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erabare_05

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tlanszedan

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   選ばれた者達

   No.5

   監視された少女、パーシア 2/3



 家に帰り着くと、パーシアはまっすぐ自分の部屋に向かった。カバンをベッドの脇に置き、普段着に着替え、ダイニングに向かう。テーブルの上には夕食がラッピングされていた。

 ――温めて食べるように。

 そんな感情のないメモが添えられている。父親は遅くまで仕事で、母親は自分の部屋でテレビ漬けになっている。パーシアはラップに包まれた夕食を温めて食べると、キッチンで食器を洗ってからすぐに自分の部屋に戻った。部屋に戻ると机の横にある水槽に目を移す。何匹かの金魚がその中ですいすいと泳いでいる。金魚達にエサを与えると、いつまでも飽きないでその泳ぐ姿を眺めていた。
「あなた達はいいわね。他人から忌み嫌われることもなく自由に泳いでいられるんだもの。……でも自由じゃないか。こんな小さな水槽にいるんだしね。それでも私はあなた達がうらやましいよ」
 眠くなる前に学校の宿題を終わらせると、パーシアは早めに就寝することにした。その日は特にやることもなかった。

 翌日、目が覚めるとまず金魚にエサをやり、それから顔を洗いに向かった。洗面所にはすでに父親が先に来ていた。順番待ちをするパーシア。
 父はひげをそり、顔を洗い終わると洗面所を出た。視界に娘の姿が映る。
「……」
「お、おはようパパ」
 父は娘の挨拶を無視してダイニングへ向かっていた。パーシアは肩を落として洗面所で顔を洗う。ダイニングへ向かうと、トーストが用意されていた。
「……いただきます」
「さっさと食べて学校へ行くのよ」
 母は面倒くさそうにパーシアにそう言った後、次に父の背中を叩いていた。
「ほら、あんたも! 稼ぎが少ないんだから勤務日数くらいはちゃんとこなしなさい!」
「うるっせえな。タダ飯食らいが。そんなこと言われなくても分かってるんだよ!」
 毎度のケンカ。パーシアはさっさと食事を済ませると、学校へ出かけた。

 学校の授業。パーシアは授業は目立たないように受けている。クラスメイト達はパーシアのことをいじめてくるが、教師はさすがにそのようなことはしてこない。だから授業中はいいが、休み時間や昼食の時間、下校時間は辛かった。
 休み時間、手洗いに行って戻ってくると、ペンケースの中身が散乱している。
 昼休み、食堂へ行くと周りから異物でも見るような視線を受け、席に座ると付近に座っていたもの達はそそくさと離れていく。
 下校時間、背後から丸めた紙や空き缶、石などをぶつけられる……。
 それらの行為に対して抵抗したこともあったが、かえってそれらを行っている者達をあおる結果にしかならなかった。
「パーシアがなんか言ってるぜ」
「奴の声を聞くと耳が腐っちまうよ!」
「パーシアの使った椅子なんて使いたくないわ……」
 パーシアは学校では一人の友達も出来ず、家でも両親に嫌われ、一人ぼっちだった。唯一心を許せる相手は金魚達だった。

 学校の帰り、ペットショップに立ち寄る。色とりどりの魚達が優雅に泳いでいる。それをいつまでも飽きること無く眺めていた。ペットショップの主人はいつもの客の姿を見つけると近くに寄ってきた。
「お嬢ちゃん、また来てくれたね。本当に魚が好きなんだね」
「うん。この子達はわがままも何も言わずに私に接してくれるから」
「そうかい。ま、ゆっくり見てってくんな」
 店の主人に言われると一度頷き、パーシアは他の魚達を見て回った。メタリックブルーのストライプと腹部から尾にかけて鮮やかなレッドを持つネオンテトラ。美しい色彩と長いヒレを優雅になびかせるベタ。全身がライトブルーに発色するダイヤモンド・グッピー。透明感のある体に、メタリックブルーのラインが走るセレベス・レインボー。
 パーシアは少ない小遣いから道具一式を買い、金魚を買っていた。愛犬チャッキーがいなくなってからは、両親は世話のかかる犬猫を飼うことに賛成しなくなっていたからだ。始めはパーシアはチャッキーでないと嫌だ、と駄々をこねていたが、両親は手間のかからない金魚をすぐに与えていた。金魚なんてチャッキーの代わりにはならない。始めはそうぐずっていたが、次第に金魚の愛らしさに心が開かれ、パーシアは進んで世話をするようになっていた。
「どうだい? 気に入ったのがいれば買っていかないか?」
 店の主人が声をかけてくる。パーシアは今はお小遣いが少なく、新たに金魚達を買うことはできなかった。
「いえ、今日はやめておきます。いつもの金魚のエサを下さい」
「あいよ」
 店の主人は金魚のエサの缶を一つ取り出す。パーシアはお金を渡して商品を受け取ると、大事そうに胸に抱えて店を出た。
 そして満足して店を出た時に、丁度同じクラスメイトのメンバーに出会ってしまった。
「あ……」
「ん? パーシアじゃねえか。お前こんな所で何してるんだよ?」
 リーダー格の男子は睨むようにパーシアに視線を向けた。パーシアは黙って通り過ぎようとする。他のメンバーがパーシアの前に立ちはだかりパーシアを進ませないようにした。
「おい、挨拶もなしに消えようってのか?」
「あ、あの、ごめんなさい」
 男子の一人がパーシアの肩を手の平で叩く。パーシアはよろけてしまう。次に別の男子が反対側から同じようにパーシアを叩いた。パーシアはその衝撃で手に持っていた缶を落としてしまった。蓋が開いてしまい、中身がこぼれる。
「あ? なんだそれは。金魚のエサじゃねえか。そうか、お前そんなものを食べてるのか?」
「え? ち、違う……」
 男子の一人が缶を拾うと、中身を手にとってパーシアに振りかけた。
「ほらよ! うまいんだろ? 食えよ!」
 他のクラスメイトも盛り上がって次々にパーシアに食え、食え、と口にしだす。
 騒ぎが大きくなると、ペットショップの主人がそれに気付き、店の外に出てきた。
「おいガキ共! 何やってるんだ!」
 その一喝で、そこにいた者達はいっせいに逃げ帰った。そこには体中を金魚のエサまみれにしたパーシアが膝をついてうずくまっていた。
「全く、しょうがないガキ共だな。ほらお嬢ちゃん、立てるか?」
「……」
 店の主人は、何も返事をしないパーシアを立ち上がらせてやると、体に着いている金魚のエサを手で払ってやった。
「……ごめんなさい」
 ようやくパーシアがそう言うと、店の主人は店の中へ引っ込んでいった。パーシアは暗い気持ちになって家路に向かおうとした。店の主人はその様子を見ると慌てて店から飛び出してきた。
「お、おっと待ってくれお嬢ちゃん! ほら、代わりの奴だ。持っていきな」
 店の主人はそういって先ほどぶちまけられてしまった金魚のエサをもう一缶パーシアに差し出した。
「え……でも私、今日はもうお金ないんです」
「いいって。お嬢ちゃんはいつも店に来てくれるから今回はサービスだ。あんな奴らのすることなんか気にすることないさ」
「……ありがとうございます」
 パーシアは礼を言って家に帰った。

