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erabare_25

    

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   選ばれた者達

   No.25

   暴挙の町 1/3



 ガソリンスタンドを発ち、歩き始めてしばらくすると、あれほど強く降り続いていた雨は止んでいた。コートを一振り、二振りして雨の滴を落とす。まだ前方に町は見えてこないが、暗くなる前には着くことが出来るだろう。
 ゼダンは日が落ちる前に町に辿り着いた。

 ウエスト・レイン・タウン

 適当な場所に腰を下ろすと、疲労困憊の足をマッサージする。そうしながら、ゼダンは町名の書かれた看板を見ていた。左側のねじが外れていて、風が吹くたびにガタガタと音を立てている。町の中にいる人々は皆、足早に通り過ぎていく。――生気が感じられない所だな。ゼダンはそのような印象を持った。
 空は赤く染まり始め、ゼダンは少しの休憩の後すぐに宿を探さなければならなかった。当面は野宿でも構わなかったのだが、ガソリンスタンドで忠告してくれた店主の話ではかなり危険な所だと聞いていたので、様子を見てみないといけないと思っていた。出費は痛いが、まあ何とかなるだろう。
 一軒の小さなみすぼらしい宿を見つけると、ゼダンはそこを今晩の宿に決めた。食事無し、シャワー無しの小さな部屋だった。部屋の半分はベッドに占領され、僅かなスペースには小さな机と椅子があるだけだ。荷物を床に降ろし、地図と手帳を取り出して机に広げる。
 ウエスト・レイン・タウンはゼダンが住んでいた町とほぼ同じくらいの広さで、東西南北へ道が伸びている。ここからなら新たに進む道もたくさんあるだろう。翌日、明るくなったら町を探索して、それから次の道を決めよう。
 ゼダンはリュックからパンを取り出すと、簡単な夕飯を取った。そして手帳に今日の路程と出費を書き足し、ウエスト・レイン・タウン、という名前を書き留めると、ベッドに潜り込んだ。みすぼらしい宿とは言っても、ちゃんと金を払った宿だ。ゼダンの住んでいたぼろぼろの空き家とは違う。宿の主人にちゃんと守られているという安心感の中、ゼダンは間もなく眠りについた。

「……様。お客様!」
 耳にうるさい声が響く。ゼダンははっとして飛び起きると、相手から距離をとった。それからすぐに、ここは自分の家ではない、宿を借りているのだと思い出し緊張感を解いた。
「あ、もう朝か。随分寝込んじまったみたいだな」
「お客様。そろそろチェックアウトのお時間でございます。お荷物をまとめていてください」
 ゼダンはベッドから降りると机の脇に目をやった。
 荷物が無くなっていた。
「な? お、おい待ってくれ! あんた、ここにあった荷物知らないか?」
 部屋を出て行こうとする宿の主人を呼び止めると、ゼダンはそう詰め寄った。店の主人は何も知らないようだった。
「私はちょうど今、この部屋に来たばかりでございますので、分かりかねます。ただ、無用心にも部屋のカギは開いていたようですね」
 そんなはずはない。ゼダンは昨夜、確かに扉にカギをかけたことを覚えていた。まわり中が敵だらけの中で暮らしていたゼダンは、そのようなミスをすることなどありえなかった。
「確かに扉は閉めた。間違いないんだ。これは盗難だ、探してくれないか?」
 しかし宿の主人は困ったような顔をしている。
「それはできかねますなあ。私は一泊の宿を提供しているだけに過ぎないんです。貴重品の管理は全てご本人に行なっていただいています」
 目の前の男と話をしていても時間の無駄だと判断すると、ゼダンは服を身につけて部屋を後にした。そして調べられる限りの範囲で捜査を始めようとした。しかしいつ、どのように、誰がやったのかもわからないのでは、どこから探していけばいいかも分からない。ゼダンの部屋のカギはゼダンと店の主人しか持っていないはずだ。
「お客様。これ以上宿にいられますと、延滞料金をいただくことになりますが」
「そんなの、払うわけないだろ。俺は盗難被害にあってるんだ。荷物が戻ってくるまで調べさせてもらう」
 すると、店の主人は突然ゼダンを睨みつけた。
「料金を払わない以上、あなたはお客でもなんでもない。これ以上無駄口を叩くようなら武力行使をさせてもらっても構わないんだよ? 坊や、悪いことは言わない。早く行きなさい」
 いつの間にか、店の主人の奥に見える部屋から屈強な男が現れていた。ゼダンを睨みつけながら拳をさすっている。
「わかったよ。出てけばいいんだろ? 出てくよ」
 ゼダンは宿を出ると、扉を勢いよく閉めて町に出た。

