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   エントシプレヒェンドバイン    1話 ある市場にて  ある晴れた昼下がり市場へ続く道、一人の少年が馬車を走らせていた。  この少年はトランスといい、小さい頃にドナー牧場にやってきて住み込みで働いていた。が、何年も住んでいるので、すでに牧場の息子のように扱われている。  この日は仕事が早く終わりそうなのでほっとしていた。 「もうすぐ村の市場だ。この小牛を売ってくれば今日の仕事はおわりだ」  村の市場へ着くと、そこはたくさんの人で賑わい、まるで祭のような騒ぎだった。この市場では牛、豚、鶏などの他にも新鮮な野菜、壷や樽などの自家製品なども売買されており、ここの村の人間は生活用品をこの市場でまかなっている。 「さあ、いつも牛を買ってくれるお得意さんのビルは今日は来ているかな」  小牛を引っ張り、うろうろしていると後ろから声をかけられた。それはビルの友人のランスだった。 「よう、トランスじゃないか。どうだい調子は?」  ランスは気楽に話してきたが、トランスはあまり話し込むつもりはなく、早くこの小牛を売って今日の仕事を終わらせたかった。 「ぼちぼちだよ。このかわいい小牛を売れば今日の仕事はおわりなんだけど、お得意さんのビルに買ってもらおうと思ってね、探しているんだ」  ランスは不思議そうな顔をして答えた。 「そうかい? おかしいな、ビルの奴は三十分くらい前に、『今日はスキヤキパーテーだ! おいしい牛を探すぞー!』とか騒いで市場へ走っていったんだぜ、とっくに牛を買ったと思うけどなあ」  トランスはそれを聞いてがっかりしてしまった。ビルならいつもいい値段で買い取ってくれているからだ。あてが外れてしまった。 「じゃあ、普通の値段でこの小牛を売ってくるか」  ランスはその様子を見ると、興味を持ったように肩に手をかけた。 「俺、今日は仕事がないから付き合ってやるよ」  小一時間がすぎ、無事に小牛を売った二人は、ビルの家に軽く挨拶していこうと思った。トランスは今日はたっぷり時間があるのだ。二人は馬車に乗り、ビルの家までのんびり馬を走らせ、今日の儲けのうちのわずかをポケットに忍ばせると、すぐにビルの家にたどり着いた。 「おーいビルー、いるかー!」  ランスが叫ぶと、しばらくしてからビルの父親が玄関に現れた。 「あのう、ビルはいますか?」  トランスが尋ねると、ビルの父親は二人に視線を向けた。 「何? 君達、ビルにあっていないのか? ビルは『ランスとトランスと一緒にちょっとでかけてくるぜ』とか言いながら家を飛びだしていったんだぞ。てっきり市場で三人で遊んでいるかと思ったんだがな。あいつはまだ帰ってきていないぞ」 「それはおかしいな。なあ、ランスがあったときは『今日はスキヤキパーテーだ!』とか言っていたんだろ?」  そうトランスが聞くと、ランスは頷いた。 「ああ、そうだったぜ、まあビルの奴は俺達をスキヤキパーテーに誘おうとしていたんじゃあないのかな。奴のことだからどこかで道草でも食っているかもしれない」  その言葉を聞くと、トランスは何か妙な予感がしていた。  仕方なく二人はビルの家を後にしたが、トランスはビルのことが心配になっていた。そこでランスにある提案をすることにした。 「今日はまだ時間があるし、ビルを探してみないか?」 と頼んでみると、ランスは、 「嫌だね。あんなビルなんて、どうせスキヤキを独り占めしようとしているんだぜ……なーんて嘘だよ。早く探しておごってもらおうぜトランス!」  こうして二人のビルを探す旅は始まった……。  二人はとりあえず村の酒場へ向かった。何かビルに関する情報が得られるかも知れないと思ったからだ。酒場の扉を開け、中へ入ると、そこにはビルが一人で酒を飲んでいた。トランスとランスはビル探しの冒険があっけなく終わってしまったのに少々残念がっていた。ランスはビルの肩に手をかけた。 「こんな所にいたのかビル! 牛を買って家に帰ったんじゃないのか?」  ビルは楽しそうな顔をしてこちらに振り返った。 「ランスとトランスか! ごめんなトランス、今日はとびっきりの極上牛を譲ってもらえることになっているんだ。