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   旅眼百貨店    No.2    ケロッグ  閉店時間になり、店をたたみ始める。後片付けを済ませると、帰宅の準備を始め、鞄に荷物をまとめていく。明日からは旅眼百貨店の三日間の休業期間だ。店長・吉吉は私の気持ちを知ってか知らないでか、突然スケジュールを決めると、私達を呼び寄せてテーブルを囲んだ。 「二泊三日で行くぞ。今回の品は〈ケロッグ〉じゃ」  吉吉は期待に目を輝かせている。 「……あの、ケロッグって朝のシリアルの?」 「違ーう! セージ君、甘いぞ。もっと頭を働かせてくれないと困る」 「星司、もっと考えろよ。店長が三日間の日程で考えてるんだぞ。きっとすごい貴重品なんだろうな」 「店長、ケロッグってどういったものなんですか?」  有須は私と走也をよそに、質問をかけた。 「ケロッグというのはな……」  外国のある地域で行われていた実験。 〝人工的に生命を創り出す〟  よくある作り話的マッドサイエンスな内容だが、一部では成功し、成功例が確認されていたという。その中でテスト的なもの、実験の際におおいに参考になったものとして、ある一人の女性と、本人が所有していたものが注目された。  人形、ぬいぐるみ、ネックレス、キーホルダー、……。  その女性は、実験を行っていた組織が欲しかった〝生命を創り出す〟ことのヒントを握っており、組織は女性を含めてそれらを手中に収めていた……。 「その中の一つ、カエルの形をしたキーホルダー・ケロッグが組織から脱走したらしいんじゃ。そう、そのキーホルダーは生きておる」 「生きているキーホルダー……。でも日本じゃないんでしょう? なんでそれがあるって分かるんです?」  私は聞き返すと、吉吉さんはにやりと笑った。 「ワシの情報網を馬鹿にするもんじゃないぞ。世界各地に知人がおる。その中の一人から昨晩連絡を受けたんじゃよ、『ケロッグが日本に運ばれた。見つけて欲しい』とな」 「生きてるキーホルダーか、面白そうだな」  走也は腕を組んで唸っている。有須はその姿を想像しているのか、目を閉じて頭を傾けている。 「で、でも。もしそれが本当なら危険なんじゃないんですか? その組織って、実験のためにその女性を誘拐したようなもんなんでしょう?」  私は不安要素を考え、吉吉さんに聞いた。 「大丈夫。日本に来てるのはそのケロッグだけじゃよ。……多分」  ……とても不安になる答えだ。しかし吉吉さんと走也はもうやる気十分の様子で、テーブルに地図を広げると場所を確認している。 「……有須、君はどう? 少なからず危険は有りそうだし、多数決で反対を言ってくれれば今回の件はもう少し考える余地があると思うけど」 「……星司さん、それなら決まりですわ。有須は〝賛成〟ですから。三対一で調査決定ですわね」 「ほれセージ君、早く支度をせんか。出発はもうすぐじゃぞ」  吉吉さんは私を急かしてくる。一体どういうことだろう。三連休は明日からだというのに。 「後一時間ほどで夜行バスが来る。海見町《うみみちょう》まで一晩じゃ」  心地よい風が吹き、海の匂いのする駅に四人は降り立った。一晩中走り続けたバスは、夜明け後更に数時間を走り、周辺の店も開き始めるくらいの時間にようやく目的地にたどり着いていた。  長い間同じ姿勢でいたために体の節々が痛い。私は〝海見駅〟の前で軽く筋肉をほぐし、吉吉さんの支持を待った。  吉吉さんはあたりを見渡し、食事が出来る場所を見つけるとそこへ私達を引き連れていく。  適当な食事を頼むと、三日間の予定を話し出した。 「今日一日は情報収集をしたい。それから二日目、三日目で探索じゃ。