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アポロ&クモ女」(2006/08/25 (金) 01:35:48) の最新版変更点

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作:SSライター 力の二号 ◆u7IV4.RZno 「ハッ!」  耳元で聞こえた裂帛の気合と、体が中を舞う感覚。そして直後、床に叩きつけられた鈍い衝撃に息が詰まる。 「~~~~~~~ッ」  大の字に倒れたまま、大きく息を吐き、吸い込む。運良く受身を取れたから、意識を失わずに済んだ。だが、手足にはまだ痺れるような衝撃が残っていて、動けそうにない。単純なダメージだけでなく、いい加減疲労も重なっているからだろうか。 「どうした、もう終わりか?」  頭上から声がかけられる。目を開けると、俺の顔を覗き込んでいるアポロガイス子先輩を目が合った。人を馬鹿にしたような、少し意地の悪い笑みだ。 「早く立ち上がれ。それとも、もう立てないか? 相変わらずひ弱だな」 「……ッ、まだまだァ!」  気合を入れて上体を起こす。体が悲鳴を上げるのを無視して、間合いを広げ、構えを取る。 「そうだ。そのくらいの意気が無ければ、こちらもやりがいが無い」  先輩は満足げな笑みを浮かべると、構えを取った。  我らが秘密組織、その本拠地の地下施設にある、柔道用の畳が敷き詰められたトレーニング室。トレーニング室というよりも、道場といったほうがしっくりくるこの部屋は、主に戦闘員の体力トレーニングや戦闘訓練を行う場所だ。……何故フローリングやマット敷きではなく畳かというと、総帥の趣味らしい。あるいは、総帥が柔道だか合気道だかの有段者だからという説もある。――もっとも、全て噂なので真偽は定かではないが。  そのトレーニング室で、アポロガイス子先輩と俺は自由組み手を行っていた。一応訓練中ということで、互いに生身の状態である。戦闘モードに変身なんかされたら、とてもじゃないが敵わない。速攻で病院――もといドクターのラボへ送られる羽目になるだろう。  だが、生身の状態でも、とてもじゃないが敵わなかった。かれこれ2時間近く組み手を行っているが、一本はおろかクリーンヒットさえ無いのが現状だ。2時間も全力で挑み続けた為、俺は既に体力も策も限界が来ている。一方のアポロガイス子先輩は、まだまだ余裕たっぷりといった風情だ。  呼吸を整えつつ、先輩の一挙一動に注意を払う。先輩のリズムを読み、血眼で隙を捜しつつ、時間を稼いでこちらの体力を回復させる。 (――今だ!)  直感に押されるように、畳を蹴って滑るように間合いを詰め、そのまま右足を跳ね上げる。狙うは上段――とみせかけての中段回し蹴り。スピードも狙いも申し分の無い渾身の蹴りだ。 「ハァァ――――ッ!」 「――フッ!」  先輩はフェイントに引っかかることも無く、俺の中段回し蹴りを左の肘で冷静にガード。俺の渾身の蹴りを、あっけなく捌いて見せた。そのまま左腕を俺の脚に回してキャッチしようとする。  だが、俺の攻撃はそれで終わりではない。足を極められる一瞬前に、左足で床を蹴った。キャッチされた右足を軸に体全体をひねるようにして、回転の遠心力を利用して左足を振り上げる。以前見たカンフー映画で覚えた技だ。本来ならば体を支えるために壁などに両手をついた状態で行う技だが、そこは戦闘員になる際強化された肉体がものをいう。  狙うのは、アポロガイス子先輩の左テンプル。いくら化け物じみた戦闘能力を誇る先輩とはいえ、訓練ということで戦闘モードになっていない生身の今なら、テンプルを直撃すればただではすまないはずだ。  だがアポロガイス子先輩は――生身でも化け物だった。 「――うそっ!?」  俺の左足は、何も捕らえることの無いまま、くるりと回って地面に着地した。俺の右足をキャッチしたまま身を屈めることで、先輩は俺の奇襲を鮮やかに回避したのだ。  一瞬、アポロガイス子先輩と目が会う。――目に危険な輝きを宿した先輩が、にたり、と笑った。  刹那、凄まじい衝撃が俺の体を突き抜けた。