もうすぐここにくることになっているから待っているのさ、お前達も一緒にどうだい?」  二人はもともとスキヤキをおごってもらうと決めていたので、喜んでビルの隣に座り、三人で話し始めた。 「ひどいなあビルは。ビルの金をあてにして牛を売りに来たのに、今日の収入は七百Gだったよ。ビルが買った牛はいくらだったんだい? 六百? 五百?」  トランスがそう聞くとビルは嬉しそうに笑みを浮かべた。 「言ったじゃないか、譲ってもらえるって。タダだよタダ!」  それを聞くとトランスとランスは驚いた。 「そりゃ怪しいぜ、何だってビルみたいな一般市民にタダで牛をやる奴がいる?」  ランスはもっともなことをビルに尋ねていた。 「それもそうだな。まあいいんじゃないか、もうすぐくる頃だぞ」  その話しが終わると酒場の入り口から声が聞こえた。物々しい、威圧するような声だった。 「おい、ビルはいるか? 約束の牛を持ってきたぞ。でてきてくれ」 「なにかやばい気がする。ビル! 気を付けろよ」  トランスは不安になったが、ビルは気にせずに外へ飛び出した。トランスとランスはビルの後を追い、店の扉の前まで向かった。 「うわっ、な、なんだコイツは?」  ビルの叫ぶ声が聞こえた。二人は急いで外へ出ると、三メートルはあるような巨大な牛が今にも飛びかかろうとしている。 「フハハハハハ! ビル! お前を殺せとの命令がかかっている。死んでもらうぞ」  その声は巨大な牛の上から聞こえてくる。三人は上を見上げると、そこには黒いマントに身を包んだ男が立っていた。 「あんたは何者だ? 何故ビルを殺そうとする!」  ランスが叫ぶとマントの男はこちらに目を向けた。 「おまえなどに教えることなどないわ。かかれ!」  マントの男は牛の背中から飛び降りた。それを合図に巨大な牛は突進してきた。ランスは後ろを向き、酒場に向かって助けを求めた。 「誰か、何か武器を貸してくれ!」  しかし酒場からは何の反応もなく静まり返っている。ランスは扉に手をかけたが、扉は鍵をかけたように固く動かなかった。 「ビル! ランス! 何か武器を探さなきゃ駄目だ! 暴れ牛に殺される!」  トランスは二人を酒場の裏へ走らせると、酒場に立てかけてあったほうきを暴れ牛に向かって振り回した。 「グオオオオオ!」  暴れ牛は狙いをトランスにつけ、ものすごい勢いで体当たりを仕掛けてきた。その予想以上のスピードにトランスは驚き、とっさに横に飛び退いたが、脇腹をかすってしまい、近くに止めてあった馬車に激突してしまった。馬車はバラバラになり、つなげてあった馬はこの衝撃でびっくりして走り出してしまった。トランスはよろよろと立ち上がると体中に激痛が走った。もう終わりだ、と思ったその時、酒場の方でビルが叫んだ。 「おい、牛野郎! こっちだ!」  ビルは牛に向かって石を投げつけ始めた。暴れ牛はビルの方を向くと、ランスは酒場の裏で見つけたらしい赤い布を広げている所だった。 「どうだ牛野郎! お前の苦手な赤い色の布だ! 逃げちまいな!」  その様子を見るとトランスは愕然として叫んだ。 「おいランス! 赤い色は牛を興奮させる色なんだ! 早くそれを捨てろ!」  二人は突進してくる暴れ牛を左右に避けた。赤い布はその場へ落としてきたので暴れ牛は一瞬戸惑いを見せている。トランスはそのあいだに崩れた荷馬車を調べた。するとそこには今までは気づかなかった剣が落ちていた。 「誰がこの剣を……まさか親方の?」  剣の柄の部分を調べてみると〝ドナー牧場主 ウォルス親方の剣〟と書かれている。 「親方、この剣借りますよ!」  トランスは立ち上がったが、先ほどのダメージで足元がふらついている。そこでビルとランスのほうに視線を向けた。二人とも暴れ牛から距離をとり、どうしようかと躊躇している。 「ビル! この剣を使ってくれ!」  トランスは手に持った剣をビルに投げて渡した。ビルは剣を抜くと暴れ牛の方をにらみつけた。ランスはそれを見ると状況を判断し、暴れ牛にスキを作ろうと走りだした。 「こっちだ牛野郎! こっちを向きな!」  暴れ牛の後ろへ回ったランスは、木の棒で暴れ牛の注意を引こうとした途端に強力な後ろ蹴りを食らってしまった。 「ぐわっ!」  