Mystery Circle 作品置き場

rudo

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nightstalker

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Last update 2008年07月06日

おばあちゃんのこと  著者:rudo


「ドラマじゃないんだからっ 
 そんな都合よく時計が止まるわけないでしょっ」

玄関の鍵を開けるとすぐ 大きな時計がある。
どうしてだか止まっていた。 それを見た弟が 
 「この2時40分にばあちゃんに何かが起きたんだな」
 ・・と言ったからだ。

「いやっ この時計はばあちゃんが大事にしてた。
 だから ばあちゃんに何かあったことを知らせてるんだっ」

時計は壁にかけてあって大きな振り子がついている。
すこし斜めになっているのまっすぐに戻すと
振り子はまた左右に揺れてコチコチと動き出した。

「ただ 曲がってただけだよ」

「おおっ 何かあったから曲がったんだなっ」

おばあちゃんは私たちの母親の母親だけど
二人はものすごく仲が悪い。

喧嘩らしい喧嘩をするわけではないが
お互いの言葉には刺々しさと嫌味が含まれていて
聞いているほうがドキドキする。

そんなだからほんの一駅・・歩いたって15分そこらの距離に
住んでいながらほとんど行き来はない。
行き来はないが・・それでもひと月に一度
おばあちゃんは私たちの家にやってくる。
毎月毎月 きっちり 15日の午後3時。
家賃の集金に来るのだ。

そう・・私たちはおばあちゃんから家を借りているのだ。
母親はそれも気に入らないのだ。
娘が住むのに金を取るなんてっ と思っているのだ。
さらに言えば他人に貸すのと同じだけ取るのも気に入らないのだ。

「あのばあさんは 娘が憎いのさ」 そんな感じだろうと思う。

だからおばあちゃんがいなくなったって
本当なら気づきもしないのだが
必ず来るはずの5月15日。
15日だというのに おばあちゃんは来なかったのだ。

今までだって来なかった日はある。
病気になったり 
雨がざあざあふってたり
そんな時だ。

そんな時はでも 必ずきっかり来る予定の時間 午後3時に電話をかけてくる。
そして 今すぐ振り込めとか 持って来いとか しばらくだだをこねるらしい。
母親は「明日来ればいいでしょっ」 最後にはそう言って
力任せに受話器をたたきつけるのだ。

たまたま来る時にいなかったりしたら大変だ
おばあちゃんは玄関の前に座り込んで待っている。
いつまでもいつまでも待っていて
戻ってきたとたんに大声で 
「家賃を払えっ 払えないのかっ お前の亭主はそんなに貧乏なのかっ」
そんなふうに言うものだから みっともなくて留守にも出来ない。

たまたま休日に重なってみんなで泊りがけで出かけた時は
帰ってきたら玄関に 金払えっ と大きな紙が貼ってあった。
いまどきサラ金の取立てだってそんなことしない。

だから こない。 電話もない。
それはただごとではない。
16日の日には母親は 弟に見て来いと命令した。

帰ってきた弟が言う。
「いない」

「いないってなによ?」

「だから 留守みたい」

「本当に?」
「本当に本当に留守だった?」

たたみかけるように聞くので弟は自信をなくし黙り込む。

17日になっても 18日になっても
おばあちゃんは来ないし電話もない。

それで もしや死んでるんじゃないかと思い
今度は私も一緒に行って 中も見て来いと鍵を持たされたのだ。

そして まず玄関の時計が止まっていた。
茶の間にはテーブルの上に朝ごはんだか昼ごはんだかの後がそのままだ。
その奥の和室にはとりこんだだけの洗濯物が放り出してあった。
洗濯ばさみがついたままのもいくつかある。

「おばあちゃんらしくないね」

「なにが?」

「おばあちゃんはこんな風に出しっぱなしにしたり
 あとかたづけしないなんて嫌いじゃん」

「そうだっけ?」

「あんた なんにも見てないのねぇ」

弟はちょっとふてくされて言う。
「じゃあ ねーちゃん ばあちゃんの冷蔵庫の横見たことあるか?」

「??冷蔵庫の横? なにそれ?」

「ふふん 知らないだろう?」

弟は勝ち誇ったような顔をして私を冷蔵庫の横に引っ張っていく。

 ・・・

「な・・に? これ?」

冷蔵庫の横一面は白い小さなラベルでいっぱいだ。

「ばあちゃんの趣味だ」

「趣味? 冷蔵庫に貼る事が?」

「冷蔵庫じゃなくてもいいだろうけど
 このラベルをとっとくことがさ」

「おばあちゃんがそう言ったの?」

「言わないけど 集めてるんだから趣味だろう?」

ラベルには数字が打ってあるけど
みんながみんな同じ数字でもない。

63 とか 298 とか 132とか・・
でも298が一番多いかな・・

「これは・・なにかいなくなったことに関係あるのかな・・」

「ないよ」

「なんでよ? そんなことわかんないでしょう?」

「わかるよ。 趣味だもの。 関係ないよ」

そんなことを言い合っていてもしかたないので
とりあえず出しっぱなしの食器を流しに運び
洗濯物は・・洗濯ばさみだけはずして隅によせていったん帰ることにした。

洗濯物をたたまなかったのは
ひとそれぞれたたみ方が違ったりするし
下着とかもあるだろうから触られたくないんじゃないかと思ったからだ。

母親はそういうことを気にしないんだよね。
そんな細かなところからして気が合わないんだろうな。

「・・帰ろうか・・」

「おかあさん 警察に言うかな」

「・・・さあ」

このあと捜索願を出すとか
もう少し待ってみるとか
そういうことは大人の考えることだ。
とにかくこの家の中を見る限り
なんだか急いで出かけたのかもしれないが
特に事件があったようには見えないから。