 近くの公園で三十分ほど時間を潰したゼダンは、どうやって先ほどの宿を調べようかと思案していた。手元に残っているものは小銭入れ、首飾り、それに身につけている服くらいのものだ。これでは旅を続けることなど出来ない。
 時間を見計らい、今度は宿に忍び込むつもりでいたが、その時目の前に一人の男が目の前に立ち止まった。
「よお、こんな昼間っから何をしてるんだ? 学校はないのか、学校は」
 ゼダンは相手を見た。背の高い男で、目にはくまが出来ている。一目見て不健康な相手だとすぐに分かる。
「俺、学校は通ってないんだ。両親も金もないんでね」
「孤児って訳か? じゃあ、どっかの施設にいるんだろうな。だったら少しは小遣い、もらってるだろ? 俺に少し恵んでくれないか?」
「断る。あんたが誰だか知らないし……」
 突然ゼダンは吹き飛ばされていた。サッカーボールのように蹴り飛ばされてしまい、受身がとれずに地面に無様に落ちてしまうと、男はすぐそこまで近づいて来ていた。目はぎらつき、ゼダンの首根っこを掴んでいる。
「さっさと出すもんを出せばいいんだよ! これ以上怪我をしたくないだろ?」
「いきなりひどい仕打ちだな。ならこっちも容赦しないぜ」
 ゼダンは首根っこをつかまれ宙ぶらりになっている状態で、相手のみぞおちに膝蹴りをめり込ませた。一瞬息が出来なくなった男の腕をすかさず振り解き、足払いをかける。
「こ、このガキ……」
 男が何か言おうとした時、ゼダンは男の顔を足で抑え付けていた。
「確かに暴挙の町、らしい。こんなに治安が悪いなんてな。荷物を早く見つけてさっさとおさらばするか」
 男が抵抗しなくなったのを確認すると、ゼダンは公園を立ち去った。

 裏通りを見つけると、宿の裏口を探る。幸い、そこはすぐに見つかった。ゴミバケツが幾つか並べられている場所に隠れるようにして扉が見える。辺りに誰もいないのを確認すると、ゼダンはゆっくりと扉に手をかけた。扉には鍵がかかっていた。すぐに右手の指を鍵穴に添えて力を込める。指はしゅるしゅると細い糸のようになり、鍵穴を探った。しばらく鍵穴をいじると、扉はゆっくりと開いた。中に視線を向け、素早く侵入した。
 店の主人の部屋。まずはそこを調べるつもりだった。人がいないことを確認すると、慎重に入り込む。部屋はフローリングの床になっており、ちょっとした食堂のような広さだった。中央のテーブルにはパンやチーズまでが置いてある。空腹だったゼダンは一口、二口、それらを失敬した。まあ、バレはしないだろう。そして部屋の隅に見覚えのあるものを見つけた。ゼダンのリュックだ。やはり店の主人達が犯人だったようだ。僅かな時間のうちに再び本人が来るとは思ってもなかったのだろう。無造作に床に置かれている。ゼダンはリュックを手に取り、中身を確認した。荷物は全て無事だった。すぐにリュックを背負うと、部屋を後にする。そして裏口から出て行こうとした時に表から声が聞こえてきた。
「あんがい根性のないガキだったな。俺らの話を信じてさっさと出てってくれたからな」
「ははは。それはお前の顔が怖すぎるからだろ。俺の〈人のいい宿屋の主人〉ぶりはなかなかだったと思うがね」
「お前も悪人だな。しかし、ガキだったが、旅をしている風だったから、あの一つだけの荷物は結構金になるのがあるんじゃないか?」
「そうだな。あと一時間くらい様子を見て、あのガキがくる様子もなかったら物色してみるか」
 ゼダンは裏口を開ける時の音で気付かれてしまうと思うと、咄嗟に右手を天井に伸ばした。何か掴むものがないか……。電球は掴みようがなかったが、換気用の扇風機が止まっているのが目に入ると、それにつかまって伸ばした腕を縮めた。ゼダンは空中三メートルほどの位置まで登ると息を殺した。真下に二人の男が通り過ぎるのを待つ。男の一人は店番としてそこに残り、もう一人の背の高い男は表から出て行った。男はたまにあくびをかみ殺しながら後ろの部屋をちらちらと見ていた。
「あいつが来る前に少しもらっておくか。どうせ二分割になってしまうんだったら、先にとっといておかないと儲からないからな」
 そんなことを呟いている。ゼダンはその様子を見逃さなかった。
 そして男が店番を一瞬やめ、奥の部屋に入った時にゼダンは天井から飛び降りた。着地音を最小に抑え、入り口へ走る。ゼダンは男が気付く前にその宿から脱出した。

