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 動く海が砂漠にあると聞いて、それを人は信じるだろうか?
 否。私は信じない。海とはそもそもが塩水で覆われた広大な広さのものであり、それが砂漠にあるとは到底思えない。そもそもが波立つ以外、そう簡単に動くようなものでもない。
 しかし、果ての砂漠には確かにそれがあった。
 それは砂で出来た大海。名を、”龍の巣”という。

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「龍の巣? かまわないが、高いぜ?」

 男は安っぽいバーのカウンターに腰を下ろし、自分のグラスを傾けた。グラスに詰め込まれた氷がカランと音を立てる。
 私がカウンターに数枚の金貨を並べると、彼はにやりといやらしく笑ってそれを自分のポケットへ入れた。

「さって……じゃあまず龍の巣ってもんについて教えてやるよ」

 彼はカウンターの向こう、もっと遠くを見るように目を細め、思い出すようにして言葉を紡いだ。

「龍の巣ってのはようするに砂海だ。わかるだろ? 砂漠によくあるあれ。一面砂だらけでまるで海みたいーってやつだ。
 ふざけるのはいい? ああ、そいつはすまねえな。まあ端的に言えば純粋に細かい砂だけで出来た砂漠なんだ。例えるならアルコールの中に浮かぶ氷……わかりにくい? 要するに、砂漠の中にもう一つ別な砂漠があるってことだ」

 彼はまじめに聞いている私の顔を見るとカラカラと笑って再びグラスを傾けた。
 例えはよくわからなかったが、要するに同じ物質で構成されているはずなのに違うものがあるということなのだろうか。

 「で、だな」

 一息つき、男が再び語り始める。

「この”海”は砂漠を吹き抜ける風の影響をもろに受ける。軽いからな、他の砂よりも。それゆえに常に”動く”と表現される。長い時間をかけて砂海を作っていた砂が別な場所に再び堆積するからだな。
 だけど実際、何千年もかけてやっと動くかどうかだ。そんなレベルの話じゃ”動く”なんて言わないだろ? だから龍の巣が”動く海”と言われる実際の理由はもうひとつある。
 砂龍が砂中を猛スピードで駆け巡りまくってるおかげで、地表が波を打つように不規則な隆起を見せるからだ。実際に見てみるとすげえぞ。漫画でモグラが地中を動き回るだろ? あんな感じに地表が盛り上がるんだ」

 そんな馬鹿なと私が笑うと、彼もまあ普通信じないよなと笑った。
 私は自分の前に置かれた並々と水が注がれたグラスを眺めながら彼に話の続きを促す。

「? ああ、砂龍ってのはな。龍の巣みたいに砂の粒子が細かい地中に生息してるやつで、この砂海を”龍の巣”って呼称する所以みたいなやつだ。
 何を食ってるのかは知らねーが、一説じゃ砂を食って細かくしている。つまり龍の巣のようなのが出来た原因は、こいつらだっていう説もある。まあ解剖してみても生態系がいまいちよくわからんらしいからな何とも言えねーんだが。
 まるで海を泳ぐ魚みたいだからこういう名前がつけられたそうだ。だが、外見は爬虫類とも取れるような感じでな。魚って言うには、ちょっとあれなんだ。
 だから俺みたいにある程度知ってるやつらはなんのひねりもなくただ砂中に潜む龍みたいなやつだから砂龍ってことにしてる。こっちのほうが簡単だし、ロマンがあるじゃねえか。相対してみろ。まるでゲームの主人公にでもなった気分だから」

