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tlanszedan

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   エントシプレヒェンドバイン

   8話 砂漠での決戦



 地上にたどり着いた二人は驚いていた。見張りの者がいなかったのだ。二人は辺りをもう一度見直したが、一人も見つけることはできなかった。
「どうなっとるんや? 頼もしい見張りなんておらんやないか、どうしてやろなあ、ツァイガーはん」
「……」
 サボテン人ツァイガーは黙っていた。ユールにそう言われたのが悔しかったのか? ユールは少し気分が良くなった。自信満々のサボテン人の鼻を折ってやったのだ。ユールがまた何か言おうとしたときに、ツァイガーは生き物の気配を感じた。
「砂ノ中カラ気配ヲ感ジル」
「なんやて?」
 その時に目の前の砂が盛り上がり、中からサンドウォームが姿を現した。相手は三匹ほどだった。
〔いよいよお前達、サボテン人もおしまいだ。見張りはとっくに殺しておいたわ〕
〔なんだと? ……きさまら、よくも!〕
 ツァイガーとサンドウォームはユールには分からない言葉で叫んでいた。ユールはトランスなら言葉が分かるのかと思いながらも剣を抜いた。
「おいツァイガー。こいつらは敵なんやろ?」
 「ソウダ、見張リヲシテイタ仲間達ハ、コイツラニ殺サレタ!」
 ツァイガーはそう言うと、砂に手をついた。とたんにサンドウォーム達の足下が爆発したように砂が巻き上がった。サンドウォーム達はそれほどダメージをうけた様子は見えなかった。
〔それがお前の得意なサンドゲイザーか? サソリ達程度には効果があるかもしれんが、俺達くらい巨大な相手には効果も小さいらしいな!〕
 サンドウォーム達は相手がたいしたことのない相手だと思うと、同時に襲いかかってきた。ツァイガーは逆上して技を繰り出していたが、相手には効いてはいなかった。
「相手はこのサボテン人だけやないで!」
 ユールはサンドウォーム達の注意が完全にツァイガーだけに向けられている時に、ツァイガーの肩を踏み台にして飛び上がった。一瞬、サンドウォーム達の動きが止まった間に、剣を突き刺した。すぐに剣を抜くと二匹目に襲いかかる。あっという間に二匹を倒し、三匹目に飛びかかろうとしたときにはサンドウォームは逃げ出していた。
「ちっ。逃げられたか」
「済マナイ。アイツラノ相手ヲ任セテシマッテ……。シカシコレデ奴ラモ、本格的ニ攻メテクルカモシレナイ。見張リヲ殺シテイタノダカラ」
「……」
 ユールは黙っていた。サンドウォーム達が本格的に攻めてきたら、こちらはどれほど戦えるのだろうか? アミュレス、ケルスミアやデュラスは相手が大勢でもある程度は戦えるだろうが、ラルファやリスタ、ティークなどは逃げ回るしかなさそうだ。ミニングも砂漠にきてからはずっと体が動かない。やはりサボテン人のサポートに回って戦った方が良さそうだ。ユールは状況をツァイガーに尋ねてみた。
「なあツァイガーはん。状況はどうなっとんのや? あいつらサンドウォーム達の戦力と、こちらの戦力との比較は?」
「相手ノ方ガ数、戦力トモニ少ナクミテモ三倍ハ上回ッテイル。ダガ、我々ト人間ガ協力スレバ、ソノ差ハ縮マルハズダ」
 ユールはあきれていた。サボテン人達は自分達だけではほとんど勝ち目のない戦いをしようとしているのだ。「人間達」とは言うが、あのダシールの村にそれほど戦力が期待できるのか? ユールはいつの間にかサボテン人が少し気に入ってきていた。
「大した奴らやなあ、あんたらは。人間と協力すればサンドウォーム達とまともに戦えると思っていたんか?」
「コノママサンドウォームニ滅ボサレルヨリハ、ソノホウガ未来ガアルダロウ? 滅亡ヲソノママ受ケ入レルツモリハナイ」
「……気に入ったで。ワイも最後までつきあうわ。よろしくなツァイガー」
「アリガトウ、人間ノユール」
 そう言って、しばらく辺りの様子を見ていると、再び地面が揺れた。ユールは警戒していたが、それはアミュレスだった。
「アミュレスか。どうしたんや?」
「なんともなかったのか? 少し戻るのが遅かったので私と、そこのアンゲルハーケンとでお前達の様子を見に来たんだ。……見張りの者は?」
「サンドウォームにやられたみたいなんや。ワイとツァイガーとで二匹は倒してやったが、そろそろやばくなりそうなんやと」
 ツァイガーはアンゲルハーケンとアミュレスに言った。
「ヒトマズ基地ヘモドロウ。ナーデル様ニ報告ヲシテカラ、コレカラノ行動ヲ決メヨウ」
 アンゲルハーケンは頷いていた。
「ソウシヨウ。戻ルゾ」
 こうして四人は再び砂の中へと消えていった。後には静けさだけが取り残されている。そしてじっと砂の中に身を潜めていた一匹のサソリも……。四人がいなくなると、そのサソリは南へ向かって静かに動き出した。

 アミュレス達がいなくなってから数時間後、ダシールの村ではいなくなった三人のことが気づかれていた。ビルやモーロアはなんとか見張りの兵士を説得しようとしたが、相手は話には納得しなかった。
「いったいどこへ行ったのだ? お主達、何かたくらんでいるのか?」
「……そうではないんじゃ。実はこの村がすぐにでもサンドウォームの軍団に襲われそうなんじゃ。そこで儂らの仲間が、すでに魔物に襲われているトランスを助けに行ったんじゃ」
「どちらにしても脱走をしたのは確かだ。ディジウィス長老の恩も忘れ、この小屋から抜け出るなど許されんことだ。すぐにでもお前達を長老に裁いてもらおうか?」
「そんなことを言っている場合じゃねえんだよ! 俺の仲間が魔物に襲われたんだ。すぐにこの村も危険になるっていうのが分からねえのか?」
 兵士は聞く耳を持たずに、一人が表へ出ていった。しばらくするとさらに数人の兵士が現れ、ビル達は厳重に見張られることになった。
「明日は覚悟をしておけよ。脱走した三人はおそらく処刑、お前達もそれ相応の罪となっているんだからな」
 一人の兵士がビル達を睨むとそう言った。ビルは何か言い返そうとしていたが、モーロアに押さえられた。そのうちにこのダシール村の長老がビル達の前に姿を現した。
「やはりこのダシールの村に訪れる者は災いをもたらすようじゃ。早速何かをしでかすとはな。おとなしく休んでもらえば、明日にはこの砂漠を出ることもできたじゃろうに……」
「! この野郎……」
「やめておけビル。こいつらはこっちの言うことには絶対耳をかさねえようだぜ。出会う奴がみんな物わかりのいい奴ばかりじゃねえ。ダグルやデウダはいい奴だったが、それでこの村もいい所だとは限らねえんだよ」
 デュラスはビルにそう言った。ビルはやりきれない気持ちをどうすればいいのか分からなかった。デュラスはそんなビルの顔を見ると静かに耳元でささやいた。
「俺だってこの村のやり方には我慢できねえ。隙を見つけたら村を出ようじゃないか。この村にとって俺達は邪魔者でしかないんだ」
 その時に、にわかに表が騒がしくなった。見張りの兵士もうろうろと村の中をうろつき始めている。
「脱走者が戻ってきたのか?」
「いや、サソリの大群だ!」
「サンドウォーム達もいるぞ!」
 そんな声がビル達にも届いてきている。ビルは表に出たかったが、まだ見張りの兵士は入り口を固めていた。
「ここから出ることは許されん」
「だったら、表で何が起きているのか教えてくれない? 急に騒ぎ出して不安になるじゃない」
 ケルスミアがそう言うと、見張りの兵士の一人がしばらく考えた後、表へ状況を調べに行った。ケルスミアはビルの方を向いた。
「あんまり喧嘩腰になっても相手は動いてくれないわ。状況を判断して相手を動かすのよ」
 そしてしばらくすると様子を見に行った兵士が戻ってきた。
「大変だ! 魔物の軍団が村を襲ってきた! まさかこんなことになるなんて……」
「魔物の軍団? 相手の数は? こちらの戦力はどうなの?」
「……勝ち目はない。見張り台から相手を見てみたが、大地が動いているように見えるほどの数だった。こちらの戦力は兵士が百人程度だ。逃げるしかないだろう。残念だがこの村もおしまいだ」
「……こうなったのもみんなお前達のせいだ! ちくしょう!」
 一人の兵士がそう言うと槍を構えてビル達に襲いかかった。モーロアはティークを後ろに避難させた。ビルは剣を抜こうとしたが、それより早くデュラスは飛び出すと、兵士の横に走り、槍を奪っていた。兵士が唖然としている間にデュラスは兵士の腹部に蹴りを入れていた。兵士は呻きながら前のめりに倒れた。
「ビル、戦うのはこいつらじゃねえはずだ。今は人間同士で血を流しても意味がないぜ」
 しかし魔物の軍団の突然の襲撃に我を失っているダシールの村の人間はただおろおろとするばかりで、簡単に魔物の侵入を許しているようだった。門番もとっくに倒されていて、サンドウォームやサソリが次々と家屋を破壊し、村人を襲っていた。男は家族を守り、老人や女子供は家から飛び出し、魔物から一刻でも早く逃げようと走っている。しかし魔物の数は多く、逃げ道などなかった。次々とサソリの毒針に倒れ、サンドウォームに飲み込まれていく。
 ビル達の見張りはいつの間にかいなくなっていた。皆、一目散に逃げ出しているのだ。表に出られるようになると、ビル達はそれぞれの荷物をまとめ、武器を手に持った。
「どうする? いくら何でも多勢に無勢だぜ?」
「確かにそうね。これは逃げた方が良さそうだわ」
 モーロアはあたりを見渡すと、ビル達に言った。
「確かに逃げるしかなさそうじゃのう。しかし儂はまず長老殿を助けに行くぞ。ダグルとデウダの二人も助けられるのなら助けてやりたいんじゃが、お主達、逃げる前に長老達を助けるのを手伝ってはくれんか?」
 モーロアはすぐにでも逃げた方がいいと思っていたのだが、長老達を見捨てることもできないので仲間達にそう言った。反対を唱える者はいなかった。
「そうね。……時間がないから、私がダグルとデウダを探してくるわ。みんなで長老さんを助けに行って。ミニングとティークの二人をみんなで守ってあげてね」
 ケルスミアは返事を待たずに飛び出していった。モーロアはケルスミアを頼もしく思うと、自分もすぐに歩き出した。ラルファとリスタは、体が動かないミニングを抱えて後に続いた。デュラスはモーロアの横について歩き、ビルはティークと一緒にリスタの後ろに付いた。小屋を出るとすぐにサンドウォームが覆い被さるように襲いかかってきた。デュラスは飛び上がり、頭にナイフを突き刺した。すぐに横から別のサンドウォームが近づいてくる。ビルは火炎の魔法でそれを追い払った。
「ビル! 後ろにいっぱいサソリがいるよ!」
 ティークは飛び上がってビルに叫んだ。ビルはすぐに振り向いた。そこには十匹以上もいるサソリがすでに足下にまで近づいてきている。
「くそっ! ファイアボール!」
 ビルの手から数個の火球が放たれ、サソリ達は燃えていった。モーロアも剣を使って、襲いかかるサンドウォーム達を追い払い、何とか長老の住む家までたどり着いた。そこには兵士もおらず、静かに長老が魔物の軍団の様子を見つめていた。
「もうこの村もおしまいじゃ……」
 モーロアは静かにしゃがみ込んでいる長老に話しかけた。
「長老、ここから逃げましょう。生き残っている者だけでも逃げ出せれば、村は元通りにできます」
 しかし長老は放心状態のようで、そんなモーロアの言葉が聞こえていないようだった。デュラスはモーロアに叫んでいた。
「おい! そんなに持ちこたえられないぜ! ここらが限界だ! 早く行こう」
「そうじゃな。長老、行きますぞ!」
 モーロアは長老を無理矢理にでも助けようと引っぱり出した。長老はびくっとするとモーロアを睨んだ。
「……おのれ、魔物め!」
 長老の突然の行動にモーロアは行動が一瞬鈍った。長老はローブの中からナイフをとりだし、モーロアに突き刺していた。モーロアの服が血で赤く滲んでいく。モーロアは長老から手を離すとふらふらと倒れた。
「モーロア!」
 ビルはしゃがみ込むとモーロアを抱き起こした。モーロアはうつろな目でビルを見た。
「しっかりしろよモーロア! まだ村から逃げ出す前なんだぜ!」
「……長老の占いはこのことを言っていたのかのう。儂がそろそろ死ぬということが……」
「そんなことねえぜ! ……デュラス! モーロアを治してやってくれ!」
 ビルはサンドウォームの攻撃を押さえているデュラスに叫んだ。デュラスはサンドウォームから目を逸らさずにビルに言った。
「分かったよ。だがその間はお前がこいつらを押さえていろよ!」
 ビルは立ち上がると魔物達を見た。長老の家を背中にしているので、襲いかかる魔物は前方のみだ。精神を集中してデュラスの前のサンドウォーム達に両手をかざした。
「ファイアウォール!」
 デュラスはビルの魔法を見ると、その間にモーロアの様子を見た。確かにナイフによって大きな傷を負ってはいるが、治せないほどではない。デュラスが回復魔法をかけている間は、ビルがほとんどの魔物を相手にしていた。わずかにビルの魔法から助かった魔物は、リスタとラルファが命がけで闘っている。しばらくするとモーロアは立ち上がれるようになった。デュラスはほっと胸をなで下ろした。
「ふう。よかったぜ。それほど傷は深くなかったようだな」
「すまないなデュラス、手間をかけてしまって。……ディジウィス長老! 行きますぞ」
「……」
 モーロアは今度は気を付けて長老を引っ張っていった。前方はデュラスに、後方からのサンドウォーム達の攻撃はビルが押さえて、モーロア達は何とか村外れまでたどり着いた。途中で何度も村人の無惨な姿を見る度にビル達は胸が痛んだ。村人達を助けることができるのならどんなにいいことだろう、と。そこにはダグルとデウダを見つけだしたケルスミアがサンドウォーム達と戦いながらビル達のことを待っていた。ダグルとデウダの近くには他に何人かの村人の姿も見えた。
「ケルスミア! ダグル達は見つけられたようだな」
「遅かったわね! ずっと待っていたのよ! 早く行きましょう!」
 そして一行はサンドウォーム達から逃げていった。数匹は追ってきたが、ケルスミアの術によってことごとく追い返されていた。ある程度逃げ切ると、魔物はもう追っては来なかった。ダグルとデウダは破壊されていく村を呆然と見つめていた……。長年暮らしていた思い出の村を。



