dolis8989 @Wiki

『スカボロフェア』検証

最終更新:

匿名ユーザー

- view
管理者のみ編集可
すばる2004年10月号に掲載された、篠原一氏の小説『スカロボフェア』と、峰倉かずや氏の漫画『スティグマ』(新書館 2000/12)の比較検証ページです。




検証1


『スカボロフェア』 P75L13-P76L32


『スティグマ』 P56-P61

市場の雑踏に直面して、かすかな眩暈を覚える。

夏の日射しだ。そして、私はそれを見つけてしまう。

――蜥蜴を。








蜥蜴はその人の鎖骨の上に気怠く横たわっていた。

それから、頭を持ち上げると、私を振り向いた。

蜥蜴は紅玉のような赤い瞳をしていた。

市場の喧騒は何故か私の耳に届かず、

「スカボロフェア」のあの唄だけがゆっくりとつま弾かれていた。




Are you going to Scarborough Fair?

Parsley, sage, rosemary and thyme

Remember me to one who lives there

For once she was a true love of mine.





男がゆっくりと嗤うのがわかった。

私の首を真綿で締めつけるようにゆっくりと嗤うのがわかった。

私は負けたくないと思った。

ここで倒れてはいけないと思った。

雑踏が、非道く緩慢な波の動きのように感じられた。

早く、時間よ、たて。

早く、波よ、ひけ。

早く、私の目の前から立ち去れ。

赤い瞳をした蜥蜴は二つの眼で私をじっと見ている。

くるりと男の首のまわりを這ってまわる。

男は嗤う。

我慢しきれず、私は吐血し、胸を押さえながら前のめりに倒れた。


































ゆっくりと扇風機がまわっている。

手を伸ばしたら届きそうな気がした。私は手を伸ばす。

しかし、扇風機に手は届かない。

私は身体を起こす。

宿屋のベッドの上だった。「新月……」

何処に行ってしまったのだろう。

部屋の中に新月はいなかった。

しかし、彼女のベッドの上には

トランクが相変わらずおいてあったので、

一度は一緒にか、別々にか、この部屋に戻ったことはわかった。

――何処に行ってしまったのだろう。

窓は開け放たれて、真白いカーテンが風にそよいでいる。

ギィ……と部屋のドアが開いた。

新月だった。

琺瑯の洗面器と手ぬぐいを彼女は持っていた。

目を覚ました私を見て彼女は笑った。

大輪の花のようだった。カサブランカ。そんな印象を私は持った。

「俺は倒れたのかな」

イエス。「ここに運んでくれたのは新月?」

ノー。「誰かに手伝って貰った?」

イエス。「何故倒れたか聞かないの?」

ノー。「抱きしめてもいい?」

イエス。

琺瑯の洗面器をベッドサイドテーブルに置き、

彼女は身を任せてきた。

軽い、人形のような、現実感のない重み。

夢の重さ。羽根の重さ。

碧色の瞳がされるがままに虚空を見つめている。

私はやわらかいその身体を

逃がさないようにきつくきつく抱きしめた。

軽くて、重い、罪の意識。

二年間、自由にされていただけだったという事実の重み。

アイツは私を取り戻しに来た。

自分から逃げられないのだと言いに来た。

蜥蜴。「ありがとう、新月。俺はもう大丈夫」

でも、訣別だ。


検証2



『スカボロフェア』 P69 下段(部分)


『スティグマ』 P77, P15, P75
私は男と暮らした。いわれるままになんでもやった。

クスリをさばいたり、女をさばいたり、金満家に子供を売りつけたりした。

そして、言われるままに、私は野兎を撃った

S&W M5906で人を撃った。

金品を奪えるだけ奪って、屍体は路地裏に捨ててきた。

撃鉄を起こす感触と硝煙のにおいはうまく私の心のやわらかいところに届いた。

男はそんな私を気に入った。
「まるで殺戮のための機械だな。見境なくやってくれて嬉しいよ」



補足 刺青の補足


『スカボロフェア』 P69 下段(部分)


『スティグマ』 P30 右上のコマ
男は咽喉元と鎖骨の間に蜥蜴の刺青を入れていた
目安箱バナー