ランスはまるで小石のように宙に吹き飛ばされていた。少しして遠くからドサリという落ちた音がする。 「ランスーーー!」  ビルは叫びながら暴れ牛に向かってまっすぐ走りだし、相手がこちらを向いた瞬間に剣を突き出した。ドスッと鈍い音がし、剣は暴れ牛の眉間に深く突き刺さった。血が吹き出し、暴れ牛はしばらく痙攣をしていたが、そのうちに力を失い倒れ込んだ。トランスはよろよろとビルに近寄って行った。 「早くランスを!」  ビルは頷くと、負傷しているトランスに肩を貸してランスの元へ走り寄った。ランスは姿が変わっていた。首を蹴られたらしく、妙な角度に首が曲がっている。 「ランス、ランス!」  二人が叫ぶと、ランスは口から血を吐いていたが、何かを言おうと口をパクパクさせていた。 「ランス! 何かいいたいのか!」  ビルが聞くとランスは震える手でビルの手を掴んだが、そのままガクリと首を落とした。それから動きを見せることはなかった。 「ランスーーーーー!」  二人は叫んだ。しかしもうランスは起きあがらない。二人は絶望にかられながらランスを抱きかかえると、ランスの家に向かった。  途中、トランスは体の痛みがひどくなり、歩くのがつらくなっていた。ビルはその様子を見ると、一人でランスを引き受けた。 「おい、ランスのことは俺に任せてくれ。お前は医者にでも行ったほうがいいぞ」  トランスは一緒にランスを連れていきたかったが、体の痛みは相当なものだったので、ビルの言葉に従うことにし、一人医者へ向かうことにした。  医者へ着くと上着を脱ぎ、傷を受けたわき腹を医師に見せた。 「ほう、かなり腫れていますな。フムフム、まあ大丈夫でしょう。骨は折れていませんよ、薬を付けて包帯でもしておけば二、三日で腫れはひきますよ」  医者に診察してもらったトランスは安心したが、馬車が壊れていることを思い出し、ビルの家に行くことにした。この傷では今日は牧場に帰ることは出来ないだろう。ビルの家に着くとビルはすぐに気がつき、トランスを家の中にいれてくれた。 「トランス、お前の家は遠いからな。まあ一日くらい泊まっても大丈夫だろう」 「ありがとうビル。今日は泊まらせてもらうよ」  その日はビルの家で夕食を食べたが、ランスのことが気になりあまり食は進まなかった。適当に夕食を終わらせると、ビルとトランスはベットに入ったが、ふとビルが質問をしてきた。 「なあ、本当にランスは死んじまったのか? あれは夢かなんかじゃないのか?」 「そうだといいけどなあ。僕のこの怪我だって今痛んでいるし、あれは本当にあったことなんだ」  二人は絶望の中、眠りの世界へと沈んでいった。しかしこれから先、さらなる不幸が起きるとは今の二人には知る由もなかった。  翌日、日の光で目を覚ました二人は外が騒々しいことに気づき、表へ出た。するとそこには鎧を来た兵士が立っていて、ビルとトランスを見つけるなり、声をかけてきた。 「おまえ達はビルとトランスだな。少しついてきてもらおうか」  この国は王様がしっかりしていて、国民からの信頼も厚く頼りにされている。その城からお呼びがかかったと思った二人は、特に気にすることもなく兵士と一緒に馬車に乗り込んでいた。  城へ向かう途中の道で、ビルは横を歩くトランスに囁いた。 「なあトランス、この国の城って確かヒューチル城っていうんだよなあ。俺、ヒューチル城へ行くのは初めてだぜ」  トランスはしばらく黙りこんだあと返事をした。 「うん、そうだったと思うな。確かヒューチル城はとても堅固で巨大な城だと親方に聞いたよ、きっと王様はこの国のために毎日忙しいんだろうな……。ねえ、兵士さん、僕達に用があるってどんな用なんですか?」  兵士はトランスの言葉を聞くと一言答えただけだった。 「城へ着いたらわかるさ……」  数時間がすぎようやく城に到着すると、兵士は少しきつい口調で二人に警告した。 「さあ、ヒューチル城へ着いたぞ。お前ら、おとなしく言うことを聞いていれば罪は軽くなるかもしれんからな」  二人を不安にさせる発言の後、しばらくすると数人の別の兵士達が槍を持って現れ、ビルとトランスを囲むと槍を向けながら城内へ案内した。 「さあ、着いてくるんだ」  二人は槍でつつかれるのでしかたなく兵士達に言われるままに着いていった。 