日本拳法道連盟 豊前福光派古術連盟 風門館 古術:力走るのこと
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古術:力走るのこと(2006-10-17)

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私は、文章が下手で、古術の理合いをうまく伝えうることができないが、できるだけ「手具合」を「言伝」しておきたいと思う。

今回は、古術の最も奥義である「力走り」について「言伝」ふ。

古術には、「力走り」とか「気走り」と言う概念がある。これは、人間の体が気の流れの線と力の流れの線から出来ているという考えに基づく。

普通は、「力線(りきせん)」と呼び、これを読むことを重視している。古くは、これを「入れ筋」と呼んでいた。

どういうことかと言うと、合気とは違い、相手の力を無効にするという考えではない。むしろ、感覚的には相手の発する力の線にこちら側の力をまっすぐにぶつけていったり、あるいは、相手の力線を感じ取りながら崩れる方向に崩していくという概念である。

言葉で説明するのは非常に難しいのだが、この原理こそが体術・剣体術における福光派の最も重要な理合いとなっている。

これは感覚的なもので、長年手形を稽古していると不思議に読めるようになってくる。その頃には、人間の体を中心線を中心に、手足4本の線から構成される構造物として捉えることができるようになる。

つまり、人間の体は5本の線からなる構造物と言うことになる。この相手の力線のバランスを、崩れる方向に崩していくと人は自然と倒れる、と言うのが福光派の手合いの理合いである。

これを、学ぶために、「岩根」を手習ひする。

「岩根」については一度説明したが、これは、技の受け手が岩に根を張るように頑強に力振って抵抗する稽古法である。

これによって、むしろはっきりと相手の「入れ筋」を読み取ることができるようになる。

福光派は、実戦においては、相手の流れに逆わらず「当身・変手」を用いて制することを流儀の本義としているが、そのためにも、この「岩根手習」で、力線、入れ筋を読み取る能力を鍛錬ししなけらばならないと伝えている。このことを「力走りを読む」と呼んでいる。(館長)