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ryogan_04

    

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   旅眼百貨店

   No.4

   ネズミーランド



 まもなく一週間を無事に終えようという金曜の夕方。私は店の看板をしまい、入り口に鍵をかけていた。いつも通りの客足の少なさで、閉店作業を行っている最中に客が入り込んでくるということもない。
 その日吉吉さんは有須と走也を連れて仕事に出かけていた。夜もだいぶ遅くなっていたが、連絡もなく、帰ってくる気配もない。夕食の支度をしておくように、といわれていたのだが、せっかくの用意した食事も無駄になってしまいそうだ。
 今日はもう休んでしまおう。二十四時を回り、そろそろ睡魔にも襲われてきた私は、食事の残り物にラップをかけ、温めて食べるようメモを残すと帰り支度を始めた。

 土曜日。
 私は惰眠をむさぼっていた。旅眼百貨店は一時開店の為、ゆっくりとしていられるのだ。

 ピピピピピピピピ……

 夢うつつの中、わたしの耳に聞こえてくる電子音。
 ――目覚まし時計はかけていないはずだけど。
「あっ」
 あわてて飛び起きると、電話のある台所に向かった。
「あー、セージ君かね」
「店長ですか。おはようございます」
 眼鏡をかけると壁時計に目をやる。まだ八時になったばかりだ。
「あー、悪いんじゃがこれからすぐ店に来てもらえんかね」
「え、これからですか? 何か問題でも?」
 私は考えを巡らせた。月に一度の大掃除でもないし、朝食、昼食を用意する日でもない。二人のチビがいるから雑用を頼むと言うことも考えられないだろう。
 ――吉吉さん、またよからぬことでも企んでないか?
「セージ君、別にワシはよからぬことなど企んでないぞ。ちょっとした良い話があるんじゃ」
 心の中を読まれたようで私は焦った。
 それから一言二言会話を交わすと電話を切る。手早く着替えを済ませた私は途中の自販機で缶コーヒーを買い、目を覚まさせつつ足を進めた。



〝旅眼百貨店‐準備中〟
 看板がかかっている。まだ吉吉さんも有須と走也も店の準備をしていないようだ。従業員用の出入り口へ回り、鍵を開ける。
 店内は静かだったが、人の歩いている音が聞こえる。そちらへ向かうと、吉吉さんがお茶を用意している所だった。吉吉さんは私に気付くと目を向けた。
「おお、セージ君早かったな。まあ、お茶でも飲みながら話そう」
「おはようございます。それでは」
 荷物を適当な場所に置くと、私は吉吉さんと向かい合わせで応接室の椅子に腰掛けた。
「話というのはじゃな。今日はセージ君に休暇をと思ったのじゃ」
 吉吉さんはそう言い一つの封筒をテーブルに差し出す。促されるまま手に取り、中身を確認する。

〝ネズミーランド 二名様フリーパスチケット〟

 封筒には最近人気のテーマパークの券が入っていた。顔を上げると、吉吉さんは笑みを浮かべている。
「セージ君に行ってもらいたいんじゃよ」
「私に? でもペアチケットって、友達もいないし……」
 あんみつ屋の店員が頭に浮かぶがそれを振り払う。吉吉さんは目を大きくすると話を続けた。
「いや、これはな。昨日買い物であの二人が福引で当てたんじゃよ。じゃから、あの二人のフリーパスということになる。セージ君には二人の保護者として同伴して欲しいんじゃ。セージ君の分のお金と三人分の交通費、食費も出そう。それで、急で悪いんじゃが都合がなかなかとれなくてのう。今日くらいしか予定が空いておらんのじゃ。明日も、来週も再来週もスケジュールが埋まっておる」
「急ですね。……まあ、今日は午後からここに来る予定でしたから、それが外出ということになっても構いませんけど。あの二人はどうなんですか?」
「昨日その券を当ててから興奮しておるよ。再来週以降に伸ばすというのは我慢できないような顔つきじゃった。それで、頼まれてくれるか? 今日はワシ一人で店番をしてるつもりじゃ」
「でしたら店長が行ってもいいのに……」
 そう言うと自分でも妙に納得できた。そう、吉吉さんこそ、テーマパークのような場所には行ったことが無いだろうからいい気分転換になるのではないか? しかし吉吉さんは首を横に振った。
「まあ興味がないとは言えないが、やっぱり偽物というのが分かっているとあまり楽しめないと思うんじゃよ。財宝の島、モンスターの巣くう洞窟、幽霊城……。様々なものを見てきたワシにはの」
 妙に説得力のあるセリフだ。確かにクリスタルや聖杯の話を聞いたり、この間の〈強運のカード〉、〈ルーンロッド〉のようなマジックアイテムを見せてもらった後では、作り物のファンタジーなどかすんでしまう。
「……分かりました。それではお言葉に甘えさせてもらって午後は休暇を頂きます」
「うむ。頼むよ。では二人を起こしてこよう。すぐに飛び起きてくると思うぞ。そうじゃな、十時には出る予定でいてくれんかの」
 時計を見ると、九時ちょっとを回った時間だ。私は頷くと、荷物の確認を始めた。

