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Paradise Lost(前編) ◆9L.gxDzakI




「……もうすぐ11時か」
 1匹の蝶の呟きが、微風の中に溶けて消えた。
 既に天頂へと至った太陽は、燦々と黒き揚羽蝶を照らしている。
 髪を揺らす風が、何故だか冷たい。ツインテールにまとめられた、穏やかな輝きを放つブロンド。
 心優しき真紅の瞳は、しかし今は、空虚な血の光をまとっていた。
 フェイト・テスタロッサ。
 漆黒と紫の仮面を身につけし、殺戮者へと堕ちた魔導師の少女。
 その身に羽織った黒きマントは、かつての冷淡な戦士の姿を彷彿とさせる。
 もうここにはいないのだ。
 数多の人々に支えられ、優しき心に目覚めたフェイト・T・ハラオウンは。
 今ここに立っているのは、かつての魔女の奴隷として、心を殺して戦う人形。
 否、かつてのままならばまだよかった。
 母プレシアの指示の下に戦いながら、次第に元来の人格故に、迷いを生じさせていたかつてならば。
 しかし、今の彼女には、もはや一切の揺らぎはない。
 己が身を殺人の舞台へと走らせる決意は、より強固なものへと変貌していたのだから。
 喪われた大切な仲間達を、自分が優勝することによって取り戻す。
 勇猛果敢な好敵手を。冷静沈着な義理の兄を。
 誰よりも強く、誰よりも優しき、生まれて初めてのともだちを。
 もはやフェイトに迷いはない。
 暗黒のパピヨンマスクによって武装した瞬間から、彼女の意志は決まっていた。
 自ら「弱い」と認めた精神を、繋ぎ止めていた最大の支柱――それを取り戻すための戦いだから。
 最も大切な人間はもういない。それ以上に大切な人間がいるはずもない。
 この場に集った数十人が、たとえ束になって説得しようと、揺らぐことなど有り得ない。
「行こう」
 手にしていた時計をデイパックへと戻し、進む。
 右手にくろがねの銃口を構え、バリアジャケットの具足でアスファルトを叩き。
 眼前に立つデパートに向かって、ゆっくりとフェイトは歩き出した。
 当初の予定よりも若干早いのは、一階に人の気配がなかったからだ。
 手にしたライフル・オーバーフラッグには、先ほどからエリアサーチを実行させている。
 異端の魔女が施した呪縛――身体の制限が原因か、その発動効率は通常よりも悪い。
 ついでに言うならば、範囲も狭い。地上1階を探るのが限界だ。
 そしてその1階には、未だに他人の気配はなかった。
 ということは、もしここに他の参加者がいるとするならば、2階以上の階層に潜伏しているということになる。
 エレベーターやエスカレーターが機能している保障はない。であれば、移動手段は徒歩しかない。
 想定しうるファースト・コンタクトのタイミングまでには、必然的に若干のラグが生じる。
 うぃん、と開く自動ドア。
 こうして予定よりも早く扉をくぐったのは、そのタイムラグを考慮した上でのこと。
 さて、ここにはどんな人間がいるだろうか。
 夜天の主や鉄槌の騎士のような、見知った顔もいるのだろうか。
 もっとも、そうした人間がいた所で、為すべきことは変わらないのだが。
 そう。自分が犯すのは、決して無為な殺戮ではない。
 みんな殺して、自分が生き残る。そしてプレシアの力を借り、みんな復活させて日常に帰る。
 創造のための破壊。破壊による創造。
(救うために、私は殺すんだ)
 己が意志を胸中で呟き、鉄のブーツで足音を立てた。


「ふぅ~……結構しんどかったなぁ」
 抑えた少年の声と共に、2つの人影が3階へと現われる。
 遊城十代と柊つかさ。
 真紅のジャケットに、赤いラインのセーラー服。
 どちらも、赤色を盛り込んだデザインの学生服に、袖を通した2人組。
 先刻までつかさの心を支え、そして意図せずして十代と刃を交えてしまった女性の仕掛けたバリケード。
 もう1人のフェイトの用意した壁を潜り抜け、また元の形へと戻し、奥の方へと歩いていく。
「でも、色々と手に入ったよね」
「ああ。少なくとも、無駄な努力じゃなかったよな」
 微かに笑みを浮かべるつかさへと、にっと笑いながら十代が返した。
 一方、内心でほっと胸を撫でおろす。
 数時間前まで涙していた彼女だったが、遠慮がちであっても、どうにか笑えるようにまでは落ち着いたようだ。