全部読まれていたと理解するよりも早く吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。背骨がへし折れたかと思う程の、息の詰まるような衝撃。声を上げることさえ出来ずに、俺は壁にもたれたまま、ずるずるとへたりこんだ。どうやらカウンターで中段正拳突きをくらったらしい。  不意にトレーニング室のドアを開いた。ひょっこりと顔をのぞかせたのは、クモ女先輩だ。笑っているのが良く似合う、どこかのんびりとした人で、幹部と1怪人という差はあるが、アポロ先輩とは仲が良いらしい。3時くらいに休憩室にいけば、よく二人で談笑している姿を見ることが出来るだろう。 「やっほ~、差し入れ持ってきたわよ~」 クモ女先輩は入り口に立ったまま、息も絶え絶えの俺と軽く汗を流した程度のアポロ先輩を交互に見比べて、 「ちょうど一本って感じだし、そろそろ休憩しよ~?」  手に持ったスーパー袋をちょっと掲げ、実に建設的な提案をしてくれた。 「そうだな、栄一もそろそろ限界だろう」  アポロ先輩もうなずく。俺も、首を縦に振った。 「じゃあ決まりね~。お邪魔しま~す」    良く冷えたスポーツドリンクが、火照った体に染み渡る。正に生き返るような心地だ。 「それにしても、先輩が組み手するなんて久しぶりじゃないですか~?」 「まぁ、最近は書類仕事ばかりだったからな」  俺たちはトレーニング室の真ん中に車座になって、雑談していた。もっとも俺は、さっきから水分補給に勤めている為、必然的にアポロ先輩とクモ女先輩が会話をしている。 「久しぶりに手が空いたんだ。体もなまっていたし。……それに、栄一に頼まれてな」 「へぇ~、栄一君がねえ……」  クモ女先輩が、なにか含むところのありそうな目つきで俺を見る。その瞳に、なにか邪悪な計画が写っていたのは気のせいだろうか……? 「で、栄一君。何か手ごたえとかあった~?」  クモ女先輩が、俺の方を向く。俺は500mlのペットボトルから口を離すと、首を横に振った。 「もう何ていうか、次元が違うとしかいえないですね。まともに当たりすらしないんですから」 「まぁ、アポロ先輩とやったら誰だってそうよ~」  クモ女先輩はくすくすと笑うと、アポロ先輩の方を向いた。 「先輩からみてどうです? 栄一君、見込みありそうですか~?」  思わず、つばを飲み込む。 「……あまり期待は出来そうに無いな。まともに使えるようになるには、相当な時間がかかるだろう」  先輩はそう言い切ると、ペットボトルに口をつけた。そのまま上を向き、スポーツドリンクを飲み干してゆく。  思わず肩を落とす俺の背中を、クモ女先輩が笑いながら軽く叩く。 「まだ入ったばっかりなんだから、そんなに気落ちしないの~」 「……はい。そうします」 「でも栄一君、なんで急に稽古つけてもらおうと思ったの?」  その問を聞いて、脳裏にちらりと赤い影が走る。俺を簡単に蹴散らし、先輩格の怪人を葬り去り、悠々と去っていった、あの赤い男――レッドの影が。 「……この前の初陣で、何も出来ずにやられて、命からがら帰ってきて――。このままじゃいけないって、思ったんです」  思わず、握った拳に力が入る。 「強くならなきゃ、何も出来ないって、分かりましたから……」  顔を上げると、少し驚いたような顔をした先輩たちと目が合った。その驚いたような顔は、すぐに笑みに変わる。――どこか猛獣を思わせるような、危険さの同居した笑みに。 「へぇ~……」 「ほぅ……。よし」  アポロ先輩がまっすぐに俺を見据えた。条件反射で、思わず背筋を伸ばしてしまう。 「栄一、お前が望むならば、これから毎日、私がお前に稽古をつけてやっても良いぞ」 「へっ……!?」  突然の申し入れに、思わず目が点になってしまう。 「もちろん、私もそうそう暇ではないからな。せいぜい一時間程度の稽古になるだろうが……」 「あ~、なら私も手伝いますよ~。そうすれば、栄一君の稽古の時間を増やせますし~」 「そうか、それは助かる」 「いえいえ、ほら私、結構後輩思いですから~」 「クモ女よ、それは自分で言うようなことか……?」  なにやら俺の意見を抜きにして、どんどんと話が進んでゆく。 