※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 姉弟子様が疲れた様子で、朱雀の部屋にお帰りになられた。
 その様子を見て、私は息を呑んだ。普段は染み一つ無い着物に、泥刎ねや焦げがついている。私は慌ててタオルや回復魔法の準備をした。今日の見廻りで大変なことが
起きたのだろうか。
「やられたよ。全く、忌々しいったらありゃしない!」
 姉弟子様はばさっと着物を脱ぎ捨て、私の手から濡れたタオルを奪い取ると、吐き捨てるようにそう言った。
「ヨミの奴等ときたら……」
「ヨミ?」
 姉弟子様は、一瞬「しまった」という顔をしたかと思うと、バツが悪そうにこちらを向いた。
「聞いちゃったかい?」
「聞いちゃいました」
 はぁ、と姉弟子様は嘆息した。どうやら秘密の何かだったらしい。おそるおそる、大丈夫なんでしょうか、と尋ねると、姉弟子様は諦めたようにひらひらと手を振った。
「いいってことサ。妾の妹弟子なんだから、いつかは聞く話さネ」
 白くきめ細やかな肌についた汚れを、濡れタオルで丁寧に拭い取りながら、姉弟子様はぽつぽつと語り出した。
「ヨミはね、黄泉の国の『黄泉』って書くのサ。まあ、妾らの敵って所さネ」
「黄泉」
「日本じゃ『黄泉』だけど、世界じゃまあ悪魔とか何とか、色々言われてる。でもソイツは全部おんなじモノで、言ってみれば『力』さね。それが人の心に影響したり、何かの形をとったりする。まァ、魔法と似たようなもんサ」
「力」
「妾らの魔力の元が、月の光だってェのは習ったね? 奴らも起源は同じ、月だって言われてる。月は『ツクヨミ』って言うだろ。奴ら、元は『点ク黄泉』だったらしい。点くは光。黄色は月の色で同時に奴等の色。泉は魔力の泉さネ」
「黄色い、泉」
「それは地上に降り注ぐ。降った力は地に染み込んで、そのうち下に溜まるわナ。溜まった力は、『点いてない』から唯の『黄泉』サ。この地下にはネ、『黄泉』がたぁんと溜まってんのサ」
「溜まって――る」
「月の力ってのはサ、実はあんまりいいもんじゃないってのも習ったろ? 狂気吸血狐憑き等々。『ホンモノ』は大概、月の光の魔力が原因サ。でもね、その力は月からだけじゃなく、実は地下からも這い登って来てンのサ」
「それじゃ」
「まずいだろ? だから昔の人はネ、せめて地下の魔力――『黄泉』が地上に出て来れないよう、各所にあるでっかい『出口』を『扉』でふさいじゃったのサ。要するに封印だよ。すっさまじい労力をかけてね。有名なところじゃ、各地のピラミッドがそうだねェ。あれはクサビだからね。大地に食い込んで、地下からは開けられないような意匠になってるだろ? この学校が入ってる、前方後円墳もその一つって寸法サ」
「え、でも形が」
「日本は引き戸もあるだろ。錘にした上で丸と台形にすりゃ、上に押そうが横に引こうが、がっちり食い込んで動きゃしないのサ」
「あ」
「ナ。だからって全部防げてるわけじゃあない。さっきも言ったように、じわりじわりと漏れてはいるのサ。特にここは封印の中だから、地上より漏れてきやすい。妾らのやる見廻りってのは、ま、黄泉退治の勉強みたいなもんさネ。今日のはちょいと面倒でね……そうそう。妾らもよく黄泉に取りつかれてるんだよ? 奈菜」
「ええっ?」
「ツクヨミは『憑く黄泉』でもあるのサ。妾らのよく言う『月のもの』は『憑きの者』、つまり『黄泉が憑きし者』の意味もあるさね。実はアノ日に妾らは、『黄泉』の連中にやられてるって事サ。やる気がなくなったり、体調が悪くなったり、精神的に参っちゃったりするだろ」
「あ……はぁ」
「こればっかりはモノホンのお月サンの影響もあるから何ともできないけどねェ――ま、黄泉が取り憑いてすぐは大丈夫。魔力は高まるし安定してるから、割と調子いいもんでね。『究極の魔法』を使うには都合がよかったりとかサ」
「究極の……魔法、ですか?」
「ん? 究極の『個性』は、一人の人間ってことサ」
 いつのまにか着替えも終わっていたらしい。新しい帯を止めながら、姉弟子様はそう締めくくった。
 一人の人間……私はちょっと考えた後、姉弟子様の言わんとしていることを理解した。
「あ……あ、姉弟子様ッ!」
 一気にかあっと顔が熱くなる。それは、それはそうなんですけどっ!
 姉弟子様はそんな私を指差しながら、涙を流してけらけら笑い転げていた。