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(3)


 状況はいよいよもって最悪だった。
 そう長くは持たないだろう、そう思っていたのは確かだが、ここまで柔だったなんて予想外だ。
 両の拳を軽く握ってみる。
 右はまだ大丈夫だが、左は駄目だ。まさか手刀一発でお釈迦になるなんて、笑えないにも程がある。
 このクロスは試作品……実践配備前のパイロット期間の代物、いわば張子の虎なのだ。
 どうやら装甲を生成する時の精度にいまいち問題があるらしく、ところどころに弱い部分があるようだった。
 間接部は大体大丈夫だが、メットやショルダー、拳の手刀部分等が既に壊れている。
 その分右拳は堅いようだし、このクロスは堅いだけでは無いのだが……。
「残りの武装もまともに使えるのはたった二つ……か」
 これだけではレッドは倒せないだろう。だがそれでもいい、俺の勝利条件は殲滅ではなく時間稼ぎだ。
 つまるところいつもやっていることと同じなのだ。精々レッドに突撃して、一撃でのされるか数合の殴り合いが出来るかの違いで……。
「隠れん坊はお終いか? シャドウクロス」
 来た。
 声に応じて振り返った先に、仁王立ちで悠然と佇むレッドの姿。
 やっぱりこいつは何処までも正義の男だ。俺が逃げたならさっさと奥に進めば良いだろうし、俺は気づいてなかったのだから背後から攻撃すればよかったのに。
 俺はそんな甘いことはしない。レッドが正々堂々を貫くなら、俺は何処までも卑怯になってやる。
 俺が背負うのは大衆のための正義じゃない。ただ一人の涙を拭うための、つまはじきの悪でいい。
「ああ……これで」
 左の拳を握る。
 砕かれたのが外骨格だけで良かった。この能力を使うのには手を握るモーションが必要だから、生身の拳まで砕かれていたら、今使えるたった二つの能力がまた一つ減るところだった。
「終わっちまえ!!」
 弓を絞るように左手を引く。その瞬間、レッドの周囲で一斉に何かが崩壊した。
 下に落ちた瓦礫、開かれた扉、棚の上の花瓶など、それらを切り裂いてレッドに襲い掛かる不可視の斬撃は―――鋼の硬度を持つ、超極細の蜘蛛の糸。
 クモ女様の能力だ。このスーツはこれまでビットマン達が苦戦した怪人達の能力を受け継いでいる、対ビットマン用兵装なのだ。
 スーツは壊せないだろうが、これならこいつを緊縛できるはず―――!
 迫る糸に気づき、動きを見せるレッド。
 だが遅い、既に退路は無い。そんじょそこらの刃物では切れないようになっているし、腕力だけのレッドにはこれを破ることは出来ないはずだ……!
「――――ブレイズ」
 と、
 レッドの腕が、赤く光を放ち、
「カット―――――!」
 焔を吹いた。
 頭上から真っ直ぐ振り下ろされる火の腕が、断ち切れるはずの無い鋼の糸がバラバラに千切っていく。
「こんな二番煎じが俺に通じると思ったか?」
 カン、とレッドの腕から飛び出た空薬莢が金属音を立てる。
「俺達はたった三人だ。だからお前たちショッカーに負けないよう日々工夫し、努力を重ねている。同じことがいつまでも通じるとは思わないことだな。
 それに……これは貴様の技ではない。怪人クモ女の技だ。満足に扱えると思ったか」
 思ってねえよ畜生、それでも足止めぐらいにはなると思ったんだよ超人野郎!
 俺だって努力していなかったつもりは無い、ドクだって日々研究を重ねてこのスーツをここまで持ってきたんだ。それでも、まだ―――お前には届かないって言うのか。
 格が、違う。
「それが……」
 だから、
「どうしたああああああ!!」
 剥き出しのコンクリートを踏み抜くつもりで床を蹴り、左で糸を繰りながら、開いた右手でレッドの鼻っ面に殴りかかる。
 白兵戦でブレイズカットとやらは使えないのか使うことは無いと判断したのか糸の軌道から跳び避けて、俺の右拳を左掌でいなすレッド。
 勢いを殺し姿勢を戻そうとする俺の横っ腹に容赦なく叩き込まれる回し蹴りに、呼吸が止まる。
 そんな状態で踏ん張りが効くはずも無く、俺の体は部屋の端まで吹き飛ばされた。
 受身を取ることも出来ず背中から壁に叩きつけられる。凄く痛い。
 だが正義といえどはこちらの回復を待っていてくれるほどお人よしではない。すぐにでも追撃をかけてくるだろう。
 俺はまともに動けない、復活にもまだ時間はかかる。だから、右手がまだ動いてくれたことは本当に幸いだった。
「む……!?」
 俺の右手から吹き出た視界を覆い尽くすほどの黒い霧に、レッドが声を上げる。
 オクトパ子先輩の毒霧煙幕のコピーだ。といっても毒までは同じではないのだが、レッドもこの中に飛び込むのは躊躇うだろう。
 その間に動かない体に鞭を打って立ち上がって場所を移動する。
 よろよろと移動し立ち上がった頃に、背後の壁を砕く音が聞こえた。もう少し行動が遅ければ自分がその威力に晒されていたと思うと、ぞっとする。
 レッドは強い。力は強く、思考は早く、技も卓越し、スーツの性能も一回り違う。
 認めよう。俺には、ショッカーには単体で戦隊を出し抜くだけの力は無い。
 だが……それが、二人ならどうだ?

「クロスアウト」

 音も立てずに、俺の顔を覆っていた仮面が消える。
 レッドは―――赤坂浩二はここに庄家栄一が居ることを知らないし、居るはずが無いという先入観がある。
 だから……その隙を狙う。
「……」
 幸い使えないと思っていた能力に、カメレオンマン先輩のコピー能力がある。本来は全身が透明になる能力のはずなのだが、これはスーツまでしか透明にならない。
 だから、俺はスーツを着たままに、庄家栄一として赤坂の前に出られる訳で―――
「そこにいるのは分かっているぞ、シャドウクロス」
 と、
 思考にふけっている俺の背後から投げかけられる、レッドの声。
「そろそろ時間も惜しい……次が最後だ」
 そうだな。次が最後だ。
 これは一度切りの戦法だ。二度目からはレッドは躊躇わないだろう。
 だからこれが最後。ビットマンレッドとシャドウクロスの戦いも……赤坂浩二と、庄家栄一の友情も、これで終わりだ。
 悔いはあるが、迷いは無い。これは悪を選んだ決断の結果だから、俺は迷わない。
 ―――煙幕が、ゆっくりと薄れていく。
「行くぞ、シャドウクロス―――――!!」
 弾けるような音と共に、レッドが跳ぶ。
 一瞬遅れて俺も床を蹴り、跳躍する。お互いの距離が縮まっていき、その姿が浮かぶ―――
「赤坂浩二ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 俺は力の限り叫んだ。迫り来る恐怖を、アポロ様を守れない恐れを、一人の友を失う悲しみを忘れたくて、宿敵の名を叫んだ。
 煙を抜けたレッドの、赤坂に浮かぶのは明らかな驚愕の色。その信じられないという思いが、俺がこいつを打倒するための決定的な足枷になる。
 振り下ろされた鈍い左を紙一重で避けて、カウンター気味の右を突き入れる。
 このスーツにしかない、奇しくもブレイズカットに少し似た、切り札をお見舞いするために。

「クロス」

 ごめんな、赤坂。

「ブラスト――――!!」

 レッドの鳩尾を貫いたまま、俺の右拳が爆発した。