 二人はほどなく起き出し、吉吉さんの言葉に文字通り飛び上がるように喜んでいた。私を見つけると、走也は体当たりを仕掛けてくる。有須は一歩離れたところで嬉しそうに微笑んでいる。
「やっぱり星司は聞き分けのある奴だな! 今日はよろしく頼むぜ!」
「よろしくお願いします星司さん。ほら走也、早く準備をしなさい」
 目覚めた直後からハイテンションの二人に圧倒されると、今日一日振り回されるだろうと予感し早くも疲れ始めていた。



 電車で三十分。郊外まで電車で揺られると、私達三人はテーマパーク〈ネズミーランド〉のゲートをくぐった。
 入園早々、途端にネズミやらブタやらキンギョやらのヌイグルミをかぶった連中が現れ、有須と走也に目を付ける。
「おい、あいつらと写真をとりたいんだけど」
「星司さん、有須からもお願いしますわ」
 二人が駆け出すと、私は首からかけていたデジタルカメラを手に取り、ファインダー内に捉える。一回、二回とシャッターを押すと、走也は調子に乗ってネズミーに足払いを放っていた。いいタイミングでシャッターが押される。
 写った写真をみるとそれらの写真は綺麗に保存されていた。
 勝ち誇った表情の走也と、困った顔をして脇腹を小突いている有須が戻ってくる。
「ばっちり撮ってくれたか? どうだ、オレは世界のネズミーを倒したぞ!」
「走也……ほんとに子供ね……気苦労が絶えないわ」
 大げさにため息をつく有須。
 ネズミーはブタとキンギョに起こされると、笑顔を絶やさない(表情が変わるわけはないのだが)で近づいてくる。警戒する走也をよそに、ネズミーは私の前で右手を差し出した。
 ――友好の握手だろうか?
 うろたえながらも握手を返すと、ものすごい勢いでふりほどかれる。そして、ネズミーは横を向くと、キンギョのエラの部分に左手を突っ込み、もぞもぞと探っている。
 ――シュールでグロテスクだ。
 人間大のネズミとキンギョのその姿に嫌悪感を覚えてしまう。有須と走也は何がいいんだか、それを楽しそうに見つめている。
 突然突き出された一枚の紙に私は一歩後ずさり、じっくりと文言を読んだ。頃合いを見て、相槌を打っていたネズミーが喋りだす。
「ハハハッハー! 写真は一枚五百円だよ! お兄さんよろしくね!」
「お金はネズミーじゃなく、ボクのエラに入れてね!」
「えっ? ちょっと高くないかな……わ、分かったよ、払いますよ」
 断るか値切ろうかというのが頭に浮かんだが、無言のプレッシャーを与えてくる二匹のケモノに圧倒され、金を支払う。二匹は軽快なステップを踏んで、次の金づるを捕まえに消えていった。
「……あんなのが子供の人気者なのか」
 すでに興味は園内のアトラクションに移っている二人に手を引っ張られ、私はよろけながら一緒に走り出した。
 体感アトラクションは年齢制限があるものも多い。小学二年生の二人の場合、拒否されてしまうものもあったが、この日の二人は年齢を偽り、シークレットシューズ、背伸びなどでごまかしていた。
「フリーパスポートなんですから、使わなきゃ損ですわ」
「疲れてるんだったら星司は休んでな! 俺達だけで回るから」
 無尽蔵な体力を見せ付ける二人を見ながら、私はベンチで休んでいた。
 地図に目を通し、アトラクションを確認する。二人は大分乗ったようだが、まだまだ園内は広く、見てまわる場所が多い。ジェットコースターから降りてきた二人は、すぐに私の手を引き次の場所へ駆け出した。
 ある程度の場所を回り、早めの昼食を取る。弁当を作ってきてもよかったのだが、せっかくの雰囲気を味わうということで園内のレストランに入る。
 席に座ると、有須と走也は荷物を置いてすぐに駆け出していった。
「ちょっと二人とも! まだメニューを頼んでないよ!」
 二人はお土産コーナーで足を止めると、そこにある玩具に目を奪われていた。私から見れば、ごく普通のデパートでも見られるようなものばかりなのだが、二人にはそうは写っていないようだ。
