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ジーンブレイド 1

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 大きな塔が水の下にあったりするこの場所も、昔は大きな都市で、沢山の人が毎日働く活気のある街だったらしい。自動車が道路を埋め尽くし、今では珍しいビルが幾つも幾つも立っている。夜は眩しいくらいに明るくて、住む所にも食べるものにも困らなかった昔。

 俺が今、夢の中にいる世界だ。

 いざこざはあったけれど、世界中の国が戦争なんてやってない平和な時代。
 何不自由なく暮らしているのに、俺は武器を手に戦っていた。大きな包丁のような武器を体の一部のように動かし縦横無尽に空を飛んで、空中でぶつかり合う。夢の中の俺は6歳の子供ではなくて、立派な大人だった。
 火花が飛んで、稲妻が走る。顔は見えないのに、俺は敵に向かって何かを叫んで、相手も何かを叫んで再び激突する。衝撃が腕ではなく背中にあることに気がついた時、夢の世界はきれいさっぱり消えうせて、生暖かい風と水の音が聞こえた。
「また、あの夢だ」
 最近は見ていなかったのに。
 いつも同じ相手と戦い続ける、変な夢。
 手を付いて体を起こすと、隣に父さんがグースカ眠っていた。着いたら起こしてくれと頼まれていたのを思い出して、先に目が覚めてほっとする。久しぶりに見たあの夢も、目の前の大都会に掻き消えてしまった。今日から、ここで新しい生活が始まる・・・この駄目親父と共に。
 6歳の息子に起こしてくれと頼む父親もどうかと思うけど、いい年して子供のように眠りこける親を見ていつもの事だと諦める。どんどん近くなる岸壁に、船の汽笛がなった。






「着いたぞ、父さん」

 俺はイザーク・ディノ。父さんは俺をイズーと呼ぶ。
 そして、もぞもぞと往生際の悪い男がアレックス・ディノ。俺の父さん。
 母さんは、まあ、6年前の大崩壊でいない。世の中にはそういう家族がいっぱいいて、一人っきりにならなかっただけでも幸せだったのかもしれない。地震や津波、火山の噴火、大雨が全部一緒にやってきた出来事で地球上の人間の数はかなり少なくなった。変わりに増えたのはコーディと言う体の一部が変化して、人間を襲う犯罪者だった。確かに大崩壊でこの星の何かが壊れてしまったらしい。

「・・・もうちょっと」
「何言ってるんだっ」

 改めて頭を抱えようとする父の肩をイザークがゆすろうとしたけれど、子供の手で掴めるはずもなく、服を引っ張るだけだった。
「分かった分かった起きるって―――あ」
 顔を上げて大都会の街並みが目に入ったのだろう。イザークの手首を掴んだまま、徐に立ち上がって一歩、船の手すりに向かった。
「ついに来たんだ。ここが俺たちの新しい街」
 大きくて長い腕がイザークを抱きかかえる。6歳といえば抱えるのも重くなる頃だというのに、軽々と抱え上げて抱きしめた。
「頑張ろうな」
「お、おう」

 船長に別れを告げて親子は街へと足を踏み入れた。子供の手を引くまだ若い父親は深い紺色の髪を、手を伸ばした子供は美しい銀髪をしていた。
「やっぱり俺たちが田舎者だって分かるのかな」
 アレックスは街の入り口の市場ですれ違う人に見つめられたり、振り返ったりするのを気にして口に出した。これから家を探し、職を探さなければならないというのに、こんなことを一々に気にしていたら疲れるだけだとイザークは思う。
「んなわけあるか」
「そうか・・・そうかな。俺はちょっと落ち着かないよ。早く住む家を見つけて落ち着きたい」
 この無計画さに、ただため息しか出ない。
 イザークの父は人の注目を集めるほどいい男だったが、生活能力がなかった。要領が悪く頼まれると断れない性格で、一銭にもならない事に首を突っ込んで仕事を首になったり、女の一人もあしらえないのに同情して匿って殺されそうになったこともあった。
「生活用品もそろえなきゃならないしな。あっ、これからは俺がご飯を作るからな」
「いい。それは俺がする」
 家事を一通りこなせる父もそれなりに見られる食事を作る・・・作るが味が壊滅的なのだ、おいしそうに見えて食べられた代物でなかったりする。家事だって本当はイザークがやった方が早くできるしきれいになる。
「そっか。じゃあ、イズーの腕が上がるな」
 全くだと頷き、このままレストランでも開いた方が早いのではないかと思うと、イザークの心中は少しだけ複雑だ。仕事を探す父を支えているのは家事全般を引き受ける息子なのである。それでも、設備が整っている児童福祉施設ではなくて、父親と一緒にいるのは、紛れもなく父が好きだからだ。
「うわっ」
「しっかり繋いでないとはぐれちゃいそうだな」
 誰かにぶつかったイザークの手を強くアレックスが握り締める。
「迷子になりそうなのどっちだよ」
「言ったな。それじゃあ、迷子になった時はあそこで待ち合わせな」
 フッと人混みが切れた時に垣間見えた高い塔が夕焼けに浮かび上がる。大崩壊で辺りが水没して小島のようになっているそこに傾いた女神像が立っていた。片手を上げて松明を掲げていて、夕日に反射して本当に光を放っているようだった。

