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   選ばれた者達    No.7    ステイク、忍び寄る影 1/3 「ではステイク先生。次回もお願いしますよ」 「ええ。こちらこそよろしくお願いします」  ビジネススーツに身を包んだ男が玄関から姿を消すと、ステイクはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。生温い苦みがのどを流れていく。  小説家。ステイクは小説家として暮らしていた。しかし作品をひたすら作り続け、数年前ようやく出版社に作品の一つが認められたばかりで、まだ生活は苦しいままだった。  ステイクの作品は主にSF、ホラー系の内容で、それは子供の頃から映画やゲームに影響されたものだった。こんなに面白いものを自分でも作ってみたいと。そんな気持ちでようやく作家としての人生がスタートし、物語のネタに困るようなことはなかった。  しかしステイクはただ単に子供の頃からの理想から、想像や取材で作品を作り上げるのではなかった。その架空の物語の中でしか存在することの無い霊的なもの。実際にそれらが〈見える〉こともあったのだ。世間一般ではそれを霊感とも呼ぶが、ステイクの場合はそれとも少し違っていた。そこにいるはずのない〈もの〉が見えるのはもちろん、その〈もの〉と意志を通わせ、向こうの世界をのぞき見ることも出来るのだ。しかしステイクはまだ、向こうの世界をのぞき見るだけですませていた。やろうと思えば向こうの世界に行くことも出来るかもしれない。しかしそれから戻ってこれる保証はなかった。それを思うとステイクは恐怖に包まれるのだ。そんな危険を冒す意味も価値もない。ステイクはささやかな生活が欲しいだけの静かな男だった。 「僕にはこんな力しかないから生活していくにはこれしかないんだ」  ふと後ろを振り向くと、胸から血を流している男がうつろな表情でステイクを見つめている。土にまみれた迷彩服を着ているところからして、戦死した男らしい。兵士の霊はしばらくステイクを見つめた後、ゆっくりとぼやけていくように視界から消えてしまった。その生命の無い視線は何かを訴えかけようとしているように感じられた。背筋に冷たいものを感じ、血を流していた男の消えた空間をしばらくの間見つめていた。彼らはほとんどはこちらに危害を加えようとすることは無い。しかし少数だが悪意を持ったものもいるのだ。今、目の前に現れた兵士はどちらのタイプだろう。……冷たいものを感じていたステイクは悪いほうへは考えたくなかったが、確かにそれは邪悪な意思を放っていたのだ。  その日は、夜遅くに夕食を買いに近くのコンビニエンスへ向かっていた。適当にパン類を数個と飲み物を選ぶ。雑誌コーナーに立ち寄り、何か小説のネタになりそうな話題があるかどうかを条件反射で探してしまう。しばらく時間を潰した後、ステイクは家路に向かった。  アパートに到着するとポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。玄関口に荷物を置くと靴を脱いだ。その時に手の平に何か不快な感触を感じた。玄関の明かりをつけ手の平を見てみると、黄褐色のナメクジのような物体がへばりついていた。思わず手を振り回すが、そのぬめぬめとした冷たい物体は簡単には取れなかった。流しに向かい、水道の蛇口をひねる。勢いよく流れ出る水でそれを洗い流す。それはしばらく排水口の入り口をぐるぐると回った後、未練があるようにゆっくりと暗闇の中へ吸い込まれていった。ステイクは手を拭いた後、玄関を確かめた。明かりをつけていない状態で扉に触れた時に、ナメクジのようなものを手の平で潰してしまったのかもしれない。しかし、明かりの中、確認をしてもそれらしい汚物はどこにも残っていなかった。