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名を継ぐ者達 2

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第二話 騎士と傭兵とハンターと





 オーブ首長国の衛星都市であるヘリオポリスが、大西洋連邦とユーラシア連邦からなる連合国に落とされてから半年が過ぎようとしていた。

 オーブのみならず、周辺国からも静養地として知られ、その名を馳せていたこの街には、今は観光客の代わりに兵士達が駐屯し続けている。というのも、街の北西部を流れるエール河を境に、南に連合、そして北にオーブが砦を築き、エール線と呼ばれる戦時国境が引かれているせいである。

 見た目には、何の変哲もない河の両岸に堤が延々と連なっているだけだが、この戦時国境というやつは、実に厄介な代物なのである。

 国境と言えば無闇に出入りできないように柵や防壁が築かれ、その国境と街道が交差する場所に、関所が設けられているというパターンが一般的である。稀に友好国の間にはボーダレスといって国境のない場合や、山岳地帯のような地理的要因から、在って無い様な越境し放題なんて所もある。

 だが、この戦時国境にはそれらの常識が一切通用しない。なにせ人はおろか、本来自由に行き来している鳥達でさえも、戦時国境を越える事は出来ない。

 なぜか?

 世の中には、非常に強力な魔力を帯びた石が存在する。人はそれを『魔石』と呼ぶのだが、戦時国境とは、等間隔に配置した『魔石』、及びそれに代替する『魔道具』を使い、物理的に空間を隔てるという荒業を用いて構築されたものだからである。

 特にこのエール線は、奪還を阻止するための連合と、これ以上の侵略を防ぎたいオーブとで、二重に張られた戦時国境として歴史に名を残したのだった。



 2-1



 初夏の日差しに照らされた街道に、突然人陰が増えた。

「キーラ!」

「うわぁ~!?って、トール!!」

 背後から脅かされた少年は、勢い余って尻餅をついてしまった。予想外のリアクションに、脅かした側の少年もあたふたと動揺して、そんな彼らを見守っていた大人達は、やれやれと言わんばかりに視線を交し合った。

「ご、ごめん、キラ。そんなにびっくりするなんて思わなくて・・・」

「瞬間移動・・・出来るようになったんだ!凄いじゃないか、トール」

 尻餅をついたまま、トールの出現が魔法によるものだと気づいたキラは、親友であるトールに賛辞を送る。

 魔法と一口に言っても幾つか系統がある。まず、1番ポピュラーなのは、やはり精霊魔法だろう。良く混同されるのだが、ここで言う精霊とは自然界に存在する四大元素の事であり、精霊族とは全く関係が無い。

 四大元素とは、火・水・風・土の事であり、それぞれを指して火精・水精・風精・土精と称される。しかし、人間達が想像しているような『人型』をしている訳ではなく、あくまでも世界を構成する物質でしかない。余談だが、こういった混同を避けるために、地方や学問によっては、精霊族の事を『エルフ族』『妖精族』と呼ぶ場合もある。どちらにせよ、人間達が勝手な想像でつけた名であることには変わりない。

 精霊魔法は、四大元素との相性が必要となるが、四つともに適性が認められないというケースは滅多にない。但し、火と水のように相反する属性の場合は、どちらかに偏った適性があると、もう一方の属性に対する適性が著しく低いケースは多々ある。しかし、四つ全てに相性が良い場合もあり、そのあたりの事情は良く判っていない。ついでに述べておくと、精霊魔法における適性度は四つに分類され、下から順に『ロウ』『ミドル』『ハイ』『マスター』クラスと呼ばれる。

 次は神聖魔法と呼ばれる系統。これは信仰する対象、つまり神の力を借りて行使する魔法のため、聖職者である必要はないが、どの宗派であろうと信仰心が不可欠だ。また宗派によって神が全く違うにも関わらず、請願となる呪文こそ違うが、効力が似通った魔法が多い。その謎について、その手の伝承に詳しいイシュカに言わせると、所詮人間の考えることだから仕方ない、だそうである。

 他には古代魔法と呼ばれるものがある。これは各人が持つ魔力によって成り立つ魔法である。さらに、この系統には超古代魔法と呼ばれる失われた魔法もあり、それらの魔術書を専門に探すハンター達も居る。

