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「駆け抜ける不協和音」(2009/01/07 (水) 12:00:04) の最新版変更点
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*駆け抜ける不協和音 ◆gFOqjEuBs6
「なのはママー……」
真っ暗闇の森の中に、か細い女の子の声が響く。
今にも泣き出しそうな程に震えた声。助けを求め、最も信頼出来る人の名を呼びながら歩く。
だが、その呼び掛けに返事が返される事は無く、かえって少女を不安にさせるだけだった。
少女……ヴィヴィオは、つい先程まで、母親である高町なのはと激闘を繰り広げていたのだ。
そして、正直言って普通の人間ならば何よりも怖いと感じる筈の、なのはの全力全壊スターライトブレイカーを受け……
気付けば訳のわからない広間にバインドで拘束されていた。
それがたった数分前の出来事。自分が目を覚ました次の瞬間には、目の前で一人の人間の頭が爆ぜた。
いくら「強くなる」と約束したヴィヴィオでも、このような状況に陥って平常心でいられる訳が無かった。
だが、それでも随分と成長した方だ。過去のヴィヴィオなら恐らく、何も出来ずに大声で泣きわめいていた事だろう。
なのはを探す為に、自分から行動を起こす事を選んだヴィヴィオは、子供ながらに立派と言える。
「なのはママー……フェイトママー」
呼び掛けながら、木を掻き分け進む。
ヴィヴィオは気付かなかった。この行動で引き寄せられるのは、なのはやフェイトのような善人だけでは無いという事に。
ヴィヴィオは気付かなかった。ゲームに乗った人間までもが、ヴィヴィオの声に引き寄せられている事に。
◆
「さて……どうしたものか……」
矢車想は考える。
一体このゲームの真意は何だ?
人間同士で殺し合わせて何になる?
非常に合理的な性格の矢車には、利益も無くこんな無意味な戦いを強要する意味がさっぱり解らない。
「プレシアとかいったか……あの女、一体何者なんだ……?」
右手を頬の近くに、左手を右肘に、矢車特有の“考える人”の動きを見せる。
ネオゼクトやワームを掃討する為ならば、矢車は容赦無く相手の命を奪う。
だが、それ以外の人間は矢車にとって護るべき存在だ。理由はどうあれ、プレシアとかいう女の思惑通りにゲームに乗る訳には行かない。
そして何よりも、矢車にとっては「誰かの掌で躍らされる」のがたまらなく悔しいのだ。
ならば、矢車の取る行動は一つ。
「完全作戦……パーフェクトミッションにおいて、プレシアを倒す。」
矢車は、ボソリと呟いた。次に、左腕に装着したザビーブレスを触ろうと……
「……何?」
おかしい。そこに有るべき物が無い。スーツの袖をめくり、もう一度確認する。
が、ザビーブレスの姿はどこにも見当たらない。いつ如何なる場合の敵襲にでも対処出来るように、外した事など無い筈なのに。
「どういうことだ……?」
慌てた矢車は、確認の為全身のポケットをまさぐる。それでも見当たらない。探しても探しても。
ややあって、思い出した。プレシアの言葉を。
——あなたたちの武装は全て解除して、こちらで用意したいくつかの道具と混ぜてランダムで支給するわ——
矢車の頭の中で蘇るプレシアの言葉が、矢車の表情を青ざめさせてゆく。
「何て事だ……! 命よりも大切なザビーゼクターを、あんな奴に……」
ややあって、矢車は力任せに近くの木を殴りつけた。その表情は、悔しさと焦りに歪み。
無理も無い。ZECT本部から支給された大事な大事なザビーブレスを、あんな訳の解らない女に奪われてしまったのだから。
力を失ってしまった矢車にはどうする事も出来ないのだろうか?
いや、そんな事は無い。矢車は仮にもZECTのエリート。一部隊の隊長なのだ。
例えザビーゼクターが無くとも、脱出する方法ならいくらでもある筈だ。
「(そうだ……まずは仲間を集めるんだ)」
ゆっくりと顔を上げる。考えても見れば、いきなりあんな訳の解らない説明を受けて直ぐにゲームに乗る人間がいる筈が無い。
そんなことをしても、自分にとって何の利益も無いからだ。
……と、そこまで考えた矢車はふと、思い出したように首元に手をやった。
「(いや……だがこの首輪がある限り逆らう事も出来ないか……)」
そう……忘れてはならないのが、この首輪の存在。目の前で爆破の瞬間を見せられた以上、迂闊に逆らう訳にも行くまい。
だとすれば、嫌々ながらに人を殺す人間が現れても仕方が無い。
そんな人間が現れた場合は……悪いが、そこでトドメを刺させて貰う。
そんな人間を救出した所でチームの不協和音になるのは目に見えているからだ。
完全なる調和の元に完全なる作戦を遂行する矢車にとって、そんな人間をチームに入れるのは御免被りたい。
「(よし……そうと決まれば、まずは仲間を集めるんだ。そして、機会をみてプレシアに反撃する)」
矢車の頭の中で構築されていく作戦。完全過ぎる。自分が恐ろしくなる程に完全過ぎる。
完璧に完全なパーフェクトミッションのプランを立てた矢車は、デイパックを持ち上げ、歩き始めた。
「ん……?」
しばらく歩いた所で、矢車は立ち止まった。声が聞こえる。小さな小さな、聞き逃してしまいそうな声が。
矢車は立ち止まり、耳を澄ませる。
「……はママー……」
——子供の声……だと?
