作品別用語集 - アラビア海海戦(続・天海提督の決断)


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■アラビア海海戦(続・天海提督の決断)


背景

 1943年3月15日、独英軍の資源供給地帯である中東への進路を確保するため、第1第3各機動艦隊、そして第4水雷艦隊がインド洋を出港、アラビア海へと進出した。
 3月17日、米国海軍作戦本部詰めの天海春香大将は英軍別働機動艦隊が監視網の隙を突いて喜望峰経由でアラビア海に増派された事を察知するが時既に遅く、すでに作戦開始時刻であった。

侵攻戦力


+ 日本軍

損害

+ ...

戦闘経過

 戦闘開始直後に敵戦艦部隊を発見した第1機動艦隊は、航空戦力全てを叩き付け、戦艦2を撃沈する。その隙に急接近した第4水雷艦隊が強襲雷撃戦を仕掛け、残余戦艦2を大破、護衛軽空母を撃沈する。
 しかし、英国軽空母部隊を索敵していた索敵機が発艦準備中のインプラカブル級空母4隻を含む機動艦隊を発見。
 戦艦部隊への第2次攻撃を中止し、一度第4水雷艦隊と共に南方へと避退しようとするも、第4水雷艦隊が航空隊発艦準備中の軽空母部隊を発見してしまう。
 この時、敵機に発見すらされていなかった第3機動艦隊を逃がそうと第1機動艦隊司令星井美希中将は離脱要請を行うも、第3機動艦隊司令三浦あずさ中将はこれを黙殺。
 直掩機も無いまま空母部隊の航空攻撃を受けていた第4水雷艦隊救援に向かい、軽空母部隊を撃滅する。
 そして、その近海で第1機動艦隊への反復攻撃を繰り返していた英海軍正規空母部隊へ急襲を仕掛けると、これも殲滅した。

エピソード

 第3機動艦隊司令三浦あずさ中将はこの時、「仲間を犠牲にして1人だけ逃げるなんて真似、私は二度としたくない」と発言している。
 これは、サンディエゴ沖海戦で自らの副官(当時)であった角田覚治大将(死後2階級特進)を失っており、それを繰り返したくないと言う想いが言わせたと考えられる。

参考文献





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