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「あーもうムカつくったら!」
 今日の合同実技は最悪だった。
 よりによって、魔法戦士科の木嶋がいる班と組まされたのだ。
 最初の合同実技で魔法に失敗した時、あいつに筋が悪いの何のといいようにからかわれて以来、私はあいつを敵と認識していた。相手もそう思っているようだった。
 以来、学部は違うはずなのに、なぜかそこかしこで出会う。食堂、購買、行き帰りの校庭。その度に睨み合いになり、時には競争や口ゲンカになる。
 今回もまた私のミスをバカにしてきたので、私は失敗したフリをして散々あいつに魔法を叩き込んでやった。少しは胸がすっとしたが、不愉快はずっとそれを上回っていた。
「おやぁ。奈菜がご機嫌ナナメってのは珍しいねぇ」
 和室作りの「朱雀の部屋」を、いつも通り掃除していると、姉弟子さまがひょいっと帰ってきた。
「あ、姉弟子様。聞いてくださいよもぅ」
 私は身振り手振りを交えて、姉弟子様に今日の不満をぶちまけた。考えてみれば妹弟子にあるまじき態度だが、その時の私は、どこかで不満を爆発させなければいけなかった。
 一通り爆発し終わって、ぜぇぜぇと肩で息をする私に、姉弟子様は気の抜けた様子でこう言った。
「ふぅん。縁かねぇ」
「えん?」
「縁があるんじゃないの、その子とサ。案外、その子が奈菜の【結】なのかもしれないねェ」
「じょじょじょ、冗談じゃないですよっ!」
 私は思いきりちゃぶ台をたたいた。お菓子の入った木の器が数センチほど飛び跳ねる。姉弟子様は素早く湯飲みを口元に避難させていた。
「縁は異な物って言うからねェ」
 姉弟子様は、いつものようにカラカラと笑う。私の苦労なんて知らないよとでも言わんばかりだ。だいたい結っていったら、もっとお互いが信用できて背中を預けられて……とか。そういう存在じゃないのか。そこにはきっと運命の、劇的な出会いがあって――魔法術師科の学生なら、誰もが一度は空想する。私だって例外じゃない。もちろん、現実にそんな事が起こらないだろう事はよくわかっている。けど、百歩譲っても木嶋ってのはあんまりだ。姉弟子様だってきっとあんな奴がいたら……そう言えば。
「姉弟子様」
「何サ」
「姉弟子様の【結】ってどなたですか」
 ぶっ。姉弟子様がお茶を噴いた。お茶が器官に入ったらしくげほげほとむせている。
「な、何サいきなりだねェ」
「姉弟子様、三回生ですし五行の方ですし、結もおられるんでしょう?」
「そりゃマァ、いるけどサ……そんな大したもんじゃないんだよ、ホント」
 姉弟子様が口篭もる。さっきのお礼とばかりに、私は一気にまくしたてた。
「私、ご紹介に預かってません。『契といえば姉妹も同然。何でも妾に相談しな』とは姉弟子様のお言葉。姉弟子様の結となれば私の兄弟子様も同然。是非ともご紹介にあずかり、可能ならばご質問などさせていただければと考えます」
「くっ、弁の立つようになったねェ……」
 姉弟子様はさすがに渋い顔をして、何やら言い訳を考えていたようだけれど、結局自分の台詞には勝てなかったらしい。ちょうど今から会う事になっていたとの事で、私も紹介していただけることになった。言ってみるものだ。


「遅くなったね十蔵」
「おう」
 振りかえったその人は、まるで仁侠映画から抜け出してきたような姿だった。
 ざっくりと切られた髪に鋭い目つき。頬がややこけて痩せて見えるが、華奢というのではなく、どちらかと言えば引き締まった体つきに感じた。濃紺で、細い縦縞の入った着流しと、手に下げた木刀が異様に似合っている。あの木刀は仕込みで、中には鍛えた刀が納められているのだと後から姉弟子様に聞いた。姉弟子様の結なのだから年は私とそう変わらないはずだが、どう見ても30代、若くて20代後半に見えた。実は本当に30代なのかもしれない。
「来たか九重」
 九重、という呼び捨ての発言に、私は思わずカチンと来た。姉弟子様も呼び捨てにしているようだし、そこは「結」なのだから当然なのだけれど、私の中の優先順位は断然姉弟子様であって、どうにも釈然としなかった。
 それが顔に出てたらしい。姉弟子様がこっちを見て「みっともない顔してんじゃないよ」って私におっしゃった。いけないいけない。笑顔笑顔。
「全く……十蔵。この子が私の妹弟子」
「叶奈菜です」
 ぺこりとおじぎする。頭を上げて十蔵さんを見ると、彼は「にぃ」と笑ってこっちを見ていた。思わずどきりとした。何だ何だ。
「叶奈菜さんですかい。九重の野郎、ちぃとも紹介してくれなくてね。是非お会いしたかったんですよ」
 そして、す、と地面に正座する。私もあわてて座ろうとするが、ぴたりと手で制された。
「九重がお世話になっておりやす。あっしの名は近江十蔵と申します。以後、お見知りおきを」
 そう言って、十蔵さんは深深と頭を下げられた。あたしももう一度おじぎする。
「ん……近江?」
 私は、おじぎしながらつい呟いてしまう。
「双子なのサ。一応、妾が姉でこいつが弟」
 ああ、そうか。
 さっきの笑顔でどきっとしたのは、姉弟子様の笑顔にそっくりだったからだ。
「九重がいつもご迷惑をおかけしております」
「い、いえいえいえ。決して、そんな、とんでもないです」
「そう言っていただけると、あっしも助かります」
 十蔵さんは頭を上げて、また「にいっ」とあの笑顔を見せる。
 私も今度は、心からの笑顔で返す事ができた。
「と……時間が無いね。奈菜、ゴメンよ。もう行かないと――十蔵」
「おう」
 十蔵さん――いや、様、か。はすっと立ちあがる。姉弟子様がそこに並ぶ。
 あ、なるほど。わかった。
「どうしたのさ、奈菜」
「あ――えーと、何でもありません。どうぞお気をつけて……十蔵様、姉弟子様をよろしくお願いします」
 姉弟子様は苦笑して、十蔵様は、またあの笑顔で答えてくれた。二人は振りかえって、朱雀の方角へ向かう。今日の見廻りは二人でやるのだろう。
 紅と濃紺。和服の二人が歩いていく姿は、まるで映画のスチルのように、夕焼けの風景にぴたりとはまっていた。どちらかが欠けても絵にならない。
 あの関係が「結」なんだ。

 いつか私にも――隣に立ってくれる人が現れるのだろうか。
 次の合同実技が、何となく待ち遠しかった。

 その時なぜか、木嶋のあの顔が浮かんできて。
 私はぶんぶん首を振って、そのイメージを消した。