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アポロガイス子・最終決戦前B」(2006/08/17 (木) 17:53:13) の最新版変更点

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 燃え上がる。  轟々と音を立て、崩れ落ちていく。  徐々に徐々に、だが確実に、朱色に浸食されていく。 「…………」  またか、と呟くように軌跡を描いた少女の唇。だが、それに声が込められることはない。  灼熱の咆哮が、絶え間ない地響きが、終局の音色を奏で続ける。  まるで断末魔だ――そんなことを思いながら、彼女はあらぬ方向を見る。  焦点は定まっておらず、視界を通した情報は認識まで至らない。  施設の崩壊を感じながら、彼女は一人、思考の渦へと没入する。  ――――何を間違えたのだろう。  こうならないために。  こんなことを繰り返さないために、私は決意したのではなかったのか。  多くの部下を失い。  信頼を失い。  組織を失い。  今また、大切な人を失おうとしている―――― 「アポロガイス子!」  その名を呼ぶ声に、少女は現実へと舞い戻る。  瓦礫を踏み越え、道無き道を踏破した戦士が、そこにはいた。 「アンタの命運もここまでよ! 観念しなさい!」  現れた姿は、マスクこそしていないものの、紛うこと無き戦士の物だ。  装甲に包まれた、機械的なフォルム。端々には傷や焦げ跡が見て取れる。  少女が何度も眼にし、相対してきた、憎むべき敵。 「……レッド、いや、緋色赤菜」  少女――アポロガイス子は、その名を憎々しげに口にする。  幾度となく殺意を抱いた障害。  だが今、抱いている感情は、別。  それまでとは異なっていながら、それを遥かに上回る、純粋な殺意だった。 「この研究所はもうすぐ崩れる。万に一つも、あんたらに勝ち目は無いわ。  早く武器を捨てて投降しなさい。そうすれば命くらいは――――」 「奪うのか」  少女が言葉を遮る。 「またしても、奪うというのか、貴様らは」  呪うように呟かれた言葉は、その憎しみを伴い、赤菜の耳朶を打つ。 「一度ならず、二度までも」  一歩、また一歩。  少女は、炎の裂け目を歩み渡る。 「組織を奪い、私の居場所を奪い」  紡がれる言葉に揺らぎは無い。  だがそれは、純粋さによるモノではなく。  怒りと絶望によって形作られているように、赤菜は感じた。 「そして、今また、私の全てを――――」  少女が立ち止まる。  真っ直ぐに、刺し貫かんばかりの視線で、赤菜を見やる。  見開かれた双眸は、心の亀裂を表すかのように血走っている。 「庄家栄一を、奪うというのか」  発せられた声に起伏は無い。  淡々と、事実だけを述べているかのような声色。  そうであるが故に、赤菜はその裏に有る感情を想わずにはいられなかった。  沈黙が場を支配する。  炎が弾ける音は、だが静寂を乱すモノではない。  それこそが無音の証であるかのように、ゆらゆらと揺らいでいる。  直線的な視線が、空で鬩ぎ合う。  両者とも、一歩も引かない。  逸らさない。  それが、一つの闘いであるかのように。 「……何を言い出すかと思えば」  均衡を破ったのは、赤菜だった。 「奪われる、とか言っておいて、結局は栄一くんの話?」  鼻で笑うかのような口調。  ちぐはぐさの残るそれは、作られた物であるかのように、噛み合っていない。 「何それ。結局、妬んでるだけじゃない」  だがそれも一時の話だ。  言葉を追う度、彼女の態度は真実味を帯びていく。 「栄一くんはアンタの物じゃない。  彼には彼の気持ちがある。彼は、彼の意思で、わたしを選んだのよ」  放たれる声に感情が込められる。  怒りにも、苛立ちにも似た熱気が、彼女の声を押し上げる。 「わたしは栄一くんを奪ったわけじゃない。アンタのそれは、ただの逆恨み」  心の昂ぶりが、言葉の先へと疾走る。  