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「ちぎれたEndless Chain」(2009/01/07 (水) 15:45:40) の最新版変更点
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*ちぎれたEndless Chain ◆jiPkKgmerY
神崎を殺害してから二時間後、キースレッドは未だに病院の中にいた。
先程までは病院内を探索して回っていたのだが、今はロビーに設置されたソファの一つに身を沈めている。
あれから二時間、彼は探し続けた。
首輪を外す為のヒントが隠されていないか、他に参加者が隠れていないか、ARMS殺し『ベガルタ』や『ガ・ボウ』が隠されていないか。
だが残念な事に、この病院には何も無かった。薬品や包帯などは大量に見つかったが、キースレッドには必要の無い物。
結果的だけを見れば無駄に時間を浪費しただけであった。
(まぁ良い……)
僅かな落胆を感じつつキースレッドはデイバックの中から、僅かな血痕が付着した銀色のリング――首輪を取り出す。
彼はこの会場にて一人の女性を殺した。少なくとも、プレシアの語った24時間ルールにより殺害される可能性はない。
(時間は山のようにある……焦ることはない)
彼は知っている。
自分が目指す相手の実力を。その男が持つARMSの力を。
真っ正面から戦えば勝ち目はない。奴の『ブリューナグの槍』により、コアごと身体を貫かれるだけだ。
その実力差は自分が一番知っている。
勝利を掴む為には、奴を殺す為には、武器、そして策略が必要。
焦ったら負けだ。力を蓄え、武器を手に入れ、最高の好機を待つ。それが目的を達成するための最低条件。
「必ず……必ず殺してやるぞシルバー……!」
ソファが軋む音と共にキース・レッドが立ち上がる。
第一目標はARMS殺しの『ベガルタ』と『ガ・ボウ』、またはシルバーを殺しきれる武器の捜索。
シルバーに戦いを挑むはそれからだ。
全てを調べ尽くした此処に長居する意味は無い。
シルバーは、自分を欠陥品と決め付けたあの男は必ず殺す。
俺の手で絶対に――。
それから幾ばくかの時間が経ち、キースレッドは病院から続く大通りを歩いていた。
「このまま直進しても川がある……先ずは橋を目指すか」
右肩にはデイバック。地図を片手に市街地を進む。勿論、周囲への警戒も忘れてはおらず、その姿には隙が感じられない。
先ず目指すはE-6にある橋。そして中心街へ向かいつつ、他の参加者を襲撃。そして支給品を奪う。
大まかな行動方針を決めながら、キースレッドは歩みを続け――――それから数秒後、歩みを止めた。
「あれは……?」
その時彼の瞳に映っていたものは、流星の如く空を駆ける一人の少女、そして少女に背負われている二人の男女であった。
飛行している、という事は魔導師か。背中の二人はその様子を見るに気絶しているらしい。
(ツキが回ってきたか……)
確かに魔導師は厄介な存在だが、自分からすれば雑魚。気絶中の二人に至っては格好の獲物としか言い様がない。
早くも見付かった獲物に幸運を感じつつ、キース・レッドは病院へと進路を変えた。
□
「あった……!」
市街地を飛び出して数分後、漸く見つけた病院らしき建物になのはは歓喜の声を上げた。
何時もより消費の激しい魔力。加えて二人の負傷者を抱えている状況。
それらは、数kmという魔導師にとって短距離の移動にも関わらずなのはを蝕み、疲労させていた。
だがそれでも、高町なのはは一度も立ち止まらなかった。
二人を救う為、自身が出せる最速で病院へと辿り着いた。
「まずは二人を休ませなくちゃ……」
屋上に舞い降りたなのはがまず探した物は二人を休める事ができる設備。治療道具も必要だが二人を背負ったままでは、それを探す事すら不可能。
それに、今この瞬間にも二人は消耗を続けている。ちゃんとした設備で休息を取らせなくてはいけない。
そう判断し、なのはは階段を駆け降りる。十数段の階段を下ると四階へと到着した。
階段を中心に、右と左に長々と続く廊下、そして一定間隔に配置されている何十もの扉が、そこにはあった。
取り敢えず階段から一番近くの扉を選び中に入るなのは。
完全な勘であったが、そこはなのはが待ち望んでいた部屋、そのものであった。
(ここは……)
清潔感を漂わせる真っ白なシーツに包まれたベッド。それが部屋の四隅に設置されている。
そこは正になのはが探し求めていた部屋――入院室そのものであった。
これ幸いと、なのはは入口側の二隅にあるベッドへと二人を横たえる。
そして安堵の息を吐く事なく再び入口へと足を進めた。
「直ぐ戻ってくるんで待ってて下さいね!」
意識の無い二人へと声を掛け、なのはは廊下へと足を踏み出す。
目当ては二人を治療する為の医療道具。
身体を包む疲労を推して魔法少女は走り出した。
そして更に数分の時が流れた病院内、なのははランタン片手に病院内を歩き回っていた。
(治療道具って事は医務室にあるんだよね?……でも医務室も見つからないし……あぁ~どうすれば……)
現在なのはが居る場所は一階の廊下。二階、三階、二人を寝かせた部屋がある四階には、入院患者用の部屋しかなかった。
ならばと一階を探索しているのだが、残念なことに医療室のいの字も治療道具のちの字も見付からない。
焦る気持ちとは裏腹に、時間が流れていくだけであった。
じりじりと経過する時間に比例して、焦燥感が募っていく。
今、彼女の両肩に伸掛かっているのは、失うことなど許されない二つの命。
その事実が、なのはの小さな両肩に重く伸掛かっていた。
(早くしなくちゃ二人が……)
祈るように廊下を歩き続ける少女。そしてそんな想いが届いたのか、それから僅
かな時間の後、少女は探し求めていた部屋を漸く発見する。
「あ!」
思わず飛び出た言葉。
見上げる視線の先には一枚の看板。白色の板に書かれたにデカデカと書かれた「医務室」の三文字。
――やっと見つけた。
「あったぁ!」
歓声と共に扉を引き入室するなのは。
中には大量の薬品が詰まったガラス戸の棚とベッドが一つ。
なのはは直ぐさま棚へと近付き、ガラス戸を引く。
薬品に関してはサッパリ分からないが、取り敢えず消毒と書かれている物をバックへと詰めた。
包帯も薬品の山に隠れるように置いてあり、10ロールほど拝借した。
「あと少し……あと少しですから、待ってて下さいね……!」
――これで二人を救える。
喜びに頬を弛ませ、高町なのはは再び駆け出した――。
□
なのはは階段から一番近くの部屋――カレン達を寝かせた部屋を前にして、呆然とした。
扉が無い。いや、あるにはあるのだがまるで積み木の様に細切れにされ、床に転がっている。
考えられる事は誰かの襲撃。
自分が部屋を離れた十数分の間に、殺し合いに乗った誰かが二人を襲ったのだ。
激しい後悔と共になのははS2Uを起動させる。
そして青色の魔法杖を構え――部屋に飛び込んだ。
そしてなのはが見た光景。それは、
「……お前は……」
窓際に立つ金髪の男――市街地にて発見した男であった。
S2Uを構え部屋に入ってきたなのはに男は目を見開き、驚いたような表情を浮かべている。
「あ……れ……?」
キョロキョロと部屋を見渡すが、全く荒れていない。敵襲があったとは思えない程、部屋に変貌は無い。
それどころか怪我人だった男が意識を取り戻しているだけ。
とてもじゃないが敵襲があったなどとは考えられない。
「あ、あの……誰か襲ってきたりしませんでした?」
なのはの言葉に男は首を傾げ、数瞬後頭を左右に振った。
「なんのことだ? 目を覚ましたばかりで皆目見当も付かないのだが……」
「あ……し、知らないんだったら良いんです……」
扉は斬り壊されているが、中は何も変哲がない。
その不可思議な状況になのはは混乱する事しか出来なかった。
(戦闘があったような痕跡もないし……本当に何が…………あ!)