 世間一般に呼ばれている黒魔法とか、白魔法とか呼ばれているものは、系統の1つではなく、便宜上攻撃系を黒魔法、防御・治癒系を白魔法と呼んでいるに過ぎない。



 ちなみに先ほどトールが使った『瞬間移動』は、風系の精霊魔法である。術としては中級に属する魔法で、初心者の彼にはまだ目視出来る範囲の移動しか出来ないが、優れた魔術師ともなると、相当な距離の移動が可能である。

 ここでやっかいなのは、精霊魔法の場合、魔術師のレベルと術のレベルが連動しているのではなく、各属性に対する適性度によって唱えられる術のレベルが決まる――という事だ。よって、魔力が低かろうが初心者だろうが、適性が『マスタークラス』であり且つその構成理論を理解していれば、術として『最高』レベルの精霊魔法を放つ事が可能である・・・。だが、それはあくまでも『術を放つ事ができる』というだけで、肝心の威力ともなると、やはり個人の生まれ持った魔力による制約が絡んでくる。極端な話、仮に魔力は乏しいが『マスタークラス』の術者が居たとして、彼が『最高』レベルの精霊魔法を放ったとしても、『ロウ-クラス』だが魔力はトップクラスの魔術師が放つ『初級』レベルの魔法の方が、威力が大きかったりしてしまうのだ。

 これに対し神聖魔法や古代魔法は、魔力の容量=術のレベルである。古代魔法などは、とかく術式が難解で、魔力を組み立てる構成を理解するための頭脳とセンスが要求されるうえ、どれだけ完璧に呪文を覚え理解出来ていたとしても、肝心の魔力が足りなければ決して唱えることが出来ない。そのあたりは、体力が無ければ剣を振るえないという理屈と同じだ。

 詰まる所、魔術師にとって最大の懸案は、如何にして①魔力の容量を引き上げるか②消費した魔力の回復力を高めるか、なのであった。






 2-2


 トールがキラをびっくりさせた街道を見下ろせる場所に立つ洋館。これは、スカンジナビア王家に連なるダリダ・ロー・ラパ・チャンドラ二世(仲間達にはチャンドラ、子供達からは親しみを込めて殿下と呼ばれる)の個人的所有物である。

「おかえりなさい。どうでしたか?」

 わざわざ門まで出迎えに来ていたらしい、深い蒼色の髪を適当に切り揃えた青年が問う。問いかけられたムウ、ことムウ・ラ・フラガは曖昧に肩を竦めた。その意図を察した青年は、それ以上追及することはせず、息を弾ませて駆け寄って来たトールに向かって微笑んだ。

「ノイマンさん!見ててくれましたか!?」

 トールはノイマンに1番懐いている。だからこそ、魔法の上達が早いとも言える。

「上出来だ、トール。これで麓の村へのお使いを気軽に頼めるな」

 えー!と抗議の声を上げるトールに、それも修行だよと告げると、彼はキラの肩を労うように叩いた。

「お疲れ。さっきはなかなかのリアクションだった」

 その一言に、キラの顔がさっと赤くなる。

「他意はないよ。トールがちゃんと出来たかの確認を、ね」

「うー、恥ずかしい・・・・・・」

「ははは。そう思うのなら、頑張って気配を読む事だ。フラガ副長は驚いてなかっただろう?空間転移と違って、瞬間移動は出現ポイントの予測が出来るからね」

「そんな事言われたって・・・・・・」

 がっくりと肩を落としたキラに、フラガの特訓だ!という言葉が無常にも降り注ぐ。キラはトールと自分達の境遇を慰めあって、よろよろと玄関までの道のりを歩いたのだった。




 現在この館に暮らしているのは、ユーラシア連邦が大西洋連邦と手を組んだ際、故あって騎士団を抜けたマリュー・ラミアスを中心とした部隊と、二つの連邦が合体した連合が引き起こした戦火に巻き込まれた、キラ達カレッジの子供が六人。

 何故ラミアス達が騎士団を抜けたのかは知らないが、キラから見て、傭兵業で生計を立てているとはいえ、彼らは未だに騎士だった。それも、どうやらただの騎士ではならしい。トールなどは、きっと近衛兵で、大統領から密命を受けてるんだって、とか言うが、実際の所は分からないし、彼らもその件については詳しく話してはくれないので、キラ達も深くは聞かなかった。

 また、ただのカレッジ生だったキラ達が、何故未だに彼らと行動を共にしているかというと、色々と事情がある。

 鉱山から逃げ延びた時は、とにかく家族の元へ帰りたい一心だった。しかし、帰ろうにも連合は国境を築くし、和平交渉に赴いた勅使が襲撃され事態は悪化。さらにこの勅使が問題で、キラの友人であるサイ・アーガイルの婚約者であるフレイ・アルスターの父その人だったのである。