衝動の並が、取り囲む炎のように、彼女を熱く燃え上がらせる。 「栄一くんはわたしのものよ。絶対、アンタなんかに渡さない」  心象が音を纏い、放たれる。  堂々とした佇まいに、気後れは感じられない。  正面から向き合うその姿勢には、自信と誇りが見て取れる。  ヒーローとしてではない。  緋色赤菜としての感情の吐露が、今の彼女の全てを形作っていた。  数瞬の後。  そうか、と一言呟き、ガイス子は静かに眼を瞑った。  赤菜の言葉を噛み締めるように、その動きを止める。  両者の立ち位置は揺るがない。  時が止まっているような空間において、炎だけがその輝きを一層強めている。 「やっとわかったよ、緋色赤菜」  動きを止めたまま、少女は呟く。  静かに開かれたその眼に迷いは無い。  僅かに固さの抜けた表情は、何かを吹っ切ったようにも見える。 「貴様は、悪だ」  その言葉と共に、時の流れが息を吹き返した。  身に付けた外套を大きく翻し、少女は赤菜へと歩み寄る。 「栄一は私の所有物ではない、そう言ったな」  間合いが狭まっていく。  先刻よりも力強く、少女は足下を踏みしめる。 「その通りだ。床家栄一は、私の所有物でも何でもない」  迎え撃つ赤菜は、動かない。  ただ静かに、少女の言葉に耳を傾けている。 「私の物でない以上、それは奪ったことにはならない。成る程、確かにそうかもしれん」  少女は更に歩を進める。 「しかし、こうして私は失っている。残った唯一の拠り所を、失っている」  間が無くなっていくにつれ、赤菜は少女の姿を確かな像としていく。 「奪うのは罪になっても、失わせることは罪にはならないのか?」  少女は虚ろげな瞳を、赤菜へと向ける。  視線は曖昧なようで、確実に赤菜の姿を捉えている。 「何を勝手なことを……!」  自然と、赤菜の口から言葉が出る。  意識していたわけではない。  ただ、その衝動が、考えるよりも早く彼女の口を突いて出た。 「そんなの、ただの我侭じゃない!  相手のことを何も考えてない。ただ、自分の都合しか考えてない!  アンタは、ちゃんと考えた事があるの? 頼る相手のことを……栄一くんのことを!」  捲くし立てるように、少女へ告げる。  肩を震わせ、顔を紅く染めているその姿に、ヒーローの面影は無い。 「自分勝手で何故いけない」  少女は言を以って、赤菜の糾弾をいなす。 「栄一のことを考えているか?  当たり前だろう。ヤツのことはいつでも考えていたさ。少なくとも貴様以上にはな」  歩みが止まることはない。  会話が成されると同時に、両者の間合いはより小さくなっていく。 「だが、そんな腐れた思いやりだけではどうにもならない者もいる。  己の内には何も無い。外にある何かにすがるしかない。  正義のヒーローなどと言われ、社会から存在価値を与えられた貴様らにはわかるまい」  少女の声に、力が込められていく。  瞳からは、既に空虚さは感じられない。  纏っていた平坦さは薄れ、感情が姿を現していく。 「だからって、他人に迷惑をかけてもいいっていうの?  自分さえ良ければいい、他の人なんてどうなったって知ったこっちゃない!  そんなだから、そんなだから……!」  赤菜は叫ぶように感情を爆発させる。  情動が、炎よりも高く燃え上がる。  強く握られた手は汗ばみ、僅かに爪の痕が残っている。 「貴様は考えた事があるのか? 人々に、"悪"と呼ばれる者達のことを」  少女は想う。  皆の拠り所にされた、幼き姿を。  悪として生きることを運命付けてしまった、己の過ちを。 「"悪"になる以外に、道がなかった者のことを」  そう言って、少女は立ち止まった。  両者の間合いは五メートルといったところか。  互いに一足で一撃を浴びせられる位置にまで、近付いている。 「貴様らのやっていることは、ただの排斥だ。  善を助け、正義に味方するわけではない。  ただ力を以って、"悪"を潰す」  視線が交わり、衝突が激化する。  先刻の、牽制じみたものとは違う。  