グルリと部屋を見渡すなのは。そこでなのははある重大なことに気が付く。
カレンが消えているのだ。
カレンを寝かせた筈のベッドはそのままに、その姿だけが忽然と消えている。
やはり何かが起きたのか――再度湧き上がる後悔と共に、なのはは金髪の男へと問い掛ける。
「……俺が目を覚ました時には誰も居なかったが……まさか俺以外にも人が居たのか?」
その答えが鼓膜を揺らすと同時に、なのはの脳内にとてつもない衝撃が走った。
やはり誰か部屋に押し入ったのだ。そして気絶中の男の人に気付かれないように、カレンさんを連れ去った。
だから戦闘の痕もないし、男の人もカレンさんを知らない。
「そん……な……」
なのはは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
自分の所為で、自分が大した警戒もせずに部屋を出たから、カレンさんは襲われた。
自分の判断ミスでカレンさんが危険な目に、いやもしかしたら殺されて――
「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
今までの人生で感じた事のない自責の念が、なのはの精神を押し潰す。
叫ばずにはいかなかった。
自分がしたあまりに愚かな判断に、自分の所為で人が一人死んでしまったかもしれない事実に――幼い少女は叫ばずにはいられなかった。
だから少女は気付けなかった。男が小さく舌打ちをした事に、男が何かをポツリと呟いた事に、だから少女は気付けなかった。
「……おい、顔を上げろ」
優しい、いたわるような男の声が床に座り込む少女へと届く。
少女は顔を上げない。
「その赤髪の女に何かが起きたんだな?」
「…………はい」
男の問いに数秒の時間を置き、掠れた声で少女が答えた。
しかし少女は顔を上げない。
「……無様に気絶をしていた俺には、お前を励ます事など出来ない……」
申し訳なさそうに呟く男の顔には、今の状況とは場違いな微笑み。
だが俯いたままの少女はその笑みにも、その笑みに含まれた嘲りにも、気が付く事はない。
「ただ一つだけ思い出したことがある。お前が言う赤髪の少女を連れ去った犯人についてだ」
「え……?」
その言葉に少女は漸く顔を上げた。
目は血走り、頬には涙の伝った痕がある。そこに何時もの溌剌とした高町なのは
の姿はなく、悲惨な現実に打ちのめされた少女の姿があった。
そして少女は見た。
人を完全に見下した微笑み――――ではなく、視界全てを埋める真っ赤な何かを。
(なに……これ……)
突然の事態になのはは困惑した。
今の状況を男に問おうと口を開くが、言葉は紡がれない。その代わりに口から飛び出た物は大量の液体。
止めどなく流れ出すそれを拭おうとするが、手があがらない。
気付けば視界を占める赤が黒に変わっていた。今まで見た事もない程の黒だった。
「その犯人とはな――」
何故か強烈な眠気が襲ってきた。
カレンさんを連れ去った犯人の情報が言われるのだ。しっかりと聞かなければいけない。
だが意志と反して眠気は増大していく一方。
もう限界であった。
「――俺だ」
――その言葉を聞く寸前、少女の意識は完全に闇の中へと消え去った。
□
結果、純粋すぎた魔法少女は何も知らずにこの世を去った。だが少女にとってそれは幸運だったのかもしれない。
少女が病院内を探索している時に起きた、数分間の悪夢。それはやはり少女が原因と言えた。
治療道具を探す為、なのはが部屋を出てから何が起きたのか。
時は僅かに遡る――
□
――それはなのはが部屋を飛び出して数分後のこと。
病室の片隅にてカレン・シュタットフェルトは意識を取り戻した。
「う……ん……」
視界に映るは、白色の壁と天井。異常なダルさを訴える身体を無理矢理に起こすと、三つのベッドと金髪の男が視界に入る。
その光景を見てカレンは直ぐ様、ここが病院だと気付いた。
「なのはは……?」
部屋の中を見渡すが、なのはの姿はない。
その代わりに居るのは見知らぬ金髪の男が一人。それなりに整った顔を僅かに歪め、寝息を立てている。
あれからなのはが探し出したのか。
パッと見は普通の青年だが、先の幼女や魔導師という物もある。警戒しといて損はないだろう。
念の為にと、拳銃がある懐へと右手を伸ばし――――そこでカレンは思い出した。
自分の右手がもう無い事を。粉微塵に吹き飛ばされた事を。
「……本当に手、無くなっちゃたんだな……」
感覚が麻痺してるのか痛みはない。血も止まっている。
ただ、軽い。
重りを取り除いたかのように右腕が軽かった。
(もう紅蓮の操縦も、できないな……)
不甲斐なかった。
見た目が子供というだけで油断し、あまつさえ右手を失った自分が。ゼロを守護する事も、ゼロの手助けをする事も出来なくなった自分が。
ただただ不甲斐なく、悔しかった。
「私は……どうすれば……」
知らず知らずの内に涙が溢れる。
右手を失った事による喪失感。自分の信じる道を進めなくなった事による絶望。
その圧倒的な負の感情は、戦場によって鍛えられたカレンの強靭な精神さえも蝕む。
「私は…………私は…………」
誰も見ていない、という状況も重なりカレンはひたすら涙を流し続けた。
――実のところ誰も見ていないというのは、カレンの勘違いなのだが。
「おい」
唐突に掛けられた言葉に勢い良く顔を上げ、辺りを見回すカレン。
そこには、先程まで意識を失っていた筈の男が、真っ直ぐと自分を見詰めていた。
「ここは何処だ」
見られた。
瞳の色からしてこの男は日本人ではない。仇敵であるブリタニア人に、子供のように泣いてるところを、見られた。
恥ずかしさと情けなさに頬が朱に染まる。
「聞いているのか? 此処は何処かと聞いているのだ」
「……病院だ」
ふて腐れたようにそっぽを向いたままカレンが答えた。
その答えに男は一つ頷き、再び口を開く。
「貴様が運んだのか?」
「違う。なのはっていう仲間が居てね。多分その子だよ」
「そうか」
その言葉を最期に、男は窓の外に視線を移す。
――何だこの無愛想な男は。
その不遜な態度にカチンと来ながらも、カレンは少し安心する。
現時点の態度を見る限りこの男は殺し合いに乗っていない、というか全体的に覇気が感じられない。
物憂げな表情で何かを考え込んでいる。
「……あんた名前は?」
気まずい沈黙を払拭するかのようにカレンが問い掛ける。が、返答はなし。
ピクリとも反応せずに、日が登り始めた市街地を眺め続けている。
「ねぇ、あんた! 少しは――」
カレンが無愛想な男に苛立ちを叫んだその時――――何かが崩れ落ちるような轟音が響いた。
(なにッ!?)
カレンが轟音のした方を向いた時、男は既に自身が得意とする間合いへと入っていた。
両腕が刃状に変形しており、一目で異質な存在だと分かる男。そのスピードは人間の範疇を越えていて、まるで風のように軽やかであった。
完全に不意を付かれた。銃を取り出す暇もない。
(まずい……!)
