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選ばれし者



 隔離セクションでの警報を受けて、警備兵や機械化兵が上部セクションに集まる。攪乱して闘争する彼らを追うように各セクションから召集される。それらは全てこの反乱をカモフラージュする囮だったのだ。偶然にしては謀ったようなタイミング。
 ただし、無事逃げられればの話。
 それも、こうして搬出セクションまで辿り着いてしまった。
 シンはレイを見る。
「すまなかったな。俺一人ではギルを守りきる自信がなかった」
「大したことしてないよ、俺」
 どちらかと言えば自分の身を守るため。それでも、こんな大役を任されるとは思っても見なかったと、少ない出会いの中でここまで信じてくれたのが嬉しかった。自分は仲間ではないと我を張っていたのに。
「さっ、急ごう」
 ギルバードが先を促す。銃撃戦の間を縫って3人は、反乱の流れとは逆に最下層へと降りる。
コーディネーター達に囲まれるギルバートの姿はやはりレジスタンスのリーダーだった頃と同じ。レイも彼に引っ付いて反乱の中間達の中に混じってしまったので、シンは遠巻きにその姿を見る。


 なんとなく力が抜けて、壁際まで行って身体を預けた。
 ひっきりなしに銃撃戦の音が響き、振動が途切れることなく続く。コーディネーター達が慌しく行き交い、取り残されたシンはこれからどうなるのかとぼんやりと考える。
 ここを出られたとして、海の真っ只中。
 それにどうやって、上部セクションを抜けて上に出る?
 武器と言えば奪った銃火器だけ。でも、コーディネーターならもしかしたらできるのか?
 大人たちの真剣な表情に自分も少し希望を持ってもいいだろうかと思った矢先。
「無事だったんだな!」
 シンを呼ぶ声。声は走り過ぎるコーディネーター達の向こうからで、そこにはオレンジの髪をしたハイネがいた。手には警備兵のマシンガンを持っていて、その姿の向こうにアレックスがいた。
「シン!」
 ハイネとアレックスに囲まれるシンは二人を見比べる。手ぶらのアレックスがシンを心配そうに見下ろし、ハイネが周囲を伺っている。二人ともこれだけの暴動の中で無傷。
「ちっ、旗色が悪い」
 ハイネの声にアレックスが上部を見回して厳しい顔をする。確かに銃撃の音や砲撃の振動がさっきより近くなっている気がする。
 ギルバートを囲む一団が動き出す。輪から抜け出してきたレイとギルバートがシンに近づいて来て、ハイネとシンに隠れるようにして立つアレックスを見る。
「君にはなんと礼を言っていいのか分からないな。彼は?」
 ギルバートの視線が後に立つアレックスに注いでいる。
「私はギルバート・デュランダル。どういうわけかこの反乱のリーダーということになってしまった」
 差し出された手を取らずに、少しの間を置いてアレックスが自ら切り出した。
「アレックスです。彼の、シンの、保護者です」
 シンには彼がどんな顔をしてそう言ったのかは見えない、それでも、ギルバートが苦笑して『そうか君が』とシンをチラリと見て小さく口ずさむのを聞いた。
 俺が、紹介するべきだったのか? と、不安に思ってハイネを見れば、肩を竦められた。肘で小突かれて『そうなの?』と返されたから、シンも懐かしさを込めて『書類上だけですけどね、ここに来る前までは一応、弟です』と小声で話す。
「・・・そうか。ならば話は早い。彼の活躍のおかげで私は隔離セクションから逃げ出せたようなものだ。この時代にこれだけの力のあるコーディネーターは少ない」
 さっきまでアレックスを見ていたギルバートが今はシンを見ている。
「もう一度言おう。シン、君の力が我々には必要だ。コーディネータが安心して暮らせる世界を実現するための力が」
 今度はシンは返事をする。
 決して大きな声ではないが、はっきり『ハイ』と。


