ふぇらいとじしゃくの歴史


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ふぇらいとじしゃくの歴史(―れきし)では、ふぇらいとじしゃく、およびその住人達が辿ってきた歴史を紹介する。

+ 目次

2006年

1~4月―道徳意識の低下

2006年4月、TBタウンは無秩序な状態で2周年を迎える。雑談チャット誕生後に自然と形成されて、以来長きに亘りいわば「不文律・仕来り」のように存在していた「背徳的なもの(下ネタ・萌え系・エロ・グロ等)を排斥する」雰囲気が、時間が経つに連れてなくなりかけていたのである。2005年に2度ネットマナー向上週間を実施してマナー・規則の周知徹底を図るも、目に見えた効果は上がらず、ただパスワードを入力する手間が増えただけだった。とりわけ、大晦日に度を越えた乱痴気騒ぎを行った影響で、その傾向はいよいよ顕著になってきていた。あまりに規則が守られないので、管理者であるTB氏が疲れ果てて一時行方を晦ましたことで騒ぎになったこともあった。

5月―ふぇらいとじしゃく誕生

5月4日、正式にTBタウンが閉鎖されブログ「ふぇらいとじしゃく」が誕生し、この際に管理者のハンドルネームも「TB」から「爆裂ちくわ」へと変更された。閉鎖の原因は「TBタウンが内輪に知れ渡ってしまい、内輪のメンバーがサイトに来るかもしれないから」という説が有力である。

5月になると、第1回「OFF会」の計画が持ち上がる。
常連同士の距離が一番短くなるコミュニケーション形態が「声(ボイスチャット)」だった当時、「実際に会って」何かを行うというOFF会は、常連同士の距離がボイスチャット以上に縮まる画期的なイベントとして一部の常連に高く評価された。
また、負の側面として顔写真や住所、電話番号などの個人情報は漏洩し放題になった。また、誘い方が半ば強引であったり、参加者(勧誘された人間も含む)に対し個人情報開示や顔写真を要求したり、辞退しようとした人間(ひーちゃん氏など)に徹底的に圧力を掛けて強制参加させようとした等、当時のOFF会には強硬な部分が少なからず存在した。

6月―「涼宮ハルヒ」……「萌え系文化」の流入、古参の反発

5月半ば、「涼宮ハルヒの憂鬱」が持ち込まれる。
発端は同小説のアニメ版のエンディング曲「ハレ晴レユカイ」で、同曲やその歌詞の電波性、青年が歌って踊る同曲PVの内容が一部の人間に好評だったため、(「萌え系・エロ・グロ等、背徳的なものを排斥する」ことが普通であった当時に)「少女漫画」という括りであるにも関わらず雑談チャット内の受けは良く、「ハレ晴レユカイ」と「涼宮ハルヒの憂鬱」は常連達の間にすぐに浸透していった。
もちろん、これを「少女漫画の流行=秩序の崩壊」と見て反抗する常連もいたが、ほとんどその事は気にされず、あっという間に少数派に成り下がった。
6月27日には一時間半に亘り話題を展開してチャットを掌握、「ハルヒ話題が完全にチャットを制圧する」事態になる。

7月―古参が蜂起、議論……「萌え系」甘受

6月27日の一件は雑談チャットの面々に再考の余地を与え、「この新しい文化を受容するか、排斥するか」によって住民は
「賛成派は萌え耐性がない人間にも萌え要素を含んだアニメ・漫画などを押し付け、嵌ることを強要している」
と、新しい文化を受け入れない意思を示した爆裂ちくわ氏・氏・ひーちゃん氏などの反対派と、
「この時代に『背徳的』という理由から萌え文化を排斥するのは閉鎖的である。もっとオープンになるべき」
と、新しい文化を広く受け入れるべきとした豆乳氏・RT氏・てるてる少佐氏などの賛成派に割れる。
Hasamiぎろちん氏はただ単に賛成派の面々(豆乳氏など)が嫌いであったため反対派についた。