間に合わない。
頭の片隅でそれを理解しつつ、だがそれでもカレンは諦めなかった。
右手を失おうと、どんなに傷付こうと、ゼロの為生きて返らなくてはいけない。
ゼロと共に革命を成し遂げなくてはいけない。
「私は――」
――カレンの言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
□
キースレッドが初めに狙ったものは、魔導師の少女に背負われていた二人の男女であった。
弱者や怪我人から殺す――それは戦闘に於けるセオリーでもあるし、多数を相手にする時にはこれ以上ない良策でもある。
キースレッドはなのはが屋上に降り立つところを見た。そしてなのはが『一人で』階段を駆け下りているところも見た。
背負っていた怪我人は何処に行ったのか――考えるまでもない。上階にある入院室の何処かに置いてきたに決まっている。
そう推測し、キースレッドはなのはに気付かれないよう上階へと移動。そして移動した先で少女のすすり泣く声を聞いた。
押し殺した物ではあったが、位置を特定するには充分。
連続して発生する幸福に感謝しながらも、キースレッドは二人が休息を取っている病室を特定し、そして攻め込んだ。
ARMSを発動。扉を切り裂き、中に突入する。
驚愕の表情でこちらに振り向く赤髪の少女。武器でもあるのか、懐に手を伸ばしているが――遅い。
奴が武器を取り出すより早く、自分のARMSが首を切り落とすだろう。
視界の片隅にはもう一人の男が映っているが、こちらは少女を殺害した後、振り向きざまにARMSを伸ばしその命を絶てばいい。
(これで二人、ゲームオーバーだ)
そしてキースレッドは冷酷に、無慈悲に、刃を振り切った。
それはカレンの首を斬り飛ばし、殆どが白に統一された病室を真紅に染める――――ことはなかった。
(なッ!?)
それは一瞬の出来事であった。
刃がその首筋に到達する寸前、カレンの前方の空間が光ったのだ。
目眩ましというには余りに短い、刹那の発光。しかし、それが収まった時キースレッドは愕然とする事となる。
(何が……起きた……!)
つい先程までベッドに腰掛けていた筈のカレンが――居ない。
唐突に、音もなく、キースレッドが気付いた時には、赤髪の少女は消えていた。
(まさか避けられた!? 馬鹿な! あのタイミングで回避など、そんな訳が……!)
胸の内に湧き上がる驚愕を抑え、周囲を探るため後ろに振り返るキースレッド。
と、同時に微弱な衝撃が両腕を走った。
――そして次の瞬間キースレッドが見た光景は信じ難いものであった。
「バカ……な……」
――その光景とは、自分の両腕がクルクルと回転しながら宙を舞う瞬間。
全てを粉砕するARMSが、まるでスライスチーズのように斬り飛ばされていた。
訳の分からない、全く理解できない状況にキースレッドの思考が一瞬だけ止まる。
「動くな」
言葉が鼓膜を叩いた時、既に退路はなくなっていた。
首筋に感じる冷たい感触。ベッドに寝転がる男の左腕から伸びた白刃が喉元に突き付けられていた。
「名を言え」
キースレッドは理解した。
自分の判断が誤っていた事を。只の人間だと侮っていたこの男が自分をも超える存在だという事を。
「お前は……何なのだ……!」
「質問しているのは俺だ。貴様はただ俺の問いの答えを言えばいい」
男は無表情に問い掛ける。
何時もなら瞬きの間に回復する両腕だが、数秒経ってもその兆しを見せない。
先程の襲撃の際も、身体の動きが重かった。
――まさか何らかの制限が課せられているのか?
ならばと真の姿を開放しようと試みるが、これも又制限されているらしい。身体は何時までも元の状態から動かない。
グリフォンの開放、治癒力、もしかしたら振動破砕の威力もか。制限されているとしたらこの三つだろう。
(治癒力が低下している今、大きな傷を負うのはマズい……)
攻撃手段もなく治癒力も低下しているキースレッドに選択できる道は、男の言葉に従う事だけだった。
「……俺の名は、キースレッドだ」
寒気を覚える程に冷たい男の視線を真っ向から睨み返し、キースレッドは自身の名を語る。
その態度から垣間見える反骨心に、対する男は僅かに口元を緩めた。
だがそれも一瞬。直ぐ様、表情は無感情なものへと変わりキースレッドを睨んだ。
「キースレッド……お前は殺し合いに乗っているな?」
「……ああ乗っている」
キースレッドの返答に、男は眉間に皺を寄せ俯く。そして数秒後、再度顔を上げ口を開く。
「では次の質問だ。……この首輪に関して情報を持っているか? どんな些細なことでも良い。全て教えろ」
「いや……何も知らない」
ここでキースレッドは嘘を吐いた。
実際、キースレッドは重要なサンプル――首輪そのものを持っている。
だが、キースレッドの中に残る矜持が本来の事を発言させない。
そのの鋭い瞳に射竦められながらも、キースレッドはほんの些細な抵抗をした。
どうやらその虚言を男は信じたらしく舌打ちを一つし、再びキースレッドに向き直った。
「使えんな……まぁ良い。これが最後の質問だ……貴様の能力は何だ? なぜ両腕が変化する?」
「生まれ付きの能力だ。詳しくは俺も知らん」
「分かった……」
最後に一つ頷くと、男は白刃を元の左腕に戻しキースレッドを解放した。
解放と同時にキースレッドは後方へと飛び退き、男と距離を離す。
そして警戒と怨恨を込めた眼差しで男を睨み付けた。
「何故……殺さない」
その言葉にはある種の怒りが含まれていた。
殺そうと思えば何時でも殺せた状態。だというのにコイツは自分のことを見逃す気だ。
何故だ。
そんなキースレッドの疑問に、男は溜め息を吐いた後、面倒くさそうに答えた。
「貴様を見逃せば、その分他の参加者を殺すだろう。そうすれば俺の負担も減る。ただそれだけだ」
「何だと……」
キースレッドが何者だとか、キースレッドの反骨心が気に入ったという訳ではない。
ただ単純に、それが自分の利益に繋がるから――キースレッドを板上の駒の一つとしか見ていない考え方だ。
その男の答えは、キースレッドの内に憤怒を湧き上がらせる。
しかしキースレッドは憤怒を、理性により抑え付けた。
今の状況は圧倒的に不利。本能のまま動けば、まず間違いなく殺される。
それを理解しているからこそ、キースレッドは冷静に、淡々と、怒りを押し隠し、口を開く。
「……分かった。その気紛れに感謝しよう」
憎悪と憤怒を微笑みの仮面で隠し、キースレッドは部屋の出口へと振り返る。
そして自らが斬り裂いた瓦礫を蹴飛ばしながら歩を進め――あと数本で出口という所で立ち止まった。
「あぁそうだ。君の名前を教えてくれないか? それ位は構わないだろ?」
「……ナイブズだ」
「そうか、ナイブズ。お前と再び会える事を楽しみにしているよ」
キースレッドがそう発言した瞬間、今まで無表情を貫いてきた男の顔に初めて感
情の色が芽生えた。
「――お前じゃあ無理だ」
それはキースレッドの思考を読み取ったかのような一言であった。
強者が弱者を見下す時に見せる特有の微笑みを、その顔に張り付かせ男――ミリオンズ・ナイブズはキースレッドへと視線を送る。
そして立ち上がり、側に転がっているキース・レッドの両腕を拾い上げた。
その一連の動作を眺めていたキースレッドの表情には、押し殺していた筈の憤怒が浮かんでいる。
「不意打ちで追い詰めたくらいで調子に乗るなよ……! ナイブズ!」
明確な怒りを含んだキースレッドの言葉にも、ナイブズは笑みを浮かべる事を止めない。
ただ無言でキースレッドの両腕を掲げ、宙に放り投げた。
同時に発生する光――刹那に輝くその光は、カレンが消えた時の光と酷似していた。
そして発光が止んだ時、キースレッドの両腕は――消えていた。
全てを切り裂く刃も、最硬のARMS『ナイト』の攻撃すら防ぐ、鎧のような皮膚も、そこには存在しない。
対象物を消し去る。
その防御力すら完全に無視した驚異の能力を目の当たりにし、しかしキースレッドは怯まない。
「さっきの女もお前が消したのか……」
