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erabare_20

    

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   選ばれた者達

   No.20

   日常と非日常の狭間で、マレスター 2/3



 身の入らないスケッチを午前中に切り上げたマレスターは、そのまま公園で昼寝をしていた。平和な町だがつい、人の立ち入らないような木々の茂っている場所で横になっている。それでもいつ敵に襲われるという緊張感の中で、眠りは浅かった。

 気配を感じる。かすかな葉のこすれる音。マレスターは飛び起きると、狙撃されないよう低い姿勢で茂みに目を凝らした。するとそこから一匹の犬が現れた。首輪をつけている。どうやら犬の散歩のようだと納得すると、軽く息を吐いた。
「ちょっと、待ってよ! ……あ、人がいる」
 犬はマレスターに向かって一声吠えたが、後は尻尾を振って近寄ってきた。マレスターは黙ったまま足元に近づいてくる犬を見下ろしている。思わず、一歩後ろに下がっていた。
「あ、ごめんなさいおじさん。お昼寝してたの?」
「いいよ。別にかまわないさ。可愛い犬だな、大事にしな」
「うん、じゃあね!」
 少年は綱を引っ張ると、その犬と一緒に走っていった。マレスターは嫌なことを思い出していた。
 子犬。
 その可愛らしい姿に騙されて死んでしまった仲間がいる。戦場で、隊の前にひょっこり現れた一匹の犬。よろよろとした姿を見た隊の一人が手を差し伸べると、その子犬は爆発したのだ。……敵の罠だった。地雷と同じで、罠を張っていたのだ。ある場所では子供の人形が地雷として使われている戦地もあると聞いたこともある。兵隊、一般市民も関係ない無差別な兵器だ。
 マレスターは先ほどの子犬に過去の爆弾として扱われた哀れな犬を重ね合わせていたのだ。この癖はもう一生消えることはないだろう。同士の中でも戦争から帰国後、通常の生活になじめずにいるものを何人も知っている。自分は比較的順応しているほうだったが、それでも今のように瞬間的に戦地を思い出すこともある。
 ――なあ、俺は現実世界にいるのだろうか。それともまだ戦っているのか?
 今はいない戦友に向かってつぶやく。茂みから出ると、太陽の傾きからまだまだ昼を少し過ぎた程度というのが分かった。三十分も眠っていないだろう。また絵を書く気も起きず、ぼんやりと辺りを見渡した。犬の散歩をしている者、杖を使って歩いている老人、自転車を飛ばしている若者などが目に入る。マレスターはしばらくすると公園を去った。