「サア行コウ」
 サボテン人の一人がそう言うと、トランス達は再び体を捕まれ、痛みの中、砂の中を突き進んだ。しばらくして瞼に光を感じると、地上に出た。今は夜なので眩しくはなく、熱くもない。水もたっぷりともらっていたので、久しぶりに体の調子が良かった。辺りを見渡すと、サボテン人達が大勢周りを囲んでいる。その数は百人以上はいるだろうか? 確かにサボテン人の数は多いだろう。トランス達はその姿に圧倒されていた。しかしサンドウォーム、サソリ達の魔物の軍団に対してはどれほどの力を見せてくれるのだろうか? そんなことを考える前にサボテン人のリーダーのナーデルは何かを感じ取っていた。
「……相手ハ既ニ動キダシテイルヨウダ。アノ方角ハ、ダシールノ村ダ」
「何だって? もう村が襲われているのか?」
 アミュレスはナーデルに尋ねると、サボテン人は頷いた。トランス達はすぐにでも村に残っているビル達を助けに行こうと思っていたが、サボテン人達はそれを許さなかった。トランス達の目の前に立ちはだかると、戦いの説明を始めた。
「村ヲ襲ッテイル相手ノ軍団ハ、戦力ノ一部ニシカスギナイ。マザーサンドウォームノ気配ハ、マダ向コウニ残ッテイル。村ヲ攻メテイル軍団ハ、村ノ人間ニ任セテ、我々ハ相手ノ本拠地ヲ叩ク」
 トランスは納得できずに言い返した。このまま村を見て見ぬ振りをしろというのか?
「あの村には僕達の仲間や世話になった人達がいるんだ! 放ってなんておけないよ!」
「シカシ、今相手ノ本拠地ヲ攻メナケレバ、コノヨウナチャンスハ来ナイカモシレナイ」
〔仲間同士でもめことか? しかし人間とサボテン人が一緒にいるとはな。まとめて潰してあげよう〕
 トランス達はその声を聞くと辺りを見た。すると空中に弧を描いて飛んでいるコンドルが目に入った。目は赤く、くちばしは鋭い。爪にはサボテン人の肉片が引っかかっていた。ツァイガーは相手に向かって叫んだ。
〔お前か! 見張りの仲間達を襲ったのは?〕
 コンドルは砂の上に降りるとツァイガーを睨んだ。
〔見張り? ああ、この爪に引っかかっている奴のことか。その通りだ。マザーサンドウォーム様は偵察に行けといっていたが、あまりに弱そうな相手なんで、実力を見てみたのさ。案の定話にならなかったな〕
〔このやろう!〕
 ツァイガーは駆け出したが、コンドルはすぐに飛び上がっていた。
〔慌てることはない。もうすぐだ。もうすぐで我々の軍団もここに到着する頃だ。俺はそのことを伝えに来たのさ。せいぜい仲間同士で恐怖して待っていることだな〕
 コンドルはそう言うと風のように去っていった。残されたサボテン人達とトランス達はしばらく考えていた。しかしやはりトランスはビル達のことが気にかかっていた。
「僕だけでも村へ行ってみんなを助けたいよ」
 しかしサボテン人のリーダーのナーデルは首を縦には振らなかった。
「駄目ダ。サッキノコンドルノ話デモ分カルヨウニ、村ヲ攻メタノハ、相手ノ戦力ノホンノ一部ニスギン。我々ガ本拠地ヲ叩ケバ済ムコトダ。ミンナ、戦闘準備ハイイナ?」
 ナーデルの声にサボテン人達は奇妙な、ときの声のようなものをあげた。トランス達はサボテン人に従うしかなかった。こんな所で言い争っても仕方がない。気持ちを切り替えると、マザーサンドウォーム達を倒すことに専念しようと思っていた。アンゲルハーケンはそんなトランス達の表情を見ながらこういった。
「我々ハアンタ達ヲ信用シテイルンダ。トランスノ超能力、アミュレスノ魔力ハミンナガ期待シテイル。村ヲ攻メテイル魔物ハソレホド力ヲ持ッテイナイダロウ。ソウ思ウシカナイ」
「分かったよ。みんな、協力してサンドウォーム達を倒そうじゃないか。村に残ったビル達もきっと大丈夫だ。仲間の力を信じようじゃないか」
 アミュレスはトランス、リーク、ユールに言った。三人は頷いた。そしてサボテン人の戦士達にまじり、サンドウォーム達の攻撃に備えた。今度は不意打ちを食らうことはないだろう。
 そしてすぐに相手が現れた。目の前の砂が盛り上がると、ソルジャーサンドウォームが十匹ほど姿を現した。前衛のサボテン人の戦士が迎え撃つ。すぐに左右から別のソルジャーサンドウォームがあらわれる。トランスは左、アミュレスは右から襲いかかる魔物を相手にした。大きな相手にみんなが気を取られていると、足下にサソリ達があらわれた。サボテン人の足に猛毒の針を突き刺している。リークはすばやくショートソードでそのサソリ達を切り裂いた。ユールはツァイガーの横に並んでソルジャーサンドウォームを迎え撃った。ロングソードを薙ぎ払い、確実に相手に致命傷を与えていく。サボテン人達の戦いは奇妙だった。主に肉弾戦だが、たまに魔法のようなものを使っている。相手の足下を爆発させたり、砂嵐を起こしたりもしている。その戦いは思ったより早く終わった。ソルジャーサンドウォームとサソリ達は、突然逃げるようにすごすごと身を引いたからだ。だが、それ以上の危険な気配がどんどんと近づいてきていた。
〔ほお? 確かに俺達と戦おうというだけのことはある。あの村を襲う部隊で、僅かに残ったソルジャーサンドウォームとサソリ達だけでは手に負えないようだ。今度は俺達、ブレイクサンドウォームが相手だ〕
 地面がうなるようなその声が響くと、残ったソルジャーサンドウォームとサソリ達はさらに遠くへ離れていった。そして地面が揺れ動いたかと思うと、十五メートルは超えるサンドウォームが三匹、姿を現した。前方に一匹、左右に一匹ずつで、静かに時を待っている。
〔やってしまいなさい〕
 そうささやくような声がトランスの耳に聞こえた。アミュレス達やサボテン人達は気づいていないようだった。今のがマザーサンドウォームの声なのか? そう考えるまもなく、目の前のブレイクサンドウォーム達は、待ちくたびれたように動き始めた。一人のサボテン人が体から無数の針を放ったが、ブレイクサンドウォームには効果はなかった。信じられない速さでそのサボテン人に牙をむけると、バリバリとかみ砕いてしまった。続けて何人かのサボテン人が肉弾戦で勝負をしたが、ブレイクサンドウォームには全く歯が立たなかった。瞬く間にバラバラにされていく。ツァイガーは怒りをあらわにして飛びかかっていった。ユールも慌ててそれに続いた。ツァイガーだけを危険に会わせるわけにはいかない。ブレイクサンドウォームの口へ向かって針を飛ばす。針は相手の口の中へ吸い込まれるように消えていった。やはり効果がない。ツァイガーはさらに近づくとブレイクサンドウォームの体を殴りつけた。腕に鉄に殴りかかったような衝撃が走る。実際ブレイクサンドウォームの皮膚は鉄のように硬かった。ユールやリークが持っている剣でも傷を付けることができなさそうだった。ユールはツァイガーの横で同じように攻撃をしたが、ロングソードの攻撃はブレイクサンドウォームの体に弾かれ、何も効果を現さなかった。
「ココマデ力ニ差ガアルノカ……」
 アンゲルハーケンは苦戦している仲間達を見るとつぶやいた。チュー兵衛はトランスの懐から飛び出すと、アンゲルハーケンの頭まで昇って叫んだ。
〔おい! 何をいっているんだよ! 俺達を戦いに巻き込んでおいてそれはないぜ! 相手がどんなに強かろうと勝つんだよ!〕
〔……すまない。ネズミに励まされるとはな〕
 アンゲルハーケンはチュー兵衛をトランスに渡すと、ツァイガーの戦っているブレイクサンドウォームに向かっていった。
「サンドゲイザー!」
 ブレイクサンドウォームの周りから砂の爆発が起こる。ブレイクサンドウォームは体が揺れている。この攻撃でダメージを与えているのかは分からなかった。左右のブレイクサンドウォームも動き始めた。トランスとアミュレスは別々のサンドウォームを相手にするしかなかった。
「死ぬなよトランス」
「アミュレスも気を付けて……」
 ほとんどのサボテン人とユール、リークは前方のブレイクサンドウォームを相手にした。トランスとアミュレスは三人ほどのサボテン人と一緒に、一匹ずつを相手にしなければならなかった。ナーデルはアンゲルハーケンやツァイガー達に指示をしている。
〔まとめてかかってきやがれ。四人程度じゃ何もできないがな〕
 トランスの正面にいるブレイクサンドウォームはそう言って体を震わせている。トランスは右手から衝撃波を放った。相手の体に当たると、僅かに皮膚がへこんだだけでダメージにはなっていない。サボテン人は仲間のやられている姿を見ているので、ブレイクサンドウォームから少し離れて針を飛ばした。
〔その程度か? 俺一人でも十分だったみたいだな。わざわざ三匹で来ることもなかったらしい。マザーサンドウォーム様も慎重なお方だぜ〕
 ブレイクサンドウォームはトランス達の攻撃を一通り見ると、今度は自分から攻撃をしてきた。巨大な体を動かし、うなるような勢いで体当たりをしてくる。サボテン人の一人が逃げ遅れ、直撃を喰らった。空中に投げ出されたその姿はすでに原形をとどめていない。バラバラになり砂の上にぼとぼとと落ちてくる。二人のサボテン人はブレイクサンドウォームに飛びかかろうとしたが、トランスはそれを遮った。
〔こいつはできるだけ僕が相手するよ〕
〔し、しかしこいつは仲間を殺したんだ! 差し違えてでも……〕
 トランスは返事をせずにブレイクサンドウォームを真っ正面から睨んだ。相手は様子をうかがっている。
〔たかが人間が何をいってるんだ? 俺にはお前などサボテン人よりもひ弱に見えるぞ〕
 トランスは相手が油断している間に、精神を集中していた。そしてブレイクサンドウォームが動き出す前に両手をかざした。
「くらえ!」
 ブレイクサンドウォームの体に衝撃波が襲う。今度は前のような威力ではない。あのブレイクサンドウォームの巨体を震わす程の衝撃波だった。
〔こ、小僧。小細工をしやがって!〕
 ブレイクサンドウォームは体をひねりトランスに叩き付けてくる。トランスはブレイクサンドウォームの背後に空間移動をすると、ブレイクサンドウォームを宙に浮かすように念じた。相手は体にかかるこの奇妙な間隔から逃げ出そうと暴れ出したが、トランスの超能力はその巨体をゆっくりと宙へと持ち上げた。
〔……お前は何者だ?〕
 ブレイクサンドウォームはそう呟いていた。トランスはより高く相手を浮かべると、技を解き放った。途端にブレイクサンドウォームは真っ逆さまに砂の上に激突した。その巨体だったので自分自身の体の体重に押しつぶされ、ブレイクサンドウォームは体中が潰れていた。もう動くことはできなかった。
 トランスは体長十五メートルもの相手を一気に超能力で持ち上げたことによってかなり疲労していた。しかしそれでもこの戦いには十分効果があった。一匹が倒されたことによってナーデル達も勢いづいていたからだ。
〔人間の戦士に続け!〕
〔勝利を勝ち取るのだ!〕
〔砂漠の平和ももうすぐだ!〕
 サボテン人は口々にそう叫び、一匹のブレイクサンドウォームに攻撃を続けている。アミュレスはトランスを見ると少し驚いていた。このトランスという人間は本当に底知れない力を秘めていると。目の前のブレイクサンドウォームはアミュレスが後ろを向いているのを見ると、怒りをあらわにして襲いかかった。
〔人間風情が俺の仲間を殺せるはずがない!〕
 巨大な口を開けると、一気にアミュレスを飲み込んだ。サボテン人はその様子を見るとオロオロとしている。しばらくするとそのブレイクサンドウォームは動きがおかしくなった。体の中がおかしい。そのうちに体中に切り裂くような痛みが走った。ブレイクサンドウォームにとって痛みは未知のものだった。何が起きているか分からずに長い体を地面に叩き付け、暴れ回る。そのうちにブレイクサンドウォームの体から紫色の血が流れ始めた。ブレイクサンドウォームはとうとうそこで死んだ。その体の一部がぼとりと崩れ落ちると、中からサンドウォームの血を体に浴びたアミュレスが姿を現した。
「ビルが使った手を使わせてもらったよ。やはり体の中は表面ほど頑丈ではないな」
 しかしアミュレスも無傷というわけにはいかず、ゆっくりとトランスの方へと歩いていった。
「トランスしっかりしろ。後はあの一匹だけだ」
「……後一匹。今は後一匹か……」
 トランスとアミュレスはサボテン人に支えられて残りのブレイクサンドウォームと戦っているナーデル達の元へと向かった。やはり普通の攻撃ではサンドウォームにはダメージは与えられない。五十人以上はいるサボテン人だったが、それでもサンドウォームの有利は変わらないようだった。アミュレスはゆっくりと詠唱を始めた。トランスはその姿を見ると、リーク達を避難させた。
「みんな! サンドウォームから離れるんだ!」
 その声にリーク、ユール、サボテン人達はバラバラに散った。トランスとアミュレスの前には一つ大きな生き物が残された。最後のブレイクサンドウォームだ。
〔まぐれがそう何度も続くかな?〕
 ブレイクサンドウォームは今度は油断はしていなかった。ものすごいスピードで襲いかかってきたのだ。トランスはとっさに相手に残りの力をぶつけていた。ブレイクサンドウォームは体が異常に重くなるのを感じた。うまく動くことができない。そう思っていると、アミュレスの魔法が放たれた。チカチカと火花のようなものがブレイクサンドウォームを包む。その火花の一つが小さな爆発を起こした。続けて連鎖反応のように爆発が起こり、その爆発の煙で相手の姿は見えなくなっていた。爆発が終わると、トランス達が見守る中、最後のブレイクサンドウォームはその煙の中から無惨にバラバラになった肉片だけを見せた。
〔俺達は勝ったのか?〕
 ツァイガーが叫ぶと、サボテン人達は皆吠えるような声を上げた。素直に喜んでいないのはナーデルとトランス達だった。
「マダダ。マザーサンドウォームハマダ姿ヲ見セテイナイ」
「……ブレイクサンドウォームもまだ何匹かはいるはずだよ」
「この疲れ切った状態ではマザーサンドウォームと戦うのは無理だろう。どうするんだナーデル?」
「ソウダナ。一度態勢ヲ整エヨウ。我々サボテン人ノ力ノ無サモ痛感シタ」
 ナーデルはサボテン人達に隠れ家へ戻るように叫んだ。サボテン人達はこの戦いで三匹もブレイクサンドウォームを倒したことに興奮しておりしばらくはまだ戦えるような仕草を見せていたが、確かに自分達も疲れていたので、渋々と砂の中へ消えていった。ナーデルはその様子を見ると、アンゲルハーケンに声をかけた。
〔みんなをしばらく休ませていてくれ。その間に私はダシールの村の様子を見てくる。今度こそ人間達と協力しなければ勝てないだろう〕
〔分かりました。気を付けて〕
 その話を横で聞いていたトランスとアミュレスは自分達もこれで村へ戻れると思った。リークとユールは相変わらず、サボテン人の会話は意味が分からないのでトランス達の通訳を待っている。
〔ナーデルさん、村の様子を見に行くのなら僕達も一緒に行くよ〕
〔今度はいいだろう? ナーデル〕
 しかしその間にアンゲルハーケンが入ってくると二人に体を休めるようにいった。今は二人とも疲れているのだ。今回の戦いは二人のおかげで勝てたようなものだ。早く休んで回復してもらいたいと。ナーデルも頷いたが、二人は引き下がらなかった。
〔疲れていようが関係ないよ! これ以上仲間を放ってなんていられない〕
〔頼む。それに村にはそれほど強力な軍勢では攻めていないともいっていたではないか。疲れきっている私達でも迷惑はかけないつもりだ〕
 ナーデルはしばらく悩んだ末に答えた。
〔ではいいだろう。しかし万が一こちらが攻められるとも限らない。二人、アンゲルハーケン達と残っていてはくれないか?〕
〔……分かった〕
 そしてトランスとアミュレスはリークとユールに説明した。トランスはどうしてもビル達の様子を見に行くと言い張ると、アミュレスはここに残るといってくれた。ユールもサボテン人達が気に入ったらしく、ここで待っているという。そこでトランスとリークがナーデルとともにダシールの村へ行くことになった。
「気を付けるんやで。まだサンドウォーム達がそこらにいるかも知れへんからな」
「トランス、無茶はするなよ。今はお前は力を使い果たし、疲れ切っているんだからな」
〔ではアンゲルハーケン。後は頼むぞ〕
 そして三人はダシールの村へ歩き出した。アミュレス達はすぐに砂の中へと消えていった。