気持ちが、感情が、怒涛の如くぶつけられている。 「悪に敵対する者はいるだろう。  だが正義に味方する者は、世界のどこにもいない」  少女は言葉を続ける。  声は荒げてはいないが、その実、怒気を帯びているかのように張り詰めている。 「貴様らの掲げる正義は、ただ社会に同調できる人間のエゴに過ぎん。  他の者など、正義でない者など、どうなろうと知ったことではない。  ……そんなだから、生まれ続けるのだ。我々のような者達が、な」  自嘲じみた表情を浮かべ、少女は僅かに俯く。 「だからって……だからって、見逃せって言うの?  そんな屁理屈を並べたところで、結局アンタらのやってることは、犯罪で、他の人を不幸にしてる。  わたしは、誰かが不幸になるのを、黙って見てるなんてできない……!」  赤菜の苦悩が発露する。  ――――わかってる。  誰かを救う一方で、そのために誰かが救えないなんて、とっくにわかってる。  でも、できない。  放っておくことはできないし、全てを救うやり方なんて見つからない。  だから、わたしは今の在り方を貫くことしかできない―――― 「そうだな」  少女は笑みを浮かべるように、口端を歪ませる。 「きっと、それが正しい」  今までにない、諦めにも似た温和さをを浮かべ、少女は呟く。 「どんな言葉を並べたところで、我々が悪であることに変わりは無い」  だが、それも一瞬のことだ。  少女は赤菜へと向き直り、鋭角的な視線を送る。 「だがな。貴様らの正義も、また悪だ。そのことを忘れるな」  少女は再び、その時を止める。  言い残したことは無い、とでも言いたげに。  続く言葉は無い。  勢いを増す炎が、全身を震わせる地鳴りが、二人の静けさを際立たせている。  沈黙。  まるでそれを以って意思の疎通をしているかのように、二人は錯覚する。  だが、永遠には続かない。  終止符を打たんと、赤菜は重い唇を開いた。 「……あんたの意見に同調する気はないけど」  一瞬の躊躇い。  脳裏をよぎったのは、栄一が、少女を慕う姿。  だが、それを吹っ切って、赤菜は真っ直ぐに少女へと意識を向ける。 「いいわ。今のわたしは悪でいい。  正義に味方できてなくてもいい。  ただ、アンタは許せない。  多くの人を苦しめたアンタを、わたしは見逃せない」  それが、少女に対する答えだと。  赤菜は、きっぱりと言い放つ。 「だから、ここで、アンタを討つ」  そう言って、赤菜は構えを取る。  やがて、頭部を包み込むように、装甲が生まれ、装着された。 「……そうか」  一言呟き、少女は仮面を取り出す。 「それもいい。悪に倒されるというのも、また一興だ」  静かに、だが流麗さを残して、仮面をつける。  瞬間、光が爆ぜた。  少女の体内を信号が駆けずり回る。  起動した体内の特殊機構は、一瞬にして体表面を書き換えていく。  足が、胴が、腕が、人間のそれから形質を変えていく。  無機質な、人間らしさを排した容貌。  全身を這いずる電流は、変化を遂げた体に生命を与える物にも見える。  光が霧散していく。  視界が戻り、空間に陣取っていたのは、少女ではなく。  仮面を被り、全身を機械に包んだ、一人の戦士だった。 「だが、ただでは終わらん。  最後に、貴様の死を組織への手向けとしよう」  そう言って、戦士は構えを取る。  小さな体躯には似つかわしくない、巨大な盾を、赤菜へと向ける。  少女ではなく、戦士としての自分が、今の自分こそが真の姿であると語るように。  間が生まれる。  対峙した二人は、すぐには動かない。  沈黙し、敵の姿をその眼に焼き付けている。  均衡は続く。  互いを窺うと同時に、周辺に意識を向ける。  崩壊を続ける世界の中に、何かを見出すかのように。  ごう、と炎が叫ぶ。  落盤のような、岩の砕ける音が鼓膜を震わせ――――  それが、合図となった。 「征くぞ、アポロガイス子ォォォッ!」 「来い、緋色赤菜! 貴様は一肢たりとも満足には残さん!」  飛び込む両者。  間合いを一気に駆け、激突する。  最後の闘いが、始まりを告げた。