 いろんなことが上手く行かなくて、あちこちを転々としてもこの手を離したくなかった。優柔不断で、そのくせよく考えもせずに決めてしまって後悔する。絶対にああいう大人になりたくないと思っていても、大崩壊後、まだ赤子だったイザークをここまで育てたのだ。

 父は大崩壊のショックで記憶を失っていた。
 自分の名前も持っていた半分千切れたタグから分かったくらいで。
 唯一、覚えていたものが自分の名前。瓦礫の中で、父は自分の名前を呼んだらしい。『イザーク』と呼んで、手を伸ばして赤子を抱きかかえた所を保護された。

 認めたくなくても、この軽そうな業者と部屋の交渉をしている父を嫌いになることなど、ありえない。今となっては、駄目な父親でもイザークの一部となっていた。
「イズー、部屋が決まったぞ!」
「大丈夫なのか?」
 相手の男がジロリとイザークを見た。
「女の子か・・・」
 地図を見ているアレックスはその視線には気づかない。波止場で仲介手数料を払い早速、地図にある下町へと向かおうとした時、人混みから悲鳴があがった。きゅっと手を握られて、アレックスが父親の顔をして騒ぎの起こったほうを見つめる。
「最近多いんだよ、事件がね」
「事件?」
「こうね、ざっくり、ばっさり、ぐちゃぐちゃの殺人事件がね。―――コーディさ」
 さも怖そうに顔を歪ませて言う仲介人を見て、イザークは口をへの字に曲げる。お前の顔だって、立派にぐちゃぐちゃだと心の中で呟いた。大崩壊後に出現した変化した人間をコーディと呼ぶのは当初は蔑称だが、今や深く浸透してしまっていた。
「君たちも早く部屋に行った方がいいな。この場所に不慣れなら、明るいうちに急ぐことだよ。やつらは縄張りはってるからな、同じ場所に何度も現れる」
「ああ。忠告、ありがとう」
「どうも」
 へらへらと手を振る仲介人にアスランが笑って『ああ、そうだ』と続ける。
「イズーは男の子なんだけど」
「ええっ!?」
 足を蹴ってやろうかと思い、イザークは思いとどまった。今は新しい街、新しい環境への好奇心でいっぱいで、早く自分たちの家へと急ぎたかった。
 ペコリと頭を下げて、二人は歩き出す。
 落ちかけた夕日は女神像の明かりに反射せず、変わりに眩しいほどのライトが女神を照らし出していた。


 しかし、物事は早々上手くいったりはしない。辿り着いたアパートメントの前で思わずアレックスが足を止めた。
「初っ端からこれだ」
 崩れかけの階段と、一階は窓が割れて人が住んでなさそうだった。窓に明かりがともっている部屋も一つもない。
「外見だけで判断するのは良くないぞ」
 そう言いつつも、頬が引きつっている。思い出せば、仲介人が進めるままに、決めてしまったのだ。ライフラインが整っているかさえ確認していないに違いない。相変わらずだとため息が出る。
「はあ・・・」
「さっ、行くぞ!」
 半ば強引に引っ張られて、ドアを開ける。ノブがギィと音を立てて回り、ドアがガタガタと音を立てて開いた。部屋の中の空気は少し淀んでいて、二人はすぐに窓を開けた。水と電気、ガスを確認してようやく一息つけた。途中で買ってきた夕食を床に広げる。
「道具さえあれば、もう少しまともな食事にありつけるのに」
「贅沢言うなって、イズー。これから揃えていけばいいだろ?」
 パックに入ったサンドイッチはぱさぱさだった。
「その前に職だろ?」
「まあ、な」
 まるで駄目男の父でも、唯一得意なことがある。
 機械弄りが好きで、電卓、ラジオから自動車までばらして元通り以上に組み立てることができる。貰った金以上の修理をするから、修理工場はすぐに首になったが。その後は体が資本とばかりに肉体労働を転々として、ここに至るわけである。トロそうに見えて、運動神経がいいのが幸いしたのだろう。
「ここは田舎じゃないんだからな、余計な事してすぐ首になるなよ」
「分かってるよ、この街で二人、暮らしいかなきゃならないんだから」
 真剣なんだか、笑っているのか分からない顔で紙コップに飲料水を注ぐ。アパートに誰か帰って来たらしく、紙コップの中の水が揺れる。よく見れば、コップの中の水は少し傾いていた。立て付けの悪い部屋に崩れそうなアパート。ついて早々、前途多難を予想して、イザークはサンドイッチに手を伸ばした。

