480話

第480話:SILHOUETTE-MIRAGE


「ボディが…ガラ空きよッッ!!」

十歩ばかり離れた距離を保つべく呪文を紡ごうとしたゴゴの予想を越えた反応でアリーナが襲い掛かる。
速度をとり咄嗟にランクを落として放たれたファイラの炎が対手を巻きこむより早く腹部に一撃。炎を突き破るように飛び出してきた影がさらにゴゴを蹴り飛ばす。

「こんな威力? 見かけより大した事ないのね」

プロテスの加護に助けられながら体勢を立て直すゴゴの七歩ほど先。
同じく炎の魔法から体勢を立て直したアリーナは行動する間を与えぬようさらなる攻撃を狙う。
応じるようにブリザガを編もうとしてしっかり捉えた対手の姿はたちまちに近づき、ゴゴは短剣を持つ右手を脇を狙う一撃の防御に当てざるを余儀なくされる。
残った左手は再びランクダウンのブリザラをアリーナへ向けるが対手を完全に止めるには力不足。
しっかりと両腕を自分に巻きつけて弾丸のように冷気を貫いてきた対手からの正拳突きが抉りこまれる。
くの字に折れる身体、さらに真下から突き上げられるアッパーカットをゴゴはすんでのところで弾き飛ばした。
お返しとばかりに突いたソードブレイカーは残像をかすめるだけで空を裂く。

「魔法使い役は向いてないんじゃない?
 というより一人じゃなーんにもできないのかな、お前は!」
「……迅い」

噛み合わないやり取り。
五歩ばかり離れての対峙。一呼吸の間。



(いいかしら、よく考えなさい。私は勝利しなくちゃならないのよ?)
心をクールダウン、頭脳をクロックアップ。
まさに敵対するこの男と自分の間にある優劣は何か。

近距離、一対一の直接戦闘。
これでほかに何の条件も考えないとしたら自分「達」に比肩できる者がどれくらいいるだろう。
圧倒的な力、速度、技量。見ての通りこれが自分の優位点と考えていい。
だが一方、不安な点が二つ。
第一は相手が有し自分は有さない力、魔法。
射程や引き起こす効果の広さは自分にはできない芸当だ。
これに対する最も単純な回答は可能な限り速度と手数で上回ること、
赤帽子の男を葬ったときのように撃たせなければどうと言うことは無い。
だが、第二の不安点がある。「物真似」、物真似師と称するゴゴがもつ特異な力。
見たまま体験したままのことに推測を加えて言えばそれはおそらく人の技量を真似る能力だ。
現に城では黒服の剣を真似てみせ、そして自分の連撃を真似てみせた。
同行していたくらいだからアグリアスが放ってきた様な技も使えるのかもしれない。いや、使えると考えるべき。
逆転のため、どれくらい隠し玉を残しているのか?

まとめよう。
力と速度では私が勝っているのは間違いない。当然ね。
けれど、悔しいけれど可能性、逆転の可能性は考慮しなければならない。
それではそれを打ち消す勝機は?

(単純に、小賢しいまねをされる前にこの拳でぶちのめせってことね。
 いいわ、わかりやすくって!)



(ふむ、どうだこの尽きぬ興味は。マティウスならばどのように彼奴を討とうと考える?)
心をクールダウン、頭脳をクロックアップ。
まさに敵対するこの女と自分の間にある優劣は何か。

近距離、一対一の直接戦闘。
過去、マティウスの技量でさえわずかに上回って見せたアリーナは天才であり、化け物だ。
ではこの条件下において自分はどのような対抗策を取り得るか。
第一は魔法だ。
いかにアリーナとて、手足が届かない距離を攻撃するなどできはしない。
また例え当てることはできなくとも牽制や補助的に用いる事もできる。
しかしあの素早さがそうは集中、詠唱の時間を与えてはくれない。
あの猛襲を身に浴び、相手の流れに巻き込まれしまっては勝機は無いのだ。
では第二、自身の能力にしてライフワーク、「物真似」。
武器や拳を扱う技術、魔力により生み出される魔法、ありとあらゆる他者の行動を真似る能力。
とはいえ通常の動作や声ならば一度会えば自在に芸とする事ができても、個々の技量においてはそうではない。
いかにゴゴといえど自分の力を超えた力をモデル無く真似て見せることはできない。
一対一の現状、アリーナの技量についていくためにできることは何か?

まとめよう。
逢い難き天才と言えるアリーナの戦闘技術は圧倒的だ。明白だ。
残念ながらこと戦闘という幕においては自分の方が劣っていると考えざるをえない。
けれど、互角を演出することはさほど難しいことか?

(ふふふ、ある面において最高峰を極めし者の真似などそうそうできる経験ではないな。
 面白い、やって見せよう!)