 ケルスミアはサンドウォームが追ってこないのを確認すると、道具袋から取り出した小さな袋から、光る砂を大きな円を描くように巻き始めた。ビルはその行動を不思議そうに眺めていた。
「ケルスミア、それは何だい?」
「簡易魔法陣よ。相手の攻撃を防ぐわけではないけれど、こちらの気配を一切消し去ることができるの。夜が明けるまでは何者にも見つからないわ」
「それは頼もしいな。俺は疲れたから少し休ませてもらうぜ」
 デュラスはそう言うと毛布にくるまり、横になった。長老はまだ黙ったままだった。
「長老……」
 ダグルとデウダが声をかけても返事はない。それはそうだろう。砂漠の中の僅かなオアシスに村を作り、ここまで大きくしていったのに、一夜にしてほぼ壊滅してしまったのだから。その場にいる誰も長老の口を開かせることはできなかった。一時間ほど休憩をしていると、ビルはふと村のことが気に鳴り始めた。
「なあ、村は大丈夫かな」
「何を言ってるだ。魔物にやられちまっただよ」
「そうだよビル。どうしたんだい?」
 ラルファとリスタはミニングを看病しながらビルに言った。
「……トランス達が戻ってきてないかと思ってさ。アミュレス達がトランスを探しに行ったじゃないか。もしかしたら村に戻ってきているかも」
 しばらくは沈黙が続いた。その可能性は限りなく小さいと誰もが思っている。アミュレス達だってサンドウォームに襲われているかも知れないのだ。無事にトランスを見つけだし、再びダシールの村へ戻ってきていると考えるほうが難しい。例えそうだとしても、まだ村には魔物達がうろついているはずだ。ビルは立ち上がっていた。
「……俺、様子を見てくる。みんなは休んでいてくれよ」
 モーロアはビルの体を押さえた。ビルも先ほどの戦いでだいぶ疲労しているはずなのだ。みすみす死にに行くようなものだと思っていた。
「だめじゃ。お前は今は休んでいなければならないはずじゃ。そんな体では何もできんじゃろう」
 いつの間にかデュラスも起きていた。ケルスミアも話しに耳を傾けている。二人とも仕方がないような顔をしてモーロアに近づいた。
「しょうがねえな。俺が様子を見てきてやろうか?」
「ビルにデュラス、あなた達は休んでいて。私が見てくるわ。この魔法陣なら太陽が出るまでは大丈夫だから」
 モーロアは二人の言葉をありがたく思いながらも二人の好意を断った。
「いや、お前さん達はいい。ビルはもちろん、デュラスにもゆっくり休んでもらいたいし、ケルスミアにも随分助けてもらったからの。今回は儂が行って来るとしよう。ビルはみんなで休ませてやってくれ。少し興奮しておるようじゃからのう」
「大丈夫かよじいさん?」
「平気じゃよ。これでも儂は昔は名のある冒険者だったんじゃからな」
 デュラスは心配そうに目の前の老人を見たが、モーロアは軽くそう言っただけだった。道具袋に僅かな道具だけを入れると、魔法陣を消さないように表へ出た。途端にビル達の気配がいっさい消えていた。姿も見えなくなり、話し声も全く聞こえない。ケルスミアの力を改めて感心するとともに信頼すると、ダシールの村へと引き返していった。
「おい、じいさんを一人で行かせて大丈夫なのか? 俺、こっそり後を付いていってもいいぜ」
「大丈夫でしょう。何か自信があるような顔だったし。……それにモーロアさん、何を持っていったと思う? ラルファやミニング達が入っていた、あの洞窟で見つけた武器を持っていったのよ。多分、その力を試そうとしているんじゃないかしら?」
 魔法陣の中からは外側が見える。ケルスミアとデュラスはモーロアの後ろ姿を見ていた。
 ただの老人ではない。ただ者ではない迫力がモーロアの背中からにじみ出ていた。二人は改めてモーロアのことを考えた。『これでも儂は昔は冒険者だったんじゃからな』この中でモーロアの過去について知っているものはいなかった。ただの物知りじいさんとしか思っていない仲間もいるだろう。モーロアの冒険者としての姿とはどんなものなのか……。デュラスは想像もできなかった。

 モーロアは村の入り口まで来ると、そっと村の様子をうかがった。まだ数匹の不気味な容姿を持つサンドウォームがうろうろとしている。生き残りの人間を探しているようにも見えた。その姿を確認してからおもむろに道具袋から五つの道具を取り出した。一つはヴァンパイア・ベステトに渡してしまったが、それでも大剣、指輪、杖、兜、盾がまだ手元に残っている。〈ヴィオーン公爵の剣〉、〈パイアリング〉、〈タルモニアワンド〉、〈ノーリュートの兜〉、〈ナゴルの盾〉の五つだ。モーロアはこれらを見ると自分でも気づかないうちに笑っていた。
「まさか生きているうちに〈封印されし武具〉を手に入れることが出来るとはのう……。ブラド監獄で過ごした時間もまんざら無駄ではなかったということかもしれん」
 知らず知らずのうちに口から言葉が漏れていた。その気配に一匹のサンドウォームが気づき、突然襲いかかってきた。モーロアはヴィオーン公爵の剣を手に取った。
「?」
 サンドウォームは何が起きたか分からなかった。一瞬で輪切りにされていた。この大剣は何の抵抗もなくサンドウォームを切り裂いていた。かなりの大振りな剣で、普通の人間には持っているだけでも大変だろう。しかしモーロアは平然とそれを使いこなせていた。昔は冒険者として名をとどろかせたおかげで実力がそれほど鈍っていないのもあるが、その剣自身の魔力によって、使っているというより、使わされているというようにも感じる。モーロアは半ばその大剣に魅入られながらも、次にナゴルの盾を試してみた。別のサンドウォームが体をくねらせ、体当たりを仕掛けてくる。盾で身を守ると、魔物の叫び声のような気味の悪い音が響いた。この盾はどんな金属でできているのだろう? 今までに知っているどんな金属音とも似ていない。モーロアは背筋に冷たいものを感じた。
 一通りの効果を確かめると、モーロアはそれらを武器に残った魔物の狩りを始めた。近づいてくるサンドウォームには容赦なく剣で切り刻む。逃げていく相手にはタルモニアワンドの魔法の力を使い、炎の魔法で灰にしたり、電撃の魔法で炭にしたりと次々に魔物を葬っていく。十数分がたつと、ダシールの村には魔物の生き残りは一匹もいなくなっていた。たった一人で魔物を全滅させていた。モーロアは五つの道具を丁寧にしまうと、砕けてぼろぼろになっている板の上に腰を下ろした。しばらくうつむいていると、笑いがこみ上げてくる。
「さあ、これからどうしようかのう。六つの〈封印されし武具〉のうち、五つもこの手の中にある。ルクレールに帰ってもいいが、今更王には献上しようとは思わんし、ルクレール国自体がどんな状態かもわからん。……これは儂のものじゃな」
 モーロアはふと顔を上げると、村外れに人影のようなものが見えた。生き残りの村人がいるのか? しかし人間のようには見えなかった。背は人間のようだったが、体全体が緑がかっていたようだ。そんな色の服を着ていた村人などいたのか? モーロアは少し緊張して、そちらに神経を集中した。
「モーロア!」
 出し抜けに後ろから声をかけられると、モーロアは腰が抜けるほど驚いた。そこには息を切らしているトランスが立っていた。続いて奇跡的に、生き残っていた数人の村人を見つけだすことができたリークも顔を見せ、トランスの横に並んだ。
「トランス、早かったじゃないか! モーロア、ごらんの通りだ。トランスは無事だったよ。どうしたんだ、その顔は? そんなに驚くもんかなあ」
「……大丈夫じゃよ。まだ魔物達がいるのかと思って緊張していたんじゃ。アミュレスとユールはどうしたんじゃ?」
 モーロアは息が普通に戻ると二人に尋ねた。
「それは、みんなと離ればなれになってから出会ったサボテン人達と一緒に体を休めているよ」
「何? サボテン人とな?」
 モーロアが驚いている間に、緑色の人影はすぐ近くにまで近づいてきていた。ナーデルだ。
「トランス達ニハ我々ニ協力シテモラッテ、サンドウォーム達ト戦ッテモラッタ。何トカ追イ返ス程度ハ出来タガ、相手ハマダ本気デハナイ」
「こいつはナーデル。サボテン人のリーダーだ」
 そしてトランス達はモーロアの案内で、ビル達が野営をしている地点まで向かった。村人達は黙ってトランス達の後を着いていった。モーロアの説明で、長老をはじめ数人の村の生き残りも一緒にいると知ったからだ。トランスはサンドウォームとの戦いからずっと走り続けているようなもので、体の疲労は限界にまで達していたが、ビル達に会えると思うとその体に鞭を打って歩き続けた。

 モーロアがここだと言った場所には何もなかった。ただ一面の砂漠の姿が目にはいるだけだ。盗賊の技能を持つリークや、このニール砂漠にずっと住み着いているナーデルでさえもそれに気づくことはできなかった。トランス達が首を傾げていると、目の前の空間に丸い穴が開き始めた。これをどう表現したらいいのだろう。何もなかった所に突然別の映像が映し出されたのだ。そこから覚えのある声と姿を見ることができた。
「トランス! リークも戻ってきたか! さすがモーロアだな。……そこの化け物は、サボテン人か?」
「ビル、よく無事でいてくれたね。この人はナーデル。座ってから話しをしよう、もう疲れたよ……」
 トランスはビルの姿を見ると安心してそのまま倒れてしまった。ビルが慌てて魔法陣で護られている野営地の中へ引っ張り込む。モーロアはリークとナーデルが入ったのを確認すると、一度背後を振り返った。魔物の追っ手も偵察のようなものの姿も見えない。ビル達はトランスを無理には起こさずにそっとしておくことにした。トランスはトランスなりに死闘をくぐり抜けてきたのだろう。ビル達はリークに話しを聞き始めた。トランスがサボテン人に助けられていたこと、サボテン人達とマザーサンドウォーム率いる魔物の軍団との戦い、そしてこれからのことを。ナーデルも話しに加わると、はじめはケルスミアはナーデルに対して敵意を抱いたが、次第にその緊張も解けていった。状況説明が終わると、それぞれは体を休めることにした。トランス達にしろ、モーロア達にしろ、そしてダグルやデウダ達砂漠の民にしろ、今夜は死ぬ思いで戦い抜いてきたのだ。ケルスミアの絶対の言葉にモーロア達は納得して、今回は見張りをたてずに皆ぐっすりと眠り込んだ。これほど体を休めたのは久しぶりだろう。翌日、太陽もかなり昇った頃に起きたみんなはそう思った。体調を整えたビル達だったが、これから起こることについての不安だけは消えることがなかった。砂漠の民にとっては、もう帰るところはなくなってしまったのだ。ビル達はこれからアミュレスとユールのもとへ行き、サンドウォーム達と戦わなければならない。ナーデルはみんなが起きると、これからの予定を説明した。

 ナーデルの言葉に反対をするものはしばらくは現れなかった。しかしナーデルが動き出そうとすると、一人の者が声を出した。モーロアだ。
「ちょっと待ってくれ。これからサンドウォーム達と戦うとそなたは言ったが、話を聞いた限りではほとんど勝ち目がないのではないか? 時には一時引いてこちらの戦力を見直すことも必要じゃと思うぞ」
 ビルはそんなモーロアの顔を見た。明らかに犠牲者が出ることを悟っているようだった。
「でも俺達にはこの砂漠を助けるのを手助けしてもいいと思うぜ。今まではバラバラで戦っていたが、今度はみんなが集まっている。今までだって、監獄の奴らを相手にそれなりに戦ってきたじゃないか。今度の相手はギルディやベステトよりかは随分相手にしやすいと思うぜ」
「あまり気が進まないけど、私も戦ってもいいと思うわ。相手が魔物なら私も実力を発揮できるし、デウダ達の村の敵も討ちたいわ。……それにモーロア、昨夜村を見に行ったときにあの洞窟で見つけた道具の効果を確かめたんでしょう? 私が思うところ、かなり価値のある武具が揃っていたと思うんだけど」
「ああ、あの五つの道具か。思ったよりも大した物ではなかったんじゃ。さしずめ、伝説の武器防具に似せて作ったまがい物じゃろう。きっとあのヴァンパイアも嘆いておるよ」
「あら。そうだったの? 私はてっきりすごい武具だと思ったのに」
 モーロアはケルスミアにはうまくごまかしていた。ケルスミアはそれ以上話を深追いすることはなかった。
「まあいいじゃろう。儂らも多少なりともこのニール砂漠に借りはある。砂漠を抜ける前にサンドウォーム達と戦ってもいいじゃろう」
「イイノカ? 人間達ヨ」
 ナーデルは辛抱強く人間達の聞いていた。自らの意志で戦いに参加して欲しかったから、話を後ろから支えるようなことはしなかった。こうしてモーロアも納得すると、ナーデルに率いられ砂漠を進んだ。一時間ほど歩くと、ナーデルは砂の中へ体を沈めていった。足から腰、腰から肩へと消えていき、ついには頭まですっぽりと消えてしまった。ほんの数分もすると、ナーデルはアミュレス達を連れてきた。アンゲルハーケンとツァイガーも一緒である。