7月5日と同月15日には雰囲気に耐えかねて反対派が結束、15日にはHasamiぎろちん氏を使ってチャットを襲撃(但し実際にはチャットから撤退してカンファレンスに避難しただけであり、Hasamiぎろちん氏は自律してライ氏を攻撃していた)するという事態が発生した。流石に管理者・賛成派もこのままではいられなくなったのか、一旦萌え要素を含む話題を控えるようになり、その後、賛成派・反対派両陣営による主張や議論がたびたび行われ、結果として「萌え系文化」を受け入れるという方針になった。

ちなみに「手篭め」という言葉がふぇらいとじしゃくに伝えられたのもこの頃である。

8~9月―個人情報漏洩の問題

2006年8月~、OFF会が2回、3回と行われるようになると、個人情報の重要性が稀薄になってきた。
そのため、意図しないところからも住所や本名漏れが度々起こるようになったり、それを集めた個人情報採集業者まがいが出現し始める。
それだけ「OFF会」の開始はふぇら磁に多大な影響を及ぼすことになるが、
「もう今更何を」ということでこの問題は放置されることになった。

11月―「ゆきライ」勃興、現実味を帯びた「手篭め」でより一層加速?

2006年11月2日、てるてる少佐氏とゆきんこ氏が交際を開始したことを発表。
前々から噂が飛び交っていた2人だけに雑談チャットは沸き立って彼らを祝福した。
また、てるてる少佐当人が変態性癖を持っているのとゆきんこ手篭めの件もあって、
同時に彼(彼女)をネタにした文化が興る。本人達には悪いがチャットの推進にはかなり貢献したと言えよう。

  • 晒し攻撃、不測の2ちゃんねらー来訪(と迎撃)
11月下旬、ふぇらいとじしゃくが2ちゃんねるのさまざまなスレッドで晒されているのが発見された。
「誰の仕業か?」と住人が模索していたところへ、「アドレスを踏んできたスレ住人が本当に来る」という予想外の事態が発生。
突然の来訪とその発言内容に住人達は戦慄き怯え、四時間余ついに諦めて帰っていった。
この時から外部に対する警戒が一層強くなったと言われる。晒し行為の真犯人は未だ不明(TM(未)貧弱という説が根強い)。

12月―大晦日徹夜チャット会

「ゆきライ」ネタの勢いは止まることを知らず、むしろクリスマスなどを経て加速していった。
住民の興味はこの一点に集中し盛り上がりは最高潮。

交際の裏話暴露を目玉に据えた大晦日徹夜チャット会は、藁金の効果もあり、
5人が目標時刻6:50まで一睡もせずに耐え切るという大記録を出して徹夜チャット会は幕を閉じた。

2007年

1~3月―大いなるブランク

大晦日が終了すると一転して今度はネタの枯渇が問題になり始める。
「ゆきライ」エネルギーは大晦日に暴露本となり恋話となり……で発散し尽くされた上、交際が不調であるとの報が飛び込んだため、
この2ヶ月間ほぼ手篭めネタだけを推進力にしていた雑談チャットの勢いは急落。
バレンタインの顛末は本人側の要請によって封印されてしまった。
ついには交際そのものが実地踏査の数日前に終わってしまいもはや再起不能となった。
(数日前に終わったという事実が住民に遍く知れ渡ったのは実地踏査後のことである)

時期を同じくしてニコニコ動画が広まる。
一時期「魔理沙は大変な~」はそっち系に属するのか、という議論が起こった。

そして次第に、雑茶で誰も喋らない日が多くなっていく。いわゆる「過疎」「停滞」の始まりである。

5~6月―暗中模索

5月21日、この状況を打破するための会議が20時より行われた。
大々的な宣伝もあって数々の案が出されることになったが、その後その案を使った例がまったくないのが現状である。

OFF会模索においては、まずOFF会の定義を一から見直すなどの革新派が現れ始めている。
場所は考えれば一応確保でき、参加者は確保しているため、現在は「OFF会における目的の必要性」が焦点となっているようだ。

