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tlanszedan

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   選ばれた者達

   No.1

   災いの手を持つ少年、ゼダン 1/3



 その男、ゼダンは早くに家を飛び出し、それ以来ずっと一人で生きていた。両親とは喧嘩別れをしたようなもので、二度と家には帰るものかと決心は固かった。初めの頃は一人で不安な時もあったが、今ではスリや追い剥ぎなどでこの汚い町にたくましく生きている。
 ゼダンは今年で十五歳、何度も窃盗を重ねているが、今までに一度も警察に捕まったことはなかった。それは彼はただの泥棒ではなかったからだ。彼には特殊な力があった。右の手のひらをどんなモノにでも変形できるのだ。小さい時は人差し指だけが変形できたが、今では手のひらを自由に変形できた。ナイフ、拳銃、鍵などに変形させ、それを利用して生きるための食料や金を稼いでいた。



「小僧! 待ちやがれーい!」
「へっ、のろいぜ」
 ゼダンの手には大きな茶色の財布が握られていた。中年の男がハンバーガーを買おうとズボンのポケットから財布を出した時だった。その財布をひったくったのだ。素早く走り去ると、狭いくねくねとした道をすり抜け、汚い路地裏まで来ていた。
「けっ、小銭だけか……しけたおっさんだな」
 ゼダンは財布の中身を確かめると、十ドルほどしか入っていないのにがっかりした。
 まあいい。これでも一日は持つだろう。自分の財布に十ドルの金を移すと、茶色の財布を汚いごみ箱へ投げ捨てた。
 大通りに顔を出し、さっきのおっさんがいないことを確かめると、口笛を吹きながら道を歩き出した。しばらく歩き、〈オージー・フランク〉という店に入る。数ドルを出しフランクフルトを買うと、それにかじりつきながら店を出た。相変わらずまずいフランクフルトだ。ゼダンは心の中でそう思った。すると誰かが返事をするようにすぐに声を出した。

 ――まずいって知っているのなら食べなきゃいいのに。

 はっとして目の前を見ると、一人の肌の黒い小さな子供と目があった。相手はびっくりすると、慌てて人混みの中へと消えてしまった。ゼダンは考えていた。今のガキ、俺の心の中を読んだのか? そんな馬鹿な。しかしこの人込みの中では探し出すことなど無理だと考えると、残りのフランクフルトをほおばり、串を投げ捨てた。通りを歩く大人が、投げ捨てられた串を見るとゼダンに悪態をついたがそんなことは気にしなかった。
 腹ごしらえが終わり、しばらくするとゼダンは隠れ家へと向かった。

