420話

第420話:Rose,Wild rose


空の一端を掠めていく青い影にも気付かずに、フリオニールは走る。
彼方に見える緑、その向こうにあるはずの村――カズスを目指して。

度重ねた戦闘のせいか、走った距離のせいだろうか。
息は上がり、足は鉛のように重い。
だが、疲労や痛覚をごまかすためか、高揚した神経は無意味な全能感を脳に吹き込み続けている。
どこまでも走れそうな感覚、しかし限界が近いことを訴える筋肉。
その二つを取り持とうとするかのように、心は繰り返し、繰り返し一つのフレーズを流し続ける。

(俺は、野ばらだ……誰にも摘まれない……手折らせない……フィンの野ばらだ……)

フィン王国の紋章、反乱軍の合言葉たる野ばら。
可憐な花を咲かせながらも、決して屈さず、媚びず、みだりに摘もうとする者の指を鋭い棘で貫く。
強大な帝国に対抗する者達の象徴としては、これ以上相応しいものもないだろう。

かつて反乱軍の戦士であった時、フリオニールは思った。
自分は野ばらの棘でありたいと。
フィンという花を手折ろうとした皇帝に、一矢報いる棘でありたいと。

今、殺人者となったフリオニールは思う。
自分は野ばらでありたいと。
今一度小さな花を咲かせるために、誰にも摘まれぬ強き野ばらでありたいと。

ユフィは未だ追ってきているのだろうか。
振り向いても見当たらないが、フリオニールがカズスに向かっていることは彼女にもわかっているはずだ。
それでも……いや、だからこそ、一分でも一秒でも早くカズスに行き、身を休める必要がある。
枯れた野ばらが二度と花を咲かせないように、死んでしまえば、全ての努力が水泡に帰すのだから。
(それだけは避けなければならない……何としてもだ!)

フリオニールは走り続ける。
マリアが蘇る時まで、手折られるわけにはいかない――その想いが駆り立てるままに。



――サックスとカインの追跡劇が幕を開けてから、数十分後。
村とも呼べない瓦礫の群れの真っ只中で、スコールとマッシュは立ち尽くしていた。

「ひどいな、こりゃ……一体全体、何をどうやったらこうなるってんだ?」
マッシュが、足元の石を蹴り飛ばす。
溶けかけの飴玉を思わせていたそれは、地面に落ちると同時に脆く砕けた。
周囲を見回せば、つつくだけで崩れそうな壁ばかり。
建物全体としてみれば、つつくまでもない状態だ。
「被害状況からして、何かが爆発したようだな。
 高レベルのG.F.を召喚したか、ごく小型の核爆弾でも使ったか……そうでなければ、俺の知らない魔法か」
村を囲む木々や、残された家の痕を調べていたスコールが、冷静に分析してみせる。
二人とも、不思議と怖気づいてはいない。
元々の性格もあるが、今に限っては、破壊の規模が大きすぎて現実味を感じられずにいるという要素が強かった。
「なぁ、あっち行ってみようぜ、スコール」
そう言って、マッシュが大きく抉れた地面を指さす。
そちらが爆心地であることは、木や建物の倒壊状況を見るまでもなく明白だ。
「危険だぞ」
どこかおざなりなスコールの言葉に、マッシュは足を進めながら言い返す。
「虎子を得るには、虎穴に入らなきゃならないだろ」
スコールも後を追う。いつも通りの仏頂面ではあるが、心なしか唇の端が釣り上がっているようにも見える。
「虎子ならいいがな……魔女が出てくるかもしれないぞ」
「アルティミシアか? 脱出の手間が省けるってもんだ、願ったり叶ったりさ」
声を上げて笑うマッシュに、スコールは呆れたように首を横に振った。
「二人きりでも戦う気かよ、あんた」
「当然。お前だってそうだろ」
言われて、スコールは目を閉じた。
「確かにな……どんな状況だろうと、俺は戦う事を選ぶだろう。
 そうすることで別の悲劇が幕を開けるとしても……奴を倒すことが、俺の義務だからな」
(義務?)
わずかに自嘲の色を帯びた呟きの意味を聞きあぐね、マッシュは問い返すつもりで口を開く。
――けれど、そこから紡がれたのは、全く別の言葉だった。
切り取ったように残された地面、その上に、ぽつんと横たわった『もの』に気がついたがために。