作:1 ◆IDXsB1A/aY  燃え上がる。  轟々と音を立て、崩れ落ちていく。  徐々に徐々に、だが確実に、朱色に浸食されていく。 「…………」  またか、と呟くように軌跡を描いた少女の唇。だが、それに声が込められることはない。  灼熱の咆哮が、絶え間ない地響きが、終局の音色を奏で続ける。  まるで断末魔だ――そんなことを思いながら、彼女はあらぬ方向を見る。  焦点は定まっておらず、視界を通した情報は認識まで至らない。  施設の崩壊を感じながら、彼女は一人、思考の渦へと没入する。  ――――何を間違えたのだろう。  こうならないために。  こんなことを繰り返さないために、私は決意したのではなかったのか。  多くの部下を失い。  信頼を失い。  組織を失い。  今また、大切な人を失おうとしている―――― 「アポロガイス子!」  その名を呼ぶ声に、少女は現実へと舞い戻る。  瓦礫を踏み越え、道無き道を踏破した戦士が、そこにはいた。 「アンタの命運もここまでよ! 観念しなさい!」  現れた姿は、マスクこそしていないものの、紛うこと無き戦士の物だ。  装甲に包まれた、機械的なフォルム。端々には傷や焦げ跡が見て取れる。  少女が何度も眼にし、相対してきた、憎むべき敵。 「……レッド、いや、緋色赤菜」  少女――アポロガイス子は、その名を憎々しげに口にする。  幾度となく殺意を抱いた障害。  だが今、抱いている感情は、別。  それまでとは異なっていながら、それを遥かに上回る、純粋な殺意だった。 「この研究所はもうすぐ崩れる。万に一つも、あんたらに勝ち目は無いわ。  早く武器を捨てて投降しなさい。そうすれば命くらいは――――」 「奪うのか」  少女が言葉を遮る。 「またしても、奪うというのか、貴様らは」  呪うように呟かれた言葉は、その憎しみを伴い、赤菜の耳朶を打つ。 「一度ならず、二度までも」  一歩、また一歩。  少女は、炎の裂け目を歩み渡る。 「組織を奪い、私の居場所を奪い」  紡がれる言葉に揺らぎは無い。  だがそれは、純粋さによるモノではなく。  怒りと絶望によって形作られているように、赤菜は感じた。 「そして、今また、私の全てを――――」  少女が立ち止まる。  真っ直ぐに、刺し貫かんばかりの視線で、赤菜を見やる。  見開かれた双眸は、心の亀裂を表すかのように血走っている。 「庄家栄一を、奪うというのか」  発せられた声に起伏は無い。  淡々と、事実だけを述べているかのような声色。  そうであるが故に、赤菜はその裏に有る感情を想わずにはいられなかった。  沈黙が場を支配する。  炎が弾ける音は、だが静寂を乱すモノではない。  それこそが無音の証であるかのように、ゆらゆらと揺らいでいる。  直線的な視線が、空で鬩ぎ合う。  両者とも、一歩も引かない。  逸らさない。  それが、一つの闘いであるかのように。 「……何を言い出すかと思えば」  均衡を破ったのは、赤菜だった。 「奪われる、とか言っておいて、結局は栄一くんの話?」  鼻で笑うかのような口調。  ちぐはぐさの残るそれは、作られた物であるかのように、噛み合っていない。 「何それ。結局、妬んでるだけじゃない」  だがそれも一時の話だ。  言葉を追う度、彼女の態度は真実味を帯びていく。 「栄一くんはアンタの物じゃない。  彼には彼の気持ちがある。彼は、彼の意思で、わたしを選んだのよ」  放たれる声に感情が込められる。  怒りにも、苛立ちにも似た熱気が、彼女の声を押し上げる。 「わたしは栄一くんを奪ったわけじゃない。アンタのそれは、ただの逆恨み」  心の昂ぶりが、言葉の先へと疾走る。  衝動の並が、取り囲む炎のように、彼女を熱く燃え上がらせる。 「栄一くんはわたしのものよ。絶対、アンタなんかに渡さない」  心象が音を纏い、放たれる。  堂々とした佇まいに、気後れは感じられない。  