「と、言うことだ」
 アミュレスはみんなに説明をした。サボテン人達の作戦はこうだ。戦いは二部隊に分ける。一部隊は敵を正面から迎え撃つことができるように総力を結集する。もう一部隊は少数精鋭で、敵の軍勢の頭のマザーサンドウォームを倒すために奇襲をかける。数の多いサボテン人達が主に第一部隊になり、トランスやアミュレスなど数人が第二部隊となる予定だ。あまり犠牲を出したくはないので、戦えないものはサボテン人の隠れ家にいることになった。サボテン人は皆戦いに出るので、残るのは人間のトランス達の仲間ではモーロア、ミニング、リスタ、ラルファ、ティーク、後はダシールの村のデウダ達である。ダグルもこの戦いに参加すると言うと、はじめはデウダは反対した。
「だめよダグル兄さん! 絶対に死んじゃうわ!」
 ダグルはいつにない真剣な表情だった。デウダはその雰囲気に押された。
「大丈夫だ。たとえ危険でもこの戦いはやらなくちゃならねえ。サボテン人達も、トランス達もこの砂漠のために戦おうとしているんだ。ダシールの村の人間だけがおとなしくしているわけにはいかないんだ」
 その言葉に、生き残りの村人も数人が志願した。しばらくの作戦会議の後、戦いのメンバーが決まった。第二部隊にはナーデル、トランス、ビル、アミュレス、ダグルの五人が決まり、デュラス、ケルスミア、リーク、ユールと、数人のダシールの村人はサボテン人達と協力してサンドウォーム達と戦うことになった。チュー兵衛はトランスの懐に潜っている。
〔チュー兵衛。君は残っていてよ。危険なんだ〕
〔それはいつものことだぜ。俺はこれからもずっとお前らについていくことに決めてんだからな〕
〔大した奴だよ、お前は。私達人間にも全くひけをとっていないんだからな〕
 アミュレスはチュー兵衛に感心していた。これほど度胸のあるネズミなど、そうそういないだろう。
 戦いは翌日ということになり、トランス達はサボテン人の隠れ家でゆっくりと体を休めた。サボテン人が見張りを一晩中行っていたおかげで、十分に体力を回復することができた。アミュレス達が戦いに行くときにモーロアはすまなさそうな顔をした。
「儂がいけなくてすまないのう。もう少し若ければいくらでも体を動かせるんじゃが」
 トランスは後ろを振り向いた。モーロアやリスタ、ラルファが心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「大丈夫だよ。モーロア達で、もしもの時にはティークやミニングやダシールの村の人達を守ってあげて」
「まかせとけって。さっと終わらせてくるからよ」
 ビルはあっさりとそう言った。そのすっきりとした顔にみんなは安心した。まるでこれから起きる戦いに悲惨なことが起きないような。ケルスミアは思い出したようにモーロアの持っている道具袋を見た。
「そうだモーロア。この前の武具の少しでも持っていっていいかしら? もしかしたら少しは役に立つかも」
 モーロアはケルスミアの言葉に苦い顔をした。その顔の表情は誰にも気づかれなかった。
「……あれは駄目じゃよ。役立たずなものばかりじゃ。変な期待はするだけ無駄じゃと思うが」
「……そう」
 ケルスミアは渋々諦めた。モンスターハンターとしては未知のアイテムには少なからず興味を持ってしまうのだ。しかし自分の都合でみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。ケルスミアはそう自分に言い聞かせた。アミュレスはケルスミアが言った後に再び何かの声を聞いた。初めて砂漠でダグル達に会い、キャンプを張った時に聞いたあの声を。
〔私も連れていって下さい。必ず役に立てるでしょう〕
 アミュレスは立ち止まると、モーロアに近づいた。モーロアは不思議そうにアミュレスの顔を見た。
「どうしたんじゃアミュレス?」
「モーロア、済まないがあの武具を見せてくれないか? どうも気になるんだ。あの中のどれかが私に語りかけてくる気がする」
「……仕方がないのう。ほれ、見てみるがいい、なんの変哲もない剣と盾、兜に、杖と指輪じゃぞ」
 モーロアは砂の上にさっとそれらを並べた。アミュレスがそれらを見ていると、すぐにしまおうとしてしまう。アミュレスはモーロアの手を押さえると、兜を手に取った。ノーリュートの兜からは不思議な力が湧き出ているようだった。
「これを少し私に貸していてくれ。そのうちに何か解るかも知れない」
「駄目じゃ! これは儂の……」
 突然モーロアが声を張り上げかけたので、トランス達はどうしたのかと驚いた。トランス達の視線を感じると、モーロアは大声を張り上げようとしていた自分に気づき、すぐに冷静になった。
「……いいじゃろう。じゃが気を付けるんじゃぞ。それがあったからといって戦いが有利になるわけでもあるまい。いや、もしかしたらかえって悪影響を及ぼすかもしれん。なにしろ呪われているような洞窟で見つけたんじゃからな」
 アミュレスはモーロアを安心させようと声に出していた。もちろん根拠などなかったが。
「大丈夫だ。きっと無事に戻ってくる。私達はブラド監獄の手から逃げ切るまでは生き抜くと決めたのだから」
〔では行って来るぞ。アンゲルハーケン、ツァイガー。二人で残りの者の指揮を頼む〕
〔わかりました。ナーデル様も気を付けて〕
〔任せて下さい! きっとサンドウォーム達に一泡吹かせてやりますよ!〕
 最後にデウダがダグルの手を握った。その間もディジウィス長老はずっと黙ったままだ。
「ダグル兄さん。気を付けて……」
「任せとけ」
 ナーデルの合図で、アンゲルハーケンとツァイガーが先頭になり、相手の軍団があらわれる方向へ、砂漠の連合軍は歩き始めた。トランス達はナーデルの案内で再び地中を進むことになった。マザーサンドウォームは必ず魔物の軍団の一番奥にいるだろう。そこで部下に指示を出しているはずだ。この二戦目はサボテン人達にとっては奇襲だったのだが、魔物達には気づかれていた。砂に隠れるサソリや、空を飛び交うコンドルなど、魔物達の偵察隊がしっかりと見ていたからだ。しかし幸いにもトランス達第二部隊の存在は気づかれてはいなかった。

 ダシールの村から南へ約百キロ程も離れた所に、マザーサンドウォーム達はいた。そこには巨大な砂丘があるように見えたが、それは全てマザーサンドウォームの体が砂に埋もれているだけなのだ。その周りには二体のブレイクーサンドウォームが囲むようにマザーサンドウォームを守っている。残りの部隊はサボテン人達の動きを知り、たった今動き出したばかりだった。
〔マザーサンドウォーム様。この戦いでこのニール砂漠も我々のものになるのですね〕
〔そうです。サボテン人もしぶといとは思っていましたが、勝ち目のない戦いを挑んでくるとは。やはりただの知能のない生物だったようですね。しかしリンフルにレヒフル。用心には用心です。あなた方はここに残って私を守って下さい。残りの部隊だけでもサボテン人とダシールの村の生き残りを全滅させることはたやすいでしょうから〕
〔わかりました〕
 マザーサンドウォームが砂の中へ潜り休憩を始めると、二体のブレイクサンドウォームは体を丸めて仲間が向かった方角を眺めた。すぐに戦いが始まるだろう。あっけなく終わってしまうはずだ。サボテン人程度ではまともな戦闘にもならないだろう。今度の部隊は依然戦ったときより五倍は戦力が上だからだ。戦力を失っているサボテン人達は玉砕を覚悟で戦うつもりなのか? 二体のブレイクサンドウォームは体を震わせて笑った。
 そして戦いが始まった。

 アンゲルハーケン率いる連合軍は、十分ほど進んだ時点で前方に何かが見えるのに気づいた。
「なんや? あれはサンドウォームの奴らみたいやで。ワイらの動きは気づかれておったんか?」
「ドウセ戦ウンダ。キヅカレテイテモイイサ」
 ツァイガーはそれほど驚いてはいない。それぞれは武器を手に持つと、相手を待ちかまえた。そして相手が近づいてくる。サンドウォームの群に、サソリ達の集団、頭上には鋭いくちばしを持ったコンドルも飛んでいる。そのサンドウォーム達は、小さいもの、ソルジャーサンドウォームが十匹ほどで、以前戦ったブレイクサンドウォームは三匹もいるようだった。その場を見る限り、やはりマザーサンドウォームはここにはいないようだった。
「いっちょ暴れてやるか!」
 デュラスは手始めに足下のサソリを叩きつぶした。そして二つの軍団がぶつかった。サソリ達は強力な毒を持つ尾で攻撃を仕掛けてくる。しかしそれはサボテン人には効果は薄いようだ。リークやユールはサソリにはとくに注意して戦った。頭上からコンドルが鋭いくちばしで襲いかかる。リークは剣の先を上に向けた。コンドルはくちばしに剣を突き刺され串刺しになる。ソルジャーサンドウォームが体当たりを仕掛けてくると、ツァイガーは足下の砂に手をつけた。ソルジャーサンドウォームの下の砂から爆発が起こり、空中に吹き飛ばされた。ケルスミアは短い杖のようなものを手に持っていた。サソリが足下から襲いかかってくると、その杖を振りかざした。杖からまばゆい光が漏れ、サソリ達を包んだ。サソリ達はその光に包まれるとあっという間に干からび、砂に返っていった。その調子でサンドウォームにも杖を試してみたが、さすがに体長が何メートルもあるサンドウォームには効果が薄いようだった。動きが多少鈍くなるだけである。
「やっぱりトヘロの杖くらいじゃ気休めにしかならないのね」
 ケルスミアはすぐに別の道具を取り出した。何枚かのお札を取り出すと、突進をしてくるサンドウォームをぎりぎりでかわし、身体の横にそれを張り付けた。腐った肉の焦げる臭いがたちこめ、サンドウォームは苦しそうにもがいた。お札の張り付けられたところから急激に焦げだし、ぱらぱらと風に乗る砂に変化していく。サソリ達やソルジャーサンドウォーム達は自分達の攻撃がそれほど効果がないのに怒っているのか、さらに暴れ始めた。後ろからそれを観ていた三匹のブレイクサンドウォームのうちの一匹がそれを観ると咆哮をあげた。その砂漠の炭にまで届きそうな声はその場にいる全てのものの背筋を震わせた。アンゲルハーケン達が一時攻撃の手を休めると、ブレイクサンドウォーム以外の魔物は後ろへ下がっていった。
〔役に立たない奴ばかりだな。ひ弱なサボテン人と人間が手を組んだだけの相手に苦戦するとは……。サボテン人、人間の者達よ、今度は俺達ブレイクサンドウォームが相手になってやる。ひ弱な相手ではつまらなかっただろうからな……〕
〔いよいよおでましか。マザーサンドウォーム直属の部下、ブレイクサンドウォームが。そろそろこの長かった戦いも終わりそうだな!〕
 サソリ達やソルジャーサンドウォーム達はブレイクサンドウォームとアンゲルハーケン達の周りを囲んだ。アンゲルハーケン達は覚悟を決めていたので、気にすることもなかった。どちらにしろブレイクサンドウォームに勝たなければ全員殺されてしまうのだから。ブレイクサンドウォームがそれをじっと見つめている間にツァイガーは先制攻撃を仕掛けた。両手を地面につける。
〔食らえ! サンドゲイザー!〕
 ソルジャーサンドウォームにすらあまり効果の見られなかったその技に、ブレイクサンドウォームは油断していた。サボテン人ごときの攻撃などそう身がまえるものでもない。ブレイクサンドウォームの一匹はそう思っていたが、今までにない衝撃を感じた。……なんだ、この衝撃は?
〔へっ。本当に油断してやがったな〕
〔こ、これは?〕
 一匹のサンドウォームの身体に、地中から突き上げた一本の砂の槍が覗いていた。それは小さな傷だったが、ブレイクサンドウォームの虚をつくのには十分だった。
〔今まで使っていたサンドゲイザーは対象が複数の時に使う広範囲型のサンドゲイザーだったのさ。威力を一点に集中すればこのくらいできるんだぜ〕
〔みんな! ツァイガーに続くんだ!〕
 アンゲルハーケンの合図で勢いづいたサボテン人達は、一斉に攻撃を始めた。ツァイガーから打撃をくらい、明らかに動揺しているブレイクサンドウォームはあっという間にサボテン人に取り囲まれた。他の二匹も動きだそうとすると、今度はデュラス達が迎え撃った。
「あんたらやサボテン人の会話はさっぱりわからねえや。俺は俺の好きなようにやらせてもらうぜ!」
 デュラスは走り出すと、ブレイクサンドウォームの身体に飛び乗った。一見無謀にも見えたが、デュラスはそこでうまく相手の攻撃をかわしては、ショートソードで鉄のようなサンドウォームの身体を斬りつけていた。
〔無駄だ、人間よ。その程度の刃物では俺に傷など負わすことはできん〕
 リークとユールはどうやって攻撃をしようか思案していた。ダシールの村の数人の戦士も同じだった。デュラスは確かに相手の攻撃をかわしながらうまく攻めているが、ダメージにまでは及んでないようだったからだ。さらにまだもう一匹のブレイクサンドウォームもこちらを睨んでいる。サボテン人達は一匹を相手にして、残り二匹は人間だけで相手をしなければならないのか? ユールは毒づいた。ケルスミアはそんなとまどっている二人を見ると、ぽんと背中を叩いた。
「どうしたの? まさかここまで来ていて怖じけついているんじゃないでしょうね? 早くデュラスと一緒に戦ってきなさい」
「それは分かるけどなあ。まだもう一匹おるんやで? そいつが黙ってワイ達を見ているなんて思えんのや」
「任せといて。足止めくらいなら、ブレイクサンドウォーム一匹なんとか私が相手をしておくわ。ほら、さっさとデュラスに加勢してきなさい……私はモンスターハンターなのよ」
「だ、大丈夫かよケルスミア?」
 リークは嫌な予感を感じてケルスミアを見つめた。ケルスミアは一度微笑むと、もう一匹のブレイクサンドウォームの前に立ちはだかった。ブレイクサンドウォームはこの小さな相手を見るとしばらく動かなかった。おそらくあきれているのだろう。たった一人の人間が俺に戦いを挑もうとしているのか? ばかばかしい。ケルスミアは相手を見ると、ゆっくりとショートソードを構えた。ブレイクサンドウォームは体を震わせケルスミアを挑発した。その剣で傷をつけられるものならつけてみろとでも言っているようだった。道具袋から聖水を取り出し、剣にふりかける。輝きを増したショートソードを握ると、ブレイクサンドウォームに向かって斬りかかった。その攻撃は跳ね返ることなく、鉄のようなサンドウォームの身体にやすやすと食い込んだ。傷口から紫色の液体が流れてくる。サンドウォームの血だ。ブレイクサンドウォームは人間の攻撃に驚くと暴れ出した。
〔たかが人間の分際で!〕
 恐ろしい勢いでケルスミアに飛びかかった。ケルスミアは冷や汗を感じて攻撃をかわした。ブレイクサンドウォームはそのまま地中に消えた。ケルスミアは足元からの攻撃に備えた。前方数メートル先の砂に小さな山ができた。すかさず退魔の札を取り出すと、小さな山へ向けて投げつけた。お札は爆発を起こし、砂を舞い上がらせた。しかしそれはブレイクサンドウォームの尾の部分だった。ケルスミアがそれを見ていると、急に足下が揺れた。頭部はちょうど真下に移動していたのだ。空中高く突き上げられ、ケルスミアは方向感覚を失った。ブレイクサンドウォームは小さな人間の獲物を見ると、口から強力な酸の液体を放った。ケルスミアは何とか身にまとっていたマントで体を覆い、攻撃を防いだ。酸の液体はあっという間にマントを溶かしきっていた。ケルスミアの腕に熱い刺激が走った。皮膚が焦げている。ブレイクサンドウォームは空中で丸まっているケルスミアに尻尾を叩きつけた。ケルスミアは小さなゴミのようにはじき飛ばされた。デュラスは横目でその様子を見ると、一緒に戦っているリークとユールの二人に声を掛けた。
「くそっ。思ったよりこいつは素早いぜ。ケルスミアは俺が回復魔法をかけてくるから、少しの間こいつの相手を頼むぜ」
 二人は黙って頷いた。デュラスは回復魔法が使えるのだ。デュラスには無茶をしてほしくないと思った。
 ブレイクサンドウォームは、ケルスミアが死んだのかどうかを確かめようとゆっくりと近づいていった。すると、横でケルスミアに向かって走っていく人間が現れた。
〔邪魔はさせんぞ!〕
 ブレイクサンドウォームは身体をうねらせ、人間に攻撃をした。デュラスははっとして飛び上がり、ブレイクサンドウォームの攻撃をかわした。
「ちっ、しまった」
 ブレイクサンドウォームは空中に飛び上がったデュラスをすかさず尾で締め上げていた。骨のきしむ音が聞こえる。普通の人間ならばあっという間に体中が砕かれていただろう。しかしデュラスは持ちこたえていた。それでもいつまで持つかは分からない。ダシールの村の数人は早くもおびえていた。アンゲルハーケンとツァイガー達も一匹のブレイクサンドウォームを相手にするのに精一杯で、とてもデュラス達にまで手が回らなかった。誰もが絶望感を感じ始めていた。

