■伊織立志伝、伊織幻戦記 - 『太閤立志伝V』
糸冬Pによるテキスト重視の架空戦記。太閤立志伝Vのシステムや世界観に基づいてるが、プレイ動画はない。
プレイ動画のない作品は、架空戦記足りえるのか?という論議の後遺症の為、「iM@S架空戦記シリーズ」のタグに消極的。
立志伝
時代劇ドラマに幼少時代のお市役として出演する為に来ていた伊織は、謎の蒼い石によって撮影所の控え室から、
戦国時代…、浅井長政の所領である北近江の国の大獄山へとただ一人タイムスリップしてしまった。
時は永禄13年(1570年)4月…、伊織は事情を飲み込めぬまま長政に保護され、歴史の大きな改変に関わる事になる。
幻戦記
一度現代に帰り着いた後、再び戦国に戻る事を予期して様々な知識や技術の勉強をしていた伊織。
その予感どおり再び戦国に舞い戻る事になる、雪歩を巻き添えにして。…そして、やよい。
時は元亀3年(西暦1572年)10月…、伊織には1月しか経っていなかったが、この世界では既に2年以上過ぎていた。
自分を信じてくれる長政の為、そして雪歩と現代に帰るために再び歴史に大きな変革をもたらそうとする。
解脱編
幻戦記後日譚。本願寺攻めの顛末と現代に戻った伊織たち、その後の戦国武将の近況(5年前後)が語られる。
が、人によっては、病んでる、痴がましい、痛い超展開も含まれるので、想い出は美しいままが良い人は見ない方が良いかも?
解説(かいせつ)ではなく、解脱(げだつ)。果たして悟りを開くのは、伊織か、糸冬Pか、それとも視聴者か?
マイリスト
時空管理局編
論外編から続く裏話…と思いきや、時空管理局員諸共本編に乱入してくるという荒業を果たした。
乱入された幻戦記十七話をなかった事、見なかった事、忘れる事、夢オチにする視聴者も多い。
糸冬Pの分身(本人?)でもあるらしい。伊織と雪歩を戦国時代に放り込んだ張本人。
伊織立志伝ではカバンの中に潜んでいたが、幻戦記ではなんとポットの中からお湯と一緒に登場した。
時間移動(むしろ平行世界移動?)、時間停止、触手による脳の支配・夢の吸収等の能力を持つ。
生物接続時には大きさや質感が変わるのか、やよいの頭に繫がっていた状態では件の青い玉だと伊織は認識できなかった。
尚、フェイドゥムの出典は
ゆめりあである。
- 女台:緑の円錐の形状をしたフェイドゥム。
- ネ刀:黄色の十字架の形状をしたフェイドゥム。
- 時空管理局員:動画では高木社長と同じく影絵で描かれているが、特徴的な髪型及び武器の所為でバレバレである。
南無国の守護者編
元ネタ同様、打ち切りっぽいEND
オーバーテクノロジー
伊織や雪歩が持ち込んだ、戦国時代の日本ではありえない技術や知識、考え方。オーパーツ、チートとも。
伊織は自分が世界移動した意義はコレ(特に技術)を浅井家にもたらす為だと考えてる節がある。
伊織筒<道具>
下天の天女がもたらしたオーバーテクノロジー兵器第一号。
ライフリングや円錐弾丸を取り入れた火縄銃。(一応)提案者の伊織の名をとってこう呼ばれる。
射程と威力は通常の火縄銃を遥かに上回るが、一ヶ月に1、2丁しか造れないらしい。
現存する50丁が藤堂高虎の指揮する部隊で実戦投入された。情報流出を防ぐ為か、通し番号による管理方法を採用している。
国友の技術によって改良が進み、弾丸にミニエー式の木栓と早合(薬莢の前身)、銃身にはストックと肩付け式の台尻
を採用。火薬と装填機構以外は三百年後の幕末に活躍したミニエー銃と同等のものにまで発展している。
また、本格的な量産もスタートしている。藤堂隊で集中運用され、指揮官を狙った見敵必殺(サーチ&デストロイ)戦法に用いられている。
七十二式一号噴進弾<道具>
下天の天女がもたらしたオーバーテクノロジー兵器第二号。
安定翼付きロケットランチャー、の試作品。現状では中国等で使われていた火箭等と大差ないと思われる。
日本の兵器名称の法則(開発年数の下二桁の番号を付ける)に則った名前をしているが、この数字にティン☆ときたら貴方も立派なアイマス脳。
