飛んでいる。
僕が、飛んでいる。
ふわふわとした、不安定な浮遊感。
あぁ、熱い。
体が燃えるように熱い。
何でこんな目に?
そもそも、ここはどこだ?
何も見えない。
何も聞こえない。
何も、分からない。
そして。
──僕は誰だ?
僕は……僕の名は……。


「庄家栄一」
誰かに呼ばれた気がして、僕は目が覚めた。
目の前に真っ白な光が広がっていく。
「ん……ここ、は……?」
ゆっくりと目を開ける。
白衣を着た女性がこちらを覗きこんでいる。
「あ……?」
「ようやく目が覚めたか」
女性が、口の端を歪めてにやりと笑った。
端正な顔に似合わず、中々ワイルドな笑い方だ。
「ドク? 何でここに?」
「何だ、寝ぼけているのか?」
白衣の女性は、僕の組織の専属研究者。
通称ドク。
彼女が目の前にいるという事は、ここは……?
辺りを見回してみる。
見覚えがある。
確かにここは、組織の研究室兼治療室だ。
意識がゆっくりと覚醒していく。
──そうだ、僕は。
「ドク、僕はどうして……」
ベッドから体を起こそうと、僕は上体を持ち上げ、
「痛ぅ」
られなかった。
体中をビリビリと電気が走ったような激しい痛みが襲う。
僕は再びベッドへと倒れ込んだ。
「無理をするな。栄一」
ドクがやんわりとした口調で言った。
「生きているだけでも儲けものだ。お前は、一度は死んだんだからな」
「え? 死んだ? 僕が?」
「そうだ」
きっぱりと言い切るドク。
死んだって、そんな……。
「何も覚えてないのか?」
「俺は……確か……」
だめだ、思い出せない。
頭がズキズキとする。
僕は額を押さえ、その内部からの激しい痛みに思わず目を閉じた。
「記憶に少し混濁が見られるな」
「ドク……」
「まぁいい。今はゆっくりと休め。休むのも仕事の内だぞ、栄一」
「はい……」
僕は目を閉じたまま答える。
今日はやけに素直だな、とドクがポツリと呟いたような声を聞いたのが最後、
僕はそのまま、また深い眠りへと落ちていった。


爆音と爆炎。
地響きと叫び声。
煙がそこら中に上がっている。
黒い外骨格に覆われた特殊なスーツに身を包み、
僕は血と硝煙の臭いが蔓延するこの戦場で1人悩んでいた。
──何でこんな事に?
分からない。
どこをどう間違ったらこんな事態になると言うんだ。
「ぎゃあああああああ!」
僕と同じ格好をした戦闘員の人が、僕の目の前を凄まじい勢いで吹っ飛んでいった。
「うわぁ」
僕の口から漏れる間抜けな声。
うわぁ、はないよな。
うわぁ、は。
でも、他にどう言えばいいんだ?
僕はただ、困惑して立ち尽くすのみ。
「貴様、何をぼんやり突っ立っている!」
背後からの怒声。
振り返ると、そこには全身を真っ赤なコスチュームに身を包んだ少女の姿。
毒々しいくらい紅いマントが風に翻る。
「あ……えーと、アポロ……さん?」
確かそんな名前だったはずだ。
入社式の日に自分はアポロ何とかだとか、言ってたはずだ。
「貴様ぁ! 様を付けんか! 様を!」
アポロさんの横に立っていた眼帯を付けた指揮官風の人が、僕へと怒鳴った。
「あ、その。すんません」
その激しい剣幕に僕は思わず謝ってしまう。
「そもそもアポロガイス様だ! アポロさんなどと馴れ馴れしく……」
「構わん。私は気にしていない」
アポロさんが指揮官の人を遮った。
「しかし、アポロガイス様。こういう事はビシっと……」
「私がいいと言っているんだ。不服か?」
「は……。分かりました」
指揮官の人から目を離し、アポロさんが僕へと向き直る。
「で、貴様は何だ? 新人か?」
「あ、はい、新入社員の庄家栄一です」
「やはり新人か。こんな場所でボサっとしていたら死ぬぞ。死にたくなければ私に付いて来い。いくぞ!」
突然走り出すアポロさんと指揮官の人。
僕も慌てて後ろへと付いていく。
アポロさん達の走る速度は異常なくらい速く、
僕はその姿を見失わないように付いていくのがやっとだった。
「ああ、何でこんな目に」
愚痴りながら走る。
足元には戦闘員の人達がそこら中に倒れている。
その死体に引っかかって転ばないように気を付けて僕は走る。
走る。
走る。
必死で走る。
「ああ、何でこんな目に」


僕の名は庄家栄一。
この春めでたくある会社に就職した、ぴっちぴちの社会人一年生!
けど意気揚々と初めての出勤をして、僕は知った。
僕の就職したのは「会社」ではなくて「秘密結社」だったということに――

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最終更新:2006年08月17日 21:47