 不幸にも父を失った彼女は、母も幼少時に亡くしていることもあり、オーブに帰っても誰も待って居ないと泣き続けた。

 それに同情したという訳でもないのだが、どちらにせよ住んでいたヘリオポリスは連合の手に落ち、オーブへ行くには目の前の連合の国境を越えるしかなく、キラ達は迷惑と知りつつ、ラミアス達の下へ身を寄せたのだった。

 最も、キラは鉱山の一件があって以来、どうやってフラガに弟子入りを願い出ようか悩んでいたので、友人達の思わぬ行動に驚きもしたが、内心嬉しかったのも事実だ。






 2-3


 その夜、子供達がそれぞれの部屋で眠りについた頃を見計らって、大人達はリビングに集まっていた。

「さて、困ったわね」

 まず切り出したのは、一応団長としてこの集団を纏めるマリュー。彼女の両隣には、名目上副団長とされるフラガと、もう一人。こちらは黒髪を短く切り揃え、女性ながら、凛々しさが前面に押し出された目鼻立ちをしたナタル・バジルール。祖国ユーラシアでは結構名の知れた名家出身である。

「結局、魔石の出所の方も判らずじまいなんですか?」

 この集団の中で一人だけ毛色の違う無精髭を生やした男は、コジロー・マードックと言い、剣や甲冑といった武器は言うに及ばず、魔道具や装飾品と何でも御座れの鍛冶職人だ。裏表の無い人物で、彼らの中では最年長にあたる。

「それがなぁ、どうにも分からん。大体、あれだけの魔石だ。事前に、こう・・・もっと噂が流れそうなもんなんだが・・・・・・」

「滅茶苦茶上等って感じでしたよね、アレ」

 フラガに続いて軽い口調で発言するのは、かなり長身な部類に入るジャッキー・トノムラ青年。この屋敷の持ち主のチャンドラとは同期で、よく軽口を叩き合っては、騎士時代も上司だったナタルの叱責を受けている。

「上等って、そんなに?」

「はい。市場にはまず出回らないランクのものばかりです」

「そう。ナタルがそう言うのなら間違いないわね。でもそうなってくると、魔族が絡んでいるという例の噂、ますます信憑性が高くなってきたわ」

「やれやれ、頭の痛い問題ばっかだな、こりゃ」

 くしゃくしゃと癖のある金髪を掻き乱したフラガに、そう言えば、とマードックが別の話を持ち出した。

「坊主の剣、本当にあの仕様で良いんですかい?」

 あーあれかー、アレねーと、今ひとつ歯切れの悪いフラガに代わって答えたのは、ノイマンだ。

「構わないと思いますよ。彼は魔力が強すぎて制御できないタイプですから。今は、精神面を鍛える方が先決です」

「ま、確かにそーなんですがね。けど、柄にあの魔石埋めこんじまったら、坊主はカンが狂いませんかね?」

「狂うだろうな。だが、アイツは無意識に魔力を使って状況を把握してる節がある。なまじ魔力があるから本人は気づいてないが、あれでは本当の意味で強くなる事は出来ん」

 言い切ったフラガに、マードックも渋々引き下がる。きりの付いたところで、引き続き情報収集お願いね、とマリューが締めて、今夜のミーティングはお開きとなった。






 2-4


「ノイマン、ちょっといいか?」

 フラガは自室に戻りかけていた彼を呼び止めて、自分の部屋へと誘う。

「お前から見て、坊主をどう思う?」

「キラ・・・ですか?」

 他に誰が居るんだよ、と若干口を尖らせて拗ねる姿に、ノイマンの口許が僅かに笑みの形を取る。

「彼が、心配ですか?」

「悪いかよ」

「まさか」

 王家縁の建物らしく、繊細な彫刻の施された棚から持ち出したグラスを軽く翳して、飲むか?と問いかけたフラガだったが、相手が了承の意を示す前にさっさとブランデーを注ぐ。でもそんな事は何時もの事らしく、彼は軽く溜息をつくと指先をさっと宙に滑らせた。