正面から向き合うその姿勢には、自信と誇りが見て取れる。  ヒーローとしてではない。  緋色赤菜としての感情の吐露が、今の彼女の全てを形作っていた。  数瞬の後。  そうか、と一言呟き、ガイス子は静かに眼を瞑った。  赤菜の言葉を噛み締めるように、その動きを止める。  両者の立ち位置は揺るがない。  時が止まっているような空間において、炎だけがその輝きを一層強めている。 「やっとわかったよ、緋色赤菜」  動きを止めたまま、少女は呟く。  静かに開かれたその眼に迷いは無い。  僅かに固さの抜けた表情は、何かを吹っ切ったようにも見える。 「貴様は、悪だ」  その言葉と共に、時の流れが息を吹き返した。  身に付けた外套を大きく翻し、少女は赤菜へと歩み寄る。 「栄一は私の所有物ではない、そう言ったな」  間合いが狭まっていく。  先刻よりも力強く、少女は足下を踏みしめる。 「その通りだ。床家栄一は、私の所有物でも何でもない」  迎え撃つ赤菜は、動かない。  ただ静かに、少女の言葉に耳を傾けている。 「私の物でない以上、それは奪ったことにはならない。成る程、確かにそうかもしれん」  少女は更に歩を進める。 「しかし、こうして私は失っている。残った唯一の拠り所を、失っている」  間が無くなっていくにつれ、赤菜は少女の姿を確かな像としていく。 「奪うのは罪になっても、失わせることは罪にはならないのか?」  少女は虚ろげな瞳を、赤菜へと向ける。  視線は曖昧なようで、確実に赤菜の姿を捉えている。 「何を勝手なことを……!」  自然と、赤菜の口から言葉が出る。  意識していたわけではない。  ただ、その衝動が、考えるよりも早く彼女の口を突いて出た。 「そんなの、ただの我侭じゃない!  相手のことを何も考えてない。ただ、自分の都合しか考えてない!  アンタは、ちゃんと考えた事があるの? 頼る相手のことを……栄一くんのことを!」  捲くし立てるように、少女へ告げる。  肩を震わせ、顔を紅く染めているその姿に、ヒーローの面影は無い。 「自分勝手で何故いけない」  少女は言を以って、赤菜の糾弾をいなす。 「栄一のことを考えているか?  当たり前だろう。ヤツのことはいつでも考えていたさ。少なくとも貴様以上にはな」  歩みが止まることはない。  会話が成されると同時に、両者の間合いはより小さくなっていく。 「だが、そんな腐れた思いやりだけではどうにもならない者もいる。  己の内には何も無い。外にある何かにすがるしかない。  正義のヒーローなどと言われ、社会から存在価値を与えられた貴様らにはわかるまい」  少女の声に、力が込められていく。  瞳からは、既に空虚さは感じられない。  纏っていた平坦さは薄れ、感情が姿を現していく。 「だからって、他人に迷惑をかけてもいいっていうの?  自分さえ良ければいい、他の人なんてどうなったって知ったこっちゃない!  そんなだから、そんなだから……!」  赤菜は叫ぶように感情を爆発させる。  情動が、炎よりも高く燃え上がる。  強く握られた手は汗ばみ、僅かに爪の痕が残っている。 「貴様は考えた事があるのか? 人々に、"悪"と呼ばれる者達のことを」  少女は想う。  皆の拠り所にされた、幼き姿を。  悪として生きることを運命付けてしまった、己の過ちを。 「"悪"になる以外に、道がなかった者のことを」  そう言って、少女は立ち止まった。  両者の間合いは五メートルといったところか。  互いに一足で一撃を浴びせられる位置にまで、近付いている。 「貴様らのやっていることは、ただの排斥だ。  善を助け、正義に味方するわけではない。  ただ力を以って、"悪"を潰す」  視線が交わり、衝突が激化する。  先刻の、牽制じみたものとは違う。  気持ちが、感情が、怒涛の如くぶつけられている。 「悪に敵対する者はいるだろう。  だが正義に味方する者は、世界のどこにもいない」  少女は言葉を続ける。  