 しばらく大通りを歩いていた。ゼダンは鉄道か地下鉄を探していた。駅周辺なら栄えていて、多少治安もいいだろう。先ほどの宿は賑やかな場所から少し離れており、あまりいい場所とはいえなかったように思える。
 通りを歩いていると、フランクフルトの店の前を通った。大きなソーセージがおいしそうな湯気を立て、ケチャップとマスタードを待っている。ゼダンは通り過ぎざま、さっとそれを右手に取っていた。
「おいこらガキ! それは商品だぞ!」
 素早い反応にゼダンは足を止めて店員の顔を見た。
「あ、あまりにおいしそうだったんでつい……。はい、お金はこれでいいかな」
「おう。ほれ、お釣り。金があるならちゃんと言えってんだ。泥棒と間違えられるぞ」
「それじゃ」
 ゼダンはフランクフルトを頬張りながら店を後にした。……以前の町では店員がとろく、今のような手口で手に入れることが出来たのだが、ここの店員は厳しそうだ。
「おいしいんだが、ここの店はバツ、と」
 もうしばらくはこの町にいるつもりだったので、ゼダンはものを買える場所、手に入れられる場所、危険な場所などをチェックすることにした。

 そして、適当な野宿をする場所を見つけると、ゼダンは数日間をそこで過ごした。

 公園の水道で顔を洗い、適当に食事を取る。ベンチに座って空を見上げた時に思った。……今まで住んでいた町では何が起こってるだろうか。ゼダンに干渉してきた二つの組織を思い出す。
 ツェマッハ達とアルラ達。正に白と黒の存在だった。まだ答えは見つからないが、今はどちらに染まるつもりもない。
 その時、足元のリュックが気配もなく突然現れた小さな子供にひったくられた。
「あ、待て!」
 ベンチから立ち上がり、追いかけようとした所を後ろからしたたかに殴りつけられてしまった。ゼダンは地面に崩れ落ち、朦朧とする意識の中、子供の後姿を必死に追った。五人ほどの姿が遠ざかっていくのが分かる。何とか意識を失わずにいると、近くにあった水道水を頭からかぶって意識をはっきりさせた。
「くそ、またかよ……」
 ゼダンは他の荷物を忘れずに身につけると、泥棒の後を追って走り始めた。

 走り続けていると、ようやく一人に追いつきだした。相手は追って来るゼダンに気付くと立ち止まり、拳を繰り出してきた。ゼダンは身を低くしてそれをかわし、そのまま相手の腰にタックルをかける。対応をさせるよりも早く、ゼダンは相手の右足首を捻りあげた。短い悲鳴の後、相手は観念して脱力する。ゼダンはすぐに立ち上がって再び走り始めた。足を捻られた男は痛みで歩くことも出来なくなっていた。罵倒する声がゼダンの背中に浴びせかけられる。
「お前が全て悪いんだ! この町では公園の一角を利用するものでも〈利用料〉をボスに払わなくちゃならねえんだ! それを払わないっていうんならそれなりの報復を覚悟するんだな!」