「おおっと!」

 片手に1つずつ持ったグラスの上が霞んだと思ったら、ボトボトっと氷の塊が落下して、フラガは絶妙なバランスで中身が零れるのを防ぐ。

「毎回思うんだが、お前、いつでもバーテンに転職できるよな」

「俺には無理ですよ。愛想がありませんから。で、用件はそれだけですか?」

 雰囲気作りの前振りに拘るフラガと、どこまでも素っ気無いノイマン。ちなみに今までの対戦成績は五分五分。

「俺はまだ答えを聞いてないんだが?」

 今回は、フラガの勝ちのようだった。

「自分の過去を知っている人を探したい・・・でしたか?複雑ですね。ラミアス隊長はなんと?」

「マリューには聞いてない。魔力に関しちゃ、お前の方が専門家だろ?」

「違いますよ。副長もご存知でしょう?俺が元から魔術師だった訳じゃないって」

「知ってるさ。当たり前だろ?あん時の事ははっきり言って思い出したくないけどな」

「俺もですよ」

 自棄酒を煽るように飲み干したフラガに、視線だけは流すものの咎める事はしない。あの時は、誰もが生き延びるだけで精一杯だった。

「で、キラだ。顔も名前も判らんじゃ、こっちとしても探しようがない。鉱山の一件にしたって、ギルドが動いたって以外情報無いもんな~」

 情報が無いというよりも、初めにギルドに依頼を出した農夫も、麓の村も、当のギルドでさえ今は無い。聞きたくとも聞く人が居ないというのが正しい。

「魔石の件もありますし、やはり一度オーブへ行って――」

「駄目だ!あの時も言ったが、絶対に許可しないからな。俺だけじゃない。マリューも、ナタルもだ。跳ぶ事は許さない」

「しかし・・・」

「しかしもへったくれもあるか!確かに、お前さんのちょっと変わった空間転移なら抜けられるだろうさ。だが、あそこには今二重の結界が張られてるんだぞ。危険過ぎる。それに、連合の奴らの警戒ぶりは尋常じゃない。絶対何か裏がある。少なくとも、それが判るまでは駄目だ。返事は?」

 前回同様激しく却下されてしまった以上、ノイマンに逆らう術はなく、渋々承諾する。

「分かりました。地道に情報収集しますよ。それと、彼の件ですが、魔力の暴走に気をつけて下さい。平時に垂れ流している魔力は剣に嵌めた魔石が吸収しますが、もし戦闘中にパニック状態にでもなったら、あの程度の石では何の役にも立ちませんからね」

「やっぱり、そう見えるか?」

「ええ、間違いなく。彼は、他者を傷つける事を恐れている。あれだけ素質があるにもかかわらず・・・いえ、だからこそなのかも知れませんが。当然彼も克服しなければならないと解っているはずです。ですが、誰しも事態に直面するまではどう転ぶか分からないものです。取り返しの付かない事にならないよう、私達が気を配るしかありません」

 今1番聞きたかった問いの答えを貰い、フラガも大きく頷いた。

 自分の過去を知りたいと、あの時の恩人を探したいという目的の為に、少年が選んだ職業が、騎士なのか、傭兵なのか、はたまた魔物ハンターなのかは分からない。けれど自分を知るために彼が決意した事なのだから、最大限協力してやりたいとフラガは改めて思った。






 2-5


 マードック自慢の一振りの扱いにも慣れ、トール共々ハンターギルドのマスターに新米として認められる様になったキラは、のんびりと往来する人を眺めていた。

 トールは恋人のミリアリアへのお土産探しの為に、キラが腰掛けている噴水の丁度真正面に見えるお店に入ったまま中々出てこない。

 補佐というか保護者というか、彼らが仕事を請けた時は必ず誰かしらが同行する(ちなみに今回はナタルとトノムラだった)のだが、その彼らも急遽別件の依頼を受ける事になって明日まで戻って来ない。

 そんな訳で、キラは今一人だった。

 見知らぬ街――という訳ではないが、こうして一人で居ると、自分だけが世界に取り残された様な気がして、キラは意識して別の事を考え始めた。それはなかなか帰って来ないトールの事だったり、建築家志望のデザイナーの卵だったせいか、マードックの技量にいたく感銘を受けて、そのまま弟子入りしてしまったサイだったりと、主に友人達の事ばかり。

 カレッジ入学以前の記憶を持たないキラにとって、彼らは自分が此処に存在している証に近い。

 両親は過去の記憶を求める度に、優しく微笑みながら、あなたが子供の頃は・・・と思い出を語ってくれるのだが、キラには全く実感が湧かなかった。それは記憶がないせいなのだと分かっていても、どうしてだか、その思い出を自分の物として受け入れる事は出来なかった。