形状が尺八の親玉みたいだということで片桐且元は「尺八」と呼んでいる。
伊織筒同様、試験的に実戦に投入され、敵陣を怯ませるのに十分な火力を示した。
年度と技術更新によって現在は七十三式となっている。
火中車<道具>
「カチューシャ」と読む。七十三式噴進弾を6本並べ柵状にし、発射角度を調整できるようにして荷車に据付けたもの。所謂多連装ロケットランチャー。
石山本願寺攻略の折、60台が初投入。片桐且元の指揮のもと、天王寺防衛では1台づつ使用され、空中で爆発させることで照明弾としても運用された。
また、本願寺攻めでは、残存する28台168発の斉射で、高楼の一つを周囲の人間諸共吹き飛ばし、戦局の大勢を決した。
史実では第二次世界大戦中にソ連によって集中運用され「スターリンのオルガン」として有名になった。
モールス信号<技術>
下天の天女がもたらしたオーバーテクノロジー技術。
長政たちは「盲留守信号」と当て字している。
アルファベットや平仮名を短点(・)と長点(-)の組み合わせで表す通信手段。
1837に発明されたもので、伊織の持ち込んだ技術の中では最も新しい部類に入る。
恐らくは日光を鏡で反射することで信号のやり取りをしているようだ。
天王寺防衛の夜戦の時は「がんどう」を使用したのではなかろうか?
簿記<技術>
経済活動(簡単に言うと物の売り買い)を通じて、経済状態を確認する方法のこと。
15世紀にイタリアで考案されたが、日本では19世紀に福沢諭吉が紹介したことで広まった。
なお、簿記という言葉は「bookkeeping」の翻訳だが、翻訳に際し福沢は「booking(bookkeepingが縮まったもの、ブキー、ボキーと聞こえる)」に
簿記とあてた、あるいは帳簿記録、帳簿記入の略称としてあてたと言われている。
単式簿記と複式簿記が存在し、単式簿記は単純に現金の収入と支出を記したもので、現金の管理に非常に役に立つ
(一番簡単な単式簿記は、誰もが一度は挫折したであろう「おこづかいちょう」である)
一方の複式簿記は現金を出してかった物もいわゆる「資産」として管理するため、どのぐらいの財力があるのかを把握しやすい。
たとえば単式簿記では、1000万円の現金から500万円の土地を買えば、500万円の支出で残金が500万円、となるが、
複式簿記では500万円の現金+500万円の土地、と考える。トータルで見れば「1000万円」は変わらないということだ。
簿記を導入すれば、いわゆる「どんぶり勘定」がなくなるので、現金があっても物資が足りない、あるいは物資を余計に買ってしまったがために
現金が不足し、必要なものがそろえられないといった事態が回避しやすくなる。
現金と物資の消費が激しい戦争においては、まさに武器と同じぐらいの革命といえるだろう。
参謀<兵科>
モールス信号による情報の即時伝達と、兵碁盤等が存在することによって発生した近代役職。
古今の知識を元に助言や、戦の吉凶を占う事が主任務の『軍師』より更に一歩進んだ存在である。
把握した情報を元に兵碁盤にて状況をリアルタイムでシュミレートし、総大将である長政に戦況を正しく伝達すると共に
それに応じた作戦立案の補佐を担当する。
浅井軍では元服したばかりの大谷紀之介吉継がこの任に充てられている。
敵を目視出来ない本陣から情報伝達のみによって正確な指揮を取る様は、浅井本陣を「CIC(軍艦の戦闘指揮所)」に喩えるコメを誘っていた。
円匙<道具>
スコップの事。もう一人の下天の天女がもたらした道具。
「えんし」もしくは「えんぴ」と読む。
作業用のみならず、軍の装備品として今でも不可欠の存在である。
帳具<道具>
チョークの事。もう一人の下天の天女がもたらした道具。
琵琶湖の貝を材料にして作ったらしい。
幻戦記14回にて胡粉(ごふん・・・風化した貝の粉末)と膠(にかわ・・・動物の皮や骨を煮て作る糊)を用いて実際に製作されている。
作事兜<道具>
ドカヘル(工事現場用ヘルメット)の事。もう一人の下天の天女がもたらした道具。
やはり、穴掘って埋まるつもりなのだろうか?