 家に帰ると母に、くさい! と怒鳴られ、すぐに風呂に入ることになった。髪の毛の中にまで金魚のエサが入り込んでいて、一回のシャンプーでは落としきれなかった。ゆっくりと湯船につかって体に染み込んだにおいを消していく。
 さっぱりして綺麗な服に着替えた後、ダイニングに戻ると、母はパーシアが来たことに気付いて自分の部屋から飛び出してきた。
「ほら、あんた、風呂に入ってもまだくさいかもしれないから、夕飯をここで食べるのは止めてくれない? それ、自分の部屋に持っていって食べなさい」
 テーブルの上にはコーンフレークとミルクが置いてある。
「わかった」
 パーシアは一言だけいうと、それを持って自室に戻った。皿にコーンフレークを盛り、ミルクをかける。ミルクが染み込んでいく間に、金魚に新しいエサを与えた。金魚達は元気よくエサに飛びついていた。それを嬉しそうに眺めた後、ため息をついてコーンフレークをスプーンですくい、口に運んだ。金魚を見ながら一緒に食事をとり、パーシアは体のにおいをかいでいた。もう臭くない。においなんて残っていないどころかシャンプーのいい香りが漂っている。しかしそんなことを母に言ったところで逆に怒鳴られるのが目に見えていた。
 食事を取り終わると、夕飯の後片付けをして部屋に戻り、本を読んだ。金魚が登場する冒険物語だ。
「私もこの子達と一緒に冒険したいなあ……」
 ベッドで寝転びながら本を読んでいたパーシアはいつの間にか眠りに落ちていった。
 夢うつつの中、パーシアの耳に玄関で電話に向かって話しをしている母の声がかすかに聞こえてきた。父だろうか? そういえば今日はまだ帰ってきてないみたい。どうしたのかなあ……。

 翌日、いつものように愛想のない朝の風景。パーシアはトーストをかじると、学校へ出かけた。
「いってらっしゃい、パーシア」
 珍しく母が声をかけてくる。
「……行ってきます!」
 パーシアは少し元気に挨拶を返すと玄関を出た。昨日のペットショップの主人も、いじめなど気にするなというようなことを言ってくれた。自分にも少しは味方になってくれる人もいるんだと思い、そう思い込むことによって肩の荷が少し軽くなったような気がした。
 十字路の信号で青を待つ。十字路の向こうには、犬の散歩をしている母親と子供連れの姿が見える。犬は可愛らしいこげ茶色のダックスフントだ。
 青。
 パーシアは信号を渡りだした。向こうの犬の散歩連れの二人もこちらに向かってくる。犬に視線を向けた後、子供の顔を見てかすかに笑顔を見せた。ダックスフントも、この子も幸せそうだ。ふと、そのダックスフントが十字路の真ん中に向かって走り出した。まだ幼稚園くらいの子供は、手に持っている紐を押さえきれずに犬に引っ張られていた。母親は驚いて両手を口に当てていた。
「危ない!」
 パーシアは飛び出していた。犬と子供を追いかけて。
 追いつくと子供を抱きかかえ、右手でしっかりとダックスフントの紐を握り締めていた。すぐに横断歩道に戻ろうとしたその時、背後から一台のバイクが暴走してきていた。
 バンッ、という音と共にパーシアは宙高く吹き飛ばされてた。体を丸め、子供をしっかりと抱きしめたままパーシアは道路に落ち、十数メートルを転がり続けた。右手の紐は離され、ダックスフントも同じように吹き飛ばされていた。
 子供の母親は両手を口にしたまま硬直していたが、誰かがすぐに病院に連絡をしていたようですぐに救急隊が駆けつけ、パーシアと幼稚園の子供、バイクのライダーとダックスフントを救急車に乗せて病院へ向かっていた。まるでそこで事故が起こることが事前に分かっていたような迅速さで、事故は片づけられていた。

 数分後、パーシアの家に電話がかかる。
「はい、はい。そうですか。わかりました。これからそちらへ伺います」
 淡々とした口調でパーシアの母は受け答えしていた。出かける支度をすると、先ほど連絡のあった場所、パーシアが運ばれた病院へ向かった。その表情に驚きはなかった。
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