 十代が転移魔法の仕掛けによって、このデパートへと姿を現してから、既に3時間以上が経過していた。
 つかさが恐怖と悲嘆の涙を流し終えてから、彼らが最初に行ったのは、お互いの持っている情報の交換。
 まずは十代がつかさに、禁止エリアの場所を問われたのが始まりだった。
 放送で高町なのはの名前を聞いたことで、軽くパニックに陥っていた彼女からは、すっかりその記憶が抜け落ちていたらしい。
 そしてそれに合わせるようにして、つかさの世界におけるなのは達のことを聞きだす。
 あのクアットロの推測通り、やはりここに集まった参加者達は、それぞれにパラレルワールドから呼び寄せられたようだ。
 既に20代にさしかかっていたはずのなのはとフェイトが、高校に転入してきたというのが、何よりの証拠だった。
 どうやらその辺りの可能性は、つかさもフェイト自身から聞かされていたらしい。さすがに理解は早かった。
 その一方で、やはり先ほど相対したフェイトは、自分の知るデュエルゾンビではなかったらしいと知る。
 12時に戻ってきたら、誤解したことをちゃんと謝ろう。
 申し訳なく思った十代は、内心で固く誓った。
 そしてその後、つかさから、サービスカウンターに届いたというメールのことを聞かされる。
 記されていた4つの事項はちゃんと頭に叩き込んだが、やはり彼も、「月村すずか」の名に覚えはなかった。

 ――んじゃ、もう一度このデパートを調べてみようぜ。

 情報交換の後、そう提案したのは十代だった。
 謎の人物――どうやら地上本部には先客が来ていたらしい――からのメールでも、施設の調査が指示されている。
 加えて彼はまだここに来たばかりで、何が置かれているのかも知らなかった。
 もちろんこのデパートは、既に最初にいたフェイトによって品物の物色がなされている。
 しかし、魔導師として優れた戦闘能力を持つ彼女と、一般人の十代では、欲しい物は違うのだ。
 フェイトが3階に戻ってくるのは12時。ならば、それまでに探索を終えればいい。
 つかさの了承を得た彼は、共にデパートの調査を実行した。
 各階で二手に分かれては、合流して1つ上の階へ上るという動作を繰り返していく。
 フェイトのスタート地点は屋上だった。
 その彼女が他の参加者を見つけていないのだから、このデパートには自分達2人しかいない。
 2人が一時的とはいえ、分かれて作業をすることができたのは、そうした確信によるところが大きかった。
 そして、それぞれに物資を確保し、今に至る。

