国勢/2005年11月21日/イングランド・ヴェネツィア連合軍敗退

    

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■20日・カイロ
18日夜から20日夜にかけて行われたイングランド王国・ヴェネツィア共和国連合軍とポルトガル王国・フランス王国・ネーデルランド共和国連合軍の戦闘は、ポルトガル連合軍の勝利に終わった。

エジプト近海の制海権を狙うべくアテネを出港したイングランド王国海軍は、補給と出撃拠点のヴェネツィア同盟港ファマガスタに寄航し、ヴェネツィア海軍と合流した。
対するポルトガル連合軍はカイロから北東のヤッファ近海に布陣し、ファマガスタを出港したイングランド連合軍と対峙、そのまま戦端が開かれた。

開戦時の艦艇はイングランド連合軍が約140隻、ポルトガル連合軍が約170隻と数的にも劣勢であったが、実際の戦果はその差以上のポルトガルの圧倒的優勢のまま戦闘は終結した。

ポルトガルは大海戦が連戦に次ぐ連戦であり、疲れはあるものの各艦艇の錬度が非常に高く、またフランス王国とネーデルランド共和国からの精鋭艦隊が合流したことで、攻守共に優れた質の高い艦隊をスムーズに逐次投入できたが、それに対しイングランドは4ヶ月もの間海戦を行わなかったことでブランクからか艦隊連携の足並みが揃わず、ポルトガルの徹底した連携戦術に対し、艦隊の錬度の低さを露呈してしまうこととなった。

この戦闘の結果、イングランドのカイロに対する影響度は約27%減り、減った分の影響度はポルトガル連合軍に分配された。なお、ヴェネツィアの影響度は0%だったため変化はない。
長く続いたカイロでのイングランドvsポルトガルの散発的な投資戦は、この海戦で決定打が出たと言えるだろう。

この戦闘によって、ヴェネツィア海軍から参加した艦隊約20隻の損害は軽微であった模様だが、イングランド海軍が受けた損害は甚大なものであり、かつてのカリカットの大勝を逆にしたカイロの大敗はロンドンの街に深い影を落としている。


カテゴリ: [大海戦] - &trackback- 2005年11月21日 12:25:34

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