「……楽しそうですね。はい、メニューをどうぞ」
 背後から声をかけられ、私は二人から後ろへ視線を移した。一人のウェイトレスが人数分のメニューを差し出している。
「あ、どうもありがとうございます」
「メニューが決まりましたらお呼び下さい」
 三つの水をテーブルに置くとウェイトレスはそこを立ち去った。
 二人を呼び寄せ、席に座らせる。メニューを開き、内容を確認する。ハンバーグやステーキのような洋風のものから、うどん、そば、丼系の和風まで様々だ。値段は割高だが、今日は持ち合わせがある。食後のデザートまでを注文すると、大人しく水を飲んでメニューが並ぶのを待った。
 レストランに新しい客が入ってきた。男女五、六人の団体は店内に入るなり大声を上げ、何人かの客の注目を浴びている。
「よっしゃ、お前ら今日は俺のおごりだ! 何でも食ってくれよ!」
「さすが岡津ね。惚れ直しちゃう」
「岡津さん、ご馳走になります」
「おら、店員はまだか! ったく、岡津さんを待たすなんてひどい店ですよね」
 しばらくして、先ほどのウェイトレスが小走りで入り口に向かったのが見えた。丁寧にお辞儀をし、人数を確認するとテーブルを見渡している。
「席は喫煙と禁煙がございますが、どちらにいたしましょうか?」
「喫煙に決まってるだろうが! 俺達がガキにでも見えんのか?」
「は、はいすいません……。ではこちらにどうぞ」
 ウェイトレスの小さい声に、リーダーらしい男が怒鳴っているのが見える。
 ひどい客だ……。さっさと食べて店を出た方が良さそうだな……。私はその客達がこちらに向かってくると、因縁をつけられないように視線を合わさないでいた。この手の連中はなんだかんだと理由をつけて大声をあげ、自分が強いと言うことをアピールしたいものなのだ。
 有須と走也は体を捻って背中側の様子を伺っていた。男三人、女二人の客は、ウェイトレスに続いてこちら側に向かってきている。
「うるさい奴らだなあ。周りに迷惑かけてるってのが分からないのかなあ」
 走也が呟いている。有須はただ黙って嫌悪感を顔に表しながら問題の集団を睨んでいる。
「大将、ガキ共がなんか睨んでますぜ」
「ん? 俺はガキは嫌いだ」
 立場からいって子分に見える男が、有須と走也の姿を見ると告げ口した。リーダーの男は二人を睨みつけてきた。
「なんだその目は? 坊ちゃんに嬢ちゃん、大人しくメシを食うんだな」
 リーダーの男につられて仲間の二人の男も睨みつける。化粧の濃い二人の女は、汚らわしいものを見るような目つきで二人を見下していた。
「ちょっと、止めてもらえませんか? この二人は何も悪いことはしてませんよ」
 私はかちんと来ると静かに口にした。
 すぐに五人の視線が私に集中する。
 ――視線が痛い。
 体に感じるような痛い視線に私はじっと耐えていた。子分の男が近づくと、私の横に立った。
「何だって? お前、岡津さんに指図するつもりか?」
「……そんなつもりはないです。ただ、公共の場だということ、相手はまだ小さな子供だということを知ってほしかったんです。二人とも怯えているじゃないですか」
 私が言うと、有須と走也がこちらに顔を向けた。
「星司? 俺は怯えてないぜ」
「星司さん、私もですわ。この方達に少々腹が立っているだけです」
 二人が口にするが、私は話を続けようとするのを阻止した。
「……まあいい。俺は寛容だからな。一般市民の楽しみを壊すつもりなんてない。おうお前ら! このガキ共にケンカなんてふっかけるなよ!」
「は、はい!」
「わ、分かりました!」
 二人の男は体を緊張させて返事をする。その間じっと待っていたウェイトレスに気付くと、集団は再び歩き出して店の奥の一番広いテーブルに向かった。
「何あの子……ずっと睨みつけてきちゃって可愛くないわね」
 去り様に女が口にすると、有須は顔を背けていた。
「あんな大人にはなりたくありませんわ……」