「やっぱすぐに食えるのは、野菜かパンくらいだったな」
 デイパックを開きながら、十代が言った。
 同様の作業を行うつかさが頷く。
 取り出されたのは、トマトやキャベツなどの野菜類と、袋に入れられたパンの類。
 そこからジャムパンを拾うと、開封してつかさに渡した。
 おずおずとそれを受け取り、口に含む。
 十代には知る由もなかったが、彼女はこのデスゲームの中で、まだ一度も食事を摂っていなかった。
 自身もロールパンを取ると、それに食らいついた。腹ぺこなのは彼も一緒だ。
 これらのような食料品は、持っておくに越したことはない。空腹は生存率を著しく低下させる。
 異世界へと飛ばされたデュエル・アカデミアで、十代が心底思い知ったことだった。
 もっとも、抜け目がないというか何というか、やはり陳列されていた食品は少ない。
 下手に籠城をされると、殺し合いが円滑に進まなくなる。
 プレシアもその辺りを考慮したのだろう。ここに置かれていたすぐに食べられる食品は、大体これで全部だ。
 刺身類などもあったにはあったが、持ち歩くのには適してない。恐らく、ぼやぼやしていると腐る。
「あと、他にあったのは……これと、これと……」
 ロールパンを口に咥えながら、またも十代がデイパックをあさる。
 取り出されたのは木製のバットにエアガン。どちらも自衛目的の品だ。
 バットはメインウェポン、エアガンはハッタリで脅すためのもの。
 武器としては、支給された銃剣もあるにはあるのだが、あれでは殺傷性能が高すぎる。
 それに比べて、刃のないバットならば、まだ相手の命を気にすることなく戦えるだろう。そのための装備だった。
「それから、最後にこれ、と」
 最後に取り出されたのは、赤紫色を基調としたカードだった。
 独特な模様の裏面に、表面の中央に配置されたイラスト。
 「リビングデッドの呼び声」と書かれたそれには、不気味な墓場の風景が描かれていた。
「それって何?」
「デュエルモンスターズ。一番上の階のおもちゃ屋に、この1枚だけ置いてあったんだ」
 俺達の世界で流行してるカードゲームさ、と十代が言う。
 このデュエルモンスターズ・カードゲームは、インダストリアル・イリュージョン社によって発売されているものだ。
 社長にして発案者のペガサス・J・クロフォードは、古代エジプトでの魔術儀式の碑文を元にこれを発明したという。
 更に歴史をさかのぼれば、その儀式もまた、異世界の力の片鱗が、人の魔力となって発現したものなのだそうだ。
「それがいわゆるカードの精霊っていうやつで、俺達が飛ばされた世界では、そいつらと一緒に戦うことができたんだ。
 こいつが置かれてたってことは、ここでもカードの効果が現実化するってことなんじゃないかな?」
 仮にそうだとするならば、非力な十代達にとって、非常に強力な武器となるはずだ。
「じゃあ、このリビングデッドの呼び声ってカードなら、死んだ人を生き返らせることができるの?」
「んー……多分、無理だと思う。このカードが復活させられるのは、あくまでモンスターカードだけだろうな」
 カードテキストを指し示しながら、十代が言った。
 あの異世界においても、カードがそこに記された以上の効果を発揮したことはない。
 カードが持ちうる効果は、あくまで実際の決闘(デュエル)に基づいたものだ。
 故に、モンスターカードを墓地より特殊召喚する、と定められた「リビングデッドの呼び声」には、それ以上の効果は望めない。
 あくまで復活させられるのはモンスターカードであり、人間などは対象外だろう。
 なのはを蘇らせることを期待していたのだろうか。微かに、つかさの顔に落胆の色が浮かんだ。
「……あ、そうだ」
 と、ややあった後に、うなだれるような形になっていた顔が持ち上げられる。
 そしてそのまま、デイパックの中へと手を伸ばし、ごそごそと動かし始めた。
「確か、それと似たようなのが……」
「えっ? カードが支給されてたのか?」
 この展開に、十代は思わず目を丸くする。
 もしもつかさがカードを――特にモンスターカードを持っていたとすれば、この上ない僥倖だ。
 現在手元にある「リビングデッドの呼び声」は、単独では特に意味を持たないカードである。
 たったこれ1枚だけでは、いかに優れた決闘者(デュエリスト)といえど、戦うことなどできはしない。
 だが、もし他に手があったならば、話は大きく変わってくる。
 複数のカードが手に入れば、コンボを組み立てることも可能だ。
 やがて、せわしなく動いていたつかさの手が止まる。
「あった、これ――」
 どうやら、その手にカードの感触を確認したようだ。
 そのまま、デイパックの中の右腕を持ち上げようとする。
 十代の全神経が、彼女の右手に握られているであろうものに集中された。
 だが、

「――止まりなさい」

 かけられた声が、それを許さなかった。
「!?」
 割って入ったのは、十代のものともつかさのものとも違う声。
 突如現れた第三者の方へと、反射的に視線を飛ばす。
 バリケードをぶち破って入って来たのだろう。1人の少女が、冷たい銃口を構えていた。
 黒一色の装束に身を包んだ彼女は、十代達よりも遥かに幼い。恐らく、10歳前後の子供だろう。
 だが、その顔を覆った派手な仮面が、何より黒光りする銃身が、ただならぬ気配を放っていた。
 漆黒の揚羽蝶の翼から覗く瞳には、何の感情も浮かんでいない。おおよそ子供とは思えぬ冷淡な視線。
 いわゆるパピヨンマスクと呼ばれるそれの両端からは、黄金の長髪が伸びていた。
 黒いリボンで結ばれたそれは、いわゆるツインテールというもの。つかさの姉もよくやっていたそうだ。
 そして、その髪型には見覚えがある。その髪色にも、瞳の色にも。
 顔はマスクに覆われている。人相などは分からない。
 だが、2人は知っているのだ。
 黄金のツインテールに、真紅の瞳を持った女性を。
 片や異世界から現れた戦士として、片や隣のクラスへ転入してきた友人として。
 であるならば、彼女の正体に気付くのには、それらの特徴だけで十分すぎる。
「まさか……」
「もう1人のフェイトさんかっ!?」