 餌を求めて噴水広場にたむろするハトに足を突付かれて、キラはつい苦笑いする。これだからトールに暗いとか言われちゃうんだよ、僕は。と後ろ向きに考え込んでいた思考を、頭を振ることで振り払ってみれば、噴水の縁をトコトコ歩いてくるハトが居て、キラは何気なく手を差し出した。



 ――ったく、何処の子供だ?貴様は。

 いいじゃないか、ハトに餌をあげるぐらい。和ませて貰ったお礼だよ。

 ふんっ。勝手にしろ。

 あ!ちょっと待てよ、―――。



「キラ?」

 予想以上に手間どってしまい、慌てて戻ってみれば、何故かキラは自分の掌を凝視したまま微動だにしていなかった。

「おーい、キラー?キラく~ん。聞こえてますかぁ?」

 マードックお手製の剣を持ち歩くようになってから、とんとご無沙汰していたキラの変な癖の発動に、トールはちょっと戸惑いながらも、思えば俺達いろいろあったんだよなぁと懐かしさを噛締めてしまった。

 が、そうそう過去をしみじみ振り返るような歳ではない。

「そろそろ返って来ないと、悪戯する・ぞっ!!」

「わっ!?」

 え?なに、何?と驚いた拍子に噴水に落ちそうになってあたふたするキラに、ぶっ!とトールが噴出した。

「あれ?トール??」

「お帰り~キラ。今日は何が見えたの?」

「え?何が?」

「白昼夢。ここんとこずっと無かったのにね。疲れてるんじゃない?」

 トールの言葉に、キラの目が大きく見開かれる。二、三度瞬きして、キラは勢い良く周囲をキョロキョロと見渡した。

「・・・夢?」

 キラは、さっきまで其処でハトと戯れていた人物の姿が何処にも見当たらない事に愕然とした。それはつまり、トールの指摘が正しいという事に他ならなかった。







 2-6

「バカヤロー!剣は肌身離さず持ってろっつっただろーがっ!!」

 というフラガの怒声とともに、あの逞しい腕がキラの頭上に振り下ろされた。

 鈍い打撃音に頭を抱えてしゃがみ込んだキラに、顔が引き攣るのを止められなかったトールだが、気配もなく背後からにゅっと現れた手のひらに顔を固定され、面白いほど即座に表情が凍った。

「お前も同罪だぞ、トール?」

「ノ、ノノイマン・・・さん・・・」

 タラ~と汗が流れるのを感じる間もなく、拳でこめかみをぐりぐり押され、ひたすら沈黙しているキラとは正反対に、トールはギャアギャアと拘束から逃れようと暴れるハメになった。

 それというのも全て、街へ繰り出した時に、お互い装備一式を宿屋に置きっぱなしにしていた事がバレたからである。それは貴重品が盗まれるとかいう問題ではなく、如何に長閑な場所であろうと、不測の事態に備えて剣や杖を持ち歩くという基本的な心構えの問題である。



「で?何を視たって?」

 そもそも、キラ達の装備不携帯がフラガ達にバレたのは、他でもない、キラの白昼夢のせいである。というのも、キラが持っている剣は、その類の現象を引き起こせないように、特別な細工が施されているのだ。

 キラ本人はそんな作用がある事を知らないが、マードックに頼んで創ってもらったのはフラガである。気づかない訳がなかった。

「黒っぽい髪の男と、おかっぱ頭の男ねぇ~」

 例え白昼夢であろうとも、あの声は捜し求めていた彼の声だった。聞き間違いなんてことは絶対に無い。根拠の無い自信だが、キラにしてみれば折角掴んだ糸口なのだ。お陰で手酷い叱責を受けたが、そう簡単に引き下がれなかった。

 そんな鬼気迫るキラに押された訳ではないだろうが、フラガ達は茶化しもせず該当しそうな人物を思い描く。

「二十歳前後で二人組み・・・。もうちょっとなんか特徴とかないのか?」

 言われなくても、キラは必死に記憶を辿っていた。一人は後ろ姿だし、もう一人は逆光で顔が見えない。二人とも帯剣しているが、騎士という格好ではない。ごく普通の旅装に見えた。

「凄く、ハトに好かれてるみたいで・・・えっと・・・」

 伸ばした腕に何羽ものハトが群がる。肩にも止まっている。直ぐ側で羽ばたく羽に煽られて、柔らかそうな髪が舞い躍る。白っぽい髪の人が呆れたように歩き出して、それで――。