「さあ栄一、稽古を受けたいか?」 「栄一君、どうする~?」  アポロガイス子先輩とクモ女先輩による稽古だなんて。どんな殺人的メニューを課されるかなんて、分かったもんじゃない。  二人の期待に満ちた視線を受け止めて、――俺は、頭を下げた。 「……よろしくお願いします」  アポロガイス子先輩とクモ女先輩による稽古だなんて。どんな殺人的メニューを課されるかなんて分かったもんじゃないが――、こんなまたとないチャンス、逃す手なんて無いじゃないか。 「そうこなくっちゃ~!」 「よし、そうかそうか。なら、やってやろうじゃないか」  顔を上げると、いつも以上にニコニコしているクモ女先輩と、珍しく破顔しているアポロ先輩がいた。 「詳しい時間とかは、こちらから追って連絡する。今日はもうあがって良いぞ」 「あ、はい。ありがとうございます」  思わず、また頭を下げる。アポロ先輩は「うむ」と満足そうにいうと、さっさと立ち上がった。クモ女先輩も、後を追って立ち上がる。 「よし、なら早速プランを練らなくてはな。クモ女、後で私の部屋に来てくれ」 「は~い。しかし先輩、やけに気合が入ってますね~?」 「べっ、別に気合なんて入っていない!ただ、新人の育成をするのも幹部の役目の一環であってだな……」 「あっ、照れた顔もかわいいですよ~?」 「うっ、うるさい!そういうお前だって、えらく張り切っているじゃないか!」 「そりゃ~、かわいい後輩のためですから~……」  なにやら二人で談笑しながら、女子更衣室へ入っていった。既に俺の事は、眼中に入っていなさそうだ。 「はぁ~……」  誰もいなくなったトレーニング室で、俺は一人溜息を吐き出した。  アポロガイス子先輩とクモ女先輩のトレーニング。あの二人のことだから、無事にはいかないだろう。……だがそれをひっくり返せば、俺はより強くなれるということだ。 「いいさ、どんな修行だって来やがれってんだ」  俺は一人闘志を燃やす。テンションのあがっている今なら、どんなつらい修行だって乗り越えられる……ような気がした。 「……さて」  俺は先輩たちが放置して言った空のペットボトルを回収すると、男子更衣室へと向かった。
**「トレーニング室にて」 作:SSライター 力の二号 ◆u7IV4.RZno 「ハッ!」  耳元で聞こえた裂帛の気合と、体が中を舞う感覚。そして直後、床に叩きつけられた鈍い衝撃に息が詰まる。 「~~~~~~~ッ」  大の字に倒れたまま、大きく息を吐き、吸い込む。運良く受身を取れたから、意識を失わずに済んだ。だが、手足にはまだ痺れるような衝撃が残っていて、動けそうにない。単純なダメージだけでなく、いい加減疲労も重なっているからだろうか。 「どうした、もう終わりか?」  頭上から声がかけられる。目を開けると、俺の顔を覗き込んでいるアポロガイス子先輩を目が合った。人を馬鹿にしたような、少し意地の悪い笑みだ。 「早く立ち上がれ。それとも、もう立てないか? 相変わらずひ弱だな」 「……ッ、まだまだァ!」  気合を入れて上体を起こす。体が悲鳴を上げるのを無視して、間合いを広げ、構えを取る。 「そうだ。そのくらいの意気が無ければ、こちらもやりがいが無い」  先輩は満足げな笑みを浮かべると、構えを取った。  我らが秘密組織、その本拠地の地下施設にある、柔道用の畳が敷き詰められたトレーニング室。トレーニング室というよりも、道場といったほうがしっくりくるこの部屋は、主に戦闘員の体力トレーニングや戦闘訓練を行う場所だ。……何故フローリングやマット敷きではなく畳かというと、総帥の趣味らしい。あるいは、総帥が柔道だか合気道だかの有段者だからという説もある。――もっとも、全て噂なので真偽は定かではないが。  そのトレーニング室で、アポロガイス子先輩と俺は自由組み手を行っていた。一応訓練中ということで、互いに生身の状態である。戦闘モードに変身なんかされたら、とてもじゃないが敵わない。速攻で病院――もといドクターのラボへ送られる羽目になるだろう。  だが、生身の状態でも、とてもじゃないが敵わなかった。