168話

第168話:誰が誰を殺したか


【21:06】
 アーヴァインは、ベッドの中で必死に眠りにつこうとしていた。
 元来のナイーブな性格、そして状況が状況ということも手伝い、睡眠状態に入っても三十分程度で目が覚めてしまう。
 それを何度も繰り返した挙句、彼はついにベッドから身を起こした。
 眠れないといっても休むことは休めたし、夕飯も食べたので、疲労感は大分減っている。
 帽子をかぶり、相変わらず血のついたままのコートを羽織って、額を抑えながら扉をくぐった。
 見張りをしていたピサロは、寝室から出てきたアーヴァインを一瞥したが、沈黙を続ける。
 「オジサン、誰~?」
 アーヴァインは微妙に眠たそうな声で、わざとらしく目をこすりながら話し掛けた。
 「……ソロの知人だ」
 ピサロは不機嫌そうに答える。
 人間への感情がそうさせたのか、オジサン呼ばわりが不服だったのか、どちらが原因かはわからない。
 けれどもアーヴァインは気に留める様子もなく、いつものように微笑みながら言った。
 「ふーん。ソロ、知り合い多いんだね~。
  やっぱり人柄って奴かな。すっごい親切だし、色々できるし、きっと女の子にもモテモテなんだろね~」
 「………」
 「あ、そうだ。オジサンさぁ、銃とか持ってない?」
 「ジュウ?」
 ピサロには聞きなれない言葉だった。それで初めてアーヴァインに興味が湧いたらしく、彼の顔を見る。
 「ジュウ、とはなんだ?」
 「知らないの? うーん……説明しづらいけど、鉄製の筒にボウガンみたいな引き金がついてる奴だよ。
  火薬入りの弾を込めて、筒の中で火薬を爆発させて、その勢いで弾を撃ち出すって武器なんだ」
 「鉄製の筒……ビビの袋に入っていた、アレのことか?」
 ピサロの呟きに、アーヴァインは目を輝かせる。
 「持ってるの?!
  僕、もともと剣より銃の方が得意なんだ。持ってるなら譲ってほしいんだけど」
 ピサロは答えない。その顔には、拒否の意思が露骨に表れている。
 「この剣と交換でも、ダメ?」
 「悪いが間に合っている。それに、見ず知らずの人間に武器をくれてやるほどお人よしになった覚えはない」
 「そっか……それもそうだね。ゴメンナサイ、わがまま言っちゃって」
 アーヴァインはあっさりと引き下がり、頭を下げた。それから突然思い出したように言う。
 「そうそう。目が冴えちゃって眠れないから、少し外に行ってきてもいいかな?」
 「勝手にしろ」
 どうしようもなく突き放された返事だったが、それでもアーヴァインは笑顔を崩さない。
 「うん、そうするよ。でも、帰ってきたら五回ノックするから、そうしたら中に入れてね」
 ひらりと身を返すアーヴァインに、ピサロはふと、顔を上げる。
 「待て。朝になる前に、その服をどうにかしておけ。連れの娘が目覚めたときに騒ぎ出す」
 「え、服? 騒ぎ出すって……あ、もしかして血が怖いとか?」
 「そうだ」
 「わかった。ついでだし、着替えも探してくるよ」
 飄々と外に出て行くアーヴァインを、ピサロは相変わらずの冷めた視線で見送った。