 少年のように彼は笑う。私がどういう反応をすればいいのか困っていると、彼はやれやれといった風に話を再開した。

「ロマンを語っても仕方ねえみてーだから、少し砂龍について語ってやるとするか。
 とは言ってもまあ、さっきも言ったとおり詳しい生態系なんて誰も知らねーから、見りゃわかるようなことぐらいなんだけどな。
 まずあいつらには手足は無い。いや、足みてーなのは一応あるが、なんつーか河童とか居るだろ? あれみたいな感じにヒレがついてる。おそらく砂の中を進むためにでも発達したんじゃねえかなあ。
 んで、外皮は案外硬い。深いところまで地面を潜れば、圧力もそれなりだからだろう。口径の小さい拳銃やらナイフみてーな刃物じゃ話にならなかったぐらいだ。おかげで狩人の武装には、ハンマーみたいな内部に強い衝撃を与える打撃系のやつか、対物狙撃銃とか徹甲弾みたいなのばかりが使われてる。
 話が反れたな。で、こいつらなんだが、地中っていう真っ暗闇の中でも行動出来るように、眼、つまり視覚よりも聴覚に優れている。まあ、優れているってレベルの話じゃないんだけどな。何メートルもの地下に居るのに、地上を歩く足音やらを察知出来るんだ。尋常じゃない。
 んで、こいつらはよっぽど餓えてんのか、何でも喰う悪食な野郎でな。獲物を見つければ迷わず飛び出してくる。俺もダチをひとり持っていかれた」

 私がどこに? と間抜けな問いを返すと、彼は苦笑しながら足元を指差した。

「龍の巣にはいるってのはな。砂龍に喰われて砂の中か、砂に飲み込まれて行方不明のどっちかしかねえんだ。
 普通の砂なら人が歩いた程度で沈みはしねえんだけどな、あそこは違う。元々柔らかくて小さい砂が集まって出来てるうえに、砂中を砂龍が動き回ってやがる。おかげで砂がいい感じに地表のものを飲み込むって寸法だ。砂漠の民も「龍の巣では立ち止まることなかれ」とか言ってたから、同じ場所に立ってたら半刻で戻れなくなるんじゃねえかな」

 動いたら今度は砂龍に察知されるじゃねえか、と彼は笑いながら空になったグラスを揺らして氷を弄ぶ。
 そんな危険な場所に行きたがる人間が絶えないのは何故だ?

「そりゃあお前。真ん中ってやつを見てみたいからじゃねえのか? 登山家で言う「そこに山があるから」ってやつだ。
 あー、すまん。冗談だからそういう怖い顔すんなよ。
 まあ実際のところは砂龍だろうな。あいつらの肝がなんかの薬になるとかで高く売れるんだ、これが。
 もっとも肝を採るためには砂龍を狩らないといけねーわけだから、かなり危険がついてくるんだが……だからと言ってやめるようなやつはそもそもが社会でちゃんと働いてるわけだからな。俺みたいなやつが後を絶たないってわけだが、俺はもう引退したよ。あんな目にあうのはもう懲り懲りだ」

 彼は”あんな目”を思い出したのか、一瞬だけへらへらしていた眼光に鋭さを宿した。
 会話が途切れ、バーに流れる古めかしいレコードの奏でる音に身を任せてそのまましばらく待つ。
 すると、こちらに根負けしたのか、それとも思い出に浸り終えたのか、彼は再び口を開いた。

「……冗談みたいなやつがいてな。俺はそれを王種って呼んでるんだが……巨大なやつだったよ。ほんと、冗談みたいに。
 砂龍に巨大化光線でも当てたようなやつなんだが、ありゃあもう別の生き物だ。強すぎる。化け物って言葉はあれのためにあるんじゃねえかなと思ったよ」

 男はほんとよく助かったもんだと苦笑しながら、グラスの氷が溶けて溜まった水を飲み干した。

「以上だ。満足か?
 まあ怖いことばっか言ってた気がしないでもないが、深いところまで踏み込まずにただ景色を楽しむだけならこれ以上の風景は果ての砂漠じゃ見つからんだろうよ。
 絶え間なく動く白い大地が昼夜を問わずに輝いてるんだ。まるで光の海みたいなところだよ、あそこは。遠めに塔が見える位置をとれれば言うことなしだな」

 彼は最後にそう言って笑い、先に席を立った。
 取り残されてしまったので、私も最後に一言書き加え、筆を置こうと思う。

 これから果てへと至る旅人達に、どうか神の加護がありますように

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