 サボテン人の隠れ家ではモーロア達が仲間の無事を祈っていた。リスタやラルファ、それにまだ子供のティークや、体力を消耗しきっているミニングでは、とてもこの戦いにはついていけないだろう。モーロアは他にダシールの村の生き残りの長老や、デウダを見ているためにここに残っていた。この暗闇の中ではとても表情は読むことはできなかったが、仲間達を不安に思う重い空気に包まれていた。モーロアはどちらを向いていいのかわからぬままに声を出していた。
「大丈夫じゃ。戦いに参加できない以上、儂らにできることといったら、仲間を信じることじゃろう? 儂らがこんな不安にしていてどうするんじゃ?」
「そんなこと言ったって、トランス達の力になれるわけじゃないじゃん……」
 ティークはぼそっとつぶやいた。まだ子どもだが自分なりに仲間の心配をしているのだ。モーロアがそのように言った後も、重い空気は消えはしなかった。封印されし武具の力があれば魔物達を撃退できるのではないか? しかしあまりみんなに封印されし武具のことは知られたくはないとモーロアは思っていた。貴重な品物を独占しようという欲が出てきていた。
 その暗闇の中はまるで死刑宣告を受けた罪人のいる牢獄のようだった。それからしばらくの時間が流れた。時間にしては三十分ほどしかたっていないだろう。しかしモーロア達にはとてつもなく長い時間に感じられた。とうとう我慢ができずにティークは騒ぎ出した。
「だめだー! とても黙って待ってなんかいられないよ! オイラもトランス達の助けに行きたい!」
「無理だよ、ティーク。君では足手まといにしかならない。モーロアが言ったじゃないか。ここに残っているものは戦えない者ばかりなんだよ」
 リスタはそう言いながら、ふと残っているもののことを考えた。ティークとミニング、ディジウィス長老は無理だとしても、自分とラルファ、モーロアならば何とか戦えるのではないか? と。リスタは命を懸けて戦っているトランス達のことを思うと決心した。
「モーロア。……私は戦うよ、魔物達と。いつまでも逃げているわけにはいかない」
「……なんじゃと、リスタ?」
 モーロアははっとしてリスタに聞き返した。ラルファはリスタの言葉に驚いたが、自分もすぐに決心をしていた。
「オラも戦うだ。オラはいつもリスタの旦那と一緒にいるだ」
 モーロアは二人の言葉を聞くとしばらくしてふと笑っていた。この闇の中では誰も気づきはしなかった。
「……仕方がないのう。ティーク、お前さんは無理じゃが、儂らが代わりに行って来るよ。なに、心配せんでいい。ミニングを見ていてやってくれ」
「……私も本当は戦いたいのだが……」
 ミニングは苦しそうな声でモーロアに言った。
「ミニング。お主はマーマンなんじゃろ? 今のお主は身体が乾ききっている。水のないこの砂漠で何をしようというんじゃ? 今はゆっくり休んでおることじゃ」
 モーロアはそう声をかけたが、ミニングは不満そうだった。この砂漠に来てから、ずっと仲間達の世話になりっぱなしでやりきれないのだろう。モーロア、リスタ、ラルファは残っているサボテン人に声を掛けると、戦いの場へ行くことにした。するとリスタの服に何かが掴まった。
「……私も戦うわ。……連れていって」
 それはデウダだった。あれほど魔物におびえていたデウダが自分から戦いに連れていってくれと言っているのだ。リスタはすぐに反対した。
「危険すぎるよ。おとなしく長老様達と一緒に待っていた方がいいよ」
「……私も戦えるわ。ダグル兄さんやケルスミアさんが戦っているのに私だけ待っているなんてできない。……きっと精霊達が力を貸してくれるわ」
 リスタは驚いた。デウダがこれほど戦う決心をしていることに。以前の自分は魔物から逃げ回るだけの旅をしたこともあるのだ。みんなには迷惑は掛けられない、と思うと同時にデウダの気持ちも理解できたような気がした。
「デハ行クゾ、戦イノ場ヘ」
 サボテン人の案内で四人は砂の中を進んだ。ミニングは悔しかった。せめてある程度でも回復できれば……。すると一人のサボテン人がミニングの横に近づいてきた。
「オ前、乾イテイルナ。……一緒ニ戦イタイカ?」
「……サボテン人か。戦えるのならば戦いたい。……トランス達にばかり負担をかけているからな。しかし私はマーマンなのだ。……水が摂れなくなってだいぶ経っている今では、立ち上がることすらできん」
 ミニングは最後の言葉は呟くようになっていた。サボテン人はそれを聞くと気配を消した。しばらくすると数人のサボテン人を連れて再びミニングの前に集まっていた。
「我々ガ回復シテヤロウ。〝命ノ水〟デナ」
 サボテン人達はミニングの身体に手を当てた。手のひらから水が溢れ、ミニングを癒していった。五分ほどでミニングはすっかり回復していた。サボテン人達はほっとしてその場に倒れた。自分達の命を削ってミニングを回復たのだ。
「サスガニ、マーマントイウダケハアルナ。並ノ量デハ回復ハ出来ナカッタヨ」
「すまない、サボテン人達よ。必ず戦いの役に立ってくる」
「待ってよミニング! オイラも連れてって!」
「……いいだろう。私にしっかり掴まっていろ」
 ミニングはティークが来るのを待ってからサボテン人に案内してもらい、モーロア達の後を追った。
 モーロア達はリークやデュラス達が戦っている場所へ、一刻も早く辿り着きたかった。誰もが嫌な予感がしていたからだ。何十人もいるサボテン人も一緒だとはいえ、相手はさらに強力な魔物が待ちかまえているのだ。サボテン人に説明を受けた巨大なブレイクサンドウォーム、マザーサンドウォームのことを想像すると、仲間達が無事でいてくれるようにと思うばかりだった。