 次に二人に追いついた。ゼダンに気付くと、二人は走るのをやめて臨戦態勢に入った。ゼダンもしぶしぶ足を止めて攻撃に備える。
「ガキの癖になかなか度胸があるな」
「ガキだから俺達の怖さがわからないんだろうさ」
 そう言って二人はポケットからナイフを取り出す。ナイフを取り出した途端、二人の男の目はぎらぎらとし始めた。ゼダンは慎重に間合いをとった。
 一人の男が右側から飛び掛ってくる。同時にもう一人が正面からナイフを突き出してくる。ゼダンは一人目の相手のナイフをかわすと、腕を回して盾にした。正面から攻撃してきた相手は勢いが止まらずにそのままナイフを仲間に突き刺してしまっていた。
「ぐわっ、何するんだ! 仲間だろうが!」
「お、お前が捕まるから悪いんだ。今のは俺のせいじゃねえぞ!」
 ゼダンの前ですぐに仲間割れが始まった。ゼダンは二人から離れると追跡を開始した。
 しかし、リュックを奪った子供と、もう一人の男の姿は足が速く、とうとう見つからなかった。かなりの距離をとられてしまったようだ。ゼダンは走るのをやめると、駆け足状態で辺りに目を走らせた。しかし、すでに相手は通行人の中にまぎれているのだろう。人はそれほど多くはないが、人相を確認していたわけでもなく、見つけるのは絶望的になっていた。
 こんなにひどい町だなんてな……。ゼダンは呟くと、息も切れていたので道端の適当な場所に腰を下ろした。このままやみくもに走り回ってももう見つからないだろう。相手はかなり手馴れていた。町に着いたばかりのゼダンではこれ以上どうしようもなかった。警察に捜索願を出すにも、ゼダンは身分が定かではない。きっと門前払いを喰らうだけだろう。
 その日も野宿をすることにし、何かあったらすぐに動けるように意識をしながら、仮眠のようなものを取った。



 見慣れない町にパーシアは立っていた。見たことのない駅を電車で乗り継ぎ、適当に買った切符で行ける範囲ぎりぎりの駅で下車をした。そこはパーシアが住んでいた所よりも都会のようで、人で賑わっている。
 とりあえずパーシアは駅から離れることにした。駅にいては、あの家との繋がりを完全に絶つことは出来ない。
「チャッキー、見守っていてね。私、不安だから」
 意志が揺らがないようにパーシアは口に出して呟くと、商店街をとぼとぼと歩き出した。

 しばらく歩き続けたパーシアは足が痛くなると、途中で見つけたベンチに腰掛けた。そこはバス停だった。もう夕方の時間帯、バスは一本もなかった。カバンからクッキーの缶を取り出すと、何枚かを口に運んだ。寂しい食事だったが、今のパーシアは贅沢を言ってられなかった。小遣いと、母のへそくりを持ってきてはいるが、それがいつまで持つのかも分からないから。
 ――チャッキー、私一日で見たこともないこんな場所まで来れたよ。もうあの嫌な場所からは随分離れることが出来た。チャッキーがいればもっと楽しかったでしょうね……。
 思った以上に疲れていたパーシアはベンチに横になった。空を見上げると、すっかり暗くなっていて、ちらほらと星が見え始めていた。星の中にチャッキーと金魚達がいて、空を自由に飛びまわっている。パーシアはそんな様子を想像して、自分も一緒にいたいと心から思った。でもそれは天国に行かなければならない。パーシアは生きる希望を失いかけていたが、チャッキーと金魚達は、まだ僕達の所に来ては駄目だよ、と言うに違いない。そう思うと、うっすら涙を流しながら眠りに落ちていった。

「……嬢ちゃん、お嬢ちゃん!」
 体を揺すられ、パーシアは目を覚ました。朝になっている。パーシアはバスの運転手に起こされていた。
「あ、もう朝だね……」
「始発から待っているなんて、お嬢ちゃんは早起きだね。で、乗っていくのかい?」
 バスの運転手は特に急ぐというわけでもなく、パーシアの答えを待っている。パーシアは目をこすりながら答えた。
「ううん、乗らない。私、ここで休んでいただけだから。お客さんと間違えさせてしまってごめんなさい」
「いや、いいんだよ。分かったよ。気をつけてな。一人じゃないと思うが、早く家でも学校でも戻ったほうがいいぞ。ここは危険だからな」
 バスの運転手はそう言うと、バスを走らせてそこから消えてしまった。パーシアはバスの運転手の言葉に不安になり、荷物をまとめて歩き出した。――危険って何が危険なんだろう? 私が子供だから言ってくれたんだよね、きっと。
 元来た道を戻るのは嫌だったので、パーシアは更に先へと進んだ。