 楽しくなるはずの昼食は、時間もそこそこに切り上げ店を出た。因縁をつけられることはなかったが、終始あの集団の大声を聞かされうんざりしてしまったからだ。
 店を出ると、有須と走也が同時に私を見上げてくる。
「何であの時『二人とも怯えている』なんて嘘を言ったんだよ?」
「そうですわ。有須ががつんと言ってやりましたのに」
「そうだね。だけどあの手の連中は、相手の意見が正しかろうが間違っていようが関係ないんだよ。相手がいればののしり、そのまま武力行使に転じることもある」
 二人の肩に手を起き、歩き始める。
「有須と走也を本気にさせたら彼等全員病院送りだよ。そこまでするのも可哀想かと思ってね」
 私の言葉に二人は目を大きく開いた。
「ま、まあな。俺はケンカ百段だし、有須も合気道の使い手だし」
「……そうですわね。有須達があの方達と同じ土俵で怒鳴りあうなんてことを避けられてよかったですわ」
 何とか二人を納得させる。
 午後は私もアトラクションに参加するか。胸の中のもやもやが気持ち悪い。ジェットコースターなどの絶叫マシンと呼ばれるものは苦手なのだが、今の私にはいい気分転換になりそうだ。
「今度は私も乗るよ。ちょうど昼の時間帯で空いてるだろうし、新アトラクションの〈レイジングスプラッター〉に行こうか」
 有須と走也が最も注目していたもの。新聞やテレビでも宣伝していた新しいアトラクションの場所へ、私達三人は走り出していた。



〝レイジングスプラッターの最後列はここになります。現在の待ち時間――一時間〟

 早めに食事を取り、十二時少し過ぎにここへ辿り着いたのだが、すでにそこには長蛇の列が待ち構えていた。有須と走也は頬を膨らませて文句を言っている。
「まあ二人とも我慢しないと。……まだこのアトラクションが公開されて一ヶ月くらいしか経ってないんだし、混むのは仕方ないよ」
 日も高くなり、日差しも厳しい。二人は途中、店で買ったネズミの〝ネズミーマウス〟、キンギョの〝ビンキー〟の帽子を被った。私は機嫌をとるためにジュースを買って来るといい、二人に並んでいるように言った。
「星司! せっかく買ったんだからお前もブタの〝ブタサン〟の帽子を被れよな!」
 有須と走也には似合っているキャラクターの帽子。
 私は似合うはずがないブタの帽子を持ち上げると旗のように二人に振ってその場を離れた。――冗談じゃない。こんな大勢の中でブタの帽子を被るなんて、恥ずかしいこと出来るわけないじゃないか。
 三種類のジュースを持ち帰り、列に加わった。待っていた二人にジュースを選ばせ、私は残ったものを飲み、ゆっくりと列が進んでいくのを見ていた。親子連れ、友達の集まり、カップル……。

