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 白の王は思わず耳を疑った。
 雪と氷の広場にベルの音が3度響き渡ったのだ。それは婚約に名乗り出た鐘であり、3つの問いに挑む合図である。

「おい、イザーク。鐘、鳴ってるぜ?」
「分かっているっ!!」

 白の王の名はイザーク・ジュール。まだ若い王は白い毛皮のローブを華麗に捌いて、バルコニーへと引き返す。銀の髪が広がって光の粒が飛び散った。慌てて後を追うのはこの国の大臣達。

「花嫁に相応しいと前に出るものは誰だ?」

 王の再びのお出ましに、口を開いていた民衆が一斉に静まり、玲瓏たる声が広場に響いた。イザークは人混みの一角が割れ、そこからフードに毛皮が付いたコート姿が現れるのを見つける。女にしてはすらりとした立ち姿だった。

「ひゅ~、またまた気の強そうな女じゃん」

 大臣が王を冷やかすが、イザークはピクリと眉を寄せただけでその女を観察する。
 たった今、一人の女が白熊の餌食になったというのに、なぜ、鐘を鳴らしたのか。死が怖くないのか、それとも、問いに答える自信があるのか、イザークには広場を挟んだ女の顔までは見えなかった。
 紺色の髪がフードの間からこぼれるのが見えるだけ。

 衛兵に引っ立てられて広場の中央に進み出てくる。問いに答えようと言う無謀な女が、王のいる場所から数段低い広場の中央に立ち、白の王を見上げた。

 光が射しているわけでもないのに、その瞳は鮮やかな緑色をしていた。この白の王国では自然に存在しえない色だった。




「なぜ俺が3つの謎を出すのか知っているか?」

 見下ろす女には恐れはなかった。悲愴な覚悟もなければ、恋に溺れた熱い眼差しもない。整った美しい顔が、ただ凡庸と見上げるのみ。この女は分かっているのかと、王は不安になる。

「我が遠い先祖に中興の祖と呼ばれる女王がいる」

 広場から『おお~』と歓声が上がる。

「彼女、アレクサンドラは賢く美しい女王だった。国を良くまとめ、民を思い、王国の闇を追い払った。しかし、彼女は異国の婚約者に騙され、卑劣な手段で国から連れ出され、絶望のうちに非業の死を遂げた」

 今度は広場からすすり泣く声が聞こえてきた。
 この国の民なら誰でも知っていて、誰からも慕われている女王は悲劇の女王でもあった。 
「俺は彼女に代わって、異国の婚約者に復讐を果たす。真にこの国のために死せる勇気があるかを試すため、三つの問いを課すのだ」

 白の王が演説する場所は広場に面している城のバルコニーで、勿論、氷と雪のように白い城である。王が氷のように冷たい青い視線を注ぐ。

「謎は三つ、死は一つだ」




 どこかが今までの女と違うと、白の王は感じる。

「世界の全ての人の友であるが、自分と同等のものに我慢できないもの。それは何だ」

 優雅に振られた白い指先が、見上げる女を指し示す。
 礼儀として不躾と言えるかもしれない所作も、この国で一番の貴人とあっては何もかもが許されるのだろうか。

「期限は明日のこの時間だ」

 指差された女は、こともあろうに僅かに笑って見せた。白の王を目の前にして、あるまじき反応である。

「今、答えてあげようか?」

 しかし、それだけに留まらない展開が待ち受けていた。
 白の王は目を細めた。広場から上がるのはどよめき。

「答えは『太陽』だろ?」

 少し低い落ち着いた声だと思った。
 王は背後にいる大臣達の視線が背中に突き刺さるのを感じ、しんと静まり返った広場に集まった民衆に結果を告げねばならなかった。

「・・・その通りだ。なるほど、貴様、頭は回るらしい。では第二の問いに行こうか」

 白の王がそう告げた途端、婚約者候補の女がまた一つ笑う。それは決して嫌なものではなかったが、今までの女とは何かが決定的に違う感じがした。イザークは慎重に口を開く。見下ろし、問いを投げかけ、命を握っているのはこちらなのに、ひどく落ち着かない。

「落ち着けよ、イザーク」
「まだ、一問当てただけじゃん?」

 大臣達が囃し立てるが、少し振り返って睨みつける。

「うるさい。そんな事は分かっているっ!」

 彼らは首をすくめて口を噤んだ。
 この国の大臣なのに、国の未来を笑いたてるなど言語道断である。
 面白いイベントとしか思っていない友人達にイザークは舌打ちした。もう何人もの婚約者候補をペットの白熊に与えてやったのを彼らが影で嘆いているのは知っている。

 しかし、王である彼には何ものにも増して国のことを守る義務があった。
 王族の婚姻は国家間の駆け引きと同じである。輿入れする女が、実はスパイだったという話はよくあることであるし、何の含蓄なしに王に近づく者などいないなのだ。
 白の王国の中央はこのような雪と氷の世界だが、南部辺境には豊かな国土が広がっており、国家の台所を支えている。
 その辺境も策略で手に入れた土地なのだから、イザーク自身、いつまでも白の王国が安泰だと警戒を怠ることはできないのである。