 しばらく歩き続けると、再び町が見えてきた。大きな公園も見つかった。公園の中を見るとそこへ足をむける。パーシアはそこで木の生い茂る下にあるベンチに座った。木漏れ日が体に心地よく、気持ちが安らいでいく。
 再びクッキーを食べて軽い食事を終わらせると、公園内を歩き出す。水道を見つけると、十分に水を飲み、持っている水筒の水を入れ替えた。
 公園内を散策すると、地図を見つけた。

 ウエスト・レイン・自然公園

 地図を見ると、公園は大きな町の中にあるようだ。ウエスト・レイン・タウン、という町の中にある公園らしい。
「ウエスト・レイン・タウンか。聞いたことないな。……私、自分の生まれた町以外、全然知らないんだ」
 少し寂しく思いつつも、今は自由にどこへでも行けるという開放的な状態に気持ちは明るくなっていた。そうだ、町に行っておいしいご飯を食べよう。家では贅沢を言ったことがなかったが、ピザ、スパゲティ、ハンバーグなどを食べてみたかった。
 目的が決まると、パーシアは地図を頼りに町へと向かった。
 しばらくして商店街を見つけると、パーシアはたくさんの店に心を奪われていた。どこも賑わっているように見え、今まで住んでいた小さな町だけしか知らなかったパーシアにとっては全てが刺激的だった。
 鶏の看板のある店を見つけると、パーシアはそこに決めた。そう、その店のショーウィンドウにはおいしそうなオムライスが飾られてあったから。
 カランカランという音を立てて扉を開けると、パーシアは店内に入った。
「いらっしゃいませ~。あら、可愛いお嬢さんね」
「は、はい……」
 緊張しているパーシアを明るい声で出迎えたウェイトレスは、席に案内し氷の入った冷たい水を差し出した。
「お母さんとお父さんは? 後から来るのかしら?」
「え? い、いえ。今日は来ないんです。一人で食べてきなさいって言われて、お金をもらって一人で来ました」
「そうなの? 偉いわね。あなたみたいな子なら表で食べるフランクフルトやファーストフードが気に入るでしょうけど。まあ、店の外は危険だからね。あ、メニューは?」
「は、はい! えっとオムライスと、……チョコレートパフェ」
 緊張して赤くなりながら言うと、ウェイトレスはにこりと笑ってカウンターの奥へ向かった。パーシアはどきどきしながらウェイトレスを待った。ふと、窓ガラスの外を見る。年はパーシアより一、二才上だろうか? 何かに怯えるように少年が走っている。それにすぐに数人の男が追いついていた。パーシアが見守っている中、少年は男達に取り押さえられ、さんざんに殴られていた。驚いたパーシアは席を立ち上がっていた。しかしどうすることもできない。
「はい、オムライスお待たせ~。あら、どうしたの?」
「い、今、外で男の子が殴られてたの」
 ウェイトレスはパーシアの視線の先に、暴動が起きているのを見つけ、ため息をついた。
「ふう、またなのね。ここは暴挙の町って言われるくらい治安が悪いのよ。店の中までは彼らもやってこないけどね。本当、いつもこんなことがあってうんざりだわ」
「いつもあんなことがあるんですか?」
「ええ、そうじゃない。あなたも知ってるでしょ? お父さんやお母さんに一人で町を歩いてはいけないって言われてると思うけど」
「は、はい。そうでした。でも一人で出かけたことはなかったんで、本当にあるとは思いませんでした」
 ウェイトレスはパーシアの頭を撫でると、オムライスを目の前に置いた。
「あなたは大丈夫よ。店の中にいるから。食事が終わったら、寄り道しないでまっすぐにお家に帰ることね」
「あ、ありがとうございます……」
 ウェイトレスはオムライスをパーシアの前に置くと、別の客の元へ向かっていった。パーシアは気を取り直してオムライスにスプーンを向け、食べ始めた。今まで食べたことがなかったくらいおいしい。でもそのおいしさを素直に喜べずに、黙々と食べるしかなかった。食後のデザートとして出てきたチョコレートパフェの味も同じだった。おいしいのに、素直においしいと喜べない。
「暴挙の町……。バスの運転手さんも、このことを言ってたのかあ。これからどうしよう」
「どうもありがとうございました~」
 ウェイトレスの明るい声に見送られ、パーシアは店を出た。とりあえずウェイトレスのお姉さんに不振がられないように黙々と歩き出したが、行き先は決まっていない。パーシアはとりあえずあの大きな公園に戻ることにした。