「ビル、罪が軽くなるってどういうことだい? 僕達は何か悪いことをしたのかなあ」  トランスは兵士に聞かれないようにビルにささやいた。ビルは、 「そんなことはねえよトランス……。あっ、しまった、あれだ! 一週間くらい前に俺、野うんもしちまった! そのうんもをそのまま放っておいたから……」  ビルは焦ってそう呟いていたが、トランスはそんなことは無視して別のことを考えていた。――昨日の暴れ牛の事件のことで呼び出された? だとしても僕達二人が罪人扱いを受けるのはおかしいぞ……。とにかく注意していないといけないな。  そして城の中へ入った時、トランスは体中に悪寒が走るのを感じた。――これは! 人間以外の気配を感じる……!  トランスはこのような感覚を小さい頃にも覚えたことがある。何年も昔、親方に助けてもらった時のことだ。  トランスは五才くらいの頃のある日、一人で草原で遊んでいた。それはその草原にいると、いつも牛達を見ることができたからだ。トランスの親はこの牧場の主を信頼していたので、トランスが草原に行くのも安心していた。その日もいつものようにトランスは大きな牛達を見ていると、ふと体中に冷気が走るようなぞっとする感覚に襲われた。後ろを振り向くと、身長はトランスと同じくらいだが犬のような顔をした凶悪な表情の生き物が短剣をかまえている。  (誰か助けて!)そう念じ、目をつぶっているとそのうちに体が宙に浮き、どさっと音がした。 「もう大丈夫だよトランス君、目をあけても平気だ」  その聞きなれた声を聞き、トランスは目を開けるとそこにはあの牛飼いのおじさんがいた。とっさに助けに来てくれていたのだ。ウォルスは鞘に入ったままの剣を持っていた。 「こんな所にまでコボルトがあらわれるとは……」  とつぶやいていた。そのあとトランスは牧場まで連れていってもらい、 「おじさんは君の家に挨拶をしてくるからここで待っていなさい」  と言われた。トランスは両親と同じくらいこのおじさんの家を気に入っていたし、ここのおばさんはとても優しいので、 「うん。僕ここで待ってる」  と返事をして、おばさんにお菓子をもらって喜んでいた。  しばらくするとおじさんが帰ってきて、おばさんと二人で話しを始めた。トランスはまだ小さかったのでこの会話は余り聞き取れなかった。 「この子の家……いた。……多分あ……逃がそうと……場の近くで……早く気づけば……られたのに……くされていたよ……ひきとろう」  ……そうだ! あの時魔物に襲われた時と同じ感覚だ! 子供の頃を思い出したトランスは、汗がにじみでて、神経を周りに集中した。確かにあの時と同じ感覚だった。この城には魔物がいる! このことをビルに話そうとしたが、兵士達が周りを囲んでいるのでどうすることもできなかった。  そしてついに王の間までたどりついた。トランスは恐ろしかったが、王の顔を見た。そこには噂に聞くような国を思う王ではなく、邪悪に満ちた目をした王が威圧的な視線をトランス達に向けていた……。 「……ではこれより王の命令により、この場でビル、トランスの裁判を行う」  王の横にいる裁判官がそう言うと、トランスとビルは槍で背をつつかれ、玉座の前まで押された。するとヒューチル王が、 「では儂が事件の大体の内容を話そう。昨日儂は城で飼っている牛を見に行こうと闘牛の管理者に会いに行った所、証言を得たのじゃ。『こんにちは王様、今日は大変なことがおきました。この闘牛の中で最も強い牛が見当たらないのです。おそらく逃げだしたのではなく、誰かが連れていったのかも知れません』とな。さっそく兵士に牛探しを命じた所、この者達の村で見かけた者が証言をくれたのじゃ。『妙な三人組が巨大な牛をいたぶり、スキヤキにしてやる、などといっていましたよ』とな。こいつらは儂の大事な闘牛を殺しておる。それだけでも重罪じゃ!」  裁判官はそれを聞くと、 「わかりました。……被告、何か言うことは?」  トランスはビルに話しをさせると話しがおかしくなりそうなので、先に話し始めた、 「僕達は始め、牛に襲われるとは思っていませんでした。友人が牛をもらうといっていたので一緒に待っていたら、マントの男にけしかけられた牛に襲われたんです。