【21:43】
 ギルバートは、一人でベッドに寝そべっていた。
 彼もどこぞの誰かと同じように、眠れぬ意識を闇に沈めることに全力を注いでいたのだ。
 けれども、彼もやはりシーツを捲って飛び起きることになる。
 ただしアーヴァインとは違い、ギルバートは窓の外から鳴った音に反応しただけだ。
 こんこん、という、風の揺れでは有り得ないノックのような音に。
 「誰か、いるのか?」
 その言葉に答えるかのように、再びこんこんと音が鳴る。
 ギルバートは身をかたかたと震わせながら、それでも窓に手をかけた。
【22:01】
 待ちくたびれてテーブルに突っ伏していたバーバラは、ノックの音で跳ね起き、慌てて扉を開けた。
 戸口に立つ青年を見て彼女は首を傾げ、すぐに何かを思い出したようにポンと手を打つ。
 そして、彼女は青年を家の中へと招き入れた。
【22:05】
 エリアとレナは同じ部屋の中で、修学旅行中の女学生のごとく、仲良くお喋りをしていた。
 そこへ寝室にいたギルバートが、「外に行ってもいいかな?」と聞いてきた。
 臆病なギルバートが夜に一人で外に出て行くなんて……
 珍しいこともあるものだと思いながらも、レナは「気をつけて」と返事をした。
 ギルバートが去ってから、エリアが「明日、雨が降るかもね」などと呟いたが、二人ともそれ以上は気にしなかった。

【22:12】
 カインは、赤い髪の少女と青年が揃って民家を出るのを確認した。
 二人は一旦別れ、赤い髪の少女が小走りでどこかへと向かう。
 それを見て、カインは冷笑を浮かべた。
【22:14】
 一人の若者が、町の入り口に立っている。彼は羽飾りのついた帽子をかぶりなおし、静かに歩き出した。
【22:16】
 空を見上げるアーヴァインの背後に、一つの影が近づいていく。
 影は彼の耳元で何事かを囁く。アーヴァインは目を見開いて、人影を振り返った。
【22:21】
 宿屋の外で血飛沫が上がったが、誰も気付かない。
 宿屋の中からでは直に見ることができない場所で、静かに行われた出来事だったので。
 そして見張り役のピサロは銃に興味を持ち、色々といじりまわしていたので。
【22:25】
 カインの目が、逃げるバーバラと追うデールの姿を捉えた。
 鬼ごっこが始まったようだ。さて、彼女はどこまで頑張れるか。
【22:27】
 顔の半ばまでをマントで覆い、赤い羽付き帽子を頭にのせた男が
 血溜まりに落ちたカウボーイハットを見つめている。
 その傍には数mほど何かを引き摺ったような跡が、砂に滲んだ赤い線とともに残されている。
【22:34】
 カインは屋根の上に佇み、あの時と同じように下界の様子を眺めている。
 彼の眼下で繰り広げられる光景も、あの時のソレと良く似ている。
 いや、似ているどころか、二人の登場人物のうち片方はあの時の『アレ』だ。
 最も、もう片方の赤い髪の少女は、無抵抗どころか必死の形相で逃げ回っているが……
 そろそろ痺れを切らした『アレ』が、マシンガンを撃ち始めるだろうとカインは読んだ。
 第一、そうしてくれなければ彼としても困ることになる。
【22:36】
 タイプライターにも似た銃声が、レーベの夜空を震わせた。

【22:37】
 宿屋の屋根の上に、赤い羽つき帽子をかぶった人影が立っている。
 彼の眼下では、ソロとビビとピサロが険しい視線を赤い水溜りに向けている。
 ソロが青ざめた表情で、大きな切り傷のついた帽子を拾い上げた。
 彼の中で、山奥の村での記憶と目の前の光景がオーバーラップする。
 帽子からこぼれた、やはり血濡れの茶色の髪に、彼は虚ろに呟いた。
 「なんで……どうして、こんな……」
【22:39】
 エリアとレナは、地面の上に倒れたギルバートの傍にくずおれていた。
 彼の胸は何かで刺し貫かれていて、そのくせ出血は殆ど無く、はたから見れば道端で眠っているだけのようにも見える。
 けれども彼が既に息絶えていることは、間違いようのない事実なのだ。
 二人は泣いた。その涙が、蝋人形より白く変わった頬に落ちて弾けた。
【22:43】
 バーバラは窮地に追い込まれていた。
 足はいい加減に限界に近い。けれども止まれば、すぐに銃弾が彼女の胸を撃ち抜くだろう。
 彼女は涙をいっぱいに溜めながら叫んだ。
 「ひどいよ――約束が違うよぉ!!」
 その言葉が、本当は誰に向けられたものなのか。真意を知るのはバーバラと、二人だけ。