聞き取れたのは“ママ”という単語、そして声のか細さから、声の主が小さな女の子であろう事は容易に想像がついた。
だが、だとすれば危険過ぎる。ゲームに乗った愚か者が何処に潜んでいるかも解らないこの状況で、あんな大声で動き回るのは自殺行為もいい所だ。
矢車は、大きなため息を落とした後、足速に声の元へと歩き出した。
◆
遠くから、だんだんと近付いてくる足音。
「なのはママ……?」
これだけ呼んだのだ。なのはママが来てくれない筈は無い。ヴィヴィオの表情は、一気に明るくなった。
「なのはママー!」
安心感からか、大声を出しながら足音に向かって疾走するヴィヴィオ。
……だが、そこにいたのは、ヴィヴィオが望んだ相手では無かった。
「なの……はママ……?」
「…………」
相手は明らかに男。それも、身長はかなり高い。なのはと比べれば20cm以上の差がある。
蛇柄のジャケットを羽織り、鉄パイプを引きずったその男は、何も言わずにヴィヴィオを見下ろしている。
「……ガキか……」
「え……?」
ややあって、男は小さくそれだけ言うと、ヴィヴィオから目線を外し、反対の方向へと歩き出した。
なのはでは無いものの、彼はようやく出会えた人間。まだ幼い子供であるヴィヴィオに、再び一人ぼっちになれというのは少々酷だ。
「あ……待ってー」
「……ぁ?」
結果、ヴィヴィオは立ち去ろうとする男を追い掛け、その脚にしがみついた。
この状況で最初に出会えた人間。一人ぼっちで心細かったヴィヴィオが、初めて口を聞いた人間。
そんな人間に着いて行きたくなるのは、幼いヴィヴィオにとって当然の事だった。
「ヴィヴィオも一緒に行く!」
「………………」
男——浅倉威は、ちらっとヴィヴィオの顔を見た後、そのまま無視して歩き出した。
◆
「(ちからが……はいらん……)」
神・エネルは、どんぶらこどんぶらこと、力無く川を流れ続けていた。
「(神である私が……こんなことで……)」
あの女……あの無礼な女に不意打ちを喰らった為に、今の自分はこんな不様な姿を曝してしまっているのだ。
許せん。あの女は絶対に許せん。エネルは、内心であの橙頭の女に憎しみの念を抱いた。
「(あの女……いつか絶対に神の裁きを与えてくれる……!)」
……と、考えるのは自由だが、今の自分にはゴロゴロの実の力を十分に発揮する事が出来ない。
先程の女の蹴りを受ける際に雷化出来なかったのがその証拠だ。それだけでは無い。“ヴァーリー”の威力も間違い無く落ちている。
MAXで何Vまで発揮出来るかも些か疑問だ。
そんな事を考えながらしばらく歩いていると——
「ねーおにーさん、人が流れてるよー」
——声が聞こえて来た。
小さな女の子の声。だが、今のエネルには首を声の方向へと回す力も無く。声を出す力も無い。
だが、それから直ぐにエネルの上半身は水から上がる事が出来た。
「(……何だ……?)」
目を動かし、自分の体を持ち上げている何かに目を向ける。自分の体を持ち上げているのは、蛇柄のジャケットを着た茶髪の男だった。
◆
「——それでね、なのはママはすっごく優しくって、いつもいい子いい子してくれるの!」
「(……戦える奴はいないのか……?)」
ヴィヴィオに付き纏われ、たまらなくウザいと感じながらも、浅倉は戦えそうな人間を探していた。
しかし、歩いても歩いても誰もいない。ようやく人を見付けたと思えば、明らかに戦えなさそうなガキ一人。
まぁこのガキは人の引き付け役にもなるだろうと、着いて来ても無視を続けているが。
「——だからね、ヴィヴィオもなのはママをいい子いい子してあげるの。そしたらなのはママも元気に……あれ?」
「………………」
そこで、さっきから一人で聞いてもいない事を長々と語ってくれるヴィヴィオの声が途切れた。
それに気付いた浅倉は、ゆっくりとヴィヴィオに振り向く。
見ればヴィヴィオは立ち止まり、川に流れる何かを指差していた。
「ねーおにーさん、人が流れてるよー」
浅倉がエネルに気付いたのは、ヴィヴィオに呼び掛けられてからだった。
エネルの筋骨隆々とした肉体を見るや否や、浅倉は不敵に笑い始めた。
「(あいつなら……少しは戦えそうか?)」
浅倉の目的は、戦う事。戦う事こそが、戦う目的なのだ。故に、エネルを助ける。戦う為に。
浅倉は、エネルの体を引っ張り、乱暴に河原へと放り投げた。
「ぐぉっ……!」
「……お前なら、少しくらいは戦えそうだ……」
小さく呻いたエネルに、浅倉は不気味に笑いながら言った。対するエネルは、見るからに浅倉に対して怒っている。
エネルは眉をしかめ、その鋭い眼光で浅倉を睨み付けた。
「少しくらいは……だと?
貴様……口を慎めよ、我は神なるぞ……!」
「ククククク……なら戦え……戦えよ!
神様なら、戦って俺を負かしてみろ……!」
浅倉の笑みを見たエネルもまた、小さく笑い出した。こいつはバカだ とでも言わんばかりに、ニヤニヤと。
だが、目は笑っていない。そのギャップが、余計にエネルの表情を恐ろしく見せる。
「ヤッハハハハ……よかろう。
貴様に、私を助けた事を後悔させて……」
「喧嘩は駄目ーーーっ!」
と、そこで今まで黙っていたヴィヴィオが、二人の会話に割り込んだ。
エネルと浅倉は、二人共ゲームに乗った人間……しかも元の世界では何人もの人間を殺している。
そんな二人に喧嘩をするなと言った所で無駄な事だろうが、ヴィヴィオはまだそれを知らない。
言ってしまえば、ヴィヴィオは今二人の殺人鬼に囲まれているのだ。
ヴィヴィオの声が周囲に響いた後、エネルは一度浅倉から視線を外し、再び不敵な笑みを浮かべた。
「良いのか? ……今の大声で、何者かがこちらに近付いているぞ?」
心網—マントラ—による敵の位置の把握能力。エネルは、こちらに近付いて来る人間がいるとの情報を浅倉に伝えた。
浅倉は頬を吊り上げるような不気味な笑いを見せた後、直ぐに立ち上がり、鉄パイプを構えた。
敵が来るという事実だけ、何となくにだが把握したヴィヴィオも二人の殺人鬼の背後に身を隠す。
ヴィヴィオは知らなかった。
今こちらに向かっている男こそが、真にヴィヴィオを救おうと駆け付けた“仮面ライダー”である事に。
ヴィヴィオは気付かなかった。
今自分が頼っているこの男こそが、自分を囮に利用し、この殺し合いを楽しむ事が目的の“仮面ライダー”である事に。
◆
矢車は、デイパックの中身を確認し、武器になりそうな物を探した。
そして最初に見付けたのが、用途不明のカード型デバイス。
このデバイスにはクロスミラージュという名前があるのだが、矢車そがれを知る筈も無く、すぐにデイパックに戻した。
次に見付けたのが、銀のベルト。矢車の良く知るゼクトバックルだ。
だが、変身前にゼクトバックルを持っていたとしても何の意味も無い。これも正直不必要なアイテムだろう。
矢車はそれをデイパックに戻し、再び歩き始めた。
ちなみにこのゼクトバックル、資格者が使えばホッパーへと変身する事が可能だが、ホッパーの資格条件は絶望。
良い部下達に恵まれ、エリートの地位を持ち、戦果を上げ続ける矢車にとっては無縁のゼクターなのだ。
「武器は何も無い……やはり信じられるのは自分の腕だけか」
矢車はそう呟き、再び歩を進めようとした、その時であった。
——喧嘩は駄目ーーーッ!
「……!?」
突如聞こえた少女の声。間違いない。先程の女の子の声だ。
喧嘩……? 彼女は今、戦いに巻き込まれているのか……?