早いうちに見つけられれば三日目は観光をしていこうと思っておる」  まあそんなものだろう。私は頷くと、吉吉さんの指示に従って探索を行うこととした。それなりの広さの町を四人で調べるのは大変だ。二組に分かれて駅の東側と西側を調べることにする。  吉吉さんは走也を連れて東側へ。私は有須とともに西側の調査に向かうことになった。 「見慣れないキーホルダーを見ませんでしたか?」 「カエルのような何かを見た覚えはありませんか?」 「金属音を聞いてはいませんか?」  二人で町を歩き、商店街に並ぶ店に足を運ぶと店員に尋ねていく。しかし返ってくる答えは期待できないものばかりだった。 「本当にこの町にあるのかな。だんだん吉吉さんの情報が怪しくなってきたよ」 「有須は信じていますわ。だって、この間の電話していた店長、すごい真剣な表情でしたから」 「ま、調査は始まったばかりだしね。もうひとがんばりしようか」  結局、午前中は調査は進展しなかった。私は有須と一緒に、食費として渡されたお金を持って食べ物屋を捜すことにした。 「あれ、この辺りって食べ物屋ないんだな。……一度、駅前に戻った方が早いか」  有須は何か深刻そうな顔をして頷いた。私は何かと思ったが特に気にせずに元来た道を戻り、朝食を食べた店に再び入った。朝はそばを食べたんだけど、天丼もおいしそうだったんだよな……。  午後の調査を開始すると、まだ調べていない店を回り、通りを歩く人にも声をかけてみる。  なかなか情報は得られなかったが、十何人目かの質問でようやく情報らしい情報を得ることが出来た。その男は浮浪者で汚いぼろを着込んでおり、日がな一日中、商店街に目を向けていたのだった。 「ありゃあ、夜だ。うん。夜中だ。一台の車が通ったんだよ。エンジン音が静かでな。ありゃあ、高級車なんだろうな。で、それがあの店の前に止まったかと思うと、小さな箱をそっと道端に置いて走り去ったんだよ。俺は爆弾でも届けられたんじゃないかとびくびくしてたが眠気には勝てなくてな。そのまま寝ちまたんだ。で、起きたらもうその箱は見えなかったのさ」  甘味処〝天あんみつ〟  私は男に説明された店を見つけると、のれんをくぐり中を伺った。純和風で質素な木の造り。壁にかけられたメニューには、あんみつ、黒玉あんみつ、抹茶あんみつ、杏あんみつ、くずもち、ところてんと、食欲をそそるものが並んでいる。 「……星司さん、そろそろおやつの時間ですよね」  有須は目を輝かせている。そんな予定はなかったが……まあ、時間もあることだしいいか。  私はとりあえず休憩をすることにし、後で店員に聞いてみることにした。 「いらっしゃいませ。ご注文はよろしいでしょうか?」  眼鏡をかけた和服姿の女性店員がテーブルの横に立った。 「黒玉あんみつが二つと抹茶あんみつと杏あんみつと、後は温かいお茶を二つお願いします」  有須は壁に目をやるとてきぱきと注文する。 「かしこまりました」  女性店員は頷くと、静かに店の奥へと戻っていく。私は多少呆れながら有須の顔を覗き込んだ。 「あの、有須さん……そんなに食べるの?」 「安心してください、一つは星司さんのですわ。主食ではないんですし、これくらいなんともないと思いますけど」  有須の言い分に渋々納得し、注文が来るのを待つ。……のんびりおやつなんて食べてることを吉吉さんと走也が知ったら怒るだろうな。  あんみつが到着し目の前に並べられていくと、有須は目を輝かせてそれらを眺めた。私もあんみつと緑茶を並べられると早速食べにかかる。 「んん、おいしいな」  これは当たりのお店だな。そう思いながら食べ続ける。有須は満面の笑みを浮かべて同時に三つのあんみつを食べていた。 