答えは無言であったがそれこそが肯定を意味していた。一筋の冷や汗がキースレッドの頬を伝う。
「……分かったな。お前など何時でも殺せる。それを忘れるな。見逃して貰ったことを幸福に思い、他の参加者を殺して回れ」
完全に見下した言葉であったが、キースレッドは動かずナイブズを睨み付ける。
その敵意にナイブズは再び笑った。
――その嘲笑にキースレッドは唇を強く噛んだ。
□
そして誰も居なくなった病室にて、ナイブズは一人ベッドに横たわっていた。
部屋には、常人だったら吐き気を覚える程の血の臭いが充満しているのだが、ナイブズは気にする素振りも見せない。
ただ左手に握る鈍色のリングに意識を集中させていた。
「これが首輪……か」
そう言いナイブズはリングをバックの中へと仕舞い込む。
立ち上がり部屋を見渡すと、紅に染まった壁や床がそこにはあった。
凄惨なその光景を無表情に眺め、ナイブズは思考する。
――普段の力を発揮する事が出来ない。
それはこの会場で最初にエンジェルアームを発動した時には気付いていた。
しかし自分はそれを些細な事だと認識し、甘い気持ちで行動を開始した。
そして殺生丸との再会。
その後の戦闘で自分は苦汁を飲まされた。今思い出すだけでも、どうしようもない苛立ちが湧き上がる。
右腕は潰され、エンジェルアームも破られた――屈辱だった。
だが、奴のお陰で自分はある事を学べた。
それは、慢心や油断を持った状態ではこの殺し合いを生き残れないという事。
殺生丸との戦闘だってそうだ。
奴らに気付かれていない位置からエンジェルアームを撃てば、無傷であの四人で殺す事も可能であった。
だが愚かにも自分は四人に接近し結果、手痛いダメージを負い三人の人間を逃がした。
自分が持つ唯一の武器にして最強の能力・エンジェルアームが著しく制限されている今、自分は絶対的強者という立場ではない。
あの殺生丸に苦戦する程度の存在。あまりにちっぽけな存在だ。
だからこそ油断や慢心を持つことは二度と許されない。
だからこそ先程、高町なのはと出会った時も一度様子を見た。
あの高町なのはというガキには見覚えがあった。
一度、地球にてシグナム達を助ける際に見掛けた、管理局に属する魔導師の一人だ。
普段だったら警戒する相手でもないが、制限下に於かれた今の状態では話は別。
無駄な労力を使わないよう演技をし、不意を突き、殺した。
本来の自分からは考えられない程、まどろっこしい行動。だがそのおかげで全く消耗せずに、相当な力を持っている筈の魔導師を殺すことに成功した。
――これは抗争だ。プラント、人類、殺生丸やキースレッドのような未知の種。それら様々な種が入り混じった抗争。
ナイフを集めるなど、甘っちょろい事を言っている猶予など無い。全てを滅ぼす為に全力で行動しろ。
「殺生丸よ……感謝するぞ。お前のお陰で俺は油断を捨てる事ができた」
代償は右腕。けして安くない授業料だったが得た物も大きい。
俺は野望の為、この殺し合いに制する。こんな下らない遊戯で死ぬ訳にはいかない。
「行くぞ、人間共……虫螻のように逃げ惑って見せろ!」
――孤独な王は歩き始める。その爛れた腕を隠そうともせず、全てを滅ぼす為、自身の命をも賭け、戦場に赴く。
その心に、ゲーム開始時に存在していた油断や慢心はない。
殺人遊戯が始まってから六時間が経とうとしているこの瞬間、男にとって、真の意味での殺し合いが開始した。
【1日目 早朝】
【現在地 H-6 病院(四階・病室)】
【ミリオンズ・ナイブズ@リリカルTRIGUNA's】
【状態】疲労(大)、黒髪化三割 、全身打撲(小)、右腕壊死
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品(1~3)、首輪(高町なのは)
【思考】
基本:出会った参加者を殺す。誰が相手でも油断はしない。
1:中心部へ向かい人を探す。
2:ヴォルケンズ、ヴァッシュは殺さない。
3:制限を解きたい。
【備考】
※エンジェル・アームの制限に気付きました。
※高出力のエンジェル・アームを使うと黒髪化が進行し、多大な疲労に襲われます。
※黒髪化に気付いていません。また、黒髪化による疲労も制限によるものだと考えています。
※はやてとヴォルケンズ達が別世界から来ている事に気付いていません。
※F-7にて大規模な発光現象が起こりました。周囲一マスくらいに届いたかもしれせん。
※この場に於いてナイフを探すことは諦めました。
□
孤独な王が決意を新たに歩き始めたその時、病院から少し離れたH-6の大通りにて、キースレッドは憤怒に身を震わせていた。
――自分に対し虫螻を見るかのような瞳を向け、あろうことか嘲笑と共に見逃したナイブズ。
許せない。
俺のこの手で八つ裂きにし、分子単位で分解し塵も残さず消してやる。
「……とはいえ、まともに戦って勝てる相手でもない…………やはり武器、だな」
赤髪の少女を消し去った謎の発光、自分のARMSを易々と斬り落とした謎の斬撃、触手の如く伸びる白刃。
何時も通りの治癒力が発揮できない今、正面から戦っても勝ち目は薄い。
なら自分がすべきことは、再び対峙するその時までに戦力を整えておくこと。
今までの人生、煮え湯なら何度も飲んできた。
だからこそ俺は自分自身を知ってい る。自分自身を客観的に見る事が出来る。
冷静に勝機を探り、必ず復讐を遂げる。
俺は――負けない。
「シルバー、ナイブズ……貴様らは俺のこの手で殺してやる……絶対にだ!」
両腕を無くした復讐者は歩き続ける。自分の価値を見せ付ける為、彼の戦いは始まった。
【1日目 早朝】
【現在地 H-6 市街地東部・大通り】
【キース・レッド@ARMSクロス『シルバー』】
【状態】両腕欠損(治癒中)
【装備】対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(6/6)@NANOSING
【道具】支給品一式×2、対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカルの予備弾(30発)@NANOSING、レリック(刻印ナンバーⅦ)@魔法少女リリカルなのはStrikerS、首輪(神崎優衣)、ランダム支給品1~3
【思考】
基本:キース・シルバー(アレックス)と戦い、自分の方が高みにある事を証明する。
1.シルバー(アレックス)及び『ベガルタ』『ガ・ボウ』の捜索。
2.1を邪魔するものは容赦なく殲滅する。
3.できるだけ早く首輪を外したい。
4.戦力が整ったらナイブズを殺す。
【備考】
※第六話Aパート終了後からの参戦です。
※キース・シルバーとは「アレックス@ARMSクロス『シルバー』」の事ですが、シルバーがアレックスという名前だとは知りません。
※神崎優衣の出身世界(仮面ライダーリリカル龍騎)について大まかな説明を聞きました。
※自身に掛けられた制限について把握しました。
※腕は「朝」にならば治ると思われます。
□
高町なのは。
ある世界にて様々な人に影響を与えた少女の名前だ。
その存在はある人にとっては憧れであり、ある人にとっては戦友であり、ある人
にとっては親友でもある。
そんな彼女がこの殺し合いにて死亡した。
しかし彼女が死んだとしてもこの物語は終わらない。
彼女が人々にどれ程の影響を与えていたとしても、結局のところは何十億分という人間の中の一人、他と隔離されたこの世界でも所詮は六十分の一という存在でしかない。
彼女が居なくても物語は止まらないし、世界は周り続ける。だが、彼女が死んだ事は人々に大きな影響を与えるだろう。
第一放送にて彼女の名前が読み上げられた時、親友は、仲間は、部下は、そして数年後の未来から連れてこられた彼女自身は何を思うのか。
悲しみの記憶は時を越え刻まれる――。
&color(red){【カレン・シュタットフェルト@反目のスバル 死亡】 }
&color(red){【高町なのは@魔法少女リリカルなのはA’s 死亡】 }
&color(red){【残り49人】}