「あれ、人じゃないか?」

視線の先にあるのは、手折られた花を思わせる、赤い色彩。
スコールはマッシュに答えることなく、そしてマッシュもスコールの返事を待たず、ソレに向かって走り出した。

二人の視界の中央に、次第にはっきりと見えてくる。
吹き飛ばされた炭の欠片、千切れた腕、わずかに生前の面影を残す頭部。
半ば溶けて、中身が剥き出しになった首輪。
目を覆いたくなるような惨劇の中にあって、荒野に咲いた野ばらのように存在する赤髪の少女。
けれども胸に生えた剣が、赤黒い血が、白蝋を思わせる肌が、彼女が既に息絶えていることを示している――
一枚の絵画にも似た悪夢が、そこにはあった。

「相討ちになったのか……」
壊れた首輪を拾い上げながら、マッシュは呟く。
残されたパーツからでは、それが元は若い人間だったということしかわからない。
一方、スコールは少女の遺体に歩み寄ると、突き刺さったままの剣を力任せに引き抜いた。
それから、そっと彼女の首筋に触れ、感触を確かめる。
「……硬直の度合いからして、事があったのは正午前後だな。
 あんたが『光った』とか騒いでた、ちょうどその時かもしれない」
スコールの言葉を聞いているのかいないのか、マッシュは苛立ったようにばりばりと髪を掻く。
「やってらんねえな、まったく。
 どっちもまだ若いのに、こんな形で命を散らせるなんてよ」
舌打ちするマッシュを横目に、スコールは少女の持っていたザックを調べる。
中から出てきたのは、さほど大きくない袋と、一振りのナイフだった。

「これは……ティファのナイフ?」
スコールの言葉に、けれどマッシュは首を横に振る。
「いや、似ているけど違うぜ。
 あいつのナイフはロックの奴が使ってたのと同じだったからな、良く覚えてるんだ」
「そうか? ……あんたがそういうならそうなんだろうな」
口ぶりとは裏腹に、あまり納得していないような表情で、スコールは自分のザックに仕舞いかける。
――その時、二人の耳に女の声が届いた。

『待って……そのナイフを、見せて……』

「……ティナ?」
マッシュが慌てて魔石を取り出す。
ティファを回復して以来、淡い明滅を繰り返すのみだった魔石が、煌々と輝いている。
『見せて……私に…・・』
今にも消えてしまいそうなほど儚く、けれど、紛れもないティナの声が響いた。
スコールは一瞬悩む素振りを見せたが、ひとまずナイフを魔石の前に翳す。
「これで見えるか?」
肯定するように、緑の光が瞬いた。
「心当たりがあるのか?」
マッシュの問いに、ティナの声が答える。
『ええ。間違いないわ……
 これ……最初に殺した女の子の……彼が持っていったはずのナイフよ……』
それだけを言い残すと、力尽きたのか、ティナの声はぱったりと止んだ。
弱い光を湛える魔石の前で、スコールとマッシュは顔を見合わせる。
ティナの言う『彼』。それが誰なのかは、訊くまでもない。
「スコール。他に、あいつの持ち物らしいのが入ってたか?」
「いいや、こっちの袋には変な草が入ってるだけだ。ボウガンも大剣もない」
首を横に振るスコールに、マッシュは顔をしかめる。
それから、苦々しい声で問い掛けた。

「……どういうことだと思う?」
「何とも言えないな。判断材料が少なすぎる。
 ただ、あいつを殺して荷物を奪った可能性は低いだろう。
 他の武器が入っていないんだからな」
スコールは顎に手を当て、視線を地面に落とす。
「どこかで接触して取引でもしたか、上手いこと盗んで逃げ切ったか……
 あるいは……ティファみたいに、誰かを殺すために利用しようと渡したのか」
スコールは口を噤み、少女に視線を移す。
マッシュも痛々しげな目を亡骸に注ぐ。
そうして沈黙が降り、しばしの時が過ぎた。

――やがて、ふと、何かに気付いたようにスコールがマッシュを見やる。
「どうするんだ、それ?」
その視線は、マッシュの手に握られた首輪に注がれている。
溶けて穴が空いた外殻の中から、焦げた基盤や配線がはみ出た、壊れた首輪。
「あ? あ、ああ……つい拾っちまったけど、こんなモン持ってても仕方ねーよな」