 その頃、トランス達はすでに砂の中から地上に出ていた。砂の中に敵の気配を感じたからだ。やはりマザーサンドウォームだけが残っているとは考えにくい。何匹かのサンドウォームも護衛として近くにいるのだろう。ナーデルは注意深く付近を見渡した。
「ドウヤラ我々ノ行動ハ気付カレテイタヨウダ」
 ナーデルが見つめている方向には二つの砂丘が見える。するとその砂丘が音を立てて動き出した。ブレイクサンドウォームだ。ブレイクサンドウォームはナーデル達五人を見ると、うなるような低い声を出した。
〔やはりマザーサンドウォーム様を狙いにやってきたな。愚かなことだ〕
〔へっ、強気でいられるのも今のうちだぜ! お前達なんかアミュレスとトランスが倒してくれるってよ〕
 チュー兵衛はトランスの懐から顔を出すと怒鳴った。ブレイクサンドウォームの二匹はまるで相手にしていないようだった。
〔お前は……ナーデルという奴か? マザーサンドウォーム様の話ではサボテン人達を統括しているらしいが〕
〔その通り、私がナーデルだ。私の名前を知っているとは光栄だな〕
 ナーデルは相手を睨んだ。
〔マザーサンドウォーム様は戦いに関しては慎重だからな。相手の情報を得ることを常に大事にしていてな。……お前の力はその頭脳だけだ。戦いにはむいていないのだろう?〕
〔……〕
 ナーデルはしばらく黙っていた。トランス達はいつでも戦えるようにそれぞれの武器を手に持った。ナーデルはゆっくりと口を開いた。
〔確かにその通りかもしれんが、ニール砂漠の平和を取り戻すという信念は誰にも負けん〕
〔……信念だけで戦いに勝てる訳がない!〕
 ブレイクサンドウォームはそういうと、二匹で囲むようにしてトランス達に襲いかかった。ビルとダグルは剣を握りしめると、ブレイクサンドウォームに斬りつけた。高い金属音が響くと、はじき返されてしまう。トランスは相手に向かって両手を向けた。目に見えない衝撃波がブレイクサンドウォームを襲う。アミュレスもすかさずもう一体のブレイクサンドウォームに向かって火炎の呪文を放った。しかしそれでも相手の皮膚さえも焦がすことはできなかった。
〔脆弱だな、人間ども〕
 ブレイクサンドウォームは身体をよじらせた。砂をまい上げ、強い風が巻き起こる。トランス達はその砂の風で目の前が見えなくなった。もう一匹のブレイクサンドウォームはトランス達に向かって巨大な尻尾を振り回した。目が見えないのと、予想以上に素早い攻撃にトランス達はなすすべもなくはじき飛ばされていた。体中の骨がきしむ。トランスは地面に落ちたときに初めて相手の攻撃を受けてしまったことに気づいた。脇腹に刺すような痛みが走る。何とか立ち上がると周りを見渡した。ビル達も何とか無事なようだった。しかし致命傷ではないにせよ、それぞれはかなりの傷を負ってしまったようだった。
 リンフルは戸惑っているトランス達を見下ろすと、その巨大な口から酸の液体を放った。ダグルは避けきれずに、左半身にその酸を浴びてしまった。あっという間に衣服が溶け、皮膚を溶かした。ダグルは悪態をついた。
「ちくしょう!」
 ナーデルはすぐにダグルに近寄ると、焼けた皮膚に手のひらをつけた。サボテンの針が皮膚に刺さり、ダグルは思わず飛び上がろうとしたが、すぐに痛みはひいていった。ナーデルはサボテン人の回復の水を使って治療をしたのだ。ナーデルは回復が終わると、トランス達に振り返った。
「回復ハ私ガヒキウケヨウ。ナントカサンドウォーム達ヲタオシテクレ」
 アミュレスはナーデルが回復をしてくれると知ると、少し安心した。……これでデュラスも少しは大丈夫かもしれない。ほとんどのサボテン人達がデュラス達といっしょに戦っているので、回復は心配しなくてもいいだろう。アミュレスはトランスとビルに指示をした。
「サンドウォーム達は並みの武器では傷をつけることはできないだろう。なんとか我々の魔法で戦うしかない。……モーロア達は来なくて正解だったな」
「よっしゃ。なんとかしてみるか!」
 ビルは気合いを入れるとサンドウォームを睨んだ。サンドウォームは獲物がどのような反応をするのか楽しみにするようにじっと動かない。
 アミュレスが合図をすると、ビルはブレイクサンドウォームに向かって今度は冷気の魔法を唱えた。
「これはどうだ! アイスクラッシュ!」
 ブレイクサンドウォームの頭上に巨大な氷の塊があらわれると、落下した。ブレイクサンドウォームに直撃すると、氷の塊は砕け散った。すかさずトランスは砕け、ヤリのようになった氷の破片を超能力で操作し、ブレイクサンドウォームを串刺しにした。アミュレスはブレイクサンドウォームが地中に逃げないように魔法を唱えた。
「麻痺砂嵐!」
 ブレイクサンドウォームの身体の下にある砂が渦を巻き始め、ブレイクサンドウォームの身体を捉えた。ブレイクサンドウォームは予想以上の人間の攻撃にとまどい、判断が遅れていた。
〔まさか、こんなことが? リンフル、どういうことだ!〕
 雄叫びのような声を上げると、後ろで様子を見ていたもう一匹のブレイクサンドウォームが怒ったように突進してきた。口からは酸の唾液を垂れ流している。トランスには逆上しているように見えた。
〔レヒフル! 人間どもはすぐにつけあがるんだ。こちらも二人でかかるとしようじゃないか!〕
 ブレイクサンドウォームの凄まじい勢いの体当たりで、氷のヤリが突き刺さり身動きできなかったブレイクサンドウォームは十数メートルもはじき飛ばされた。麻痺も解け、ブレイクサンドウォームは再びうなりだした。しかしダメージは与えたようで、身体のあちこちが凍傷のため青くなり、所々から血のような紫の液体が流れている。
「おい……。奴ら、相当頭にきてるぜ」
 ビルは思わず身震いした。二匹のサンドウォームはある程度まで近づくと、身体をひねった。強大な砂嵐が起こり、トランス達を包む。目の前が見えなくなり、呼吸さえも困難になると、ブレイクサンドウォームは尻尾を振り回してきた。トランス達は次々にはじき飛ばされ、砂の上に落ちた。トランスの目に始めに入ったものは壁だった。頭上を見上げると、ブレイクサンドウォームの一匹がこちらに大きな口を向けている。酸の唾液が垂れ、トランスの服を溶かした。走りだそうと立ち上がったが、体中に痛みが走り、再び地面に倒れてしまった。サンドウォームはすぐにトランスを丸飲みにした。近くに倒れていたビルは目に入った砂を取り除き、ようやくその様子を見ることができた
「トランス!」
 ビルは剣を持つと、サンドウォームに斬りかかていった。しかしビルの攻撃ではサンドウォームの身体に傷を付けることはできない。反対に弾かれると、再び尻尾ではじき飛ばされた。ビルは何とか立ち上がって、サンドウォームに向き直った。すると、サンドウォームから数メートル離れたところに倒れている者がいた。よく見るとそれはトランスだった。トランスはとっさに空間移動で危機を回避していたのだ。しかし満身創痍で、立ち上がることができない。
 その時にダグルがサンドウォームに気づかれないようにトランスに近づいていた。ビルはその様子を見ると、サンドウォームの気をひこうと魔法を唱え始めた。
「どうしたサンドウォーム? 俺はまだ平気だぜ? アイスジャベリン!」
 氷の槍が空中にあらわれ、サンドウォームに襲いかかる。やはりあまりダメージにはなっていないが、サンドウォームの気をひくことはできた。その間にダグルはトランスを抱えるとサンドウォームから離れた。もう一匹のサンドウォームはアミュレスが迎え撃っている。
「トランス? 大丈夫か? しっかりしろ!」
「……あれ? ランス?」
 トランスは相手の声を聞くと、ふとそう思った。ランスが近くにいてくれているのでは。しかし意識を取り戻し、視力が戻ってくると、目の前にはダグルが心配そうにこちらを見ていた。
「ランス? 何言ってるんだ? 俺はダグルだぜ。しっかりしろよトランス」
 トランスは何とか立ち上がると、サンドウォームの姿を探した。一匹ずつバラバラになり、それぞれがアミュレスとビルに襲いかかっている。急いで戦いに加わらなくては、と思ったが、体中に痛みが走り、立っているだけで精一杯だった。ダグルは沈んだ顔で呟いた。
「これは本当にやばいかもしれない。俺達はこんなにダメージを受けているのに、サンドウォームの奴らはまだ本気を出していないんだぜ。俺達を弄んでいやがる……」
 すると地面が揺れ、そこからナーデルがあらわれた。右腕がちぎれ、そこから水が滴り落ちている。ナーデルは苦しそうな顔をしながらもトランスに近づいてきた。チュー兵衛はトランスの懐からひょっこり顔を出すと、ナーデルに走り寄った。
〔ナーデル? 大丈夫なのか?〕
〔私の心配はしなくていい。……まずトランスの治療からだ〕
 トランスはナーデルの行動をじっと見ていることしかできなった。まだ残っている方の腕でトランスの身体に触れる。サボテンの針が刺さり、トランスは少し顔をしかめた。回復の水がトランスの身体に降りかかると、すぐに体が軽くなり、傷はほぼ完治した。サボテン人ナーデルの身体はなんだかしぼんでしまったように感じられた。
〔ありがとう、ナーデル!〕
〔さあ、次はあの二人だ。トランス、サンドウォームの気をひいていてくれるな?〕
 トランスは頷くと、まず近い方のサンドウォームに向かって走っていった。サンドウォームは抵抗するアミュレスを、少しづつ追いつめているようだった。尻尾で砂を巻き上げ、アミュレスが砂を振り払っていると、酸の唾液を拭きかける。とっさに火炎の魔法で相殺するが、サンドウォームはさらに近づくと身体で体当たりをしてアミュレスを吹き飛ばす。しかし最初の攻撃ほど威力はなく、数メートルしかはじき飛ばしていない。あきらかに弱い獲物で遊んでいるような姿だった。トランスは一気に走りきると、サンドウォームの身体に触れた。サンドウォームが振り向いたときにトランスは空間移動をした。トランスとサンドウォームはアミュレスから十メートルほど離れた所に出現した。サンドウォームは何が起きたのかわからなかったが、今度は標的をこの小さな人間に変えた。
〔お前のはらわたを喰らってやるよ〕
〔それはごめんだね〕
 トランスは言い返すと、すぐにサンドウォームから離れた。サンドウォームは面食らっているようだった。
〔? お前、人間のくせに我々の言葉がわかるのか? ……面白い奴だ、ますます喰ってやりたくなったよ〕
 サンドウォームは狂ったように暴れ回り、トランスに襲いかかった。トランスはひたすら相手から逃げ回った。ぎりぎりまで迫ってくると、空間移動で後ろへ回り、衝撃波をぶつける。ほとんどダメージにはなっていないとわかりつつも、その攻撃を続けた。しばらくすると、アミュレスもナーデルに回復をしてもらい、ビルを助けに向かっていた。ナーデルはダメージが大きく、もう自分で歩くことはできなかった。ダグルは体に針が刺さるのを我慢しながら、肩を貸している。遠くから見たナーデルは日照りで干からびてしまった植物のようだった。身体はしぼんで小さくなり、鮮やかな緑色だった皮膚はところどころが茶色く変色してしまっている。
「あんた、もう休んでいたほうがいいんじゃねえか?」
「マダダ。早ビルヲ回復シテヤラナケレバ……」
 ダグルはナーデルの意思に観念してビルの方へ近づいていった。アミュレスが何とか一匹のサンドウォームを相手にしているおかげで、ビルは襲われずにすんでいた。しかし近くへいってみると、予想以上に傷は大きいようだった。完全に意識を失っており、あちこちに紫色のあざができていて大きく腫れ上がっている。ナーデルをビルの横におろすと、ダグルはアミュレスの様子を確かめた。アミュレスはサンドウォームから一定の距離を保ちながら、攻撃を繰り出している。トランスの様子を見ると、やはり苦戦をしているようだった。一人一人の攻撃ではサンドウォームに傷を負わせることは困難だった。ダグルは砂漠に向かって必死に祈り始めた。その頃にはビルもある程度は回復し、意識を取り戻していた。
「……ダグル? 何をしているんだ?」
「砂漠の精霊にお願いをしているのさ。助けがいるってな」
 ナーデルはビルの回復が終わると、砂の上にしゃがみ込んだままダグルの様子を見つめていた。
「ソウカ。砂漠ノ民ハ、精霊ヲ呼ビ出スコトガ出来ルト言ワレテイタガ、本当ダッタノカ」
「大部分はな。俺も長老様に教わったんだが、あまりその才能はないみたいだった。だから今までは精霊に呼びかけることなんてなかったんだけどな」
 ダグルが祈り続けると、近くの砂がうごめき始めた。その砂に二つの目が現れると、ダグルの近くへ滑るように進んできた。
「ボクを読んだのは誰?」
 その砂の塊はダグルの姿を認めた。ダグルは精霊を呼び出せたことにほっとした。
「俺だ。ダグルというんだ。砂の精霊ヴィントか?」
「そう、ボクはヴィントだ。状況は分かっている、サンドウォーム達と戦っているようだね。ボクが君達を守ってあげるよ」
 砂の精霊ヴィントはそう言うと、波のようにサンドウォームに向かっていった。アミュレスがサンドウォームに向かって呪文を放とうとすると、サンドウォームは砂嵐に包まれた。その砂嵐は意志を持つかのようにサンドウォームにまとわりつき、視界を遮られたサンドウォームは暴れ回った。その間にビルの呼びかけで、アミュレスはナーデルの元へと戻った。
「あれは砂の精霊だそうだ。ダグルが呼んだんだよ」
「ダグルが?」
「何とか成功したよ。だけど砂の精霊のヴィントは戦いには向いていないんだ。援護はしてくれるけど、直接攻撃するのは俺達でないと……」
「それでも頼もしい味方じゃないか! 見直したぜダグル」
 ビルはダグルの肩を叩くと、ナーデルのことは二人に任せてトランスの方へ向かった。トランスはサンドウォームから逃げ回っている。トランスはビルが近づいてくるのを確認した。
「よかった。ビルもナーデルに回復してもらったんだね。……あれは魔法? サンドウォームが砂嵐に包まれているけど……」
「あれは精霊だそうだ。砂漠の民のダグルが呼び寄せたんだよ。思わぬ才能があるもんだな」
 目の前のサンドウォームは仲間のサンドウォームが砂嵐に包まれているのを呆然と眺めているようだった。動きが止まっている。
〔何だ、あれは? まさか、マザーサンドウォーム様が言っていた精霊の仕業なのか?〕
 トランスは相手から少し離れると、その攻撃に備えた。チュー兵衛は顔を出すと砂嵐の様子を見た。
〔すげえな! あのでかいサンドウォームを包みこんじまうなんて……。だけど今がチャンスだぜ。サンドウォームは動きが止まっているからな〕
 トランスは頷くと、ビルに言った。
「今のうちだ。何か手を考えないと」
「……だけど今までどんな攻撃もほとんとが効果がなかったんだぜ?」
 どう攻撃を仕掛ければいいか思案していると、いつの間にかアミュレスが側に来ていた。アミュレスは何か方法があるような顔をしている。
「バラバラに攻撃をしていたのではサンドウォームは倒せない。私の指示したように攻撃をしてくれ」
 トランスとビルの二人は頷いた。そしてアミュレスの説明を聞くと、仲間の様子を眺めているサンドウォームに近づいた。
「くらえ! ファイアコール!」
 ビルはサンドウォームに火の雨を降らせた。トランスはすかさず両手を向けると、降り注ぐ火の雨粒を動かし、全てをサンドウォームに命中させた。アミュレスはサンドウォームが火の雨から逃れようとすると、逃げる方向へ呪文を唱えた。
「真空障壁!」
 サンドウォームはかまわずに突き進もうとしたが、真空の壁にぶつかると、身体に切り裂かれるような衝撃が走った。真空に触れた身体は皮膚が裂け、真っ赤な肉が顔をのぞかせている。サンドウォームはしばらく暴れ回ったが、そのうちに力を使い果たして、その巨体を砂の上に落とした。しばらく痙攣をしていたが、それもやがてなくなり、巨大な肉の塊と化した。
「やっと一匹倒したか……」
 ビルは膝に手を当て息を切らした。魔法を連続で使っていたので、ふらふらになっていた。トランスも同じだった。気力でなんとか立っているような状態だった。
 三人はそれでもすぐにダグルとナーデルのもとへと戻った。砂嵐はまだサンドウォームを包み込んではいるが、サンドウォームはいっそう暴れ回り、こちらへ向かってきていた。
「ここらへんが限界みたいだ。あとはみんなでこいつを倒して」
 精霊はそういうとサンドウォームの身体から離れ、再び砂の上に戻った。二つの目を光らせ、サンドウォームの横に砂の山を作っていく。サンドウォームは尻尾を振り回すと、砂の精霊の山を砕いた。宙に砂が巻き散り、砂の精霊の姿は見えなくなった。しかしすぐに砂の上で再び姿を現している。
「ボクの協力はここまでだ。砂漠の民ダグル、後は頼んだよ」
 ダグルは再び剣を構えた。しかしその剣が光を反射し、サンドウォームの目にはいると、サンドウォームは怒り狂い、獲物の位置を理解し、すぐに突進をしてきた。トランスはとっさにダグル達とともに空間移動をした。ダグル達は何が起きたのかわからなかったが、背後にサンドウォームがいるのがわかった。
「助かったぜトランス」
 ビルはほっとしてそういった。サンドウォームは獲物が目の前から消えたので、少しの間うろうろと辺りを探している。
「今のは何とか避けることができたけど、僕ももうそろそろ限界だ。力を使い果たしたような感じだよ」
「待ッテイロ……。三人共スグニ回復シテヤロウ」
 ナーデルがしぼんで小さくなった体でそう呟いていた。その姿を見ると、これ以上は何もできないように見えた。サンドウォームはこちらの様子に気がつくと、酸の唾液を放った。アミュレスはサンドウォームに立ちはだかると、呪文を唱えた。
「突風!」
 酸の唾液は左右に割れ、トランス達の脇の砂に落ちた。砂の上で焦げるような嫌な臭いが、トランス達の鼻を突いた。その間にナーデルはトランスとビルの二人にそれぞれ〝回復の水〟を使った。傷も癒え、体力も回復していく。続いてアミュレスも回復をしてもらうと、ナーデルは砂の上に崩れた。
「私ハココマデノヨウダ。砂漠ニ平和ヲ……」
 ナーデルは動かなくなってしまった。ダグルは必死に声を掛けたが、返事はない。トランスも屈んでナーデルに話しかけようとすると、アミュレスに怒鳴られた。
「トランス! 今はサンドウォームを倒すことを考えろ! サンドウォームを倒さなければナーデルの回復も水の泡になってしまうんだぞ!」
「……わかった」
 トランスは立ち上がった。ビルも一緒になると、アミュレスの横に並んだ。サンドウォームはこちらを睨んでいる。
〔よくもやってくれたな。だが同じ手は何度も通用はしないぞ。今度こそお前達を殺してやる〕
 ビルはかまわずに呪文を唱えた。
「ファイアコール!」
 サンドウォームは火の雨が降ってくると、砂の中へ逃げた。すぐに足元からあらわれると、五人は再び空中にはじき飛ばされた。ダグルは必死にナーデルをかばっている。トランスは落ちていくときに必死に空中を掴もうとした。すると手に何かを掴む感触があった。両手でそれにしがみつくと、トランスは空中でとどまっていられることに気づいた。それが自分の力であるというのに気づくのに、それほど時間はかからなかった。ゆっくりと地面に降りると、その見えない棒は存在を消した。トランスが念じると、再び手に棒のような感触があらわれた。
「……そうか、今までの衝撃波は、この見えない力の塊を相手にぶつけていたんだ……」
 トランスは周りを見渡すと、サンドウォームが倒れているビルに襲いかかろうとしているところだった。トランスは腕を振りかぶるとビルに向かって力を放った。見えない力は鎖状になり、ビルを掴んだ。すぐにビルは引っ張られるようにトランスのもとへと滑っていった。
「何だ? 今のは? 空間移動じゃねえだろ?」
「うん。少しだけど自分の力を制御できるようになってきたんだ」
〔……人間共め〕
 サンドウォームはトランスへ向かって尻尾を振り上げた。ビルとともに横に避けると、その場に見えない槍を残していた。サンドウォームの尻尾から紫色の血がどくどくと流れ出した。間髪を入れずにトランスは両手をサンドウォームに向けた。両手から見えない精神力の矢が放たれ、サンドウォームに突き刺さってゆく。アミュレスは体から血を流しているサンドウォームを見ると、止めに呪文を唱えた。
「雷撃破!」
 サンドウォームに雷が落ちると、電撃は傷口からも侵入し、サンドウォームを黒こげにした。サンドウォームはそれでもしばらくは耐えていたが、やがて黒こげの塊と化した。
「よっしゃ! 二匹とも何とか倒したぜ!」
 ビルは喜んでナーデルのもとへと向かった。しかしダグルはナーデルを抱えたままうつむいているだけだった。
「……ナーデルは、本当に死んでしまったみたいだ……。精霊もそう言っている……」
 ナーデルの姿はすでに生を感じさせなかった。枯れきったサボテンそのものになっていた。悲しみに沈んでいると、まだ四人には聞いたことのない声が響いた。
「まさか、リンフルとレヒフルを倒してしまうとは……。驚きです。当然あなた達は私の命が欲しいのでしょう?」
 十数メートルほど前方に現れた山はマザーサンドウォームだった。まるで本当に小さな山が話しているかのようだった。
「リンフルとレヒフル、二人のブレイクサンドウォームを倒したからには私が相手をするしかないようですね。しかしそれでもあなた達に勝ち目はありませんよ。リンフルとレヒフルの二人にそれほど苦戦をしたのならね」
 マザーサンドウォームはゆっくりと近づいてきた……。