(もう1人の私、か……)
 どうやら目の前の2人は、あのもう1人の自分に会っていたらしい。
 自分と同じ顔立ちに、同じ金髪をストレートにしていた女性の姿を、ぼんやりと思い出す。
 であれば、ここに来るまでに用意されていた仕掛けも、その人によって用意されたのだろうか。
 飛行魔法で回避した鳴り物を追想。確かに本来の自分ならば、ああして目の前の弱者を守ろうとしてもおかしくない。
 容姿だけでなく、その人格さえも、自分と同じなのだとしたら。
 そう思いながら、見るからに一般人といった様子の2人組を見据えた。
「まさかあんた……この殺し合いに乗ってるのか!?」
 茶髪の少年が、フェイトに問いかけてくる。
 どうみても歳上の男から、まるでこちらが歳上であるかのように扱われるのは、さすがにむずがゆいものがあった。
 だが、そんなことはいちいち気にしてなどいられない。
 これから自分は人殺しをするのだから。
 それも先の新庄の時とは違い、直接死体を目の当たりにするのだから。
「どうしても助けたい人がいるんです。生き返って、一緒に生きてほしい人が」
「そんなの駄目だ! 誰かを殺して幸せになろうなんて、考えちゃいけないだろっ!」
 あぁ、この人は強いんだな。
 そんな印象が浮かんだ。
 肉体はさほど強靭ではない。魔力も欠片も感じられない。戦闘力などありはしないのだろう。
 それでもその瞳には、それを覆すほどの光がある。
 かつて自分に語りかけてきた、なのはの真っすぐな視線が重なる。
 この人は強いのだ。少なくとも、精神力という一点においては、間違いなく強い人間なのだ。
 だからこそこの状況において、そんな目ができるのだろう。そんな言葉が吐けるのだろう。
「貴方達も必ず生き返らせます。だから、今は死んでいてくれませんか」
 だが、自分は違うのだ。
 自分の心は、こんなにも弱い。
 シグナムのいない明日が考えられない。クロノのいない明日を考えたくない。
 なのはのいない明日を生きたくない。
 だから自分は、こんな手段を取ることしかできなかった。それは認めよう。
「……ッ!」
 目の前では、あの少年が固く唇を噛み締めている。
 何せ彼は、もう1人の自分のことを知っているのだ。
 恐らく母の手によって、戦わせるために生み出されたであろう彼女のことを。当然、その強さを。
 抵抗はできないと悟ってくれたのだろう。同時に、自分が動けば、同行者もまた危険に晒されるであろうことも。
 むしろ、その方が都合がいい。
 その方が、スムーズに殺すことができる。
「すみません」
 謝罪の言葉が口を突いた。
 迷いはしないと決めている。今更後戻りする気はないし、この行いを悪だとも思っていない。
 であれば、そこに込められたのは敬意。
 目の前でこちらを睨んでいる、強い信念を持った少年への。
 故に、謝るのだ。
 心弱き自分の力が、心強き彼を飲み込んでしまうのだから。
 本来なら、自分達の立場はあべこべであるべきだったのだろう。
 しかし、現実は残酷だ。
 運命は弱き自分に力だけ与え、強き彼を無力とした。
 ぐ、と。
 引き金にかけた指に力がこもる。銃身へと魔力が注ぎ込まれていく。
 この人には、苦しんで死んでほしくはない。せめて即死で済むように、的確に頭を狙い撃とう。
 そう決めて。
 弾丸を、放った。


 どうして?
 どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?
 私はただの高校生だよ?
 ただ普通に学校に通って、普通に友達と話をしたりして、休日には普通に遊びに行く。
 それが本当の私の人生のはずだよ?
 なのにどうして? どうして何の力もない私が、こんな殺し合いをしなきゃいけないの?
 私だけじゃない。お姉ちゃんやこなちゃんだってそうだよ。
 私達みんなみんな、ここにいる十代君だって、こんなことする必要はなかったはずだったのに。
 そういうことは、アニメや漫画の世界だけで十分なはずだったのに。
 なのにどうして?
 どうしてそれが現実に起こっちゃうの? どうして選ばれたのが私達なの?
 どうしてこんな所で怖い思いをして、ライフルを向けられて、脅されなくちゃいけないの?