「イシュカ・・・」

「あ?何だって?」

「あの人、イシュカって言った。多分・・・白っぽい髪の方の、名前・・・だと思う」

 それはトールに呼ばれて覚醒する寸前の事だ。非常に有力な手掛かりに、フラガは何やら思い当たる節でもあるのか、ぶつぶつ呟いている。

「そういえば、ちょっと前にアルテミスの魔窟を一掃したハンターの片割れが、そんなような名前じゃなかったかしら?」

「それだ!」

 こうしてキラは、ズキズキと痛むタンコブと引き換えに、探し人の名を得たのだった。






 2-7


 耳が良かったり、変に気配に敏かったりする者はある意味大変だ。

 常人ならば、気づいても雑音として無意識に処理されるレベルでしかない足音でしかないのに、彼らは、ひっきりなしに往来するその音にいちいち神経を尖らせていた。

 今もカツカツを硬質な音を響かせて通り過ぎた気配に、図らずも同じタイミングで息を吐き出したところだった。

「・・・・・・休憩、入れましょうか?」

「おう」

 褐色の肌に、鮮やかな金髪を無造作に撫で付けた青年は、返事と同時に机に突っ伏した。その勢いで、放り出されたペンがコロコロ転がって、そんな青年の姿に相好を崩すもう一人の住人の指先に当る。

「大丈夫ですか?」

 肩を竦めて問えば、もう駄目ぇーとよれよれの合いの手が返され、お茶の支度がすっかり整っても、彼が復活する気配は無い。

「いつまで机に懐いてるつもりなんですか?折角準備したんです。冷めない内に頂きましょう」

 彼独特のふんわりと笑う笑顔は、場の雰囲気を和ませると評判だったが、如何せん状況が状況だった。

「絶対、このままだと俺ノイローゼになる。ってかもうなってるって。動悸がする!手が震える!足音なんで大嫌いだ・・・」

「そうですよねぇ。いつ彼が怒鳴り込んで来るかと思うと・・・はぁ。憂鬱です」

 先程、というか最近彼らがびくびくしているのは、もしかしなくとも足音である。それは、イザークなる突発性大嵐の帰還を告げる鐘の音と同義だからだ。

 それというのも、彼の耳に入れば、確実に荒れ狂うと思われる事態が発生したからに他ならない。二人がこうして執務室で延々と報告書に目を通しているのも、全て、そのせいである。

「だーくそっ、一体何処のどいつだ!?いくら反抗期で家出中とはいえ、ヒトん家の住人大量虐殺した挙句、あーんな魔石創りやがった野郎はっ!!」

「魔族から――というよりも、魔力を取り出して魔石を精製する方法は、結構広く知られてますからね。でも、あれは、ちょっと・・・困りましたね。僕としてはイザークの癇癪よりも、アスランの反応の方が恐いですよ」

「あーー、アイツもなぁ、いきなし極端に走る奴なんだよな。人間の争いに同胞が巻き込まれたとバレた日にゃ、俺は怖しくて安眠できやしねぇ」

 ぐいっと飲み干して、もう一杯お茶を注ぐ。普通、彼らぐらいの身分の者は自分でそんな事はしないものだが、生憎この城ではこれが『普通』だった。流石にお茶請けを作ったりすることは滅多にないが、彼らは大抵のことは自分達でこなす人々だった。

「それはそうと、あっちの様子はどうなってる?」

「相当キナ臭くなってきてますよ」

「だよなぁ。あのお姫さんが英雄と一緒に姿眩ましてから千年。アリガタイ御威光も薄れたってカンジ?」

「またそんな言い方、不謹慎ですよ」

「あーあ。貧乏くじだよなぁ。俺も暴れたいよ、全く」

「此処でこの身の不幸を嘆いていても仕方ないでしょう?これはもう、さっさと犯人特定して、こんなツマラナイ時間を過ごさせてくれた礼をきっちりするしかないですよ」

 ね、と爽やかに笑って作業を開始した同僚にがっくりと肩を落として、もう一人の青年も渋々書類を手に取って読み出した。

 結局、その件について大嵐が到来する事はなかった。が、代わりに大嵐から放たれた伝言に、執務室は住人(若干一名)によるプチ嵐に見舞われたのだった。






拍手ログ第2弾です。なんちゃっての続きです。いよいよ物語が動き出してますね!

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