 戦況は不利だった。三匹のブレイクサンドウォームによって、アンゲルハーケン達連合軍は打つ手がなく、防御に回るだけだった。それも無理はない。唯一攻撃が通用するのはツァイガー、デュラス、ケルスミアで、そのうち二人の人間は倒される寸前だったからだ。ユールは砂漠の民の数人に合図をすると、デュラスを助けに向かった。リークはサンドウォームに気づかれずに素早くケルスミアのもとへ辿り着いていた。
「大丈夫か、ケルスミア?」
 ケルスミアはリークが呼びかけるとはっとした。いつの間にかサンドウォームに攻撃を受けてここまで吹き飛ばされていたのだ。すぐに立ち上がろうとしたが、足に痛みが走る。先ほどの攻撃でひねってしまったようだった。ブレイクサンドウォームは獲物にとどめを刺そうと、にじり寄ってきた。リークはケルスミアに肩を貸すと、その場から離れた。すぐにサンドウォームは追いかけてきたが、リークは相手の動きを読んで難なく攻撃をかわした。ケルスミアは人を抱えていて、これだけの動きができるリークに感心した。しかしそれでも状況がよくなったわけではない。
 デュラスはブレイクサンドウォームの締め付ける力が弱くなったのを感じた。様子を見ると、ユールが砂漠の民を引き連れて攻撃をしている。デュラスはとっさに力を入れて脱出した。ブレイクサンドウォームは獲物がすり抜けてしまったのに驚いていた。人間ごときがこれほど抵抗をするとは……。デュラスはサンドウォームから離れると、自分の傷を魔法で治療した。
「よかった。何とか無事だったようやな」
 ユールはデュラスの姿を見るとほっとした。しかしサンドウォームは待ってはくれない。ユールはそのままサンドウォームと戦い続け、デュラスにはケルスミアの方を頼むんだ。ケルスミアはリークに支えられて、サンドウォームから逃げている。デュラスはすぐに辿り着くと、ケルスミアに回復魔法をかけた。ケルスミアの足の痛みがすっと消えた。すぐに自分で立ち上がると、小さなビンを取り出した。中には青い液体が入っている。近づくサンドウォームに向かってそれを放ると、砕けたビンから青白い煙が吹き出した。煙はサンドウォームを包むと、その姿を隠すほどの大きさになった。サンドウォームは動きが止まっているようだった。その間に今度はボウガンを取り出した。特殊な矢を取り付け、煙に向かって発射した。矢は甲高い音を立てて突き進み、煙の中へ吸い込まれた。すぐに爆発音が響き、青い煙はかき消されていく。そこから姿を現したのは、上半身が半分吹き飛んでいるサンドウォームだった。サンドウォームはあっけなく死んでいた。
「さすがモンスターハンターというだけはあるな、ケルスミア」
「この武器はこれ一本だけ。まだ大きいサンドウォームは二匹いるのよ。油断しないで」
 ユールはその様子を見ると、一時、サンドウォームから離れた。砂漠の民の戦士も続いて離れた。自分達ではサンドウォームに決定的な打撃を与えることはできないので、ケルスミアやサボテン人に任せるしかなかった。向こうの方ではサボテン人達がブレイクサンドウォームを囲んで戦っている。ツァイガーの技だけがダメージを与えているようだった。しかしツァイガーも連続で技を出し続けているのはつらく、だんだんと威力も落ちているのがわかった。今では再びサンドウォームが優勢になっているように見えた。ケルスミアは再びみんなに呼びかけた。
「今度は大丈夫。目の前のサンドウォームは私に任せて。デュラス達はサボテン人達と一緒に向こうのサンドウォームを頼むわ」
「本当に大丈夫か?」
 デュラスは心配して尋ねたが、ケルスミアはすでにサンドウォームに向かって行くところだった。ユールはデュラスと砂漠の民とともにサボテン人が戦っている方へと向かった。しかし途中でふとリークに声を掛けた。
「やっぱり一人で戦うのは不安や。リーク、お前がケルスミアを援護してくれんか? リークの身のこなしなら、ケルスミアにとっても邪魔にはならんと思うで」
「俺もそう考えていた所だ。危なくなったらすぐにケルスミアを助けるよ」
 そしてデュラス達はサボテン人が戦っているサンドウォームとの戦いに加わった。
 ツァイガーはすでに技を出せなくなっていた。疲労が限界に来ていて、仲間のサボテン人に寄りかかっている。アンゲルハーケンが指揮をとり、的確にサンドウォームに攻撃をしている。アンゲルハーケンは人間達を見ると、ブレイクサンドウォームを倒したのだと思った。しかし向こうにはまだ一体残っている。
「ブレイクサンドウォームハマダ残ッテイル。……向コウハ大丈夫ナノカ?」
「心配しなくても大丈夫だぜ。ケルスミアならきっと何とかしてくれる」
〔面白い。俺の仲間を倒すとはな。人間にしては大した奴だ。しかしそれも所詮は悪あがきだ〕
 紫の血をだらだらと流しながら、目の前のブレイクサンドウォームは尻尾を振り回した。数人のサボテン人が巻き込まれ、吹き飛ばされた。砂の上に落ちたサボテン人の中にはすでにバラバラになって死んでしまった者もいた。サンドウォームは嬉しそうに体を震わせた。
〔そら、もう半数は殺してやったぞ。抵抗もこれまでか?〕
 デュラスはふらふらのツァイガーやサボテン人達を見ると、飛び出していった。ショートソードを握りしめ、サンドウォームに斬りかかっていく。サンドウォームは人間の攻撃に激しい打撃を感じた。デュラスは紫の血が流れる傷口に、その刃を突き刺していた。サンドウォームは暴れ回ったが、デュラスは今度は慎重にそれをかわした。サンドウォームは尻尾を振り回したり、体当たりを仕掛けたが、デュラスには当たらなかった。すると、あきらめたのかじっと動かなくなってしまった。デュラスは足を止めると、尻尾の届かないところで様子を見た。アンゲルハーケンははっとしてデュラスに飛びかかった。
「危ナイ!」
 サンドウォームは身体中の傷口から四方に紫の血をまき散らしたのだ。それを浴びたサボテン人達は次々に倒れだした。最も近くにいたデュラスはアンゲルハーケンのおかげでその攻撃を受けずにすんだ。ユール達も何とか無事なようだった。
「あぶねえ、まさかあんなことをしてきやがるとはな……」
 目の前には巨大な肉の塊と化したサンドウォームが横たわっている。すでに死んでいるようだった。周りにはサンドウォームの血を浴びて、体が溶けてしまっているサボテン人達の死骸が散乱している。自分が助かったのにほっとすると、ケルスミアの方を振り返った。そちらもケルスミアがとどめを刺しているところだった。どうやって倒したのかはわからなかったが、また何か別の破魔の道具でも使ったのだろう。ブレイクサンドウォームの後ろに隠れていたサソリや、ソルジャーサンドウォームは三匹が倒されるのを見ると、すぐに逃げ出していた。
 生き残った者は一カ所に集まり、サボテン人の治療を受けた。
「何とかなったみたいやな。よくあれだけの敵を相手に生き残れたもんや」
「あとはトランス達ね。向こうでもサンドウォームを相手にだいぶ苦戦をしているんじゃないかしら? 何しろ、サンドウォームの親玉を相手にするんだから……」
 すると二、三十メートルほど離れたところに小さなあり地獄のような者が出現した。緊張してそこを睨むと、そこから出てきたのは人間だった。リスタやミニング達だ。
「あれ? いやに静かだなあ。本当にここでみんな戦っているの?」
「確かなはずだ。気配を感じるからな……。あっ、あそこにいるのは」
 ミニング達はサボテン人に気づくと、走り寄った。デュラスはその姿を見て笑いかけた。
「なんだ、ティークまできちまったのか。リスタにラルファ、それにデウダまで……。それとお前だ、ミニング。一体どうしたんだ? 体は平気なのか? お前にとって砂漠は絶対に相手にしたくない所だと思ったが」
 デュラスは不思議に思ってミニングを眺めた。以前見たミニングは干からびたようにぐったりとしていて、ほとんど生命を感じることができなくなる程までに衰弱していたのに。ミニングはサボテン人を見つめた。
「サボテン人達のおかげだ。彼らが私の身体を回復してくれたのだ。このような水気のない砂漠で、これほどまでに水分を摂ることができるとは私も思わなかった」
 その時にデウダが不安そうな顔で辺りを見渡していた。
「……モーロアさんがいないわ。どうしたのかしら……」
 リスタとラルファも同じことを考えていた。確かに自分達と一緒にここまで来たはずだったが、モーロアの姿はどこにも見えなかった。ミニングはすぐに見つからないと考えると、その場にいる全員に声を掛けた。
「ここであまり時間を潰しても仕方がない。私はこれからトランス達の助けにいってくるので、残りの者で怪我人の手当とモーロアの捜索をしていてくれないか?」
「それはいいわね。でも私も一緒に行くわ」
 ケルスミアはそう言うと、ミニングに近寄った。
「オイラも行く!」
 ティークはそう叫んでミニングにしがみついたが、今度は優しくミニングに離された。
「こればかりは危険だ。ここにいる魔物ならば少しは役に立てるかとも思ったが、残りの相手はマザーサンドウォームだ。私でさえも死ぬかもしれない。ティーク、お前はここでみんなの看病をしていてくれ。それも立派な仲間としての仕事だぞ」
 ティークはそういわれると渋々頷いた。そしてしばらくの相談のあと、ミニングの他にケルスミア、デュラス、デウダがトランス達の助けに行くことになった。デウダはどうしても兄が不安だったのだ。

 マザーサンドウォームはトランスの目の前で止まると、サボテン人の様子を見た。
〔彼は、ナーデルですね。サボテン人のリーダーとしていつも私達に抵抗してきた。しかしわざわざ前線に出向いてくるとは……無謀です。それでもまだ生きてはいるようですがね。……その苦しみを断って上げましょう〕
 すると、ダグルの足元から何かが飛び出してきた。誰も気がつかないうちにダグルとナーデルはするどい槍のようなもので串刺しにされていた。マザーサンドウォームの身体の一部が、地中からナーデルとダグルを突き刺したのだ。ナーデルは空中に飛ばされると、ばらばらになって四散した。ダグルは腹部に穴が開き、砂の上に落ちたときに初めて痛みを感じ、うめき声を上げた。
「くっ、くそ……」
 しかしその声も次第に小さくなっていく。トランスは走り寄ると、ダグルの傷を見た。腹部に大きな穴が開き、血がどくどくと流れ出している。すぐに道具袋から布を取り出して傷口に巻き付けたが、血は止まらず、あっという間に布を真っ赤に染め上げた。
「……」
 ダグルは苦しそうに呻き、視界もぼやけてくるのを感じた。手が宙をさまよう。トランスはその手をしっかりと掴んでダグルの名を叫び続けた。
「ダグル! 死んじゃダメだ! 回復が来るまでがんばるんだ!」
「……駄目だ、傷が深すぎる。……誰か、デウダを守って、やってくれ」
 ダグルは声を振り絞ると、ぐったりとした。トランスの手を握っていた手の力も弱くなっていく。
〔見苦しいですね、人間は。私達は死に対してもっといさぎよいものですよ〕
 トランスはマザーサンドウォームの声に振り返ると、ビルとアミュレスもやられていた。
 ビルはマザーサンドウォームの口から吐き出されたスライムのような液体によって閉じこめられている。
 アミュレスは酸の唾液の攻撃によって、マントや服が焦げボロボロになって、砂の上に倒れている。何とかしようと思った途端に、トランスは体の自由がきかなくなった。マザーサンドウォームの触手がトランスの身体を締め上げていた。圧力をかけられ、体中からきしむ音が聞こえる。とっさに空間移動で逃れたが、マザーサンドウォームはすぐに別の触手でトランスを捉えた。
〔空間移動ですか、今のは? 驚きましたね、人間がそのような技を使うとは……。私の知っているところでは魔界にしかその能力者はいないと思いましたが……〕
 マザーサンドウォームはトランスに興味を持つと、すぐに殺しはせずに触手で掴んだまま、その姿をじっと見つめた。再び空間移動で脱出を試みたが、無数にある触手から逃れることはできず、すぐに掴まってしまう。そのうちに空間移動をする気力もなくなっていった……。
 もう駄目だ、とあきらめかけていた時に、突然体が軽くなった。あっという間に砂の上に落下すると、腰を思いっきり打ってしまった。痛みをこらえて何が起きたのかを知ろうとすると、目の前にはうごめいているサンドウォームの触手が落ちていた。切り口は鋭く、気味の悪い紫の血が流れ出している。
「大丈夫か、トランス? 他のみんなはどうした?」
 目の前にはデュラスがいた。その後ろにはケルスミアとデウダがいる。それとミニングが。
「ミニングなの? どうして……」
「説明は後でな。アミュレス達はどこだ?」
 トランスはミニングに言われると、ビルとアミュレスのいる位置を指さした。すぐにデュラスとケルスミアが二人を助けに走っていった。体を起こしてもらうと、言いずらかったが、ナーデルとダグルのことを説明する。側に立っていたデウダは震えていた。
「兄さんが……」
 デウダはダグルの姿を見つけると、その場に座り込んで静かに泣き始めた。
〔また人間が増えましたね……。まさか本当に私の軍団を倒したというのですか? まあ、サボテン人達を迎え撃った戦力はリンフルとレヒフルには遠く及ばないものでしたからね。まぐれや奇跡でも起きたのでしょう〕
 デュラスは埋もれていたビルを助け出すと、改めてマザーサンドウォームを見上げた。――なんていう大きさだ。
 このサンドウォームはもう小さな山といってもよかった。相手に言葉が通じるかは疑問だったが、デュラスは目の前の小さな山に向かって叫んでいた。
「おい、マザーサンドウォームだったな。お前の部下は全滅だぜ。あとはお前だけだ」
 ミニングは後ろを見ると、そこには二体のブレイクサンドウォームの死体が横たわっていた。アンゲルハーケン達が戦ったブレイクサンドウォームよりも一回り大きいようだった。ミニングはトランスを後ろに下がらせた。
「デュラスが回復をしてくれる。トランス、お前はビルとアミュレスと一緒にそこにいろ」
 ミニングはゆっくりとマザーサンドウォームに近づいていった。デュラスは三人を集めると、一人づつ回復魔法をかけていった。ケルスミアはミニングとは違う方からマザーサンドウォームに攻撃を仕掛けようと身構えている。マザーサンドウォームが少し動いたと思うと、ミニングは後ろに振り返り、トランス達の足下へ手を向けた。
「ウォーターガン!」
 トランス達の足元が盛り上がると、そこから触手の破片が吹き出した。マザーサンドウォームは驚いていた。
〔! あなたは人間ではない? ……マーマンですね、その技は〕
 マザーサンドウォームは今度は地上から触手をのばした。ミニングは次々に手刀で触手を切り刻んでゆく。マザーサンドウォームは始めてみるマーマンに驚いていた。砂漠に住んでいては一生会うことの無い相手だ。その技の全てが未知のものだった。
体格では完全にマザーサンドウォームが圧倒していたが、動揺しているのはマザーサンドウォームのほうだった。マーマンであるミニングの水の技に驚き、恐怖を感じていた。触手はやすやすと水のカッターによって切断されている。するとマザーサンドウォームは動きを止めて、巨大な口を開けた。
「何をするつもりだ?」
 デュラスは戦いの場から離れている場所で様子をうかがっている。マザーサンドウォームの体が鈍く光り始めた。とたんに口から光が放たれた。ミニングはマザーサンドウォームから反射的に身をかわしていた。ほんの少し前までミニングが立っていた場所には、巨大な穴が現れていた。
〔なかなか鋭いですね。一撃目をかわすとは思いませんでしたよ〕
 それは魔法だった。
 マザーサンドウォームは魔法を放っていた。アミュレスはマザーサンドウォームが詠唱も行っていないのに魔法を使うことができるのに驚いていた。次々に口から光の魔法が発射されているのだ。
「あれはどのような魔法なんだ?」
「人間と違って魔物はいろんな奴がいるからね。口で唱えなくても魔法を使えるのもいるのよ」
 ケルスミアは防御結界を張りながらマザーサンドウォームの動きに注意していた。もしあの攻撃を受けてしまったら自分達などひとたまりもないだろう。一瞬で地獄の世界へ旅立つことになってしまう。ケルスミアは悔しそうにマザーサンドウォームをにらんでいた。
「残念だけど、これはミニングに任せるしかないようね。私やデュラスじゃあ、まともに戦うことはできないわ」
 ミニングはマザーサンドウォームの光の魔法の下をくぐりぬけると、その巨大な身体に手刀を突き刺した。マザーサンドウォームは鋼鉄以上の強度を持つ皮膚にもかかわらず、マーマンの手刀が突き刺さっていることに驚いた。今までには一度もこのようなことはなかったのだ。傷自体は対したことはないが、そのことがマザーサンドウォームを動揺させていた。
〔……〕
 マザーサンドウォームはしばらく考えると、気味の悪い笑みを浮かべた。トランスはマザーサンドウォームが笑っているように見えていた。
「どうした? もうおしまいか?」
 ミニングは動かなくなってしまった相手を見上げた。しかしまだ身体は鈍く光を放っている。次の魔法を放とうとしているのだ。ミニングは注意していたが、次の魔法はミニングに対して向けられたのではなかった。
「トランス! アミュレス!」
 後ろで戦いを見つめていた仲間達が砂の山に埋もれていったのだ。マザーサンドウォームはすぐに次の魔法を放った。今度はマザーサンドウォームとミニングを囲んで巨大な砂嵐のドームが作られた。
〔もうこれであなたは逃げることができない。この中で水分を吸い取ってあげましょう!〕
 ミニングはマザーサンドウォームに飛び掛かっていった。しかしすぐに足元から砂の柱が巻き起こり、進路をふさいだ。マザーサンドウォームは笑っていた。
〔その砂の柱は相手の水分を吸い尽くします。マーマンのあなたには絶えられないことでしょう〕
 ミニングは砂の柱から離れると、両手をかざした。
「ウォーターガン!」
 すさまじい勢いの水が放たれ、マザーサンドウォームを襲う。しかしその攻撃も出現した砂の柱によって全て吸収されていた。マザーサンドウォームは今では砂の鎧をまとっていた。ミニングの攻撃を受けると、すぐに新しい砂の鎧が作られていく。マザーサンドウォームの攻撃は口から吐き出される酸の液体と、体当たりに変わっていた。魔法は砂を操ることに使われているのだ。ミニングの攻撃はことごとく砂の鎧に防がれ、次第に相手の攻撃をかわすことに精一杯になっていた。