 公園には自然の動物が多かった。ハトやスズメ達が賑わっていたし、木の生い茂る場所にはリスも走り回っている。パーシアはリスと一緒に走り回り、体中が木の葉や木の枝まみれになりながら時間を過ごした。動物達と遊ぶことで、チャッキーや金魚と遊んでいた時のような楽しさを思い出していた。
 時間の経つのも忘れ、太陽が傾いてそろそろ空が赤くなりだしたそんな時、パーシアは突然声をかけられた。
「お嬢ちゃん、一人なのかい?」
「え?」
 見ると、そこにはTシャツ姿の男がパーシアを覗き込むように立っている。
「今の時間、もう子供は学校が終わって家に帰る時間だろう? お父さんやお母さんと一緒に遊びに来ているのかい?」
「そ、そうよ! お父さんとお母さんはすぐ向こうにいるわ。そろそろ帰ろうと思っていたの」
 男をやり過ごし、動揺しているのを気付かれないようにゆっくり歩き去ろうとしたが、行く手を遮られてしまった。
「おっと待ちな。嘘はよくないよ、嘘は。本当は一人なんだろう? お父さんとお母さんはいないんだろう?」
「ど、どいてください……」
 パーシアは腕を掴まれてしまうと、逃げられなくなっていた。男は凝視したままで恐ろしかった。
「お嬢ちゃんからいい匂いがするんだ。きっといいものを毎日食べているんだろうな。お兄さんに少しお金を恵んでくれよ。そのカバンにお金が入っているんだろう?」
「嫌! お金なんてないです!」
 走り出そうとしたが、急にパーシアは地面に叩きつけられていた。男が張り手を食らわしていたのだ。パーシアの頬にじんじんと痛みが広がる。
「こいつ、抵抗するんじゃねえ!」
「た、助けて……」
 パーシアはよろよろとして逃げようとしたが、男はすぐに追いつくと馬乗りにしてパーシアを押さえつけた。そして逃げられないパーシアに何度も拳を打ちつけた。
「お前みたいな裕福な人間がいるから、俺みたいな貧乏な人間が出てくるんだ! この、不公平な世の中の流れ、お前には分からないだろう!」
 今日の昼食にオムライスとチョコレートパフェを食べたので、その匂いがしていたんだろう。それで、お金持ちの家の子供と見られてしまったのかもしれない。私、なんて、馬鹿だったんだろう。一人旅は危険なことがつきものなのに、つい一時でもそれを忘れて楽しく過ごしてしまった。きっとこれは罰だったんだ。両親、生まれた町、家に絶望し、逃げ出してきたパーシアに安息の場所なんてなかったのだ。パーシアは何も抵抗できないまま殴られ続け、体は傷だらけになっていった。しばらくして男の暴行が終わると、パーシアは両手に何も残っていないのに気がついた。カバンは奪われてしまった。お金も、食べ物もみんな持っていかれてしまった……。
 パーシアの体に宿る治癒の力によって、傷はすぐにふさがり血は止まっていた。腫れていた頬、まぶたも次第に元通りになっていく。折れてしまっていた足はまだ痛かったが、それも治りかけている。びっこを引きながらとぼとぼと歩き出すと、水道に向かい、顔と体についている血を洗い落とした。服にしみてしまった血はなかなか落とすことができい。びしょぬれの服で震えながら、パーシアは人目のつかない木の茂みに身を隠し、体を丸めて夜を過ごした。