「とりあえず何か行動を」の指針を基に、19時~21時の2時間だけ雑茶を使えるようにするという施錠政策が始まる。
初めこそ事態の衝撃で話題が自然生成されたものの、1週間も経つと常連もそれに適応するようになり、話題も大して生成されなくなった。時間ずらしや1日抜き(逆に避難所が作られた)も試されたが大した薬にはならず、さらに過疎を進める結果となったため、6月25日に中止された。

2007年後半の動き

第7回OFF会が歴史的な紆余曲折を経てついにプールで無事に行われた。

古参Takuya氏の再訪
8月4日、TBタウン時代の古参であるTakuya氏が何年か振りに雑談チャットに帰ってくる。そこでTakuya氏は今ネット芸人として活躍中だということが明かされるのだが、彼のネット芸人としての実績についてひーちゃんが取り上げたところ見事に彼のプライドに引火。突如ログを空白で流し始め、一頻りひー氏を罵った後、今度はふぇら磁に対して彼の考えられる最大限の誹謗中傷をぶつけ、最後にはTakuya氏の通い詰めているとされるサイト『ルイージのひみつきち』のチャットに籠城、どういうわけかふぇら磁と『ルイージのひみつきち』――2つのサイトを巻き込む騒動になった。話に片をつけるため、爆裂ちくわ氏を始めとする一団がTakuya氏の本拠地『ルイージのひみつきち』のチャットに乗り込むが、騒動自体が意味を失ったのと向こうの管理者アルテマ7/523氏の穏便な対処によって事態は沈静化した。ちなみにこの騒動で偶然関わったアルテマ7/523氏はこの事件が終わった後もたまに雑談チャットを訪れてくれているようだ。

 Change the world
(あ)とは、8月中旬頃からふぇらいとじしゃくに現れ始めた困ったさんである。真性のゲイでいじめられ歴、自殺未遂歴を有す。革命的な思想を持ち、あらゆる世俗的な文化を否定し(流行語大賞や言葉の短縮、とりわけ『ちょいわる』が大嫌い)、それらが罷り通る世の中を「変えてやる」と宣言する。ただ性格的にあまりにも他のふぇらいとじしゃく住人と合わなかった(会話がです/ます調、大声/叫びの多用等)り、議論(?)中でも相手の話は聞かず自論だけを勝手に進めたり、ふぇら磁やふぇら磁界隈のブログに長文or断続的or返答に困りそうなコメントを長期に亘って投稿したりしたため、ふぇら磁住人からの印象は頗る悪い。普段温厚なピンキー氏が「前述のようなコメント」を頻繁にブログに投稿され、珍しく憤激した話は有名である。また、恐らくふぇらいとじしゃくで一番筋肉質で、腹筋大会を行ったところ堂々の一位となった。そのせいか、彼が話すことは、革命運動や自分の過去についてを除くとほとんど筋肉トレーニング(自称修行)の話ばかりで、これもまた住人の反感・不評を買っていた。
……以上の理由でふぇら磁住人の壮絶な反抗に遭った彼は、9月24日に「しばらく来ません」と発言してふぇら磁を去った。……はずが、翌25日に何故か再び雑茶に入室、「WBCで活躍して、トルコに行って、本出して、ニート募金して、男同士で暮らすには、努力が必然なのですよ(以下「!」15個)」の逃げ口上を残し消息を絶った。以降彼の姿を見ることはなくなったが、(悪い意味で)強烈なインパクトを持つため今でもたまに話のネタにされることがある。(のページも参照)

2008年


1月~夏―我々はどこへ行こうというのか?

