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 いつもどんよりと曇っているが、その夜は風で雲が吹き飛んで煌々と月明かりが石造りの街を照らす。大西洋を挟んだブリテン島では、ニューヨークのテロの話も流石に夜の帳には逆らえなかったようだ。
 遅くまで開いているパブも明かりを消す時間。
 シティの一角の建物に明かりが灯った。
 二人とも月明かりだけで十分すぎる視界を確保できるのであるが、ロウソクを模したスタンドが柔らかい光を放つ。

「『酒はやらん』か」
「ワインは身体に良くない。イザークもトマトジュースにしろよ」

 あからさまに嫌そうな顔をして、優美なラインを描くグラスに半分ワインを注ぐ。飲まないと言ったアスランの分まで用意されていた。

 ワインは吸血鬼にとってあまり縁起の良い飲み物ではない。
 にんにく、十字架、流れる水、祝福された餅、レモン、などなど。吸血鬼が苦手と言い伝えられるものは数多くあるが、ワインもその一つだ。その殆どが迷信に過ぎないが、アスランは確かにワインが苦手だ。

 どうせ気分を味わうものなんだし、トマトジュースでもぶどう酒でもどっちでもいいと思うけど。こういう所が凝り性なんだ。
 きっとこのワインも秘蔵の1本だったりするんだろう。

「再会を祝して、だ」
「乾杯」

 口をつけるふりをして香りだけを楽しみ、アスランは樫のテーブルにワイングランを置く。イザークは目を閉じてワインが開くのを待っているようだった。白い手がグラスを揺らしている。

「それで、わざわざやって来たのには訳があるのだろう、貴様」
「勿論」

 アスランはハンターの一族が蘇り、この時代における狩りの幕が上がったことを告げた。



 20XX NewYork 4



 仕事中だったせいか、イザークは簡単に飲み交わした後、すぐに書斎に戻った。ほかにすることもないアスランも後を引っ付いていくわけだが、そこは、鏡の置かれた本に埋め尽くされた部屋。作業台の上に広げられた古びたの本、紙とのりにピンセット。いくつもおかれた小ビンはつんと鼻を突く溶剤が入っている。

「書庫を整理していたらグーテンベルグの写本の続きが出てきたんだ」
「で、ご丁寧にも時間外で修復しているのか?」
「まあな。電子ライブラリに保存するにも、状態が悪すぎてスキャンできない」

 アスランも手先は器用なほうだが、これは対象が違う。自称民俗学者のイザークが得意とするのは本。本人は未知の言語や文化に興味があるらしいが、もっぱら、キュレーター兼翻訳家と化している。
 望めば何でもオンラインで手に入る時代でも、最初はこうした地道な人の手を必要とする。

 本の修理をする吸血鬼ってのもないよな。
 夜の眷属にとっては、知識を残す必要も、次の世代に託す必要もないからだ。

「物好きだな」
「よく言う。貴様こそ、奴らの社会の発展と混乱に貢献していないとは言わせない」

 混乱は余計だ。ま・・・認めるけれど。

「ハロ・コミュニケーション社だったか?」
「それは設立時の会社名。今はハロ・グループだ」

 イザークの興味が過去や経過にあるのだとすれば、アスランの興味は現在・未来にあった。興味で作り出したものを世に発表する隠れ蓑としてその会社はあり、時には下らない思いつきが、人にとっては重大なブレイクスルーになったこともある。例えそれが悪魔の発明と呼ばれようとも、この先人間社会がどこへ向かうのかに興味がある。

 暇つぶしと言うには、俺もイザークも結構真面目に取り組んでいる気がする。
 アスランはさっきから黙々と修復を続けるイザークを見て、自らの残課題を思い出した。思わぬ事態にここまで押しかけてしまったが、本当なら自分も自宅で残業するはずだったのだ。

 溜まっていたペンディング事項を数えようと頭上より高い本棚を見上げて、ふと窓の外に目が行く。

「今日はここまでにしよう」

 イザークの言うとおり、もうすぐ夜明けが来る。
 夜の終りを忌々しいと思っていたことも随分昔のことで、人に昼が来て夜が来るように、彼らの頭上にも朝が来る。

 道具を片付けるイザークが、帰ろうとするアスランを引き止める。顔を上げずに、何気なく言うものだから、つい、聞き流してしまいそうだった。
 鏡に片足突っ込んだまま振り返る。
 顔を上げたイザークの青い瞳に射られる。

「遊び過ぎるなよ。復活の儀式を控えている大事な時だ」




話の筋を考えずに書いているから、全然進まない。そろそろニューヨークを片付けたいのだけど。