国勢/2006年10月11日/英連盟、カイロ沖海戦勝利も占領には至らず

    

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6日午後、イングランド王国のサセックス伯爵は英海軍によるエジプト・ナイル川沿いのカイロ港の攻撃を宣言、艦隊を東地中海に差し向けた。ヴェネツィア共和国は先立つ4日に軍事協力条約を調印しており、海軍基地カンディアの寄航・補給・ドッグの提供と本国の艦隊による援軍を派遣した。
ポルトガル王国は防衛に際しネーデルランド共和国の連盟引き入れに成功し、双方の参加陣営が確定、多数の艦艇が東地中海に集結した。
参加艦艇はイングランド約180隻、ヴェネツィア籍約60隻、対するポルトガルは約90隻、ネーデルランドも60隻弱とイングランド連合軍がポルトガルの2倍近い戦力である。

当初、イングランド・ヴェネツィア連合軍の司令部では、ポルトガル連合軍は、動きのとり辛いナイル川の展開を避け、ヤッファ近辺に展開するだろうと目されていた。が、蓋を開けてみると、ポルトガル側は命令伝達に混乱をきたしたのか、カイロからアレクサンドリア付近を行き来する艦隊、ヤッファ付近に布陣する艦隊とばらばらの展開を行った。
この動きをイングランド連合が見逃すわけもなく、6日20:00に最初の砲撃音が響き、戦闘が開始された。混乱をきたしたポルトガル連合軍は艦隊間の連携が取れず、多数の被害を出して一時撤退、開戦初日のイニシアティブは完全にイングランド連合側が握った。

しかし、ポルトガルの反撃はこれからだった。ポルトガル連合軍は全艦隊を精鋭艦隊とそれ以外と編成を建て直し、精鋭艦隊はヤッファなどに集結させ、かつルールで定められている非戦闘海域ぎりぎりに配置、それらを小出しに投入しつつ、徹底した連携戦術と精鋭の腕で数を補うようになり、また他の艦隊は、東地中海・イオニア海のほぼ全域に散開させ、ゲリラ戦術で補給隊などの戦闘能力が低い艦隊を執拗に狙う戦術に出た。

これらの戦法によりイングランド連合艦隊は、多くがヤッファ近辺に集結していたため、多数の遊兵を作ってしまい、また少ない敵艦隊に功を焦って殺到するあまり、指令統制と動きが噛み合わない事態を引き起こして撃破もされる船が続出、相応の被害を被ってしまった模様だ。

絶対的な多数で圧倒するイングランド連合と、戦術で対抗するポルトガル連合。戦いは不思議と均衡した状況が続き、膠着状態となった3日目、4ヶ国間で休戦協定が結ばれ、イングランド連合が約59%、ポルトガル連合が約41%といった勝率で戦闘は集結した。イングランド・ヴェネツィアは勝つべくして勝つ戦いに勝ったものの、様々な意味で課題を残す戦いであり、ポルトガルは勇戦はしたものの、最初の混乱が決め手になってしまい、健闘しただけに終わった。

この海戦の結果、カイロへの影響度はイングランドに7%、ヴェネツィアに4%割り振られた。


カテゴリ: [大海戦] - &trackback- 2006年10月11日 23:57:46

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