作品別用語集 - マダガスカル沖海戦(続・天海提督の決断)


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■マダガスカル沖海戦(続・天海提督の決断)


背景

 1943年5月25日、帝國海軍は現時点での攻勢限界点と目されたマダガスカル島攻略を指示。
 5月30日、再編なった第2機動艦隊、第5水雷艦隊はマダガスカル島の空襲圏に入った。

侵攻戦力


+ 日本軍

損害

+ ...

戦闘経過

 あいにくの雨により偵察機すら飛ばせない状況に陥った第2機動艦隊は、艦隊司令如月千早中将の命により天候が好転するまで待機を命令する。
 一方、第5水雷艦隊司令水瀬伊織少将は巡洋艦、駆逐艦の快速を生かした強行偵察を決断。自ら直卒する主力戦隊でマダガスカル島西部を、艦隊副司令木村昌福少将座乗軽巡『音無瀬』、そして1個駆逐隊でマダガスカル島東部を強行偵察させる。
 しかし、雨天の中での艦隊分離は困難を極め、両隊とも突入は大幅に遅延する事となった。
 そして、艦隊分離がようやく終わろうとした30日午前8時過ぎ、マダガスカル島東部を北上する英国艦隊を旗艦『鳥海』の水上電探が発見。
 第5水雷艦隊は水瀬本隊と木村分隊に分かれたままでこれを迎え撃つ事となった。
 水瀬本隊が英国機動艦隊に丁字戦法を取って魚雷を浴びせかけながら右舷側に抜けた直後、その後方を掠めるように抜けた木村分隊は英国機動艦隊左舷から真っ向からの反航戦を挑んだ。
 その結果、理想的とも言える挟撃を受けた英国機動艦隊は揚陸船1隻を除いて殲滅される事となった。
 しかし、その直後木村分隊はキング・ジョージ5世級を含む有力な戦艦部隊と遭遇。砲撃を受けて木村分隊旗艦『音無瀬』は大破、戦場よりの離脱を開始する。
 これを受けた水瀬本隊は『音無瀬』の敵討ちとばかりに熾烈な肉薄砲雷撃戦を開始。
 大被害を被るものの戦艦部隊どころかその後方にいた軽空母部隊すら殲滅してしまう。
 その後、天候の回復を受けた第2機動艦隊は敵飛行場を撃滅。マダガスカル島を手中に収めた。

エピソード

 水瀬本隊と木村分隊が英国機動艦隊に対して成し遂げたギリギリのタイミングで交差しながらの挟撃は、後の戦術教本にすら載せられる程の戦闘機動であった。

参考文献





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