コークス<道具>
石炭を蒸し焼きにしたもの。高温で燃焼するため、より高度な製鉄を行うことができる
ちなみにコークスを使った製鉄がスタートするのは、18世紀のヨーロッパでの話である。
戦国蒸しパン<食べ物>
下天の天女が作った菓子。
当時としては食べる習慣の無い鶏卵・牛乳と、貴重品である蜂蜜、うどん用でしかなかった小麦粉で作られた蒸しパン。
味のほうは、伊織にもお市の方にも微妙のご様子。
原因としては膨らし粉(ベーキングパウダー)が入っていない事と、蜂蜜(果糖)は高温になると甘味が薄れるという特徴故
と思われる。はたして改良なるか?
伊能忠敬涙目<タグ>
伊織が戦国時代に持ち込んだ全国道路地図は、浅井長政の命令で海北綱親の息子(海北友松か)が必死こいて描き写ししているらしい。
伊織立志伝の時点では近江や越前の一部地域にとどまっていた様子だが、二年経った幻戦記では日本全国の地図が完成しているかも。
今後、海北友松が日本画家としての作品を残せるのかは不明。
金創士<兵科>
下天の天女がもたらした近代兵科。
金創とは刀(金物)で出来た傷のことを指す。つまりは衛生兵部隊(メディック)のこと。
旗指物はもちろん赤十字。アンリ・デュナン涙目。
白匙衆<兵科>
円匙を装備した土木作業に特化した部隊。いわゆる工兵。二俣合戦の傷病帰還兵を中心に編成された。
石山本願寺攻略の際には、田中吉政が指揮し、天王寺陣地を一日で構築した。
天王寺城<地名>
信長の石山本願寺攻略の際に、参陣した浅井軍が天王寺に築いた城。
史実での築城者は塙直政(作中より遅い実際の天王寺の戦いの当時は原田直政と改姓している)で天王寺砦ともいう。
雪歩の発案で五稜郭をモチーフとした六芒星型の稜堡式城郭となっている。
稜堡式城郭は17世紀初頭からの開発なので、理論でもざっと50年から100年ぐらい先取りである。
(五稜郭の建設は幕末だったのだが、このときは既に稜堡式城郭は時代遅れと評価されていた)
なお、六芒星は日本では「篭目紋」といい、駕篭の目が詰まっていることから、邪気をはらう力があると信じられており、
実際にいくつかの家では家紋として使っている家もあり、形そのものは日本でも神秘性を持って受け入れられていた。
天女の縄張りで邪気をはらう力があるとしたのは、案外長政の方便というわけではないといえるだろう。
孔雀の戦法<戦術>
敵の総司令官を捜し出して直接狙い、最小の労力で戦況を大きく有利に導く戦法。
太平洋戦争時、日本軍連合艦隊司令官である山本五十六の戦死をアメリカ軍が「アヒルの中に孔雀が一羽いた」と表現した事を由来とすると思われる。
ただし、本願寺攻めにおいては対象が仏にも等しい扱いを受ける顕如上人であった為か、流石の長政も迷いを隠し切れず、
藤堂高虎や片桐且元も伊織の檄なしにはこれを撃つ事が出来なかった。
手取川の合戦
幻戦記後日談で語られた片桐且元のお手伝い戦。この戦いでも孔雀の戦法が用いられ、軍神も顕如上人と同じ命運を辿った。
視聴者からのもっとも動画化の要望の強いエピソードである。
動画用語
下天の天女<人物>
伊織と雪歩のこと。下天という言葉は、敦盛の「人間五十年、下天のうちをくらぶれば」の歌詞でも知られる。
下天の一日は人間界の50年に相当する云々、と作中に長政による解説がある。
戦国時代の人々にとっては、伊織と雪歩の存在は、未来人という概念よりも天女扱いで捉えるほうが理解しやすいらしい。
ただの人間だと知っている者と、よく判らないなりにあえて異は唱えない者、心から天女と信じている者などによって、伊織と雪歩に対する扱いも様々。