 どうして――こんな所で、殺されなくちゃいけないの?

 まだまだ、やりたいことはいっぱいあったんだよ。
 お姉ちゃんと話したいことがたくさんあったし、こなちゃんやゆきちゃんも連れて、一緒に行きたいところもあった。
 こなちゃんは今度新しいゲームを教えてくれるって言ってたし、ゆきちゃんも宿題を教えてくれるって約束してくれた。
 それを言うなら、なのはさんやフェイトちゃんとだって、もっと仲良くなりたかった。
 見たいものがたくさんある。
 食べたいものがたくさんある。
 知りたいものがたくさんある。
 行きたい場所がたくさんある。
 なのに、もう、全部叶わないの?
 見たいものも、食べたいものも、知りたいものも、行きたい場所も。
 みんなと過ごしたい時間も。
 全部全部、ここでなくなっちゃうの?

 ……いやだよ……

 そんなのいやだよぉ……もっと生きていたいよぉ……

 死にたくないよぉ……っ!

 ……誰か、助けて。
 誰でもいいから助けに来て。
 このままじゃ私も十代君も、あのちっちゃなフェイトちゃんに殺されちゃう。
 助けて、お姉ちゃん。助けて、こなちゃん。助けて、なのはさん。助けて、フェイトちゃん。
 助けて。
 助けて。
 お願いだから誰か助けてぇっ!

 ……、?

 あれ……?
 私、何か手に持ってる……これ、何だったっけ……?
 鞄の中で、よく見えないけど……手触りは、紙か何かみたい……
 ……ああ、そうだ。あのカードだ。
 さっき鞄を調べた時に見つけた、あの変なドラゴンの描かれたカードだ。
 十代君、確かこれのこと、デュエルモンスターズって言ってたよね……武器としても、使えるかもしれないって……
 そういえば、ぼんやりとしか覚えてないけど、こんな感じのドラゴンが戦ってるのを、昔何かで見たような気がする。

 ……じゃあ、これを使えば……ちっちゃなフェイトちゃんから身を守れるの?
 カードに描かれたドラゴンが、私達を守ってくれるの?

