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作:1 ◆IDXsB1A/aY

 燃え上がる。
 轟々と音を立て、崩れ落ちていく。
 徐々に徐々に、だが確実に、朱色に浸食されていく。
「…………」
 またか、と呟くように軌跡を描いた少女の唇。だが、それに声が込められることはない。
 灼熱の咆哮が、絶え間ない地響きが、終局の音色を奏で続ける。
 まるで断末魔だ――そんなことを思いながら、彼女はあらぬ方向を見る。
 焦点は定まっておらず、視界を通した情報は認識まで至らない。
 施設の崩壊を感じながら、彼女は一人、思考の渦へと没入する。

 ――――何を間違えたのだろう。
 こうならないために。
 こんなことを繰り返さないために、私は決意したのではなかったのか。
 多くの部下を失い。
 信頼を失い。
 組織を失い。
 今また、大切な人を失おうとしている――――

「アポロガイス子!」
 その名を呼ぶ声に、少女は現実へと舞い戻る。
 瓦礫を踏み越え、道無き道を踏破した戦士が、そこにはいた。
「アンタの命運もここまでよ! 観念しなさい!」
 現れた姿は、マスクこそしていないものの、紛うこと無き戦士の物だ。
 装甲に包まれた、機械的なフォルム。端々には傷や焦げ跡が見て取れる。
 少女が何度も眼にし、相対してきた、憎むべき敵。
「……レッド、いや、緋色赤菜」
 少女――アポロガイス子は、その名を憎々しげに口にする。
 幾度となく殺意を抱いた障害。
 だが今、抱いている感情は、別。
 それまでとは異なっていながら、それを遥かに上回る、純粋な殺意だった。
「この研究所はもうすぐ崩れる。万に一つも、あんたらに勝ち目は無いわ。
 早く武器を捨てて投降しなさい。そうすれば命くらいは――――」
「奪うのか」
 少女が言葉を遮る。
「またしても、奪うというのか、貴様らは」
 呪うように呟かれた言葉は、その憎しみを伴い、赤菜の耳朶を打つ。
「一度ならず、二度までも」
 一歩、また一歩。
 少女は、炎の裂け目を歩み渡る。
「組織を奪い、私の居場所を奪い」
 紡がれる言葉に揺らぎは無い。
 だがそれは、純粋さによるモノではなく。
 怒りと絶望によって形作られているように、赤菜は感じた。
「そして、今また、私の全てを――――」
 少女が立ち止まる。
 真っ直ぐに、刺し貫かんばかりの視線で、赤菜を見やる。
 見開かれた双眸は、心の亀裂を表すかのように血走っている。

「庄家栄一を、奪うというのか」

 発せられた声に起伏は無い。
 淡々と、事実だけを述べているかのような声色。
 そうであるが故に、赤菜はその裏に有る感情を想わずにはいられなかった。

 沈黙が場を支配する。
 炎が弾ける音は、だが静寂を乱すモノではない。
 それこそが無音の証であるかのように、ゆらゆらと揺らいでいる。

 直線的な視線が、空で鬩ぎ合う。
 両者とも、一歩も引かない。
 逸らさない。
 それが、一つの闘いであるかのように。

「……何を言い出すかと思えば」
 均衡を破ったのは、赤菜だった。
「奪われる、とか言っておいて、結局は栄一くんの話?」
 鼻で笑うかのような口調。
 ちぐはぐさの残るそれは、作られた物であるかのように、噛み合っていない。
「何それ。結局、妬んでるだけじゃない」
 だがそれも一時の話だ。
 言葉を追う度、彼女の態度は真実味を帯びていく。
「栄一くんはアンタの物じゃない。
 彼には彼の気持ちがある。彼は、彼の意思で、わたしを選んだのよ」
 放たれる声に感情が込められる。
 怒りにも、苛立ちにも似た熱気が、彼女の声を押し上げる。
「わたしは栄一くんを奪ったわけじゃない。アンタのそれは、ただの逆恨み」
 心の昂ぶりが、言葉の先へと疾走る。
 衝動の並が、取り囲む炎のように、彼女を熱く燃え上がらせる。