 普通の光景、一般的な人達。しかし、どれも自分には縁のない世界だ。生みの親の顔も知らないし、育ての親は最悪だった。学校生活でも孤立していたので同年代の知人もいない。待ち時間が長くしばらく会話が途絶えると、私はそのような考えが浮かんだ後に有須と走也に目をやった。
「何だよ星司。俺の顔に何かついてるか?」
「どうかしましたか? トイレなら大丈夫ですわ」
 いろいろと問題はあるが、今は順調にやっている。吉吉さんのおかげで仕事はしていられるし、この二人ともうまくいっている、と思う。
「……なんでもないよ」
 そして間もなく私達に順番が巡ってきた。
 レイジングスプラッターはトロッコに似せたコースターで山の中を駆け巡るアトラクションだ。途中、これは年齢制限が必要なのではないかと思うほどの精巧なゾンビや殺人鬼風の人形が現れる。確かにスプラッターはスプラッターだが、これを二人に見せてもよかったのだろうか? 左右に座る二人を横目で見ると、目を輝かせてアトラクションを堪能していた。さすが、偉大な冒険者・吉吉さんの養子なだけはある。本物相手にも渡り合えそうな二人だ。作り物などなんともないのだろう。
 私自身も、このアトラクションは楽しむことが出来た。見るべきものが多く速度はそれなりに落としているために、絶叫というほどの動きはない。
 アトラクションが終了し、トロッコから嬉しそうに飛び降りる二人。私は多少足元をふらつかせながら後に続き、出口へ向かった。
 最後に、私達三人は参加賞として、金の首飾りのレプリカをもらった。どうやら、このアトラクションに参加して財宝を手に入れたという設定らしい。
「すごい! ほら、見てくれよ、通し番号があるぜ! 俺のは、九九九一一番だ」
「えっ? 有須は……九九九一二番ですわ」
 私はその番号が気になり、パンフレットを確認する。『レイジングスプラッター 先着十万名に特別プレゼント有り』と書かれている。
「私達は運がよかったみたいだね」
 九九九一三と刻印された首飾りを握り締めると、再び日差しの強い表に出る。
「何だよ星司。変な顔で笑ってら」
 走也に指摘されると、私ははっとして頬に触れた。確かに表情が緩んでいたかもしれない。仕事柄、客相手には笑みを浮かべることもあるが、日常で笑う必要はない。故郷を出てからもずっと難しい顔を続けていたが、吉吉さんはそれを見て今回のイベントを考えたというのも考えられないだろうか。はじめは有須と走也のお守りの為と思っていたが、案外そういう目的もあったかもしれない。
「確かに、変な顔だな……。こんな顔したことないからな。さあ二人とも行こうか」
 大方のアトラクションは回った。後はメリーゴーラウンドとか、観覧車とか静かなものばかりだ。ゆっくりと過ごそう。行列を後にすると私達は次の場所へ向かうことにした。



「おい! たった数人くらい割り込ませてくれてもいいだろうが! お前はそんなに心が狭いのか?」
 大きな怒鳴り声が聞こえる。先ほどのアトラクションの行列で揉め事が起きているようだ。
 その聞いたことのある声に、私は嫌な予感がした。そちらを見てみると、やはりあのレストランで因縁をつけてきた集団だ。
 リーダーの男は待ち時間二時間という案内に怒り、姑息にも列に割り込もうとしていたのだ。仲間の男二人も一緒になって凄み、二人の女はにやにやと応援している。
「君達失礼だぞ。大勢の人が我慢して並んでいるんだ。君達のわがままで大勢に迷惑をかけることがわからんのか?」
 家族連れの父親が、胸元をつかまれながらも反論する。リーダーの男は殴りかかろうと拳を振り上げていたが、仲間の二人に暴力はいけないと遮られていた。
「ち、聞き分けのないおっさんが! 気分が悪くなっちまったよ」
 捨て台詞を吐き、突き飛ばすだけにするとその場を立ち去る。列周辺の人はほっと胸をなでおろし、倒れている男に声をかけ、助け起こしていた。
 しかしリーダーの男はそれで引き下がりはしなかった。列の別の場所に向かうと、再び割り込もうと因縁をつけ始めていたのだ。
「全く……懲りない奴らだな」
 私は呟き、二人に同意を求めた。