「では、君のもとに預けよう。頼むよ、ハイネ」
「了解しました」
 軽く敬礼するハイネと少し笑うレイを見る。ハッとしてアレックスを見るシン。勝手に決めてしまったことに何か心情を読み取れるかもと期待したのだったが、アレックスが見ていたのは相変わらず上部セクションの銃撃戦だった。
「どうした、シン?」
「えっ、だって、アレックスは」
 どうするんです? と聞く時間はなかった。ぱらぱらと破片が落ちて、研究セクションの一部が爆発する。煙がドームの天井にたまり、所々火を拭いている。窓ガラスが降ってくるのも時間の問題であった。
「落ちたな。すぐになだれ込んでくるぞ」
 駆け込んでくるコーディネータから緊急連絡を受けて離れていくギルバート。穴倉を下に消えた彼らを追ってシン達も下へと逃げる。一人立ちすくむアレックスにハイネとシンは立ち止まった。シンが何か言おうとしてハイネに先を越されていた。
「やっぱり、駄目か?」
「いえ・・・俺は」
 視線を逸らすアレックス。つかみ所のない表情が多い彼にしては珍しい。
「俺だって、奴を全面的に信用したわけじゃないぜ? でも、プラント内の中で唯一まともな組織だ」
 そりゃ、地上でレジスタンスの抵抗組織のリーダーだったんだ。その時の仲間も大勢いるはず。シンは動かないアレックスと迫る銃撃に、どこか口出しできない雰囲気の中、ハラハラと二人を見守る。
「戦って、それで平和になる、わけじゃない」
「・・・そろそろ覚悟を決めるべきだろ。これはもう戦争なんだ、じゃなきゃここで死ぬぜ」
 間髪いれずに足元に叩き込まれるマシンガン。ハイネが応戦しつつシン達3人はなし崩し的に穴倉の入り口を目指した。あの街での生活を楽しんでいたとは思えない、それでも、捨てられるようなものでもなかったと思い出す。世のコーディネーターに比べれば雲泥の差だったから。機械を弄ったりするのが好きな彼は確かに戦いには向かないのかも知れない。
 しかし、この情況で自分達と同じ道を選ばないのはなぜと憤りも生まれる。
「そんなの別にどっちだっていいじゃないですか! アンタはあの街のあの部屋に帰ればいいんですよ」
 動かない標的だから即座に発砲される。
 この情況でシンはアレックスに庇われる。銃撃を避けて、障害物を盾にしファングに辿り着いた。
「そのためにもまず、ここを脱出しなきゃならないだろーが?」
 ハイネが銃を上に向けつつスロープを走る。シンはアレックスを振り返った。降りる以外に道はない。出口は上だと言うのに。
 咄嗟に手を掴んで走り出していた。
「そんなところに突っ立って、置いていけるわけ、ないじゃなですか!」
 上空から打ち込まれる迫撃砲。急場しのぎのスロープは脆く、3人を乗せたまま落下する。


 指の先まで意識できるような、急に視界がクリアになる感覚。
 浮遊する感覚に我に返る。遥か下にハイネがいて、シンは左右を見渡した。
 いた。
 手を伸ばして、もしかしたら空中を滑ったかも知れない。
「よせ。二人分の落下エネルギーを支えるなんて無茶だ!」
「そんなのやってみないと、分からないですっ!」
 手を伸ばした先にはアレックスがいて、二人がほんの少しだけゆっくりと降りていく。
「シン・・・お前」
 驚くアレックスを抱えてシンは誇らしげに彼を見た。
 しかし、少しスピードが緩まったところで加速したままでは二人とも激突は免れない。その上、同時に降ってくるスロープの残骸と、空間に輝くのはガラスの破片。キラキラと光って雪のようでも速度をつけてすれ違えれば、ざっくりと切れる。
 二人分の重さに為す術もないシンは、それでも落下を少しでも食い止めるのに必死で。
 何が起こったのか分からなかった。
 気の抜けた風船のようにゆるゆると降りていく様は、落ちているとは言いがたく、自分が抱えているはずのアレックスがあまりにも軽い。
 この人は飛べる。自分より遥かにうまく。
 シンは穴倉の底で無表情に手を差し伸べるアレックスを見て確信した。


 しかし、穴倉の底の採掘セクションは大騒ぎだった。プラントのメインコントール室の制圧が失敗したとかで、コーディネーター達が殺気立っていた。3人を見つけたレイが現在の情況を説明しに来たが情況は芳しくない。
「メインコントールって、何の為に」
「コロニーの制御室だからな、いろいろできるだろう。ライフラインの制御とか、ハッチ開放、救助艇の切り離しとかだな」
 シンにはそれがどういうことを意味するのかわからなかったが、アレックスには分かったらしい。眉を寄せて目を細めて、リーダーのギルバートを見ている。
 答えを聞く気にもなれなくて、メインコントールとやらを想像してみた。
「あっ、あの部屋」
 シンは思わず呟いた。確か、この底のどこかに似たような場所があったはずだ。ハイネもにやりと笑っている。
「何か知っているのか?」
「あっ、レイ。メインコントロールは知らないけど、似たようなものがあったなあと思って」