 ……生きたい。

 私、まだまだ生きていたい。
 こんな所で死にたくない。

 だから、助けて。
 私のことも、十代君のことも。

 お願い。

 私達を……

「――助けてぇぇぇぇーっ!!!」


 右手が挙がる方が早かった。
 気が付いた時には、オーバーフラッグが魔力弾を放っていて、同時にセーラー服の少女の手が光を放っていた。
 一瞬の刹那を捉える。
 音速にさえも到達する、高速戦闘で培われた動体視力が、光の正体を見極める。
(しまった、あれは……!)
 マスクの下の顔がしかめられた。
 つかさが取り出したそれは、早乙女レイの使ったのと同じカードだ。
 その効果までもが同じならば、そこに描かれたモンスターが具現化する。
 あの時生み出された岩石の戦士は、自分達魔導師にも匹敵する戦闘力を有していた。
 このまま召喚が実行されれば、こんな弾丸の1発くらいは受け止められてしまう。
 せめて相手の所持品を、もっと冷静になって確認しておけば。
 フェイトの思考がそこに至った時には、既に眩い光が2人を包んでいた。
 白き極光。
 カードより迸る閃光は一瞬にして膨れ上がり、フェイトの前に立ちはだかる。
 さながら放たれた魔弾から、十代とつかさを守るかのように。
 ばん、と。
 炸裂音が鳴り響く。光に着弾した弾丸は、一瞬にして四散する。
 そして、フェイトは見た。
 先の召喚の時よりも、遥かに膨大な光の正体を。
 太陽のごとく輝く白の中から、生まれ出るものの姿を。
 それは――龍。
 十人に問えば十人ともがそうだと答える、まごうことなき龍の姿だった。
 レイに襲われた時と同じように、カードのモンスターが実体を持った。それだけならまだ有り得る話だろう。
 しかし、その身体のサイズの何としたこと。
 あくまで人間大だった岩石男に比べれば、もはや圧倒的としか言いようがないではないか。
 人間よりも遥かに巨大な龍の体躯が、翼を盾のように構え、目の前の2人組の元に姿を現していた。
 太古の恐竜を思わせる巨体を、デパートのコンクリートの天地に挟まれ、窮屈そうに折り曲げながら。
 その身を彩るのは白き鱗。
 さながら鎧のごとき純白の龍鱗が、余すことなく身体を覆っている。
 オーバーフラッグの弾丸を阻んだのはこれだ。着弾したであろう翼には、かすり傷ひとつついていない。
 神々しささえも漂わせる白銀の光の中、唯一両の瞳だけが、サファイアの青に染まっていた。
 爛々と輝く龍の目は、射抜くような殺意をこちらに向けてくる。
 半開きになった口からは、生ぬるい息が吐き出され、それがフェイトの顔を撫でた。
 その瞳が。その息が。その爪が。その牙が。その翼が。その尾が。
 龍の全身そのものが、絶大なプレッシャーを放っている。
《ウオオオォォォォォォォ―――――――――ンッッッ!!!》
 遂に龍は絶叫した。
 耳をつんざく大音量が、漂う空気さえも殴りつける。
 暴力的な波動。
 ただの咆哮がガラス窓をびりびりと震わせ、ツインテールをはためかせ、パピヨンマスクさえも吹き飛ばす。
 つ、と。
 剥き出しになった頬を、嫌な汗が流れた。
 一瞬、全身の筋肉が委縮する。全身の皮膚がぞわりと粟立つ。
 五体全てを震わせるのは、この美しくも荒々しき龍へ抱いた恐怖か。
「ブルーアイズ!? こんなものが、つかささんに支給されてたのか!?」
 驚愕も露わに十代が叫んだ。
 だが、真に驚きたいのはフェイトの方だ。
 何せこの絶大な殺気を向けられているのは、十代ではなく、フェイトなのだから。
(ブルー、アイズ……)
 呼ばれた名前を、胸中で反芻する。
 これぞ――青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)。
 攻撃力3000という、桁違いの破壊力を秘めた、強靭にして無敵にして最強の暴君竜。
 今まさに、つかさの決死の呼びかけに応え、誇り高き白銀の龍王が姿を現したのだ。
「くっ……!」
 竦んでなどいられない。怯んでなどいられない。
 一目で分かる。あの神々しくも禍々しい威圧感は、まともに戦えば絶対にヤバい。
 オーバーフラッグを構えなおし、トリガーを高速で4連射。
 どん、どん、どん、どん。
 合計4発の魔力弾が、一挙にドラゴンへと襲いかかる。
 猛烈な速度の弾丸の連続。さながら地上の流星雨。飛来するは黄金の綺羅星。
「!?」
 しかし、これでも駄目。
 傷をつけられるどころか、たじろぐ素振りすらも見せはしない。
 なんという堅牢さ。なんという豪胆さ。
 目の前の青眼の白龍は、なおも悠然と構えている。さしものフェイトも、これには我が目を疑った。
 開かれるは龍の大顎。
 喉に煌くは白熱の光。
 猛烈なまでのエネルギー量が、白き龍の口元へと集束されていく。
 この圧倒的な存在感を誇る化け物が、遂に攻撃へと転じようとしていた。
 これはまずい。
 フェイトにとって、未だ奴の実力を計る要素は、その防御力と気配しかない。
 だが、それだけの鉄壁と威圧感を誇るドラゴンが、そのまま攻撃を行うのならば――