例年通り4回目の大晦日チャット会(徹夜としては2回目)が行われたが、去年より自然に盛り上がれる燃料が少なく、参加者の士気も低いので、プログラムを隙間無く埋めて人為的に盛り上がりを制御する羽目になった(結局年が明けた後はかなりグダグダになったが)。

2008年になっても、依然としてやることがないままなのは相変わらずである。
今年に入っていくつか流行った物はあった。以下に一例を挙げる。

箱庭諸島S.E
ひーちゃんが改造試験の名目で設置・開催した。最盛期は登録上限の20島に迫る勢いだったが、多忙や飽きを理由に一人抜け二人抜けて15島程度になり、さらに平和系の箱庭諸島につきものの「ゲームのマンネリ化」が発生、記念碑画像を募集したり奇襲要素を盛り込んだり、インベーダー(末期には複数)を投下したり等試行錯誤したものの3ヶ月でゲーム終了。
クロスファイア
韓国産のFPS。この手のゲームが未だ流行っていなかったふぇらいとじしゃく内において人気を博した。時期が経つとブームは次第に狭く深くなっていき、ある程度参加するメンバーが固定され、各々の練度も上達してくると、ふぇらいとじしゃく住民で構成されるチーム(クランと呼ばれる)を結成して見も知らぬ他クランとチーム戦を行ったり、 クロスファイア関連のブログを開設して武器やマップ等の研究をするなど、ふぇらいとじしゃくの域を飛び出して幅広い場所で活動をしているようだ。
現在ではブログも更新終了し、湯けむり氏を頭に数人がしているだけにとどまっている。(たまに昔のメンバーが集まった際に思い出し程度にやることはある)

冬を過ぎ春を過ぎ、夏になると入退室文が雑談チャットの多くを占める日が出てくるようになる。
果たして我々はどこへ行こうというのか?展望はまだ見えない。漂流の旅が続く……

暗黒時代

チャットは荒廃し何があったのかの記録が無い。
よって何も記すことが出来ない。


実際、雑談チャットのログはほとんど入退室文だけという酷い有様だった。回転率も2~3日で1回転(50行)はザラ。

晩秋―文明開化?

ここに来て住人たちの新天地としてすかいぷの開拓が始まった。会議通話を使用しての脱出ゲーム攻略、カラオケ会などがなされる。
と同時期にciv、人狼などのオンラインゲームが流行し始めるなど一見話題があふれてきたように思われるが、
結局のところ話題は一部の人間によるもので特に代わり映えがしない。

Civilization (civ)
文明をモチーフとしたターン制のシミュレーションゲーム。ふぇらいとじしゃくでは Sid Meier's Civilization IV (及び拡張版 Beyond the Sword 、通称bts)を指す。単体で8000円、btsと併せて14000円とそれなりに値が張るため、新規参入が難しいのが短所。現在のプレイヤーは雲霞氏とてるてる氏のみと思われる。

汝は人狼なりや? (人狼)
元はイタリアのゲームメーカーから発売されたテーブルゲーム。ふぇら磁では専ら元ゲームをWeb上に移植したオンラインゲームがプレイされる。プレイヤーは村人チームと人狼チームにそれぞれ分かれ、互いに欺き合って各チームの勝利条件達成を目指す。基本的に大人数(内輪プレーでも5~8人、野良の大人数なゲームでは十数人)で行われるゲームである。基本ルールが単純である(役職はやや解り難いが)ため、ゲーム初心者でも参加しやすい特徴がある。ただ「騙し合い」のゲームである上、ゲームで当てられる配役は完全ランダム(汚れ役が連続することも間々ある)のため、中には機嫌を損ねる人もいる。

12月頃―東方色に染まるすかいぷ

2008年12月20日、てるてる中佐氏が雲霞氏に薦めたことによって改造ポケモン「東方人形劇」が流行り始める。

東方人形劇 (人形劇)
かの有名な同人作品「東方Project」の二次創作で、正体は東方仕様に改造されたポケットモンスターファイアレッドである。ゲームの難易度やシステム部分(タイプの相性など)にも改変が加えられていて、或るプレイヤー曰く「既存のポケモンよりシビア」とのこと。元がポケモンだということもあってか、12月31日現在てるてる中佐氏・めるくり氏を中心に多くの人がプレイしている模様だ。因みにこのゲーム専用のSkypeチャットが存在するという噂も……