 ゼダンは再び公園に足を向けていた。荷物を奪われてしまった場所。始まりの地点から再び何か情報が得られないかと思っていた。――もしかしたら奴らは常習犯で、この公園に再び現れるかもしれない。そう思うと、公園内をうろうろと歩き回って道行く人を確認する。
「ちっ。それにしてもこのインディアンのお守り、役に立たねえな。散々荷物は盗まれたっていうのに、このお守りだけは残ってやがる。こいつ、呪われてるんじゃないか?」
 苦笑して首からかけているお守りに触れる。住んでいた町を出る時に質屋の主人から餞別にもらっていたインディアンのお守り。旅の最初の町で早くも困難に陥ったゼダンは、お守りの効果に早くも疑問を感じていた。
 そんな時、三、四人の男がゼダンの横を通り過ぎた。男達はゼダンのことに気づかなかったが、ゼダンは相手に嫌なものを感じていた。敵意のある雰囲気。通り過ぎて数メートル歩くと、ゼダンは足を止め、ゆっくりと引き返して男達の後を追った。
「おい、確かにこのあたりなのか?」
「ああ。しこたま殴っておいたから、一晩中痛がって眠れなかっただろうよ」
「しかしそいつがまだ金を隠しているもんかねえ。ボスの命令はきつすぎるよ」
 ゼダンはそんな会話を聞いていた。もしかしたら先日あった奴らの一味かもしれない。このあたりを仕切っているボス。そして利用料を徴収するという口実で暴挙に走る連中。どうやら目の前の相手もそのようだ。慎重に尾行し、アジトを探るつもりでゼダンは後を追った。
「おい、いないぜ。もう十分探しただろう?」
「おかしいな。確かにこのあたりなんだが。あのガキは足も折ってやったんだぜ。ここから遠くにいけるはずがない……あ、あいつだ!」
 男は叫ぶと、茂みの一角を指差した。そこには男達の会話を聞いてしまい、先日の暴行から逃げようとしている少女の姿があった。少女は男の声にびくっとすると、慌てて茂みから走り出した。
「待ちやがれ!」
 男達も一斉に走り出した。ゼダンの目には、少女は足が折れているようには見えなかった。
 しかしその少女は普通に走ってはいたが、さすがに大人の男達を振り切ることは出来ずにすぐに追いつかれていた。
 少女は腕をつかまれると、抵抗して逃げようとしたが、男は構わずに顔を殴りつけていた。がつんという音とともに、少女は地面に倒れる。すぐに仲間達が少女を囲んで手足を押さえる。
「たった一晩時間が経ったにしては随分元気になっているじゃないか、お嬢ちゃん? お嬢ちゃんのカバンにはいくらかお金が入っていたけど、本当はまだ持っているんでしょ?」
「や、やめて……」
 平手が少女を襲う。ぱしんという音で少女は涙目になっていた。
「おら! とっとと質問に答えろよ! 泣いてもわめいても助けなんてないんだぜ!」

 放って置くことが出来ず、ゼダンはその場に飛び込んでいた。四人の男は誰もゼダンの接近に気がついていなかった。一人はゼダンの体当たりで倒れてしまう。異変に気付くと一人が振り返った。ゼダンは相手のみぞおちにしたたかに右拳をめり込ませた。
 別の一人の男はゼダンに殴りかかった。ゼダンは顔を殴られると地面に倒れてしまうが、すぐに立ち上がって追い打ちをかわす。みぞおちを抑えている男を除き、三人はそれぞれナイフを取り出した。ゼダンに緊張が走る。
「ち、やっぱり凶器を持ってたか……」
「誰だか知らねえが、ただじゃおかねえぞ!」
「俺達組織に逆らって無事に済むと思うな!」
 男はナイフの刃をゼダンに向けると突進した。ゼダンは冷や汗をかいてそれをかわした。本気だ。今の攻撃は本気で刺すつもりのようだ。この地域に治安というのはないのかと思いながら、ゼダンは二人目、三人目の攻撃をかわした。
 一人がナイフを投げつけた。それはまっすぐにゼダンの顔面を狙っている。ゼダンは右手をスーツケースのようなものに変形させてそれを防いだ。ナイフは右手にはじかれ、地面に落ちる。
「なんだ、お前は……」
「答える必要はない」
 ゼダンは今度は右手を棒状に変形させると、ナイフを投げた相手の首筋に叩きつけた。そして右腕を振り回し、残り二人の手をはたく。ナイフは二本とも地面に落ちていた。男達はゼダンの姿におびえると、その場から走り去ってしまった。
 ゼダンは追いかけようと思っていたが、目の前に倒れている少女が気になり、追いかけるのを止めた。まあ、また会う機会はあるだろう。