声は荒げてはいないが、その実、怒気を帯びているかのように張り詰めている。 「貴様らの掲げる正義は、ただ社会に同調できる人間のエゴに過ぎん。  他の者など、正義でない者など、どうなろうと知ったことではない。  ……そんなだから、生まれ続けるのだ。我々のような者達が、な」  自嘲じみた表情を浮かべ、少女は僅かに俯く。 「だからって……だからって、見逃せって言うの?  そんな屁理屈を並べたところで、結局アンタらのやってることは、犯罪で、他の人を不幸にしてる。  わたしは、誰かが不幸になるのを、黙って見てるなんてできない……!」  赤菜の苦悩が発露する。  ――――わかってる。  誰かを救う一方で、そのために誰かが救えないなんて、とっくにわかってる。  でも、できない。  放っておくことはできないし、全てを救うやり方なんて見つからない。  だから、わたしは今の在り方を貫くことしかできない―――― 「そうだな」  少女は笑みを浮かべるように、口端を歪ませる。 「きっと、それが正しい」  今までにない、諦めにも似た温和さをを浮かべ、少女は呟く。 「どんな言葉を並べたところで、我々が悪であることに変わりは無い」  だが、それも一瞬のことだ。  少女は赤菜へと向き直り、鋭角的な視線を送る。 「だがな。貴様らの正義も、また悪だ。そのことを忘れるな」  少女は再び、その時を止める。  言い残したことは無い、とでも言いたげに。  続く言葉は無い。  勢いを増す炎が、全身を震わせる地鳴りが、二人の静けさを際立たせている。  沈黙。  まるでそれを以って意思の疎通をしているかのように、二人は錯覚する。  だが、永遠には続かない。  終止符を打たんと、赤菜は重い唇を開いた。 「……あんたの意見に同調する気はないけど」  一瞬の躊躇い。  脳裏をよぎったのは、栄一が、少女を慕う姿。  だが、それを吹っ切って、赤菜は真っ直ぐに少女へと意識を向ける。 「いいわ。今のわたしは悪でいい。  正義に味方できてなくてもいい。  ただ、アンタは許せない。  多くの人を苦しめたアンタを、わたしは見逃せない」  それが、少女に対する答えだと。  赤菜は、きっぱりと言い放つ。 「だから、ここで、アンタを討つ」  そう言って、赤菜は構えを取る。  やがて、頭部を包み込むように、装甲が生まれ、装着された。 「……そうか」  一言呟き、少女は仮面を取り出す。 「それもいい。悪に倒されるというのも、また一興だ」  静かに、だが流麗さを残して、仮面をつける。  瞬間、光が爆ぜた。  少女の体内を信号が駆けずり回る。  起動した体内の特殊機構は、一瞬にして体表面を書き換えていく。  足が、胴が、腕が、人間のそれから形質を変えていく。  無機質な、人間らしさを排した容貌。  全身を這いずる電流は、変化を遂げた体に生命を与える物にも見える。  光が霧散していく。  視界が戻り、空間に陣取っていたのは、少女ではなく。  仮面を被り、全身を機械に包んだ、一人の戦士だった。 「だが、ただでは終わらん。  最後に、貴様の死を組織への手向けとしよう」  そう言って、戦士は構えを取る。  小さな体躯には似つかわしくない、巨大な盾を、赤菜へと向ける。  少女ではなく、戦士としての自分が、今の自分こそが真の姿であると語るように。  間が生まれる。  対峙した二人は、すぐには動かない。  沈黙し、敵の姿をその眼に焼き付けている。  均衡は続く。  互いを窺うと同時に、周辺に意識を向ける。  崩壊を続ける世界の中に、何かを見出すかのように。  ごう、と炎が叫ぶ。  落盤のような、岩の砕ける音が鼓膜を震わせ――――  それが、合図となった。 「征くぞ、アポロガイス子ォォォッ!」 「来い、緋色赤菜! 貴様は一肢たりとも満足には残さん!」  飛び込む両者。  間合いを一気に駆け、激突する。  最後の闘いが、始まりを告げた。

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