なお、北近江国にある余呉湖には、天女伝説が残っているらしい。
ひあういごう!<台詞>
「Here we go!」…いわずと知れた伊織の持ち歌。
「さあ、行きましょう」転じて「いざ往かん」と、磯野員昌は解し、磯野軍の鬨の声として用いられる事になる。
また、伊織を見かけた足軽や、雪歩を見た町民が、手を合わせてこの言葉で拝んでいる。
この六号(六文字)を唱える限り、いかなる宗門の宗徒・坊主を討とうが、決して地獄に落ちることは無い、とも。
一向一揆に対する最終兵器と言っても過言ではなく、磯野軍が一向一揆を蹂躙する様は草を刈るようだと言われる。
水色さん <コメント>
中曽根ティーチャー、ではなく、毎回水色の字で画面下部に解説をいれてくれる職人のこと。
ゲーム中に登場しない筈のマイナー武将が平気な顔をして登場したり、独特の言い回しが頻出するため、解説職人は必須の存在。毎回お疲れ様です。
あっち(向こう)の雪歩<コメント>
主に、すいぎんP作「奥州風来記」の主役である雪歩のことを指す。同じ太閤立志伝Ⅴを素材にしており、タイムスリップして戦国時代に訪れた
共通点がありながら、作中の雪歩とはあまりに行動パターンが異なるためか、なにかと比較したコメントがつけられる。
遮那王丸 <道具>
作中にて長政から伊織に渡された刀。長さとしては脇差に分類され、拵えが軽く使いやすい。長政の祖父・浅井亮政が名づけた。
遮那王は源義経の鞍馬寺時代の呼び名で、おそらく「刃の軽さ、八艘飛びの如し」とのことでつけられたのだろう。
銘は無銘だが、おそらく応仁の乱に際し大量に生産されたものの一つと思われる。
ゲーム中には登場しない武具だが、装備すると武力が+4されるようだ。
紙鎧 <道具>
作中にて長政から伊織に渡された紙製の紅塗鎧。
どういう訳かアイマスのシンボルマークが 前立てに付いている。
伊織は紙製である事が大層不安で仕方がないようだが、漆で塗り固められた
紙鎧は強度もそれなりにあり、かつ軽くて動きやすい為、変わり兜の材料となったり
後北条氏のように制式装備として採用する勢力もあったほど実用性は高い。
数十キロの重さになる鉄製の当世具足を着て身動きが取れなくなるより、よっぽどマシである。
当世具足と比べて耐久性で大きく劣るが、安価な点も見逃せない。
なお、時代劇でよく代官がかぶっている陣笠も、竹の骨に紙を張り、漆と柿渋で固めたものである。
また、本多忠勝の兜「鹿角脇立兜」の最大の特徴である鹿の角も、何枚もの和紙を重ね貼り黒漆を塗り固めたものである。
白天目 <道具>
長政からお茶が好きな雪歩に渡された。白い釉薬のかかった茶碗のこと。天目茶碗は普通黒いので、白いものだけを特に「白天目」と呼ぶ。
ゲーム中では価値3、価格20貫の茶器として登場。逸品ではないため、所有によるパラメータの増加はない。
「生天目仁美とは関係がない」というコメントもあったが、生天目さんのご先祖は元武田家臣で、勝頼が天目山で自害し滅亡した後も
「俺たちは天目山で死ななかったぞ!」という意味を込めて「生天目」を名乗ったという。天目茶碗も中国にある天目山で使われていた
ところから由来しており、どちらも「天目山」が由来であるという点では、ちょっとだけ関係があるといえる。
小豆袋 <道具>
史実では、朝倉方についた浅井に背後をふさがれたことを暗示する品としてお市の方が兄・信長に送ったもの。
作中では、信長と長政が朝倉を攻め、いずれは二人で天下を手にすることを願う品、という解釈がなされている。家康涙目?