 少女はすっかり怯えきって震えていた。
「……」
「おい、大丈夫か? 奴らはいなくなったぞ。……て、ひどい怪我じゃないか!」
 ゼダンの目に映った少女は顔面を殴られていて目も開けられない状態だった。むき出しの手足には切り傷から血が流れ、打撲の跡は無残に青く腫れている。助け起こそうとしたが、少女はそれを手で制した。
「……大丈夫、一人で立てるから。……ありがとう」
「本当に大丈夫なのか? ここは暴挙の町って言われてるだろ、一人でうろつくのは危険だ。……一人旅中の俺が言えた立場じゃないけどな」
 少女は立ち上がったが、よろよろとしていた。ゼダンは仕方なく肩を貸してやった。少女は背丈はゼダンと同じくらい、歳も同じくらいなのかもしれない。少女は今度は抵抗もせず、素直にゼダンに寄りかかっていた。
「やっぱりひどい怪我だな」
「……ごめんなさい。あの、水道まで肩を貸してくれる?」
「それくらいならな」
 ゼダンは水道まで少女が歩くのを手伝った。少女は水道の水で傷を洗い出した。土が落とされ、血のりが流れ落ちていく。
 ゼダンは驚いていた。あれだけ血の跡があったというのに、少女の体に切り傷の後はもう見つからなかった。そして、先ほどは痛々しいほどだった青い痣、腫れて目も開けられないほどの状態だった顔の傷もいつの間にか確認できなくなっていた。
「お、お前は一体……」
 ゼダンが聞こうとした時に、少女も口にしていた。
「あなた、誰なの? その右腕がさっき変身していたみたい……」
 ゼダンは得体の知れない少女の話題から自分に話題が移り、はっとした。――そうだな、自分も普通の人間じゃないんだ。
「これか? これは気づいた時から出来るんだ。何でもってわけじゃないけど、ある程度自由に変形できる。まあ、生活の為の力ってやつだ」
 今は通常の腕に戻っている。ゼダンは手のひらを握ったり閉じたりしながら少女に尋ねた。
「じゃあ、今度はお前の番だ。さっきまでひどい怪我だったのに、もうそんな様子も見られない」
「これは、私にも分からない。ずっと小さい頃から、気づいた時には怪我の治りが早くなっていたの」
 答えに困っているように見えたので、ゼダンはそれについて追求するのを止めた。そしてすぐに頭に先ほどの男達のことが浮かんだ。これだけ頻繁に出会えるのなら、組織の場所も足で探せそうだ。
「じゃあ、これからは気をつけるんだな。俺はこれから用事があるんでこれでさよならだ」
「……どこに行くの?」
 少女は助けてもらい、普通に話しかけてくれた少年がいなくなってしまうのを不安に思ったのか、そう呼び止めていた。
「実は俺、奴らの仲間に荷物一式を盗まれたんだ。あいつらの様子を探って取り返そうと思ってる。いい人に助けてもらったと思ってるかもしれないが、なんてことはない。俺もお前と同じ被害者なんだよ。じゃ、急ぐんで」
「え、そうだったの? 私も同じ。荷物を全部盗られちゃったの……」
「そうか。まあ、チャンスがあったらお前の荷物も探してみるよ。お前、名前と家は?」
 ゼダンの問いに少女はしばらくうつむいていた。
「私、パーシア。パーシア・テネット。家を出てきたの。帰る場所はないわ」
「本当か? 一人でこんな危険な町に来たっていうのか?」
 少女パーシアは小さく頷いた。ゼダンはあっけにとられていた。自分なら旅の途中、暴力にあっても対処できるが、こんな少女が一人で生きて行けるわけがない。……そうか、あの不思議な力のおかげで生きていくことが出来るのか。だがあの力の謎、一人旅をしている理由は?
 質問をしようと考えていると、今度はパーシアがゼダンに話しかけた。
「あの……あなたの名前は?」
「俺か? 俺は、ゼダンだ。ゼダン・グレン。……しかしどうするんだ、お前帰る場所がないんだろ? とにかく人の多い町にいたほうがいい。この公園じゃさっきみたいにやられても誰も気づかないぞ」
「うん、わかった……。親切にありがとう、ゼダン君」
 ゼダンはパーシアの小さな感謝の声に胸が痛んだ。――俺は感謝されるほどいい奴じゃない。今回だってたまたま助けてやっただけだし、荷物を探すって言うのも、自分の荷物を取り返すついでにという程度の気持ちだったから。ゼダンは水道から水をがぶがぶと飲むと、パーシアに別れを言って歩き出した。


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