戸を閉めて鍵をかけて・・
うしろで急に声がした。

「あんたたち。 何やってんのっ」

「ひゃああっ」

「あーっ おばあちゃんっ どこ行ってたんだよ
 15日に来ないから心配だから見て来いっておかあさんが」

「ふーん? 心配だと? どうだかね」

おばあちゃんはさっさと鍵を開けると
中に入り 「あんたたちもお茶飲んで行きなよ。 おみやげあるから」
 ・・と手招きした。

「おや? 食器をさげてくれたんだね?」

「うん。 でも洗ってないよ」

「いいのいいの。 人に洗ってもらっても
 結局また もう一度洗っちゃうんだから」

「洗濯物も・・洗濯ばさみはずしただけ」

「うんうん。 あんたはちゃんとわかってる」

おばあちゃんはお湯を沸かしほうじ茶を入れてくれた。

おばあちゃんの家のお茶はいい香りがしておいしい。
弟はお茶なんてふだん飲まないが
おばあちゃんの家のは飲む。

「おばあちゃん どこ行ってたの?
 15日なのに電話もしてこなかったし・・」

「昔のね。 友達に会いに行ってきたんだよ」

「どこに?」

「京都。 ほらだからおみやげは八橋だよ」

「京都に友達がいたの?」

「死んじゃってね・・ 友達。
 京都の人と結婚したからお墓が京都なのよ」

「お墓参りに行ってきたの?」

「まあ それもあるけど。
 その友達のご主人とも仲良くしてたからね
  会っておこうと思ってさ」

「なんでまた 急に・・」

「でも もう亡くなってたわ」

「・・・えっ?」

「テレビで高野山の特集をやってたんだよ。
 お墓ね 高野山なの。 ご主人が高野山の坊さんの親戚とからしくてさ
 遅かったねぇ。 急に思い立って出かけたけどねぇ」

「あんたたちにはまだ関係ないかもしれないけど・・
 歳とったらさ。 友達には会おうと思ったとき
 会っといたほうがいいよ」

「ほんとにさ。 いつ死ぬかわかんないんだから・・
 ・・まあ そんなこといったら 歳は関係ないか 
 事故なんてこともあるしね」


「うん・・」

そんな話をしている間に弟は
がぶがぶとお茶を飲み 八橋を一人でほとんど食べちゃっていた。

「なによっあんた 私まだ 一個しか食べてないのにっ」

「いいよいいよ。 まだあるから。
 いっぱい買ってきたから」

おばあちゃんはそのあとも
しばらく亡くなってしまった友達とそのだんなさんの話をしていたが
断片ばかりで時間軸も行ったりきたりで
なんだかよくわからなかった。

ただ おばあちゃんはものすごく後悔してるようだった。
会おう会おう 会いたい・・と願いつつ
今度 この次 と延ばしている間に
もう二度と会えなくなってしまったことを・・

「彼女・・八橋が好きでねぇ・・
 だからさ いっぱいお墓の前に置いてきたんだ。
 それでさ 私もいっぱい買ってきたのさ」

「ふーん・・」


帰り際、玄関先でおばあちゃんが言う・・
「じゃ 明日 集金に行くから・・
 そう言っといて。 京都に行ってたことは内緒ね」

「うん わかった」

「あ・・そうだ。 おばあちゃん
 あの冷蔵庫の横のラベル・・あれなに?」

おばあちゃんは 何のことかと一瞬不思議そうな顔をして
「ああ あれか・・」と言って くっくっと笑った。

「あれはね。 別になんでもないんだけどさ。
 魚肉ソーセージの値札だよ」

「魚肉ソーセージ?」

「そう。 私ね 魚肉ソーセージが好きなの」

「知らなかった・・」

「でね いつも一本とか 5本の束になったやつとか買うんだけどさ
 冷蔵庫にしまう前にねラベルはがして貼ってるの」

「どうして? 」

「・・どうしてだろうねぇ・・それは わかんないけどね。
 子供のときからの癖みたいなもんかね」

「そうなん・・だ」

「そうだ。 あんたさ。
 おばあちゃん死んだら お供えは花なんかじゃなくて
 魚肉ソーセージにしておくれよ」

「・・へんなの」

「それでさ。 墓石に値札貼ってよ。
 魚肉ソーセージのさ・・ねっ?」

おばあちゃんは うんうんと うなづいて
「それはいい考えだ」 とかなんとか
ぶつぶついいながら 家の中に戻って行った。




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