 ――轟。

 思考は爆音に掻き消された。
 もはや理性すらも及ばぬ、本能的な恐怖に従い、全速力で回避する。
 コンマ1秒の後、目と鼻の先を掠めたのは、白き灼熱の奔流だ。
 桁違いの攻撃力。想像の遥か上を行く破壊力。
 攻撃の余波が吹き荒れただけで、華奢な身体が吹き飛ばされそうになった。
 続けて遥か彼方より響く、激音。
 懸命に魔力を張り巡らせ、己が姿勢を保ちながら、その破壊の結末を垣間見る。
 デパートの壁は無惨にも砕け散り、ぽっかりと空いた大穴の周辺から、もうもうと黒煙が立ち込めていた。
 龍のブレス――名を、滅びの爆裂疾風弾(バーストストリーム)。
 その名には誇張も虚偽もない。
 青眼の白龍の口より放たれる光は、あらゆる敵が相手であろうと、文字通りの滅びを与えられる力を秘めている。
 冗談じゃない。
 身体中に汗の湿気を感じた。
 こんな室内で、今の攻撃を撃ち続けられてはたまったものではない。
 マントを翻す。金のツインテールが揺れる。
 瞬時に最大戦速へと至ったフェイトが、開いた穴から離脱した。
《グオオォォォォォォッ!》
 咆哮するブルーアイズ。
 逃がすものか、とでも言わんばかりに、巨大な双翼を羽ばたかせる。
 守るべき主を吹き飛ばさんばかりの風圧と共に、純白の体躯が前進した。
「きゃあ!」
「うわぁっ!」
 叫ぶ十代達を尻目に、壁の穴へと突っ込む龍。
 ばりばり、ばりばりと。
 鋭き破砕音を上げながら、ドラゴンの巨躯がめり込んでいく。
 その頭で、その胴で、その爪で、その翼で。
 ブレスも構えすらもない、ただ純粋な突撃の圧力のみで、みるみるうちにコンクリ壁が砕かれていった。
「す……すごい……これなら、フェイトちゃんとも戦えるよね!?」
 驚嘆と安堵の入り混じった声で、興奮気味につかさが口を開いた。
 なるほど確かに、これだけの力ならば、あの魔導師とも戦える。つかさ達の身も守られるだろう。
「いや、駄目だ!」
 だが、しかし。
「俺は、あのフェイトさんがどれだけ強いか、直接は見ていない……
 でも、俺の知ってる方のフェイトがどれだけの実力か、どんな実力のモンスターを倒せるのかは分かる!」
「えっ……え……!?」
 突然真顔になって語り出した十代を前に、つかさはうってかわって狼狽しだした。
 青眼の白龍の飛び去った穴と、すぐ隣に立つ十代を、小動物のように交互に見まわす。
「強すぎるんだ、ブルーアイズの攻撃力じゃ……!」
 攻撃力3000。
 デュエルモンスターズにおけるこの数字は、すなわち最上級モンスターを示す象徴である。
 史上最強と謳われた決闘者・武藤遊戯の最強モンスター、カオスソルジャー――攻撃力3000。
 あまりに凶悪な能力を持つが故に、禁止カードとなった混沌帝龍――攻撃力3000。
 アカデミア教官クロノス・デ・メディチの切り札、古代の機械巨人――攻撃力3000。
 レベルアップモンスターの中でも、象徴的な存在たるホルスの黒炎竜――攻撃力3000。
 そしてこの3000という数値が、一体何を基準として定められているのかは、もはや言うまでもない。
 デュエルモンスターズの黎明期において、まさしく無敵の力を誇った龍。
 あまりに強大な力を持つが故に、僅か4枚しか製造されなかった幻のレアカード。
 始祖にして最強。
 それこそが、青眼の白龍。
 道中でクアットロ達と話したことで、強者にかけられた制限とやらのことは把握している。
 加えてあのフェイトの魔導師ランクとやらが、自分の知るフェイトよりも1ランク下だということも。
 単純計算しても、自分の知る彼女よりも、一回りか二回りは弱いということか。
 そんな状態のフェイトが、あの最上級モンスターと真っ向からやり合えば。
「このままじゃ、フェイトさんは――ブルーアイズに殺されちまう!」
 つかさの表情が凍りつき、顔面が蒼白となった瞬間だった。