 付近に二人の姿は見えなかった。

 ――あ。
 気付いた時には、有須と走也はその五人の前に立ち、見上げるようにして睨んでいた。
「あんた達さあ、いい加減迷惑かけるのやめなよ」
「ここはあなた達だけの場所じゃありませんわ。お引取り願えますか」
「……走也! 有須!」
 私はすぐに追いつき、二人の手を引こうとした。しかし二人は動こうとはしない。この五人に本当に腹を立てているのだ。……私と同じように。
「またあの時のガキか……。おい、痛い目に合いたくなかったらさっさと母ちゃん父ちゃんのところに帰るんだな」
 一人の男が言うと、女達がにやにやと笑う。
「結構。俺達の両親はいないから心配してくれなくていいよ」
 走也が言い返す。男は一瞬戸惑うと、女達に目を向ける。
「あら、それは悪いこと言っちゃったね。ごめんね坊やとお嬢ちゃん。じゃ、さっさとおうちへ帰んな」
 女が言うと、四人は大笑いをした。
「……そこまでにしてもらおうかな。あなた達、警備員に連絡しますよ」
 私ははっきりと言うと、リーダーの男、二人の男、二人の女をそれぞれ睨みつけていった。ここではおおごとにはならないと確信があった。行列でこちらのやり取りを見ている全員が証人になる。暴行を受ければ加害者、被害者はどちらだというのは火を見るより明らかだ。しかし、リーダーの男は容赦なく拳を放っていた。
 一瞬、頭の中に星が散り、頬に重い衝撃が広がる。バランスを崩し、倒れ掛かったが何とかこらえると、頬の衝撃がずきずきとした痛みに変化していく。――殴られた?
「なんなんだお前らはよ! 俺の気分を害していいと思ってるのか? 俺の親父はなあ、市会議員で金と権力を持ってるんだ! このテーマパークの一部も、親父の献金で成り立ってるんだ! 文句を言いたいならさっさと出て行くんだな!」
「……うるさい」
 私の口から冷たい言葉が漏れた。親戚の家を出てきてから久しく口にしていなかった言葉が。
「親がなんだ? 仲間がなんだ? 自分の力でもないくせにその親の権力と金が一体何の力になるっていうんだ? それにお前達みたいなチャラチャラしたナカマモドキ……。今までお前達のような奴を何人も見てきたから分かる。その男と一緒にいるのは権力と金の為だけだろ? そんな薄っぺらいものでやっていけるほど人生は甘くない……!」
 口から一筋の血を流しながら、リーダーの男に一歩近づいた。額同士をぶつけ、鈍い音を立てるとそのまま睨みつける。
 リーダーの男は私のようなひ弱そうに見える人間がこのような行動を取ったことに驚き、一歩、二歩と退いていた。しかし、驚く二人の女を見ると我に返ったように叫び声を上げた。
「お前ら! こいつを許すな! 市会議員の息子に手を挙げた奴をぶちのめすんだ!」
「は、はい! わかりました!」
 二人の男はリーダーの怒号に怯えながら私の両手を掴んで身動きを封じていた。周囲の人間がざわめき、私達を避けるように離れる。
 男が急にしゃがみ、手を離すと後ろに吹き飛んでいた。
 もう一人の男は宙を回転しながら私の後ろに落ちていった。