「おいしすぎますわぁ~」  私はその姿に少し圧倒されながら食を進めた。  三十分も経つと二人はあんみつを食べ終わり、店員が来るのを待っていた。  先ほどと同じ女性店員が現れ、後片付けをしようとした時に声をかける。 「あの、すいません。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」 「? はい、どういったご用件でしょう」  店員は持ってきたお盆を一度持ち直すと、私に顔を向けてくる。 「最近なんですが、夜に、この店の前に何か見たことのないものが置かれてはいませんでしたか?」  店員はしばらく考えた後、首を横に振った。 「そうですか。では店の他の人が何かを見かけたっていうことはありませんか?」 「……ないと思います」 「本当に?」  女性店員の態度が少し不自然に感じた私は、その答えを追求した。 「星司さん、この方は嘘はついてはいませんわ」 「……でも、ちょっとおかしくないか?」  小声で有須に言い返す。しかし有須は絶対的な自信を持ってそれに答えた。 「おかしくなんてありません。〝おいしいあんみつ屋さんに悪い人はいない〟って言いますし」  よく分からない有須の迫力に押され、それ以上追求できなくなってしまう。店員はどうしたものかととまどっている。  有須は席から立ち上がると真っ直ぐに店員の顔を見上げた。 「あなたはいい人ですわ。何か理由があって本当のことを話せないんでしょう? でも大丈夫です。問題なら私達が解決して差し上げられますから。……特に星司さんが」 「……って、私ですか?」  私はつい裏声になって言い返してしまった。何だか分からないけど話が読めない方へと進んでいる気が……。 「あなた達、探偵か何かなんですか?」  女性店員が静かに尋ねる。 「いえ。骨董品屋の店員ですわ」  ―― 「私、高橋海理子《たかはしうりこ》と申します」  女性店員は有須を信用すると丁寧にお辞儀をしながら自己紹介をした。私と有須は静かに頭を下げ、自己紹介を返す。 「有須といいます、この人は部下の桜丘星司さんです」  部下と言う言葉に驚く高橋海理子。しかし次の説明を受けると何となく納得してくれたようだ。 「私は勤続八年目、星司さんは一年目ですから」  私は情けなくなったが、ここでいじけても仕方がない。気を取り直して口を開く。 「何もそこまで言わなくても……。とりあえずよろしく、高橋さん。……それで、もしかして本当は何か知っているんですか?」 「実は……」  三日ほど前の夜、何かの物音に気づいた海理子は店の表に何かがいることに気づいて様子を見に表へ出て行った。  そこには小さなダンボールの箱があり、蓋は開かれていた。中身は、空だった。  何が入っていたのかと興味が沸き、付近を見渡してみると隣の店の看板の裏に何か光を反射するものが見えた。  サンダルなので歩きづらかったが、何とか足音を立てないようにしてそこへ近づく。  それは生き物のようだった。 「こんな所でどうしたの? 飼い主に捨てられたとか?」  優しく声をかける。猫やハムスター、小動物のたぐいだろうか。それはじっと隠れたままだ。  こちらから手を出すことはせず、辛抱強く待ち続ける。  ようやくそれがおずおずと姿を見せた時、海理子は驚いて声を上げそうになっていた。 「……カエルの、キーホルダー?」 「ボク、ケロッグっていうんだ……」 「ケロッグ!」  私は思わず大きな声を出してしまっていた。高橋海理子はびっくりして一歩後ろに下がっていた。有須は肘を上げて私の腰を小突いた。 「いたたた……。ご、ごめん。続きを話してくれるかな」  私は有須と高橋海理子に謝ると、再び聞き手に戻った。  とりあえず、家に戻ろう。  