※四階の病室にて高町なのは(A's)の生首、及び首なし死体、S2U@リリカルTRIGUNA's 、なのはのデイバック(ランダム支給品0~2)、カレンのデイバック(ランダム支給品0~2)が放置されています。
※ヴァッシュの銃@リリカルTRIGUNA's はカレンと共に消滅しました。
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*ちぎれたEndless Chain ◆jiPkKgmerY
神崎を殺害してから二時間後、キースレッドは未だに病院の中にいた。
先程までは病院内を探索して回っていたのだが、今はロビーに設置されたソファの一つに身を沈めている。
あれから二時間、彼は探し続けた。
首輪を外す為のヒントが隠されていないか、他に参加者が隠れていないか、ARMS殺し『ベガルタ』や『ガ・ボウ』が隠されていないか。
だが残念な事に、この病院には何も無かった。薬品や包帯などは大量に見つかったが、キースレッドには必要の無い物。
結果的だけを見れば無駄に時間を浪費しただけであった。
(まぁ良い……)
僅かな落胆を感じつつキースレッドはデイバックの中から、僅かな血痕が付着した銀色のリング――首輪を取り出す。
彼はこの会場にて一人の女性を殺した。少なくとも、プレシアの語った24時間ルールにより殺害される可能性はない。
(時間は山のようにある……焦ることはない)
彼は知っている。
自分が目指す相手の実力を。その男が持つARMSの力を。
真っ正面から戦えば勝ち目はない。奴の『ブリューナグの槍』により、コアごと身体を貫かれるだけだ。
その実力差は自分が一番知っている。
勝利を掴む為には、奴を殺す為には、武器、そして策略が必要。
焦ったら負けだ。力を蓄え、武器を手に入れ、最高の好機を待つ。それが目的を達成するための最低条件。
「必ず……必ず殺してやるぞシルバー……!」
ソファが軋む音と共にキース・レッドが立ち上がる。
第一目標はARMS殺しの『ベガルタ』と『ガ・ボウ』、またはシルバーを殺しきれる武器の捜索。
シルバーに戦いを挑むはそれからだ。
全てを調べ尽くした此処に長居する意味は無い。
シルバーは、自分を欠陥品と決め付けたあの男は必ず殺す。
俺の手で絶対に――。
それから幾ばくかの時間が経ち、キースレッドは病院から続く大通りを歩いていた。
「このまま直進しても川がある……先ずは橋を目指すか」
右肩にはデイバック。地図を片手に市街地を進む。勿論、周囲への警戒も忘れてはおらず、その姿には隙が感じられない。
先ず目指すはE-6にある橋。そして中心街へ向かいつつ、他の参加者を襲撃。そして支給品を奪う。
大まかな行動方針を決めながら、キースレッドは歩みを続け――――それから数秒後、歩みを止めた。
「あれは……?」
その時彼の瞳に映っていたものは、流星の如く空を駆ける一人の少女、そして少女に背負われている二人の男女であった。
飛行している、という事は魔導師か。背中の二人はその様子を見るに気絶しているらしい。
(ツキが回ってきたか……)
確かに魔導師は厄介な存在だが、自分からすれば雑魚。気絶中の二人に至っては格好の獲物としか言い様がない。
早くも見付かった獲物に幸運を感じつつ、キース・レッドは病院へと進路を変えた。
□
「あった……!」
市街地を飛び出して数分後、漸く見つけた病院らしき建物になのはは歓喜の声を上げた。
何時もより消費の激しい魔力。加えて二人の負傷者を抱えている状況。
それらは、数kmという魔導師にとって短距離の移動にも関わらずなのはを蝕み、疲労させていた。
だがそれでも、高町なのはは一度も立ち止まらなかった。
二人を救う為、自身が出せる最速で病院へと辿り着いた。
「まずは二人を休ませなくちゃ……」
屋上に舞い降りたなのはがまず探した物は二人を休める事ができる設備。治療道具も必要だが二人を背負ったままでは、それを探す事すら不可能。
それに、今この瞬間にも二人は消耗を続けている。ちゃんとした設備で休息を取らせなくてはいけない。
そう判断し、なのはは階段を駆け降りる。十数段の階段を下ると四階へと到着した。
階段を中心に、右と左に長々と続く廊下、そして一定間隔に配置されている何十もの扉が、そこにはあった。
取り敢えず階段から一番近くの扉を選び中に入るなのは。
完全な勘であったが、そこはなのはが待ち望んでいた部屋、そのものであった。
(ここは……)
清潔感を漂わせる真っ白なシーツに包まれたベッド。それが部屋の四隅に設置されている。
そこは正になのはが探し求めていた部屋――入院室そのものであった。
これ幸いと、なのはは入口側の二隅にあるベッドへと二人を横たえる。
そして安堵の息を吐く事なく再び入口へと足を進めた。
「直ぐ戻ってくるんで待ってて下さいね!」
意識の無い二人へと声を掛け、なのはは廊下へと足を踏み出す。
目当ては二人を治療する為の医療道具。
身体を包む疲労を推して魔法少女は走り出した。
そして更に数分の時が流れた病院内、なのははランタン片手に病院内を歩き回っていた。
(治療道具って事は医務室にあるんだよね?……でも医務室も見つからないし……あぁ~どうすれば……)
現在なのはが居る場所は一階の廊下。二階、三階、二人を寝かせた部屋がある四階には、入院患者用の部屋しかなかった。
ならばと一階を探索しているのだが、残念なことに医療室のいの字も治療道具のちの字も見付からない。
焦る気持ちとは裏腹に、時間が流れていくだけであった。
じりじりと経過する時間に比例して、焦燥感が募っていく。
今、彼女の両肩に伸掛かっているのは、失うことなど許されない二つの命。
その事実が、なのはの小さな両肩に重く伸掛かっていた。
(早くしなくちゃ二人が……)
祈るように廊下を歩き続ける少女。そしてそんな想いが届いたのか、それから僅
かな時間の後、少女は探し求めていた部屋を漸く発見する。
「あ!」
思わず飛び出た言葉。
見上げる視線の先には一枚の看板。白色の板に書かれたにデカデカと書かれた「医務室」の三文字。
――やっと見つけた。
「あったぁ!」
歓声と共に扉を引き入室するなのは。
中には大量の薬品が詰まったガラス戸の棚とベッドが一つ。
なのはは直ぐさま棚へと近付き、ガラス戸を引く。
薬品に関してはサッパリ分からないが、取り敢えず消毒と書かれている物をバックへと詰めた。
包帯も薬品の山に隠れるように置いてあり、10ロールほど拝借した。
「あと少し……あと少しですから、待ってて下さいね……!」
――これで二人を救える。
喜びに頬を弛ませ、高町なのはは再び駆け出した――。
□
なのはは階段から一番近くの部屋――カレン達を寝かせた部屋を前にして、呆然とした。
扉が無い。いや、あるにはあるのだがまるで積み木の様に細切れにされ、床に転がっている。
考えられる事は誰かの襲撃。
自分が部屋を離れた十数分の間に、殺し合いに乗った誰かが二人を襲ったのだ。
激しい後悔と共になのははS2Uを起動させる。
そして青色の魔法杖を構え――部屋に飛び込んだ。
そしてなのはが見た光景。それは、
「……お前は……」
窓際に立つ金髪の男――市街地にて発見した男であった。
S2Uを構え部屋に入ってきたなのはに男は目を見開き、驚いたような表情を浮かべている。
「あ……れ……?」
キョロキョロと部屋を見渡すが、全く荒れていない。敵襲があったとは思えない程、部屋に変貌は無い。
それどころか怪我人だった男が意識を取り戻しているだけ。
とてもじゃないが敵襲があったなどとは考えられない。
「あ、あの……誰か襲ってきたりしませんでした?」
なのはの言葉に男は首を傾げ、数瞬後頭を左右に振った。
「なんのことだ? 目を覚ましたばかりで皆目見当も付かないのだが……」
「あ……し、知らないんだったら良いんです……」
扉は斬り壊されているが、中は何も変哲がない。
その不可思議な状況になのはは混乱する事しか出来なかった。
(戦闘があったような痕跡もないし……本当に何が…………あ!)