取り出した何の変哲もない鉄製の杖を柔らかな森の土に突き立てる。
武器として用いるつもりではなくここから後ろには下がらないという攻めの決意の現れ。
逸らすことなく睨み続ける視線の先で、物真似師は呆れるような変化を見せる。
気付けばゴゴは自分と鏡写しのように同じ構えを取って見せていた。


手にしていた特徴あるギザギザ刃の短剣をそばにある木の幹へと突き立てる。
半端に武器を用いるつもりではアリーナに抗する事はできないと判断してだ。
射抜くような鋭い視線の前で、物真似師は五体を緩やかに動かし驚くような変化を見せた。
気付けばゴゴはアリーナと鏡写しの同じ構えを取って見せている。


「面白い冗談ね?」
「楽しんで頂けると幸いだな」

アリーナからしてみればそれは挑発の応酬で、
しかしゴゴからしてみればそれは率直な言葉でもある。
歪んだ笑みを浮かべるアリーナ、布の奥に表情を隠したゴゴ。
わずかな静寂を経て同時に地を蹴った二つの鏡像が暗い森の奥で交錯する。
同じ構え、同じ動き、同じ速度、そして同じ狙い。
拳と拳、蹴りと蹴り、ステップとステップ、等分された空間。
激突の一点を境に分かたれた二人が躍動する四拍子の輪舞。


それは二度目――自覚したのは初めて、の感情で、紛れもない憎悪の一種。
ただし、激しく歪んだ自己愛や認めたくない部分と混ざり合って奇妙な色をしているだろうが。
(ほんと…ぶち殺したいわね)
速さに真っ当についてこられるという経験。
この奇妙な技を持つ男に会わなければオリジナル以外には抱く事もなかっただろう感情。
高揚と苛立ちと焦燥とむかつきと憎しみが同時進行する。


それが二度目――一度目はマティウスの真似について、の満足感で、紛れもない一つの達成。
もちろん、陶酔にも似たその自己満足がどれほど今の状況に不似合いかゴゴも十分に理解しているだろうが。
(素晴らしいな)
知る限りの速さの限界を踏み越えるという経験。
この邪心ある女に会わなければ体験し得なかった領域を真似るという得がたき世界。
奇妙なほどの冷静の中に高揚と称賛が同心円を描く。



二つの姿。
かたや相似たる姿を踏み殺す憎悪、かたや相似たる姿の完璧なるへの満足。
写し取られたもの同士に生じた差はその根源さえ越えて行こうとする意志の有無。

「要らないんだ、お前も! アリーナもッ! あたしだけでいいっ!」

水面に映る像が歪み消えるように鏡写しの構図は砕け散る。
高速の四拍子を停止したアリーナ、ゴゴが目の当たりにするのは未見の動き。
転調は、突然にやってくる。

突き立てられた貫手が無慈悲に大樹の幹をくりぬく。
持ち上げられた質量は変化に半歩遅れたゴゴへとうなりを上げて向かい、ぶち当たる。
それだけで、保たれてきた均衡は崩壊していた。

「……何よ」
仰角から加速度と共に降りてきた蹴り足がゴゴの頭部を捕らえる。

「半端なマネはやめてよね」
ぐら付いた貫頭衣の喉元をめがけて凶器たる手刀が突き込まれる。

「あたしならかわして見せたわよ?」
下りの螺旋を描いて足元を狙う円が重心ごと足を刈り取っていく。

「この偽者がっ!」
倒れたゴゴの首付近をめがけ、全体重にスピードを加えて踏みしだく。
そして以前のアリーナなら選んでいたであろう惨めな相手を悠然と見下すという選択肢を選ばず、間髪いれずとどめへ。

「最後のプレゼント、あたしからの特別レクチャーね。
 あの世であたしの強さでも宣伝なさいな、芸人さん」

全身から生ずる加速度を収束して遠心力と共に打ち出す。
分厚い鉄板すら打ち抜くという必殺の、会心の拳がゴゴの胸板へ向けて深く――


(………我が力、及ばず。マティウスよ、すべては自分の未熟ゆえ、すまぬ)
一瞬の暗転だった。
単に未熟なるものが敗れ去るというだけだ。視界を覆ったのは暗黒にすら浮きあがる死のシルエット。
さりとて、極技ともいえる速度には全能力を持って付き合いきったのだ。それは、残された満足。
最期の吐息がこぼれる。
(…ウボァーーー……)


(ふふ、あはは…! 勝った! アリーナ、どう? やったわよ、あたしは!!)
格別な勝利だった。
単に強敵に勝った、というだけではない。打ち破ったのは常に自分に付きまとうミラージュ。
写しとはいえ、誰よりも何よりも最も乗り越えたい能力を自らの手で負かしたのだ。それが何より嬉しい。
自然、笑みがこぼれる。
「~~~よおしっ!!」



リュカと、マティウス。
二つの顔を思い出し、口の端を吊り上げる。
それからアリーナは暗い森の奥へと姿を消した。
相応しいものを振りまくために、次に死すべきものの顔を思い浮かべながら。

【アリーナ2(分身) (HP3/4、毒) 】
 所持品:E:悪魔の尻尾 E皆伝の証 イヤリング ヘアバンド 天使の翼
 ミラクルシューズ、手榴弾、ミスリルボウ
 第一行動方針:サスーンに向かいリュカを殺す or 引き返してマティウスを殺す
 最終行動方針:誰かにアリーナを殺させ、勝利する】
【現在位置:サスーン東南の森】

※スリップ停止、鉄の杖とソードブレイカーは放置。

【ゴゴ 死亡】
【残り 55名】

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最終更新:2008年02月16日 15:24
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