海理子は考えると、手を差し出してそれが乗ってくるのを待った。それはしばらく考え込んでいたが、ひと飛びで手のひらに乗ってきた。  大事に抱えると自分の部屋に戻り、机の上に乗せてキーホルダーを隅々まで調べる。仕掛けなどない。おもちゃか何かで、動力源は電池かと思ったが、それらしいものは見つからない。太陽電池、といっても今は夜中だ。部屋の中も薄暗く、その可能性も低い。後は信じられないが、これが生物だという考え。 「キミはいい人だと思ったんだ。名前はなんていうの?」 「名前? 私、海理子よ。高橋海理子」 「ウリコか。……ボクを助けてくれる?」  海理子はキーホルダーが話をするということは不思議だったが、怖さは無かった。それよりも自分がこのキーホルダーに助けを求められているということに何かわくわくするものを感じていた。 「私に出来ることならしてあげるわ。〝持ち主を見つけて欲しい〟とか?」 「違うんだ。悪い人に見つからないように、ボクをかくまって欲しいんだ。ボクの持ち主であるご主人様は、その悪い人に捕まってる」 「〝悪い人〟ですか。おそらく例の組織のことのようですわね。星司さんはどうです?」 「そうだね。吉吉さんの話とも矛盾がないように思えるけど」  高橋海理子は深刻な顔で私達を見つめている。私は元気をつけてもらおうと思って声をかけた。 「大丈夫。私達が何とかしますから。私達は悪い人から逃げて来たキーホルダーを探していたんです。先に見つけることが出来てよかったですよ。……それで、そのキーホルダーはどこにいるんです? このあんみつ屋の中ですか?」  私が訪ねると、高橋海理子は困った顔を見せた。 「それが……昨夜いなくなってしまったんです」  宿に戻り、私は一日目に調べたことを話そうと思っていた。しかし、先に戻ってきていた吉吉さんと走也は先に布団に入って眠っており、こちらの呼びかけには反応しない。 「……走也、食べ物の匂いがしますわね」  有須は走也に近づくとその寝顔をしばらく見つめていたが、諦めると自分の布団へ向かった。 「仕方ないから報告は明日にしましょう。星司さんも早く休んだ方がいいですよ。明日から大変になりそうですから」 「ああ、そうだね。お休み有須」  私は天井を見上げ、今日起こったことについて考えていた。  ケロッグ。  天あんみつ。  高橋海理子。  ケロッグの蒸発。  ……。  翌朝、先に目が覚めたのは私と有須だった。吉吉さんと走也はまだ布団の中だ。 「ちょっと、吉吉さん! もう朝ですよ!」 「走也、起きなさい! いつまで寝てるんですか」  二人の呼びかけにようやくもぞもぞと動き出す二人。 「ムニャムニャ……そんなに食べられないよ……」  よく分からない寝言をいう走也に、有須は踏みつけ攻撃を敢行した。 「ぐえっ! な、なんだ! あー、有須かよ」  ようやく目を覚ました二人はのろのろと洗顔に向かって行った。私は有須と一緒に寝具を片付け、テーブルの前に座って朝食が来るのを待った。  ご飯、味噌汁、焼き魚、漬物。  質素な和風の朝食が並べられると、一歩遅れて吉吉さんと走也がやってくる。走也は何だか苦しそうな顔だ。 「さて、朝食じゃな」  吉吉さんの合図で朝食を食べ始める。しかし走也は箸が止まっていた。私と有須が不思議そうに見つめていると、走也は申し訳なさそうな顔で呟いた。 「俺、調子悪くて食べられないや……」 「おいどうしたんだ? 大食漢の走也らしくないな」  いつもなら私の言葉に言い返してくるのだが、今日は何もしてこない。  結局、走也は一口も出来ないまま畳の上に横になっていた。私は吉吉さんに命じられると布団を敷き、走也を横にさせた。 「……店長、昨日は走也と二人で何をお食べになったんですか?」  