 ドン。

 指の先でサンドイッチが倒れた。
 コップの水が零れて水浸しになる。けれど、振動が止まない。それどころか、どんどんひどくなるではないか。
「イズー!」
「まさか、崩れる!?」
 物凄い音がして土煙が充満した。

 しかし、イザークの予想は外れた。横の壁に大穴が空いていて、煙の向こうに誰かいた。はっきりと姿が見えなくても、直感で分かる。
「何だ・・・?」
「馬鹿、逃げるんだよ!」
 入ってきた扉から出て行くのと、ドアが吹き飛ぶのは殆ど同時だった。咄嗟に掴んだ荷物とイザークを抱えて階段を駆け下りるアレックス。こういう時、イザークは守られるだけの自分が少し悔しいのだ。 
 ヒューヒューと人ならざる息を吐いて、追いかけてくるのはきっと。
「なんで、こんな所にコーディがいるんだよ!」
「知らないさっ」
「ちゃんと確認しないから、あー、アパートごと崩れそうだ!」
「曰く付きの物件。だから格安だったんだ」
 ようやくアパートの一階にたどり着いた時、一回りも二周りも大きなコーディが階段を無視して飛び降りてきた。
「どうするんだよ、父さん・・・て、その腕どうしたんだよ!」
 イザークの肩に手を乗せる父の腕は右腕が大きく裂け、血が出ていた。しかし、父はは構うことなくイザークを見つめる。まるで怪我などしていないかのように。
「待ち合わせ場所は覚えているな?」
 この街にたどり着いた波止場で見た、夕日を浴びた女神像。
 なんで、そんな事をとは言えなかった。
「俺がここで時間を稼ぐから、イズーは先に行ってろ」
「なっ」
「お前は足が速いし、頭がいいから道を覚えているよな」
「父さんはどーするんだよ。相手はコーディだぞ!?」
「俺なら大丈夫。ほら、早くっ!」
 背中を押されて振り向いた先には、もう父親の姿はなかった。追いかけようにも、イザークにはどこに行けばいいのかさえ分からなかった。足音と息遣いしか聞こえず、言われたとおりに女神像を目指すしかなかった。

 走って、走って女神像へと向かう波止場に辿り着いた時には、ライトアップされた女神が夜の街に浮かび上がっていた。ビルの壁になっている大型モニタが世界的福祉財団オーブの代表を映し出している。世界各国に寄付をし、復興支援を行う財団がこの地での支援活動強化を打ち出して代表自らが来訪していたのだ。

 けれど彼らの支援は末端までは届かない。財団と政府共同で設立された福祉施設へと回るだけで、所定の場所に住み、定められた仕事をこなすだけ。親と子供は離れ離れになり、子は政府の重要財産として厳しく管理された。大崩壊後の世界はそうでもしないと国民を守れなかった。けれど、独立した生活を望むイザークとアレックスには遠い話だった。

『いまだ大崩壊の傷跡は深く、人々の生活は立ち直っていない。我がオーブは援助を惜しまないつもりだ』

 その映像を見ているうちの一人に当の本人がいた。
「流石に後から画面で見ると恥ずかしいものがあるな」
「何言ってるのさ。代表らしくなってきているよ・・・」
 答えるのはソファに深く腰掛けてた若い男。
「そうか? まあいいさ。それよりマザーはなんて?」
「感知できたって」
「本当か!?」
 身を乗り出したついでに立ち上がっていた。その口調、立ち居振る舞いからして男と同じくらい若い女性だった。対して、男の方は冷静に言葉を紡ぐ。
「けど場所までは分からないって、ラクスが言っていた」
「ラクスじゃなくて、マザーだろ? ・・・今や世界中で敬愛される平和のシンボルだぞ」
 財団の平和のシンボルは美しい女性で、ある種カリスマ性を持って支持されていた。それは経済活動をする財団とは一線を画し、まるで宗教のようだった。
「・・・右のジーンブレイド」
「見つかるかな」
 視線を逸らした先には街を一望できる窓があった。福祉財団が持つ構想ビルの上階はホテルで、ビルの反対側であったなら、ライトアップされた女神像が良く見えたことだろう。




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すいません。変な話ができようとしています。
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