 有須と走也が私の両脇に仁王立ちになっている。

「いい加減頭にきたぜ。だけどこいつらみたいにぎゃあぎゃあ騒ぎはしない」
「星司さん、走也の言う通りですわ。――あなた達って本当に醜いですわね」
「お、お前ら! あれだ、スタンガンあっただろう? あれを使え!」
 リーダーの男は女に命令した。女達は驚愕したが、すぐにバッグに手を入れると手の平サイズの携帯電話のようなもの――スタンガンを持った。
 リーダーの男はようやく安堵のため息をつくと、両拳をボキボキと鳴らしながら私を睨んでくる。
「ちょっと痛いけど恨まないでよね。あんたらが悪いんだから」
 二人の女は八才の子供二人にスタンガンを向けて近づいてきた。周囲から止めろとかかわいそうとか声が聞こえるが、女の動きは止まらない。
 リーダーの男は満足そうにそれを見ると、再び私自身に拳を振るってきた。
 私はそれを冷静に見つめていた。――やっぱり油断している。動きに無駄があるし、初めの一撃を難なく命中させたというおごりが見える。
 ずきずきと痛む頬の同じ場所に拳が近づくと、私は前方に倒れるようにして避け、地面を強く踏んで一気に相手に近づく。相手の腕が伸びきり、元の姿勢に戻る隙を与えずにみぞおちに掌底を放った。拳を握るのは、今のような怒りに身を任せた状態でも怖かった。掌なら相手を傷つけることもないし、自分の腕を痛めることもない。
 私の攻撃は予想以上に効いていたようだ。カウンター気味によほどうまい具合に急所に入ったのか、リーダーの男は倒れたまま立ち上がらない。
「お、やるじゃん星司も」
 走也が驚きの声を上げる。有須と走也は、二人の女からスタンガンを簡単に取り上げていた。女はそれぞれ痛そうに手首を支えながら逃げ去っていった。
 怪我のない二人を見ると私はほっとした。二人はにこりと笑うと、すぐにリーダーの男を睨みつけていた。
「絶対に許さない。親父に言ってお前を捕まえてやる!」
「まだやるの? いい加減自分が悪いって気付けよ。こいつが怒るなんて相当なことなんだぜ」
 走也が私に目を向けるとそう口にする。
「報告したいのなら報告なさっても構いませんけど。〝二人の小学二年生にボコボコにされた〟って」
 有須が不敵な笑みを浮かべる。走也はそれを見ると納得した様に頷いた。
 地面を蹴り、弾丸の様な速さで背後を取った走也が、リーダーの男の背中に肘打ちをめり込ませた。息が出来なくなった男の小指を、有須が優しく握った。
「……?」
 男の視界がぐるりと回り、気付いた時には空を見上げていた。背中全体に痛みが広がり、焼けるような暑さが皮膚を襲う。
「まだ、空を飛んでみたいですか?」
 有須が顔を覗きこみ、にこっと微笑んだ。リーダーの男は眉間に皺を寄せて飛び上がった。有須は仕方ないようにため息を着くと、相手に構える隙を与えずに再び小指を掴み、空中回転させて地面に叩きつけた。
「も、もう止めてくれ……」
 数回の空中回転で背中を叩きつけられた後、リーダーの男はようやく降参した。子供を相手にし、自分は権力を持っているというプライドから、根を上げることがなかなか出来なかった。
「じゃあ、謝ってもらおうか。ここにいる人達と俺達三人に」
 走也がそういって無理やりに立ち上がらせる。痛みに顔をしかめていたが、男は何とか自分の足で立ち、周りに目を向ける。仲間の男も女もいつの間にかいなくなっていた。
「……悪かった。もうこんなことはしない。お前達のことも報告はしない」
「……だってさ。どうする?」
 走也が私に目を向けた。私は男を睨み付けた。
「分かったよ。口先だけかもしれないけど、今度のことは懲りただろう」
 二人と一緒にその場を離れる。途中、何人かのギャラリーが声をかけてきたが全て無視し、自分の足で医務室を探した。
 医務室ではいろいろと聞かれたが、有須と走也がうまく話をごまかしてくれた。頬に大きな湿布とばんそうこうをつけてもらうと、あまりに目立って恥ずかしかった。



 帰路の途中、有須と走也は私の手を握って電車に揺られていた。
「それにしても星司があれだけ怒る奴だって知らなかった。でも俺よりは弱いけどな……」
「星司さんの考えは正しかったですわ。あの方達、本当に許せませんでしたもの……」
 二人は肯定してくれているが、握り締める手からは必死な何かを感じられた。

 ――親がなんだ? 仲間がなんだ? 自分の力でもないくせにその親の権力と金が一体何の力になるっていうんだ? それにお前達みたいなチャラチャラしたナカマモドキ……。今までお前達見たいのを何人も見てきたから分かる。その男と一緒にいるのは権力と金の為だけだろ? そんな薄っぺらいものでやっていけるほど人生は甘くない……!

 許せなかった相手に対してつい口から出てしまった言葉。それは自分のことでもあるし、二人に当てはまることでもあった。物心つかないうちに両親と別れたのは有須と走也も同じだ。二人は士口吉吉という理解者に出会って救われているが、髪の色も目の色も違う為、学校ではいまいち集団に解けこめないらしい。吉吉さんからその話を聞くたびに、私は二人を何とかしたいと思っていた。私のような人生は歩んで欲しくない。
 静かに手を握り返すと、二人は一日中動き回って疲れたのか、静かに寝息を立て始めていた。いつもはうるさい二人だが、今はこの寄りかかってくる重みが心地よかった。

 ――ありがとう、有須、走也。まだまだ力不足だけど、いい友達になれる様にがんばるよ。だから、二人を友達と思ってもいいかな……。


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