あの時牛と戦わずに背を向けて逃げ出していたら、……おそらく僕達二人も殺されていました。王様、王様はこの国の人間の命より牛の方が大事なのですか? 僕達は大切な友達を失ってしまったんですよ!」  その話しを聞いていた王はしばらく黙っていたが、 「……ではそのランスにも話してもらおうか、おい、入ってこい」 「えっ?」  ビルとトランスは驚いて王が声をかけた方を振り向くと、そこには茶色のローブに身を包んだ者が現れ、フードを外した。 「ラ、ランス?」  ビルとトランスはこう同時に叫んでしまった。二人はこの男をじっと見ていたが、確かにランスにまちがいなかった。何故ランスは怪我一つないような状態でこんな所にいるんだ? トランスは考え込んだが、ビルはランスに近寄りこう話しかけた。 「ランス、本当にお前はランスか? く、首の骨はどうしたんだ? 治ったのか?」  するとランスは、 「? 何のことだビル? 俺はいつものまんまだぜ? お前の方こそ頭がいかれちまったんじゃないのか? しっかりしろよ」  と何気ない口調で答えた。 「被告の二人、私語は慎みなさい」  裁判官にそう言われ、三人は王の前に並ばされた。 「ではランス君、君に昨日の事件について話してもらおうか」  王はなぜかランスに対してはきつい口調で話すことはなく、ランスは何故かにやりと笑い、話し始めた。 「では私はこれから真実をありのままにお話しします。我々三人は前々からこのヒューチル城には立派な牛が飼われているときいていて、いつかその牛を奪ってしまおうと思っていました。そして昨日王様の牛を気づかれずに奪い取ることに成功したのです。我々は牛と戦って自分の力を試したかったのと、王様の悔しがる顔を見たかったのです」  淡々と話すランスにトランスは、もはや今までのランスとは別人だと思うようになっていた。その証拠に例の魔物とあった時に感じる感覚もランスに対して働いていたからである。 「ランス! お前どうしたんだ? 頭がおかしくなったのか? 俺達そんなことなんて計画してねえよ!」  ビルはランスの肩に手をかけ、ゆすったがランスはビルの手を払いのけるとビルとトランスをきっと睨んだ(……! この目は……!)。ビルは気づかなかったようだが、トランスはランスの目に魔力がこもっているのを感じ、金縛りにあってしまった(今目の前にいる男はランスじゃない……ランスは魔物なのか?)  この話しを聞くと、王と裁判官は二人で何か話していたが、話しがまとまったようで、 「わかりました、ではこれからビル、ランス、トランス三人の判決を言い渡します。陪審員、有罪なら右、無罪なら左へ行ってください」  そういうと、この裁判を聞いていた陪審員である兵士達は皆、右へと集まった。 「では判決を言い渡す。ビル、ランス、トランスの三名は有罪! これよりブラド監獄で十年間の労働を課す!」 「そっそんな!」 「こんなの裁判じゃないよ!」  ビルとトランスは言ったが聞いてもらえず、兵士に押さえられ城の外まで出された。 「せめて親方には話しをさせてください」  トランスがそういうと兵士の一人が少し考えた後、 「では使いを出そう。二時間の猶予を与えるからそのあいだにくれば話しくらいはいいだろう」  といってくれた。そして使いの者が現れ、少し兵士と話しをした後、村へ向かって馬を走らせて言った。三人はヒューチル城の門で待つことになった。  使いの兵士はまずビルの家につくと、ビルの親に説明を始めた。 「お宅に住んでいるビル君と友達のランス君、トランス君はこの村を襲った暴れ牛を退治してくれました。その勇気ある行為にぜひ王様が直々に礼がしたいと言っておられます。そこで三人はヒューチル城へ招待しております」 「そうですか……うちのビルが……光栄ですわ」  ビルの母はそう言い、すっかり信じきってしまった。 「では、私はあと二人の家にも伝えなくてはなりませんので、これで失礼いたします」 兵士は素早く馬に乗るとランスの家に向かった。ランスの家でも同じようなことを言い、 「ランス君は重傷でしたが、死んではいませんでしたよ。あの怪我は城の僧侶達が治療してくれるでしょう、安心してください」 とランスの両親に言い、トランスの住んでいるドナー牧場へと向かった。 