東方Project
↑の本家本元である同人弾幕系シューティングゲーム。その外見が従来の「弾幕シューティングゲーム」と比較してあまりにも特異的(アレ)なので、しばしばキャラゲーやエロゲー扱いされることがある。もともとIOSYS効果で2007年初頭には既にその名を知られていたが、2008年に入って昔の涼宮ハルヒ伝来を彷彿とさせるスピードで所有者が次々と現れた。Skype内でも東方関係の話題が頻繁に飛び交っている。12月末頃、雲霞氏も東方永夜抄を始めたらしい。

2008年大晦日では、一時的にskypeを離れ雑談チャットを利用してのチャット会が行われた。(参加者のほとんどが旧HNに戻して参加した。)
しかし、カウントダウンが終わり深夜枠に入ると次第にSkypeへと移動し、会議通話をしながら朝を迎えることとなった。

2009年


1月頃―

Windowsメディアエンコーダを利用したストリーミング配信による、様々なゲームのリアルタイム配信が流行。
代わりに会議通話の利用が少なくなり、会議チャットの利用がメインとなった。

2月頃―「変態」から「天才」へ・新参来る

2009年に入って以来、堰を切ったかのように住人のアレ度が急激に上昇した。
それに伴い、もはや変態という表現も時代遅れのものとなった(天才)。

以下に参考資料を示す。
雲霞: ほじょさんのちんこが
雲霞: みたーい
雲霞: みたーい
雲霞: みたーい
噂では、一般チャットとは別に「天才チャット」なる専用会議チャットも存在するとか……おお、こわいこわい

また、雑談チャットに新たな常連が加わった。ユウナ氏である。
このことが新鮮味を渇望していた住人に革命的な活力を与えた(ユウナ・レボリューション)。
彼女は外界の人間分が強いため現在、住人達が鋭意教育中である。

3月頃―

東方緋想天
東方project第10.5弾。ジャンルは格闘ゲーム。
何故か突如として流行りはじめ、様々な人が交戦しあうための、チャットも作られた。中には戦績表を作って配る人まで現れる次第。
格闘ゲームという実力要素の高いゲームのためか、或いはキーボードでプレイすることの限界を感じたためか、起動することをやめてしまった人は多いが、dic氏、ヒコタソ(未)氏、こんすけ氏などは日々奮闘中である。

4月頃~―麻雀ブーム

4月―それは新しいアニメの季節である。
小林立の麻雀漫画作品、『咲-Saki-』のアニメ化が原因か、はたまた脱衣麻雀が原因か、
(おもに、ハンゲームの「麻雀3」による)麻雀ブームはskype住民を終わらない連荘の世界へと誘った。

現在は、サービスが雀龍門→じゃんなび→天鳳などと移り変わってはいるものの、2010年初の現在まで見事に持ち続けている長寿なブームである。

7月―雑談チャット消滅

7月9日、長らく住人間の交流の場であった雑談チャットが、CGIBOYのサービス終了に伴い消滅。
しかしすでにすかいぷへと移住を完了していた住人たちには特に影響を与えなかったようだ。

12月末―おおみそかちゃっとうんたら

ついに丸々1年をすかいぷメインで活動した2009年が幕を閉じた。
(「すかいぷ住人=ふぇらいと住人」となった現状をして「ふぇらいぷ」等と呼ぶ向きもある)
もはや毎日がチャット会であるため、大晦日チャット会は普段のチャットとほとんど区別がつかない有様である。

生きた化石である月夜のレストラン(TBタウンの)雑談掲示板のログが発掘されたが、
考察の対象はふぇら磁住人の昔の姿ではなくエロサイトの宣伝書き込みの内容だったようだ。
さらに天才チャットのログが暴露された。天才は健在だな……

関連項目