そう考えた矢車は、直ぐに走り出していた。一人の小さな命を救う為に。
走り続けて数分、木を掻き分け進んだ矢車は、このエリアを流れる河原の近くに出た。
「あれは……」
矢車の視線の先にいるのは三人の人影。
鉄パイプを構え、笑っている男が一人。力無く横たわる半裸の男が一人。
そして脅えた表情で小さく隠れる金髪の女の子が一人。なるほど、矢車はすぐに状況を飲み込んだ。
あの蛇柄の男が半裸の男を襲い、あの少女は戦いに巻き込まれてしまったのだろうと。
これ以上少女に恐ろしい思いをさせる訳には行かない。返答次第では、この男を倒す。矢車はそう決意し、口を開いた。
「ねぇ、君はその女の子をどうするつもり?」
「……ククク……ハハハハハハッ!!」
「な……ッ!?」
聞いた自分がバカだった。男は、質問に答える事なく、鉄パイプを振りかぶり、襲い掛かって来たのだ。
もう間違いない。この男はこの馬鹿げたゲームに乗っている。しかも1番質の悪い、快楽殺人の類だ。
矢車は、振り上げられた鉄パイプをかわし、アウトボクシングスタイルで構える。
「チッ……完全調和を乱す不協和音め……!」
矢車は浅倉と距離を取り、策を考える。相手が長い得物を持っているなら、素手で戦う自分は圧倒的に不利だ。
だが、矢車とてエリート。不利なら不利なりの戦い方がある。矢車は、アウトボクシングスタイルで構えたまま、軽くステップを踏み始めた。
「ッらぁ!!」
「……っ!」
浅倉が振り下ろした鉄パイプを後方に回避、そのまま下に振り切られた鉄パイプを左手で掴むと、矢車は大きく踏み込んだ。
浅倉の顔面に、凄まじい速度での右フックが入る。それも矢車が狙ったのは相手の顎。
自分の掌底で、浅倉の顎を叩き付けたのだ。素手で相手を殴る事の危険性は矢車自身が1番良く分かっている。それ故の行動だ。
対する浅倉は、矢車の攻撃を受けたにも関わらず、不敵な笑みを崩さない。
「……しまっ!?」
「らぁっ!!」
「ぐっ……!?」
気付くべきだった。この男はダメージを恐れていないという事に。
矢車は、再び振り上げられた鉄パイプの一撃を左脇腹に受けてしまう。刹那、体に鈍い痛みが走る。
「こんなもんじゃねぇよなぁ!?」
「チッ……!」
咄嗟に後方へと跳び上がり、再び構える矢車。やはり素手で武器を持った相手に挑むには不利過ぎたか?
嫌な汗が矢車の首筋を這う。
——最初の一撃で落とせなかったか……賭が外れたな。
矢車は構えたまま、自分の甘さを呪った。本来ならば一撃で意識を奪うくらいは出来る筈の打ち込みで、勝利を得られなかった。
相手もまた相当に修羅場を潜って来たのだろう。
——……一度見せたこの手、奴は二度と掛からないだろう……どうする?
思考を巡らせる。鉄パイプを持った相手に対抗するには……どうすればいい?
——初手をかわして……入るしかない!
再び振り下ろされた鉄パイプ。矢車はすんでの所でそれを回避し、再び浅倉の顔面に掌底を打ち込もうと踏み込む。
「……ぐぅッ!?」
いや、踏み込めなかった。先程脇腹に受けた一撃が痛み、シフトウェイトの瞬間に力が抜けてしまったのだ。
結果、矢車の拳には力が全く入らず、容易に浅倉に受け止められてしまう。
そして、再び突き出された鉄パイプ。
「オラァッ!!」
「ぐぁっ……!」
矢車はその直撃を受け、数歩のけ反る。が、浅倉の攻撃は留まる事無く、隙だらけになった矢車に更なる打撃を加える。
地べたに這いつくばった矢車は、荒い息で浅倉を睨み付けた。
「終わりだ……死ねよ」
「…………ッ!」
浅倉は、力一杯矢車へと鉄パイプを振り下ろした。
「神の裁き……エル・トール!」
「「……ッ!?」」
その時だった。鉄パイプが矢車の頭を叩き潰す寸前に、青白い稲妻が駆け抜けたのだ。
空から降ってきたかのようにも見える雷の衝撃に、浅倉と矢車は一気に逆方向へと吹っ飛ばされた。
なんとか立ち上がった矢車と浅倉は、雷の発生点を睨み付ける。
「……やはり少し弱いな。たかが人間二人殺せんとは」
そこにいるのは、背中から太鼓を生やし、異常に長い耳たぶを持った男。先程まで横たわっていた筈の、神・エネルだ。
「ヤハハハ……まぁいい。随分と待たせたなぁ?
感謝しろ、虫けら。私が直々に裁いてやる」
「クックック…………ハハハ……ハハハハハッ……!」
浅倉にはもはや矢車など眼中に無かった。今最も興味を引かれるのは、目の前の神を名乗る男のみ。
鉄パイプを引っ提げ、エネルへと突進する浅倉。
「愚かな……神を愚弄する愚かさ、身を持って知るがいい」
再びエネルの腕が青白く輝き始める。再びさっきの電撃を放つつもりらしい。
「おにーさん! 危ない!!」
物影に隠れていたヴィヴィオは、浅倉のピンチに大声で叫んだ。が、浅倉の突進は止まらない。
ならば、と、ヴィヴィオは慌てて自分の周囲を探り始める。何か武器になるものは無いのか? と。
何でもいい、エネルを止められればそれでいい。なのはと約束したのだ、「強くなる」と。
ここで逃げてばかりでは、その約束も守れない。そんなヴィヴィオが咄嗟に掴んだのは、10cm程の河原の石ころ。
こんなものしか無いのか……と、普通なら思うのだろうが、今のヴィヴィオにそんな贅沢を言っている余裕は無い。
「この……っ!!」
ヴィヴィオは、エネルに向かって力一杯石ころを投げ付けた。あの電撃を放たせない為にも。
「ん……?」
呟くエネル。石が当たった瞬間、一瞬だが光が消えた。
しかし、やった! と思ったのもつかの間。エネルの冷たい視線に睨まれたヴィヴィオは、凍り付いたようにその場で固まってしまった。
「ハハハハハァッ!!」
そんなヴィヴィオの努力を知る由も無く、浅倉はエネルの胴体に鉄パイプを振り下ろす。
鈍い音が響き、エネルの肩付近に鉄パイプが減り込む。
「やはり……雷にはなれんのだな」
「……あ?」
本来のエネルならば、こんな鉄パイプによる一撃など受ける筈も無い。雷になれば済む話だからだ。
だが、その雷に変化することが出来ない。恐らく、変化出来るのは腕や脚、一部の技だけなのだろうと判断。
それならそれで戦いようは有る。エネルは、浅倉の鉄パイプを右手で握り締めた。
「グローム……——」