グルリと部屋を見渡すなのは。そこでなのははある重大なことに気が付く。
カレンが消えているのだ。
カレンを寝かせた筈のベッドはそのままに、その姿だけが忽然と消えている。
やはり何かが起きたのか――再度湧き上がる後悔と共に、なのはは金髪の男へと問い掛ける。
「……俺が目を覚ました時には誰も居なかったが……まさか俺以外にも人が居たのか?」
その答えが鼓膜を揺らすと同時に、なのはの脳内にとてつもない衝撃が走った。
やはり誰か部屋に押し入ったのだ。そして気絶中の男の人に気付かれないように、カレンさんを連れ去った。
だから戦闘の痕もないし、男の人もカレンさんを知らない。
「そん……な……」
なのはは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
自分の所為で、自分が大した警戒もせずに部屋を出たから、カレンさんは襲われた。
自分の判断ミスでカレンさんが危険な目に、いやもしかしたら殺されて――
「あ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
今までの人生で感じた事のない自責の念が、なのはの精神を押し潰す。
叫ばずにはいかなかった。
自分がしたあまりに愚かな判断に、自分の所為で人が一人死んでしまったかもしれない事実に――幼い少女は叫ばずにはいられなかった。
だから少女は気付けなかった。男が小さく舌打ちをした事に、男が何かをポツリと呟いた事に、だから少女は気付けなかった。
「……おい、顔を上げろ」
優しい、いたわるような男の声が床に座り込む少女へと届く。
少女は顔を上げない。
「その赤髪の女に何かが起きたんだな?」
「…………はい」
男の問いに数秒の時間を置き、掠れた声で少女が答えた。
しかし少女は顔を上げない。
「……無様に気絶をしていた俺には、お前を励ます事など出来ない……」
申し訳なさそうに呟く男の顔には、今の状況とは場違いな微笑み。
だが俯いたままの少女はその笑みにも、その笑みに含まれた嘲りにも、気が付く事はない。
「ただ一つだけ思い出したことがある。お前が言う赤髪の少女を連れ去った犯人についてだ」
「え……?」
その言葉に少女は漸く顔を上げた。
目は血走り、頬には涙の伝った痕がある。そこに何時もの溌剌とした高町なのは
の姿はなく、悲惨な現実に打ちのめされた少女の姿があった。
そして少女は見た。
人を完全に見下した微笑み――――ではなく、視界全てを埋める真っ赤な何かを。
(なに……これ……)
突然の事態になのはは困惑した。
今の状況を男に問おうと口を開くが、言葉は紡がれない。その代わりに口から飛び出た物は大量の液体。
止めどなく流れ出すそれを拭おうとするが、手があがらない。
気付けば視界を占める赤が黒に変わっていた。今まで見た事もない程の黒だった。
「その犯人とはな――」
何故か強烈な眠気が襲ってきた。
カレンさんを連れ去った犯人の情報が言われるのだ。しっかりと聞かなければいけない。
だが意志と反して眠気は増大していく一方。
もう限界であった。
「――俺だ」
――その言葉を聞く寸前、少女の意識は完全に闇の中へと消え去った。
□
結果、純粋すぎた魔法少女は何も知らずにこの世を去った。だが少女にとってそれは幸運だったのかもしれない。
少女が病院内を探索している時に起きた、数分間の悪夢。それはやはり少女が原因と言えた。
治療道具を探す為、なのはが部屋を出てから何が起きたのか。
時は僅かに遡る――
□
――それはなのはが部屋を飛び出して数分後のこと。
病室の片隅にてカレン・シュタットフェルトは意識を取り戻した。
「う……ん……」
視界に映るは、白色の壁と天井。異常なダルさを訴える身体を無理矢理に起こすと、三つのベッドと金髪の男が視界に入る。
その光景を見てカレンは直ぐ様、ここが病院だと気付いた。
「なのはは……?」
部屋の中を見渡すが、なのはの姿はない。
その代わりに居るのは見知らぬ金髪の男が一人。それなりに整った顔を僅かに歪め、寝息を立てている。
あれからなのはが探し出したのか。
パッと見は普通の青年だが、先の幼女や魔導師という物もある。警戒しといて損はないだろう。
念の為にと、拳銃がある懐へと右手を伸ばし――――そこでカレンは思い出した。
自分の右手がもう無い事を。粉微塵に吹き飛ばされた事を。
「……本当に手、無くなっちゃたんだな……」
感覚が麻痺してるのか痛みはない。血も止まっている。
ただ、軽い。
重りを取り除いたかのように右腕が軽かった。
(もう紅蓮の操縦も、できないな……)
不甲斐なかった。
見た目が子供というだけで油断し、あまつさえ右手を失った自分が。ゼロを守護する事も、ゼロの手助けをする事も出来なくなった自分が。
ただただ不甲斐なく、悔しかった。
「私は……どうすれば……」
知らず知らずの内に涙が溢れる。
右手を失った事による喪失感。自分の信じる道を進めなくなった事による絶望。
その圧倒的な負の感情は、戦場によって鍛えられたカレンの強靭な精神さえも蝕む。
「私は…………私は…………」
誰も見ていない、という状況も重なりカレンはひたすら涙を流し続けた。
――実のところ誰も見ていないというのは、カレンの勘違いなのだが。
「おい」
唐突に掛けられた言葉に勢い良く顔を上げ、辺りを見回すカレン。
そこには、先程まで意識を失っていた筈の男が、真っ直ぐと自分を見詰めていた。
「ここは何処だ」
見られた。
瞳の色からしてこの男は日本人ではない。仇敵であるブリタニア人に、子供のように泣いてるところを、見られた。
恥ずかしさと情けなさに頬が朱に染まる。
「聞いているのか? 此処は何処かと聞いているのだ」
「……病院だ」
ふて腐れたようにそっぽを向いたままカレンが答えた。
その答えに男は一つ頷き、再び口を開く。
「貴様が運んだのか?」
「違う。なのはっていう仲間が居てね。多分その子だよ」
「そうか」
その言葉を最期に、男は窓の外に視線を移す。
――何だこの無愛想な男は。
その不遜な態度にカチンと来ながらも、カレンは少し安心する。
現時点の態度を見る限りこの男は殺し合いに乗っていない、というか全体的に覇気が感じられない。
物憂げな表情で何かを考え込んでいる。
「……あんた名前は?」
気まずい沈黙を払拭するかのようにカレンが問い掛ける。が、返答はなし。
ピクリとも反応せずに、日が登り始めた市街地を眺め続けている。
「ねぇ、あんた! 少しは――」
カレンが無愛想な男に苛立ちを叫んだその時――――何かが崩れ落ちるような轟音が響いた。
(なにッ!?)
カレンが轟音のした方を向いた時、男は既に自身が得意とする間合いへと入っていた。
両腕が刃状に変形しており、一目で異質な存在だと分かる男。そのスピードは人間の範疇を越えていて、まるで風のように軽やかであった。
完全に不意を付かれた。銃を取り出す暇もない。
(まずい……!)
