デートはつつがなく進む。俺とクロエは商店街にやってきた。
「栄兄ィ」
「なんだ?」
「俺、この帽子が欲しい」
 クロエは店先の野球帽を指して言う。どうしよう。買ってやろうかな?
「よし。『俺』って一人称を止めたら買ってやろう」
「なんでだよー」
「なんでもだ。女のくせに『俺』なんて言うな」
 するとクロエは――昔の通り――顔を真っ赤にして怒り出した。
「『女のくせに』ってなによ! 俺が俺って言って何が悪い!?」
 にらみ合って……どちらからともなく笑いあう。
「まったく。栄兄ィってば、変なところで古いんだよなぁ」
「お前こそ。本当に変わってねーなー」
「……あ」
 そう口にした途端、クロエは黙り込んだ。なぜだ? その瞳が悲しそうに揺れている。


 一歩歩み寄ろうとした、そのとき、轟音と振動が俺たちを揺さぶった。振り返ると、すぐそこの銀行が爆破され、煙を吐いていた。
「ゲフェフェフェフェー!」
 中から奇妙な人影が現れた。その姿に見覚えがある。あれは……
「ムカデ怪人!?」
 背中に金庫をしょっている。バカな、こんな作戦、聞いていない!
『ポッポー! ポッポー! ポッポー!』
 内ポケットの携帯が、いつもと違う着信音で鳴った。
 緊急コール。無制限の変身が許された合図だ。
(やはりこの作戦、予定外か!)
 悔しさに歯噛みする。力を悪用しようとする同僚がいる事実が、組織が一枚岩では無くなっているのが、悔しくてたまらなかった。
 いや、今は迷うときではない。俺はどこかで変身しようと歩き出し――
「栄兄ィ」
「えっ!?」
――突然、呼び止められた。
「俺、言わなきゃいけないことがあるんだ」
「はぁ? こんな時に?」
 露骨に呆れた顔をしてやる。なのにクロエは真剣な顔で言葉を続けた。
「さっき、お袋さん元気かって聞いたよね?」
「ああ」
「母さんは死んだ……カメレオンの化け物にやられた」
「は?」
 声が出なかった。死んだ? お母さんが? 理解できない頭の上を、彼女の言葉が滑っていく。
「その時、俺も重傷を負った。それを助けてくれたのが赤木さんだった」
「赤木!?」
 クロエ、どうして赤木を知っているんだ? お前は何を言っているんだ? 頭の中で最悪と最低がくっ付いて、一つのパズルを完成させていく。クロエは言葉を区切り、あの男と同じ構えを取った。
「ブラック・タイド!」
「っく、変身ッ!」
 背筋で感じとった殺意に体が動く。お互いの変身エネルギーがぶつかり合い、渦を巻く。俺は立っていることもできずに吹き飛ばされた。
 受身を取って立ち上がる。そこには漆黒の殺意があった。
「もう俺はクロエであってクロエじゃない。機械の体に生まれ変わった」
「クロエ……」
 彼女は両手に持ったナイフを振りかぶった。切っ先は鋭く、濡れたように黒い。
「栄兄ィ…どうして? 本当に、兄貴みたいだと思ってたのに!」
「クロエェェェェッ!!」
 クロエ、いや、ブラックが走る。視界の隅ではムカデ怪人が、あざ笑うように体をくねらせていた。

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最終更新:2006年08月23日 16:28