勢篇


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勢篇

 無勢でも多勢を破る力を発揮することがある、軍隊の「勢」という不思議な力について書かれている。

篇名の「勢」とは?

勝負事には「勢」と名付けられる不思議な力が働き、それが勝負を左右する。
例えるならば、次のようなものである。
  • 石をも漂わせる激流の様
  • 千仭の山から転がり落ちる円石の様
  • 引き絞った石弓の様
「勢」とは文字通り「いきおい」の意味で、これを得られた軍は無勢でも多勢を破ることすらある。
「勢」は態勢に内在していて、一旦外に表れると加速していくものである。

奇正の戦法

“戦は正を以て合うも、奇を以て勝つ。”
(戦は正法によって会戦しても、奇法によって勝利を得る。)

正法とは?

いわゆる正攻法。
策略を弄せず駆け引きをせず、本来の力、持っている技能を出して堂々と勝敗を争う戦い方。

奇法とは?

正法と逆で、策略を用い、駆け引きを重んじる戦い方。奇襲もこの中に含まれる。


さて、味方が多勢であれば、正法で臨むのもよい。しかし、自軍が無勢であれば、正攻法では最初から勝負は見えている。奇法を用いる以外、勝つ方法はない。また、多勢の軍であっても奇法を用いれば楽に勝てることも多い。勝つことを考えれば、奇法が基本となる。
しかし、始めから奇法を用いることを読まれると、奇法はかえって始末が悪い。正法と見せて奇法を使い、奇法と見せて正法を用いることが必要で、これが奇正の戦法となる。
両軍が対峙して会戦に入る正法の戦い方をする場合にも、常に奇法を考えて勝利を呼び込む努力をすべきである。

連続する奇法とその効用

“戦勢は奇正に過ぎざるも、奇正の変は勝(あ)げて窮(きわ)むべからず。”
(戦の趣きは奇法か正法かのいずれにか過ぎないが、奇法と正法の変化は数限りなくあり、全て窮め尽くすことはできない。)

正法は基本的に一種、奇法は多種多様。戦巧者であれば気法は尽きることなく湧き出てくる。これに正法を絡ませれば、バリエーションはさらに広がる。
しかし、奇法とは相手の対応の困惑を導くものであり、相手が戦法を見定め対応できた時点において、正法と同類の立場となる。この点を考慮すれば、連続する奇法の間に正法を挟むまでも無く、奇法から正法、正法から奇法の循環は自ずと為される。これが、「奇正の変」である。
技は単発では効果が薄い。連続してかければ敵の対応にも隙ができる。奇法も連続してこそ敵の防御姿勢にも狂いが出てくるし、敵は防戦一方に追い込まれてもいく。反対に味方は弾みがつき、「勢」がつく。

「勢」を得る「虚実」の戦法

“兵の加うる所、(タン)を以て卵に投ずるが如き者は、虚実是なり。”
(兵力を投入したところが、あたかも石を卵にぶつけるように撃破できるのは、虚実の戦法である。)

虚実の戦法とは?

敵の「虚」を攻撃することを主眼とする戦法である。
「虚」とは物理的・心理的に防備が手薄な状態を指す。「実」とは充実の意味で、物心の準備抜かりなく、かつ戦闘能力の高い部隊を指す。
この自軍の「実」で敵軍の「虚」を攻撃するのである。

敵軍誘導の方法と意味

“善く敵を動かす者、之に形すれば敵必ず之に従い、之を与うれば敵必ず之を取る。”
(巧みに敵軍を誘導する者が、敵軍に自軍の態勢を示すと敵軍は必ずこれに対応してくるし、敵軍に何か利害を与えようとすると、敵軍は必ずこれを取ろうとする。)

敵を誘導するには二つの方法があり、一つには自軍の態勢を敵にはっきりと示す方法がある。例を挙げると、敵の主要地を攻撃する態勢を見せれば、敵軍はその救援のために駆けつけてくる、といったものである。
もう一つの方法は、敵に軍事的利益を与える方法である。例えば、戦術的な重要基地を自軍が放棄する、自軍の一部隊を孤立させる、等をした場合、敵軍はこれに飛びついてくる。

敵を誘い出す意味とは?

ずばり、待ち伏せを行う為である。
敵軍が目標の地点に到達した段階で、自軍を一気に投入するのである。こうすることで、敵の「虚」を突き、「勢」を得る戦いを行うことが出来る。

集団の「勢」で戦う

“善く戦う者は之を勢に求め、人に責(もと)めず、之が用を為す。”
(戦上手な者は、軍隊の勢を利用することに努めて、兵士個人の能力に頼らずに、軍隊を運用する。)

集団の力とは、個々の人の力を寄せ集めたものではない。個々人の能力が高くとも集団として力があるとは限らない。この集団の力を何倍にもするのが「勢」である。非力な者も臆病な者も一丸となり、雪崩をうって敵に突進していけば莫大な力を生むのである。

集団の「勢」と個人の関係

“人を択(えら)んで勢に任す。”
(人を選抜して適所に配置し、後は勢に任せる。)

集団は個人の集合体であり、それが統一なく行動する限り、集団としての力は発揮できない。集団がその力を発揮するには、各人が適所でその能力を発揮する必要がある。なかでも、個人の「勢」が集団の「勢」を生む基になることがあり、そのような人材を適所で用いることが肝要である。
個人の「勢」は集団の「勢」を変える。ムードメイカーの存在は極めて重要なのである。