そう言って、マッシュは放り捨てようと振り上げ――唐突にその手を止める。
「待てよ……これ、機械なのか?
 ……もしかして、兄貴なら調べられるか?」
「アニキ?」
「ああ。俺の国は、元々機械技術が盛んな国でさ。
 俺はそっち方面には興味がないけど、兄貴はかなり熱を入れてるんだ。
 ……そうだよ。機械なら、兄貴に任せればきっと何とかしてくれるぜ」
マッシュは目を輝かせる。
――が、それは一瞬のことだった。
「そんな壊れてるのに、解析なんかできるのか?」
スコールの指摘に、マッシュは壊れた首輪を見やり、沈んだようにため息をつく。
「……すまん、無理に決まってるな。
 ここまで壊れてるんじゃ、いくら兄貴だってどうしようも……」
がっくりと肩を落とすマッシュに、スコールは冷淡に声を掛けた。
「だから、壊れていない首輪があるだろ?」
そう言って、踵を返し歩き出す。
眉をひそめるマッシュの前で、スコールはガイアの剣を大きく振りかぶり――

風を切る鋭い音。
次いで、鈍く重い音。
目を瞬かせる間もなく、鋭い一閃が走った。


数十秒後、スコールは『壊れていない首輪』をマッシュに手渡した。
それから剣とナイフだけをザックに仕舞い、すたすたと歩き出す。
数メートルほど歩いたところで、立ち竦んでいるマッシュを振り返り、声を掛けた。

「行こう。この町にあいつはいない。
 これから来るとしても、この状況では、足を踏み入れたり留まったりする確率は低い。
 他の拠点を探した方が、あいつにも、あんたの兄貴とやらにも出会える可能性が上がるだろう」
そう言って歩くスコールの後姿と、転がる赤い髪を交互に見やり、マッシュは何かを言いかける。
だが、声にすることはついにできなかった。
そんなマッシュの代わりに、スコールが口を開く。

「なぁ……ラグナやマリベルの言葉を覚えてるか?」
マッシュは一瞬戸惑ったが、すぐに首を縦に振った。
スコールは振り返らなかったが、彼の答えがわかったかのように、言葉を続けた。
「俺には義務がある。
 仲間として皆の遺志を継ぐ義務……班長としてバカな班員を止める義務。
 何より……俺自身が作ってしまった物語を終わらせる義務がある」

――その時、スコールはどんな表情をしていたのだろう?
マッシュには見えなかったし、声色から想像することもできない。
ただ、硬く、硬く握られた拳が、彼の思いの一端を物語っていた。

「正しいかどうかなんて、どうでもいい。
 果たさなければならないことがある、だから成し遂げなくてはいけない。
 ……少なくとも俺には、奇麗事や甘い事を言っている余裕なんか無い」

それ以上、スコールは何も喋らなかった。
マッシュはしばらく渡された首輪を握り締めていたが、やがて、彼を追って歩き出した。


肩で息をしながら、フリオニールは足を進める。
己の希望を咲かせるために――薙がれて倒れた木陰を縫い、その先にある村へと。

死者の遺志を胸に、スコールとマッシュは歩く。
成すべき事を成し遂げるために――かつての仲間を探しに、見知らぬ地へと。

手折られぬ野ばらでありたいと願う者。
その棘は、この先誰を傷つけるのか。

あらゆる魔力を打ち破る剣、その凍てつく波動に触れた首輪。
それは、魔女の手を貫く野ばらの棘となるのだろうか。

運命は、未だ結末を教えてくれない。

【マッシュ 所持品:ナイトオブタマネギ(レベル3)、モップ(FF7)、ティナの魔石、神羅甲型防具改、バーバラの首輪、
 レオの支給品袋(アルテマソード、鉄の盾、果物ナイフ、君主の聖衣、鍛冶セット、光の鎧、スタングレネード×6 )】
【スコール 所持品:天空の兜、貴族の服、オリハルコン(FF3) 、ちょこザイナ&ちょこソナー、セイブ・ザ・クイーン(FF8)
 吹雪の剣、ビームライフル、エアナイフ、ガイアの剣、アイラの支給品袋(ロトの剣、炎のリング、アポロンのハープ)】
【第一行動方針:他の拠点に移動し、アーヴァインかエドガーを探す
 第二行動方針:ゲームを止める】
【現在地:カズスの村・ミスリル鉱山入り口付近→村の入り口へ】

【フリオニール(HP1/3程度 MP1/2)
 所持品:ラグナロク ビーナスゴスペル+マテリア(スピード) 三脚付大型マシンガン(残弾9/10)
 第一行動方針:カズスの村へと走って移動する
 第二行動方針:日没時にカズスの村でカインと合流する
 最終行動方針:ゲームに勝ち、仲間を取り戻す】
【現在地:カズスの村・周囲の森→村の中へ】

ひそひ草、及び様々な種類の草が入った袋(説明書付き・残り1/4)はバーバラの死体の傍に放置。

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最終更新:2008年01月26日 18:51
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