存在感のある15歳(14歳)<人物>
主に藤堂高虎、大谷吉継、石田三成、片桐且元を指す。太閤立志伝内のグラフィックが青年期~壮年期のものであるため、
現在の彼らの実年齢と一致しておらず、ヒゲがご立派であったり、面体を布で隠していたりとある意味個性的な状態となっている。
また、大谷と石田は伊織の推挙で登用されたらいく、青田買い・人材チート・秀吉涙目等のコメが多く寄せられた。
なお、一通りコメントした後でそっと脳内でかわいい顔に置き換えるのが、より楽しく見るコツである。
三成<人物>
雪歩が「石田佐吉」に「三杯の茶」を振舞った折に付けたあだ名…と雪歩本人は思っていたが、その時点で13-14歳である佐吉当人は、
雪歩が烏帽子親として諱(いみな)を贈ってくれた…と捉えたようだ。三杯の茶に因んだようにとれるし、仕方ないのかもしれない。
ローゼン宮部 <人物>
宮部善祥坊継潤のこと。顔が(゚⊿゚)←こんな感じなところから、某元外務大臣のニックネーム(?)にかけて、“ローゼン”と冠するようになった。
イケメン長政や、15歳に見えない藤堂高虎などよりも、出るだけ・しゃべるだけでコメントの取れる宮部は、ある意味誰よりも優れているといえよう。
鼻の穴 <人物>
安養寺三郎左衛門経世のこと。その鼻の穴の大きさは、コメントをして「見入ってしまってコメントを忘れてしまった」と言わしめるほどである。
某演歌歌手サブちゃんもびっくりだ。むしろ、「三郎」左衛門だから、サブちゃんをリスペクトした可能性が高いw
山陰の麒麟児<人物><タグ>
山中鹿介幸盛のこと。その類稀なる才能を評してこういわれる。
また登場時の固定BGMに因んだ「シカ・ヤマト」や、世界樹の迷宮の鹿に因んだ「FOE」というコメント・タグもつくことが多い。
長政、まさかのM説 <タグ>
戦国の慣習など知る由も無く、無礼をはたらき続ける伊織を笑って許し続ける浅井長政にかけられたあらぬ疑い。
伊織ファンのドM民共は早くも「我が同類」扱いしている。
同種のタグに「長政は微ツンデレ」など。
い、一里でございますか。 <台詞>
伊織から七十二式一号噴進弾の目標飛距離を聞いた鉄砲鍛冶の言葉。
一里は4kmというのが良く知られているが、実はこれは江戸時代に定められたものであり、時代によって、あるいは地域によって一里の定義はかわり、
中国で使われていた一里は500mである。しかし、伊織の頭のなかに中国の一里が入っていたとは考えにくく、また中国の一里は「支那里」と
呼ばれていたこと、また既に36町を一里と定めた国もあったことから考えても、伊織は4kmの意味で「一里」と呼び、鉄砲鍛冶もそのつもりで
解釈した考えるのが妥当だろう。
漢たるもの、世に生きては七尺の剣を帯び……<台詞>
三国志の英傑の一人、太史慈(子義)が亡くなる際(正史では病死、演義では張遼に討たれたとされる)に残したとされる言葉。長政が引用した。
本来、この台詞の後ろには、「天子となるべきものを、志を果たさぬうちに逝くとは」との趣旨の言葉が続く。
自分は信長の家臣ではなく、独立した大名である、との長政の矜持を示したもの。
浅井喜八郎井織<人物>
浅井長政の軍師だが、素性等に謎が多い。長政の末弟とする説もあるが血の繋がりはないと言うのが通説である。
鉄砲・火箭の改良及び運用、発光信号(盲留守)による情報伝達、衛生兵(金創士)工兵(白匙衆)の創設等、
浅井軍のあり方…戦国時代の戦争を劇的に変えたといっても過言ではないだろう。
火箭の呼称に西暦を使ったり、本願寺攻めに躊躇いがなかった事から切支丹…果ては南蛮人だったという説、
残されている紅塗鎧からみるに、かなり華奢な体格だったようで、女性だったとする説もある。