 そんな平凡な日が何日も続き、マレスターは公園に通うのが日課になっていた。絵を書くだけではなく、ジョギングをしたりストレッチをしたりと体のトレーニングもしていた。やはり自分は体を動かしていないと駄目な人間だ。別にスポーツをするわけでも、戦争をするわけでもない。だが体を鍛えておくのはいいことだろう。
 その日は猛暑が襲い、日中はじりじりと熱さが襲いかかってきていた。マレスターは汗をかきながらジョギングで数駅先まで走っており、夕方になった頃にいつもの公園についていた。木陰に入ると、ストレッチを始め、疲労を訴えている筋肉をゆっくりとほぐしていく。三十分も経つと、呼吸もおさまり汗もすっかり引いていた。水飲み場に向かうとのどを潤す。顔を冷たい水で洗い、一息ついた。
 微かに音が聞こえた。集団の人間の声だ。耳を澄ませると辺りに目を向ける。もう大分暗くなりよく見えなかったが、数人が集まっている様子が見えた。マレスターは興味本位でそこへ向かった。
「ほら、どうしたよ? 汚いオッサン!」
 男が一人、集団に囲まれて虐待を受けていた。男はどうやらこの公園周辺に住んでいる浮浪者のようだった。集団は若い連中が多い。
「お前みたいな奴はいないほうがいいんだよ!」
「公園に住みつきやがって。汚いだろうが!」
「お前がいなくなったほうがよっぽどこの辺りは綺麗になるぜ」
 若者達は好き勝手いいながら殴る蹴るの暴行を加えている。マレスターはゆっくりと近づくと、浮浪者を囲っている連中の一人に手をかけた。
「あん、誰だ?」
 相手がこちらを向いた時にはマレスターは男を投げ飛ばしていた。地面に落ちた男は受身が取れず、苦しそうに口で息をしている。
 マレスターは更に輪の中に入ると若者の連中に目を向けた。
「そろそろその辺にしておくんだな……」
「な、何だよオッサン! 関係ない奴は引っ込んでろよ!」
 仲間が多いこともあり、マレスターが現れたことに若者達は余計血気だっていた。ナイフを手に持った者までがいる。
「おい、小僧。凶器はやめな。人を刺すってことがどんなものかわからないだろう?」
 マレスターの制止も効かず、一人の若者が突進してきた。マレスターは身構えると、直前で相手の腕をひねり上げた。ナイフは足元に落ち、若者は腕を掴まれた状態で苦しそうな表情を浮かべている。
「よくもやりやがったな!」
「みんな、やっちまえ!」
 連中は仲間の一人が押さえつけられているのを見ると一斉に襲いかかってきた。マレスターは手薄な方位網を一目で見抜くと、浮浪者を背負った状態でそこへ体当たりをしかけていった。若者の二、三人がその場に倒れる。さすがに浮浪者を背負ったままで走って逃げ切ることは無理だと思ったので、適当な場所で浮浪者を地面に下ろすと相手を迎え撃った。追いついた者達に睨みで威圧する。
「み、みんな、びびるんじゃない! やっちまえ!」
 ナイフやチェーン、鉄パイプのような凶器まで持っていた連中は、マレスターを囲んで襲いかかった。マレスターは一人一人をさばいていったが、中にはケンカ慣れした者もおり、マレスターは次第に押されていった。さすがに一人でこの人数を相手にするのは無謀だったか? そう思った時、肩に熱い衝撃を受けた。ナイフが刺さっている。ナイフを突き刺した若者の目は驚きと狂気に輝いていた。
「へ、へへへ。俺が一番乗りだ!」
 それをきっかけに集団の狂気性が一段と高まった。今度はチェーンが顔面にたたきつけられた。頬に痺れるような痛みを感じる。とっさに両手で頭をかばうと、鉄パイプが丁度振り下ろされたところだった。両腕の感覚が無くなる。
 集団でいれば罪悪感も薄くなる。今の若者達がまさにそうだった。マレスターを徹底的に痛めつけようとしている。
 マレスターはぼんやりと考えていた。……つまらねえ終わりになるかもしれねえな。元軍人がこんなところで死ぬなんてな。
 そうしている時、マレスターの耳には別の物音が聞こえてきた。少し離れたところで、マレスターへの暴行をしていない者達が再び浮浪者に暴行を加えていたのだ。今度は素手ではなく、マレスターにやっているように凶器を使用している。
「や、やめてくれ……」
「うるせえオッサン!」
 若者の一人が鉄パイプを振ると、浮浪者の前歯が数本折れた。口からぼとぼとと血を吹き出し、地面に倒れる。倒れたところへ更に容赦無く鉄パイプが振り下ろされる。命乞いをする浮浪者の憐れな姿は、殺気だった連中にとって更に興奮させるものでしかなかった。
 いいだろう……。そんなに戦場を体験したいのならたっぷりと体験させてやる。
 マレスターは手を伸ばすと、若者の服を掴んだ。強引に引っ張ると、服を引きちぎった。
「何しやがるんだ!」
 マレスターは蹴りかかってきた足に破った服の切れ端を突き刺した。ナイフのように硬質化していた服の切れ端は、深く膝にめり込んだ。若者は悲鳴を上げて倒れる。マレスターは立ち上がると、両手にそれぞれ服の切れ端を持ち敵を睨んだ。服の切れ端はすぐに硬質化し、それぞれ一メートルほどの長さの棒になっていた。
「ふざけやがって!」いまさら抵抗するつもりかよ!
「ふん、お前ら戦いたいんだろ? 暴れたいようだから暴れさせてやるよ」
 振り下ろされた鉄パイプ。マレスターは服の切れ端でそれを受けた。
 唯の布切れが金属音を響かせて、攻撃を受け止めていた。鉄パイプを振り下ろした若者は衝撃で手が痺れ、その場に倒れてしまう。マレスターは二本の武器で手当たり次第に連中を叩き伏せていった。鉄パイプ、チェーンは弾かれ、ナイフは刃がぼろぼろになった。若者達はマレスターに怯え、その不思議な武器に怯えた。
「バ、バケモンだ……」
 五分もすると、若者達はすっかり戦意を喪失し、うずくまっているもの、逃げてしまったもの、気を失っているものだけになった。マレスターは気を静めると、浮浪者に近づいた。浮浪者も意識を失っていた。しかし幸いにも命に別状はないようだ。マレスターは惨状を目の当たりにすると呟いていた。
「……ふう、ガキどもが。ついにやっちまったか。俺の手がまた血で真っ赤に染まってやがる」
 小さく震えながらマレスターは首をうなだれた。両手から服の切れ端がひらりと落ちる。なんの変哲もない布の切れ端だ。
 付近を歩き回り、マレスターは若者達を蹴り起こした。怯える若者達を睨みつけ、さっさとその場から立ち去らせる。そして連中を全て追い払うと、自分は公衆電話に向かった。
「ええ、そうです。暴行にあった男がいます。場所は……」
 救急車を呼び、浮浪者のことを任せると、マレスターも素早くその場から立ち去った。警察のものに色々聞かれるのは嫌だった。汚らしい自分の姿にきっと怪しむだろう。立ち去る前に一度、現場を見渡した。あちこちに破壊された凶器があり、血のりも点々としている。死者が出なかったのが何よりだった。もう少しタガが外れていたら相手を殺していたかもしれない。マレスターはその考えを払いのけると走り出した。家に戻ったら冷たいシャワーを浴びよう。この嫌な気持ちを全て洗い落としてしまわなければ。
 しかし心に潜む闘争心はひそかにこの行動を楽しんでもいた。身体能力は衰えてはいないし、目の前にあるものを武器化する特殊能力もさび付いてはいない。たかが布でも鉄パイプより硬く、ナイフより鋭くすることも造作なくできる。
 そう、マレスターは戦いを避け日常に戻りたかったが、本質では戦いを求めているのだ。
 ――無理に自分を押し込める必要なんてない。戦いのある場所へいったらどうなんだ? 一般市民ぶっても、その仮面の奥には軍人としての非情なものが燃えているんだぜ……。


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