そして、力を右腕に集中させる。エネルの右腕は再び光り輝き。
「——パドリングッ!」
鉄パイプへと、凄まじいまでの電流が流れた。流された電流により、鉄パイプは凄まじい熱を帯びる。
「ぐぉっ……あぁぁぁああああっ!?」
エネルの電撃により、右手に伝わる激しい痛みと熱。浅倉は咄嗟に手を離した。
見れば、右手の平はまるで火の中に突っ込んだように焼け爛れている。
「ヤッハハ……金では無く鉄というのが残念だが……十分だ」
鉄パイプは、既に原型を留めてはいない。エネルに流された電流により、高熱を帯びたパイプは、エネルの望む形——三股の矛へと変わっていた。
「ヤッハッハ!」
エネルは、作り出した矛で浅倉を突き上げた。これで浅倉の命も終わり……
「ん?」
「ククク……ハハハハ……楽しいなぁ……戦いってのは」
いや、まだだ。体に刺さる寸前に、浅倉はエネルの矛の柄を掴み、動きを止めたのだ。
「ほほう、しぶといな」
「ククク……ッらぁ!!」
浅倉はエネルの矛を下方へといなし、エネルの顔面に重いハイキックを炸裂させた。
「くっ……」
のけ反るエネル。浅倉はエネルから距離を取り、再びニヤニヤと笑い始める。
どうやら浅倉もまだそれほどダメージは受けていない様子だ。
とは言っても、第三者から見れば、この戦いは長引けば明らかに浅倉の敗北となるのは明白。
ヴィヴィオはともかく、矢車にはそれが手に取るように分かった。あの男では奴には勝てない……と。
そう判断した矢車は、直ぐに体勢を立て直し、叫んだ。
「何をしてる! 早く逃げろ!」
「……あ?」
矢車の叫び声に、振り向く浅倉。
「解らないのか! そんな奴と戦っていたら命がいくつあっても足りない!」
「…………チッ」
浅倉は、矢車とエネルを数回見比べた後に、仕方ない と言わんばかりに舌を打ち、走り出した。
確かにこのまま戦うのは辛いと感じたのだろう。エネルとは反対の方向に向かって、浅倉は疾走する。
そんな浅倉を見届けた矢車も、急いでヴィヴィオに駆け寄った。
「早く、逃げるぞ……!」
「嫌っ! 離して!」
「なっ……!?」
ヴィヴィオは矢車の手を払い、矢車から距離を取る。どうやらヴィヴィオは矢車を完全に敵だと思っているらしく、明らかに敵意を表している。
「ヴィヴィオ、おにーさんと一緒になのはママ探すの!!」
「なのは……だと!? 待て……ッ!」
矢車はヴィヴィオを追い掛けようとするが、ヴィヴィオは既に浅倉の立ち去った方向へと走り始めていた。
ふとエネルを見れば、蹴られた頭を抱えながらも、その鋭い眼光でこちらを睨み付けている。
「チッ……仕方ない……!」
あんな化け物に目を付けられては命がいくつあっても足りない。
今から自分とは反対方向に逃げた浅倉を追い掛けていては、間違いなくエネルに追い付かれてしまう。
そう考えた矢車は、不本意ながらも、ヴィヴィオとは反対の方向へと走り出した。
今はただ、エネルから逃れる為に。
ややあって、誰も居なくなった河原で、エネルは一人呟いた。
「ヤッハッハ……なるほど、こういうゲームか。面白いじゃないか……!」
今の戦い。そして逃げ惑う人間共……浅倉・矢車・ヴィヴィオ。一応シャーリーも含めてやってもいい。
ここまで来て、エネルはようやく気付いた。
このゲームは、神である自分が逃げ惑う人間共を追い掛け、殺し、優勝するまでの、言わば狩猟ゲーム。
この戦いに参加する者を皆殺しにし、この国を支配するという考えは元より変わり無い。
ただ変わったのは、支配者になるまでの過程を楽しむという事。歯向かう者はなぶり殺しにし、逃げる者は追い掛けて殲滅する。
それがこのゲームの、エネルなりの捉え方だ。
まさに神の為のゲーム。神のみが楽しめる至高の退屈凌ぎ。
「ヤハハ……ヤーッハハハハハ……!」
ゲームの目的を再確認したエネル。深夜の河原に、そんなエネルの不気味な笑い声が響き渡った。
【1日目 深夜】
【現在地 C-7】
【エネル@小話メドレー】
【状態】しばらく陸に上がった事で回復、蹴られた事による頭痛
【装備】鉄の矛
【道具】支給品一式、ランダム支給品1〜3
【思考】
基本 主催者も含めて皆殺し、この世界を支配する
1.まずは誰から神の裁きを与えてやろうか……
2.やはりあの蛇の男(浅倉)からだろうか
【備考】
※シャーリーを優先して殺すつもりでしたが、どうせ全員殺すので、いつ殺しても同じだと判断しました
※エル・トールの稲妻により、B-7、C-7、C-6で発光現象が発生しました。
【現在地 C-7】
【浅倉威@仮面ライダーリリカル龍騎】
【状態】右手に激しい火傷、疲労(小)
【装備】無し
【道具】支給品一式、ランダム支給品0〜2
【思考】
基本 戦いを楽しむ。戦える奴は全員獲物
1.一先ずエネルからは逃げる
2.他の参加者の引き付け役としてヴィヴィオを利用する
3.ヴィヴィオがウザい
【備考】
※自分からヴィヴィオに危害を加えるつもりはありません
※最終的にはヴィヴィオも見捨てるつもりですが、もしかすると何らかの心変わりがあるかも知れません
【現在地 C-7】
【ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】健康
【装備】無し
【道具】支給品一式、ランダム支給品1〜3
【思考】
基本 なのはママや、六課の皆と一緒に脱出する
1.なのはママを探す
2.おにーさん(浅倉)に着いて行く
3.おにーさんはヴィヴィオを守ってくれる
【備考】
※浅倉の事は、襲い掛かって来た矢車から自分を救ってくれたヒーローだと思っています
※浅倉を信頼しており、矢車とエネルを危険視しています。
【現在地 C-7】
【矢車想@仮面ライダーカブト】
【状態】左脇腹に鈍い痛み、疲労(小)
【装備】無し
【道具】支給品一式
ゼクトバックル(ホッパー)@魔法少女リリカルなのはマスカレード、クロスミラージュ@魔法少女リリカルなのはStrikerS
ランダム支給品0〜1
【思考】
基本 仲間を集め、完全なる作戦でプレシアを倒し、脱出する。
1.一先ずエネルからは逃げる
2.あの女の子(ヴィヴィオ)が心配だ
3.なのはママ……? 高町の事か?
