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クモ女 その2」(2006/08/17 (木) 18:01:29) の最新版変更点

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作:1 ◆IDXsB1A/aY  月明かりが、ぼんやりと街を照らし出す。  繁華街は無機質なネオンに彩られてはいるが、それに見合うほどの賑やかさは無い。  車道は込み合う時間をとうに過ぎており、ぽつぽつと行き交うヘッドライトは、ただ何も無い空間を捉え続けている。  丑三つ時。  街は華やかな喧騒を脱ぎ捨て、夜の世界へと姿を変えている。  だが、どれだけ夜に、闇に近付こうとも、そこには光が存在し――影が生まれる。  ビル街の一角。  街の中心から少し離れた路地裏は、闇の溜まり場である。  通路を囲う壁面は、搭のように高い。月明かりは高層ビルによって遮られ、光の死角を生み出している。  そんな、普通の人間ならば寄り付かないであろう場所に、一人の青年の姿があった。  左肘を強く押さえつけ、壁に体重を預けている。  ズボンは落下してくる水分によって不自然に湿っており、元を辿っていくと――――  腕が、無い。  彼の左腕は、肘から先が無くなっていた。  ぽたぽたと落ち続ける水滴はその出血によるものだが、落下音が彼に認識されることはない。  がちがち、がちがちと、不快な、金属にも似た音が、外界の音を妨げていたからだ。  なんだこの音は、うるさい、止めてくれ。そう思ったところで、気付く。  音は、自分の口の中から生じている、ということに。  震えが止まらないのは、そこだけではない。  全身が、否、心までもが、込み上げる恐怖感に強く揺さぶられている。  かろうじて失禁を堪えているのは、命の危険を感じ慣れているからだろうか。  ぐるぐると、彼の脳内を思考が駆け巡る。  何故だ? 俺が何をした? 何故俺が、俺がこんな目に……!  だが、そんなモノは逃避じみた言い訳に過ぎない。  彼は理解していた。  何故、自分が、彼女に狙われているのか、ということを。  暗闇に銀光が翻る。  ごく僅かに差し込む明かりが、空中で拾い上げられる。  宙に散らばった星の如く、輝きは闇の中に点在している。  一見何も無いかのような空間には、その実、無数の線が走っている。 「あなたに恨みはないけど……」  ひたり、ひたり、と足音が響く。  地面を直に踏みしめているだろう音が、一歩一歩、着実に彼へと近付いていく。 「これも、仕事なのよ」  柔らかな声色は、明らかに女性によるものだ。  その優しげな口調に、青年はぞくりと肩を震わせる。 「……な、なんでだよ! 何でアンタは」 「何で? ……そんなの、わかってるくせに」  暗黒の中で、彼女はニタリと笑みを浮かべた。  不意に、ガスッという音が聞こえてくる。  その音に合わせ、何かがゴロゴロと転がって来て……足下で、止まった。  首。  人の首が、転がっている。  口は半開きで固定され、眼は大きく見開かれていてる。  それに意思など介在しようはずもない。  だが彼は、自分に怨念じみた双眸が向けられているように、錯覚した。 「……う、うわああああああああ!」 「あらあら、怯えちゃって。可愛い」  彼は生首を凝視して、思う。  次は俺がこうなる番だ、と。  肩からガクリと力が抜ける。  ……何故、こんなことになったのか。  首から下が無い男は、青年がついさっきまで話を――厳密に言えば、取引をしていた相手だった。  青年は男に情報を売り、男は別の人物に情報を転売する。  男は、いわゆる情報屋という奴だった。  言ってしまえば、青年のやっていたことは、明確な裏切りだ。  組織の情報を売りさばき、金を手にする。  当然、そんなことが許されるはずもない。  嗅ぎ付けた組織は刺客を送り込み、取引の成される直前、男の五体は一瞬にして無数の肉隗となった。  そして、次は―――― 「……!」  ごくり、と唾を飲み込み、青年は意識を覚醒させる。  嫌だ。こんな所で死にたくない……!  運命に少しでも抗わんと、暗闇へ目を凝らす。  縦横無尽に描かれている銀線は、幻覚ではない。  恐らくは、鋼。  全てを切り裂く鋼線が、獲物を求め狂い暴れているように、彼には見えた。  噂には聞いていたものの、信じてはいなかった。身を持って知るまでは。  彼女が用いる武器の一つ。  体内で精製される鋼糸は、あらゆるモノを噛み砕き、切断するのだと。  信じられなかったのは、それ自体が与太話だと思ったからではない。  それを使っている姿が、普段の彼女からはイメージできなかったからだ。  優しく、温和で、誰にでも友好的に接していた彼女が―――― 「そんなわけで」  掛けられた声に、逃避が打ち消される。  ぽたり、ぽたりと聞こえてくる音は、左腕の流血によるものではない。  水滴が滴る音色は、朱に染まった臭いを帯びて、彼の絶望を増徴させる。  よく見れば、音だけではない。  照らし返されている光は、ところどころ鈍い、赤黒い、血の色に染まっていた。  悪鬼が姿を表す。  死という現実を携えて、彼の眼前へとその姿を露わにする。 「大人しく、死んでね? 坊や」  その声と同時に、躊躇無く五指が動きを見せる。  しゅるり、と、何かが擦れる音。  ピンと張り詰めたモノを感じた瞬間には――バラバラに分解されている。  彼が最期に見たのは、血風を全身に浴びる、死神の姿だった。  怪人クモ女。  それが、死神の名前。

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