「ちっ、なんでこんな村外れに牧場があるんだ。ドナー牧場の人間はとんだ物好きだな」 村から二十キロあまりも離れている牧場へいく途中、兵士はつぶやき、牧場へついた兵士は家をノックした。するとウォルス親方のおかみさんがあらわれた。 「うちの主人は今、別の村へ出かけていますわ」  兵士はしかたなく女に事情を話すとヒューチル城へと戻った。  城では一時間余りがたっており、トランス達は半ば諦めかけていると、不意に周りの兵士達が倒れ出した。 「なっなんだ?」  ビルがおそるおそる兵士に近づくと兵士達はグーグーと居眠りを始めていた。 「よっ、トランス!」  後ろから声をかけられ、びっくりしたトランスが振り向くと、そこにはなんと親方がいた。 「親方! 来れたんですね! 使いにいった兵士は?」  トランスが不思議そうに聞くと、親方は、 「使いの兵士なんて会っておらんよ、おまえ達が連れていかれる時に怪しいと思い、密かに尾行してきたんだ。何かおかしい気がしたからな。……おまえ達もしかしてブラド監獄へ連れていかれることになっていたんじゃないのか?」 「どっどうして知っているの?」  トランスがびっくりして尋ねると、 「……昔、俺の仲間が捕まったことがあるんだ。仲間達はヒューチル王に歓迎されたといってヒューチル城に行ってしまったが、何か怪しかったんで密かに尾行していったんだ。今回のようにな。そうしたらおまえ達のように連れていかれる所だったんだ。その時俺は何も持っていなかったんでそのまま兵士達にやられ、気絶してしまったんだ。気がつくとどこかの草原に倒れていた。何とか自分の家に帰ると家が燃えていた。周りの人に聞くと、暖炉から火が回っていったと言っていたが、家族を失い、仲間も失った俺はヒューチル城の奴らがやったんだと思い、妻と二人で牧場を経営しながら体を鍛え始めたんだ。その時に残った仲間が俺と妻。それにトランス、お前の親父さんだったんだ」  親方の話しを聞いて、トランスはいままで知らなかったたくさんのことに頭がいっぱいになりながら、じっと親方の話しを聞いていた。 「馬車の中に剣があっただろう? あれは〈エビルスレイヤー〉といって、魔物が現れると光を発する剣なんだ。昨日お前が村へ行くとき、微かに光っていたんで用心の為に忍ばせておいたんだ。やはり俺の予想通り、ヒューチル城の奴らと魔物には関係があったんだ」 「おしゃべりはそこまでだウォルス君」  突然の声にトランス達は門の方を見ると黒いマントに身を包んだ男が立っている。 「ウォルス君、また君に会えるとはな。しかも君はトランス君の親方だとはな」  (親方はこの男を知っている?)トランスは二人の会話に目がはなせなかった。 「ギルディ、きさまか、俺の仲間達を返せ!」 ウォルスが叫ぶと、 「ふっ、まだそんなことにこだわっていたのか。どうしようもないやつだ。あいつらはとっくにブラド監獄で死んじまったよ。脱獄しようとしてな。残念だったな」 マントの男はそう挑発するように話すと、ウォルスは腰に付けていた鞘から剣を抜きギルディに切りかかった。 「仲間達のカタキめ! 今とってやる!」  ギルディはふっと消えるとウォルスの後ろに現れ、 「ほう? 剣術を身につけたのか。しかしその程度では私には勝てんぞ。何故お前は捕まらなかったのかわからないのか? おまえの仲間達には魔力が備わっていたからだ。魔法を使えるような人間共は我々魔族と戦おうとしていたからな。少しずつ捕まえ、始末していたということだ。おまえなど眼中にもないわ」  親方は振り向きざまに剣を横になぎ払った。がギルディはまた姿を消し、剣はかすりもしなかった。 「ああ、それは知っていたさ、俺には魔法を使う力がないことはな。だから剣術を始めたんだ。俺には俺の戦い方がある! くらえ、必殺剣隼斬り!」  一瞬の閃光がギルディに襲いかかった。ギルディは避ける間もなくウォルスの剣を食らった。マントが切れ、腕から青い血が流れている。 「ほう、なかなかやるな。だがもう飽きた、死にたまえ!」  空中に姿を現したギルディはウォルスに手を向けると手から、火炎を発した。 「ぐわぁ!」  ウォルスは炎に包まれ、もがいている。 「ははははは! 