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Last update 2007年10月09日

それは…好き? 著者:甘蔗


 悪と呼ばれるその奔流は安穏では得られない漆黒の快楽にすりかわる…。気づいたときには戻れなくなっていた。やめられい、やめることなんて出来ようか、自分はそれを知ってしまったのだから。

ヒイラギはおもむろに少し汚れた教室の窓を見遣り、今の自分の顔を確かめる。歪んだ笑顔を浮かべた男がこちらを見つめていた。男はバツの悪いようにして視線を逸らす。男の後ろには、目に沁みるような真っ青な空が窓一杯に広がっていた。



「ヒイラギっ!!」



聞きなれた声がヒイラギの名を呼び、耳を突く。窓に映ったのは、気まずそうな様子の先程の男と、その後ろに満面の笑みを湛えた少女、そいつは小学校からずっと腐れ縁と呼ばれるほどにヒイラギと一緒のクスノキ、空の青。

この夏濃い目の茶に染めた髪が、これまた色素の薄く茶掛かった大きな瞳に似合っていた。長く揺れる髪が、机に頬杖をついたヒイラギの腕に触れそうになり、しかし触れずに遠のきまた揺れて、少しだけ残念な気分になる。大変柔らかそうな髪だった。シャンプーの良いに匂いも漂って来ているのかもしれないが、生憎花粉症のヒイラギには、鼻があまり利かず確かめることは出来ない。

 嬉々とした空気を放つクスノキは、窓から差し込む陽光のそれと酷似していた。



「ヒイラギ、明日誕生日でしょう?何か欲しいものとか、して欲しいこととか希望はある?」



 再び自身へとアルトトーンがヒイラギの耳に届いてきた。声に聞き惚れていて会話の重要な論点を聞き逃すところだった。

明日は誕生日だとクスノキは今言ったのだ。しかもヒイラギの、自身の誕生日であると言う。ヒイラギは自身の誕生日などにすっかり忘れていた。その考えはそのまま口を突く。



「えっ、明日、僕の誕生日だっけか?」



期待される答えの斜め上を行ったヒイラギの返答に、クスノキの表情が見る間に曇っていく。誕生日を忘れていたことがそんなにも悪いことなのだろうか。



「はぁ…ヒイラギは…もういいよ。」



はぁとは何だとヒイラギは思ったが、此処でさらに重要な論点を、もっと価値のある言葉を見逃したことに気づいた。クスノキは『何か欲しいものとか、して欲しいこととか無いか』と聞いてきたのだ。

これこそ何だ、何て無防備な言葉をクスノキは晒したのだろう。限定をしない何でも有りだ。何を思ってそれを口にしたのか押し図れないが、ヒイラギはある意味チャンスというべき問いになんて平坦な受け答えをしてしまったのだろうか。おしいことをした。弄り甲斐のあるクスノキとの言葉遊びを見逃してしまったのだ。



「ヒイラギっ、さっきイケガワさんが探してたぞ。」



 突如ヒイラギとクスノキの空間に割り言った声が響く。クラスメイトだ。ヒイラギは見逃さなかった、その名が出た途端、クスノキの表情がさらに変化を見せたのを。それは一瞬だけであったが、きっと本人は気付いていない、嫌悪だ。取り逃した獲物を惜しんでいたヒイラギはまた新たな獲物の出現を前に目を輝かせた。



「やっ、クスノキ、またヒイラギといるのかよ。ってかヒイラギ今日の昼図書委員だろうが、あんまイケガワさんを困らせるんじゃねーよ、あんな可愛い子が可哀想だぜ?」

「いちゃ悪いのっ!?」



 また、刹那に嫌悪が映る。クラスメイトの言葉に対してではなく、『イケガワさん』の名がでたそのタイミングで見事に、だ。

 『イケガワさん』はクスノキにとって良い人ではないのだ。クスノキの天敵だ。クスノキの大好きなヒイラギの傍にいる、もしかしたらクスノキからヒイラギを取り上げてしまうかも知れない、天敵。

 そんな心配なんてすることは無いのにと、ヒイラギは思う。ヒイラギもクスノキのことが好きで、大好きで、クスノキ以外の女性を選ぶことなんて考えようも無いからだ。

長い間一緒にいたら、兄弟みたいで恋愛感情なんて浮かばないなんていうこともあるが、ヒイラギとクスノキの間に生まれたのはもどかしい限りの恋愛感情であった。クスノキは、まだそれに気づいていない。しかし感情は確かに存在していて、ほんの刹那刹那表層に、無防備な自分を晒すことや、嫉妬として浮かんでくるのだ。ヒイラギは。

ヒイラギは気づいている。この感情を自分のものとして受け入れ認めている。

しかしヒイラギは、そんな心配なんてすることは無いと思う一方、それはクスノキに気づかせなかった。





「うわぁ…イケガワさんに悪いことしちゃったなぁ…。オオシマ、さんきゅな。じゃ、クスノキ、僕、行ってくるわ。」

「早く行けよ~。寧ろ昼休み終わっちまうぜ~。」

「ちょ…ヒイラギの誕生日…どうすんのよ…っ!!」



 帰りでも別に話せるし、もういいよとか言わなかったかと思いつつ、ヒイラギはその場から物惜しげにも立ち去る。それは決してクスノキには見せないけれど。

顔がニヤついた。ヒイラギは確信してしまう、抑えきれない感情は確かに存在するのだと。うわっ、凄いね、その感情、嫉妬、嫌悪。ヒイラギからイケガワの名が発せられた時のクスノキといったら。クスノキが気づいていなくても、クスノキの心は叫んでいるのだ、苦痛を訴えている。

 ぶつけてしまえば伝わり合い実を結ぶであろうこの感情を、気づいていながらぶつけない。

 たかが『イケガワ』という名が出るだけで、ヒイラギから他の女性の名が出るだけで、ヒイラギが他の女性といるだけで、また男友達と楽しそうに過ごすだけでも、クスノキの顔は苦痛に歪んだ。気づかぬ感情なのに、心は痛んでいく。

 知ってて、ヒイラギは、進んでそれをした。

ヒイラギが傷つける程に、クスノキはその明るさに比例した影を落としてくれる。その陰影を酷く美しく感じたのだ。その陰影を少女につけることが出来るのは、ヒイラギ自身であり、ヒイラギ自身だけ。

ずっと気楽な幼馴染でいることも、感情を伝え合って恋人同士になり愛を囁きあうことも、望んでいたのに、望めなかった。本当にささやかな駆け引きに痛む、そんなクスノキを手放すことは最も惜しく感じられたからだ。

もっとクスノキが、ヒイラギのことだけで一杯になってしまえばいいのだ。気づかなくても積もって、そしてその気持ちについに気づいてしまった時、クスノキは?

...もっと苦しくなるんだろう。



―――知ってるよ、クスノキ。僕は知ってるんだ。



ああ、いやになるほどあんたのことがわかる。





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