有須が言い寄っている。吉吉さんは気まずい表情で窓の外を向き、下手な口笛を吹いていた。 「さ、さあ。何のことかのう」  その態度で私はようやく気づいた。  何故二組に分かれて調査を行ったのか。  吉吉さん、走也組と星司、有須組になった理由。  西側に食べ物屋が少なかった理由。 「吉吉さん。走也と〝海見町食べ歩きツアー〟でもしたんですね?」 「う! な、何故その名前まで分かるんじゃ? セージ君はエスパーかね……。そうじゃよ。ソーヤならワシに付き合ってくれるかなー、と思って夜行バスに乗る前に聞いてみたんじゃ。一つ返事で賛成してくれたよ」  私と有須は呆れて吉吉さんの顔を見た。気まずそうに視線を反らしている。  吉吉さんはもともと嘘をつけない性格だ。冒険譚を話したくてうずうずしているし、今回のような新たな旅も楽しくて仕方がないのだろう。そんな人がごまかそうとしたって、ちょっと考えてみればすぐに見破れる。 「と、いう訳なんじゃ。すまんがソーヤはリタイヤするしかないな」 「何が『という訳』なんです? 店長と一緒になって食べ歩いたんでしょう?」  思わず突っ込みを入れてしまったが、吉吉さんのとんでもなさを考えると納得してしまう。走也は確かに大食漢だが、一見ひ弱そうな吉吉さんの力は計り知れないのだ。胃が異次元と繋がっているに違いない。  結局、ダウンしている走也を除き、二日目からは三人で調査をすることになった。予想通り、吉吉さんのほうでは調査結果はゼロだ。 「ほほう、アリスとセージ君はそこまで調べ上げたのかね? いや、見事だ」 「ええ。有須と星司さんは真面目に調査していましたから」  有須が皮肉たっぷりに吉吉さんに返事をする。――自分だってあんみつをたくさん食べたくせに……。  吉吉さんと違い、有須は嘘をつくのがうまい。まだ八歳だというのに、私をもビックリさせることが多々ある。将来が末恐ろしい子だ。  そして、三人で昨日の甘味処〝天あんみつ〟に向かい、高橋海理子と一緒に捜索をすることになった。  甘味処〝天あんみつ〟  私は再びその店ののれんをくぐると、昨日会った女性店員を見つけた。  初対面の吉吉さんと高橋海理子が自己紹介を済ませると、四人はテーブルを囲んで話し始める。 「第一発見者なのに情けないんですけど、どこへ行ったのか全く検討がつかないんです」 「大丈夫じゃよ海理子さん。ワシらに任せておきなさい。……まず、この〈強運のカード〉を手に持ってくれるかな」  吉吉さんはポケットから一枚のカードを取り出すとテーブルに載せた。古代文字だか何だか分からないミミズの這ったような文字がびっしりと書かれたカードだ。 「次に、空いているほうの手で隣のセージ君の手を握ってくれ。セージ君はアリスの手を。アリスはワシの手を」  高橋海理子は頷くと、少し戸惑った後私の手を握ってきた。私は緊張しながら隣の有須の手を握る。有須は真剣な表情で吉吉さんの手を握った。 「よし、それでいいぞ。次はこの〈ルーンロッド〉じゃ」  吉吉さんはそう言って教卓で使われるような短い棒を取り出した。全体がエメラルドグリーンの美しい色を放ち、グリップ部分にはルーン文字と言われるものが彫られている。  吉吉さんはそれをテーブルの中央に置き、空いているほうの手を頭上にかざした。  しばらくは何の変化も見られない。 「……えっ?」  高橋海理子はその反応に驚いて声を漏らしていた。  テーブルに置かれたルーンロッドが静かに震えだすと、僅かに空中に浮かんだのだ。  五センチほど浮かび上がったルーンロッドは、ゆっくりと時計の針のように回りだし、一方向を差すと動きを止めた。 