かれこれ2時間近く組み手を行っているが、一本はおろかクリーンヒットさえ無いのが現状だ。2時間も全力で挑み続けた為、俺は既に体力も策も限界が来ている。一方のアポロガイス子先輩は、まだまだ余裕たっぷりといった風情だ。  呼吸を整えつつ、先輩の一挙一動に注意を払う。先輩のリズムを読み、血眼で隙を捜しつつ、時間を稼いでこちらの体力を回復させる。 (――今だ!)  直感に押されるように、畳を蹴って滑るように間合いを詰め、そのまま右足を跳ね上げる。狙うは上段――とみせかけての中段回し蹴り。スピードも狙いも申し分の無い渾身の蹴りだ。 「ハァァ――――ッ!」 「――フッ!」  先輩はフェイントに引っかかることも無く、俺の中段回し蹴りを左の肘で冷静にガード。俺の渾身の蹴りを、あっけなく捌いて見せた。そのまま左腕を俺の脚に回してキャッチしようとする。  だが、俺の攻撃はそれで終わりではない。足を極められる一瞬前に、左足で床を蹴った。キャッチされた右足を軸に体全体をひねるようにして、回転の遠心力を利用して左足を振り上げる。以前見たカンフー映画で覚えた技だ。本来ならば体を支えるために壁などに両手をついた状態で行う技だが、そこは戦闘員になる際強化された肉体がものをいう。  狙うのは、アポロガイス子先輩の左テンプル。いくら化け物じみた戦闘能力を誇る先輩とはいえ、訓練ということで戦闘モードになっていない生身の今なら、テンプルを直撃すればただではすまないはずだ。  だがアポロガイス子先輩は――生身でも化け物だった。 「――うそっ!?」  俺の左足は、何も捕らえることの無いまま、くるりと回って地面に着地した。俺の右足をキャッチしたまま身を屈めることで、先輩は俺の奇襲を鮮やかに回避したのだ。  一瞬、アポロガイス子先輩と目が会う。――目に危険な輝きを宿した先輩が、にたり、と笑った。  刹那、凄まじい衝撃が俺の体を突き抜けた。全部読まれていたと理解するよりも早く吹き飛ばされ、コンクリートの壁に叩きつけられた。背骨がへし折れたかと思う程の、息の詰まるような衝撃。声を上げることさえ出来ずに、俺は壁にもたれたまま、ずるずるとへたりこんだ。どうやらカウンターで中段正拳突きをくらったらしい。  不意にトレーニング室のドアを開いた。ひょっこりと顔をのぞかせたのは、クモ女先輩だ。笑っているのが良く似合う、どこかのんびりとした人で、幹部と1怪人という差はあるが、アポロ先輩とは仲が良いらしい。3時くらいに休憩室にいけば、よく二人で談笑している姿を見ることが出来るだろう。 「やっほ~、差し入れ持ってきたわよ~」 クモ女先輩は入り口に立ったまま、息も絶え絶えの俺と軽く汗を流した程度のアポロ先輩を交互に見比べて、 「ちょうど一本って感じだし、そろそろ休憩しよ~?」  手に持ったスーパー袋をちょっと掲げ、実に建設的な提案をしてくれた。 「そうだな、栄一もそろそろ限界だろう」  アポロ先輩もうなずく。俺も、首を縦に振った。 「じゃあ決まりね~。お邪魔しま~す」    良く冷えたスポーツドリンクが、火照った体に染み渡る。正に生き返るような心地だ。 「それにしても、先輩が組み手するなんて久しぶりじゃないですか~?」 「まぁ、最近は書類仕事ばかりだったからな」  俺たちはトレーニング室の真ん中に車座になって、雑談していた。もっとも俺は、さっきから水分補給に勤めている為、必然的にアポロ先輩とクモ女先輩が会話をしている。 「久しぶりに手が空いたんだ。体もなまっていたし。……それに、栄一に頼まれてな」 「へぇ~、栄一君がねえ……」  クモ女先輩が、なにか含むところのありそうな目つきで俺を見る。その瞳に、なにか邪悪な計画が写っていたのは気のせいだろうか……? 「で、栄一君。何か手ごたえとかあった~?」  クモ女先輩が、俺の方を向く。俺は500mlのペットボトルから口を離すと、首を横に振った。 「もう何ていうか、次元が違うとしかいえないですね。まともに当たりすらしないんですから」 「まぁ、アポロ先輩とやったら誰だってそうよ~」  クモ女先輩はくすくすと笑うと、アポロ先輩の方を向いた。 「先輩からみてどうです? 栄一君、見込みありそうですか~?」  