間に合わない。
頭の片隅でそれを理解しつつ、だがそれでもカレンは諦めなかった。
右手を失おうと、どんなに傷付こうと、ゼロの為生きて返らなくてはいけない。
ゼロと共に革命を成し遂げなくてはいけない。
「私は――」
――カレンの言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
□
キースレッドが初めに狙ったものは、魔導師の少女に背負われていた二人の男女であった。
弱者や怪我人から殺す――それは戦闘に於けるセオリーでもあるし、多数を相手にする時にはこれ以上ない良策でもある。
キースレッドはなのはが屋上に降り立つところを見た。そしてなのはが『一人で』階段を駆け下りているところも見た。
背負っていた怪我人は何処に行ったのか――考えるまでもない。上階にある入院室の何処かに置いてきたに決まっている。
そう推測し、キースレッドはなのはに気付かれないよう上階へと移動。そして移動した先で少女のすすり泣く声を聞いた。
押し殺した物ではあったが、位置を特定するには充分。
連続して発生する幸福に感謝しながらも、キースレッドは二人が休息を取っている病室を特定し、そして攻め込んだ。
ARMSを発動。扉を切り裂き、中に突入する。
驚愕の表情でこちらに振り向く赤髪の少女。武器でもあるのか、懐に手を伸ばしているが――遅い。
奴が武器を取り出すより早く、自分のARMSが首を切り落とすだろう。
視界の片隅にはもう一人の男が映っているが、こちらは少女を殺害した後、振り向きざまにARMSを伸ばしその命を絶てばいい。
(これで二人、ゲームオーバーだ)
そしてキースレッドは冷酷に、無慈悲に、刃を振り切った。
それはカレンの首を斬り飛ばし、殆どが白に統一された病室を真紅に染める――――ことはなかった。
(なッ!?)
それは一瞬の出来事であった。
刃がその首筋に到達する寸前、カレンの前方の空間が光ったのだ。
目眩ましというには余りに短い、刹那の発光。しかし、それが収まった時キースレッドは愕然とする事となる。
(何が……起きた……!)
つい先程までベッドに腰掛けていた筈のカレンが――居ない。
唐突に、音もなく、キースレッドが気付いた時には、赤髪の少女は消えていた。
(まさか避けられた!? 馬鹿な! あのタイミングで回避など、そんな訳が……!)
胸の内に湧き上がる驚愕を抑え、周囲を探るため後ろに振り返るキースレッド。
と、同時に微弱な衝撃が両腕を走った。
――そして次の瞬間キースレッドが見た光景は信じ難いものであった。
「バカ……な……」
――その光景とは、自分の両腕がクルクルと回転しながら宙を舞う瞬間。
全てを粉砕するARMSが、まるでスライスチーズのように斬り飛ばされていた。
訳の分からない、全く理解できない状況にキースレッドの思考が一瞬だけ止まる。
「動くな」
言葉が鼓膜を叩いた時、既に退路はなくなっていた。
首筋に感じる冷たい感触。ベッドに寝転がる男の左腕から伸びた白刃が喉元に突き付けられていた。
「名を言え」
キースレッドは理解した。
自分の判断が誤っていた事を。只の人間だと侮っていたこの男が自分をも超える存在だという事を。
「お前は……何なのだ……!」
「質問しているのは俺だ。貴様はただ俺の問いの答えを言えばいい」
男は無表情に問い掛ける。
何時もなら瞬きの間に回復する両腕だが、数秒経ってもその兆しを見せない。
先程の襲撃の際も、身体の動きが重かった。
――まさか何らかの制限が課せられているのか?
ならばと真の姿を開放しようと試みるが、これも又制限されているらしい。身体は何時までも元の状態から動かない。
グリフォンの開放、治癒力、もしかしたら振動破砕の威力もか。制限されているとしたらこの三つだろう。
(治癒力が低下している今、大きな傷を負うのはマズい……)
攻撃手段もなく治癒力も低下しているキースレッドに選択できる道は、男の言葉に従う事だけだった。
「……俺の名は、キースレッドだ」
寒気を覚える程に冷たい男の視線を真っ向から睨み返し、キースレッドは自身の名を語る。
その態度から垣間見える反骨心に、対する男は僅かに口元を緩めた。
だがそれも一瞬。直ぐ様、表情は無感情なものへと変わりキースレッドを睨んだ。
「キースレッド……お前は殺し合いに乗っているな?」
「……ああ乗っている」
キースレッドの返答に、男は眉間に皺を寄せ俯く。そして数秒後、再度顔を上げ口を開く。
「では次の質問だ。……この首輪に関して情報を持っているか? どんな些細なことでも良い。全て教えろ」
「いや……何も知らない」
ここでキースレッドは嘘を吐いた。
実際、キースレッドは重要なサンプル――首輪そのものを持っている。
だが、キースレッドの中に残る矜持が本来の事を発言させない。
そのの鋭い瞳に射竦められながらも、キースレッドはほんの些細な抵抗をした。
どうやらその虚言を男は信じたらしく舌打ちを一つし、再びキースレッドに向き直った。
「使えんな……まぁ良い。これが最後の質問だ……貴様の能力は何だ? なぜ両腕が変化する?」
「生まれ付きの能力だ。詳しくは俺も知らん」
「分かった……」
最後に一つ頷くと、男は白刃を元の左腕に戻しキースレッドを解放した。
解放と同時にキースレッドは後方へと飛び退き、男と距離を離す。
そして警戒と怨恨を込めた眼差しで男を睨み付けた。
「何故……殺さない」
その言葉にはある種の怒りが含まれていた。
殺そうと思えば何時でも殺せた状態。だというのにコイツは自分のことを見逃す気だ。
何故だ。
そんなキースレッドの疑問に、男は溜め息を吐いた後、面倒くさそうに答えた。
「貴様を見逃せば、その分他の参加者を殺すだろう。そうすれば俺の負担も減る。ただそれだけだ」
「何だと……」
キースレッドが何者だとか、キースレッドの反骨心が気に入ったという訳ではない。
ただ単純に、それが自分の利益に繋がるから――キースレッドを板上の駒の一つとしか見ていない考え方だ。
その男の答えは、キースレッドの内に憤怒を湧き上がらせる。
しかしキースレッドは憤怒を、理性により抑え付けた。
今の状況は圧倒的に不利。本能のまま動けば、まず間違いなく殺される。
それを理解しているからこそ、キースレッドは冷静に、淡々と、怒りを押し隠し、口を開く。
「……分かった。その気紛れに感謝しよう」
憎悪と憤怒を微笑みの仮面で隠し、キースレッドは部屋の出口へと振り返る。
そして自らが斬り裂いた瓦礫を蹴飛ばしながら歩を進め――あと数本で出口という所で立ち止まった。
「あぁそうだ。君の名前を教えてくれないか? それ位は構わないだろ?」
「……ナイブズだ」
「そうか、ナイブズ。お前と再び会える事を楽しみにしているよ」
キースレッドがそう発言した瞬間、今まで無表情を貫いてきた男の顔に初めて感
情の色が芽生えた。
「――お前じゃあ無理だ」
それはキースレッドの思考を読み取ったかのような一言であった。
強者が弱者を見下す時に見せる特有の微笑みを、その顔に張り付かせ男――ミリオンズ・ナイブズはキースレッドへと視線を送る。
そして立ち上がり、側に転がっているキース・レッドの両腕を拾い上げた。
その一連の動作を眺めていたキースレッドの表情には、押し殺していた筈の憤怒が浮かんでいる。
「不意打ちで追い詰めたくらいで調子に乗るなよ……! ナイブズ!」
明確な怒りを含んだキースレッドの言葉にも、ナイブズは笑みを浮かべる事を止めない。
ただ無言でキースレッドの両腕を掲げ、宙に放り投げた。
同時に発生する光――刹那に輝くその光は、カレンが消えた時の光と酷似していた。
そして発光が止んだ時、キースレッドの両腕は――消えていた。
全てを切り裂く刃も、最硬のARMS『ナイト』の攻撃すら防ぐ、鎧のような皮膚も、そこには存在しない。
対象物を消し去る。
その防御力すら完全に無視した驚異の能力を目の当たりにし、しかしキースレッドは怯まない。
「さっきの女もお前が消したのか……」
答えは無言であったがそれこそが肯定を意味していた。一筋の冷や汗がキースレッドの頬を伝う。
「……分かったな。お前など何時でも殺せる。それを忘れるな。見逃して貰ったことを幸福に思い、他の参加者を殺して回れ」
