日本拳法道連盟 豊前福光派古術連盟 風門館 護身から見た型稽古の欠陥

護身から見た型稽古の欠陥(2006-10-26)

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私も、形稽古の武道が長いため、護身の観点からその欠点を書いてみる。ただし、決して、他流派の批判をしているのではなく、その中に「お公家さん」が紛れ込んでいるよ、ということであるから、誤解無きように。

私が小学生の頃だったろうか?よくは覚えていないが、テレビで合気道の技を見て、いつか合気道をやりたいと思うようになっていた。特に本流の合気会の合気道を。

大学時代に八光流をやったのも、合気道の道場が近くに無かったため仕方無く、と言う一面もあった。松田隆智の「謎の拳法を訪ねて」のファンだった私には、八光流が、大東流の分派だという知識はあったからだ。

大学を卒業して、ようやく合気会の道場が近くにあることを知り、入門することになった。

しかし、仕事も忙しく、結構遠方だったので、私の地元に先生を呼んで、同好会を作ることにした。その先生は今でも尊敬している。武道家として、また教育者として、素晴らしい方だった。技も切れ、この人こそは合気会の達人の一人と言える、と確信させるような方だった。

しかし、私には古術相伝のこともあり、どうしても他流試合をしなければならなかったから日本拳法道に入ったのだが、合気道は合気道で、ぜひとも続けたいと思っていた。

そんな中で、私よりも遅れて入ってきた人で、私がしばらく日本拳法道でやっていた時に、私より段位が上になっていた者がいた。その人は他武道の経験もなく、体も非力で、どう見ても実戦ではあかんやろう、と言うような人だった。無論、形稽古でも、とても私より技が切れるとは思えなかった。

問題は、彼が威張り散らかすことなのだ。彼が入門した頃は私は八光流三段でもあり、先生の受けを取るのは私だったので、しばらく振りに行って、自分の方が段位が上になったということで威張りたかったのかも知れないが、態度は横柄で、なおかつ技は効かないが、やたら技の名前だけは詳しい、という私の嫌いなマニアが誕生していた。

これが、形武道の一つの欠陥だろうな、と私は思う。こういう人は、ルールのある試合でも、競技をさせたら一発で参るであろうに、知識と段位だけで横柄な態度を取る。昔の軍隊みたいなものだ。

こういう人間を生み出しやすいのが形武道の欠陥だろう、と私は思っている。これでは護身にもなるまいに。ある意味、平和な時代だから通用することだと思う。そして、こんなタイプに限って競技武道をバンバン批判するのだからたまらない。

よっぽど、手合わせして実戦の厳しさを教えてやろうか、と思ったが、先生の手前もあり、控えた。

形武道には形武道の欠陥があると言うことの一例だと思う。

要は、何を習うにしても本人の心がけ次第だと言うことであろうが。

ちなみに、これは、合気道を始めとする形稽古主なる流派の批判ではないので誤解無きように。あくまでも私は、護身と言う観点から「公家文化」を批判しているだけだから。合気道にも、実際腕が立って、立派な人格者が多いことも知っているので、重々誤解の無いように願いたい。(館長)