 気を取り直して、2つ目の謎を告げる。

「子供達を産んで、大きくなった後に、彼らを貪り食う母親とは?」

 首をかしげ、視線を宙に泳がせている。
 その様子を見て、内心ホッとしている自分を見つけながらも、瞳を閉じている時間がやけに長く感じられた。瞼が持ち上がる瞬間が、まるでスローモーションのように映る。

 もし、この問いも見事答えを言い当ててしまったら、残るは一つ・・・。
 白の王は初めて、心臓がドクンと鳴るのを聞く。

「答えは『海』この国には海がないのに、よく知っている」

 彼女の緑の瞳と視線が絡み合った。
 王都では決して見ることのできない色だと思ったのもつかの間、今、その瞳を形容するとしたら、間違いなく湖の深淵の色だと答えるだろう。

 彼女はできる。
 自分と同じくらい。いや、もしかしたら己以上に。
 脳裏に浮かんだ思いつきに、イザークはまじまじと彼女を見つめてしまった。彼女は微笑みとは言えぬ、微妙な表情を浮かべて王の返答を待っている。

「残念ながら、ほんの1・2年前からだが、わが王国にも海はある。正解だ、答えは海だ」

 今度こそ割れるような歓声と悲鳴が広場を包んだ。
 集まった民衆からすれば、目の前にいる女が王の伴侶となるかも知れないのだ。何処の誰とも知れぬ、あまり立派な格好をしたとはいえない異国の女が。

「やるねえ」
「あの子、すごくきれいだし、お似合いかもねえ」

 囃し立てる大臣達のように暢気にはしていられない。
 国の命運が掛かっているのだ、何より、ことは自らの一生に大きくかかわる。イザークがキッと目を吊り上げて、怒鳴りつけようとした時、総料理長がぽろっと零す。

「向こうの方が上だったりして」

「貴様っ!! もう一度言ってみろっ」
「おいおい・・・そんなに大声出したら、あの子にまで聞こえるぜ?」

 それは困る。
 イザークは殴りかかりたいのを意地で我慢して、バルコニーから彼女を見下ろした。
 残る問いは一つ。

 もしかしたら、もしかするのか?

 最後の問いは誰にも解けないだろうという自信がある。
 それでも、この相手ならもしかしてという思いもあって、第三の問いを発する声は本人にしか分からないとは言え、少し震えていた。

「これが最後だ。表が白、裏が黒の色の葉をもっている木とは何だ。答えろ」

 彼女が瞳を閉じ、口を開くまでの数秒が長い。
 耳のすぐ横で鐘を打つように鼓動が打つ。それはもう速く、後ろにいる大臣達にも聞こえるのではと言うくらいだ。

 早く答えてしまえ。
 正しくても、間違っていも、どちらでもいい。

 思わず、睨みつけることになっていた。




「それは・・・・・・年。昼と夜を繰り返して一年が巡るから」

 ああ。
 この女はなんと言う―――。

 白の王国にも昼と夜はあって、昼は雪と氷による白い世界、月の出ない夜は真っ黒の世界だった。異国から来た人間に思いつくはずがない問いだったのに。

 肩の荷が下りたと思った。
 ようやく巡り合えたと言うべきか。

「余は、今からお前を妃と呼ぶだろう」 

 白の王は彼女に向かって本当に僅かだが、そう、笑みを浮かべた。
 自分の横に並べてもおかしくない存在。生涯を共にできると思える相手に出会えたのだ。彼はバルコニーから、傍にいる衛兵に彼女を連れてくるように命じた。

「お待ち下さい」

 衛兵に腕を掴まれる瞬間、たった今、自らの花嫁となった彼女が声を上げる。

「こちらかも一つ謎かけをしても?」

 口を開くことを許さなければ良かったのだ。
 王の御前であると、大臣達が止めればよかったのだ。
 しかし、王自ら、彼女を認めてしまっていたから、誰も彼女の言葉を停めることはできなかった。
 白の王は未だ、彼女との危険なゲームに酔っていたのかも知れない。

「何だ」

「帰る国を失った王子です。パンを求めて第一の死と出会う。母の自由と引き換えに身支度を整えるが、一緒に第二の死を抱えて死と共に彷徨うことになる。何とか死から逃れたが、ついに最も危険な死と出会う」

 控える書記官が必死に彼女の言葉を書きとめている。

「この第三の死と戦い、その死の支配者となった王子の名は?」

 そのような者を知るはずもなかった。
 白の王は自らが謎かけをしていただけあって、博識さでは引けを取らないと自負している。しかし、何も思い浮かばないことに焦って記憶を総動員していると、彼女が再び口を開いた。

「見事、答えられたならば、貴方と結婚いたしましょう」

 今、なんと言った?
 耳を疑うとはこの事だ。

「何だと?」




「期限は、明日のこの時間までに」





あわあわ。かなーり、違ってきてますが、最後の謎かけはばればれですね。さあ、第三幕をどうするか、それが問題だ。ここまで改変していると、正直困ります。