525話

第525話:君に出会ったことが間違いと言うのなら


倒すべき者の姿を求め、どれほど走り続けただろうか。
道無き道、生い茂る木々の彼方からやってきたのは、壮年の剣士だった。
どことなくリュカ様に似ているとも思いはしたが、そのようなことは大した問題ではない。
私の姿を認めた男が、剣を抜き放ちながら我が名を言い当てたことも、大した問題ではない。
あまつさえ主君の名を呼び捨てにし、息子だと嘯いたことすら、どうでもいい。
誰とどのような関わりを持ち、どのような思考に基づいて行動していようが、
リュカ様以外は全て倒すべき敵でしかないのだ。
だが、それでもあえて男に告げることがあるとすれば、二つ。

「これは全て、私の意志と独断で行っていること。
 故に、……何者であろうと、例えリュカ様自身であろうと、私の道を阻ませはしない!」

そう言い放ち、私は鞭を振り下ろした。
虚空を切り裂いて躍り掛かる炎の刃を、しかし男は驚くべき事に、手にした剣で弾き飛ばす。
何たる鋭い太刀筋か。しなる鞭で刀身を絡めとることすら許さない。
ただ一撃で、格の違いを感じるほどの実力。
そしてその剣。グランバニア城内に飾られた肖像画と、支給されたリストでしか知らぬ顔。
"偽者か魔女の傀儡として蘇った死人"、そんな認識を抱いていた自らの愚かさを恥じる。

そう、認めねばなるまい。
この男は、紛れもなくリュカ様の父君たるグランバニア先代王。
サンチョ様をして"リュカ様以上に強い"と言わしめた、ただ1人の人間。
魔力や体力の温存は、この際考えるべきではない。
全力を尽くしてなお、勝てる見込みは一割あるかどうか。
私は、その一割を掴み取らねばならぬのだ。

一秒に満たぬ思考を終え、私は呪文を紡ぐ。
相手は神速と豪腕を併せ持つ剣士。恐らく接近戦を挑もうとするだろう。
だからこそ、まずは距離を稼がねばなるまい。
見越したとおりに間合いを詰めてくる剣士に向かい、イオラを放つ。
この程度で怯むとは思っていないが、視界を遮られれば、とりあえず前方に攻撃しようとするだろう。
私は一旦右手の方へ跳び、そして素早く後ずさる。
武器は構えたまま、本体を動かして、ザックから二本の杖を取り出す。
そして、舞う砂ぼこりの向こうで大した傷もなく剣を構える男を、今一度睨みつけた。

牽制しながら隙を探すこと、数秒か数分か。
不意に、男が動いた。
私も、本体の弾力を利用して中空に飛び上がる。
スライムナイトが得意とするジャンプ攻撃――
そのように見せかけながら、私は唱えていた呪文を完成させる。
再びの爆発。
その光が止まぬうちに、素早く杖の片方を投げつける。
攻撃ではない。これもフェイントだ。
真の攻撃はこの後に続く、鞭の一閃。
そのはずだった。
だが、おかしなことが起きた。
投げつけた杖が、突然光を放ったのだ。

光は男の身体を包み、そして、周囲に紫色の霧が立ち込める。
闇夜でも淡く光る独特の色彩は、紛れもなくマヌーサの霧だ。
投げつけただけで幻惑呪文を発動する、妖術師の杖にはこんな効果があったのだろうか。
疑問に思いはしたが、この好機は逃せない。
私は鞭を振るい、動揺して隙を見せた男の剣を弾き飛ばす。
そして主が父親の形見として振るっていたはずの剣を、手中に収めた。

後は男の命を絶つのみ。
態勢を立て直される前にと、私は男に突進する。
男の名を冠した剣で、その心臓を貫くべく。
しかし、その時。
私の本体は、地面から伝わる振動を捉えた。
足音。何者かがこちらに向かってきている。
それを証明するように、木立が大きく揺れる。

私はとっさにもう一本の杖を振った。
引き寄せの杖。
その力は乱入者の身体を絡めとり、私の元へ運んでくるだろう。
私は即座に剣を構える。
それだけだ。待つ必要すらない。
猛スピードで引き寄せられた不幸な乱入者は、避ける間もなく自ら串刺しになる。

そして、私が空想した光景と同じように。
"彼"の身体は、怜悧な刃に吸い込まれるかのごとく、その中心を貫かれた。



ピエールが走り去っていってから、私とお父さんはどれほど立ち尽くしていたでしょうか。
1人で行ってしまったピエールを心配する気持ちと、お父さんと離れ離れになりたくない気持ち。
釣り合った、相反する思いを傾けたのは、お父さんの言葉でした。