思わず、つばを飲み込む。 「……あまり期待は出来そうに無いな。まともに使えるようになるには、相当な時間がかかるだろう」  先輩はそう言い切ると、ペットボトルに口をつけた。そのまま上を向き、スポーツドリンクを飲み干してゆく。  思わず肩を落とす俺の背中を、クモ女先輩が笑いながら軽く叩く。 「まだ入ったばっかりなんだから、そんなに気落ちしないの~」 「……はい。そうします」 「でも栄一君、なんで急に稽古つけてもらおうと思ったの?」  その問を聞いて、脳裏にちらりと赤い影が走る。俺を簡単に蹴散らし、先輩格の怪人を葬り去り、悠々と去っていった、あの赤い男――レッドの影が。 「……この前の初陣で、何も出来ずにやられて、命からがら帰ってきて――。このままじゃいけないって、思ったんです」  思わず、握った拳に力が入る。 「強くならなきゃ、何も出来ないって、分かりましたから……」  顔を上げると、少し驚いたような顔をした先輩たちと目が合った。その驚いたような顔は、すぐに笑みに変わる。――どこか猛獣を思わせるような、危険さの同居した笑みに。 「へぇ~……」 「ほぅ……。よし」  アポロ先輩がまっすぐに俺を見据えた。条件反射で、思わず背筋を伸ばしてしまう。 「栄一、お前が望むならば、これから毎日、私がお前に稽古をつけてやっても良いぞ」 「へっ……!?」  突然の申し入れに、思わず目が点になってしまう。 「もちろん、私もそうそう暇ではないからな。せいぜい一時間程度の稽古になるだろうが……」 「あ~、なら私も手伝いますよ~。そうすれば、栄一君の稽古の時間を増やせますし~」 「そうか、それは助かる」 「いえいえ、ほら私、結構後輩思いですから~」 「クモ女よ、それは自分で言うようなことか……?」  なにやら俺の意見を抜きにして、どんどんと話が進んでゆく。 「さあ栄一、稽古を受けたいか?」 「栄一君、どうする~?」  アポロガイス子先輩とクモ女先輩による稽古だなんて。どんな殺人的メニューを課されるかなんて、分かったもんじゃない。  二人の期待に満ちた視線を受け止めて、――俺は、頭を下げた。 「……よろしくお願いします」  アポロガイス子先輩とクモ女先輩による稽古だなんて。どんな殺人的メニューを課されるかなんて分かったもんじゃないが――、こんなまたとないチャンス、逃す手なんて無いじゃないか。 「そうこなくっちゃ~!」 「よし、そうかそうか。なら、やってやろうじゃないか」  顔を上げると、いつも以上にニコニコしているクモ女先輩と、珍しく破顔しているアポロ先輩がいた。 「詳しい時間とかは、こちらから追って連絡する。今日はもうあがって良いぞ」 「あ、はい。ありがとうございます」  思わず、また頭を下げる。アポロ先輩は「うむ」と満足そうにいうと、さっさと立ち上がった。クモ女先輩も、後を追って立ち上がる。 「よし、なら早速プランを練らなくてはな。クモ女、後で私の部屋に来てくれ」 「は~い。しかし先輩、やけに気合が入ってますね~?」 「べっ、別に気合なんて入っていない!ただ、新人の育成をするのも幹部の役目の一環であってだな……」 「あっ、照れた顔もかわいいですよ~?」 「うっ、うるさい!そういうお前だって、えらく張り切っているじゃないか!」 「そりゃ~、かわいい後輩のためですから~……」  なにやら二人で談笑しながら、女子更衣室へ入っていった。既に俺の事は、眼中に入っていなさそうだ。 「はぁ~……」  誰もいなくなったトレーニング室で、俺は一人溜息を吐き出した。  アポロガイス子先輩とクモ女先輩のトレーニング。あの二人のことだから、無事にはいかないだろう。……だがそれをひっくり返せば、俺はより強くなれるということだ。 「いいさ、どんな修行だって来やがれってんだ」  俺は一人闘志を燃やす。テンションのあがっている今なら、どんなつらい修行だって乗り越えられる……ような気がした。 「……さて」  俺は先輩たちが放置して言った空のペットボトルを回収すると、男子更衣室へと向かった。

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