あまり好戦的な性格ではなかったらしく、最前線で切り込んで行くような活躍はしなかったとされるが、
味方を装って長政を討とうとした真柄直澄の正体を見破って一刀の元に斬り捨てた足羽の戦い、
孤立した尼子勢を救った丹後の単騎駆けなど、味方の窮地を救う武勇伝は少なくない。
「淡海に 色添えもせず ぼたん雪 庵恋しき 日々の長浜」<台詞>
淡海(あわうみ)は琵琶湖を意味する。また、近江(おうみ)の語源ともされ、転じて近江の国そのものも指している。
ぼたん雪は、積もり難く、すぐ融ける雪。庵は、住居・家の意。これらを踏まえると次のような意味になる。
「牡丹雪では近江を雪化粧することすらできません。冬の長浜では他に見るべきものもなく、家が恋しいです」
しかし、浅井喜八郎井織の妻・お雪の方が、夫の出陣中に詠んだ事を踏まえれば、もう一つの意味が出てくる。
ぼたん雪はお雪の方、庵は井織を指し、恋しきは無事の帰りを待ち望む様子と捉えられる。
「近江の国に何の力添えも出来ないダメダメな私は、井織様が長浜に無事にお戻りになる事を日々待ち望むだけです」
一般知識他
三段撃ち<戦術>
いわずと知れた、鉄砲を三グループに分け、弾丸を込める時間を短縮する戦術。
長篠の戦いで武田騎馬隊に対して織田・徳川連合軍が行い、凄まじい効果をあげたとされる。
作中では野村直隆が比叡山門徒に対し猛威を振るった。
諱(いみな) <文化>
戦国時代の武将は通称、官位、諱など、複数の呼び名を持っている。信長、家康、長政などは諱にあたる。つまり本名のこと。
諱は「忌み名」とも書かれることから、他者が口に出して使うことはタブーとされていた。
作中のように武将同士の会話は、通称か官位で呼び合うスタイルとなっており、当時はこれが一般的だった。
そんな中にあって、伊織だけは平気で相手の諱を呼びまくっている。ならわしを知らないのではなく、自分のやり方を変えたくないだけと思われる。
また、諱のうち、親子間などで代々受け継がれる諱を「通字」もしくは「系字」とよぶ。
足利家の「義」、徳川家の「家」、後北条家の「氏」、伊達家の「宗」が通字として知られる。
浅井家では、宗家が「政」を、現在雨森弥兵衛とともに小浜を治める浅井井伴の一族が「井」の通字を持っている。
通字以外の諱を偏諱(へんき・かたいみな)といい、主君から褒美として部下や功臣に与えられる風習があった。
浅井長政が一時期名乗っていた「浅井賢政」の「賢」も、六角義「賢」から偏諱として与えられたものである。
この例を見てもわかるように、格上の家の人物の「下の一字」を、格下の家の人物の「上の一字」とする行為「一字拝領」は、この時代頻繁に行われていた。
戦国大名に伊達晴宗、武田晴信、尼子晴久など、「晴」が多いのは時の将軍足利義晴が「晴」の字を乱発したためである。
それによる礼金は足利将軍家の収入源になっていた。
数寄者<称号>
ゲーム中では、茶会を繰り返すことで入手できる札のこと。魅力が+3される。
作中では長政が雪歩のことをそう称した。というより、伊織が雪歩のことをそう紹介したようだ。
雪歩は長政の立ち居振る舞いからその力量を推察したり、茶道具の価値を見抜いたりしているので、あるいは本当に札を取得しているかもしれない。
読み方は「すきもの」ではなく、「すきしゃ」なので注意。
祐筆<役職>
大名の発行する公文章を書く事務方のこと。祐筆というのは近代に入って用いられた言葉で、当初は「右筆」と書いた。
当時の文章はもっぱら「崩し字」を用いて書かれていたため、今のように文字が一定していない。時代によって読み方の換わる字すら出てくることもある。
当然書き方によっては誤読、誤解も発生するわけであり、公的文章で発生する誤読はいらぬトラブルの元と言える。