「タバサ」
お父さんは私の名前を呼び、泣きそうな表情で私を見つめました。
「急いでピエールを連れ戻してくる。
 いい子だから、ここで待っていてくれ」
その言葉に、私はびっくりして、お父さんを見上げました。
そして、右腕にぎゅっとしがみついて叫びました。
「嫌! お父さんが行くなら、私も一緒に行く!」
わかってはいました。そんな我侭を言っても、お父さんは聞き入れてくれないと。
私の予想通り、お父さんは首を横に振って、聞き入れてくれませんでした。
「僕は、タバサもピエールも、危ない目に合わせたくないんだよ」
お父さんは悲しげに顔を伏せました。
「タバサのことは大事だ。だから、"あの女"が向かっている先に連れて行くなんてできない。
 でも、セージもジタンもピエールを疑っている。
 僕達の姿がなければ、ピエールが僕達を殺したと決め付けて、殺そうとしてしまうかもしれない」

あの女――アリーナ。
お母さんを殺した、凶悪で、最低の殺人鬼。
あいつのような悪者を倒そうと、ピエールは1人で行ってしまったのです。
ピエールのことも、セージお兄さんたちのことも……お父さんの気持ちは痛いほどよくわかります。
私も同じ気持ちで、だから、私はお父さんと一緒にいたくて。

「行かないで、お父さん!」
私はお父さんを引きとめようとしました。
けれど、お父さんの心を動かす事はできませんでした。
「僕はもう、誰も失いたくないんだよ」
お父さんは辛そうな顔で、私の頭を撫でました
「必ず戻ってくるから……ごめんね」

私は顔を上げました。
お父さんは、もう、背中を向けていました。
ピエールが渡してくれたマントは、あっという間に闇に溶けて、見えなくなっていきました。

私は悪い子です。
お父さんの言いつけを守れない、悪い子です。
でも、私はお父さんと離れたくなかった。
お兄さんと勉強した呪文で、お父さんとピエールを助けたかった。
だから、私はお父さんの後を追いかけました。
月が雲の中に隠れる度、森は真っ暗になります。
木の根や石につまづいて、二度ほど転んでしまったけれど、私はお父さん達に追いつこうと走りました。

どれほど走ったことでしょう。
突然、離れた場所で爆発が起きました。
私はすぐに、イオラの呪文だと気付きました。
きっとピエールが、アリーナか、殺し合いに乗った人と戦っているんだ。
そう思った私は、急いで、爆発があった方に走りました。

数十メートルほど走ったところで、再び、爆発が起こりました。
熱風に伴って生まれた光は、ピエールと、誰かの姿を映し出しました。
ピエールと戦っていたのは、アリーナではなく、男の人でした。
どこかで見たことのある剣を握り、男の人は、ピエールに切りかかろうとしていました。
私はピエールが殺されてしまうと思いました。
だから、男の人に気付かれないように小さな声で、急いで呪文を唱えました。
巻き込まれてもピエールが傷ついたりしないように、いつも使っていた得意な呪文を。

(マヌーサ!)
私が小さく叫ぶと同時に、紫色の霧が立ち込めました。
雲から出てきた月の光を受けて、霧はピエールの幻を映し出しました。
男の人は狼狽して立ち止まり、そして、ピエールの握っていた鞭がしなりました。
鞭は男の人が持っていた剣に当たり、宙へと弾き飛ばしました。
くるくると舞った剣は、ジャンプしたピエールの掌に、見事に収まりました。

これで勝負がついた。
私は、そう思いました。
でも、ピエールは……
ピエールが剣を構えたとき、私は自分の目を疑いました。
だって、男の人が持っていた武器は、その剣だけだったから。
"殺す気がないのなら"、それ以上攻撃する必要なんてなかった。
なのに、ピエールは、剣を構えて男の人に突進したのです。
多分、止めを刺すために。……殺すために。

愕然とする私の身体を、誰かが突き飛ばしました。
お父さんだ、と気付くには、時間がかかりました。
私は知らなかったのです。
ここが、サスーン城より東に進んだ森の中だということ。
お父さんは、ピエールがサスーンに戻っていないか確かめようと、お城の方へ向かっていたこと。
だから、私とお父さんが爆発に気付いた時、私の方が少しだけピエール達の近くにいたことを。

月は、もう、隠れていました。
闇の中には紫色の霧が立ち込めていました。
だから。ピエールも、気付かなかった。

光が闇を切り裂いて。
お父さんの姿が、消えて。
嫌な音が、響いて。

「リュカ、様……?」

ピエールの声が、ひどく空しく聞こえて。
気紛れで残酷な月明かりが、木々の切れ間から差し込みました。



いつかはこうなると思っていた。
親友の弟と再会した、あの時から。
けれど、どうせこうなるなら、もっと速く訪れてくれれば良かったのだ。
胸を貫いた剣と、ピエールの瞳の奥底で揺れる感情に気付いた今は、ただそう思う。