玄関を出て付近を少し調べてみるが、何も怪しいものは見つからない。調べるのを諦めると、部屋に入りテレビをつけた状態で夕食をとり始めた。他愛のない内容のテレビを見ているうちに、ステイクは先ほどの不可解な出来事を心の奥にしまい込んでいた。  ふと時計を見るともう夜中の二時を回っていた。ステイクはそろそろ休もうとし、テレビを消して部屋の明かりを消した。町灯の光がうっすらと部屋の中を映し出す。何気なく天井を見上げてステイクは眠りにつこうとしていた。……今日は見えないな。  就寝時、しんとした状態ではよくステイクは見えるはずの無いものの存在を感じとってしまうが、その日は平和に眠りにつくことができた。  ……ウラメシイ、ウラメシイ。ソノテ、ソノメ、ソノカラダ。ソレヲオマエダケガツカウナンテ、ユルセナイ。オレニモ、オレニモジユウヲヨコセ!  フ、フ、フ。チカイ。チカイゾ。ソノヒハチカイ。オマエノ、ソノカラダ、モラエルヒハ、チカイゾ。  ピ、ピ、ピ。ピ、ピ、ピ。  電子音が聞こえる。  ステイクは汗だくの状態で目を覚ました。いつもの朝。まだ夏には早過ぎるが、ステイクはかなりの汗をかいていた。夕べは空調を除湿にセットして眠らなかったから部屋の熱気がこもってしまったのか。けだるく身を起こす。  顔を洗い、歯を磨く。職業として作家にはなったが、それだけで食べていけるような収入ではない。週に数日はアルバイトをして生活費を稼いでいた。今日はガソリンスタンドでの仕事がある。身支度をするとカバンを背負い、駅まで向かう。日差しは強く、風は気持ちいい。駅までの数分間、普通ならばその平和に浸れるのだが、ステイクは駅までの道、交通事故で亡くなった者の苦しそうな表情や、一軒屋の庭先からじっと道を歩く通行人を見ている半透明の老人などを否応無く目撃していた。なるべく気づかないふりをして、彼らの横を通り過ぎる。駅までくるとようやくほっとする。彼らのような存在はほぼ、場所に縛り付けられているからだ。電車の中ではそれほど見かけることは無い。  仕事場にたどり着くと、ステイクは制服に着替えてガソリンスタンドの仕事をはじめる。ここにはいろいろな人がやってくる。まじめなサラリーマン、暴走族のような男。オープンカーに乗った陽気なジャマイカン。その人達を観察するのも楽しかった。どんな人物も物語の主人公になれるような構想をしてみたり、実際に彼等を元に短編を書いてみたりとする時もあった。  その日も仕事が終わると、仕事仲間と着替えを済ませ、夕食を一緒にとっていくことにした。近くのファーストフードへ足を運ぶ。 「しかしお前、本当に小説が当選したのか? 一作だけのラッキーボーイにはなるなよ」  フライドポテトを口に放り込んで仕事仲間が言う。 「まだまだわからないけどね。でもがんばっていくつもりだよ」 「そうか。俺はガソリンスタンドの店長を目指すよ」  酒の無い夕食だが、ステイク達は楽しい時間を過ごしていた。コーヒーばかりおかわりをして、店としてははかなり迷惑しているだろうが。そんな時、仕事仲間の一人がステイクの首を見つめた。ステイクは気づいていなかった。 「おい、ステイク。昼間ちょっと気になったんだが、その首のあざはなんなんだ?」 「え、あざだって?」  ステイクは仕事仲間に言われると、顔を軽く上に向けた。仕事仲間達は照明で照らされたステイクの首を見た。ステイクの首筋、頚動脈のあるあたりにあざが出来ていた。本人は痛みを感じてはいなかった。 「なんか赤黒いあざが出来てるぜ。誰かに殴られたようなあざがな」 「そんな記憶は無いけどなあ。なんだろう、寝違えたのかな?」 「フフフ、ステイク。そのあざ、なんか人の顔に見えるぜ」  仕事仲間は真剣な表情でそう言った。ステイクはぞっとしてそのあざのあるあたりを右手でさすっていた。手触りからは何も感じられない。そしてその友人はすぐに豪快に笑い声を上げた。どうやら騙されたらしい。 