「ルーンロッドの先端で探しものの方角が、浮き上がった高さで探し物への距離がわかるんじゃ。……海理子さん、ここから二、三キロ先には何があるかな」  吉吉さんはルーンロッドが指し示す方向に視線を向けて尋ねる。 「この方角は確か……山です。二、三キロ先だとすると、登山道に入っていると思います」  高橋海理子はまじないめいたことに驚き、信用していいのかどうか考えているようだ。 「あの、本当にこれで分かるんですか……?」 「任せておきなさい。ワシはこの手の捜索は何度も手がけておる」  吉吉さんは自信たっぷりに歩き出す。私と有須、高橋海理子はその後に続いた。  登山道の入り口に到着すると、高橋海理子は困った顔をしていた。店の服装のままで来てしまったため動きづらくてしかたがない。 「……あ、気にしないで下さい。私は大丈夫ですから」  高橋海理子は私達に向かって笑いかける。 「ごめんね。でも店長がいればすぐに見つかると思うから」  私は登山道を見つめる吉吉さんの横に並んで、同じように視線を走らせた。 「分かるかね、セージ君」 「ケロッグの行方ですか? 分からないです。小さなキーホルダー一つ、どこに行ったかなんて……。目立つ色や形をしていたり、物音でも立ててくれればいいんですが」  緑がうっそうと生い茂るこの登山道では人を探すのも大変だろう。吉吉さんは子供じみた笑みを浮かべた。 「まあ仕方がないかのう。セージ君は旅眼百貨店で働き始めて間もないからのう。こういうのは勘じゃよ」 「……勘?」  私は呆れかけた。長年冒険をしてきて、何かすごい技術があるのかと思いきや、〝勘〟だとは。しかし、呆れる私をよそに吉吉さんと有須の二人は耳を澄まし、三百六十度の方向をゆっくりと回るようにして見渡している。 「……有須はこっちにいる感覚がします」 「ワシも……じゃな。この、脇道にそれた場所に何かを感じる」  二人が見つめる先は、偶然にも同じだった。私はそう思ったが、二人はそうではないようだ。居場所を確信したかのように頷くと、そちらへ向かって歩き出す。  私と高橋海理子は歩きづらい草の上を追いかける。 「……あっ!」  バランスを崩した高橋海理子が後ろ向きに倒れかけた。私は素早く手を伸ばして高橋海理子を抱きかかえていた。 「だ、大丈夫?」 「ご、ごめんなさい。……桜丘さん、もう平気ですから」  真っ赤な顔をして謝る高橋海理子。私はそれを見るとぱっと手を離して一緒になって照れてしまっていた。……嫌な間だ。 「……星司さん、何いい雰囲気になってるんですか? 真面目に探して下さいっ」 「ご、ごめん……。で、ここ? 洞穴なんかあったんだ」  睨みつけてくる有須に謝り、前方に目を向ける。草と苔に囲まれた岩肌に、狭い空間がある。頭上から水が滴り落ち、中からはひんやりとした空気が流れてきている。 「これは女性には大変じゃろうな。セージ君、行って来なさい」 「ええっ、私ですか?」  吉吉さんは無言で頷く。有須はいつの間にか高橋海理子の手を握って吉吉さんの横に立っている。  私は孤立していた。しかし、ここは名誉挽回のチャンスでもあるだろう。 「……わかりました。私が見てきますから、店長と有須はここで高橋さんと待っていて下さい」 「星司さん気をつけてくださいねー」  感情のこもっていない有須の声援を受け、私は洞穴へと足を踏み入れていった。  洞穴はそれほど広くはない。懐中電灯で中を照らすと、せいぜい奥行き三メートルほどの空洞にしか過ぎない。  ――いるとしたらすぐに見つかるだろうな。  壁に光を当て、ゆっくりと回るようにして調べていく。  頭上から滴る滴は時折首筋に当たり、その度にびくっと震えたが特に問題ではなかった。 「んっ?」  光を当てた先で何かが動く気配があった。