【21:15】
 ピサロに言われたとおり、店で服を探して適当なモノに着替えたアーヴァインは
 夜風の涼しさを身に受けながら、地面を蹴って屋根の上へと飛び上がった。
 目的は二つ。周辺の地理を確認し、いざという時の逃走経路を確立するためと……
 先ほどの赤い髪の少女、あるいは彼女の行き先を知っていそうな人物を探すためだ。
 そうして高みに飛び移った彼は、自分と同じように月下に佇むカインの姿を捉えた。
 カインも彼に気付いたか、無言で槍を構える。アーヴァインは剣を抜く――わけもなく、わざと大げさな身振りで両手を上げた。
 そのポーズのまま宙を跳び、カインの近くへ着地する。
 「まだ起きてる人もいるし、こんなところで戦ったら絶対に聞こえるよ。
  寄って来られても困るし、面倒でしょ? ここはちょっと、休戦ってことにしてくれないかな」
 「……」
 カインは一瞬の躊躇を見せたが、勘が目の前の男も自分と同じ人種なのだと告げたか。
 あるいは、先ほどのショックが未だ抜けきれていないがためか。
 ともかく彼は槍先を静かに下げ、「何の用だ?」と聞いた。
 アーヴァインは自分の名を名乗ってから、手短に用件を告げる。
 「赤い髪の女の子を探してるんだ。見かけたなら、どこへ行ったか教えてほしいんだよね~」
 「赤い髪……この家に一人いるが、女の子という年齢ではないな。写真はないのか?」
 アーヴァインは自分の袋から参加者リストを取り出し、ページを開いてカインの足元へ滑らせる。
 「その子だよ。名前はバーバラっていうらしいね」
 「ッ……バーバラ、だと?!」
 カインの声に、驚愕と、ほんのわずかな恐怖が混じる。
 「知ってるの?」
 「アレが呼んでいた名だ」
 「アレ?」
 「見た目は貴族か王族風の男。中身は人を壊すことしか考えない化物だ」
 「コワ、ス? コロスじゃなくて?」
 首を傾げるアーヴァインに、カインは先ほど見たことの一部始終を語った。
 話が進むにつれ、アーヴァインの顔に「聞かなきゃ良かった」という色がありありと浮かんでいく。
 「わーぉ……本当にサイアクだね、ソレ。
  僕も人のこと言えた義理じゃないけどさ……でも、さすがにそこまではやれないし、やらないよ。
  ――で、ソイツがバーバラって名を呼んで、しかも女性と待ち合わせしてるってコトは……」
 「言い方からして、以前からの知り合いというわけではなさそうだった。
  それに奴が歩いてきた方角と、待ち合わせ場所になる施設を考えれば」
 「答えは一つしかない、ね」
 カインはうなずき、大きく舌打ちした。一方、アーヴァインは顎に手を当て考え込む素振りを見せる。
 「ねぇ、モノは相談なんだけどさ」
 その瞳に宿る輝きは、大胆不敵にして冷徹な、プロの狙撃手のものだ。
 「多分、僕とオジサンって同じこと考えてるクチだと思うんだよね。
  だから正直に話すけど、バーバラは僕の武器を盗んで逃げた。
  そして今の話からすると、まだこの村にいる可能性が高いってことになる」
 「……取り戻すのに手を貸せ、と?」
 カインは鋭い眼光をアーヴァインに向けた。アーヴァインも、微動だにせず視線を受け止める。
 「盗られたのは小手とボウガンとナイフ。小手はオジサンに譲るよ。
  僕はボウガンが戻ればそれでいい。
  それともう一つ――どうせ目的が同じなら、いっそのことこれから先も手を組んだ方が早くない?
  二人で力を合わせれば、この状況を利用して一気に人数を減らせるかも……ってね~」
 カインはアーヴァインの言葉を黙って聞いていたが、やがて、にやりと唇の端を吊り上げた。

