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果ての砂漠……

そこは宰相府の中でもっとも未開の地であり、宰相府の水の塔の南西に広がるほぼ砂しかない場所である。
だが、未開であるゆえにここには未だ数多くの伝説や伝承が残り、数々の神秘が神秘のままで残されているのである。
ここにある男が遭遇した"伝説"について書き記した本がある。今からそこに書かれている内容を少しだけ紹介するとしよう。

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見渡す限りは砂、砂、砂
砂以外に見えるものは無く、風の音以外に聞こえる音も無い砂漠で私はふらふらと歩いていた。
砂嵐に巻き込まれ持っていた荷物も何もかも失い、体一つで砂漠を歩いていた私の足取りはおぼつかず、今にも地に倒れ伏してしまいそうであった。

この時の私の風貌は白い布を頭に巻き、一枚布の貫頭衣。これだけ聞くと砂漠の民のようであるが、私は他の藩国から来た旅人あり、各地の伝承や伝説について調べ、研究する民俗学者であった。
今回私が果ての砂漠を訪れたのはある一つの伝承が真実であるかをその目で確かめたかったからである。

その伝承とは砂漠の民に伝わる『彷徨いのオアシス』と呼ばれる伝承である。
それは砂漠の民の男が今の私と同様に砂漠を渡っていた時の事だった。既に水も食料も無く、行き倒れかけたその砂漠の民の前に突然オアシスがが現れたという。
そこには見た事も無い動物達が棲み、砂漠には存在しないはずの果実を付けた木々や草花が生い茂っていたそうだ。

話を戻そう。
足取りは重く、太陽の光から少しでも逃げるが如く下を向いて歩いていた私がふと顔を上げると、遠くに小さくオアシスが見える。
瞬間、私は疲れきった顔に笑顔を浮かべ、走り出した。
きっとあれこそが自分の求めていたオアシスだ、そう思って喜びながら走った。
あの時の私は疲れすら忘れていたのかもしれない。
砂に足を取られ、こけそうになりながらオアシスを目指して走る。走る。走る
だが、一向に辿りつく気配は無い。むしろ走れば走るほど遠ざかって行くような気すらする。
遂に私は走るのを止めた。気が付いたからである、つつまりはそう、アレは本物じゃない。蜃気楼なのだ、と。


それから数時間経っただろうか。私からはすでに体力も気力も失われてしまっていたが、それでもまだ歩き続けていた。
遠くにはまだオアシスの幻が見える。私はその事に内心呪いの言葉を吐きたい気持ちで一杯だったが、声を出すのも疲れるので黙って歩いた。
気が遠くなるほど歩いて私は遂に倒れた。
もう駄目だと思った。もう自分はここで死ぬのだと。
そして私の視界が闇に包まれかけた、その時、目の前に突然、本当に突然としか言いようがない程に一瞬の間に……

オアシスが現れていた。

幻か・・・と思ったが、違う 何かが違う。
私は最後の気力を振りしぼって立ち上がるとゆっくりとした足取りで近づいて行った。
どんどんと近づいてくるオアシス。
足取りも自然と速くなる。私はいつの間にか走り出して、オアシスの中へ入って行った。
中に入って見ると何故だろうか、砂漠のど真ん中と思えない程に涼しく、太陽の光も急に弱くなったように感じる。
私は不思議に思いながらも水を求めると両手で掬ってごくごくと喉を潤した。ほっと一息つき、周りを見回し、そこで気づいた。
周りには見た事も無いような動物達がいたのである。
それは金色に輝いている猿であったり、角を持つ馬であったり、炎のように燃える朱い鳥であったり。
そして周りの植物もまた見た事の無い色形の物ばかりであった。
動物達は一様に私を物珍しげに見ていたが、こちらに害が無さそうだと思ったのか、近づいて来た。
私はその光景に飲まれて、固まっていたが、動物達が近寄ってくるのを見て、手を差し出し、手近な馬を撫でてみた。
馬は全く恐れなど抱いていないかのようで気持ちよさそうに撫でられていた。
金色の猿や赤い鳥達が自分も自分もとばかりに近寄って見上げてきたので撫でてやる、嬉しそう。
そしてしばらくそうやって動物達と触れ合っているとはたと気が付いた。この風景を何かに残さないといけない、それが私の目的だった。
何か映像か写真に残せるものは無いかと探したが生憎何もなかった。
全部飛ばされた荷物の中に入っていたのをすっかり忘れていた、酷く落胆した。
蜃気楼のオアシスに騙された時よりもこの時の方が落ち込んだ。
その様子を見て、動物達が私に身体を摺り寄せてきた、彼らは慰めてくれているのだろう。
私はその様子にふっと笑って、また彼らを撫でてやった。

その後は一晩を彼らと共に過ごした。途中気が緩んだせいか、忘れていた空腹が戻ってきて、腹から気の抜けた音がした時は果物を彼らが取ってきてくれた。
どれも全く見た事の無い物ばかりだったが、大層美味かったのは覚えている。
食事のお礼に歌を歌ってやった時も大層驚かされた。昔研究していた古い古い時代の言葉の歌を歌うと動物達も鳴き声を上げて唱和し始めたからだ。それは全くまとまりの無い集団であったが、不思議と調和が取れて素晴らしい合唱であった。
そして寝る時は動物達と一緒に眠った、馬や猿達と一緒は獣臭かったが、それが逆に心地よかった。

翌日、私が目を覚ますと私は砂漠の中に一人立っていた。
びっくりして辺りを見回すがオアシスや見た事も無い動物などは全くいなかった、代りに近くに集落が見えている。
あれは夢だったのかと私が思いかけた時、たくさんの動物達の鳴き声が聞こえてきた。
振り返るとそこには木々の間から動物達がこちらを見ていた。
私が驚いてそちらに向かおうとすると彼らの姿は不意に歪んだ後、忽然と消えた。
そしてそこにはただ乾いた風が吹きぬける砂漠が続くだけであった。


あれから数年、何度か果ての砂漠を訪れる事があったがあれ以来一度としてあのオアシスに遭遇する事は無かった。
あの日起こった出来事を何人かの友人にも話したが、当然ではあるが信じて貰える事は無かった。
だが、私は知っている。あの日の出来事は夢ではないのだと。『彷徨いのオアシス』は本当にあるのだと言うことを。

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