祐筆はもちろん「字がきれい」でなければならない役職だが、同時に「誰でも読める字」をかけなくてはならないのである。
有名な祐筆としては、三好義継に仕えた松永弾正久秀があげられる。歌、舞踊、茶数寄にも通じており、いかに久秀が高い知識を有していたかが伺えるだろう。
浅井家では、浅井秀信なる人物が長い間祐筆を務めていたが、作中の時点では既に死亡しているため、誰が祐筆を務めているかは不明である。
なお、似たような事務方で、公的な文章の書き方を考える「奏者」という役職も存在する。
長浜城 <地名>
現在の滋賀県長浜市にあった城。伊織幻戦記での浅井長政の本拠地。
史実では羽柴秀吉の手によって開発が進められたが、作中では長政がその役を担っている。
元は今浜という地名だったが、作中では長政の長の字(史実では信長の長の字だった)をあて長浜と改められた。
城主の間が小谷城に比べて豪華になったようにみえるが、実は大名用ではなく城主用の背景画だったりする。
城近くの琵琶湖湖畔には、伊織が噴進弾用の射爆場を作ったようだ。
水瀬曲輪、水瀬屋敷 <地名>
長浜城にある、幻戦記における伊織と雪歩の住処。
本来は、浅井長政が長浜城築城の際、小谷城にいる父・久政のために作らせたものらしいが、無人の状態が続いていたためか、自然発生的にこう呼ばれていたらしい。
国友村 <地名>
現在の現在の滋賀県長浜市国友町。堺と並ぶ鉄砲の生産地として有名だった。
国友は信長が鉄砲を大量発注したところから発展し、戦国期の鉄砲の、実に25%ものシェアを持っていたという。
ゲーム中では、今浜(長浜)の町にある鍛冶屋として登場する。
幻戦記作中では、伊織および雪歩が国友村に現れるところから物語が始まる。
小谷城 <地名>
現在の滋賀県東浅井郡湖北町にあった城。伊織立志伝では浅井長政の本拠地であった。
伊織幻戦記では長政の父・久政と、浅井政澄が守っている。
佐和山城 <地名>
現在の滋賀県彦根市にあった城。磯野”ひあういごう”員昌が城主である。
後に石田三成が城主となったことでも有名で、「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と言われたほど非常に堅牢な城だった。
南近江や伊賀国に近く、伊賀には旧領主だった六角氏が逃れていたこともあって、戦略上重要な拠点といえる。
山本山城 <地名>
現在の滋賀県東浅井郡湖北町にあった城。ゲーム中には登場しない。阿閉貞征が城主である。
山本山は小谷および長浜からそれほど離れていないが、ここから北は越前に近く、逆にいえば越前を見張り、防衛するためには非常に重要な拠点である。
阿閉の出番こそ少ないものの、任されている城の重要度から考えても相当な重臣と言えるだろう。
なお話中で阿閉父子が建部山城に配属されるため、城主不在となっている。
府中城 <地名>
現在の福井県越前市にあった城。作中では柴田勝家が城主となっている。
ちなみに現在市役所に府中城の門が残っているが、これは天正3年に前田利家が築いたものであるため、作中に出てくる府中城とは異なるものである。
ゲーム中には登場しない城のため、信長の朝倉攻めの際には、ほとんど戦わずして落城した、との扱いとなっている。
一乗谷城 <地名>
現在の福井県福井市にあった城。朝倉氏の居城である。
「朝倉氏の本拠地である」以外には戦略的な価値をほとんど持たなかった立地条件のため、結果的に現代にまで遺構が残り、学術上貴重な史跡となっている。
朝倉家滅亡後は桂田長俊(前波吉継)が城主として入っていたが、史実では病で、作中では一向一揆に巻き込まれて死亡。現在の城主は不明(おそらく空位)である。
北庄城 <地名>