 がやがやとした町から三キロほど歩くと、半分幽霊屋敷のような家にたどり着いた。しっかりと内側から鍵がかかっている。ゼダンは周りに誰もいないのを確かめると、右手を鍵穴に当てた。するすると指が伸び、かちゃりと鍵を開けた。中へはいるとすぐにドアを閉めた。地下へ降りる階段をぎしぎしとさせながら歩き、ドアを開ける。太陽の光も差し込まない真っ暗な部屋だ。奥へ進み、もう使われていない本棚を前へずらす。そこには小さな箱があった。それを取り出すと、ポケットから小銭を取りだし箱に入れた。すぐに箱を戻し、本棚を元の位置にずらすと、一階へ上っていった。
 この家は二階建てだが、二階はほとんど使ってはいなかった。寝る時は怪しい者がこの隠れ家に来てもすぐに分かるように、一階にベッドをおいている。二階はさしずめ盗品置き場になっていた。
 他にやることがなくなると、ゼダンはベッドに横になった。色々なことを思い出す。自分のことを気味悪がっていた両親のこと。学校での冷たい生徒達。三年前に全てが嫌になり、家を飛び出した。電車やバスを利用して、家からはずいぶんと遠くへ来ていた。別に家へ帰りたいとか、後悔などはしていなかった。両親も、学校もこの気味の悪い右手を持つ子供がいなくなって喜んでいることだろう。
 この町へ来てからはずっとけちな泥棒ばかりをしていた。それは楽しかった。金や腕時計、ペンダントをとられた大人達のくやしそうな顔を見るのは楽しかった! 今まではみんなに気味悪がられていたこの右手はなんと利用価値があるのだろう! 実際、あらゆることに役に立っていた。満員電車に乗り込み、二メートルは離れた相手から財布をする。すられた本人は財布がないことに気がつくと、隣り合わせになっている相手と喧嘩を始める。全く気づかれることはなかった!
 いろいろなことを考えているうちにゼダンはいつのまにか眠っていた。
 夜中、ゼダンは腹が減って目が覚めた。ベッドから手を伸ばして引き出しを開ける。そしてクッキーの缶を手元に持ってくると、蓋を開けた。中には一枚しかクッキーは残っていなかった。しまった。今日はクッキーを買って来るんだった。なぜ忘れたんだろう? 最後のクッキーを口へ放り込むと、一日を思い出してみる。十ドルを手に入れ、フランクフルトを食べた。……その後に妙なガキにあったんだ! そいつに一瞬注意を奪われ、そのまま帰ってきてしまった。その後にクッキー缶を買うつもりだったのに。
「あのガキ……面白くなりそうだぜ」
 ゼダンは難しいと分かりながらも、昼間に出会った黒人の子供を探そうと思っていた。
 テレビもなく、本も読まないゼダンにとってはいつも何か刺激が欲しかった。泥棒をするのは確かにスリルはある。しかしそれは生活の一部となっていて、普通の人間で言えば仕事のようだった。喧嘩もしょっちゅうだったが、たいてい疲れるだけでなんにもならない。
 ゼダンはクッキーを買うだけの金を用意すると、夜の町を歩き出した。
 夜になると町の雰囲気は一変する。陽気だった昼間に比べ、ずっと犯罪の匂いがしてくるのだ。
 ゼダンは夜中もやっている食料屋へと入った。すぐにはクッキー缶を買わずに店員を見ながらうろうろする。スキを見てはチョコレートを半分食べ、元に戻す。あめ玉をポケットへつっこむ。そろそろ店員が怪しむかと思った所で、おもむろにクッキー缶を手に取った。そして何食わぬ顔でレジへと持っていった。
「おい、おまえ何をやっているんだ!」
 ゼダンはびっくりして逃げ出そうとした。しかし店員が怒鳴ったのはゼダンに対してではなかった。店の奥で堂々とパンの袋を破り、むさぼるようにパンを食べている男がいたのだ。
 店員はゼダンに少し待っていて下さい、と言うとパン食い男に近付いていった。
「お客さん、困りますよ! 金は持っているんでしょうね?」
 ゼダンはその様子を見ていた。店員は両手を腰に当て、見おろすように相手を覗いている。しかし様子が変わった。店員は突然震えだしたのだ。
「お、おまえは何なんだ? ひえっ、ば、化け物だ!」
 ゼダンは店員の悲鳴に驚いて、かがんでいる男に注意を向けた。相手は店員が近くまで来たのを確認するとゆっくりと立ち上がった。
 それは確かに化け物だった。背は二メートルを超えているだろう。爪は獣のように鋭く、目は赤い。そして最も恐ろしかったのは、口がないことだった。普通あるべきはずの鼻の下、顎の上にあるはずの位置には口はなかった。なんと口は胸に開いていた。シャツの中には不気味な口が、よだれを垂らしてシャツをぬらしている。
 店員は相手に背を向けて逃げようとした。しかし背中を捕まれていた。獣の爪が食い込んで血が吹き出した。悲鳴が店に響いた。胸に口がある男は店員を頭から食べ始めた。肉と骨の砕ける嫌な音がゼダンの耳を襲う。ゼダンは金縛りにあったように体が動かなくなっていた。逃げなければ。心の中ではそう思っていたが、どうしようもなかった。
 胸に口がある男は店員を全て食べつくしてしまうと、口から店員の着ていた服を吐き出した。
「ふう、うまかったぜ。……次はおまえだ」
 胸に口がある男は汚いげっぷをすると、そう言ってゼダンに近付いてきた。
 まだ動けなかった。胸に口がある男は動けないゼダンを見て、気味悪く笑いながら一歩一歩ゆっくりと近付いてきた。
 その臭い口の匂いが感じられるほど近くまで来ると、一人の女性の客が店に入ってきた。その女はすぐに店の異変に気がついて、胸に口がある男を見た。とたんに甲高い悲鳴が店を満たした。ゼダンはその声にようやく我に返ると、体が動くようになった。
 すぐに走り出した。女のことなど気にしなかった。少し離れて後ろを振り向くと胸に口がある男はまだ店にいるようだった。女の悲鳴はなくなっていた。……おそらく殺されたのだろう。するとその店から、胸に口がある男が現れた。口からさっきの女の服を吐き出している。
 ゼダンは、胸に口がある男に気づかれるのでは? と思いながらも走り出した。やはり胸に口がある男は追いかけてきているようだ。距離はかなり離れているが、確かに殺気が感じられた。
 何とか人のいる所へ出たかった。しかし夜中の町はにぎやかな所はない。うっかりいつものように路地裏を走っていた。まるで人の気配のしないような汚く狭い道を。冷たい汗をかきながら道を曲がるともろに何かにぶち当たった。それは数人のチンピラ達だった。
「おう、なんじゃいこのガキは?」
「俺達に喧嘩売ろうってのか?」
 チンピラ達はゼダンを取り囲んだ。こんな夜中にこいつらは何をしているんだと思ったが、すぐに助けを求めた。
「助けて下さい! そこの店で化け物にあって今、追われているんです!」
「ごまかそうとしたって駄目だぜ。まあ金をおいてきゃあ許してやるよ。百ドルだしな」
 ゼダンは右手を頭上に掲げると、鉄パイプに変形させた。チンピラ達がそれを見てひるむと、体当たりをしてそこから逃げ出した。すぐに化け物はやってきた。ゼダンは次々とチンピラに襲いかかる、胸に口がある男を見た。チンピラ達は何も抵抗できないまま食われていった。
 もう何も考えずに走っていた。家に戻ろうとも考えずに。すると、昼間フランクフルトを買った店の前を通り過ぎた。そこで再びあの声を耳にした。
「兄ちゃん、こっちへ!」
 その声はあの黒人の子供だった。ゼダンの状況を知っているのかのような緊迫した表情をしている。相手の正体も何も分からなかったが、胸に口がある男がすぐ後ろに迫っているのを思うと、頷いて子供の後を追った。
 その子供は、地面にしゃがみ込むと、マンホールの蓋を開け、先に入るように合図した。ゼダンはすぐに飛び込んだ。
 ゼダンが飛び込むと、すぐにその子供も続いて飛び込みマンホールの蓋を閉めた。胸に口がある男には気づかれなかった。
 マンホールの中は真っ暗だったが、しばらく歩くと、明かりが見えた。明かり? ゼダンはこんな所に明かりがあるのを不思議に思った。すると、黒人の少年はゼダンの服を引っ張りながら話した。
「ちゃんとついてきてよ。待っているんだから」
 そしてその黒人の少年の言うまま、ゼダンは薄暗い下水道を歩き続けた。
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