 ケルスミア達は防御結界によって生き埋めにはならずにすんでいた。しかし砂に囲まれ外の様子を知ることができない。トランスはミニングのことが心配になってきた。いくらミニングでもあの巨大なマザーサンドウォームを相手に一人で戦いきれるのだろうか……。
「ケルスミア。何とかならないの?」
「おとなしくここにいたほうがいいかもしれないわ。私達が出ていっても、あのマザーサンドウォームの攻撃になすすべも無いでしょうし……」
 今ではデュラスの回復魔法によってアミュレス達も回復していたので、アミュレスは戦う準備をしていた。ボロボロになったマントを脱ぎ捨てている。
「ミニングだけに戦いは任せられない。サボテン人と約束をしているのだ。たとえ微力でもマザーサンドウォームと戦わなければ、ナーデルに顔向けができない」
「……仕方が無いわね。この結界から出てしまえば、もう身を守るものはないのよ」
 トランス達は頷いた。ケルスミアは結界を消すと一枚の札を頭上に放った。結界がなくなり、砂が降りかかってきたが、ケルスミアの札によって一陣の風が吹きおこり、その砂を吹き飛ばした。
「さあ、すぐに動いて! マザーサンドウォームに攻撃されるわよ!」
 ケルスミアの合図でトランス達は飛び出した。視界に飛び込んできたのはミニングとマザーサンドウォームの姿ではなかった。そこには巨大な砂の山が出現していた。そう、マザーサンドウォームを包み込むことができるほどの大きな山だ。
「何だ、これは?」
 ビルは呆気に取られていた。敵がいないばかりか、地形が変わってしまっていたからだ。
「砂漠は地形が常に変動するようなもんだが、確かにこれは異常だぜ」
 デュラスは目の前の山に注意を向けていた。トランスとケルスミアも同様だった。……あの山の中にミニングがいる。そしてマザーサンドウォームも。トランスは同じように山に注意を向けている二人の顔を見た。
「デュラスとケルスミアも気づいた? あの中でミニングが戦っているよ」
「ああ。しかしこいつはどうすりゃいいんだ? トランス、アミュレス、何とかできないか?」
 アミュレスは詠唱をすると、手をかざした。
「突風!」
 しかしアミュレスが放った風は、砂の山には効果を及ぼすことはなかった。次にトランスが続いて衝撃波をぶつけたが、砂の山を崩すことはできなかった。その様子を静かに見つめていたデウダは目をつぶって祈り始めた。
「デウダ? どうしたの?」
 ケルスミアがそうたずねたが、デウダは一心に祈りつづけていた。どこからともなく風が吹き始める。その風はデウダ達の目の前で渦巻き始め、そこから人のものではない澄んだ声が響いた。
「私は風の精霊ウェステ。私を呼んだのはあなたね?」
 声の主はデウダに語りかけていた。デウダは頷くと、精霊に話しかけた。
「そうよ。助けてほしいの。あの砂の山の中で戦いが起きていて、私達は仲間を助けたいの」
 風の精霊ウェステは一度デウダ達の周りをぐるりと回ると、砂の山に向かっていった。すると嵐のような風が巻き起こり、砂の山は見る見るうちに削られ、小さくなっていった。まもなく砂の山はなくなり、トランス達の目の前にはマザーサンドウォームとミニングの姿が入ってきた。マザーサンドウォームは今では砂を身にまとっている。ミニングは視界が開けると、トランス達の姿を見つけた。
「これは……。トランス達がやったのか?」
「デウダがやってくれたんだよ。しかし油断はできねえだろ? マザーサンドウォームはまだそこにいるしな」
 デュラスはマザーサンドウォームの動きを見ていた。
〔……あなた達が加わっても意味の無いことですよ。おとなしくこのマーマンに戦いを任せていたほうが賢明でしょうだと思いますが……〕
 マザーサンドウォームは嘲笑っていた。トランスとアミュレスは相手の言葉を理解していたが、本当に自分達の力が通用しないので、反論はできなかった。ビルは不安がっていた。
「おい、トランス。奴は何ていっているんだ?」
「僕達の力じゃマザーサンドウォームには傷をつけられないことをいっているんだよ。……でも力を合わせれば」
 ビルは頷いた。するとミニングが近くにきていた。
「大丈夫か? すまないが私の技は、やつの砂の鎧に全て吸収されてしまうんだ。あの砂の鎧だけでも何とかなれば、私が奴に傷を負わせることができる」
「よし、それくらいならやってやるぜ!」
「その後は任せるぞ、ミニング」
 ビルとアミュレス、二人の魔術師はそう答えた。すぐにビルは冷気の魔法、アミュレスは火炎の魔法を唱えた。しかしそれもマザーサンドウォームの口から吹かれた風によってかき消されてしまった。
〔おしいですね。しかしその程度では悪あがきにしかなりません〕
 マザーサンドウォームは次は口から酸の液体を放った。風の精霊がトランス達の前に風を巻き起こし、酸の液体を遮る。ケルスミアはその間にデウダの側によっていた。
「ねえデウダ。砂の精霊を呼ぶことはできないの? 風の精霊も呼べたんだし」
 デウダはケルスミアに振り返った。
「一度に二人以上の精霊は呼べないの。今は風の精霊が力を貸してくれているからそれで精一杯。……それに砂の精霊だとサンドウォームの力に真っ正面からぶつかることになるから、精霊の身も心配になってくるわ」
 ケルスミアは自分達を守ってくれている風を見ていた。
 風の精霊ウェステ。確かにマザーサンドウォームは砂を操っている。そこで砂の精霊も砂を操って戦うことになったらどうなるのだろう? 力に力で対抗をしても無駄のように思われた。なにしろ山のような相手だ。普通に戦ったのでは勝ち目はない。今は風の精霊に感謝するしかなかった。その時にアミュレスの頭に再びあの声が響いた。それは確かに頭の上の兜から聞こえてくるようだった。
〔相手のサンドウォームは魔法の力全てを砂の鎧を保つことに使っています。その魔法の力の方向を変えてやればいいでしょう。少々危険ですが、攻撃に魔法の力を使わせるのです〕
「あなたは……。兜が言葉を話しているのか?」
 アミュレスはそう問い掛けたが返事はなかった。目の前の敵、マザーサンドウォームはこちらを見つめている。砂の地が盛り上がると触手がアミュレスを襲った。バランスを崩し、その場に倒れ込む。弾みで兜が頭から離れ、砂の上に落ちた。触手がそれを捕らえると、すぐに兜を弾き飛ばした。
〔今のは? 何か魔法の力を感じましたが。まあいいでしょう。どちらにしろあなた達に勝ち目はありませんが〕
 アミュレスは走り出すと兜を手に取ろうとした。マザーサンドウォームはアミュレスを阻止して触手を首に巻きつけた。ミニングはすぐに手刀で触手を切り離す。アミュレスは砂の上に落ちるとマザーサンドウォームに叫んだ。
「お前のその程度の攻撃など我々には効かないぞ! 魔法でも使わない限り我々を倒すことはできない!」
 マザーサンドウォームは人間の言葉に怒りを感じたのか、触手で次々に攻撃を繰り返す。すぐにビル、トランスは捕らえられてしまった。ケルスミアとデュラスは何とか攻撃をかわし、デウダは精霊ウェステに身を守ってもらっていた。アミュレスはかまいたちの魔法でビルとトランスを捕らえていた触手を切り離す。自分の体に近づいてきた触手も炎で焼き尽くした。アミュレスは考えていた。本体には攻撃は通用しないが、少なくとも触手には効果があると。
 触手、酸の液体での攻撃はしばらく続いたが、傷つきながらも何とか致命傷は免れていた。砂の鎧をまとったマザーサンドウォームは体当たりなどの攻撃はできない。マザーサンドウォームは次第に集中力が途切れてきているようだった。アミュレスは隙を見つけては、砂の上の兜を取ろうとしていたがその度にマザーサンドウォームに阻止されていた。
〔そんなにこの兜が大事なのですか? 先ほどからしつこいですね……〕
 それでも兜を取り戻そうとするアミュレスに、ついにマザーサンドウォームは魔法を放った。巨大な口から炎の渦が放たれる。砂の鎧は崩れ落ちていた。精霊ウェステはとっさにアミュレスを風の壁で守ったが、炎の魔法を完全に防ぐことはできなかった。
 炎に包まれ、転げ回る。トランスが助け出そうとすると、アミュレスはそれを止めた。
「私は大丈夫だ。マザーサンドウォームに魔法を使わせ続けるんだ」
「でも……」
 トランスは言いかけたが、アミュレスの目を見ると、振りかえってマザーサンドウォームに攻撃をした。ビル、ケルスミアもそれに続いた。トランスの衝撃波、ビルの魔法、ケルスミアの破魔の札も、マザーサンドウォームには通用しない。すべての攻撃を飲み込んで、炎が三人を襲う。アミュレスに続いてトランス達も炎に包まれた。デウダは風の精霊に祈りをささげ続けている。ウェステは風を起こして砂を舞いあがらせた。マザーサンドウォームの視界が遮られる。
〔あとはマーマンですね。どこにいるのですか? 目くらましなどをしても無駄ですよ〕
 ミニングはすでに技を放っていた。水の固まりがマザーサンドウォームの腹部に命中すると、すぐに爆発を起こす。紫色の血が吹き出し、巨体がよろめいた。砂の鎧をまとい始めると、ミニングは次の攻撃を仕掛けていた。
「ピアッシングウェイブ!」
 一撃目で傷を受けていた腹部に命中させると、マザーサンドウォームはその巨体を砂漠に横たえた。ミニングはゆっくりと相手に近づいていった。マザーサンドウォームはすでに立ち上がることはできなかった。トランス達に魔法攻撃をするために一時的に砂の鎧を消していたマザーサンドウォームは、その隙にマーマンに攻撃を受けるとは思ってもいなかったのだ。
〔……さあ、止めを刺しなさい。ほっておいても私に助かる術はありませんがね……〕
 ミニングはトランス達を振り返った。デュラスが火を消して、回復魔法をかけている。みんな無事なようだ。ほっとすると、命がつきかけているマザーサンドウォームを見た。
「では止めは刺さなくてもいいだろう。……これでこの砂漠も争いがなくなるだろう」
〔……そうなるといいですね。しかし人間やサボテン人達と戦いをしていた我々だけが敵だとは思わないことです……。確かにこの砂漠は争いがなくなるかもしれません。しかしあなた方、ブラドの森から来た者は敵が多いようですね。最近は何人かの魔族を見かけましたよ……〕
「魔族だと? それは誰なんだ?」
〔……〕
 マザーサンドウォームはそれっきり何も答えなくなった。傷口から流れ落ちる紫色の血だけが、かすかに生きていることを伝えている。気がつくとミニングの横にはトランス達が近寄ってきていた。
「ミニング、倒したのか?」
 ビルは用心深くマザーサンドウォームを睨んでいる。
「ああ。まだ生きているが、助からないだろう」
 トランスが近づくとマザーサンドウォームは微かに体を動かした。しかしそれ以上何をするというわけでもなく、すぐに動かなくなった。その時に他の者には聞こえなかったがトランスの頭にはマザーサンドウォームの声が響いていた。
〔あなた達の中の誰か、を魔族は狙っていますよ……〕
 アミュレスは下を向いているトランスに声をかけた。
「どうした? 私には聞こえなかったが、マザーサンドウォームは何か言ったのか?」
「えっ? ……なんでもないよ」
 トランスは黙っていた。アミュレスには聞こえていなかった。マザーサンドウォームはトランスだけにテレパシーで言葉を送っていたのだ。トランスはアミュレスには言わずに一人で考えていた。……ディジウィス長老に占ってもらった時はトランスが不幸をもたらすと言われた。そして今、マザーサンドウォームがトランス達の中に魔族を引き付けている者がいるという。ブラド監獄を脱獄した者を追いかけているのだけではなさそうだ。しかし今は裏で何が動いているのかを知る術はない。
「さあ、戻ろうぜ。サボテン人やオアシスの村の人達が待っているしな」
 ビルはトランスの肩を叩いた。
 ビルは明るく振る舞っていたが、心の中は沈んでいる。ダグルとナーデルの命が失われてしまっていたから。しかしそのことでいつまでも悩んでいてはいけないと自分を奮い立たせていた。深く考え込みやすい友人トランスと一緒に考え込んでしまうのは良くないだろう。デュラスはダグルの遺体を、ミニングは原形をとどめていないナーデルの体を抱えて、仲間達の元へと歩き出した。

 ニール砂漠に静かな平和が訪れようとしていた。
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