《――グオオォォォォォォッ!》
 視線を下方へと向ければ、あの龍が追ってきたのが分かる。
 地上6階の位置まで飛翔したフェイトが、煙をぶち破って現れたモンスターを見降ろしていた。
 お互いに、壁に貼りつくようにして浮いている。
 獰猛な雄たけびを上げる青き視線と、沈黙をもって応じる赤き視線。
 仕込み刀を抜刀。
 ぶんっ、と。
 大気を焦がし顕現するは、真紅の光輝に彩られた魔力刃。
 サーベルのごとき細身の刀身。使い慣れたバルディッシュ・ザンバーに比べれば、圧倒的に頼りない。
 それでも、自らの戦闘技術を発揮するには、必要不可欠な得物には違いなかった。
 あの必殺の砲撃が放たれるよりも速く、敵の懐へと飛び込んで斬りつける。
 自らの最も得意とする戦術で、あのおぞましき白龍を叩き潰す。
「ソニックムーブ」
 呟いた。
 己が力の名を、物言わぬオーバーフラッグに代わって。
 刹那、消失。
 少女の姿は掻き消える。
 常人の動体視力を超越した世界。
 音すらも置き去りとする速さの極限。
 一瞬にして音速へと加速。
 斬、と。
 斬撃音が鳴り響いた時には、既に少女は通り過ぎていた。
 壁沿いに落下するようにして飛行したフェイトが、青眼の白龍の腹をすれ違いざまに斬り裂いたのだ。
 しかし。
「くっ!」
 びゅん、と。
 音と質量が同時に来る。
 されど、そこに込められた破壊力は、細き刃の比ではない。
 ソニックムーブの音速機動はそのままに、迫りくる肉の塊を、回避。
 直撃はさけた。あの極太の龍の尻尾を、その身に食らうことは免れた。
 だが、未だフェイトの顔には苦々しげな色が宿る。
(今のでも駄目か……!)
 鉄壁の鎧には、斬撃痕の1つもついてはいなかったのだ。
 手ごたえなどまるでない。ただただ、鋼すらも凌駕する装甲に、剣が弾き返される感触。
 数多の敵を下してきた、一撃離脱戦法すらも通じない。肝心の一撃の破壊力がまるで足りていない。
 龍の青眼がこちらを睨む。第二撃を打ち込むために。
 ち、と舌打ちをしながら、空中に雷撃の弾丸を展開。優れた魔導師であるが故の慣れた手つき。
「ファイアッ!」
 号令と共に、放つ。
 ばちばち、ばちばちと。電気特有の炸裂音を鳴らし、6発の魔力弾を同時発射。
 返答は突風だった。
 巨大な両翼が持ち上げられる。純白の双翼が力強く羽ばたく。
 ごう、と音を立てて逆巻くは烈風。ただの羽ばたきの圧力が、魔導の力さえも捻じ曲げる。
 強烈な風圧に煽られた魔力弾は、ブルーアイズの巨躯を大きく逸れていく。
 虚空に。彼方に。デパートの壁に。
 あるものは飛び去り、あるものは掻き消え、あるものは炸裂した。
 しかし、この程度でフェイトは怯みはしなかった。
 もとよりこの攻撃はただの牽制。4発で通じなかったものが、今更6発でどうにかなるはずもない。
 本命はこれからだ。
「連続攻撃なら!」
 黒きマントがはためいた。
 赤き軌跡が描かれた。
 今度こそ仕留める。
 一撃一撃が効かぬのならば、何度でも叩き込むまでだ。
 相手の攻撃が来るのならば、何発でも避けきってやる。
 それを実現するだけの速度と手数は、戦いの日々の中で培ってきた。
「はあああぁぁぁぁぁーっ!」
 鋭い叫びと共に、突撃。
 一瞬にして少女と白龍の距離が詰まる。
 ドラゴンの青き双眸がこちらを捉える前に、一閃。
 それだけでは足りない。返す刀で更に一閃。
 三発、四発と攻撃を叩き込んでいくうち、遂にあの尻尾が襲いかかる。
 己が持てる速力の全てを発揮し、回避。虚しく空を切ったところへ追撃の一太刀。
 斬る。斬る。斬る。斬る。回避。
 斬る。斬る。斬る。斬る。回避。
 斬。斬。斬。斬。避。
 斬。斬。斬。斬。避。斬。斬。斬。斬。避。
 斬。斬。斬。斬。避。斬。斬。斬。斬。避。斬。斬。斬。斬。避。
 斬斬斬斬避斬斬斬斬避斬斬斬斬避斬斬斬斬避斬斬斬斬避斬斬斬斬避斬斬斬斬避斬斬斬斬避。
 一発の斬撃が十となり、二十となり。いつしか百へと届くほどに。
 全速力で打ち込む。全速力でかわす。全力で全速力を維持し続ける。
 玉のような汗が舞った。髪が目に入りそうになった。だが、そんなものは気にしていられない。
 一瞬でも集中を途切れさせれば、鉄塊にも匹敵する一撃が脇腹を叩くだろう。
 背骨にヒビどころの騒ぎではない。肉も皮も骨も命も、一撃のもとに持っていかれる。
 まさにフェイトがギリギリの攻防を強いられる最中、それでも青眼の白龍は怯まない。
 凶悪な咆哮を轟かせ、風切り音を掻き鳴らし、なおも無傷の龍鱗を輝かせている。



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