4.とにかく仲間と情報を集めなければ
【備考】
※クロスミラージュの用途に気付いていません
※戦いに乗った者は容赦無く倒すつもりです
※ヴィヴィオの「なのはママ」という発言から、ヴィヴィオが高町なのはと何らかの関係があると考えています
※ホッパーゼクターの資格は持っていません
【共通の備考】
※浅倉・ヴィヴィオと矢車がそれぞれどの方向に逃げたかは後続の書き手さんに任せます
※この場にいた全員がエネルの危険性を知りました。
|Back:[[二人の兄と召喚士]]|時系列順で読む|Next:[[Heart of Iron]]|
|Back:[[二人の兄と召喚士]]|投下順で読む|Next:[[Heart of Iron]]|
|&color(cyan){GAME START}|浅倉威|Next:[[勇気のアイテム(前編)]]|
|&color(cyan){GAME START}|矢車想|Next:[[残酷な神々のテーゼ(前編)]]|
|&color(cyan){GAME START}|ヴィヴィオ|Next:[[勇気のアイテム(前編)]]|
|Back:[[少女の泣く頃に〜神流し編〜]]|エネル|Next:[[残酷な神々のテーゼ(前編)]]|
*駆け抜ける不協和音 ◆gFOqjEuBs6
「なのはママー……」
真っ暗闇の森の中に、か細い女の子の声が響く。
今にも泣き出しそうな程に震えた声。助けを求め、最も信頼出来る人の名を呼びながら歩く。
だが、その呼び掛けに返事が返される事は無く、かえって少女を不安にさせるだけだった。
少女……ヴィヴィオは、つい先程まで、母親である高町なのはと激闘を繰り広げていたのだ。
そして、正直言って普通の人間ならば何よりも怖いと感じる筈の、なのはの全力全壊スターライトブレイカーを受け……
気付けば訳のわからない広間にバインドで拘束されていた。
それがたった数分前の出来事。自分が目を覚ました次の瞬間には、目の前で一人の人間の頭が爆ぜた。
いくら「強くなる」と約束したヴィヴィオでも、このような状況に陥って平常心でいられる訳が無かった。
だが、それでも随分と成長した方だ。過去のヴィヴィオなら恐らく、何も出来ずに大声で泣きわめいていた事だろう。
なのはを探す為に、自分から行動を起こす事を選んだヴィヴィオは、子供ながらに立派と言える。
「なのはママー……フェイトママー」
呼び掛けながら、木を掻き分け進む。
ヴィヴィオは気付かなかった。この行動で引き寄せられるのは、なのはやフェイトのような善人だけでは無いという事に。
ヴィヴィオは気付かなかった。ゲームに乗った人間までもが、ヴィヴィオの声に引き寄せられている事に。
◆
「さて……どうしたものか……」
矢車想は考える。
一体このゲームの真意は何だ?
人間同士で殺し合わせて何になる?
非常に合理的な性格の矢車には、利益も無くこんな無意味な戦いを強要する意味がさっぱり解らない。
「プレシアとかいったか……あの女、一体何者なんだ……?」
右手を頬の近くに、左手を右肘に、矢車特有の“考える人”の動きを見せる。
ネオゼクトやワームを掃討する為ならば、矢車は容赦無く相手の命を奪う。
だが、それ以外の人間は矢車にとって護るべき存在だ。理由はどうあれ、プレシアとかいう女の思惑通りにゲームに乗る訳には行かない。
そして何よりも、矢車にとっては「誰かの掌で躍らされる」のがたまらなく悔しいのだ。
ならば、矢車の取る行動は一つ。
「完全作戦……パーフェクトミッションにおいて、プレシアを倒す。」
矢車は、ボソリと呟いた。次に、左腕に装着したザビーブレスを触ろうと……
「……何?」
おかしい。そこに有るべき物が無い。スーツの袖をめくり、もう一度確認する。
が、ザビーブレスの姿はどこにも見当たらない。いつ如何なる場合の敵襲にでも対処出来るように、外した事など無い筈なのに。
「どういうことだ……?」
慌てた矢車は、確認の為全身のポケットをまさぐる。それでも見当たらない。探しても探しても。
ややあって、思い出した。プレシアの言葉を。
——あなたたちの武装は全て解除して、こちらで用意したいくつかの道具と混ぜてランダムで支給するわ——
矢車の頭の中で蘇るプレシアの言葉が、矢車の表情を青ざめさせてゆく。
「何て事だ……! 命よりも大切なザビーゼクターを、あんな奴に……」
ややあって、矢車は力任せに近くの木を殴りつけた。その表情は、悔しさと焦りに歪み。
無理も無い。ZECT本部から支給された大事な大事なザビーブレスを、あんな訳の解らない女に奪われてしまったのだから。
力を失ってしまった矢車にはどうする事も出来ないのだろうか?
いや、そんな事は無い。矢車は仮にもZECTのエリート。一部隊の隊長なのだ。
例えザビーゼクターが無くとも、脱出する方法ならいくらでもある筈だ。
「(そうだ……まずは仲間を集めるんだ)」
ゆっくりと顔を上げる。考えても見れば、いきなりあんな訳の解らない説明を受けて直ぐにゲームに乗る人間がいる筈が無い。
そんなことをしても、自分にとって何の利益も無いからだ。
……と、そこまで考えた矢車はふと、思い出したように首元に手をやった。
「(いや……だがこの首輪がある限り逆らう事も出来ないか……)」
そう……忘れてはならないのが、この首輪の存在。目の前で爆破の瞬間を見せられた以上、迂闊に逆らう訳にも行くまい。
だとすれば、嫌々ながらに人を殺す人間が現れても仕方が無い。
そんな人間が現れた場合は……悪いが、そこでトドメを刺させて貰う。
そんな人間を救出した所でチームの不協和音になるのは目に見えているからだ。
完全なる調和の元に完全なる作戦を遂行する矢車にとって、そんな人間をチームに入れるのは御免被りたい。
「(よし……そうと決まれば、まずは仲間を集めるんだ。そして、機会をみてプレシアに反撃する)」
矢車の頭の中で構築されていく作戦。完全過ぎる。自分が恐ろしくなる程に完全過ぎる。
完璧に完全なパーフェクトミッションのプランを立てた矢車は、デイパックを持ち上げ、歩き始めた。
「ん……?」
しばらく歩いた所で、矢車は立ち止まった。声が聞こえる。小さな小さな、聞き逃してしまいそうな声が。
矢車は立ち止まり、耳を澄ませる。
「……はママー……」
——子供の声……だと?
