赤い光が俺を照らす。
逃げ惑う人々、泣き叫ぶ子供、すでに動かなくなった肉塊。
こんな光景を見飽きてから、どのくらいが経ったのだろうか。
突然、昔の光景が浮かび上がる。
『待てッ! その娘に手を出すな!』
……あの頃は楽しかった。
当時の俺に言っても認めないだろうが、昔は確かに楽しかったんだ。
自分が助けているという実感があった。
自分にしか出来ないことがあるという自信があった。
自分は、正しいのだという確信を持っていた。
俺がショッカーに戻って、何年経ったのだろう。
数年しか経っていないはずなのに、もう何十年もこうしている気がする。
「隊長。目的物の奪取に成功しました」
副官である女怪人が報告に来る。
「……そうか。撤退するぞ」
「了解しました」
俺の命令を受けた彼女は、テキパキと周りの下っ端へと指示を飛ばす。
実際、隊長なんて飾りみたいなものだ。
大抵の作戦は彼女が立てているし俺は承認をするだけの存在。
ぶっちゃけいなくても支障は無い。むしろ効率が上がるだろう。
それでも、どこの隊にも隊長は存在する。
戦闘力で選ばれたエリート怪人の隊長たちが。
その理由は。
「隊長! 敵襲です!」
こんな荒事を片付ける、汚れ役が必要だからだ。
「状況を報告しろ! 相手はどこだ? 自衛隊か?」
「いえ、それが……」
何故か言いよどむ彼女を叱咤する。
「報告は迅速に行え!」
「は、はい! 敵は強化人間が一体! 外見から、……ライダーと思われます!」
俺は一瞬だけ動きを止める。
それは過去に清算してきたはずの事実。
見逃したはずの無い、俺を縛る鎖の原因。
「……出陣るぞ!」
「っ、はい!」
関係ない。
逃したのならば、処理すれば良いだけの話だ。
俺は上着を脱ぎ捨てて、交戦場所へと向かった。
破壊され廃墟寸前となった工場に爆音が響く。
戦闘員たちが足止めをしているのだろうか。
無駄なことだ。本物のライダーに、銃器なんかが効く訳が無い。
「ここを左です。気を付けてくださいね」
「わかった」
俺は、あえて人間体のまま戦場にでる。
知り合いならば戸惑うはずだ。
知り合いでないのなら様子を見てくるだろう。
ライダーとは、そんな甘い人間なのだ。
「あ、隊長殿!」
「戦況はどうなっている?」
俺はすぐそこで銃を連射している戦闘員に話しかける。
こっちを向いて挨拶をする時でも撃っているあたり、効いていないのだろう。
「正直無理っす。ロケットランチャー直撃でも無傷なんて、どんな装甲っすか」
やはり、本物らしい。
そうなるとサポートは必要ない。むしろ邪魔だ。
「わかった。どいていろ」
「了解したっす。全員、射撃止めー!」
号令と共に爆音と金属音がやむ。
先ほどまでの喧しさが嘘のように、工場は静寂に包まれていた。
「…………」
その中心に、ヤツがいる。
俺はバリケードを出て、そいつに話かけた。
「お前は誰だ? ライダーはすでに全滅しているはずだが」
「…………」
ヤツは答えない。
「何も言わないつもりか。ライダーも愛想が悪くなったものだ」
「…………な」
「ん?」
返り血で真っ赤に染まった戦士は、何事かを呟いた。
「――――私を、ライダーと呼ぶな」
「ほぅ。何故だライダー。お前の装甲はライダーシリーズの物だろう?」
「私を……ライダーと呼ぶなッ!」
形状からして女性だろう――ライダーは、一直線に俺へと突進してくる。
そのスピードは見事だ。全盛期のライダー達でもこれ程の速さを出せた者は少ない。
だが、
「阿呆」
軌道を見切れば簡単に避けれる。
俺は相手に対して半身となり、左手で体をずらしてやった。
「ッ!」
制御を一瞬だけ失い、壁に突っ込むライダー。
この程度で傷を負うはずも無い。だが実力差くらいは理解できただろう。
「く、……」
その証拠に瓦礫から出てきても、俺を襲おうとはしない。
「理由を聞いているんだ、ライダー。何故、ライダーであることを拒絶する?」
赤き戦士は少し悩み、おそらくは時間稼ぎだろうが、理由を話し始めた。
「……二年前。ライダーの全てが死に絶えた。
怪人との戦いではない。誰かを助けようとしたのでもない。
たった一人のライダーに、他の全員が殺されたのだ!
そいつは仲間たちが攻撃できないのをいいことに、一方的な惨殺を繰り返した!
その中に私の兄がいた! よく話をする友もいた!
だから……私は皆を殺したライダーになど、死んでもなってやるものか!!」
悲痛に叫びながら感情を吐露するライダー。
親しい者の死を思い出して、仮面の下の顔は悲しく歪んでいることだろう。
ああ――――なんて、偶然。
もしコイツが別部隊を襲っていたら。
もし俺の隊がこの任務についていなかったら。
この出会いは成されなかったに違いないのに。
「一つだけ、間違いがあるな」
「何……?」
俺は右手を振り上げ、左手を腰に添える。
「攻撃できなかったから、惨殺されたんじゃない」
そのまま右手を横に滑らせる。
「…………弱かったから、惨殺されたんだよッ!」
そして。
両手を腰のベルトに打ち付けた。
「変身ッ!」
バックルの中から音が鳴る。
それはライダーシステムの起動を表す特殊な音だ。
音が鳴り始めるのとほぼ同時に、俺の体を装甲が包む。
「貴様ッ!!」
相手が俺を、俺の装甲を睨み付ける。
バッタを思わせる仮面。
重量を減らした細身の鎧。
パワー不足を補うための武器の数々。
全てが漆黒に染まったそれらを見、ライダーは再度吼えた。
「お前が、お前がアイツだったのか――――仮面ライダー、ダーク!」
俺は、いたずらが成功した時の子供のように、ニヤリと笑った。
最終更新:2006年08月13日 18:21