ひーちゃん


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ひーちゃん は、ふぇらいとじしゃくの一常連である。別名 緋尉 (ひー/ひい)。旧名えびふらい群青
埼玉県在住。中3。
ひー屋敷を管理している。元祖アンザイクロペディアの創設者でもある。

概要

ふぇらいとじしゃくがまだTBタウンだった頃は「群青」の名で活動していた。
当時は2ch用語 *1 と暴言をよく吐く熱血の煽り屋であった。「女の子みたいだった」と評する人までいるほど。
今は至って冷静(というか、単に寡黙)であるが偶に弾けることがあるとか。

探究心(収集癖?)があり、過去ログ倉庫や暴言集・けるえろす、元祖アンザイ開設の動機の一端もそれによる。

アレ(萌え)系を未だに嫌悪している *2 。2006年の文化的抗争では保守的な立場を示した。
風紀の紊乱を心配して暴言集・けるえろすを開設したのも彼であり、2006年頃、二者がいよいよ機能不全に陥ってくると、
過去ログ倉庫(ふぇら磁波乱文集)を開設し、引き続き警鐘役であろうとした *3
しかし2009年現在、その過去ログ倉庫さえ機能不全に陥り、Skypeチャット基準では完全なマイノリティーと化してしまった。

歴史

2004年の5月前後に登場。TBタウン常連としては古い方である。

昔はよくぶたネコ氏やピンキー氏と大声・叫びを使って喧嘩していた。
TBタウンのFlashカウンタにF5攻撃を仕掛けたり、まだ皆が雑談チャットのHTML機能をONにしていた頃にMARQUEE連弾を発射したりもした。
このころ住人の失言をまとめた「暴言集」「けるえろす」を開く。

2006年頃に涼宮ハルヒ伝来をはじめとして萌え文化が力を強めると、それと敵対する側に就く。つまり保守的だったのである。
やがて萌え受容派が排斥派を圧倒、ふぇら磁住人のアレ観に革命的変化が起こると、仕方が無いので敵対から和解へと転換した。
その後「ふぇら磁波乱文集」は住人の愛憎劇を垣間見る読み物として稼動、広く住人の間に知れ渡る。

2007年3月末日には山形軍の実態を掴みたいが為(前述の「探究心」によって)、
わざわざ自らのお年玉を叩いて山形まで新幹線で飛んでいった経歴を持つ。

2008年の初夏、雑談チャットが日々荒廃して行くのを見て雑談チャットから姿を消す。

2008年秋頃、新しくなったふぇらいとじしゃく(すかいぷ)を見る。
既に暗黒時代を切り抜けて新天地を開拓したふぇら磁に感銘を受けるが、その後新しい文化との「世代の差」を受ける。

2009年に突入した現在も依然としてついていけてなく、めっきり発言頻度を落としている。

不透明性

ひー屋敷内のコンテンツ『ふぇら磁波乱文集』が交流や、その人のイメージに有る程度深く関わるようになり、又『記事』として録られるものが各住人にとって好ましくない事柄ばかりであることから、「彼は事実を歪曲した上でログ掲載を行っている可能性がある」や、「何か変な行動をしたら即ふぇら磁波乱文集に載せられるため、常に警戒すべき人物である」などと氏に論じられるなど、陰謀説が立つことが多い。

現在では前述の「文集の機能不全」や、「その人のイメージ」はさほど問題でなくなった為、上記のようなことは珍しくなっている。

コテキャラ

2ちゃんねる・ぬるぽ関連スレッドのコテハンだった頃のアスキーアートを基にして作成された。

  ≪ひ≫
 (´∀` )
 (つ旦と)
 (_(__)

ハンドルネーム群青だった頃はモララー顔だったり、帽子の「ひ」が「群」だった。今日ではこれに落ち着いている。
TBタウン時代、参加型正男企画中にこのAAを画像化しようとした際、「AAで描くよりまともに描く方が若干難しい」と謂われた。
今ではこのページ以外に出てくる機会は全くと言っていいほどない。

運営していたサイト・ブログについて

とにかく多い。

かなり昔で筆者は記憶していないが、 避雷針 というサイトを運営していた時期があるようだ。
さらにその前にもサイトを一つ作っていた模様。
2005年12月にいくつかのアドレスを併合して ぬるぽ海軍 が開設。
  • ひー氏のサイト系列に箱庭諸島が初めて導入されたのもこの時代である。
  • ぬるぽ海軍の避難所は現在も存在している。
2006年3月にTBタウンのブログ化に伴い、ブログ ひーの雑記帖 が開設。
  • ブログ内の作品を保管するために ひーの雑記帖すとれーじ も開設。
同年4月にふぇらいとじしゃくのログを保管するため ひー屋敷 を設立。
2007年1月、アンザイクロペディアが設立される。
さらに2008年6月にひーの雑記帖の廃止に伴い、 ひーの掘っ立て小屋 (仮名)が建設された。 ←今ここ
  • なお、現在小屋の建っているところはぬるぽ海軍のあったところである。

2013年

消息不明であり目撃したものは居ない(住所を知っている湯けむりが 「手紙で生存確認しよう」 と言い出すほど)
しかし2012年夏にひー屋敷が更新されているため一応ではあるが生存が確認された。
今でも定期的にひーちゃんの話題が出ており復活を望む声は多い

しかし現在のざっちゃはホモネタと奇声が飛び交い、かつての ぼうげんしゅう が霞みまくって見えるほどマナーが荒れているため
厳格なひーちゃんが戻ってきてもすんなり馴染めるかは不明



でも顔出してやろうかなって気になってくれたら
SkypeID uraisetu まで