完全に見下した言葉であったが、キースレッドは動かずナイブズを睨み付ける。
その敵意にナイブズは再び笑った。
――その嘲笑にキースレッドは唇を強く噛んだ。
□
そして誰も居なくなった病室にて、ナイブズは一人ベッドに横たわっていた。
部屋には、常人だったら吐き気を覚える程の血の臭いが充満しているのだが、ナイブズは気にする素振りも見せない。
ただ左手に握る鈍色のリングに意識を集中させていた。
「これが首輪……か」
そう言いナイブズはリングをバックの中へと仕舞い込む。
立ち上がり部屋を見渡すと、紅に染まった壁や床がそこにはあった。
凄惨なその光景を無表情に眺め、ナイブズは思考する。
――普段の力を発揮する事が出来ない。
それはこの会場で最初にエンジェルアームを発動した時には気付いていた。
しかし自分はそれを些細な事だと認識し、甘い気持ちで行動を開始した。
そして殺生丸との再会。
その後の戦闘で自分は苦汁を飲まされた。今思い出すだけでも、どうしようもない苛立ちが湧き上がる。
右腕は潰され、エンジェルアームも破られた――屈辱だった。
だが、奴のお陰で自分はある事を学べた。
それは、慢心や油断を持った状態ではこの殺し合いを生き残れないという事。
殺生丸との戦闘だってそうだ。
奴らに気付かれていない位置からエンジェルアームを撃てば、無傷であの四人で殺す事も可能であった。
だが愚かにも自分は四人に接近し結果、手痛いダメージを負い三人の人間を逃がした。
自分が持つ唯一の武器にして最強の能力・エンジェルアームが著しく制限されている今、自分は絶対的強者という立場ではない。
あの殺生丸に苦戦する程度の存在。あまりにちっぽけな存在だ。
だからこそ油断や慢心を持つことは二度と許されない。
だからこそ先程、高町なのはと出会った時も一度様子を見た。
あの高町なのはというガキには見覚えがあった。
一度、地球にてシグナム達を助ける際に見掛けた、管理局に属する魔導師の一人だ。
普段だったら警戒する相手でもないが、制限下に於かれた今の状態では話は別。
無駄な労力を使わないよう演技をし、不意を突き、殺した。
本来の自分からは考えられない程、まどろっこしい行動。だがそのおかげで全く消耗せずに、相当な力を持っている筈の魔導師を殺すことに成功した。
――これは抗争だ。プラント、人類、殺生丸やキースレッドのような未知の種。それら様々な種が入り混じった抗争。
ナイフを集めるなど、甘っちょろい事を言っている猶予など無い。全てを滅ぼす為に全力で行動しろ。
「殺生丸よ……感謝するぞ。お前のお陰で俺は油断を捨てる事ができた」
代償は右腕。けして安くない授業料だったが得た物も大きい。
俺は野望の為、この殺し合いに制する。こんな下らない遊戯で死ぬ訳にはいかない。
「行くぞ、人間共……虫螻のように逃げ惑って見せろ!」
――孤独な王は歩き始める。その爛れた腕を隠そうともせず、全てを滅ぼす為、自身の命をも賭け、戦場に赴く。
その心に、ゲーム開始時に存在していた油断や慢心はない。
殺人遊戯が始まってから六時間が経とうとしているこの瞬間、男にとって、真の意味での殺し合いが開始した。
【1日目 早朝】
【現在地 H-6 病院(四階・病室)】
【ミリオンズ・ナイブズ@リリカルTRIGUNA's】
【状態】疲労(大)、黒髪化三割 、全身打撲(小)、右腕壊死
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品(1~3)、首輪(高町なのは)
【思考】
基本:出会った参加者を殺す。誰が相手でも油断はしない。
1:中心部へ向かい人を探す。
2:ヴォルケンズ、ヴァッシュは殺さない。
3:制限を解きたい。
【備考】
※エンジェル・アームの制限に気付きました。
※高出力のエンジェル・アームを使うと黒髪化が進行し、多大な疲労に襲われます。
※黒髪化に気付いていません。また、黒髪化による疲労も制限によるものだと考えています。
※はやてとヴォルケンズ達が別世界から来ている事に気付いていません。
※F-7にて大規模な発光現象が起こりました。周囲一マスくらいに届いたかもしれせん。
※この場に於いてナイフを探すことは諦めました。
□
孤独な王が決意を新たに歩き始めたその時、病院から少し離れたH-6の大通りにて、キースレッドは憤怒に身を震わせていた。
――自分に対し虫螻を見るかのような瞳を向け、あろうことか嘲笑と共に見逃したナイブズ。
許せない。
俺のこの手で八つ裂きにし、分子単位で分解し塵も残さず消してやる。
「……とはいえ、まともに戦って勝てる相手でもない…………やはり武器、だな」
赤髪の少女を消し去った謎の発光、自分のARMSを易々と斬り落とした謎の斬撃、触手の如く伸びる白刃。
何時も通りの治癒力が発揮できない今、正面から戦っても勝ち目は薄い。
なら自分がすべきことは、再び対峙するその時までに戦力を整えておくこと。
今までの人生、煮え湯なら何度も飲んできた。
だからこそ俺は自分自身を知ってい る。自分自身を客観的に見る事が出来る。
冷静に勝機を探り、必ず復讐を遂げる。
俺は――負けない。
「シルバー、ナイブズ……貴様らは俺のこの手で殺してやる……絶対にだ!」
両腕を無くした復讐者は歩き続ける。自分の価値を見せ付ける為、彼の戦いは始まった。
【1日目 早朝】
【現在地 H-6 市街地東部・大通り】
【キース・レッド@ARMSクロス『シルバー』】
【状態】両腕欠損(治癒中)
【装備】対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(6/6)@NANOSING
【道具】支給品一式×2、対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカルの予備弾(30発)@NANOSING、レリック(刻印ナンバーⅦ)@魔法少女リリカルなのはStrikerS、首輪(神崎優衣)、ランダム支給品1~3
【思考】
基本:キース・シルバー(アレックス)と戦い、自分の方が高みにある事を証明する。
1.シルバー(アレックス)及び『ベガルタ』『ガ・ボウ』の捜索。
2.1を邪魔するものは容赦なく殲滅する。
3.できるだけ早く首輪を外したい。
4.戦力が整ったらナイブズを殺す。
【備考】
※第六話Aパート終了後からの参戦です。
※キース・シルバーとは「アレックス@ARMSクロス『シルバー』」の事ですが、シルバーがアレックスという名前だとは知りません。
※神崎優衣の出身世界(仮面ライダーリリカル龍騎)について大まかな説明を聞きました。
※自身に掛けられた制限について把握しました。
※腕は「朝」にならば治ると思われます。
□
高町なのは。
ある世界にて様々な人に影響を与えた少女の名前だ。
その存在はある人にとっては憧れであり、ある人にとっては戦友であり、ある人
にとっては親友でもある。
そんな彼女がこの殺し合いにて死亡した。
しかし彼女が死んだとしてもこの物語は終わらない。
彼女が人々にどれ程の影響を与えていたとしても、結局のところは何十億分という人間の中の一人、他と隔離されたこの世界でも所詮は六十分の一という存在でしかない。
彼女が居なくても物語は止まらないし、世界は周り続ける。だが、彼女が死んだ事は人々に大きな影響を与えるだろう。
第一放送にて彼女の名前が読み上げられた時、親友は、仲間は、部下は、そして数年後の未来から連れてこられた彼女自身は何を思うのか。
悲しみの記憶は時を越え刻まれる――。
&color(red){【カレン・シュタットフェルト@反目のスバル 死亡】 }
&color(red){【高町なのは@魔法少女リリカルなのはA’s 死亡】 }
&color(red){【残り49人】}
※四階の病室にて高町なのは(A's)の生首、及び首なし死体、S2U@リリカルTRIGUNA's 、なのはのデイバック(ランダム支給品0~2)、カレンのデイバック(ランダム支給品0~2)が放置されています。
※ヴァッシュの銃@リリカルTRIGUNA's はカレンと共に消滅しました。
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