 迷い込んだ通路の先にあった入り口のパネルは確かにサブコントロール。
 あの時は3人で開けようと躍起になっていたが、今は大勢のコーディネーター達がいた。わくわくしながら、そのドアが開くのを待っていたシンだったが、一向に開く様子がない。力技でパスワードを総当りしても、今すぐ当てられるなんてことありはしない。その上、鍵がパスワードだけとは限らない。
 入り口にいた連中が代わる代わる処置を施しているが、反応もない。そこへ降下部隊の知らせが届く。
 ハイネがアレックスを見ていた。よく見ればギルバートもこっちを見ている。そして、後を振り返れば二人の視線を知ってか知らずしてか、アレックスがドアをずっと見つめていた。
 ずいと、身体を揺らせて操作パネルの前に立つ。
 ドアの手前の空間をスキャンが走り、操作卓に初めて明かりがついた。指を滑らせて、数秒、LEDが赤からグリーンに変わる。ドアはあっけなく開いた。佇む彼を差し置いて、コーディネーターの仲間達がなだれ込む。ドアが開いたことを受けて、次から次に仲間がやって来る。
「聞いてもいいか?」
「なんでアンタが開けられるんです」
 ハイネとシン、二人がアレックスに詰め寄る。初めて見る顔は今にも泣き出しそうな、弱い笑みを浮かべていた。
「パスワードは何だったんだ?」
 アレックスがパネルに視線を戻して答える。
「パスは『創世の光』」
「どういう・・・?」
 突拍子もないダブルワードに、これは当てられるわけがないと思う。
「確か、先の大戦の指導者パトリック・ザラが、ジェネシスのことをそう呼んでいたと、記憶しているな」
 ギルバートが残っていたことに今気づいたとばかりに、シンはその声に驚いた。アレックスの肩が震え、パネルの前に立つ彼に近寄るギルバートを見ている。
「違うかね、アレックス。いや、アスラン・ザラ」


 サブコントロールとメインとの主導権争いが始まり、確保できた通路を使って、コーディネーターの仲間達は上部セクションを目指した。シン達3人もハイネを先頭にそれに続く。
 シンは前を走るアレックスを見る。
 自分が『アスランとは誰か?』と聞いた時、『彼はもういない』と言っていた。なのに、また今日、アレックスはアスランと呼ばれた。それも曰く付きのフルネームで。
 パトリック・ザラならばシンも知っている。コーディネーター独立戦争の首謀者。
 アスラン。どこかで聞いたことのある名だと思っていたが、そのはずだ。アスラン・ザラは・・・シンはフリーダムと呼ばれる監視官を思い出した。先の大戦を終戦へと導いた英雄・フリーダムと一緒に戦ったもう一人の英雄。
 そう言えば、終戦後、全然名前を聞かなかったなと思い、それもそうかと思い直す。
 あんな辺境の街で暮らしていたのだから。

 だけど、本当にそうだろうか。
 そんな英雄には見えない。
 だけど、あの監視官と戦友だと言っていた。
 でも、それならどうして別人を名乗るのだろうか。
 シンは直感的に自分の中で彼をアスラン・ザラだと結論付けていた。


 シンはこの非常事態に、問い詰めることなどできなかった。ハイネも何も言わないから、今は黙って上部セクションに向かうことに集中したかったのに。纏まらない思考を大きく揺さぶる揺れ。プラント全体に大規模な衝撃が走った。
「これは、外からの攻撃だ」
 アレックスが言う。確かに市井の中で生きるこの人にはどこか違和感があった。無表情に情勢を分析して冷たく言い放つ今の姿の方が、本来の彼に近いのだろうか。
 直後にプラント全体に大きな亀裂が走って、視界が開ける。シンも外からの攻撃が何を指すのか見て取れた。大きく開いた横穴から見える外の世界。
 荒波の大海。
 水平線に消える空。
 その中間にあるのは白い戦艦と、戦闘状態の複数の飛行船。

路線変更しちゃうかも