「栄一くんはわたしのものよ。絶対、アンタなんかに渡さない」

 心象が音を纏い、放たれる。
 堂々とした佇まいに、気後れは感じられない。
 正面から向き合うその姿勢には、自信と誇りが見て取れる。
 ヒーローとしてではない。
 緋色赤菜としての感情の吐露が、今の彼女の全てを形作っていた。

 数瞬の後。
 そうか、と一言呟き、ガイス子は静かに眼を瞑った。
 赤菜の言葉を噛み締めるように、その動きを止める。
 両者の立ち位置は揺るがない。
 時が止まっているような空間において、炎だけがその輝きを一層強めている。

「やっとわかったよ、緋色赤菜」
 動きを止めたまま、少女は呟く。
 静かに開かれたその眼に迷いは無い。
 僅かに固さの抜けた表情は、何かを吹っ切ったようにも見える。

「貴様は、悪だ」

 その言葉と共に、時の流れが息を吹き返した。
 身に付けた外套を大きく翻し、少女は赤菜へと歩み寄る。
「栄一は私の所有物ではない、そう言ったな」
 間合いが狭まっていく。
 先刻よりも力強く、少女は足下を踏みしめる。
「その通りだ。床家栄一は、私の所有物でも何でもない」
 迎え撃つ赤菜は、動かない。
 ただ静かに、少女の言葉に耳を傾けている。
「私の物でない以上、それは奪ったことにはならない。成る程、確かにそうかもしれん」
 少女は更に歩を進める。
「しかし、こうして私は失っている。残った唯一の拠り所を、失っている」
 間が無くなっていくにつれ、赤菜は少女の姿を確かな像としていく。
「奪うのは罪になっても、失わせることは罪にはならないのか?」
 少女は虚ろげな瞳を、赤菜へと向ける。
 視線は曖昧なようで、確実に赤菜の姿を捉えている。
「何を勝手なことを……!」
 自然と、赤菜の口から言葉が出る。
 意識していたわけではない。
 ただ、その衝動が、考えるよりも早く彼女の口を突いて出た。
「そんなの、ただの我侭じゃない!
 相手のことを何も考えてない。ただ、自分の都合しか考えてない!
 アンタは、ちゃんと考えた事があるの? 頼る相手のことを……栄一くんのことを!」
 捲くし立てるように、少女へ告げる。
 肩を震わせ、顔を紅く染めているその姿に、ヒーローの面影は無い。
「自分勝手で何故いけない」
 少女は言を以って、赤菜の糾弾をいなす。
「栄一のことを考えているか?
 当たり前だろう。ヤツのことはいつでも考えていたさ。少なくとも貴様以上にはな」
 歩みが止まることはない。
 会話が成されると同時に、両者の間合いはより小さくなっていく。
「だが、そんな腐れた思いやりだけではどうにもならない者もいる。
 己の内には何も無い。外にある何かにすがるしかない。
 正義のヒーローなどと言われ、社会から存在価値を与えられた貴様らにはわかるまい」
 少女の声に、力が込められていく。
 瞳からは、既に空虚さは感じられない。
 纏っていた平坦さは薄れ、感情が姿を現していく。
「だからって、他人に迷惑をかけてもいいっていうの?
 自分さえ良ければいい、他の人なんてどうなったって知ったこっちゃない!
 そんなだから、そんなだから……!」
 赤菜は叫ぶように感情を爆発させる。
 情動が、炎よりも高く燃え上がる。
 強く握られた手は汗ばみ、僅かに爪の痕が残っている。
「貴様は考えた事があるのか? 人々に、"悪"と呼ばれる者達のことを」
 少女は想う。
 皆の拠り所にされた、幼き姿を。
 悪として生きることを運命付けてしまった、己の過ちを。

「"悪"になる以外に、道がなかった者のことを」

 そう言って、少女は立ち止まった。
 両者の間合いは五メートルといったところか。
 互いに一足で一撃を浴びせられる位置にまで、近付いている。

「貴様らのやっていることは、ただの排斥だ。
 善を助け、正義に味方するわけではない。
 ただ力を以って、"悪"を潰す」

 視線が交わり、衝突が激化する。
 先刻の、牽制じみたものとは違う。
 気持ちが、感情が、怒涛の如くぶつけられている。

「悪に敵対する者はいるだろう。
 だが正義に味方する者は、世界のどこにもいない」

 少女は言葉を続ける。
 声は荒げてはいないが、その実、怒気を帯びているかのように張り詰めている。

「貴様らの掲げる正義は、ただ社会に同調できる人間のエゴに過ぎん。
 他の者など、正義でない者など、どうなろうと知ったことではない。
 ……そんなだから、生まれ続けるのだ。我々のような者達が、な」