そちらに光をむけると、小さい何かが光から避けるようにして遠ざかっていくのが分かる。 「君、ケロッグかい? 私は味方だよ。高橋さん……海理子さんもここに来ているんだよ」  ゆっくりと反応を待つ。  十数秒の間じっと反応を待っていたが、光を向けている方向に変化は見られない。 「……ケロッグ?」  もう一度呼びかけてみる。しかし反応はなく、洞穴の中で自分の声が空しく響くだけだ。  ひんやりとする洞穴。滴る滴のおかげですっかり体が冷え切ってしまった私は、収穫もなく渋々洞穴を出ることにした。――吉吉さんと有須の落胆する顔が思い浮かび、憂鬱になってしまう。私だって、一生懸命やったんだぞ。 「無事でよかったわ」 「フム。海理子さんに随分懐いているようじゃな」 「有須、感激ですわ」  両手で体を抱くような格好で鼻水を垂らしながら洞穴から出ていくと、三人は私の姿に全く反応せずに一つの物に視線を集中している。  高橋海理子の手のひらに乗っている物。  緑色で細いチェーンが伸びている小さな物体。 〈ケロッグ〉  カエルのキーホルダー・ケロッグは三人に歓迎されていた。 「おお、セージ君。やっと出てきたようじゃな。遅かったぞ。ほれ、ケロッグは無事じゃ」 「……店長、それ、どこにいたんです?」  鼻をぐずぐずさせて問う。 「あら、星司さんが洞穴に入ってからしばらくして出てきたんですわよ。星司さんが見つけて表へ誘導してくれたのかと思いましたけど、随分遅かったからそうではなさそうですわね」  有須が落胆の表情で答える。私はため息をつくしかなかった。……今回も活躍出来なかったか。  しかし高橋海理子はうなだれた私を見ると慌てて口を開いていた。 「桜丘さん、そ、そんな残念がることないですよ。桜丘さんもケロッグ探しに力になってくれました。私、とても嬉しいです」 「ありがとう高橋さん。一人でも私に味方がいてくれて嬉しいよ……」  力無く微笑み返す。高橋海理子は顔を赤らめて視線を逸らすと、再びケロッグに意識を向けていた。 「……星司さん、情けないんだ。女の人に慰めてもらうなんて」  有須は呆れた顔で私を見ている。私はその視線に耐えると、嬉しそうな高橋海理子の顔、目的を達成し満足げな吉吉さんの顔を見た。 「さて戻ろうかの。任務完了じゃ。〝天あんみつ〟に戻るとしよう」  吉吉さんの一声で、私達は山を降り始めた。 「ボク、やっと安心できたよ」  体調不良でダウンしていた走也もテーブルに加わり、旅眼百貨店の四人と高橋海理子を含めた面々はテーブルの上のカエルのキーホルダーに注目していた。 「これがケロッグかー。本当にしゃべるんだなー」  走也は不思議そうに眺めている。吉吉さんは満足そうに腕を組んでいる。 「ボク、ウリコに助けて欲しかったけど、ウリコに迷惑もかけたくなかったんだ。だから隠れることにしたんだよ」 「そうだったの……。私、例の悪い人が来てさらってしまったのかと思って心配したのよ」 「ごめんね……」  ケロッグはしょんぼりとうつむいていた。その動作があまりにも生き物らしく、私は少し笑ってしまう。 「とにかく結果は良かったんだから、喜びましょう。……店長、ケロッグはどうするんです?」  私が尋ねると、吉吉さんはあごひげに手をやってさわさわと音を立てた。 「フム。予定通り旅眼百貨店で預かることにするよ。じゃが、海理子さんもこれでお別れは嫌じゃろう?」  話を振られると、この話は延ばすことが出来ないと知った高橋海理子は暗い表情になった。 「はい……そうですね。始めは不思議な出会いでしたけど、今ではこの子を気に入ってるんです。出来れば私が手元に置いておきたいけれど、それはこの子にも私にも危険なんですよね」 「それは仕方ないですわ。