聞き取れたのは“ママ”という単語、そして声のか細さから、声の主が小さな女の子であろう事は容易に想像がついた。
だが、だとすれば危険過ぎる。ゲームに乗った愚か者が何処に潜んでいるかも解らないこの状況で、あんな大声で動き回るのは自殺行為もいい所だ。
矢車は、大きなため息を落とした後、足速に声の元へと歩き出した。
◆
遠くから、だんだんと近付いてくる足音。
「なのはママ……?」
これだけ呼んだのだ。なのはママが来てくれない筈は無い。ヴィヴィオの表情は、一気に明るくなった。
「なのはママー!」
安心感からか、大声を出しながら足音に向かって疾走するヴィヴィオ。
……だが、そこにいたのは、ヴィヴィオが望んだ相手では無かった。
「なの……はママ……?」
「…………」
相手は明らかに男。それも、身長はかなり高い。なのはと比べれば20cm以上の差がある。
蛇柄のジャケットを羽織り、鉄パイプを引きずったその男は、何も言わずにヴィヴィオを見下ろしている。
「……ガキか……」
「え……?」
ややあって、男は小さくそれだけ言うと、ヴィヴィオから目線を外し、反対の方向へと歩き出した。
なのはでは無いものの、彼はようやく出会えた人間。まだ幼い子供であるヴィヴィオに、再び一人ぼっちになれというのは少々酷だ。
「あ……待ってー」
「……ぁ?」
結果、ヴィヴィオは立ち去ろうとする男を追い掛け、その脚にしがみついた。
この状況で最初に出会えた人間。一人ぼっちで心細かったヴィヴィオが、初めて口を聞いた人間。
そんな人間に着いて行きたくなるのは、幼いヴィヴィオにとって当然の事だった。
「ヴィヴィオも一緒に行く!」
「………………」
男——浅倉威は、ちらっとヴィヴィオの顔を見た後、そのまま無視して歩き出した。
◆
「(ちからが……はいらん……)」
神・エネルは、どんぶらこどんぶらこと、力無く川を流れ続けていた。
「(神である私が……こんなことで……)」
あの女……あの無礼な女に不意打ちを喰らった為に、今の自分はこんな不様な姿を曝してしまっているのだ。
許せん。あの女は絶対に許せん。エネルは、内心であの橙頭の女に憎しみの念を抱いた。
「(あの女……いつか絶対に神の裁きを与えてくれる……!)」
……と、考えるのは自由だが、今の自分にはゴロゴロの実の力を十分に発揮する事が出来ない。
先程の女の蹴りを受ける際に雷化出来なかったのがその証拠だ。それだけでは無い。“ヴァーリー”の威力も間違い無く落ちている。
MAXで何Vまで発揮出来るかも些か疑問だ。
そんな事を考えながらしばらく歩いていると——
「ねーおにーさん、人が流れてるよー」
——声が聞こえて来た。
小さな女の子の声。だが、今のエネルには首を声の方向へと回す力も無く。声を出す力も無い。
だが、それから直ぐにエネルの上半身は水から上がる事が出来た。
「(……何だ……?)」
目を動かし、自分の体を持ち上げている何かに目を向ける。自分の体を持ち上げているのは、蛇柄のジャケットを着た茶髪の男だった。
◆
「——それでね、なのはママはすっごく優しくって、いつもいい子いい子してくれるの!」
「(……戦える奴はいないのか……?)」
ヴィヴィオに付き纏われ、たまらなくウザいと感じながらも、浅倉は戦えそうな人間を探していた。
しかし、歩いても歩いても誰もいない。ようやく人を見付けたと思えば、明らかに戦えなさそうなガキ一人。
まぁこのガキは人の引き付け役にもなるだろうと、着いて来ても無視を続けているが。
「——だからね、ヴィヴィオもなのはママをいい子いい子してあげるの。そしたらなのはママも元気に……あれ?」
「………………」
そこで、さっきから一人で聞いてもいない事を長々と語ってくれるヴィヴィオの声が途切れた。
それに気付いた浅倉は、ゆっくりとヴィヴィオに振り向く。
見ればヴィヴィオは立ち止まり、川に流れる何かを指差していた。
「ねーおにーさん、人が流れてるよー」
浅倉がエネルに気付いたのは、ヴィヴィオに呼び掛けられてからだった。
エネルの筋骨隆々とした肉体を見るや否や、浅倉は不敵に笑い始めた。
「(あいつなら……少しは戦えそうか?)」
浅倉の目的は、戦う事。戦う事こそが、戦う目的なのだ。故に、エネルを助ける。戦う為に。
浅倉は、エネルの体を引っ張り、乱暴に河原へと放り投げた。
「ぐぉっ……!」
「……お前なら、少しくらいは戦えそうだ……」
小さく呻いたエネルに、浅倉は不気味に笑いながら言った。対するエネルは、見るからに浅倉に対して怒っている。
エネルは眉をしかめ、その鋭い眼光で浅倉を睨み付けた。
「少しくらいは……だと?
貴様……口を慎めよ、我は神なるぞ……!」
「ククククク……なら戦え……戦えよ!
神様なら、戦って俺を負かしてみろ……!」
浅倉の笑みを見たエネルもまた、小さく笑い出した。こいつはバカだ とでも言わんばかりに、ニヤニヤと。
だが、目は笑っていない。そのギャップが、余計にエネルの表情を恐ろしく見せる。
「ヤッハハハハ……よかろう。
貴様に、私を助けた事を後悔させて……」
「喧嘩は駄目ーーーっ!」
と、そこで今まで黙っていたヴィヴィオが、二人の会話に割り込んだ。
エネルと浅倉は、二人共ゲームに乗った人間……しかも元の世界では何人もの人間を殺している。
そんな二人に喧嘩をするなと言った所で無駄な事だろうが、ヴィヴィオはまだそれを知らない。
言ってしまえば、ヴィヴィオは今二人の殺人鬼に囲まれているのだ。
ヴィヴィオの声が周囲に響いた後、エネルは一度浅倉から視線を外し、再び不敵な笑みを浮かべた。
「良いのか? ……今の大声で、何者かがこちらに近付いているぞ?」
心網—マントラ—による敵の位置の把握能力。エネルは、こちらに近付いて来る人間がいるとの情報を浅倉に伝えた。
浅倉は頬を吊り上げるような不気味な笑いを見せた後、直ぐに立ち上がり、鉄パイプを構えた。
敵が来るという事実だけ、何となくにだが把握したヴィヴィオも二人の殺人鬼の背後に身を隠す。
ヴィヴィオは知らなかった。
今こちらに向かっている男こそが、真にヴィヴィオを救おうと駆け付けた“仮面ライダー”である事に。
ヴィヴィオは気付かなかった。
今自分が頼っているこの男こそが、自分を囮に利用し、この殺し合いを楽しむ事が目的の“仮面ライダー”である事に。
◆
矢車は、デイパックの中身を確認し、武器になりそうな物を探した。
そして最初に見付けたのが、用途不明のカード型デバイス。
このデバイスにはクロスミラージュという名前があるのだが、矢車そがれを知る筈も無く、すぐにデイパックに戻した。
次に見付けたのが、銀のベルト。矢車の良く知るゼクトバックルだ。
だが、変身前にゼクトバックルを持っていたとしても何の意味も無い。これも正直不必要なアイテムだろう。
矢車はそれをデイパックに戻し、再び歩き始めた。
ちなみにこのゼクトバックル、資格者が使えばホッパーへと変身する事が可能だが、ホッパーの資格条件は絶望。
良い部下達に恵まれ、エリートの地位を持ち、戦果を上げ続ける矢車にとっては無縁のゼクターなのだ。
「武器は何も無い……やはり信じられるのは自分の腕だけか」
矢車はそう呟き、再び歩を進めようとした、その時であった。
——喧嘩は駄目ーーーッ!
「……!?」
突如聞こえた少女の声。間違いない。先程の女の子の声だ。
喧嘩……? 彼女は今、戦いに巻き込まれているのか……?