現在の福井県福井市にあった城。後に福井城に改められる。城跡は現在福井県庁舎・福井県警本部となっている。
作中では当初朝倉景行が城主だったが、朝倉攻略の功績により、赤尾清綱が周辺の坂井郡とともに統治している。
史実の北庄城および福井城は実は4度造りかえられており、史実で良く知られる北庄城は柴田勝家が縄張り(設計)をして築いたものであり、
それ以前に作られていたものは、一乗谷城の支城(市役所における出張所みたいなもの)でしかなく、規模はそれほど大きくなかったとされる。
なお、柴田勝家の築いた北庄城を結城秀康が改築し、その後松平忠昌の手で福井城が築かれた。
余談だが、福井城跡の堀は現在でも水が通っており、福井県庁ならびに県警本部は堀に囲まれている。
「何かの事故で橋が落ちたらどうするんだ」と県民一同密かに思っている(稀に口にする)事は言う間でもない。
小浜城 <地名>
現在の福井県小浜市にある城である。しかしこれは1600年に京極高次が築城したものであり、作中の小浜城とは別のものである。雨森弥兵衛が城主と見られる。
元々はこの近くに後瀬山城という城が存在するが、山城のために海運などの管理が不便である。そのため港に近い位置に移築したのではないか、と推察される。
なお、作中で長政は祖先を佐々木源氏、京極家とする尼子勝久と対面するが、史実で小浜城を築いたのが京極家の直系たる高次だというのも、また奇縁といえるだろう。
小浜湊 <地名>
現在の福井県小浜市で、小浜は「おばま」と読む。
古代より良港として栄えており、作中では出雲の玉鋼との交易や、(作中で言及はされてないがおそらくあるだろう)浅井水軍の中心拠点として機能している。
ゲーム中には「小浜の町」として登場。商家がある他には、これといった特色のない町である。
現在は雨森弥兵衛、浅井井伴が統治している。
建部山城 <地名>
現在の京都府舞鶴市下福井にあった城。丹後を治める一色氏の居城。
築後200年という古くからの城であるが、浅井勢に雇われた新宮党の小倉鼠介、および鉢谷賀麻党の手によって放火され、あえなく落城。
現在では阿閉淡路守貞征、および阿閉孫五郎貞大が城番として入城し、尼子勝久率いる新宮党が旧臣を集めている。
なお、ゲーム中には登場せず、一色氏の居城は建部山城よりも西に位置する宮津城となっている。
二俣城<地名>
現在の静岡県浜松市にあった城。天竜川と二俣川にはさまれた山城で、非常に堅牢な城だったといわれている。
信濃を治める武田信玄にとっては、遠江の入り口ともいえる拠点であり、そのため信玄と徳川家康の間で幾度となく激しい攻防が繰り広げられた。
作中ではこの城の前で、徳川勢16000(浅井家2000、織田家6000を含む)と武田勢25000が激突したが、武田勢が勝利。
織田勢は坂井政尚、森可成らが討死し、浅井家も大将格の安養寺経世が戦死した。
丹後水軍<勢力>
ゲーム中では舞鶴の港に拠点を置く水軍で、頭領は奈佐日本之助。(なさ・やまとのすけ)
史実では奈佐日本之助は但馬に拠点をもっており、但馬水軍とも称され、尼子家再興に生涯を捧げた山中鹿介を助力したことでも知られる。
作中では、若狭国の小浜湊を得た浅井家とつながりを深め、協力関係にあるようだ。
鉢屋賀麻党<勢力>
ゲーム中では「鉢屋衆」として登場する、鉢屋の里に拠点を置く忍者衆。
尼子経久に協力し、月山富田城を奇襲攻撃(元旦のお祝いに踊りを披露しに行くという名目で、衣装の下に鎧をきて城に侵入し、火を放った)で
攻め落としたことで名高い。
作中では浅井家が出雲の鉄を購入する過程でつながりを深め、任務を依頼できる程度には関係を深めているらしい。
最終更新:2008年07月08日 18:36