もともとケロッグは悪い人から逃げてきた存在ですから。海理子さんがこれからも危険を負うことはありません」  有須はあんみつを食べながらそう口にする。吉吉さんは浮かない表情の高橋海理子に向かって一枚のカードを渡した。旅眼百貨店の名刺だ。 「ちょっと遠いがここがワシらの店〝旅眼百貨店〟じゃ。気の向いた時にいつでも顔を見せに来るといい。ケロッグも喜ぶじゃろうて」 「心遣い、ありがとうございます。でも、私……」  高橋海理子は悲しそうな顔をして店内を見渡す。そう、天あんみつの店の店員として働いている高橋海理子は金銭的にそれほど余裕があるわけではない。店員も少ないので自由に休むことも出来ない。旅眼百貨店までの旅費も馬鹿にならないということになると、気軽にケロッグに会いに行くこともできない。  そんな姿を見ると、吉吉さんは笑顔で高橋海理子の肩に手を乗せた。 「心配しなさんな。我が旅眼百貨店は、貴重品の調査、発見等に関わった人物には〝プレミアメンバー〟になっていただいておるんじゃ。特典は、〝いつでも来店を歓迎する〟、〝旅費等必要経費は店が負担する〟、〝星司をこき使ってもいい〟等じゃよ」 「て、店長、そんなこと決まってましたっけ?」  私の意見は無視された。  高橋海理子は嬉しそうに微笑むと、吉吉さんに手を向けて握手を交わした。 「ありがとうございます。暇が出来ましたら是非伺わせていただきます。……有須ちゃんも、一緒にいて楽しかったですよ。走也君は、体調不良で残念でしたね。今度機会がありましたらもっといろんなあんみつをご馳走しますから」  有須と走也にも握手をして回り、最後にテーブルの上に乗っているケロッグを手のひらに乗せて吉吉さんに手渡した。 「ケロッグ。それじゃあ、しばらくはお別れね。また会いましょうね」 「……私は?」  私は最後の挨拶を忘れられたかと思うと、がっくりと頭を落としていた。  帰りの夜行バスがやってくる。三人は早々に乗り込んでいる。  私は海見町に目を向け、バスの窓に向かって手を振っている高橋海理子を見つめていた。そろそろ出発の時間だ。  ステップに足をかけ、バスに乗り込もうとする。 「……あ、桜丘さん!」  背後から声をかけられ、振り向いた。 「こ、これ、どうぞ!」  小さな箱がぐっと目の前に突き出される。〝天あんみつ〟の店名が入った菓子詰めだ。 「あ、ありがとう高橋さん」 「……みなさんはああ言っていましたけど、桜丘さんもかっこよかったですよ」 「……えっ?」  聞き返す前にバスの扉は閉まっていた。扉の向こうで手を振っている高橋海理子。私も手を振って最後の別れをした。 「星司、何をもらったんだよ。あ、お菓子じゃんか! 帰ってから楽しみだな!」  走也が早速お土産の匂いをかぎつけてくる。私は走也を適当にあしらうと、吉吉さんの隣に座った。 「どうじゃセージ君。今回の旅は?」 「ええ。せわしなかったでしたけど、楽しかったですよ」 「それは良かった」  吉吉さんは満足げに笑うと、帽子を顔に被せて眠りについていた。  騒がしかった走也と有須も、いつの間にか寄り添うようにして眠ってしまっている。  私はお土産を鞄に詰めて自分も眠ってしまおうとした。その時、菓子詰めに紙が挟まっているのに気がついた。 (ん、なんだろうこれ。店の説明か何かかな……)  何気なくそれを広げ、内容を確かめる。 (……)  周りを見渡し、今のが誰にも見られていないことに気づくと、顔をゆるめながらそれをポケットに突っ込んで菓子詰めを鞄にしまった。……今回の旅は良かったな。

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