「冗談だって。単なるあざだよ。別に不思議でも気味の悪いものでもないって!」 「お前の顔を見て一瞬本当かと思ったよ。心臓に悪い奴だな、お前は」  ステイクはほっと首をなでると、そう言って自分も笑った。外は太陽も沈み暗くなっている。ステイクは小説のことが気になり出した。アルバイトをしている日は、日が暮れてから寝るまでの時間、小説を書いているのだ。 「じゃあ、また今度な」 「おう、あざは治しとけよ。客商売にそれはよくないぜ。もっとも車の中から俺らの顔を見ようっていうのはそんなにいないけどな」  仕事仲間と分かれ家路に帰る。ステイクはむずむずとする首筋をさすりながら電車に揺られていた。……朝、洗顔をするときには気がつかなかったけど、あざなんてあっただろうか。  翌日、目を覚ますとだるい体を起こした。異様に体が重い。後ろを振り返るが、見えてはいけないものが〈見える〉ことも無かった。昨日に続いて今日も目覚めが悪いが、たんなる疲労だろう。そう思うとその日もアルバイトに出かけるのだった。  そしてステイクは体調が優れない状態が続き、原因もわからないまま数日が過ぎていた。  ある日、ステイクは思い立つと、アルバイトを休むことにした。医者に行ってみよう。仕事先に連絡を入れ、今日の仕事を休ませてもらうように頼むと、近所の医者へ向かう。小さな町医者で、その医師の老人は暇そうにうとうとと居眠りをしていた。 「すいません、診療をお願いしたいんですが」 「……ん、おお、そうか。そこのロビーで待っててくれ。すぐに呼ぶから」  ロビーと呼ぶにはお粗末過ぎる、三人程度しか座れない椅子に腰を下ろすと、ステイクはぼんやりと部屋の中を見渡した。平日の日中、そこにはステイクしかいない。  数分ほどするとステイクは声をかけられ、診療室へ案内された。そこでいくつかの質問を受け、心拍数や脈拍を計る。小さなライトで喉の奥も見てもらい、医師はうんうんとうなづいていた。 「そうですなあ、ステイクさん。特に異常は見られません。心拍数も血圧も正常値ですし、喉の奥にも異常なものは見つかりません。その首のあざに関しては湿布を張っておけば数日で消えますよ。気付いた時にすぐにそうしておけば今ごろはすっかり消えていたでしょうね」 「そうですか、先生。それでこの体の重さはいったい何なんでしょうか? 食事もちゃんと取っていますし、睡眠もしっかりとっています。ただの疲労とは思えないんですが」 「なーに、心配要りませんよ。そんなに神経質になることはないでしょう。まあ、内服薬を処方してあげますから、一週間ほど様子を見てください。お大事に」 「ありがとうございました」  ステイクは多少腑に落ちない気持ちになりながらも医者を出た。その日は時間があったのでのんびりと映画館で時間を過ごした。今話題の「ハーニバル」なんて、しばらく忙しくて時間の都合が合わず、見ることが出来なかったからちょうどいい。精神異常の病院の医師が、祭りの開催されている町で狂気の事件を起こすという内容だ。めちゃくちゃな設定だが面白そうだ。休暇を自分の好きな時間に使うことで体のだるさ、首筋のあざのこともしばしわすれ、ステイクは気分的には大分リラックスしていた。  まだ太陽が地に沈む前、あたりが夕焼けで赤く染まる頃にステイクはすでにアパートへ戻っていた。今日は早めに休むことにしよう。適当に食事を済ませ、風呂で汗を流す。そしてまだ21時という時間だったが、床へついた。薬も飲んだし、首には湿布を貼ってある。明日は少しは気分よく起きれるだろう……。夢と現実の狭間でうつらうつらとしていたステイクは、夢ごこちで何かの言葉を聞いたような気がした。しかしそれは記憶に残ることはなく、完全に眠りへと落ちていった。  ……モウスグダ。

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