そう考えた矢車は、直ぐに走り出していた。一人の小さな命を救う為に。
走り続けて数分、木を掻き分け進んだ矢車は、このエリアを流れる河原の近くに出た。
「あれは……」
矢車の視線の先にいるのは三人の人影。
鉄パイプを構え、笑っている男が一人。力無く横たわる半裸の男が一人。
そして脅えた表情で小さく隠れる金髪の女の子が一人。なるほど、矢車はすぐに状況を飲み込んだ。
あの蛇柄の男が半裸の男を襲い、あの少女は戦いに巻き込まれてしまったのだろうと。
これ以上少女に恐ろしい思いをさせる訳には行かない。返答次第では、この男を倒す。矢車はそう決意し、口を開いた。
「ねぇ、君はその女の子をどうするつもり?」
「……ククク……ハハハハハハッ!!」
「な……ッ!?」
聞いた自分がバカだった。男は、質問に答える事なく、鉄パイプを振りかぶり、襲い掛かって来たのだ。
もう間違いない。この男はこの馬鹿げたゲームに乗っている。しかも1番質の悪い、快楽殺人の類だ。
矢車は、振り上げられた鉄パイプをかわし、アウトボクシングスタイルで構える。
「チッ……完全調和を乱す不協和音め……!」
矢車は浅倉と距離を取り、策を考える。相手が長い得物を持っているなら、素手で戦う自分は圧倒的に不利だ。
だが、矢車とてエリート。不利なら不利なりの戦い方がある。矢車は、アウトボクシングスタイルで構えたまま、軽くステップを踏み始めた。
「ッらぁ!!」
「……っ!」
浅倉が振り下ろした鉄パイプを後方に回避、そのまま下に振り切られた鉄パイプを左手で掴むと、矢車は大きく踏み込んだ。
浅倉の顔面に、凄まじい速度での右フックが入る。それも矢車が狙ったのは相手の顎。
自分の掌底で、浅倉の顎を叩き付けたのだ。素手で相手を殴る事の危険性は矢車自身が1番良く分かっている。それ故の行動だ。
対する浅倉は、矢車の攻撃を受けたにも関わらず、不敵な笑みを崩さない。
「……しまっ!?」
「らぁっ!!」
「ぐっ……!?」
気付くべきだった。この男はダメージを恐れていないという事に。
矢車は、再び振り上げられた鉄パイプの一撃を左脇腹に受けてしまう。刹那、体に鈍い痛みが走る。
「こんなもんじゃねぇよなぁ!?」
「チッ……!」
咄嗟に後方へと跳び上がり、再び構える矢車。やはり素手で武器を持った相手に挑むには不利過ぎたか?
嫌な汗が矢車の首筋を這う。
——最初の一撃で落とせなかったか……賭が外れたな。
矢車は構えたまま、自分の甘さを呪った。本来ならば一撃で意識を奪うくらいは出来る筈の打ち込みで、勝利を得られなかった。
相手もまた相当に修羅場を潜って来たのだろう。
——……一度見せたこの手、奴は二度と掛からないだろう……どうする?
思考を巡らせる。鉄パイプを持った相手に対抗するには……どうすればいい?
——初手をかわして……入るしかない!
再び振り下ろされた鉄パイプ。矢車はすんでの所でそれを回避し、再び浅倉の顔面に掌底を打ち込もうと踏み込む。
「……ぐぅッ!?」
いや、踏み込めなかった。先程脇腹に受けた一撃が痛み、シフトウェイトの瞬間に力が抜けてしまったのだ。
結果、矢車の拳には力が全く入らず、容易に浅倉に受け止められてしまう。
そして、再び突き出された鉄パイプ。
「オラァッ!!」
「ぐぁっ……!」
矢車はその直撃を受け、数歩のけ反る。が、浅倉の攻撃は留まる事無く、隙だらけになった矢車に更なる打撃を加える。
地べたに這いつくばった矢車は、荒い息で浅倉を睨み付けた。
「終わりだ……死ねよ」
「…………ッ!」
浅倉は、力一杯矢車へと鉄パイプを振り下ろした。
「神の裁き……エル・トール!」
「「……ッ!?」」
その時だった。鉄パイプが矢車の頭を叩き潰す寸前に、青白い稲妻が駆け抜けたのだ。
空から降ってきたかのようにも見える雷の衝撃に、浅倉と矢車は一気に逆方向へと吹っ飛ばされた。
なんとか立ち上がった矢車と浅倉は、雷の発生点を睨み付ける。
「……やはり少し弱いな。たかが人間二人殺せんとは」
そこにいるのは、背中から太鼓を生やし、異常に長い耳たぶを持った男。先程まで横たわっていた筈の、神・エネルだ。
「ヤハハハ……まぁいい。随分と待たせたなぁ?
感謝しろ、虫けら。私が直々に裁いてやる」
「クックック…………ハハハ……ハハハハハッ……!」
浅倉にはもはや矢車など眼中に無かった。今最も興味を引かれるのは、目の前の神を名乗る男のみ。
鉄パイプを引っ提げ、エネルへと突進する浅倉。
「愚かな……神を愚弄する愚かさ、身を持って知るがいい」
再びエネルの腕が青白く輝き始める。再びさっきの電撃を放つつもりらしい。
「おにーさん! 危ない!!」
物影に隠れていたヴィヴィオは、浅倉のピンチに大声で叫んだ。が、浅倉の突進は止まらない。
ならば、と、ヴィヴィオは慌てて自分の周囲を探り始める。何か武器になるものは無いのか? と。
何でもいい、エネルを止められればそれでいい。なのはと約束したのだ、「強くなる」と。
ここで逃げてばかりでは、その約束も守れない。そんなヴィヴィオが咄嗟に掴んだのは、10cm程の河原の石ころ。
こんなものしか無いのか……と、普通なら思うのだろうが、今のヴィヴィオにそんな贅沢を言っている余裕は無い。
「この……っ!!」
ヴィヴィオは、エネルに向かって力一杯石ころを投げ付けた。あの電撃を放たせない為にも。
「ん……?」
呟くエネル。石が当たった瞬間、一瞬だが光が消えた。
しかし、やった! と思ったのもつかの間。エネルの冷たい視線に睨まれたヴィヴィオは、凍り付いたようにその場で固まってしまった。
「ハハハハハァッ!!」
そんなヴィヴィオの努力を知る由も無く、浅倉はエネルの胴体に鉄パイプを振り下ろす。
鈍い音が響き、エネルの肩付近に鉄パイプが減り込む。
「やはり……雷にはなれんのだな」
「……あ?」
本来のエネルならば、こんな鉄パイプによる一撃など受ける筈も無い。雷になれば済む話だからだ。
だが、その雷に変化することが出来ない。恐らく、変化出来るのは腕や脚、一部の技だけなのだろうと判断。
それならそれで戦いようは有る。エネルは、浅倉の鉄パイプを右手で握り締めた。
「グローム……——」
そして、力を右腕に集中させる。エネルの右腕は再び光り輝き。
「——パドリングッ!」
鉄パイプへと、凄まじいまでの電流が流れた。流された電流により、鉄パイプは凄まじい熱を帯びる。
「ぐぉっ……あぁぁぁああああっ!?」
エネルの電撃により、右手に伝わる激しい痛みと熱。浅倉は咄嗟に手を離した。