【22:42】
 「どうだ、そっちは?」
 カインは、背後に降り立ったマントの若者に声をかける。
 「イイ感じ。でも、難しいのはここからだけどね。
  あ~あ、やっぱりきちんとした銃がほしいな~。後で奪ってこようかな~」
 緩いウェーブのかかった茶色の髪。そして、真冬の海を思わせる、深い青の瞳。
 ギルバートの帽子とマントを纏ったアーヴァインは、シニカルに笑う。

 最初にバーバラに会ったのはアーヴァイン。
 彼女にカインから聞いた話を伝え、デールを引き付ける囮となるように説得したのだ。
 窮地になったら助けると言いくるめて――もちろん本当に助けてやるわけも、そうするだけの義理もない。
 ボウガンと小手はその時に返してもらっている。信用させるために、ナイフは彼女にくれてやった。
 そして、ギルバートを外へ誘き出し気絶させたのは、数度だが面識があったカイン。
 彼を宿屋の前で始末したのはアーヴァインだ。
 心臓を貫いた死体を民家の前に運んだ後で、彼は自分の帽子と一束の髪を斬り、
 ギルバートの血痕と組み合わせて自身の死を印象付ける小道具に仕立て上げた。
 もちろん姿を見られてはまずいから、ギルバートのマントとついでに帽子を奪い、簡単に変装をして。

 銃声を聞かせて、余裕と冷静さを奪う。直後に人の死を見せ付けて、平常心と判断力を奪う。
 ここまでは上手くいった。だが、問題はこの先だ。
 それとは知らずに陽動役を果たすデールを――忌々しいが――多少は援護しないといけないし、
 ある程度戦力が分断したら、さらに騒ぎを起こして混乱させなくてはならない。
 そうしてパニックが広がりきったところで、本格的な襲撃に移る――そこまでが、二人の『計画』。
 だが、果たして九人の標的がこの先どう動くか。こればかりは予測がつかない。つけようもない。

【アーヴァイン(HP4/5程度) 所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能) グレートソード  キラーボウ 毒蛾のナイフ
 第一行動方針:村にいる人間を襲撃し、殺害する 第二行動方針:ゲームに乗る】
【カイン 所持品:ランスオブカイン ミスリルの小手
 第一行動方針:村にいる人間を襲撃し、殺害する 第二行動方針:殺人者となり、ゲームに勝つ】
【現在位置:レーベの民家(バーバラがいた家)の屋根の上】

【ビビ 所持品:スパス
 第一行動方針:ピサロについていく 第二行動方針:仲間達と合流】
【ピサロ(HP3/4程度) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ
 第一行動方針:不明。宿屋に残るか、銃声の方に行くか… 第二行動方針:ロザリーを捜す】
【ソロ(MP消費) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング
 第一行動方針:不明。宿屋に残るか、銃声の方に行くか…】
【現在位置:レーベの宿屋前】

【エリア 所持品:妖精の笛 占い後の花
 第一行動方針:レナについていく 第二行動方針:サックスとギルダーを探す】
【レナ 所持品:不明
 第一行動方針:不明 第二行動方針:バッツとファリスを探す】
【現在位置:レーベの民家(バーバラがいた家とは別)の前】

【デール 所持品:マシンガン、アラームピアス(対人)、ひそひ草、アポカリプス+マテリア(かいふく) リフレクトリング
 第一行動方針:バーバラを殺害する 第二行動方針:皆殺し(ヘンリーが最優先)】
【バーバラ 所持品:ひそひ草、他に様々な種類の草たくさん(説明書付き) エアナイフ 食料一人分(マリベル)
 第一行動方針:とにかくデールから逃げる 第二行動方針:エドガー達と合流/ゲーム脱出】
【現在位置:レーベの村の外れ】

【ターニア(睡眠中) 所持品:微笑みのつえ
 第一行動方針:?】
【ヘンリー(負傷、睡眠中) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
 第一行動方針:傷の治療】
【現在位置:レーベの宿屋・寝室】

【ギルバート 死亡】
【残り 98名】

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年02月15日 00:53
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。