燃え尽きろ!」  いっそう炎が強くなるとウォルスは地面に倒れ込んだ。 「親方ーーーー!」  トランスは親方を助けようとして走ろうとすると急に体が金縛りに会ったように動けなくなった。 「じゃまはさせんぞ、ウォルスは今日死ぬのだ!」  ギルディはトランスに金縛りの術をかけると、ウォルスの方を向いた。するとウォルスの体を包んでいた炎は消えていた。ウォルスの体の周りを冷たい風が包んでいる。 「ばっ、ばかな」  ギルディは叫んだ。冷気を発しているのはビルだった。 「俺は魔法が使えるんだ。気がつかないうちからな。昨日市場で手品のような簡単な魔法を見せてやったらマントの男、あんたに声をかけられたんだ。俺のせいでみんなが!」  ビルは話し終わるとウォルスの体の炎が消えるのを見てから空中にいるギルディを睨んだ。 「くらえ、ギルディ! ブリザード!」  ビルの手から吹雪が現れ、ギルディに襲いかかる。 「むっなかなかやるな。だが私は倒せんぞ。くらえ!」  ギルディは掌から炎を発した。空中で炎と吹雪がぶつかりあい、ビルの吹雪が押されてきた。 「くそっ、まだまだこれからだ!」  ビルがそういうと不意にビルは前に倒れ込んだ。後ろにはランスが手に針を持って立っている。 「これでビルは動けません。ギルディ様早くそのウォルスを殺してください」  トランスは金縛りで動けず、こえもだせなかったが、(親方! 早く逃げて!)と心の中で念じた。するとトランスの心の声はウォルスの頭の中に響いてきた。 「! やはり、トランスには不思議な力が備わっていたんだな。だから小さい頃から魔物に襲われていたんだ。お前だけは俺の仲間達のような運命だけは背負わせたくなかったから、ただの牛飼いとしてカモフラージュして育ててきたんだがな……トランス、俺はもうだめだ。動けないんだ。ブラド監獄へ連れて行かれても死ぬんじゃないぞ、生きるんだ! ……ギルディ、貴様だけは俺が道連れにしてやる。一緒に地獄へ行くんだな……。いけ! エビルスレイヤー! 秘められた力を開放しろ!」  そう叫ぶとウォルスはギルディに向かって剣を投げつけた。剣は空中で光を放ちギルディに襲いかかった。 「くっ、こんなもの!」  ギルディが手をかざし、剣に向かって魔法を放とうとすると、エビルスレイヤーは大爆発を起こした。 「……トランス、助けられなくてすまなかったな。……お前は死ぬなよ……」  ウォルスはトランスにそういうと、体中の力を使いきったかのように倒れた。 「親方ーーーー!」  トランスはウォルスに駆け寄ろうとしたが、まだ体は動かなかった。  (まっまさか!)  空中を見ると爆炎の中にはギルディの姿は見えなかった。 「まさか、私にこれだけの傷を負わせるとはな。しかしそいつももう死んだ。さあ兵士ども、こいつらを連れて行け!」  ギルディは地面に膝をついていた。トランスはこれほどの悔しさ、悲しさを味わったのは初めてだった(ギルディ、お前はいつかかならず僕が倒してやる!)。  トランスはそう心に誓い、ビルに近寄った。ビルはまだ麻痺が治っていなかった。ビルに肩をかし、親方に近づいたが、親方は息をしていなかった。すると城の中から新たな兵士達が現れビルとトランスを馬車に乗せた。その後にランスが自分で馬車に入ってきた。三人の中で話しができるのはトランスとランスだったが、トランスはランスに話しかけることはしなかった(ランス……お前は魔物に操られているのか? それとも魔物がすり変わっているのか?)トランスはそう思い、ブラド監獄行きの揺れる馬車の中、ランスから注意を反らすことはしなかった。(親方、もし本当に親方の言ったように僕に魔法の力があるんだったらそれでギルディを倒してみせます……)。 「さあブラド監獄についたぞ。お前ら降りろ!」  兵士の声で目が覚め、眠っていたことに気づいたトランスはとっさにランスを見たが、ランスも眠っていて、自分達は何もされていなかった。 (ランスは何をしようとしているんだ?)  トランスはそう思いながら、ビルを起こすと馬車の外へ出た。  そこには巨大な壁がそびえていた。

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