見れば、右手の平はまるで火の中に突っ込んだように焼け爛れている。
「ヤッハハ……金では無く鉄というのが残念だが……十分だ」
鉄パイプは、既に原型を留めてはいない。エネルに流された電流により、高熱を帯びたパイプは、エネルの望む形——三股の矛へと変わっていた。
「ヤッハッハ!」
エネルは、作り出した矛で浅倉を突き上げた。これで浅倉の命も終わり……
「ん?」
「ククク……ハハハハ……楽しいなぁ……戦いってのは」
いや、まだだ。体に刺さる寸前に、浅倉はエネルの矛の柄を掴み、動きを止めたのだ。
「ほほう、しぶといな」
「ククク……ッらぁ!!」
浅倉はエネルの矛を下方へといなし、エネルの顔面に重いハイキックを炸裂させた。
「くっ……」
のけ反るエネル。浅倉はエネルから距離を取り、再びニヤニヤと笑い始める。
どうやら浅倉もまだそれほどダメージは受けていない様子だ。
とは言っても、第三者から見れば、この戦いは長引けば明らかに浅倉の敗北となるのは明白。
ヴィヴィオはともかく、矢車にはそれが手に取るように分かった。あの男では奴には勝てない……と。
そう判断した矢車は、直ぐに体勢を立て直し、叫んだ。
「何をしてる! 早く逃げろ!」
「……あ?」
矢車の叫び声に、振り向く浅倉。
「解らないのか! そんな奴と戦っていたら命がいくつあっても足りない!」
「…………チッ」
浅倉は、矢車とエネルを数回見比べた後に、仕方ない と言わんばかりに舌を打ち、走り出した。
確かにこのまま戦うのは辛いと感じたのだろう。エネルとは反対の方向に向かって、浅倉は疾走する。
そんな浅倉を見届けた矢車も、急いでヴィヴィオに駆け寄った。
「早く、逃げるぞ……!」
「嫌っ! 離して!」
「なっ……!?」
ヴィヴィオは矢車の手を払い、矢車から距離を取る。どうやらヴィヴィオは矢車を完全に敵だと思っているらしく、明らかに敵意を表している。
「ヴィヴィオ、おにーさんと一緒になのはママ探すの!!」
「なのは……だと!? 待て……ッ!」
矢車はヴィヴィオを追い掛けようとするが、ヴィヴィオは既に浅倉の立ち去った方向へと走り始めていた。
ふとエネルを見れば、蹴られた頭を抱えながらも、その鋭い眼光でこちらを睨み付けている。
「チッ……仕方ない……!」
あんな化け物に目を付けられては命がいくつあっても足りない。
今から自分とは反対方向に逃げた浅倉を追い掛けていては、間違いなくエネルに追い付かれてしまう。
そう考えた矢車は、不本意ながらも、ヴィヴィオとは反対の方向へと走り出した。
今はただ、エネルから逃れる為に。
ややあって、誰も居なくなった河原で、エネルは一人呟いた。
「ヤッハッハ……なるほど、こういうゲームか。面白いじゃないか……!」
今の戦い。そして逃げ惑う人間共……浅倉・矢車・ヴィヴィオ。一応シャーリーも含めてやってもいい。
ここまで来て、エネルはようやく気付いた。
このゲームは、神である自分が逃げ惑う人間共を追い掛け、殺し、優勝するまでの、言わば狩猟ゲーム。
この戦いに参加する者を皆殺しにし、この国を支配するという考えは元より変わり無い。
ただ変わったのは、支配者になるまでの過程を楽しむという事。歯向かう者はなぶり殺しにし、逃げる者は追い掛けて殲滅する。
それがこのゲームの、エネルなりの捉え方だ。
まさに神の為のゲーム。神のみが楽しめる至高の退屈凌ぎ。
「ヤハハ……ヤーッハハハハハ……!」
ゲームの目的を再確認したエネル。深夜の河原に、そんなエネルの不気味な笑い声が響き渡った。
【1日目 深夜】
【現在地 C-7】
【エネル@小話メドレー】
【状態】しばらく陸に上がった事で回復、蹴られた事による頭痛
【装備】鉄の矛
【道具】支給品一式、ランダム支給品1〜3
【思考】
基本 主催者も含めて皆殺し、この世界を支配する
1.まずは誰から神の裁きを与えてやろうか……
2.やはりあの蛇の男(浅倉)からだろうか
【備考】
※シャーリーを優先して殺すつもりでしたが、どうせ全員殺すので、いつ殺しても同じだと判断しました
※エル・トールの稲妻により、B-7、C-7、C-6で発光現象が発生しました。
【現在地 C-7】
【浅倉威@仮面ライダーリリカル龍騎】
【状態】右手に激しい火傷、疲労(小)
【装備】無し
【道具】支給品一式、ランダム支給品0〜2
【思考】
基本 戦いを楽しむ。戦える奴は全員獲物
1.一先ずエネルからは逃げる
2.他の参加者の引き付け役としてヴィヴィオを利用する
3.ヴィヴィオがウザい
【備考】
※自分からヴィヴィオに危害を加えるつもりはありません
※最終的にはヴィヴィオも見捨てるつもりですが、もしかすると何らかの心変わりがあるかも知れません
【現在地 C-7】
【ヴィヴィオ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】健康
【装備】無し
【道具】支給品一式、ランダム支給品1〜3
【思考】
基本 なのはママや、六課の皆と一緒に脱出する
1.なのはママを探す
2.おにーさん(浅倉)に着いて行く
3.おにーさんはヴィヴィオを守ってくれる
【備考】
※浅倉の事は、襲い掛かって来た矢車から自分を救ってくれたヒーローだと思っています
※浅倉を信頼しており、矢車とエネルを危険視しています。
【現在地 C-7】
【矢車想@仮面ライダーカブト】
【状態】左脇腹に鈍い痛み、疲労(小)
【装備】無し
【道具】支給品一式
ゼクトバックル(ホッパー)@魔法少女リリカルなのはマスカレード、クロスミラージュ@魔法少女リリカルなのはStrikerS
ランダム支給品0〜1
【思考】
基本 仲間を集め、完全なる作戦でプレシアを倒し、脱出する。
1.一先ずエネルからは逃げる
2.あの女の子(ヴィヴィオ)が心配だ
3.なのはママ……? 高町の事か?
4.とにかく仲間と情報を集めなければ
【備考】
※クロスミラージュの用途に気付いていません
※戦いに乗った者は容赦無く倒すつもりです
※ヴィヴィオの「なのはママ」という発言から、ヴィヴィオが高町なのはと何らかの関係があると考えています
※ホッパーゼクターの資格は持っていません
【共通の備考】
※浅倉・ヴィヴィオと矢車がそれぞれどの方向に逃げたかは後続の書き手さんに任せます
※この場にいた全員がエネルの危険性を知りました。
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