日本拳法道連盟 豊前福光派古術連盟 風門館 古術:元手・手合のこと

古術:元手・手合のこと(2006-10-09)

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古術では、組太刀のことを手合と言う。仕手が勝つ方を仕手勝ち・脇が勝つ方を脇勝ちと言う。仕手はシテと呼ばずシデと発音する。これは、死出に通ずる。先に仕掛けるとは死に通じ、その覚悟がいると言う戒めともなっている。福光派は農民の護身武芸として継承されてきた歴史的経緯があるため、武芸を誇ることを固く戒めている。これは、江戸期の身分差別の影響下、百姓が武芸をするとなると何かと不都合な事情があったのではないかと私は推測している。また、脇はワケと発音する。これも訳に通じ、手の理合いを悟らせると言う意味を有している。仕手も脇も能の用語から来ているのだろうが、そこに武術的意味合いを含ませているところが、先人達の智恵なのだろう。

ただ、用語については、ここで何度も述べているように、私も先代も現代武道の経験が長いため、同じ技を幾重にも表現することが多いのはそれによる。また、もともと人に公開する気もなく、私自身も流儀の伝説的部分については未だに懐疑的であるため、用語の整理等についてはまったくできていないのが現状であるし、さらに言えば福光派においては、技が効くかどうかが最重要課題であって、用語の保存継承などには力点を置いていないという精神性にも由来していると思う。

用語については、今後私の方も整理していくが、門人の方々も整理に協力していただきたいと望んでいる。

手合についても、各法三十六本から構成されているのが基本である。4×9=36である。これも死苦に通じ、その意味することはおよそ武芸を志す者は「死と苦」を覚悟せざるを得ないと言う、「必死必勝」の境地をめざすことにある。「必死必勝」とは福光派の最後の奥義であるが、万が一相手に遅れをとるようならば、必ず相打ちに持ち込む覚悟で臨むと、いうことを意味している。逆に言えば、そのような覚悟がなければ死合うな、と言う教えでもある。江戸期、帯刀を禁じられ、帰農せざるを得なかった者の怒りと悲憤を感じさせる、生々しい教えである。

古術元手・手合脇勝ち・三十六本 第一段基打ち十二本

脇勝ち 1本目 刺し
     2本目 初花
     3本目 合至
     4本目 一文字
     5本目 波返し
     6本目 引き身
     7本目 突き返し
     8本目 置き車
     9本目 肩車
    10本目 抜き胴
    11本目 袈裟
    12本目 脛斬り

この十二本にそれぞれ変化手があり計三十六本となっている。(館長)