていくモーロアを見ると、ベステトに返事をした。
「宝なんてお前にくれてやるから早く離せ!」
「確かに言ったな。いいだろう、じじいは返してやるよ」
 ベステトは空中からモーロアを投げ落とした。リスタとラルファは慌てて落ちてくるモーロアを受けとめた。トランスはほっとしたが、すぐ横にベステトが降りてきていた。首の後ろに冷たい手を掛けている。
「さあトランス。宝を出してもらおうか、闇のローブを」
「……モーロア、命が助かるんだ。宝なんてどうでもいいよ。早く渡してあげて」
 トランスは首にヴァンパイアの冷たい手を感じながら言った。モーロアは仕方なく道具袋から黒いローブを取り出した。アミュレスはそのローブをじっと見ていた。
「それは……レスターローブか? それをヴァンパイアに渡してしまったら……ダメだ、モーロア!」
「俺は甘くないぞ。宝と引き替えにジジイの命を見逃してやったんだ。……このままだとブラド監獄の奴らがお前達を捕まえるぞ。さあ、渡してもらおうか」
「? アミュレス、諦めるんじゃ。所詮命に代えられる物ではない。儂らには使えない代物なんじゃよ」
 モーロアはローブをベステトに手渡した。ベステトはトランスを離すと、その黒いローブをじっと見つめていた。そして確かにレスターローブだと確認すると、身にまとった。ブラドの追手達はただそれをじっと見ていた。ヴァンパイアが相手ではどうすることもできない。
「ふっ、これだ! このローブだ! これで俺は太陽の光さえも恐れることはなくなった!」
 ベステトの笑い声は森中に響いた。誰もが背筋を凍らすような、冷たい生気のない笑い声だった。
「よし、目的の物も手には入った。俺は今、気分がいい。リスタ、トランス。お前達を助けてやる。ブラドの者達を追い払ってやろう」
 ベステトは宙に浮かぶとトランス達の返事を待たずにブラドの追手達の中へ飛び込んだ。次々に悲鳴がおこる。だがベステトは相手を殺さずに気絶させていった。このヴァンパイアは食料を無駄に殺すことはしないのだ。今やブラド監獄の者達はうろたえ、包囲網も崩れていた。トランス達はその間にリスタとデュラスの案内で南へ走った。そこからこの森から出ることができる。しかしそこについてくる者もいた。黒い大剣を持つスクリームだ。
「きさまら、あのヴァンパイアと協力するとはな。だが、もうすぐギルディ様が来る頃だ。ヴァンパイアをどうにかしてくれるだろう。俺はお前達を殺してやる」
 そう言った時にはベステトがスクリームの部下達を蹴散らし、その間に割って入ってきていた。そしてスクリームを掴んで空高く持ち上げていた。スクリームは監獄の門の方へ放り投げられていた。
「す、すげえ。あのスクリームを簡単に放り投げてしまいやがったで」
 ユールはつぶやいた。だがそれからはベステトは暴れ回ることができなくなった。
 本当にギルディが現れたのだ。
「……ベステトか。久しぶりだな。こんな所で旧友に会うとは思ってもいなかっただろう? この地上で暴れ回っているのではこちらの計画にも邪魔なんでな。排除しに来た」
「ギルディ、お前がこの俺を排除する? 無理なことは言うな。あのときに真っ先に俺がこの世界にこれたのは、お前が俺に負けたからだろう? 今、俺はあのレスターローブを手に入れたんだ。誰にも俺を止めることなどできん」
 空中で話している二人をトランス達は金縛りにあったように見ていた。あの二人がここにいるだけでも恐ろしいのに、二人は顔見知りのように話している。これ以上魔界の話に首を突っ込みたくなかった。ミニングが仲間達の意識をはっきりさせるように声を掛けると、再び南へ向かって進み出した。
 ある程度進むと、遂に森の外を見ることができた。夜なのではっきりとは見えないが、どうやら砂漠が広がっているようだった。

 ケルスミアはヴァンパイアを退治できなくて悔しそうな顔をしていた。
 デュラスは一人考えに没頭している。
 ミニングは砂漠を見ると青い顔をしていた。
 ティークは疲れはて、リークの背中で夢の中にいる。

 夜中の砂漠はかなりの寒さとなり、命を落としかねないが、もう森でキャンプをはろうという気は誰にもなかった。ただ早く、一刻も早くこのブラドの森から離れたかった。
 トランスは不安そうに空を見上げた。魔術師ギルディも、ヴァンパイア・ベステトも空を飛ぶことができる。この砂漠の中では隠れるところも見つからずに、簡単に見つかってしまうのではないか、と。ビルはそんな不安そうなトランスの顔を見ると、トランスの横に並んだ。
「大丈夫さ、トランス。最悪の場所からは脱出したんだぜ。何とかなるさ」
「ここの砂漠はひたすら南へ進めばいいんだ。そのうちに大きな河に出られるよ」
 トランスは一度ブラドの森を振り返った。追手達もヴァンパイアの攻撃におびえ、もうトランス達を追ってくることはなかった。そして再び前を向くと、ビルの横に並んで歩きにくい砂漠の砂を踏みながらブラドの森を離れていった。これから先、僕らはどうすればいいんだろう?


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