 自嘲じみた表情を浮かべ、少女は僅かに俯く。

「だからって……だからって、見逃せって言うの?
 そんな屁理屈を並べたところで、結局アンタらのやってることは、犯罪で、他の人を不幸にしてる。
 わたしは、誰かが不幸になるのを、黙って見てるなんてできない……!」
 赤菜の苦悩が発露する。

 ――――わかってる。
 誰かを救う一方で、そのために誰かが救えないなんて、とっくにわかってる。
 でも、できない。
 放っておくことはできないし、全てを救うやり方なんて見つからない。
 だから、わたしは今の在り方を貫くことしかできない――――

「そうだな」
 少女は笑みを浮かべるように、口端を歪ませる。
「きっと、それが正しい」
 今までにない、諦めにも似た温和さをを浮かべ、少女は呟く。
「どんな言葉を並べたところで、我々が悪であることに変わりは無い」
 だが、それも一瞬のことだ。
 少女は赤菜へと向き直り、鋭角的な視線を送る。

「だがな。貴様らの正義も、また悪だ。そのことを忘れるな」

 少女は再び、その時を止める。
 言い残したことは無い、とでも言いたげに。
 続く言葉は無い。
 勢いを増す炎が、全身を震わせる地鳴りが、二人の静けさを際立たせている。
 沈黙。
 まるでそれを以って意思の疎通をしているかのように、二人は錯覚する。
 だが、永遠には続かない。
 終止符を打たんと、赤菜は重い唇を開いた。

「……あんたの意見に同調する気はないけど」

 一瞬の躊躇い。
 脳裏をよぎったのは、栄一が、少女を慕う姿。
 だが、それを吹っ切って、赤菜は真っ直ぐに少女へと意識を向ける。

「いいわ。今のわたしは悪でいい。
 正義に味方できてなくてもいい。
 ただ、アンタは許せない。
 多くの人を苦しめたアンタを、わたしは見逃せない」

 それが、少女に対する答えだと。
 赤菜は、きっぱりと言い放つ。

「だから、ここで、アンタを討つ」

 そう言って、赤菜は構えを取る。
 やがて、頭部を包み込むように、装甲が生まれ、装着された。

「……そうか」
 一言呟き、少女は仮面を取り出す。
「それもいい。悪に倒されるというのも、また一興だ」
 静かに、だが流麗さを残して、仮面をつける。

 瞬間、光が爆ぜた。

 少女の体内を信号が駆けずり回る。
 起動した体内の特殊機構は、一瞬にして体表面を書き換えていく。
 足が、胴が、腕が、人間のそれから形質を変えていく。
 無機質な、人間らしさを排した容貌。
 全身を這いずる電流は、変化を遂げた体に生命を与える物にも見える。

 光が霧散していく。
 視界が戻り、空間に陣取っていたのは、少女ではなく。
 仮面を被り、全身を機械に包んだ、一人の戦士だった。

「だが、ただでは終わらん。
 最後に、貴様の死を組織への手向けとしよう」

 そう言って、戦士は構えを取る。
 小さな体躯には似つかわしくない、巨大な盾を、赤菜へと向ける。
 少女ではなく、戦士としての自分が、今の自分こそが真の姿であると語るように。

 間が生まれる。
 対峙した二人は、すぐには動かない。
 沈黙し、敵の姿をその眼に焼き付けている。

 均衡は続く。
 互いを窺うと同時に、周辺に意識を向ける。
 崩壊を続ける世界の中に、何かを見出すかのように。

 ごう、と炎が叫ぶ。
 落盤のような、岩の砕ける音が鼓膜を震わせ――――

 それが、合図となった。


「征くぞ、アポロガイス子ォォォッ!」


「来い、緋色赤菜! 貴様は一肢たりとも満足には残さん!」


 飛び込む両者。
 間合いを一気に駆け、激突する。


 最後の闘いが、始まりを告げた。