何が魔物使いだ、エルヘブンの血だ。
僕が一番、ピエールのことをわかっていなかった。
自分の力に自惚れて、わかっているつもりになっていただけなんだ。

タバサが僕の元に駆け寄ってくる。
そして、紫色の霧を超えて、人影が歩み寄ってくる。
忘れるはずもない懐かしい姿に、僕は思わず口を開いた。
「……父さん」
言いたいことは一杯あったのに、たった一言で限界がやってくる。
涙を流して座り込むタバサにも、何一つ言ってやれなかった。
せめてもと、声の代わりに、ジタンが渡してくれた石を握らせる。
本当にタバサを心配している人達と、もう一度出会えるようにと祈って。

「リュカ! しっかりしろ、リュカ!」
父さんが僕を抱きかかえ、僕の名前を呼ぶ。
でも、押し寄せる闇は、止まらない。

もしもあの時、リノアと一緒に死ねていたなら、きっとここまで悔しくはなかっただろう。
ピエール。
僕がいなければ、良かったんだろうか。
それとも、君がいなければ良かったんだろうか。
今更になって、もう少しだけタバサの傍にいたかったと思うのは、傲慢なんだろうか。
父さんとちゃんと話がしたかった、そう思うことは身勝手なのか。
だけど、僕だって……僕だって、父親で、息子なんだ。

ああ。僕と出会わなければ、君も、ここまで道を誤ることはなかったのに。
どうして、僕達は……出会って、しまったんだろう……ね……



その時の私は、キャンプで出会った青年と同じ目をしていたのだろう。
気がつけば、私は息子の身体から剣を引き抜き、憎き魔物に切りかかっていた。
術者の集中が解けたのだろう、紫色の霧も我が目を惑わす幻影を映しはしなかった。
スライムナイトの弱点たる足元のスライムを一刀の元に両断する。
幾多の命を奪った魔物は、抵抗一つせず、崩れ落ちた。
私には魔物の言葉はわからない。
だが、緑色の体液を撒き散らすスライムの瞳は、諦めと絶望を湛えていたように思えた。

魔物の死を見届けた後、私はビアンカに良く似た少女に――息子の娘に向き直る。
娘、タバサは、しかし私を怯えた目で見つめた。

「来ないで!」

恐怖に顔を歪ませながら、タバサは森の奥へと駆け出す。
私は、その手を掴んで繋ぎとめようとした。
息子の分まで、彼女の身を守ってやりたかったのだ。
だが、……魔物の、最後の呪いだろうか。
私の足は、鉛の枷を嵌めたかのごとく、遅々として進まず。
幼い後姿は、みるみるうちに遠ざかって消えてゆく。

私は、リュカの荷物と、見覚えのあるリボンを手に取った。
リュカにはとうとう、父親らしいことを何一つしてやれなかった。
本来ならば、せめて私の手で弔ってやるべきなのだろう。
だが、その時間と余裕は、最早無い。
私がすべきこと、そしてリュカが真に願うことは、タバサを守ることであるはずだからだ。

「許せ、リュカ」
私は呟き、歩き出す。
一人残された孫娘を守る事こそ、私の責務であると信じて。

【タバサ(HP2/3程度 怪我はほぼ回復)
 所持品:E:普通の服、E:雷の指輪、ストロスの杖、キノコ図鑑、
     悟りの書、服数着 、魔石ミドガルズオルム(召喚不可)
 基本行動方針:???】
【現在位置:サスーン城東の森→移動(行き先は不明)】

【パパス(鈍足状態、軽傷)
 所持品:パパスの剣、ルビーの腕輪、ビアンカのリボン
 リュカのザック(お鍋の蓋、ポケットティッシュ×4、アポカリプス(大剣)、ブラッドソード、スネークソード)
 第一行動方針:タバサを追いかけ、守ってやる
 第二行動方針:ラムザを探し(場合によっては諦める)、カズスでオルテガらと合流する
 第三行動方針:仲間を探す
 最終行動方針:ゲームの破壊】
【現在位置:サスーン城東の森→低速で移動】

※毛布、魔封じの杖、死者の指輪、ひきよせの杖[0]、レッドキャップ、ファイアビュート
 王者のマント、以上のアイテムはリュカとピエールの遺体の近くにあります。


【リュカ 死亡】
【ピエール 死亡】
【残り 46名】

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最終更新:2008年02月17日 23:11
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